国内最大級の舞台芸術の祭典、『フェスティバル/トーキョー』。世界中から集められた、最先端の現代演劇作品の上演が中心の同フェスティバルだが、昨年からダンサーやアーティストを振付家に起用したフラッシュモブイベント『F/Tモブ』を会期中の毎週末、池袋の街中で実施している。昨年、イデビアン・クルーの井手茂太など5人の振付家、公募で集まった約180人のパフォーマーと飛び入りの参加者が集い、白昼堂々と突発的なパフォーマンスを繰り広げていた姿を見かけた人もいるかもしれない。
今年は、□□□(クチロロ)の三浦康嗣をはじめ、矢内原美邦(Nibroll)、古家優里(プロジェクト大山)など、バラエティーに富んだ振付家の中、『第68回国民体育大会』(『東京国体』)開会式式典演技の演出・振付を手掛けた、大御所コンドルズの近藤良平が参加。現在、参加者はなんと400人に届く勢いという、今年の『F/Tモブ・スペシャル』について、近藤良平に話を伺った。
ルールから解放されることの楽しさが、モブにはすごく含まれているんですよ。何より皆で「同調して動く」ってことがめちゃくちゃ気持ちいい。
―今秋で6回目を迎える『フェスティバル/トーキョー』(以下『F/T』)に、今回初めて近藤さんが参加されることになりました。『F/T』は、これまでずっと近藤さんのホームタウン・池袋を拠点として開催されていますが、『F/T』にはどんな印象をお持ちでしたか?
近藤:現代演劇が中心のフェスティバルですよね。僕、一応ダンスの人だから「近くでやっているなぁ……」と、なんとなく意識はしていました(笑)。去年は、井手ちゃん(イデビアン・クルー)なんかが、池袋西口公園でフラッシュモブをやっているのを、家族が見たって言ってましたよ。
―11月に開催される『F/T13』では、そのモブイベント『F/Tモブ・スペシャル』の振付を担当されるわけですが、フラッシュモブをどんな風に捉えていますか?
近藤:フラッシュモブってちょっと歴史を紐解いてみると、いろんな意味を持っているんですよね。デモみたいに政治的な意図を持っているときもあるし、一方では広告的なパフォーマンスとして使われているのも面白い。
―今回はコンドルズなどの公演と違って、モブの本番には参加されないんですよね。
近藤:そう。僕は振付だけで、そこに参加しているわけじゃないんです。それなのに公共の場でいきなり100人近くの人が、僕が振付けたとおりに動く。それってなんかアブナイ行為みたいな一面もありますよね(笑)。それが、キケンな方向じゃなくて、いい方向に向かうようまとめることができたら面白いなって思ってます。
―ここ数年、ネット上の動画などでも非常に話題になっているフラッシュモブですが、ダンスパフォーマンスとしては、どのように捉えられてますか。
近藤:今のところは、「公共の場で、いきなりパフォーマンスをする」としか定義しようがないかもしれない。もう少ししたら、その役割がはっきり見えてくると思うんですけど……。これまでのストリートパフォーマンスと違って、演じる側と観る側がハッキリ分かれていない、というところに大きな特徴があると思います。モブを見て投げ銭してくれる人とかいるのかな(笑)。そうなったらモブじゃない気もするし、逆にそれはそれで面白いことだとも思う。だから今はまだ実験段階なのかもしれませんね。
―『F/Tモブ』では、池袋西口公園だけでなく、池袋駅構内などもパフォーマンスの舞台になりますが、その環境を活かすとしたらどんなことをするのが面白いでしょう?
近藤:そうですね。街中で行うということは、「都市の在り方と連結する」という意味があるのかなと思います。ほら、この夏話題になった……DJポリス、あれも新しい流れだと思うんですよ。都市の人の動かし方を変えるものが登場した、という感じだったじゃないですか?
―なんか、皆楽しそうに和気あいあいと同調しながら、人の流れを作ってましたよね。
近藤:実はこの間、リバーウォーク北九州っていう商業文化施設の10周年イベントに呼んでいただいて、職員たちがいきなり仕事場で踊り出す、というモブを振付けたんです。で、せっかくだから、僕も軽い気持ちでモブに参加してみたんですけど、いざ自分が経験してみると、やっぱり単純に気持ちいいんですよ(笑)。振付ける側は、動きの意味とかを一生懸命考えるけど、やってる側としては、「日常的な場所でいきなり踊る」ということ自体が、単純に面白かったんです。
―自分にとって日常的だった場所が、いきなり非日常になる面白さ?
