鮮烈なデビューを飾った『ゲド戦記』の“テルーの唄”や、『コクリコ坂から』の“さよならの夏”などのジブリ映画を筆頭に、シンガーとして数々の映画音楽を歌ってきた手嶌葵。耳に残る透き通った幻想的な歌声で多くの人を魅了してきた彼女が、初めて作り上げたオリジナルフルアルバム『Ren'dez-vous』は、架空の映画のサウンドトラックのような風合いの一枚。フレンチポップ、タンゴ、スウィングジャズ、ブルースなど、これまでの彼女のイメージを大きく広げる、多彩な曲調の楽曲が収録されている。
そして、この作品は彼女にとって、初めて自分自身の感性をまっすぐに反映させた作品でもある。大貫妙子、いしわたり淳治などの作家陣を迎え、初めて自らも作詞に挑戦。幼い頃からこよなく愛してきた映画の世界はもちろん、恋愛や旅のモチーフを通じて、26歳の等身大の女性としての彼女の姿を垣間見ることができる。聴いていると、どこか異国の風景が思い浮かぶこのアルバム。メルヘンチックなジャケットのイラストも含めて、同世代の聴き手が楽しめる音楽を作ることが手嶌葵自身の願いでもあった。果たしてその理由はなぜか? 手嶌葵を形作る「旅」と「映画」、そして「音楽」を紐解いた。
幼い頃からずっと映画が好きだったので、本編のないサウンドトラックのようなものを作りたいという気持ちがずっとありました。
―これまで、映画の主題歌や劇中歌をまとめた歌集や、カバーアルバムは出されていましたが、オリジナル曲のフルアルバムとしては今回の『Ren'dez-vous』が初めての作品になるんですよね。どんなイメージから作り始めたんでしょうか?
手嶌:幼い頃からずっと映画が好きだったので、オリジナルアルバムでも映画というものを大切にしたいと思っていました。だから、曲を聴いたときに頭の中で映像を一緒に再生してもらえる、本編のないサウンドトラックのようなものを作りたいという気持ちがずっとありました。
―そもそも手嶌葵さんの音楽的なルーツは、映画音楽にあるんですよね。
手嶌:特に印象に残っているのは、幼稚園の頃に母に観せてもらったオードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』。すごく素敵だなと思って、まるで初恋のように印象に残っていますね。
―幼稚園の頃に『ローマの休日』は早熟ですね……!
手嶌:家では、テレビ番組ではなくビデオをずっと観ているような子どもだったんです。両親がミュージカル映画が好きだったので、『オズの魔法使い』や『マイフェアレディ』、『ブルースブラザーズ』のような、ジャズやブルースが流れている映画を観て育ちました。
―リアルタイムのJ-POPや歌謡曲ではなく、そういうものに惹かれていた。
手嶌:映画の歌が自然に耳に入る環境にいたので、自然に口ずさんでいましたね。だから、中学校ぐらいになってみんなが当時流行していたJ-POPを聴いていたときも、「周りのみんなはこれが好きだけど、私はこれが好き!」みたいな頑固なところはあったかもしれません(笑)。
―歌を仕事にしようと意識したのはいつ頃のことですか?
手嶌:小さい頃は、歌手になりたいと思ったことはなかったんです。それよりも、お花屋さんやキャビンアテンダント、図書館の司書さんとか、なりたいものはたくさんあったんですけどね(笑)。だから、歌手としてデビューしたときは周りも想像していなかったみたいで、ビックリされました。
―デビューのきっかけは、“The Rose”という曲のカバーだったんですよね。この曲はご自分にとってどんな意味を持つ曲だったんでしょう?
手嶌:ベット・ミドラーというアメリカの女優さんが、映画『The Rose』の最後のシーンで歌っている歌なんです。映画の内容が気性の荒い女性歌手の話だったので、小さい頃は話の内容にそこまで興味がなかったのですが、サントラがとても素敵でずっと聴いていました。多感な思春期の頃を支えてくれた曲でもあるので、15、6歳の頃にいざデモを録音することになったときも、せっかく歌を歌うなら“The Rose”を歌いたいと思ったんです。なので、歌うたびに歌を歌い始めた頃を思い出す、初心にかえる歌ではありますね。
―デビュー作となった『ゲド戦記』のテーマ曲“テルーの唄”をはじめ、これまでは映画音楽を歌う機会が多かったわけですが、そういった場合は、歌うときにどういったことを心がけてきたんでしょう?
