憧れの男子への告白が、一転して猛スピードの大活劇に変化する短編アニメーション『フミコの告白』の登場は衝撃だった。個人制作の域を遥かに超えたハイクオリティーの映像世界を実現させたのは、当時まだ21歳の大学生だった石田祐康。2000年代初頭に始まった自主制作アニメの潮流が、ついに新しいステージに突入したと直感させる本作を作った石田は、その後コンスタントに新作を発表してきた。そんな彼の最新作がまもなくウェブで公開された。ファスナー事業などで知られる企業YKKとのコラボレーションから生まれた『FASTENING DAYS』は、近未来の都市を舞台に少年少女の大活躍を描く。『フミコの告白』の疾走感、緻密な空間描写はさらにパワーアップし、誰もが懐かしさと興奮を喚起される11分間の傑作が誕生したのだ。
今回、次回作の準備で多忙な毎日を過ごす石田と、『FASTENING DAYS』のプロジェクトを仕掛けたクリエイティブディレクターの田中淳一の対談をお届けすることになった。二人が本作にかけた想いとこだわり。アニメーション制作の未来予想図。そしてクリエイティブシーンの変化など、さまざまな話を伺った。
日本のアニメのポテンシャルをもっと多角的に見せたいと思ったんです。(田中)
―ウェブ公開に先駆けて『FASTENING DAYS』全編を見せていただいたのですが、ファスナーを駆使するスーパーヒーローというアイデア、石田さんの『フミコの告白』から正統進化した演出や画作りなど、とても豊かな内容でした。そもそもこのプロジェクトが立ち上がった経緯はなんだったのでしょうか。ファスナーなどを扱うYKKとのコラボレーションですよね?
田中:YKKと言えば、ある程度上の世代にはファスナーの会社と認知されていると思うのですが、若い人からするとあまりはっきりとしたイメージが持たれていないんですよね。YKKさん自体、B to B(企業間の商取引)を主力にして事業展開されているので、今まで積極的にCMを作ってこなかった。でも、もっと若者に企業活動を知ってほしいということで、実は一昨年まで『東京ガールズコレクション』にもYKKさんは協賛されていたりして。
―人気モデルとコラボレーションして、オリジナルパーカーを作ったりしていますよね。
田中:今回はより広い射程、つまり世界に向けて発信したいということで、オリジナルのアニメーションを制作して、YouTubeなどの媒体を通して海外にも紹介しようというところから始まりました。
―『FASTENING DAYS』の舞台も、サンフランシスコや東京がミックスされたような近未来的な街並みになっています。
石田:そうですね。既視感がありながらも少し未来にも見えるように、画作りに反映させていきました。
―監督をなさった石田さんに限らず、音楽を砂原良徳さん、エンディングテーマをPerfumeが担当しています。この座組みも「グローバル」を狙ってのものですか?
田中:そうですね。砂原さんの音楽には未来感があるのでこの作品の舞台とも合うと感じましたし、普段はアニメと別の場所で活躍されている方なので、新鮮で面白い取り組みになるんじゃないかと思いました。Perfumeもつい先日、全米デビューしたばかりのタイミングだったのでお願いしたいなと。作品自体は、当初はもっとエッジの強い内容にする構想もあったんです。マッドハウス系(アニメーション企画・制作会社)というか。
―たしかにマッドハウスは海外で特に有名ですよね。『獣兵衛忍風帖』『アニマトリックス』を監督した川尻善昭さんはカルト的な人気があります。
田中:アクション重視でキメキメの感じですよね。僕も大好きです。でも、今回は日本のアニメのポテンシャルをもっと多角的に見せたいと思ったんです。もちろんエッジは鋭くて若い人にグサっと刺さりながらも、子どもからおじいちゃん、おばあちゃんまで広く受け止められる包容力を持った作品。そこでパッと頭に浮かんだのが石田監督でした。『フミコの告白』はもちろん見ていたけれど、ちょうど企画の立ち上げ時が『陽なたのアオシグレ』が公開されるというタイミングで劇場に走ったんですよ。そうしたら、石田監督らしい疾走感溢れる演出がさらにパワーアップしていて「これだっ!」と。
石田:ありがとうございます(照)。
―『FASTENING DAYS』にはこれまでの石田さんの作品を彷彿させるモチーフが登場する一方、今まではなかった「未来感」を強く感じます。田中さんからのオーダーを、石田さんはどのように打ち返したのですか?
