格闘ゲームの世界の中で、生身のラッパーたちがそのスキルを駆使して対決!? そんな世界初のMCバトルシステムが「STREET CYPHER 2」だ。去る10月6日には同システムによる初のイベントがインターネットTV局「2.5D」とニコニコ生放送でライブ中継され、個性派MC陣が参戦した。仕掛人は映像作家の大月壮。数々のPV映像や、オリジナル映像『アホな走り集』、またスペースシャワーTVで話題のステーションIDなどを手がける彼が、なぜ格ゲーとヒップホップの融合という無茶な(?)接続を目論んだのか。その真意を探りつつ、彼の創作姿勢に迫るインタビューを行った。
大月 壮(おおつき そう)
1977年神奈川生まれ。東洋美術学校卒業。フリーランスの映像クリエイター、ディレクター。ぶっ飛んだものからマジメなクライアントワークまで柔軟に。WEBやテクノロジーを映像に取り入れるのも好きです。過去には現代美術作家「chim↑pom」やHIPHOPアーティスト「KLOOZ」と共同プロジェクトを主催。オリジナル作ではニコニコ動画から始まり文化庁メディア芸術祭入選まではたした『アホな走り集』が有名。国内や海外の映画祭・映像祭での上映多少あります。東洋美術学校非常勤講師。
SOU OOTSUKI WEB
きっかけは、ただラッパーが集まってひたすら「スト2大会」を繰り広げてたこと(笑)。
―まずはMCバトルシステム「STREET CYPHER 2」について教えてください。そもそもこの企画はどういう経緯で生まれたのですか?
大月:もともと日本のヒップホップが好きだったんです。音楽自体だけじゃなくて、普通は表の社会にはいないような人たちが表現をしてたりするのが面白くて。それでどんどんハマっていって、全国規模のMCバトルとかを見に行くうちに、MCバトル界でも異色の企画を開催しているMC正社員さんと知り合ったんです。たとえばラッパー2人の間に女子を挟んで、互いに口説き合うMCバトルとか、そういうことをやっていて(笑)。
―普通MCバトルはスタイルのぶつかり合いで、ときには罵倒し合うようなものを連想しますけど、そこからすると新基軸ですね(笑)。
大月:いわゆる本格派のMCバトルに対して、企画系というか、新ジャンルを開拓していて。で、彼があるとき、『ストリートファイターMCバトル』って催しをやるというので、面白そうだと思って見に行ったんです。
―そこから今回の挑戦が始まったと。
大月:いや、それが実際行ってみたらMCバトルは全然関係なく、ただラッパーたちが集まってひたすらスト2大会を繰り広げてたんですよ(笑)。
―ただゲームをしてるだけだったんですね(笑)。
大月:はい。僕が勝手に期待してたのは、格闘ゲームとMCバトルの融合みたいな世界だったんですけど、現場でただ呆然とゲーム対決を見ることになって(笑)。けどそのとき「でも、それって実現できるんじゃない?」と思って。
―その時点でもう、「STREET CYPHER 2」のシステム設計まで思い浮かんだんですか?
大月:細かい部分はわかってなかったですけど、当時もうKinect(Xbox 360向けに生まれたゲームデバイス。人の動きや音声を認識することができる)が発売されていたし、その他の技術もいろいろ組み合わせて工夫すれば、実現できそうだなって。でも、システム開発まで自分でできるわけじゃないし、予算もそれなりに必要。だからこの企画は、頭の片隅で温めてる感じだったんです。
―それが今回、スペースシャワーTVと組んで、実現に至ったわけですね。
大月:そうなんですよ。スペースシャワーTVがやってるブラックミュージック専門の『BLACK FILE』っていう番組と縁ができて、プロデューサーから何か企画をやってみない? という話をもらったとき、「実はこういうこと考えてて……」って提案したら、やってみようということになって。
―今回お披露目されたシステムは、MCバトルの場にKinectを持ち込んでラッパー2人の動きを検知しながら、格闘ゲーム的映像とリアルタイムに合成する仕組み。実際に格闘技的な攻防も取り入れていますね。
大月:上段・中段・下段の身体の動きに合わせ、Kinectで感知して攻撃技が発動されるようにしています。両腕を身体の前で構えてガードすることで防御も可能です。合成画面上では、身体に黄色い輪郭線が出た状態は防御モードですね。全体的に、まだ精度がそんなに高くないんですけど。
―ディテールにもこだわってますね。ただ、単にそれだけでは「ラップしながらのドツき合い」をバーチャルに実現してるだけになっちゃいますよね?