手嶌:好きな映画がきっかけでデビューし、その後も映画にずっと関わらせていただいていてすごく嬉しいなとは思いつつ、あまり熱くなりすぎず、冷静に対処していこうと思ってますね。
―それは、手嶌さんご自身のエゴよりも作品なり監督の世界観のほうが大事ということ?
手嶌:映画はたくさんの方が関わられていて、監督から俳優さんまでいろんな人の想いが集まって成り立っているものですから、みなさんのテーマを汲み取りつつ、楽曲にフィットしていこうという気持ちが大きいです。だから、自分の素直な感情を入れながらも冷静に歌いますし、作品の一端を背負っているという責任感がありますね。
私、確かに「実体がない」って思われがちなんです(笑)。でも、26歳の女性として、同世代の方たちと同じような気持ちを感じているし、そういうものを音にしないといけないなと思っていました。
―今回のアルバム『Ren'dez-vous』は、映画のアプローチとは違って、むしろ手嶌さん自身のエゴを100%出していい作品であったと思うのですが、そこでどういうことを考えましたか?
手嶌:最初にプロデューサーと話をしたときに「葵ちゃんはどんな映画が好きなの?」という質問をしてくださって、さまざまなジャンルの映画を思い浮かべる中で、どうせなら今までに見せたことのない初めての手嶌葵をみなさんに聴いていただこうと思ったんです。そう考えたときに、私は20代なので同じ世代の女性に聴いていただきたいと思いましたし、なおかつ、自分の中の女性らしいところをもっと出したくて、映画の『アメリ』や『ショコラ』のようなガーリーなテイストがアルバムの核になるといいなと思って。そこを提案していきました。
―手嶌さんのことを “テルーの唄”で知った人にとっては、同世代の女性アーティストというよりは、ミステリアスなイメージが強かったと思うんですよね。だけど今回は、「等身大の自分らしさはなにか?」というところを突き詰めていったと。
手嶌:あの……私、確かに「実体がない」って思われがちなんです(笑)。イメージ的には静かだと思われていますし、初めて会った人に「意外に大きいんだね」ってビックリされることが多くて。だから、「私もちゃんと世の中に実在していますよ」というのを、きちんと出したかったということもありますね。26歳の女性として、同世代の方たちと同じような気持ちを感じているし、同じように素敵なものや可愛いものが大好きで。そういうものを音にしないといけないなと思っていました。
―このアルバムは、一人の女性としての手嶌葵さんの感性が反映されている。
手嶌:そうですね。みなさんに見せていなかった面ということで言うと、私は家に帰ればバリバリの博多弁ですし、普通に会話するときはギャハハと笑いますし(笑)。私のそういう素の部分を少しずつみなさんに見せていってもいいんじゃないかなと思うので、見せてビックリされない程度にちゃんと実在してますよと。
―映画音楽をずっとやられている中で、そのイメージだけで見られることへの危機感もあったのでしょうか?
手嶌:最初はほとんど素人の状況で、なおかつジブリさんの作品ということで、ずっと緊張しっぱなしでした。2年目に入った頃に、自分はこれから何をすればいいんだろうなと悩んだこともありましたね。ただ、映画音楽はそれこそずっと好きなものだったので、「映画=手嶌葵」って思ってもらえるのはすごく幸せなことだなと思いますし、映画の中に私の声が必要だと思ってくださる方がいれば、いつまでも続けたい。むしろ、映画の中でいろいろな活動ができたことで、映画の中でもロマンチックコメディーからスリラーまでジャンルや世界観の幅があって、音楽一つをとってもジャズからブルースからロックまで、いろいろあることも知ることができました。だから、そんなに悩まなくていいというか、まだまだ映画音楽の中にも自分が気づいていない魅力がたくさんあると感じています。
初めて作詞をするにあたって、大貫妙子さんに曲を書いていただけたら、というのは私の望みだったんです。
―今回は、いわば曲ごとに架空の映画のサントラのようなものをイメージして作っていったんですよね。
手嶌:そうですね。『ショコラ』や『アメリ』のようなフランスチックな雰囲気で作りたいなと思っていたときに、曲を作ってくれたみなさんが、私の言う少ないキーワードから素晴らしいイメージを膨らませてくださったんですね。曲を聴いたときに「これは部屋の中だな」とか「これはきっとイタリアだろうな」とか「フランスの街の中だな」とか、すぐに映像として私の中にイメージがパッと湧くものばかりで。作詞も初めてでしたが、楽曲のイメージから、「きっとこの女の人はイタリアの船乗りに振られた人だ」とか妄想して書いていきました(笑)。
―“ちょっとしたもの”では、手嶌さんが作詞、大貫妙子さんが作曲で共作されていますが、どういうイメージから歌詞を書いていったんですか?