近藤:街でいきなり1人で踊りだしたら、アブナイ人に見られるけど、集団で踊れば変な人とは思われないでしょう。ダンスやパフォーマンス云々の楽しさというよりも、ごく当たり前だと思っていたルールから解放されることの楽しさが、モブにはすごく含まれているんですよ。何より皆で「同調して動く」ってことがめちゃくちゃ気持ちいい。集団の力でもあると思う。
やっぱり「集団」には危険な一面があることは否めないよね。
―先ほどの「集団で同調して動くことが面白い」というお話は、コンドルズが毎年池袋西口公園でやっている『にゅ〜盆踊り』の活動にも通じませんか?
近藤:そうですね、「集団で同調して動くことの快感」という意味では一緒だと思います。特に日本人って円陣組んで気合い入れたり、シメのときに「よよよい!」って皆で呼吸を合わせたり、集団で内側に向かって一緒になることが得意ですよね。海外ではあんまり見ない気がします。
―そういう意味では、モブって表現として日本人に受け入れやすいのかもしれませんね。
近藤:でも、内側に向かうばっかりじゃ駄目。特に「自分たちさえ盛り上がればいい」「自分たちさえ良ければそれでいい」という方向にエネルギーが向かうのは嫌な感じがします。外側へのエネルギーを持って都市と集団とがつながっている。そういう感覚があったほうが、もっと気持ちいいと思う。
―せっかく街中で何かを表現するのであれば、自分たちが注目されることだけでなく、社会や地域と個人がつながっていく、そこに重点を置くほうが可能性がある?
近藤:モブが終わったときに、参加者同士が「お疲れ様でしたー!」って盛り上がっていたら、それはなんか違いますよね(笑)。やっぱり、何事もなかったようにきれいに街に消えていく、そして偶然モブに遭遇してしまった人たちの心に何かが残る、そういうのがいい。
―ハプニング的なパフォーマンスではあるけれど、あくまで街の風景や時間の一部として存在する。すごくスマートな表現方法だし、街の景観作りにもつながる気がします。
近藤:モブって、競技でも勝ち負けでもないじゃないですか。サッカースタジアムの観客席で、ゴールが決まると皆が動いて、モブみたいな現象が自然に起こる。そういうことに近い気がします。それから、やっぱり「集団」には危険な一面があることは否めない。今、『第68回国民体育大会』(『東京国体』)開会式の演出に関わっていて、日本体育大学などの学生たち2,500人に振付けているんですけど、この人数だと、ちょっとざわついただけでもかなり騒々しいから、まとめるのが大変なんです(笑)。でも、厳しい先生が出てきてピシッと叱ると、ぴたっと静まる。この様子を間近で見ると凄いですよ。
―つまり、学生たちが統制されることに、あまり抵抗を感じていないということ?
近藤:たぶん、そうなんです。良い悪い両面があるとは思いますけど。たとえば、「サンバカーニバルのように、ザワザワした感じで踊って!」と伝えても、「右足からですか? 左足からですか?」と質問されて、「どっちでもいいよ」って答えると、「決めてくれなきゃ動けない」と言われる(笑)。
―そうなるとサンバカーニバルじゃなくなっちゃう(笑)。下手すると、マスゲームみたいになっちゃいますね。
近藤:そう(笑)。「自由な空気感を作りたい」っていう意図が、何故か通じにくいんですよね。きっちり教えてもらったことを皆でやらなくちゃ、という意識が高くて、細かい指示を求めてくる。
―『F/Tモブ』の参加者は、年齢不問・不特定多数の人たちなので、またちょっと違ってくるのかもしれませんね。参加者同士に共通項を上げるとしても「東京とその近辺にいる、アート好きな人?」みたいな感じですからね。
近藤:少し前だったら、パンクスの人とか、あるいは社会に怒りを持っている人だけを集めて、モブで何かを主張してみる、なんてことをやっても面白かったかもしれない。でも今回はアートイベントを前提にして参加者を集めているので、そこに主張は挟まない。だから、逆に面白いかもしれませんね。「アートって何?」「アートやってみたい」、そんな人たちにとっては、とっかかりになるのかもしれません。
