横山健、45歳。言わずと知れた、Hi-STANDARDのメンバーであり、2004年からは「Ken Yokoyama」としてソロ活動を開始、現在までに5枚のアルバムを発表している。自らのバンド「KEN BAND」を率いて、ライブ活動も積極的に行う一方、自身のレーベル「PIZZA OF DEATH RECORDS」の社長も務め、二児の父でもある。昨年限定公開され、このたびDVD化されるドキュメンタリー映画『横山健 ―疾風勁草編―』は、当初2010年発表のアルバム『Four』をめぐる記録の予定であった。しかし、2011年3月の東日本大震災発生により、物語は思いもよらぬ展開を見せ、想定外だったHi-STANDARDの再結成、そして『AIR JAM』開催の裏側における横山健の知られざる苦悩が、生々しく刻まれている。一人の人間のドキュメンタリーとして、また震災を切り取った一人の表現者のドキュメンタリーとしても、必見の価値がある作品だと言っていいと思う。
特に印象的なのは、震災を境に、彼にとっての絶対的な支柱だったパンクに対する概念までもが変えられたということだ。以前の横山健にとっては、「拒絶」こそがパンクであり、それこそが自らの孤独な魂の拠り所であった。しかし、震災後の彼は、手を取り合って、ユナイトすることの重要性を歌い、オーディエンスの期待を真正面から受け止め、社会に対して様々な問題提起を続けている。そこで今回のインタビューでは、この変化についてじっくりと語ってもらうことで、彼のこれまでの歩みと、今現在の姿を浮かび上がらせることを目的とした。常に怒りを抱え、葛藤を続けながらも、それでも自らを信じ、未来を手繰り寄せようとする。横山健の生き方に学ぶところは、とても大きい。
幸せなはずなのに、いつでも怒ってるし、いつでも不満なんです。
―まずは、「健さんにとって、なぜパンクが重要なのか?」というところから訊かせてください。パンクの原体験はいつだったのでしょうか?
横山:10代の頃に、海外のハードコアパンクや初期パンク、日本のハードコアパンクをよく聴いてましたね。Sex Pistols、The Clash、Discharge、日本ではGAUZEとかですね。歌詞も一通り読んでましたし、ドキュメンタリー映像もよく見てました。
―具体的に、パンクのどういう部分に惹かれたのでしょう?
横山:パンクの精神やアティテュードって、虚勢を張っていて、僕がよく言う言葉だと「拒絶性」があって、それが10代の自分にすごくフィットしたんですよね。結局僕も一人ぼっちだったんです。いつもいわれようもないフラストレーションを抱えていて、そんなときにパンクを聴いて「あ、これ自分じゃねえか」ってリンクしたんですよね。
―お父さんがあまりお家にいらっしゃらなかったりして、小さい頃から孤独感を感じていたそうですね。
横山:環境もそうでしたし、もう根がそうなんでしょうね。今でもなんですけど、いつも腹立ててるんですよ(笑)。幸せなはずなのに、いつでも怒ってるし、いつでも不満なんです。今日家出てくる前もそうでしたし、昨日の夜もそうだったし。45歳のおっさんになって、こんなこと言うのも恥ずかしいんですけど(笑)。
―アウトプットの仕方は人それぞれでも、誰しもに、孤独や怒りっていうものはあるんだと思います。それはきっと、お金で解決できるものでもないんでしょうね。
横山:そうなんですよ。お金でも地位でも埋められなくて、僕の場合、結局自分の次の作品で埋めて行くしかないんですよね。
怒りはあんまりポジティブなエネルギーを生まないって言う人もいるんですけど、それは怒り方の問題だと思んですよね。
―最近よく思うのが、女の子は10代とか20代前半の子がかっこいいんですよね。オシャレだし、発想も自由で。でも、男性のミュージシャンは40代がかっこよくて、それはなぜかと考えると、精神性の強かった時代のパンクを通ってるからなのかなって思うんです。「拒絶性」という言葉を言い換えれば、満足することなく、チャレンジをし続けるということだと思います。
横山:そうなのかもしれないですね。パンクって、人によって意味が違うとは思うんですけど、生き方を考える上で、1つのキーワードだとは思うんですよね。年をとって、いかに自分が社会と相対するかとか、どうやって自分の人生を生きて行くのかを考えたときに、「パンクがあるのかないのか? そこに内包されてるあなたのパンクってなんなのか?」それは大きなポイントな気がします。
―健さんにとっては、「怒り」の要素が、45歳になった今でも重要だということですよね?