大月:はい(笑)。だから勝敗は従来のMCバトル同様、オーディエンスの反応が鍵を握る形にしました。普通MCバトルって、いいパフォーマンスにはお客が声を上げて盛り上げるし、勝敗もオーディエンスの評価に委ねるんですよ。
―良かったと思う方に歓声を上げて、その大きさで決めたりとか。
大月:それにあたるものを「STREET CYPHER 2」に持ち込みたくて、「Hoo!システム」というのを考えました。オーディエンスがいいと思った瞬間にスマホを振ると、そのラッパー側の「Hoo!ゲージ」にパワーが溜まります。格闘で奪い合う体力ケージに加えて、これが最終的に両者の勝敗を分ける大きなファクターになる仕組みです。
―みんなが拳を上げて振り回す、あの感じですね。
大月:仕組みとしてはボタンを押すとかのほうが簡単だし、プログラマーにもそう言われました。でも、こういう場での熱狂を反映する仕組みとしては、もっと身体的な動作にしたかった。本当は歓声の大きさなども反映できたらより良いですね。ちなみに、現場で直接見ている観衆だけでなく、ネット中継の視聴者も配信ページ上のHoo!ボタンをクリックすることで参加可能にしています。
ゲームが好きなのに「1週間に1時間以内」という制限をかけられて育ったせいで、ゲームに対する執着が強い(苦笑)。
―開発チームはどういう構成なんでしょう?
大月:スペシャの番組側では、田我流のPVなどを手がけるクリエイター集団「スタジオ石」と組ませてもらい、「DICK TIME」というコーナーの中でシステムを紹介する動きをとりました。
―見させてもらいましたが、紹介といってもコメディードラマ仕立てというか、かなり変化球ですね。
大月:もともとスタジオ石の映像が面白いなと思っていて、彼らと一緒にやらせてもらったんです。一方、イベントとして実現するにはMCバトルと映像の合成で体験してもらうことになるので、それを会場のお客さんに加えてUstreamでも見せられる場所が要る。そこで2.5Dに相談をしてみたんです。しかも2.5Dでは以前、Ust中継の視聴者がライブ出演者にドリンクをプレゼントできるシステムを試行していて、その仕組みを「STREET CYPHER 2」にも活かせそうだとも思って。
―バトルを中継するだけでなく、その視聴者が現場とやりとりできる技術的ノウハウがあるということですね。
大月:そう。それで2.5Dを運営してるANSWRに相談しに行って、巻き込まれて頂いた(笑)。
―システムに用いられる映像は、もちろん大月さんですね。タイトルの「STREET CYPHER 2」から連想されるように、某名作格闘ゲームへのオマージュ的ビジュアルになっています。この仕組みや企画は世界初なのに、「2」なのも含めて(笑)。大月さんはスペシャのステーションIDでも、ゲームをモチーフにした凝った映像を担当していました。ああいう世界観はもともと好きなんですか?
大月:そうですね。ゲームが好きなのに「1週間に1時間以内」という制限をかけられて育ったせいで、ゲームに対する執着が強い(苦笑)。攻略本だけ持って楽しんでるような少年時代でした。我が家にファミコンが導入されたのも、僕が小学校高学年になってからで、『ドラゴンクエストIII』くらいからです。それまでは兄が持ってたMSX(1980年代に人気を博したパソコン規格・マシン)が家にあって。
―MSXとは通な感じですね。
大月:でも子どものころは、通な感じは求めてないですから(笑)。「みんなはファミコン持ってるのに、何で僕は……」っていう。でもそういう経験は今の仕事に活かされてる気もします。その後にパソコンや各種のゲーム機で遊んでいくようになったので。
―USTと同時に中継したニコニコ動画のほうも見たんですが、コメントに「KOFっぽいw」「龍虎かな?」(それぞれ格闘ゲーム『King of Fighters』『龍虎の拳』のこと)とか「格ゲー勢大杉やん」など、ゲーム好きと思しき人々の声があふれていたのも印象的です。
大月:僕は当日現場のシステム対応に必死であんまり見れてないんですが、本気のゲームユーザーも見てくれたようで、けっこう荒れてもいたらしいですね(苦笑)。
―でも、普段MCバトルを見ないような人とも接点を作ったという点では面白いですよね。
大月:今回登場してもらったMC陣は、友人でもあるKLOOZや、SKY-HIみたいに、ふだん頻繁にMCバトルに出ているタイプともまた違ったポップな感じのMCたちなので、その点でもちょっと特殊だったかもしれません。SKY-HIなんかは、数年前までは頻繁に出てましたね。