駅構内のように、状況が窮屈でストレスフルな場所であればあるほど、自分を解放する面白さを味わえるし、観るほうにも何か伝わるものがあるかもしれない。
―ところで、ラジオ局との連動の話もあるそうですね。
近藤:ぜひやってみたいですね。放送がいきなり街の中に影響をもたらして、東京の各所で偶発的にモブが始まっちゃうとか、オンエアしている曲に合わせて街や職場で踊りだす人たちがいたら、と思うとわくわくする。しかも、曲は僕の大好きなYMOの“ライディーン”なんです。
―「社会とアートの関係」というところでいうと、『F/T』は特に大震災以降、毎回社会情勢とリンクするテーマを掲げていて、そこにつながる舞台作品を世界中から集めて一堂に紹介するという、非常に中身の濃いイベントです。今回、近藤さんに初めてオファーがあったというのは、『東京国体』の開会式や『にゅ〜盆踊り』のように、もっと具体的なレベルでアートを社会につなげていきたいという意図もあるのかな、と思いました。
近藤:伊藤キム(振付家・ダンサー)が、中高年男性だけを公募で集めて、おじさんたちがダンスでサービスをする「おやじカフェ」っていう企画をやっていましたけど、あれもいい感じに街と人々とがつながってましたよね。そう考えると『F/T13』で、それに値するのがフラッシュモブ、ってことなのかな。
―近藤さんなら、「社会とアートをつないでほしい」という話に対して、どんなアイデアを考えますか?
近藤:うーん……でもやっぱり、劇場で舞台を観た後に、近くに飲んだり語らったりできる場があって、劇場と街の間にそういう動線ができるのがいいと思います。アートが自然に街と溶け合うような。
―ヨーロッパでは、そういう文化が確立してますよね。パリのオペラ座の周りなんて、劇場の余韻を引き継いだかのような空間のカフェやバーがたくさん並んでいますし。
近藤:皆、終演後にそこで過ごす時間まで計算に入れて楽しんでいるんですよね。今の池袋でいきなりそれを実現するのは、まだちょっと難しいだろうけど。
―今のところ、電気店やチェーン居酒屋、風俗……。
近藤:2年くらい前、豊島区が文化芸術創造都市を宣言したけど、まだ住民レベルまでは浸透していないですよね。結局、都市文化を作ろうと思ったら、人の動線を考えなきゃいけないんだと思う。それを視覚化していくというのも、モブの役割の1つかも知れませんね。今回、駅構内も舞台の1つになっているけど、これはいいと思う。状況が窮屈なストレスフルな場所であればあるほど、自分を解放する面白さを味わえるし、観るほうにも何か伝わるものがあるんじゃないかな。
どんなに都会的なところに住んでいても、勝手口を通って台所からお邪魔します、みたいな感覚が好きだし、そういうことが大事な気がする。
―近藤さんご自身も豊島区にお住まいとのことですが、池袋の文化的な魅力というのはどんなところでしょう。
近藤:やっぱり、トキワ荘(手塚治虫、藤子不二雄など著名な漫画家が居住していたアパート)の存在は大きいですよね。池袋モンパルナスなんて呼ばれるくらい画家や文筆家がいっぱい住んでいた地域もあるし、もともと文化的な魅力のある地域だと思います。
―その街が今、舞台芸術を中心としたフェスティバルの中心地になっている。
近藤:今年になって、東急東横線と東京メトロ副都心線がつながった影響で、池袋は面白い場所に変貌しつつある時期だとは思うけど、今は何でもかんでも綺麗に管理しようとする時代でしょう? 僕自身は、どんなに都会的なところに住んでいても、その表側のキラキラしたところでは生活してないんです。どこにいても、勝手口を通って台所からお邪魔します、みたいな感覚が好きだし、そういうのって、うまく言えないけど大事なことのような気もするし……。
―都市には、綺麗な部分だけじゃなくて、汚れた部分も必要ってこと?