横山:そうですね。10代の頃は「得体の知れないなにか」にフラストレーションを抱いていたのが、今はある程度人生を過ごしてきて、世の中の理屈もわかって、終わりも見えてきている。それでもなぜまだ怒るのかというと、根っこの部分は10代の頃と一緒な気がするんです。つまり、別にずっと怒ってていいんじゃないかって思うんですよ。
―「怒り」から生まれるプラスの要素もあると。
横山:怒りはあんまりポジティブなエネルギーを生まないって言う人もいるんですけど、それは怒り方の問題だと思んですよね。だって、現状こんな日本で生きてたら、「怒らない方が嘘でしょ?」って気もするんです。だから、怒ってていいんですよ。
きっと未来は僕らの手の中にもあるし、若い君らの手の中にもある。そう思って生きていたいし、生きて行ってほしいと思いますね。
―ドキュメンタリーの中では時折THE BLUE HEARTSの名前が出てきますが、当然彼らからもアティテュードの部分で大きな影響を受けているわけですよね?
横山:海外バンドに触れたときよりも、もっと身近に感じて……もう全部持ってかれましたね。イギリスの出来事より、すぐ近くの下北沢で起こってることの方がやっぱりリアルじゃないですか?
―海外との距離感っていうのも、今とはずいぶん違ったでしょうしね。
横山:当時ネットはないですし、遠いところの話のような気がしてましたね。それを無理やり、自分の生活や感情とリンクさせてる部分があったんですけど、THE BLUE HEARTSはもっと身近だったんですよね。
―難しい質問だとは思うんですけど、THE BLUE HEARTSの曲の中で、自分にとって大きな1曲を挙げるとすれば、どれになりますか?
横山:今でも好きな曲は、“未来は僕等の手の中”ですね。ファーストアルバム(『THE BLUE HEARTS』、1987年発売)の曲は全部好きですけど、この曲は、ものすごく素晴らしいパンチラインだと思います。「40半ばのおじさんが、なにが“未来は僕等の手の中”だ」って思う自分もいるんですけど、この精神は忘れちゃいけないって、いつも自分に言い聞かせてます。きっと未来は40代の僕らの手の中にもあるし、若い君らの手の中にもある。そう思って生きていたいし、生きて行ってほしいと思いますね。
3.11までは、お客さんから歓声をもらっても疑う自分がいたんですよ。でも、今は「こいつの生活には横山健の存在が必要なんだろうな」と思って背負って立てる。
―ソロになってからのパンク観の変遷に関しては、“Ricky Punks”シリーズ(1作目は2005年、2作目は2007年、3作目は2012年に発表され、シリーズとなっている楽曲。パンクのコミュニティーにいる「リッキー」を曲の主人公において、横山健が見るパンクシーンを歌っている)にわかりやすく反映されていると言っていいと思います。まず、“Ricky Punks I”と“Ricky Punks II”に関しては、パンクのコミュニティーに対して、自虐的な視点で書かれていたわけですが、なぜそういった歌詞を書いたのでしょうか?
横山:パンクロックのコミュニティーって、すごく閉鎖的で、暗いんですよね(笑)。頭でっかちな人が多くて、それぞれがそれぞれのパンクを譲らないんですよ。それはそれで結構なことなんですけど、中には自分でバンド活動の首を絞めてるようなこともあるんです。反商業主義も結構ですけど、「だったら音楽やらずに山で有機栽培して、自分の食い扶持だけ作って、税金も払わずに、アウトローになって暮らす方がパンクじゃない?」って、僕は思うんですよね。そんなパンクのコミュニティーを、自分も含めて笑い飛ばしてみたのが、「II」までの“Ricky Punks”だったんです。
―それもつまりは「拒絶性」だと言っていいと思うのですが、3.11を経て書かれた「III」では、手を取り合うこと、ユナイトすることの重要性を歌った内容に変わりました。それは、どういう気持ちの変化があったからなのでしょうか?