石田:たしかにこれまでの舞台は、過去か現在でしたよね。どこかレトロ感を感じられるというか……。そもそも僕は古いものが大好きで、最近北海道へ旅行に行ったのですが、それも「北海道開拓の村」という明治期の街並を再現した場所を訪ねるのが目的だったほどで(笑)。だから田中さんからお話をいただいたときには「未来か……!」って驚きました。しかもアイデア自体、「ファスナーで街を飛ぶ」とか、「猛スピードで走るハイテク車椅子」とか、奇想奇天烈なもので。
田中:せっかく一緒にやるからには見たことのないものが見たいと思ったんです。プロットの段階から何度も話し合いを重ねて、詳細を詰めていきましたね。原案シナリオは僕が書いていて相談しながら作り込んでいくことになるだろうと思っていたのですが、シナリオの時点で、監督からすぐに「これで行きましょう!」とGOサインが出て。個人制作を主に行っている映像作家には、こだわりの強いアーティスト型の才能が多いので手応えと大変さが両方あるものなんです(笑)。でも、石田さんとのやり取りはかなりスムーズで、新しい感性の登場を強く感じました。
アニメーターの活躍の場がテレビアニメに限定していることが多いので、広告の世界に積極的に橋渡しすることで、表現の幅が少しでも広がるんじゃないか。(田中)
石田:僕からすると、プロットの時点で既によく練られていたので、後はこの世界をもっと魅力的に見せよう! ということに注力したという感じです。でも、全体の展開で大きく変えているところが1つあって。
―それってどこでしょう?
石田:クライマックスと、そこに至る伏線を変えさせてもらったんです。暴走するアンナおばあちゃんの車椅子を止めるために、主人公のヨージとケイがそこらへんにある衣服や工事現場のシートをファスナーで繋げて助けようとしますよね。最初の案では、初対面の街の人たちに自分たちの自己紹介をして、困ってる事情を説明して、ようやく物を貸してもらえて……という流れだったんです。でも、切羽詰まった状況の流れを断ち切ってしまうし、そんなことをしている間におばあちゃんは絶対に海に落ちてしまうじゃないですか! と思って。そこで冒頭に二人が街の人たちを手助けするシーンを伏線として入れておいて、その人たちがクライマックスに協力してくれる、という展開にしました。絵コンテの段階で勝手に変えてしまったから、田中さんに怒られるのではないかと……。
田中:いや、見事な伏線になっていて驚きましたよ!
―『フミコの告白』もそうでしたが、石田作品って冒頭にタメを作って、クライマックスに一気に爆発させる演出が特徴的ですよね。そこに石田イズムを感じるというか。
田中:編集された映像が上がってきたときは、視聴者気分で楽しみながら作品を見てしまいました。
―田中さんは、クリエイティブディレクターとして、過去にいくつかアニメーションを使ったCMやプロジェクトを手がけていらっしゃいますね。もともとアニメの世界に興味があったんでしょうか?
田中:とにかく漫画が大好きで、いまだに毎週『ジャンプ』を読んでるくらい(笑)。仕事でもROBOT(映像制作会社。『海猿』シリーズ監督の羽住英一郎らが在籍)さんとよくご一緒するのですが、アニメーターの方たちってすごい技術を持っていて、一生懸命作品作りをしているのですが、活躍の場がテレビアニメだけに限定していることが多いんですよ。ですからある程度大きな予算が動く広告の世界に積極的に橋渡しすることで、アニメーション表現の幅が少しでも広がるんじゃないかなと思っていて。
石田:テレビアニメだけがアニメの全てじゃないですからね。アートアニメとかFlashとか、いろんな舞台があって、才能のある仲間がたくさんいますから。
『天空の城ラピュタ』、劇場版ドラえもんの『のび太と雲の王国』『のび太の創世日記』、それから『トムとジェリー』は自分の中の三大アニメです。(石田)
―実験映像でも、それこそ田名網敬一さんをはじめ1960年代から活動している大ベテランが数多くいらっしゃいますし、その後の世代も次々と作品を発表していますよね。石田さんも先行世代から影響を受けましたか?
