コーネリアスが音楽を担当する『攻殻機動隊』の新シリーズ『攻殻機動隊ARISE』。6月に公開された『攻殻機動隊ARISE border:1 Ghost Pain』に続き、『攻殻機動隊ARISE border:2 Ghost Whispers』の全国劇場上映が11月30日よりスタート、これに合わせてオリジナルサウンドトラックも発売される。『攻殻機動隊』とコーネリアスといえば、アニメと音楽というポップカルチャーにおいて、それぞれが日本を代表する存在であり、その相性は抜群。ミニマルやドローンを基調とした音楽性に加え、エンディングテーマにはsalyu × salyuや青葉市子といった馴染の面々を迎えるなど、コーネリアスワールドが全面に展開されている。さらに、サラウンドシステムが完備された映画館というのは、音の立体的な配置が特色のコーネリアスサウンドを楽しむには、これ以上ない環境と言ってもいいだろう。そこで今回の取材では、『攻殻機動隊ARISE』の音楽制作秘話はもちろん、多様化する再生環境についての見解も含め、小山田圭吾に話を訊いた。
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物語の世界観に合わせて、空気のように存在する音楽にしたかった。
―これまでの『攻殻機動隊』シリーズはご覧になられてましたか?
小山田:実は、名前しか知りませんでした。僕アニメ自体をそんなに見てなくて、『銀河鉄道999』ぐらいで止まっちゃってるんですよね。って言うのも、『機動戦士ガンダム』のブームに乗り切れなかったところがあって……。それ以前の特撮やアニメはすごく好きだったんだけど。
―そんな中、今回『攻殻機動隊ARISE』の音楽を手掛けるにあたって、何か監督から要望のようなものはあったのでしょうか?
小山田:監督からは特に何もなくて、最初に会ったときに「自由にやってください」って言われて以来、ほぼ会ってないような感じです。ただ音響監督さんがいて、「このシーンにこんな音楽が欲しい」っていうシートのようなものを用意していたので、それに基づいて曲を作るという作業でした。
―小山田さんの中ではどんなイメージを持って曲作りを進めていったんですか?
小山田:近未来の話なので、「電子音が合うかなあ」みたいなことだったり、あと世界観がちょっと暗めなので、ストリングスのメロディーで情景を煽ったりするよりも、空気のように存在する音楽にしようと思ってましたね。
CORNELIUSと『攻殻機動隊ARISE』がコラボしたドローン再生機「ブッダマシーン」
―CINRAでは『攻殻機動隊ARISE border:1 Ghost Pain』のタイミングでシリーズ構成・脚本を担当されている冲方丁さんに取材させていただいたんですけど、そのとき冲方さんは「50分という長いようで短い尺の中で、静かなシーンと激しいシーンがちゃんと入れ子になっているのは、監督・演出の力です」ということをおっしゃっていて。小山田さんの音楽もこのメリハリに大きく貢献しているように感じたのですが、そういった部分は意識されていましたか?
小山田:メリハリっていうのは特に意識してなかったかなあ。ただ、物語によってだいぶ音楽の感じが変わってきますよね。前回はミステリーっぽい話だったから、あんまりビートがないものを作ったし、今回はバトルシーンがよく出てくるので、「動」の音楽を多めにしています。まず映画があって僕はそれに合わせて音楽を作ってるわけだから、静と動は音楽が発注される時点で決まってるのかなって。
オープニングテーマを作るときに一番参考にしたのは、『ルパン三世』のオープニングで、「ルパンルパン」ってひたすら言い続ける、あのミニマル感(笑)。
―オープニングテーマの“GHOST IN THE SHELL ARISE”はどのようなイメージで作られたのですか?
