「エスパス ルイ・ヴィトン東京」で開催中の、森万里子の展覧会『Infinite Renew』は、原始宗教や宇宙論を背景にしつつ、最先端のテクノロジーを使って「見えないエネルギー」を可視化した、現代の神話の森だ。あらゆる事象に意識を開き、芸術や科学といった境界を軽々と飛び越え、国際的に活躍するアーティスト・森万里子。一見華々しく見える作品には、どのような背景があるのだろうか? アーティストとしてのモチベーションまでを振り返ったインタビューは、本人も初めて話したという内容も含め、非常にディープかつ、ポジティブな内容となった。
私たちの目は、宇宙のたった4%しか認知することができない。人間も宇宙の一部だとすれば、私たち自身も見えないエネルギーで構成されているのかもしれない。
―今展覧会『Infinite Renew(無限の再生)』は、展示作品8点のうち7点が新作となっていますが、エスパス ルイ・ヴィトン東京の空間からインスパイアされて作られたのですか?
森:そうです。当初はまったく別の作品を考えていたのですが、何度かこの場所を訪れるうちに、やはり8mにおよぶ天井高と全面ガラス貼り空間の特徴をより生かしたいと思い、今年2月にプランを変更しました。昼と夜とではガラス越しの景色も作品も、まったく違った光景を見ることができます。
―2月からの仕切り直しで、このような大型作品だと、制作準備期間がすごく短いですね。制作スタッフもよく集まってくれましたね。
森:それは強く念じていたので……(笑)。昔に比べてネットワークが広がったり、スタッフの方が優秀なこともあって、短期間でより良い制作チームを作れるようになりました。作品に特殊な塗装をしていただいたイタリアの会社以外は全員新しいスタッフです。彫刻はスペイン、3Dプリントはベルギー、LEDディスプレイは日本人のチームと行いました。新しいチームと仕事をさせていただくことで色々な発見もあり、すごく良かったです。
―いつも本当にインターナショナルなスタッフと一緒に作られているのですね。色が変化していく大型作品『Infinite Energy I ,II, III(無限のエネルギー)』は、六本木ヒルズ・毛利庭園に設置されている作品『プラントオパール』とも共通点があるように感じましたが、これらは同じシステムを使われているのでしょうか。
森:六本木ヒルズの『プラントオパール』は、温度や風向、天候などの自然現象に反応して色が変化する作品でしたが、今回の『Infinite Energy I, II, III』は人の動きをセンサーで感知して色が変化するようになっています。今までは、宇宙を含めた自然現象をコンセプトにして作品を作ってきたのですが、人間も自然の一部だと思うので、今回は人のエネルギーに反応するシステムにしたのです。
―会場で配布されている展覧会図録で、イギリスの物理学者ブライアン・コックス博士と「宇宙」や「エネルギー」について対談されていた内容が、大変興味深かったです。
森:ありがとうございます(笑)。対談では、ダークマター(暗黒物質)や、ダークエネルギーの話をさせていただきました。私たちの目に見えているものは宇宙のたった4%で、残りの96%は観測することも、見ることもできないというものです。人間も宇宙の一部だと考えれば、私たち自身も見えないエネルギーで構成されているのかもしれない。その見えないエネルギーの可視化を試みた作品が『Infinite Energy I ,II, III』です。人の動きを感知してLEDが光り、無限に伸びていくようなフォルムで、エネルギーの果てしない再生を表現しています。
欧米では自分の作品をきちんと言葉で説明できないと認めてもらえないので、結構大変でした。本当に悔し涙を流しながらやっていたのを覚えています(笑)。
―少し振り返ってお伺いしたいのですが、そもそも森さんがアーティストを目指されたきっかけに興味があるのですが……。
森:それはこれまでにされたことのない質問ですね(笑)。以前、ファッションの勉強をしていて、その続きを学ぼうとロンドンに留学したのですが、よく分からずにアートの学校に入ってしまいました。ところが、ドローイングやペインティングに取り組んでいるうちにのめり込んでいったのです。
―間違って入ったのに、のめり込んでしまった(笑)。
森:ファッションよりアートのほうが自分とうまく向きあえると思ったのです。でも、欧米では自分の作品をみんなの前できちんと言葉で説明できないと認めてもらえないので大変でした。日本では、自分の意見を人前で言う訓練はあまりありませんし、当時の語学力ではハンディもあって、本当に悔し涙を流しながらやっていたのを覚えています(笑)。
―そのときの経験は今にも活かされていますか。
森:良くも悪くも言語化する能力は鍛えられましたが、実は今でも、作品を言語化するのは苦手なところもあります。言葉以上の力がアートにあるから作品を作っているわけですし、また、言葉にならない意識の深いところを表現できるのがアートなので、作品自体の力が発揮されていれば、私の言葉はなくてもいいと思うことはあります。
そのときは気付かないのですが、自我が強く出てしまっていた作品は、後になってからあまりピンとこないものが多いですね(笑)。
―初期の作品に、森さん自身がコスプレをしているものがありましたが、それらには説明不要のインパクトがありました。ファッションを学ばれた経験もアート作品に生かされているのでしょうか。
森:なにか伝えたいものがあるとき、それに一番適した表現方法というものがあると思います。言葉、テクノロジー、ファッション、素材、どんなものでもボキャブラリーになり得ますが、初めの頃は自分の知っている言葉や出来ることだけで作品を作ろうとしていたように思います。
―過去の作品を振り返って、当時と違う印象を受けることはありますか?