石田:それはもう、たくさんありすぎます(笑)。でも一番大きいのは幼少時代に見ていた『天空の城ラピュタ』、劇場版ドラえもんの『のび太と雲の王国』『のび太の創世日記』、それから『トムとジェリー』。自分の中で三大アニメと言えるくらい何度も繰り返し見てきました。
―初期宮崎作品の冒険感、ドラえもんシリーズのガジェット感、それからカートゥーンのスラップスティック感。どれも、石田さんの作品から強く感じる要素です。
石田:いい意味でも悪い意味でも、その影響が自分の作るアニメに尾を引いている気がします。他にも好きな作品はたくさんありますが、この三作は特別ですね。
―田中さんはいかがですか?
田中:個人的に見ていたのは『ヤッターマン』。怖いけど見ちゃうのは『妖怪人間ベム』。それから、やっぱり『ガンダム』。ストーリーが1話完結ではなく複雑に絡み合っていく感じは、子どもながらに衝撃を受けました。
―『FASTENING DAYS』はストーリーも魅力的ですが、ファスナーを使った演出がとにかく秀逸ですよね。これも田中さんが原案を?
田中:もともとのアイデアは僕ですけど、そこからファスナーのいろんな使い方のバリエーションを考え出して、映像化したのは石田さんたちですね。
―ファスナーというと個人的に『ジョジョの奇妙な冒険』のブチャラティ(同シリーズ第5部に登場するキャラクター。至るところにファスナーを作る能力を持つ)を思い出します。ブチャラティはファスナーで物質を分離させたり、入り口を作ったりすることに使っていましたが、今作の主人公であるヨージとケイはファスナーを「つなぐ」ことに使うのが面白いなと。
田中:そこはこだわった部分です。YKKが70か国 / 地域以上に展開している会社ということもありますし、多様性をつなぐための象徴としてファスナーを描きたかったので。
―ファスナーがロープスライダーになるアイデアもすごかったです。
石田:そこはうち(スタジオコロリド)のスタッフの意見を活かしたところですね。地面にファスナーをレールのように敷いて、その上を滑っていくとか(笑)。
田中:もともと石田監督らしい疾走感を出して欲しくて、舞台を高台の町に設定したのですが、ああいうギミックを新たに提案してくれて、想像以上にダイナミックな展開になりましたね。
必要最小限の手数で、なるべく最大限の効果が発揮できるように、効率良く作業するにはどうしたらいいか? ということは常に考えます。(石田)
―演出の「疾走感」を表現するために石田さんがこだわった箇所は?
石田:やっぱりクライマックスですね。丘の上から街に滑り降りて行くシーンは、ジオラマを作るみたいにまずCGで街を作って、その上にキャラクターを描いていきました。あそこは作画も背景もすごく時間がかかっていて……。必要最小限の手数で、なるべく最大限の効果が発揮できて、流れも気持ち良く伝わる方法を模索して作ったカットの1つですね。
―個人のアニメーションは制作に時間がかかりますよね。効率は悪いかもしれないけれど、細部にまでこだわってオリジナリティーを出していく。でも石田さんはそれとはちょっと違って、最小限の労力で最高のものを作るという、監督的な感覚を身につけています。それは学生の頃から身に付いていたのでしょうか?
石田:学生の頃からずっと制作をやってきたので、効率良く作業するにはどうしたらいいか? ということは常に考えます。当時は他の授業もありましたから全ての時間を制作にはかけられないし、贅沢は言っていられない。必要最小限で最大限の効果というのは最初から考えていました。
―『フミコの告白』の坂を下りて行くシーンでも、画面の奥まで全て描かなくて済むように薮とか遮蔽物が絶妙にカットインしてきますよね。
石田:実力のあるアニメーターだったら全部手で描いちゃおうって思うようなところですけど、僕からしたら、流れていく背景を全部手描きするなんてとても贅沢なことです。作画においても全部紙でやるよりもデジタルの利点を活かして作ってみたり、あの手この手を尽くして期間内でできるように努力しています。
―そこが面白いところです。アニメーション作家の新海誠さんが『ほしのこえ』を発表したあたりから、映像編集ソフトの普及も手伝って日本のアニメ界の制作体制が徐々に変わってきた。作家個人の関心を維持しながら、集団制作でクオリティーの高いアニメーションを短期間で作ることができるようになったのは大きなブレイクスルーだったと思います。石田さんにとって、アニメーションの理想的な作り方はどのようなものですか?