小山田:あれは自分の中のアニソンをすごく意識してます。子どもの頃に見てたアニメって、やっぱりオープニングが一番印象に残るじゃないですか? この曲を作るときに一番参考にしたのは、『ルパン三世』のオープニングで、「ルパンルパン」ってひたすら言い続ける、あのミニマル感がいいなと思って(笑)。それで、「GHOST IN THE SHELL」っていう言葉をずっと唱えているような形にしたんです。
―『ルパン三世』のオープニングがミニマルって、言われると確かにそうですね(笑)。
小山田:そうでしょ? 「ルパンルパンルパンルパンルパンザサード」で終わるっていう(笑)。“GHOST IN THE SHELL ARISE”の曲自体も結構ミニマルな構造になってるので、そういうものがいいかなって。最近のアニメを見ると、普通のバンドやシンガーの曲が使われてて、アニメのタイトルを言ったりしないじゃないですか? そういうのがちょっとグッと来ないというか、アニソンとしての目的をちゃんと果たしてない気がして。やっぱりちゃんとタイトルは言ってほしいし、必殺技とかもできれば言った方がいいと思うんです(笑)。
―確かに、最近のアニソンは、普通のバンドやシンガーの曲か、そうでなければもっとオーセンティックな、水木一郎的な世界かのどちらかで、アニソンの伝統を継承しつつも、毛色の違うものっていうのは、あまりないかもしれませんね。
小山田:ないですよね。普通の曲だとちょっとタイアップ感が出ちゃって、作品としての完成度が下がる感じもするから、ちゃんとアニソンとしての機能を果たしたいと思って作りました。
―それで言うと、真ん中あたりのコラージュは、本編の台詞を使ってるんですか?
小山田:曲を作った当時はまだ台本が固まってなかったんですけど、当時の台本を坂本(真綾 / 主人公・草薙素子の声を担当)さんに読んでもらって、それをリバースしたりして使ってます。あの部分は、素子の義体が壊れて、過去の記憶が頭の中に出てくるようなイメージで入れましたね。
―『border:1』のエンディングテーマがsalyu × salyuの“じぶんがいない”で、今回が青葉市子さんの“外は戦場だよ”、どちらも素晴らしいですね。お二人とも近年コラボレーションが続いている方ですし、『攻殻機動隊』の主人公が女性ということもあって、女性ボーカリストの起用は自然な流れだったというところでしょうか?
小山田:そうですね。ちょうどこの話をもらった頃が、salyu × salyuをやってた頃で、その話をSalyuにしたら、「私めちゃめちゃ好きです、全部見てます」っていうから、ちょうどいいかなって。市子ちゃんは『攻殻機動隊』を知らなかったけど、合いそうだなって思って声をかけました。
―サウンドの面白さはもちろん、どちらも作詞が坂本慎太郎さんで、ミニマルなんだけど、ちゃんと作品やストーリーとのリンクを感じさせる、かなり完成度の高いものになってますよね。
小山田:坂本くんにリクエストしたのは、エンディングテーマとしても普通の曲としても両方成立するようなものだといいなってこと。彼にもDVDを貸して、わりと職人的に作ってくれたんですけど、できたものを見て、まさにそうなっていると思いました。
―“じぶんがいない”は「きおく」っていう言葉が繰り返されながら、なおかつ揺らいでいて、一人の記憶の揺らぎのようでもあり、複数の人間の記憶が混ざり合うようでもあり、非常にイメージを掻き立てられました。
小山田:これは歌の構造自体すごく特殊で、最初の歌詞が「き き き き」で、それが「きく きく きく」になって、「きおく きおく きおく」になっていくんだけど、「一文字でも二文字でも三文字でも意味がある、言葉と音のパズルみたいな構造の言葉なんかない?」って坂本くんに言ったら、この「きおく」っていう言葉を出してくれたんです。
―小山田さんのリクエストにもちゃんと応えつつ、『攻殻機動隊』の世界観にもバッチリリンクしてますよね。
小山田:そう! ホントに完璧だなって思いました。
―“外は戦場だよ”に関してはいかがですか?