手嶌:初めて作詞をするにあたって、大貫妙子さんに曲を書いていただけたら、というのは私の望みだったんです。それでお願いしたら快く引き受けてくださいました。曲が上がって聴いてみるととてもいい雰囲気で、「あ、これは部屋の中にいる曲だな」と思って。あと、ちょっと切なげではあるけれども、前向きに何かをしようとしている女性の姿が思い浮かびました。そういうものを少しずつ書き溜めていって、プロデューサーさんと相談しながら作っていきました。
―<青いソファー 苦いコーヒー 切ない本と アイスクリーム>という歌詞の言葉も映像的だし、確かに「こういう趣味の女性って、いるいる」みたいな感じってありますね。ちなみに、普段生活していて、ちょっとしたアイテムでも、食べ物でも、場所でもいいんですが、手嶌さんの「お気に入り」になるものの特徴ってどんなものがありますか?
手嶌:そうですね……小さくて、旅にもって行ける便利なものですね。
―ほお、それはどういうところが?
手嶌:普段暮らしているのは福岡なので、東京でお仕事があったり、いろんなところに呼んでいただくと、旅をしてそこに行く形になるんですね。なので、ここ7、8年はずっとホテル暮らしのようなものなんです。ホテルもだいたいは味気ないですから、小さくてコンパクトで、なおかつ綺麗なものだったり可愛いものを持っていくと、部屋に置いておくだけで和みますし、ホテルの一室も自分の部屋みたいに思うことができるんです。
―具体的に挙げるとすると、どういうものを持ち歩いてることが多いんですか?
手嶌:私はマグカップを持ち歩いています。ペットボトルや紙コップで飲むのは、ちょっとよそよそしい感じがあるのですが、自分のマグカップを持っていると、ほっとします。いつも割れないように気をつけなくてはならないですけれども(笑)。
キャリアが長くなってくる中で自分はどう変化していくのがいいかというところで、悩んだりもしていたんです。
―“Voyage a Paris”はフランスの滞在時のイメージということですが、フランスには結構行かれているんですか?
手嶌:いや、たったの1回だけの経験なんです(笑)。何年か前にアーティスト写真を撮りにパリへ行かせていただいて、5日くらい滞在していたのですが、そのときにみんなでパリの街をあちこち歩き回って写真を撮って。忙しかったですけども、そのときの経験が一つひとつ感動できるものだったんですね。みんなで街角に立っているときや、カフェにいるとき、でっかいパンのサンドイッチをむしゃむしゃと食べているとき、その一瞬一瞬が楽しいなと思えましたし、なおかつとても綺麗な都市だったので、その経験を歌にしたら聴いている人にも楽しんでもらえるかなと思ったんです。
―その一瞬に光を当てる感覚は、このアルバムにもありますよね。映画の大きなストーリーというよりは、物語を感じさせるワンシーンを切り取っている感じがある。
手嶌:確かにその通りだと思います。1曲に映画1本分のストーリーを詰め込んでしまうと大変なことになってしまいますし。私自身、映画に限らず、本も短編が好きだったりするんです。走るのも短距離が好きですし(笑)、シンプルな中に少しだけ感情の機微があるものが好きなので、ワンシーンを切り取るというのも好きかもしれないですね。
―ちなみに、パリ以外でもいろんなところに行かれるんですか?
手嶌:海外へは全部お仕事関係でしか行ったことがないんです。スペインにジブリさんの関係で行ったりとか、デビューをする前に韓国にライブをしに行かせていただいたり。
―仕事においても、そうやって旅している感覚は自分にフィットするところがある?