石田:究極的に言えば少数精鋭ですね。各スタッフの責任がきちんと分けられて、人任せにならないような。スタジオ内にチームがしっかりと分けられて、それを取り決めるためのチーフが各々にいて、チーフ伝いで監督に情報が集約していく。そうやって一致団結できるスタジオが理想です。
―組織作りに対して意識的なクリエイターがここ数年で一気に登場した印象がありますが、石田さんもそのお一人なんですね。
田中:僕は広告業界で仕事をしていますが、クリエイティブの現場も大きく変わったこともその理由の1つだと思います。これまでの広告宣伝のプロジェクトって、クリエイティブディレクターがいて、アートディレクターがいて、コピーライターがいて……とにかく大勢の人が関わっていました。でも、例えば『FASTENING DAYS』のクリエイティブスタッフは僕だけなんですよ。自分の決めたコンセプトをプロジェクトに色濃く反映させていきたいので、人が増えると共感が薄れてしまったりする。広告にも作家性が求められる時代に変わってきたんです。
―そのぶん個人の裁量も増えますよね。
田中:そう。フットワークの軽さ、円滑なコミュニケーションは重要なキーワードです。ですから石田監督の話に共感できることが多いです。……でも、それにしても、監督は若いのにすごいしっかりしているなって感心しちゃいます(笑)。石田さんは作家性もあるけれど、きちんと俯瞰して物事を見ることができる。むしろ僕のほうが「田中さん、ちょっと落ち着きましょう」なんて諭されることもしばしばありました。
―石田さんは部活のキャプテンとかやってたんでしょうか?
石田:キャプテンはやらなかったけれど、委員会の立候補演説とか部活動紹介の演説にはよく担ぎ出されていましたね。こういう風に話せばみんな面白いと思うかも、と想像するのは好きでした(笑)。
―そういった人柄が『フミコの告白』や『FASTENING DAYS』の制作の土台にあるんだなって気がします。今後、どんな作品を作っていきたいと思いますか?
石田:やっぱり、演出の持ち味である「疾走感」にはこだわっていきたいです。それは、小説やイラストとはまったく違う、音や時間の連続性がある映像表現をもっと深く模索していきたいということ。制作が終わったばかりでこんなことを言うのもあれなのですが、『FASTENING DAYS』も、もっと良くできたんじゃないかと思うんです。もちろん現時点の自分の実力で最大限の努力をしたとは思いますが、ストーリーテリングも演出も、もっといろんなことができるはず。同時に、また違うテーマでも作品を作ってみたい。昔から、ジオラマ的というか、巨大な空間の中にちっぽけな人間がいる、という感覚が好きで、それはなんらかの方法で作品化したいですね。
―スタジオコロリドの新オフィスは海沿いの高層ビルにありますが、窓から工場地帯が見えますよね。この景色は、石田さんはお好きなんじゃないかと思ってました。
石田:そう。毎日刺激を受けています。引っ越ししてすぐに、自転車でこの辺りを探検しました(笑)。
田中:また石田さんと仕事をする機会がきっとあると思うんですが、今度はもっと人間に寄った作品を作ってみたいですね。ひょっとしたら実写もいいかも。
石田:実写で人間を描く!(笑) それも新しい挑戦ですね! 楽しみにしています。
- 作品情報
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- 『FASTENING DAYS』
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2014年10月30日(木)公開
監督:石田祐康
制作:Studio Colorido
原案・脚本:田中淳一
音楽:砂原良徳
エンディングテーマ:Perfume“Hurly Burly”
- プロフィール
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- 田中淳一(たなか じゅんいち)
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クリエイティブディレクター / コミュニケーションデザイナー / コピーライターとして広告会社アサツーディー・ケイで活動。自動車、ゲーム、飲食品などの大手メーカーのCMなどを手がける。ADFEST、釜山国際広告祭、毎日広告デザイン賞などで多数受賞。
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