森:そのときは気付かなかったのですが、自我が強く出てしまっていた作品は、後になってあまりピンとこないものが多いですね(笑)。逆にコラボレーションの中から思いもよらないアクシデントが起こって、想像を超えるものができたときは励まされます。自分の作品であっても、時と共にサヨナラしているものもあれば、時が経っても自分の意識と長くつながっている作品もある。作品が生まれた後は、作品それぞれの人生が始まるので、自分の思いとはちょっと違うものになっていたりする、そこがすごく面白いです。
―作品が自分を超えていくような感覚でしょうか。
森:超えるというよりも、アート作品は観る人の意識を映す鏡のようなものだということですね。自分の意識もどんどん変わっていくから、同じ作品でも後から違って見えたり、違う部分に響いたりする。子どもの頃に読んだ小説を大人になってから読むと視点が違って見えるように、「作品」には人の意識を映す力があると思います。
「科学」というボキャブラリーを使うことで、作品を理解してもらいやすくなることが多いんです。科学には宗教や文化の隔たりもないので、世界共通で伝えることができるんですね。
―その後、瀬戸内海の豊島に設置された作品『Tom Na H-iu(トムナフーリ)』(超新星爆発が起きて「ニュートリノ」が検出されると光を放つ彫刻作品)のように、「科学」という要素が、森さんの作品の中に現れるようになりましたよね。なぜアート作品に科学的な要素を取り入れようと思ったのですか?
森:理由の1つは、ロンドンで学んだこととも繋がっているのですが、特に欧米人に対して作品を伝える際、「科学」や「データ」というボキャブラリーを使うことで理解してもらいやすくなることが多いのです。科学には宗教や文化の隔たりもないので、世界共通で伝えることができます。
―作品と鑑賞者をつなぐ、コミュニケーションの役割も担っているということですか?
森:そうです。コックス博士との対談で自然循環システムについて話しましたが、これは仏教の「輪廻転生」に近い概念でもあります。だから、アジア人には理解しやすいのですが、欧米人には馴染みにくい概念なのです。でも、たとえば「メビウスの輪」を使って、表裏の区別がない世界を説明すれば、欧米人にも理解しやすい。これまでは個の違いや隔たりを作ってきた時代でしたが、これからはお互いに意識を共有し、理解しあっていく時代になると思うので、その橋渡しを、作品を通してできればいいなと思っています。
―すごく面白い考え方ですね。いつ頃からそのような意識で作品を制作するようになったのですか。
森:1999年にミラノで、法隆寺の夢殿からインスピレーションを受けた体験型作品『ドリーム・テンプル』を発表した際、「私はキリスト教徒だからお寺には入れない」という人がいたのです。アート作品として作ったのに、形が仏教的だからという理由で拒絶されたことが本当に悔しくて……。だったら次の作品は宗教に左右されない形にしようと思い、「UFO」にしました(笑)。それが、2005年の『ヴェネチア・ビエンナーレ』にも出品された『WAVE UFO』です。『WAVE UFO』は世界11か国を巡回して、老若男女問わず多くの人に体験してもらうことができました。「やった!」と思いましたね。
古代ケルトや縄文時代などを調べていくうちに、私たちの祖先が「生と死」という再生・循環システムの思想を世界中の遺跡で表現していたことに気づきました。
―先日、豊島の彫刻作品『Tom Na H-iu(トムナフーリ)』を訪れたのですが、竹林を随分奥に分け入ったところに設置されていて、作品までたどり着く道中の自然もワイルドで印象的でした。最近は大自然の中に作品を設置することにも興味を持たれているようですね。
森:2010年に「FAOU」という非営利団体を立ち上げ、世界6大陸の自然の中に半永久的な作品を1つずつ設置するというプロジェクトを始めました。これはおそらく私のライフワークになると思います。第1弾として、宮古島の七光湾に、夕陽を浴びて日時計のように影を作る彫刻作品『Sun Pillar』(2011年)を設置しました(対となる作品『Moon Stone』も設置予定)。第2弾はブラジル・リオデジャネイロ州の高地にあるビスコンデ・デ・マウアという街。そこも車を降りて30分くらいトレッキングしなくてはいけないところなのですが、虹がかかる滝の上部に、太陽の位置によって色を変える作品『RING』を設置するプロジェクトが進行中です。
―いずれも未来の遺跡のように、謎めいていて神秘的な作品ですよね。先ほども「輪廻転生」のお話があったように、森さんの作品には「人間も自然の一部」という、東洋的な倫理観やメッセージが明確に含まれているように感じるのですが、なぜそれを伝えたいと思うようになったのでしょうか?