横山:「ユナイトするなんてかっこ悪い」とずっと思ってたんですけど、3.11があって、本当はどれだけ自分が人と繋がりたかったのかということが、露わになっちゃったんですよね。それからは、ライブにも迷いがなくなりました。
―3.11までは、ご自身のライブに迷いがあったということでしょうか。
横山:迷いというか……以前まではお客さんからワーっと歓声をもらっても、「そのワーって本当?」と疑う自分がいたんですよ。それが今は、なにも歪められることなく、ちゃんと受け止められるようになったんです。
―ドキュメンタリー映画の中でも、昔はヒーロー視されることに抵抗があったけど、今はむしろ自分から背負って立つようになったということを話されていましたね。
横山:以前は疑うことも含めて自分だと思ってたんですけど、3.11以降は、「目の前で必死な顔をして、横山健の音楽を救いと思って聴いてくれてる人に失礼だろ」という思考になったんですよね。
―これは震災そのものとは関係のない話なんですけど、以前ASIAN KUNG-FU GENERATIONのゴッチさんは、「オーディエンスの期待に応えないといけない」という強迫観念から、ステージに立つのが本当にしんどい時期があったそうなんですね。その後、自分の一番いいエネルギーを現場で放つことしか考えないようになって、それで気が楽になったという話だったのですが、健さんの中でもステージに立つ上での変化が起こったわけですよね?
横山:その話で言うと、ゴッチとは真逆かもしれないですね。以前は、お客さんがすごい笑顔でいてくれるのに対して、「その場限りのもんだろ」と思ってたんです。別のバンドのライブを見てたって同じ顔になるし、「年に何回もそんな顔してる瞬間があるだろ」って思ってたわけですよ(笑)。それだけみんな昔からいい顔してくれてたからなんですけど、それを受け止めきれてなかったんですよね。そうやって回避することが、ヒーロー視されることへの抵抗だったんですけど、今は「こいつの生活には横山健の存在が必要なんだろうな」と思って背負って立てるようになったので、自分の中で結構大きな変化だと思います。全然話違いますけど、ゴッチの作った曲、小西真奈美がいいって言ってるんですよ!
―それ、僕も偶然見ました(笑)。(日本テレビ『おしゃれイズム』に小西真奈美が出演した際、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの“江ノ島エスカー”を聴いて、江の島に憧れていたというエピソードを披露)
横山:冗談じゃないですよ! あれにはね、みんなアジカンのことを羨ましがって、むかついてると思いますよ(笑)。まあ、そういうオーバーグラウンドなところで活躍してるゴッチだから、背負うものが僕より大きいんでしょうね(笑)。
―(笑)。とはいえ、ステージの立ち方こそ違えども、ベクトルは同じ方向を向いているということが、3.11以降より明確になったとも言えると思うんですね。ドキュメンタリーの中で、「問題提起していくことが自分の役目」ということもおっしゃってましたが、それは今のゴッチさんとも通じるところだと思いますし。
横山:震災があって、いろんなバンドと共演していく中で、共感を覚えるアーティストが増えましたね。ゴッチ、the HIATUSの細美、10-FEET……。こんなこと公で言っていいことじゃないかもしれないけど、震災があってくれてよかった、とも思います。本当はね、あんな悲しいことがなくても、ミュージシャンの変化とか、自分の変化とか、いろんなことが起きればよかったんだけど……あの経験をみんなバネにしてるんですよ。
「世の中ってこんなもんだろ」って、諦めちゃってる部分もあるんですよ。それでもやっぱり、希望を持って歌わないことには、なにも始まらないんです。
―最初に「今もずっと怒っている」という話がありましたが、今はその怒りが社会に向けられているという言い方もできるのでしょうか?
横山:どうなんですかね……「世の中ってこんなもんだろ」って、諦めちゃってる部分もあるんですよ。自分が生きてるうちは、政府とか世の中のいろんなものに裏切られ続けるんだろうなって思うんです。それでもやっぱり、希望を持って、希望を歌わないことには、なにも始まらないんですよ。だから、自分が生きてるうちはどうにもならなくても、2人の息子が大きくなったときのために、「今自分が出来ることをやってやるか」というケツの叩き方はしてます。目の前にいるお客さんにも、「君らが子どもを産んだとき、その子のために世直ししようと思わないかい?」といった投げかけをするようにしてますね。
―そこが「怒り方の問題」という話で、「怒る=ネガティブな力」ではないということですよね。
横山:こういうことを言ってると、「ミュージシャンは左翼的だ」と言われるんですよね。確かに、ものすごく理想で語って、保守的なものに抗おうとすることは、左翼的に見えると思いますけど、表現者なんてものは野党的な立ち位置で当たり前なんですよ。右翼でも左翼でもなく、ただ提示されたものを簡単には鵜呑みにしないということだけなんですよね。
国旗を纏うことがショッキングに見えるうちは、まだまだやろうと思いますね。だって、東京の街って、イタメシ屋には絶対国旗がかかってて、イタリアの国旗で溢れてると思いません?