小山田:こっちはもっと一筆書きみたいな曲なんですけど、これも物語の内容とリンクしてます。曲の一番フックになる場所が「それは 抜け殻」っていうところなんですけど、市子ちゃんの声がずっと伸びていって、最後に落ちていくところに、『攻殻機動隊』の「殻」っていう字がはまってるっていう。
―ああ、確かに。
小山田:なかなかこの「殻」の字って歌詞の中に入れにくいと思うんだけど、坂本くんはそれをちゃんと一番印象的なところにはめてて、すごいなって思うんですよね。パッと見誰も気づかないんだけど、気づいたときのインパクトは大きいっていう。
―なおかつ、小山田さんの曲っていうのは、映画館の音響システムで聴くと、余計面白味が伝わりますよね。
小山田:実は前回はあんまりしっくり来てない部分もあったんだけど、サラウンドで聴けて、後ろから音が鳴ったりする環境っていうのは、普段なかなか体験できないですよね。それに普通の映画だと音楽はフロントから来て、SEやリバーブが後ろにあるんだけど、僕の音楽はわりと音が等分に配置してあって、それが回ったりするので、音像がはっきり分かる環境で聴いてもらえるのは嬉しいですね。
―“じぶんがいない”は映画館で聴いてみてより印象的だと感じました。
小山田:あの曲は言葉が断片的に出てきたり、ディレイの成分で音がグルグル回ったりして、音の中にいるような感じのミックスになってるから、面白いと思いますよ。
いい曲を作るのは大前提で、その上でいいサウンドで聴いてほしいとも思うから、どの環境で聴いてもいいようなサウンドを作っていくしかない。
―再生環境っていう部分で少し話を広げると、今ってホントに人によって再生環境がさまざまじゃないですか? いいサウンドシステムで聴いてる人もいれば、パソコンのスピーカーで聴いてる人もいる。作り手がいいサウンドを作っても、聴き手の環境によって音が大きく変わってしまう中で、じゃあ作り手はどこに向けて音楽を作ればいいのかっていうのは、今の大きな問題の1つなのかなって思うんです。
小山田:それは考えますよね。でも、今一番聴かれている標準的なところを狙っていくしかなくて、あとはどこで何のために聴かせるのかっていう目的にもよると思うんですよね。例えば、映画だったら、さっき言ったような環境が前提になるし、CDっていうメディアだったら2ミックスが前提ですし。最近音楽を作るときは、結構パソコンで試し聴きしたりもしてますよ。
―この前CINRAでトッド・ラングレンと高野寛さんに対談をしていただいたんですけど、そのときトッドは、「聴く人によってサウンドが変わってしまうから、作り手はサウンドにこだわる以前に、とにかくいい曲を作るべきだ」っていうことをおっしゃっていました。
小山田:そうですね。でもまあ、いい曲を作るのは大前提で、その上でいいサウンドで聴いてほしいとも思うから、どの環境で聴いてもいいようなサウンドを作っていくしかないですよね。
―最近の小山田さんはアプリ用の音楽や、INFOBARのサウンドデザインのような、いろいろなメディア向けの音楽を作っていらっしゃいますよね。メディアの違いによって、やはり音楽に対する考え方も変わりますか?
小山田:そういうものを作るときは、マスターモニターをスマートフォンで聴いたりもするし、スマートフォンで聴いたときにある程度ベースがしっかり聴こえるようなミックスを作るし。そこはメディアによって変えてますね。
―作り手はこれからどんな環境で再生されるかっていうことを今まで以上に念頭に置いて、曲作りをする必要が出てくると言えるのでしょうか?
小山田:どうなんですかね……。まあ、今の時代に限らず、ラジカセだったりウォークマンだったり、常に聴かれ方は変わってきていると思うんですけど、今はパソコンに入ってる小っちゃいスピーカーで聴くのが一般的なのかなって思いますね。あとはiPodかな。ただ、iPodは比較的音楽と一対一で対峙するものだから、またちょっと基準が違ってくると思うんだけど。
―そうやってパソコンで聴くことが当たり前になってくる中で、映画館でのリスニング体験っていうのは、また1つ違った世界が見える経験になり得ると言ってもいいかもしれないですよね。
小山田:うん、ライブともまたちょっと違うし、単に家で聴くのとも違うし、いろんな環境を経験するのは面白いんじゃないかと思いますね。
―映画自体の話にもう一度戻すと、さきほど「前作を映画館で観たとき、しっくり来てない部分もあった」という話でしたが、それはどんな部分だったのですか?
