シンガーソングライターの花枝明によるソロユニット「Nohtenkigengo」が、ファーストアルバム『Never』を完成させた。これまでにインターネット上で発表してきたいくつかの音源と同じく、ホームレコーディング環境で制作されたこのアルバムは、クリーントーンを基調としたアンサンブルがとにかく精巧で、パッと聴いた感じでは、これがたった一人で演奏・録音されているとはにわかに信じがたいほど、じつになめらかでグル―ヴィーだ。そして本人いわく、このアンサンブルには明確なロールモデルがあるのだという。そこで筆者も取材後にその参考音源を本作と聴き比べてみたのだが、その再現性の高さには思わず舌を巻いてしまった。この『Never』という作品で、彼はそのソングライティングスキルはもちろん、自宅録音におけるたしかな手腕も余すことなく発揮しているのだ。
一方で、そんな花枝はいま、一人の音楽家として大きな転機を迎えているのだという。この25歳の青年にとって、音楽制作とは至極パーソナルなものであり、その過程を他者と共有するのは決して簡単なことではなかった。しかし、現在Nohtenkigengoのライブ活動をサポートしている森は生きているの岡田拓郎(Gt)、Taiko Super Kicksの大堀晃生(Ba)と小林希(Dr)の存在は、どうやらそんな彼の抱えてきた孤立感をゆっくりと解消させつつあるようだ。ささやくような歌声を聴かせながら、屈託ない表情で「曲作りはレゴブロックを組み立てるのとそんなに変わらないんです」と言い放つこの青年は、『Never』の先にどんな成長を見せてくれるのだろう。これはちょっと目が離せない存在になりそうだ。
小さい頃、テレビで見た風景とかをレゴブロックで組み立てて遊んでいました。音楽も、その延長にあるような感覚で作っているところがあります。
―流通音源としては今回の『Never』が最初の作品になるわけですが、Nohtenkigengoはすでにたくさんの作品を発表されているんですよね。これは十分に多作家と言っていいペースだと思うんですけど。
花枝:そうかもしれませんね。現在はもう公開していない作品も含めると、これまでにアルバム4枚と、3曲入りのEPを2枚出しています。とはいえ、今回こうしてレーベルからお誘いをいただいた時点では、曲のストックがほとんどなかったし、特にアルバムを作ろうという気もなかったんです。でも、せっかくの機会なので、これまでよりはもう少し自分の間口が広がるようなものにしたいなと思いました。あとは、そのときによく聴いていた音楽をうまく取り入れた作品を作りたいなと。
―その「よく聴いていた音楽をうまく取り入れよう」という意識は、今回のアルバムにおいて特に強かったもの? それとも花枝さんが新しい作品に取り掛かる際は、毎回そうした参照作品があるんですか?
花枝:いつもあります。例えば、トクマルシューゴさんの『Night Piece』という作品をよく聴いていたときは、あの作品の構成や展開をそのまま拾って、それを真似するような感覚で曲を作っていました。僕は、ある音楽が好きになると、それについて調べたいという欲求が自然と湧いてくるんです。そうやって調べていくうちに、自分でもそういう音楽が作りたくなります。
―なるほど。気に入った音楽のディテールを自分なりに解析して、それを参考にしながら音楽を作っているんですね。
花枝:そうなんです。大学のサークルに入ったとき、本当はコピーバンドがやりたかったんですけど、残念ながら自分と趣味の合う人が周りにいなかったんですよね。だったら、一人でトクマルさんっぽい音楽を作って、それで満足しようと。だから、もし自分が充実したサークル生活を送っていたら、いまみたいなことはやっていなかったのかもしれません(笑)。
―お話を伺っていると、どうやら花枝さんは、曲を「作る」ことと「コピーする」ことの間に、それほど大きな違いを感じていないようですね。
花枝:はい。むしろ、同じ感覚だと思っています。以前にあったものを踏襲していく作業、あるいはその中の一部をもらって、それを別の形に発展させるようなことなんじゃないかなと。音楽に限らず、そういう作業が好きなんだと思います。
―「音楽に限らず」というのは?