―ドキュメンタリーの中でも出てきますが、健さんが日の丸を背負ってステージに立つ姿は、ショッキングに受け取る人もいるかと思います。ただ、今おっしゃったように、重要なのは左か右かということではなく、一つひとつの問題に対して、自分がなにを信じるか、そこでしかないとも思うんですよね。
横山:国旗を纏うことがショッキングに見えるうちは、まだまだやろうと思いますね。だって、東京の街って、イタリアの国旗で溢れてると思いません? イタメシ屋には絶対国旗がかかってるじゃないですか? でも、和食料理屋に日の丸がかかってたら、「あそこは右翼の店だ」って言われる。日の丸の歴史に詳しい方には簡単に論破される話かもしれないですけど、それっておかしくないですか? この刷り込まれ方ってなんだろうって、すごく悔しいんです。
―もちろん、難しい問題だと思いますが、簡単に「日の丸=右翼」と捉えてしまうことは、あまりに一面的な見方だと言えるかもしれません。
横山:さかのぼって考えると、Hi-STANDARDで「FROM JAPAN」という肩書きで、世界に出て行った経験があるんですよね。海外に出ると、日本人って本当に舐められるんですよ。日本の女性は、可愛らしいし気が利くし、すごく尊敬されるんです。でも、日本の男って、世界で最下層ですよ(笑)。ツアー中に人種差別も受けましたし、そういった経験があるから、日本とか日の丸に対してちょっと変わったこだわりがあるのかもしれない。さらにそういうところに、震災で感じた郷土愛を重ねてるのかなって。
―日本を外から見ることの重要性って間違いなくあって、それによって「多様性」を知ることもできますよね。ちなみに、今回のDVDに合わせてパッケージされている新曲のタイトルが“Stop The World”で、『Best Wishes』(Ken Yokoyamaの5枚目のアルバム、2012年発売)のときに最初にできた曲が“You And I, Against The World”だったそうですが、これらの「World」という単語には、今話したような「世界」との関係性が反映されていたりするのでしょうか?
横山:これは地理的な意味じゃなくて、「世の中」という意味で使ってますね。ニュースで流れてることも、隣近所で起こってることも、僕にとってはどっちも「World」なんですよね。“Stop The World”も、特別社会的なことを歌ってるつもりはなくて、もちろん言葉を抜き出せば、「戦争」という刺激の強い言葉を使っていたりもするんですけど、みんなの生活とかけ離れたことを歌っているつもりもないんです。
―今ってSNSの力もあって、ミュージシャンの発言力が強まっていることは間違いないと思うんです。「音楽が世界を変えられるのか?」と問われたときに、音楽で世の中がガラッとは変わらなくとも、ミュージシャンが発信を続けることでなにかが変わっていくんじゃないかとは思っています。
横山:それはそうありたいですね。なにしろ、ジョン・レノン、ボブ・ディラン、ウディ・ガスリー、ジョニー・キャッシュとか、先人たちの闘ってる姿に憧れてきたわけで、パンクなんて、結局その塊みたいなもんじゃないですか? 手法は「怒り」というネガティブなものかもしれないけど。音楽と発信ってセットなんだなって思います。
爆弾1発撃つのに数億円飛ぶわけですよね。でも、それによって軍需産業が潤って、それで食える人がどれだけいるかって、こんな皮肉な話ないですよね。
―僕の言葉で言えば、健さんが歌う「World」は「現実世界」だと思って、戦争のような大きな問題でも、いじめのようなミニマムな問題でも、現実感覚が薄れていることが、今の様々な問題の根本的な要因になってるように思うんですよね。
横山:世の中って難しいですよね……やっぱり、一番の肝は金だと思うんですよね。すごいバカっぽいですけど、お金に代わるなにか別なものが出てきたら、世の中やっと変わるのかなって思いますね。他誌ですけど、僕「第二政府樹立」を唱えたこともあるんですよ(笑)。誰か根底から覆してくれないかなとは思っていて、まあ、それはそれでまた利権が発生して、たくさん問題が発生するんでしょうけど……。
―根本がどう変われど、利権や奪い合いは生まれるんでしょうね。
横山:だってですよ、ずいぶん飛躍した話になっちゃいますけど、アメリカがイスラエル支援したり、イラクのことにも首突っ込んだり、いろいろやってますけど、爆弾1発撃つのに数億円飛ぶわけですよね。でも、それによって軍需産業が潤って、それで食える人がどれだけいるかって、こんな皮肉な話ないですよね。一番大切なものが金だからおかしくなって……。
―今の話って、最初に話した「表現者の孤独はお金では埋まらない」って話に通じると思うんですね。歌人の穂村弘さんが「本当の表現者っていうのは、最初から札束が紙切れに見えている人だ」っておっしゃってたのを思い出しました。
