11月8日に東京ミッドタウンホールで開催された『CREATE NOW “Best of MAX”』は、PhotoshopやIllustratorなどで知られるアドビが主催するクリエイターのための祭典だ。複数会場を使い、さまざまな分野のクリエイターやエンジニアが、これからのクリエイティブをますます楽しくさせる技術や手法のプレゼンテーションを行った。
そのなかで最初の基調講演を行ったのが、映像制作会社P.I.C.S.の浅井宣通だ。PVやCMの分野で活躍の場を広げてきた彼は、近年プロジェクションマッピングを用いたエンターテイメント表現で脚光を浴びている。その大きな成果の1つが、『OMOTE / REAL-TIME FACE TRACKING & PROJECTION MAPPING』である。動き続ける人間の顔に映像を投影し、あたかも能面やサイボーグのように自由に顔の表情を変化させる独創的な表現は、その美しさと高度な技術によって瞬く間に世界的な話題となった。
今回、基調講演を終えたばかりの浅井にインタビューする機会を得た。プロジェクトの過程のなかで彼が発見した「顔」の魅力と不思議さ。そしてこれからの時代のクリエイションのかたちをお届けする。
「顔」は繊細かつ奥深いテーマ。『OMOTE』で見せられるクオリティーに持っていくまでが大変でした。
―基調講演お疲れさまでした。そもそも『OMOTE / REAL-TIME FACE TRACKING & PROJECTION MAPPING』はどのような発想から生まれたプロジェクトなのでしょうか?
浅井:少し前から「顔」は強力なメディアだと感じていました。喜怒哀楽の表現もできるし、疲れていたり、嘘をついていたりすると、ちょっとの表情の変化で察することができます。
―目が泳いだり、右上の方を見ちゃったり。
浅井:形としては、ほんのわずかな違いのはずです。それくらい繊細なモノのイメージをコントロールできたら、きっと面白いだろうと思いついて、メイクアップアーティストのクワハラヒロト君とエンジニアのポール・ラクロワに声をかけて、個人的なプロジェクトとしてスタートしました。
―基調講演では試作段階のプロセスもふんだんに見ることができましたが、技術的なハードルは高かったようですね。
浅井:キーノートでご覧いただいた開発途中の映像は、動きがガクガクしていてホラー映画みたいだったでしょ(笑)。顔はとてもデリケートなものなので、見せられるクオリティー(精度)に持っていくまでがかなり大変でした。
―企業などから請け負った仕事ではなく、自主活動だったからこそ実現できたってことを強調してらっしゃいましたね。
浅井:そうですね。クライアントワークで限界を感じるのは時間の制約です。なんとか納品に間に合わすのが至上命題で、本当はもっといろいろなことを試したい、完成度を高めたいと常に感じています。自主活動であるからこそ、ここまでできたというのは大きいです。ただ反対に、プライベートなプロジェクトだからこそ、みんなが納得しない限りはいつまでたってもゴールに辿りつかないという問題もあり、気づいたら半年間もかかってしまいました(笑)。だから全然気楽にやるという感じではなかった。メンバーのゴールの基準が高いから、徹夜して作ったものでも「ダメなものはダメ!」って言われちゃうし。
―身内がいちばん厳しい(笑)。
浅井:コラボレーションワークは合議制ですからね。しょっちゅうケンカ寸前までやり合いました。みんなプロ意識が高くてクオリティーを追求する人たちばかりだから、「時間も予算も制約がないなら遠慮しない!」って、なる(笑)。これは永遠に終わらないんじゃないか、って不吉な予感が頭をよぎることもありました。何とか合格ラインに辿り着いたところで手を打って第1フェーズは終わらせました。
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「顔とは何か?」という問いに対して、見つけた答え
同じ人の顔であっても日々かたちが違う。『OMOTE』プロジェクトにおいても、同じデータを他人に使うことができない。
―浅井さんがおっしゃるように、顔ってとても強い印象を持ったインターフェースですから、探り甲斐のあるテーマだったと思います。実際にいろんな顔をよく観察されていたんでしょうか?