森:2003年から、新石器時代のリサーチを続けているのですが、古代ケルト文化や日本の縄文時代などを調べていくうちに、私たちの祖先が「生と死」という再生・循環システムの思想を色々な遺跡で表現していたことに気づいたのです。その後、私たちは進化を遂げて、科学的にも文化的にもレベルが高くなったとされていますが、一方で人間だけが自然から別離していると錯覚しているような今の状況に危惧しています。
―具体的にはどのような部分でしょうか?
森:もともと人間の意識の中に備わっていたはずの、「自然と共存する」という能力が退化し始めているように感じます。現代社会はさまざまな問題を抱えていますが、その能力を使わなければ、自然との関係だけでなく、人間同士の関係もうまくいかないと思います。宮古島を始め沖縄の島々には、13世紀頃からの神事が今も変わらず残っています。そういったものがなくなってしまってはいけませんし、もう一度太古にある知恵を思い出して現代に甦らせるために、自然への感謝と祈りを込めて作品を捧げるような気持ちでいます。
―そういった新石器時代の遺跡や思想は日本やアジア圏に限らず、世界的に見られるものですか?
森:そうです。特に冬至は再生のシンボルとして、とても大切な日だったようです。日時計のような形をした遺跡や、冬至の日に光が差し込むように作られた建物が、世界中のあちこちに残っています。東洋と西洋や宗教といった区別以前の世界の姿なのです。
科学や技術は、多くの先人たちの果てしない時間や知恵が折り重なった結晶のようなもので、とても尊く崇高なものだと思います。
―しかし面白いのは、森さんが「太古の知恵を現代に甦らせたい」という作品を作られるとき、古い素材や自然素材ではなく、最先端のテクノロジーを活用されていることです。それはなぜですか。
森:それは、最先端技術がとても崇高なものだと感じるからです。古代において、人間が自然への畏怖の念として奉納してきたものは、非常にレアな物質である「金(きん)」でした。けれども、多様な価値観が生まれた現代では、人間にとって一番崇高な宝物は必ずしも「金」ではなくなっています。そのような今日において、私は、最先端の科学や技術は、多くの先人たちの果てしない時間や知恵が折り重なった結晶のようなもので、太古の「金」と同様、とても尊く崇高なものだと思います。だから、作品を作る際、私は、自然に捧げるものとして最先端テクノロジーを用いるのです。
―そうなんですね。もともとアートは学問や科学も含めた技術の総称だったという歴史を思い出しました。今では細分化され、それぞれが別ジャンルとなってしまっていますが、お話を聞いていて、そのような境界を超えた自由さを森さんの作品に感じました。
森:自由はいいものです(笑)。人間が色々な共同作業をしながら発見していくことに興味があります。アート作品は私たちの意識の象徴であり、自然と人間の新しい関わり方のシンボルとして、さまざまな活動をつなげていけるものだと思います。私はアートの力を信じています。
- イベント情報
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- 『Infinite Renew(無限の再生)』by 森万里子
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2013年9月28日(土)〜2014年1月5日(日)
会場:東京都 表参道 エスパス ルイ・ヴィトン東京(ルイ・ヴィトン表参道ビル7階)
時間:12:00〜20:00
休館日:無休(年末年始除く)
料金:無料
- プロフィール
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- 森万里子(もり まりこ)
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世界各地の美術館や個人コレクターがこぞって作品を収蔵・収集してきた国際的に高く評価されたアーティスト。2005年の『ヴェネツィア・ビエンナーレ』に出品されたインタラクティブ・インスタレーション『WAVE UFO』で広く世に認められた。1997年の『第47回ヴェネツィア・ビエンナーレ』での栄えある優秀賞(Menzioni d'Onore)や、日本文化藝術財団から日本の現代芸術分野の有望なアーティストや研究者に贈られる第8回日本現代藝術奨励賞をはじめ、数々の受賞歴がある。
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