花枝:小さい頃、あまりおもちゃを買い与えられなかったんですけど、レゴブロックだけは家に大量にあったんです。それで、テレビで見た風景とかをレゴで組み立てて遊んでいました。だから、音楽もその延長にあるような感覚で作っているところがあります。
―なるほど。音楽を作るときの感覚は、幼い頃にレゴブロックで何かを再現していたときの感覚とほぼ変わらないと。
花枝:そうですね。僕はそういう作業が楽しいっていう感覚を小さい頃に擦り込まれているので、音楽を作る作業も同じように感じているかもしれません。まずはブロックの単位に分解して、それを組み合わせる。その繰り返し。ただ、当然そのブロック構造が自分の耳でわかる範囲のものもあれば、なかなかその構造が見えてこないものもあります。
―その構造が見えてこなかった場合はどうするんですか。
花枝:そういう構造のものでも、いろんな音楽を聴いてはそれを組み立てるという作業を繰り返していくうちに、少しずつ見えてくることがあって。そうしたら、次はそっちに取り掛かります。ただ、その構造があまりにも複雑過ぎると、その音楽のグルーヴや空気感を自分の中で解釈しきれないから、もし取り掛かったとしても、見たままの形にしかならないんですよね。僕はその中身のパーツまでたくさん見えてきてから、それを自分の手で再現しようという気持ちになるんです。
トクマルさんのインタビューはけっこう読んだし、彼が好きな音楽や映画も調べてみたんですけど、結局彼の発想がどう生まれたのかはわからなかったです。
―つまり、花枝さんが興味を引かれるのは、再現したいという欲求を強く掻き立てられる音楽ってことでしょうか?
花枝:聴くことに関して言えば、「あきらかにこれは何かを模倣しているな」と、わかる音楽が好きですね。例えば、くるりの曲にRed House Painters(1990年代に活躍したアメリカ・サンフランシスコのロックバンド)の曲に似ているものがあるじゃないですか。
―“HOW TO GO”ですね。
花枝:大学の頃にその元ネタを知って、衝撃を受けました。「再現されている!」って。あとは、細野晴臣のトロピカル三部作(ソロ作『トロピカル・ダンディー』『泰安洋行』『はらいそ』の総称)もそうでした。“Chattanooga Choo Choo”っていうジャズの曲を、カルメン・ミランダ(1940~50年代に活躍したサンバ歌手・女優)がブラジル音楽っぽくアレンジして、さらにそれを細野さんが踏襲しているという……系譜というか、そういういくつもの段階を踏んだ上で形になっていく様って、すごく楽しいと思うんです。
―では、先ほどから何度か名前が挙がっているトクマルシューゴさんについては、彼のどんなところに惹かれるんですか?
花枝:それは、難しいですね……トクマルさんの作る音楽って、僕の発想にはまったくないものだったので、初めて聴いたときは、まるで新人類と出会ったような感覚でした。トクマルさんのインタビューはけっこう読んだし、彼が好きな音楽や映画も調べたんですけど、結局彼の発想がどう生まれたのかはわからなかったです。だから、僕の中ではいまだにすごい人だし、尊敬しています。僕がソロを始めるきっかけになった人でもあるので。
個性を出したいとはあまり思っていない。出せば出す程、人から煙たがられると思ったから。
―トクマルさんに関しては、どれだけ掘ってもわからないからこそ、そそられたんですね。では、花枝さんは「他の誰も作ったことがないような音楽を作りたい」とは、あまり思わないんでしょうか?
花枝:それはないですね。高校生の頃はスピッツが好きだったけど、その頃も似たような曲が作れたときが一番嬉しかったし。そもそも、自分の個性を出したいとはあまり思っていないので。
―それは、あまり自己主張したくないってことですか?
花枝:はい。小さい頃からわりと浮いていたらしく、それをけっこう気にしているので……。周囲の人たちの自分に対する見方が、自分の想像していたものとは違っていたようで、それを知ってからは、自分を出すのが嫌になりました。出せば出す程、人から煙たがられると思ったから。
―以前の花枝さんは、もっと自分を前面に出すような方だったんですか?
花枝:多分、そうですね。それまでは自己完結していたというか、他人の感じている辛さがまったく理解できていなかったんです。毎日「楽しいな」と思いながら、一人ではしゃいで過ごしていました。でも、みんなからしたら「そんなに楽しいことばっかりじゃないよ」という気持ちだったみたいで。だから、もうちょっと自分も不幸そうな雰囲気を出した方がいいのかなって。
―(笑)。別に自分が不幸だと感じていないなら、そのままでいいと思いますけど。
花枝:そうなんですけど、「僕にもそういう気持ちはあるよ」ということにしておかないと、自分と相手との気持ちの釣り合いが取れないというか、自分だけ幸せなのが人にとって申し訳ないように思えてくるんです。でも、実際に僕は生まれてきてからずっと、そういう気持ちがなかったんですよね。特に劣等感みたいなものを抱えたこともなくて。
―いまでもそれは変わらない?