小山田:絵と音の合い方がうまくいってなかったり、単純に全体的な詰めの甘さがあったんだけど、今回でグッと密度が上がった感じはしてます。オープニングの映像も、「これはもっと合わせて行こうよ」って提案して作り直したんですよ。こういうチームのプロジェクトはすごく多くの人が関わってるから、その中でクオリティーを上げていくことができるのは面白いです。
―小山田さんは近年『デザインあ』にも関わられていますし、チームでお仕事をされることも多いですよね。
小山田:そうですね。音と映像のプロジェクトで、長い期間をかけて作ってるという意味では、似たようなところはありますね。ただ、『攻殻機動隊』はすごくダークな世界観で、『デザインあ』は子ども向けの明るい世界観だから、両方でバランスがとれてよかったなと思って。『攻殻機動隊』の曲をずっと作ってると、ホントにしんどい気持ちになることがあるので、たまに『デザインあ』が入ってくると、ちょっとホッとしたりね(笑)。でも、1トーンでアルバムを1枚作る機会ってなかなかないけど、そういうのも好きだから、映画のおかげでこういうサントラを作れたのはすごく嬉しかったですね。
―では最後に、映画に紐づけて質問をさせてください。『border:2』には、「戦わずして、未来を語るな」というキャッチコピーがついているのが印象的なのですが、小山田さんは今、何かと戦っていらっしゃいますか?
小山田:……なるべく戦いたくないと思ってますね。
―それは、かつて戦ってきたから、今はもう戦わなくてもいい境地に到達したということですか?
小山田:いやあ、基本的に戦いたくなくて。音楽シーンとかホントどうでもいいしね……って未来を語る資格ないですね。
―いや、ぜひ音楽の未来について語っていただきたいです。
小山田:音楽の未来っていうとあまりにも広過ぎるけど、やっぱり音楽を作って面白い瞬間って、自分が今まで聴いたことのないようなものが出てきて、自分の予想を超えた瞬間なんだよね。それが音楽の未来だとは言わないまでも、そういうことにだけ希望を感じるというか。そういうことってなかなかないんですけど、たまにあって。そのときの感覚が、音楽を作る一番の醍醐味だっていう感じがしますけどね。
- リリース情報
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- CORNELIUS
『攻殻機動隊ARISE O.S.T.』(CD) -
2013年11月27日発売
価格:3,000円(税込)
VTCL-603571. Opening Title
2. GHOST IN THE SHELL ARISE
3. Surfin' on Mind Waves
4. Breaking Point
5. Instability Mobility
6. Highway Friendly
7. じぶんがいない
8. Confusion Diffusion
9. Self Running Landmine
10. Logicoma Beat
11. Mystic Past in the Mist
12. Encounter An Enemy
13. Action Woman
14. ToughDAF
15. Solid Iced Air
16. 外は戦場だよ
17. In The Shell
18. Star Cluster Collector
19. Ending Title
- CORNELIUS
- 作品情報
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- 『攻殻機動隊ARISE border:2 Ghost Whispers』
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2013年11月30日(土)から全国劇場で公開
総監督:黄瀬和哉
監督:竹内敦志
原作:士郎正宗『攻殻機動隊』(講談社)
脚本・シリーズ構成:冲方丁
アニメーション制作:Production I.G
音楽:CORNELIUS
エンディングテーマ:青葉市子 コーネリアス“外は戦場だよ”
声の出演:
坂本真綾
塾一久
松田健一郎
檀臣幸
中國卓郎
上田燿司
中井和哉
沢城みゆき
沢木郁也
藤貴子
配給:東宝映像事業部
- プロフィール
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- CORNELIUS(こーねりあす)
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小山田圭吾のソロプロジェクト。1969年東京都生まれ。'89年、フリッパーズギターのメンバーとしてデビュー。バンド解散後 '93年、CORNELIUS(コーネリアス)として活動開始。現在まで5枚のオリジナルアルバムをリリース。 自身の活動以外にも、国内外多数のアーティストとのコラボレーションやREMIX。プロデュースなど 幅広く活動中。
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