近藤:フランスでは昔、落ちている馬の糞の数で芝居小屋の人気を判断した時代があったそうです。要するに、馬車がたくさん来るから糞も落ちる。バリアフリー、耐震化などの問題はもちろん大事ですけど、あまりにも管理されすぎた、隙のない感じだけの街って、僕は落ち着けない。
写真家がロックフェスを企画する時代。最終的にどこに到達したいのかを考え、境界線を越えてでも混じりあう。そうしないと、なかなかものが動かない時代になってきている。
―そういう管理された都市空間で、大勢の一般人が、一見やっちゃいけない感じに見えるモブを始めちゃう、というのも痛快ですよね。
近藤:あと、野田秀樹さんの影響はとても大きいと思います。彼が東京芸術劇場の芸術監督に就任してから、街の雰囲気もずいぶん変わったし。
―今まで池袋に来なかった人たちが劇場に来て、街の空気感を変えているのかも知れませんね。そういう意味では、コンドルズの活動も今、劇場の枠を超えてどんどん外側に広がっていますよね。動かすものの規模もどんどん大きくなっている感じがします。
近藤:はい。劇場での活動はある意味ライフワーク的なもの。仕事としては、学校、国体、お祭りなど、劇場の外の方が多くなってます。そうした中で、静岡、名古屋など、いろんな地域で活動を引き継いでくれている連中がいるのも嬉しいですね。
―ダンスやパフォーマンス界のほうで、なんか面白そうなことやってるな……と感じている人たちが、日本のいろんな地域でじわじわ増えてる。
近藤:面白そうな奴らがいるから、劇場に行ってみよう。そんな流れが生まれてくれたら嬉しいですね。どんなにネットが発達しようが、劇場には来てほしい。生で、身体で直に感じることの臨場感、楽しさを実感してほしい。一般的なことしか言えないけど、ダンスは言語を使わないぶん、感覚で人とつながりやすく、同時に共感も大きい。そういうグローバルな力が根本にある。僕も若い頃は自分たちが目立ちたい、という気持ちがありましたが、今はどうやったら皆で楽しめるか、というのが先にありますね。
―独りよがりの表現にはしない、ということですね。
近藤:今はどんなに舞台作品を作っても、それを誰かが買ってくれる時代ではない。黙々とダンスを作り、誰かが拾ってくれるのを待つのではなく、自らがプロデューサーの目線を持ち、何かを仕掛け、発信していく時代だと思う。たとえば、写真家がミュージシャンと組んでロックフェスティバルを企画していたりする時代。写真家だから写真だけを撮ればいい、というのではなくて、最終的に自分の表現がどこに到達したいのか、そのためにはどういう手段を取るべきなのかを考え、境界線を越えてでも混じりあう。そうしないと、なかなかものが動かない時代になってきているんだと思う。
―ダンスが、異ジャンルとのコラボレーションに積極的だったり、このフラッシュモブの動きに前向きだったりするのも、そうした時代の流れの1つですね。
近藤:違う分野の人たちがダンスを使う、そういう可能性もちょっと感じているんです。コマーシャルのためだけじゃなくてね。これまで劇場と縁が無かったような人たちが、劇場を使う時代になるかもしれないし、そう考えたら日常的に劇場を活用している僕たちも頭を使わないと駄目ですよね。あれ? いつになく真面目なこと話しちゃった。こんなつもりじゃなかったんですけどね(笑)。
- イベント情報
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- 『F/Tモブ・スペシャル』
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2013年11月9日(土)〜12月8日(日)毎週土、日曜日
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場、池袋西口公園、サンシャインシティほか
参加アーティスト:
近藤良平(コンドルズ)
古家優里(プロジェクト大山)
三浦康嗣(□□□)
矢内原美邦(Nibroll)
料金:無料
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- 『フェスティバル/トーキョー13』
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2013年11月9日(土)〜12月8日(日)
会場:
東京都 池袋 東京芸術劇場
東京都 東池袋 あうるすぽっと
東京都 東池袋 シアターグリーン
東京都 西巣鴨 にしすがも創造舎
東京都 池袋 池袋西口公園
※実施プログラムはオフィシャルサイト参照
- プロフィール
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- 近藤良平(こんどう りょうへい)
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振付家、ダンサー。ペルー、チリ、アルゼンチン育ち。20ヶ国以上で公演、ニューヨークタイムズ紙絶賛、渋谷公会堂公演も即完満員にした男性学ランダンスカンパニー・コンドルズ主宰。第四回朝日舞台芸術賞寺山修司賞受賞。NHK連続TV小説『てっぱん』オープニング振付、NHK総合『サラリーマンNEO』内「サラリーマン体操」、NHK教育『からだであそぼ』内「こんどうさんちのたいそう」、「かもしれないたいそう」に振付出演。三池崇史監督映画『YATTAMAN』振付。TBS系列『情熱大陸』出演。NODA・MAPの『THE BEE』で鮮烈役者デビュー。今秋には、『第68回国民体育大会』(『東京国体』)式典演技総演出を担当する。
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