花枝:正直に言うと、いまでもそこまでは感じてないです。これは劣等感に限らずそうですね。例えば、この作品に関して、もちろんレーベルの方から声をかけていただいたときはすごく嬉しかったし、たくさんの人に聴いてほしいという気持ちはありますが、「売れてやろう」と思っているわけではないんです。その都度やってくる瞬間にただ対応していくだけと言うか。いまはもう、これとは違うものが作りたいという想いが湧いているので、そっちに気持ちが向いています。
―自分の作品にあまり執着していないんですね。
花枝:それはもう、まったく。これもまた余計なことかもしれないですが、僕はライブをやる意味もよくわかっていなくて。僕にとってのアルバム制作は「再現」なので、いわゆるライブと呼ばれているものは、そうやって再現したものを、もう一度再現しているような感覚なんです。僕にとっては曲を作ることが「ライブ」なのかもしれません。
―なるほど。花枝さんにとっての楽曲制作は、一回性がものすごく強いものなんですね。
花枝:そうですね。だから、アルバム制作は、もはやツアーをまわるような感覚ですね(笑)。でも、そこで岡田(拓郎)くん(Gt / 森は生きている)や、Taiko Super Kicksの二人(大堀晃生(Ba)、小林希(Dr))にライブのサポートをお願いしているのは、単純に彼らが自分にとっていい影響を与えてくれるからなんです。それまでは、あまり趣味の似通っていない人たちとしか一緒に過ごしてこなかったので、彼らからは得るものがたくさんあります。そのきっかけということで、いまは腑に落ちていますね。もちろん、活動する上ではライブは重要なものだとは思うんですけど。
―どちらにせよ、花枝さんは録音物の制作に重きを置いているんですね。
花枝:そうですね。ただ、作品を残すことについてはそこまで考えてないです。とにかく僕は、「完成した!」と感じる瞬間がものすごく好きなんだと思います。自分の中に「完成」だと判断できる機関みたいなものがあって、必ず腑に落ちる瞬間がやってくる。そうすると、自分の手で作った街に人が住むような、ちょっとしたバーチャル感が味わえるんです。でも、せっかくこうして録音したんだから、作品としてちゃんと残しておこうかなという気持ちが生まれる。だから、まさに「アルバム」なんですよね。「2014年、夏」みたいな、思い出として写真を綴じ込めておくような感覚。
作品を作って聴いてもらうことは、実際にやった経験がないので、いい例えなのかどうかわからないですけど、mixiのコミュニティーを作るような感覚なのかもしれません。
―では、その作品を誰かに聴いてもらうことについては、どう考えていますか。
花枝:そうですね……。これは実際にやった経験がないので、いい例えなのかどうかわからないですけど、もしかするとmixiのコミュニティーを作るような感覚なのかもしれません。僕がとある人に影響を受けて、それに似た作品を発表したら、それを僕みたいに好きな人がどこかで聴いてくれるかもしれないし、もしかするとその人と仲良くなれるかもしれない。そういうきっかけを自分で勝手に作っているんです。
―なるほど。自分の音楽を通じて、花枝さんは他者とのコミュニケーションを求めているんですね。
花枝:それは少なからずありますね。あと、僕が同時期に聴いている音楽って、年代やジャンルはバラバラなんですけど、どこかで何か共通したものがあると思うんです。でも、その何かはまだ曖昧な状態なので、それを纏める作業がアルバム制作、ということなのかもしれません。
―なるほど。
花枝:そうやって纏まっていないものを形にすれば、その感覚を提示できるようになるから、共有できるようになるじゃないですか。そういう曖昧なものが作品となって、結果的に誰かにいいと言ってもらえたらとても嬉しいですね。「この感じ、わかってくれるんだ!」って。
まさか森は生きているやTaiko Super Kicksのみんなと一緒にバンドをやれるとは思っていませんでした。「自分の好きなバンドの人たちと一緒にやれる!」と思うと、ものすごく救われた気持ちになりましたね。
―では、『Never』に関してはいかがでしょう。今回のアルバムではどんな音楽を参照されているんですか。
花枝:今回は『Real Estate』(アメリカ・ニュージャージー州のインディーロックバンドReal Estate が2009年にリリースしたファーストアルバム)です。それこそトクマルさんの音楽をよく聴いていた頃の僕は、彼が一人で作る世界にものすごく惹かれていたんですけど、最近はそういう世界を自分の音楽にも求めるのが少し虚しくなってしまって。そんなときに聴いていたのが『Real Estate』なんです。この作品には彼らがメンバーの家とかで録っているときの空気感が染み出ていて、そこがいいんですよね。
―なんとなくわかる気がします。きっと『Real Estate』は花枝さんの想像力を掻き立てる作品だったんだろうなって。聴き手の深読みを誘ってくる作品というか。録音物の面白さって、そこが大きいと思いますし。
花枝:まさにそうですね。そういう深読みさせるヒントを与えてくれる作品が、僕は何よりも素晴らしいと感じます。だから、『Real Estate』を聴いていると「俺もこういうことがやりたかったな」っていう気持ちが湧いてきて、どうしようもなくなっちゃうんですよ。
―それはいまの花枝さんがバンド形態に憧れているということ?