―対戦カードでいうと、愛国者ラッパーvs笑うバトルMCとか、童貞ラッパーvsアラフォーフィーメルラッパー、さらに10代ラッパー同士のバトルなど、組み合わせも個性的でした。格ゲーを舞台にしたバトルなので、彼らが普段のパフォーマンスでは絶対しなそうな動きをとったりもして(笑)。
大月:正直、やりにくいだろうなと思うところもあります(笑)。でも、たとえば参加ラッパーのオロカモノポテチなんかは、もともと筋金入りの『スト2』好きで、そっち系の大会にも出たりする人なんです。だから本当に楽しみにしてくれて。ただ、今回の結果は2戦2敗で落ち込んでました(苦笑)。
テクノロジーをもっとラフな感じで使っても面白いことはやれるじゃんって。その感覚は、たぶん自分のクリエイティブの根っ子にあるんです。
―大月さんは映像クリエイターとして紹介されることが多いですが、今回はただ映像を作って観衆に見せるというものとは少し違いますね。
大月:震災後から作風が少し変わってきてるかなとは思います。きっかけになったのは、今回も出演してくれたKLOOZのPVを10連発で作る試み『KMD(KLOOZ MOVIE DAY)』でした。そのウェブサイトを『映像作家100人』などを手がける編集者の古屋蔵人くんにお願いしたら、YouTubeの動画を2つ、同じページ内で同期させるアイデアをもらったんです。
―このサイトは、ページ中央に埋め込まれたPV動画の内容に絡むかたちで、背景に別の映像が流れるものですね。
大月:さらに特定のタイミングでGIF画像も出したりしていて、プログラミングはグリッチアーティストのucnvさんにお願いしています。あの仕事で「こういうこともできるんだ」と思ったんですね。何と言うか、テクノロジーをもっとラフに、気軽に扱う方向もあるんだなって。たとえばライゾマティクスさんのような、けっこう大がかりで、何と言うか……。
―ラフではない表現?(笑)
大月:そうそう(笑)。あれもすごく格好いいけれど、テクノロジーをもっとラフな感じで使っても面白いことはやれるじゃんって。その感覚は、たぶん自分のクリエイティブの根っ子にあるんです。結局、僕はずっと半径3m以内のDIYみたいなことを続けてるんですよね。
―そういう志向はいつごろからなんですか?
大月:映像をやろうと思ったのは高校卒業の直前で、ただそのとき僕は3DCGをやりたかったんですね。他人と細かい指示をやりとりしなくても、全て自分でコントロールできるんじゃないかって。最近ではスタッフを抱えてディレクター的な仕事もやっていますが、当時は人と絡むのに苦手意識があったんですね。
―なるほど。ちなみに当時はどういうビジュアル表現に憧れたんですか?
大月:高3の正月に見た、谷田一郎さんが手がけたパルコのCMに衝撃を受けて、お年玉でPhotoshopとスキャナを買ったのが始まりです(笑)。当時3DCGでいうと『バーチャファイター』や『TOY STORY』が身近にあったんですが、谷田さんのCGは他のどれとも似ていなくて、自分もこんなものを作りたいと強く思いました。あと、宇川直宏さんの活動にもモロに影響を受けた時期で、雑誌『DIGITAL BOY』に載ってた彼のグラフィックを、Tシャツにアイロンプリントして着てみたり。
―当初はデジタルへの興味が強かったんですね。先ほどの「ラフな感じ」に寄っていくのはどういう経緯で?
大月:プログラムなどの緻密な方向に行けなかったのもあるし(苦笑)、逆にクオリティーじゃないところで成績は良かったというのもあります。専門学校は一応主席で卒業したんですが、その評価も、アイデアの面白さみたいな部分が大きかったと思う。人からの評価って大事だなと思っていて、単純に自信につながるし、自分はこれをやっていっていいんだという布石になるというか。だから自分の志向と周囲の評価、両方の積み重ねの結果で今の方向性があるのかなとも思ってます。
何かを体験したとき「不満」があったり、俺ならこうできるという「改善点」が見えたときに、企画が生まれる。
―大月さんは、自分が見たいもので、でもまだ世にはないものを自分で作るような感じもありますよね? 『アホな走り集』も、当時普及してきたハイスピードカメラで撮られる映像が画一的すぎるのが不満で、あれを撮ったと聞きました。
大月:実は某不動産のサイトなど、クライアントの具体的な要望にきっちり貢献する固めの仕事もしてるんですけど、一方で今回のプロジェクトでいえば、スペシャの皆さんは僕を野放し状態にしてくれる(笑)。その野放し具合が逆にやる気を起こさせてくれる面もあって、頼まれてもいないのに番組のウェブサイトを作ったりもしていて(笑)。仕事にも色々な形があると思いますが、自分の創作環境やペースをきちんと作ることは大事だなと感じてます。
―大月さんの中で面白い企画が生まれるきっかけみたいなものは?