横山:あー、今鳥肌立ちましたね……やっぱり世の中を変えるのは僕しかいないんですかね(笑)。
「ゆとり教育」なんて言われてる世代の人でも、何歳の人でも、始めてるやつはとっくに始めてて、チャンスを狙ってると思うんです。リスクは当たり前ですから。
―今の若い人たちも、やっぱり孤独や怒りを抱えていると思うんですけど、自己表現が下手だったり、なにか行動を起こすにもリスクを考えてしまって、つい無難な道を選んでしまう人って多いと思うんです。最後に、そういった若い人たちに向けて、健さんからのメッセージをもらえればと思うのですが。
横山:言いたいこといっぱいありますよ(笑)。姪っ子が高校受験を控えてるくらいの年齢で、この前ちょっと話したんですけど、まあ世界が小っちゃいんですよ。自分で壁を作っちゃってるっていうか、平たく言うと、どれだけみんな可能性を摘まれてるのかを感じましたよね。声を大にして言いたいのは、周りに迷惑かけてもいいから、親なんか裏切ってもいいから、とりあえずその街を出てみろってことですね。
―自分の狭い世界を出てみろと。
横山:そうそう、誰の期待にも応えなくていいんだから。僕15歳からギターを始めたんですけど、音楽を始めるのに15歳って、本当は遅いんですよね。それでも全然間に合ったし、絵を描き始めるでも、文章を書き始めるでも、18歳とか20歳でも何歳でも間に合うから、飛び出すべきですよ。別に、隣町だっていいんです。東京に出てこいとも言わないし、以前ほど土地の利もないですから。「行きたいところに行ってごらん」って、言ってあげたいですね。
―リスクとか、マイナス面を考えてしまうことに関してはどうでしょう?
横山:そこでリスクを考えちゃう人は、この先も「ゆとり」で済まされちゃいますよ。だって今や「ゆとり」って蔑称でしょ? でも「ゆとり教育」なんて言われてる世代の人でも、何歳の人でも、始めてるやつはとっくに始めてて、チャンスを狙ってると思うんです。ただ、その数がもっと増えてほしいんで、自分で思ったところに行くべきですよ。リスクは当たり前ですから。
―健さんほど今の言葉に説得力がある人もなかなかいないと思います(笑)。
横山:僕、自分で自分に仕事を与えて毎日やってますからね。誰も「新曲作れ」なんて言ってくれないですけど、新曲作って、アルバム出さないと、自分の未来がないわけですよ。やりたいことのひとつも形にできずに、このまま人生止まっちゃったら、そんな寂しいことないと思うんですよね。もちろん、苦しみはあるけど、そんなことはどこの社会でも、どんな職種でもあるから、苦しまずに生きることなんてできないと思うんですよ。だったら、せめて好きなことやった方がいいじゃないですか? こんな45歳のおっさんがね、自分で自分に課題与えてやってるんだから、「あなたもやりなさい!」って感じです(笑)。
- リリース情報
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- 『横山健 ―疾風勁草編―』(DVD+CD)
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2014年9月24日(水)発売
価格:4,104円(税込)
PIZZA OF DEATH RECORDS / PZBA-9[DVD]
・本編117分+特典映像37分
[CD]
・Ken Yokoyama『Stop The World』
- プロフィール
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- 横山健(よこやま けん)
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1969年東京出身。1991年にHi-STANDARDを結成、ギタリストとして活躍。1999年にレーベル「PIZZA OF DEATH RECORDS」を設立、社長を務める。 Hi-STANDARD活動休止後の2004年にはアルバム『The Cost Of My Freedom』でKen Yokoyamaとしてソロ活動を開始。2011年9月18日にロックフェス『AIR JAM 2011』を横浜スタジアムにて、Hi-STANDARDで主催する。そこで、11年 ぶりにHi-STANDARDの活動を再開させ、12年には念願の東北で『AIR JAM 2012』を開催。11月にはソロとして5枚目のアルバム『Best Wishes』をリリース。また自身の主宰するレーベル「PIZZA OF DEATH RECORDS」でも精力的に活動し、これまでSNUFF、HAWAIIAN6、COMEBACK MY DAUGHTERS、GARLICBOYS、MEANING、SLANG等の国内外のバンドを輩出してきており音楽シーンにおいて常に第一線で活躍している。
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