花枝:そうかもしれません。どんなに売れていないバンドでも、楽しそうにみんなでツアーしていたりする様子を見ると、「自分にはそういう経験がなかったなあ」と少し寂しくなります。
―花枝さんだって、いいバンド仲間に恵まれているじゃないですか。
花枝:そうですね。森は生きているやTaiko Super Kicksのみんなに出会ったのは、今年に入ってからのことなんですけど、まさか彼らと一緒にやれるとは思っていませんでした。なんか、話しているだけでも、込み上げてきちゃいました(笑)。
―いまのバンドメンバーとはどうやって知り合ったんですか?
花枝:森は生きているの岡田くんとは、Twitterを通じて知り合いました。僕がSoundCloudにアップしている曲を、彼はいくつかお気に入りに登録してくれていて。これは何か意図があるのかなと思って(笑)、とりあえず「一緒に飲もうよ!」という話になりました。
―それはなかなか思い切りましたね(笑)。
花枝:はい。それで、「よかったらサポートしてくれませんか?」とお願いしたら、すぐに「OK!」と返してくれて。Taiko Super Kicksのみんなとも面識はなかったんですけど、ライブを観に行ったらすごくよかったので、Twitterのメッセージでサポートをお願いしてみたら、すぐに返事をくれました。「自分の好きなバンドの人たちと一緒にやれる!」と思うと、ものすごく救われた気持ちになりましたね。
―そんな信頼できる仲間と出会ったことは、花枝さんの音楽にいま、どんな影響を与えていますか?
花枝:信頼はあんまりしないようにしてます(笑)。みんなそれぞれ自分のバンドがあるし、それに僕はどこかで自分を諦めているところがあるので……裏切られたら嫌じゃないですか(笑)。でも、そうやっていろんな人と関わることで確実に自分の音楽にも影響はでてくると思います。次に作る作品は、間違いなくこれまでに作ったものとは違う音楽になるだろうし、すごくいいものになってほしい。いまはそう思います。
- イベント情報
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- Nohtenkigengo『Never』Release Party!!
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2014年12月4日(木)OPEN 19:00 / START 19:30
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:
Nohtenkigengo
and more
料金:前売2,500円 当日3,000円(共にドリンク別)
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- Nohtenkigengo『Never』発売記念ライブ in 京都
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2014年11月28日(金) OPEN 18:30 / START 19:00
会場:京都府 Live House nano
出演:
Nohtenkigengo
Taiko Super Kicks
and more
料金:前売2,000円 当日2,300円 (共にドリンク別)
- リリース情報
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- Nohtenkigengo
『Never』(CD) -
2014年10月22日(水)発売
価格:2,376円(税込)
kiti / ARTKT-0011. Long
2. Fever
3. Club
4. Villa
5. Old Car
6. Tennis
7. Video
8. Typhoon
9. Beach Song
- Nohtenkigengo
- プロフィール
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- Nohtenkigengo(のうてんきげんご)
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新世代宅録ポップスの新星、花枝明によるソロプロジェクト。今作『Never』では、作詞/作曲から、演奏/録音までをすべて一人でこなしている。これまでに『TOI』『VIDEO』の計2枚のEP作品をリリース。CD-RやBandcamp、配信サイト「OTOTOY」などで発表している。人気インディーミュージックブログ「Hi-Hi-Whoopee」から派生した、日本のインディーを取り上げるブログ「10,000 TRACK PROFESSIONAL」でインタビューが掲載されるなど、早くから注目と期待を集めており、トクマルシューゴや森は生きているも賛辞を寄せた注目の新世代アーティスト。ライブ時には現在、森は生きているの岡田拓郎(Gt)のほか、若手注目バンドTaiko Super Kicksの大堀晃生(Ba)と小林希(Dr)がメンバーとして参加している。
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