大月:毎回違うとも思うけど、共通するのは、何かを体験したとき「不満」があったり、俺ならこうできるという「改善点」が見えたときですかね。「問題と解決」みたいのは、ひとつのセオリー的なものとしてある気がします。
―お話していているとすごく柔らかい、優しそうな印象ですけど、「不満」って結構強い感情ですよね。
大月:どうなんだろう、何か譲れない部分もあるのかもしれません。「あいつらマジでダサイな、でも評判良さそうだし、戦略がうまいのかな? ふ〜ん……俺もそうしよ!」みたいな(笑)。
―どっちですか!(笑)
大月:いや、気に入らなくても学べる一面だってあります。自分には合わなくても、その人の欲望に忠実なのはいいことだと思うし。だから企画のきっかけをもう1つ挙げるとしたら「好奇心」ですかね。食ったことないものはとりあえず口にしてみる。「嘘でしょ?」と思うような闇世界を実際生きて歌ってるラッパーもいれば、その対局のクリエイティブとして、公民館でおばさんたちが作る押し花みたいなものもある。いずれも僕らの生活とは遠いところで行われるクリエイティブですけど、気にはなります。
サブカルチャーにだって豊かな文脈や遺産は存在している。そこをもっと提示していくことで、面白いことができるんじゃないかなとも思ってます。
―映像も音楽も好きで、他にはどんなことに興味が?
大月:ユースカルチャーはずっと追っかけてる感じがあります。なかなか抜けられなくて(苦笑)。あと僕は1977年生まれなんですけど、僕の世代の人はパソコンを使ってグラフィックも映像も作っちゃう、色々挑戦する人が多かったとも感じます。
―そういえば、下積み的な時期に、菅原そうたさん(漫画家、CGアニメ・映像監督)と牧鉄兵さん(映像作家、漫画家)と一緒にタナカカツキさんの元にいたこともあるそうですね。いわゆる「カツキ塾」出身。世代的なもので何か感じていることはありますか?
大月:僕らより上の世代からは、なぜか「ゆくゆくは映画やりたいんでしょう?」と言われることが多いんですけど、僕にとって映像制作の原点は映画よりもゲームやテレビ番組のちょっとしたジングル、あとPVやCMなんです。生活の半径3m以内で享受してきた映像達ですね(笑)。そこは上の世代にどうも伝わらんなぁと思っていて(笑)。逆に下の世代にはすんなり伝わるんですが、彼らは僕よりもっとデジタルネイティブで最初からインターネットなんですよね。だから世代的に間(はざま)の感覚はありますね。
―そう考えると「STREET CYPHER 2」でも、Kinectみたいな現在進行形のテクノロジーと、ある種ノスタルジックでもある往年の格ゲー世界が融合していますね。そのあたりも興味深いです。さらに、そこへMCバトルっていうまた違う角度のものが入ってくるっていう。
大月:自分でやっといて何ですけど、ゴチャゴチャですね(笑)。でも何だろう、こういう世界の作り手たちには、アーティストを名乗りたがったり、やたら「アートっぽい」ことを狙ったり、どこかアートにコンプレックスを抱いてる人が多い気もするんですけど、僕はそこに違和感もあって。例えばデザイナーが自分の仕事に感じる刹那感って、どんどん消費されていくことに対してなのかなと思うけど、僕はそういう表現も全然再利用できるじゃんって思う。
―歴史や文脈はどんなジャンルにもあるし、その参照や再利用で新しいものを生むことができる?
大月:わかりやすいところではファッションもそうですよね。今のトレンドには90’sの要素が入ってきてると思うんですけど、結局そうやって繰り返すじゃないですか。ただし、それがただの円ではなくて、三次元の螺旋的な感じですけど。そういう風に、過去のものも応用して現代の表現にしていくことはできる。その視点でいうと、サブカルチャーにだって豊かな文脈や遺産は存在している。そこをもっと提示していくことでも、かなり面白いことができるんじゃないかなとも思ってます。
- 番組情報
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- スペースシャワーTV『BLACK FILE』
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2013年11月12日(火)23:00〜
スペースシャワーTVの番組『BLACK FILE』にて、10月に行われた「STREET CYPHER 2 MCバトル」の模様がオンエアーされます。
- プロフィール
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- 大月 壮(おおつき そう)
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1977年神奈川生まれ。東洋美術学校卒業。フリーランスの映像クリエイター、ディレクター。ぶっ飛んだものからマジメなクライアントワークまで柔軟に。WEBやテクノロジーを映像に取り入れるのも好きです。過去には現代美術作家「chim↑pom」やHIPHOPアーティスト「KLOOZ」と共同プロジェクトを主催。オリジナル作ではニコニコ動画から始まり文化庁メディア芸術祭入選まではたした『アホな走り集』が有名。国内や海外の映画祭・映像祭での上映多少あります。東洋美術学校非常勤講師。
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