手嶌:そうですね。旅もそうですし、私は仕事をするたびに異空間に来ているような感じなので、それは楽しんだほうがいいなというのがありますね。じゃないと逆に緊張しすぎてしまうので……。そこを楽しめると、「大人の女性になれたかな?」と思ったりします(笑)。
―そして、アルバムのタイトルが『Ren'dez-vous』。このタイトルはどういうところから?
手嶌:これは全部曲が仕上がった後に決まりましたね。今回は、私にとっては「いつもの私」、聴いてくれている人からすると「いつもと違う手嶌葵」としての愛や恋の曲をたくさん詰め込んでいます。それで、「恋人」といったら、やっぱり「ランデブー」だろうと。
―おお、なるほど。映画が好きな手嶌さんらしいですね。
手嶌:「恋の逃避行」じゃないですけど、アルバムのもう一つのテーマとして「旅」というのがあったので、旅にもきっと繋がるだろうと思って「ランデブー」とつけました。
―ジャケットも旅を連想させるものになっていますよね。
手嶌:そうですね。福岡在住の初見寧さんというイラストレーターさんに直に会いに行ってお願いしたら、素敵に描いてくださって。フランス的で、旅をしていて、ホテルがあって、車があって、それにトランクがたくさん乗っていて……っていうワードから、ここまで作ってくださったんです。一応この絵の中にいるウサギさんが私で、これから旅に行きますっていうテーマだったりします。
―こういう作品をあえて同世代に向けて作ったという理由は、どういうところにあったんでしょう?
手嶌:キャリアが長くなってくる中で自分はどう変化していくのがいいかというところで、悩んだりもしていたんです。同じことの繰り返しでは自分自身も飽きてしまいますし、お客さんに「またこれか」と思わせてしまうようなことは避けたいですし。かと言って、まったく別のことをして「葵ちゃんらしくないな」と思われるのは悲しいので、それならもっと自分の中にある好きなことや、自分が見せられていなかったことがいいなと思って。それで、ちょっと乙女チックな部分がうずくところを出したいと。
―だから、今回のアルバムは、聴いている人にとっても、もしかしたらご自分にとっても、ありのままの手嶌さんに改めて再会するというか、「人間・手嶌葵とのランデブー」みたいな感覚がすごくあるんですね。
手嶌:そうですね。初めて歌詞を書かせていただいたこともあって、「本来の私はこんな人です」というのをわかってくれる人がいたら嬉しいです。残ってくれるファンの人はどのくらいかなって、怖いところもありますけどね(笑)。
- イベント情報
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- 『手嶌葵コンサート2014』
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2014年11月23日(日・祝)OPEN 16:15 / START 17:00
会場:東京都 日本橋三井ホール
料金:前売6,000円(ドリンク別)
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- 『Ren'dez-vous』発売記念 ミニライブ&サイン会
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2014年7月23日(水)OPEN 20:00
会場:東京都 代官山 蔦屋書店3号館 2階 音楽フロア
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- 『Ren'dez-vous』発売記念ミニライブ&サイン会
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2014年8月9日(土) OPEN 13:30 / START 14:00
会場:大阪府 NU chayamachi 1Fコリドール特設会場
- リリース情報
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- 手嶌葵
『Ren'dez-vous』(CD) -
2014年7月23日(水)発売
価格:3,240円(税込)
VICL-640741. いつもはじめて~Every Time Is The First Time!~
2. ショコラ
3. ちょっとしたもの
4. Voyage a Paris~風に吹かれて~
5. 1000の国を旅した少年
6. NOMAD
7. 丘の上のブルース
8. Baritone
9. 明日への手紙
10. Home My Home
11. あなたのぬくもりをおぼえてる
- 手嶌葵
- プロフィール
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- 手嶌葵 (てしま あおい)
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1987年6月21日 福岡県生まれ。2003年と2004年に、出身地である福岡で行われたTEENS'MUSIC FESTIVAL協賛「DIVA」に出場。その歌声が聴衆を魅了し、翌年には韓国で行われたイベント「日韓スローミュージックの世界」にも出演、好評を博した。その当時彼女が歌った「The Rose」のデモCDが、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーと、2006年に公開された映画『ゲド戦記』の監督、宮崎吾朗氏の耳に届く事となり、デビューへの足掛かりとなった。
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