浅井:もともと人の表情には敏感な人間ですが、観察力がさらに増しましたし、新しい発見もありました。今回のプロジェクトで1つベーシックになるテクスチャーを作ったら、いろんな人に応用できるのかなと最初は思っていたんです。でも人の顔のかたちって千差万別で、別人にプロジェクションしても絶対に合わないんですよ。しかも、同じ人の顔であっても日々かたちが違う。
『CREATE NOW “Best of MAX”』基調講演の様子
―同一人物でも違いますか。
浅井:そうなんです。当初は動的なプロジェクションを念頭に置いていたので、顔にメイクがどんどん描き足されていくようなコマ撮りアニメーションを考えていました。歌舞伎の「隈取り」がうわーっと顔を覆っていくような。でも、モデルさんの顔を3Dスキャンして、顔型に合わせてメイクをアニメーションさせたものを見てみたら違和感が凄かった。風船の表面みたいにぶよぶよ動いて見えて「人間の顔のかたちってアメーバみたいに変わるんだ!」と驚きました。こんなに表情が変わっているのに同じ人だと、よく僕らは認識できているなって不思議に思うくらい。メイクのクワハラ君は「ちょっと笑っただけで、口も目も眉の位置も変わるんだから当たり前だよ!」と言ってましたけど。
―クワハラさんがメイクをするために求めるクオリティーも高かったのではないでしょうか?
浅井:高かったですねえ……。人間の顔って非対称だから、ぜんぶ対称で作ったら気持ち悪いし、すごく精巧に作っていても、目が動いてないだけで死んだ人みたいに見える。パッと見ても絶対にわからないけれど、CGアニメーションでは目の虹彩が変わったり、ハイライトが動いたりっていう細かいアニメーション作業をちょっとずつ積み重ねていって、やっと生きた人のように見せています。
―ロボットを人に似せて作っていくと、中途半端にリアルになったタイミングで嫌悪感を覚えてしまう、いわゆる「不気味の谷現象」に似ていますね。
浅井:リアルなマネキンでも、かたちは美しいはずなのに、どうしても気持ち悪く見えてしまうことがあります。僕にとってはプロジェクトの半分は顔の研究みたいな感じでした。「顔とは何か?」っていう。
―「顔とは何か?」に対する答えは見えましたか?
浅井:『OMOTE』の動画を公開して世界的に話題になった後に、モスクワの映像フェスティバルから「審査員として参加してくれないか?」っていうオファーをいただいたんですよ。それで現地の古い美術館に行って絵を観る機会があったんですが、そこは肖像画ばかり飾っているんですよね。人類が描き続けてきた顔が何千枚も並んでいる。それでロシア人通訳の女性に「何でこんなに顔ばっかり描いてきたんでしょうね?」って何気なく聞いたら、「顔にはその人の人生が刻み込まれているから、顔を描けばそのすべてを表現できるんです」と説明してくれて。たしかに、いつもしかめっ面の人、いつも柔らかい優しい顔をしている人、それぞれに人生のヒストリーがあって、感情だけでなく人格や生き方が顔に表れているな、と。
―顔が何よりも雄弁にその人の歴史や人格を語っている。
浅井:今回の『OMOTE』では感情表現や人格表現までは扱っていないですが、喜怒哀楽の表現を加えたらどうなるんだろう? とか興味が掻き立てられます。怒ってないのに怒った顔をさせたり、感情もカモフラージュできるかもしれない。授業中に寝ている人の顔に、起きている表情を投影したら、ちゃんと授業を聞いているように見えるとか(笑)。
―すごく身近な使い方ですね(笑)。でも、化粧とか医療とか可能性は無数にあると思いました。
浅井:実際にコスメティックのメーカーからもいろいろなオファーが来ました。海外のネットの書き込みを見ていると「エレクトリック・メイクアップ」という表現をしてくれている方も多かったですし、フランスの「M6」というテレビ局から『メイクアップのテクノロジー』という特集番組で取材のオファーがありました。どちらにしても顔が人と人とのコミュニケーションの重要なインターフェースである以上、顔のイメージをコントロールするということは古くて新しい永遠のテーマだと思いました。
『CREATE NOW “Best of MAX”』基調講演の様子
―浅井さんの基調講演の前に行われたアドビのプレゼンテーションでは、Photoshopなどの操作性がより身体的に直感的な仕様に進化するという内容の発表がありました。浅井さん率いるP.I.C.S.が数多く手がけるプロジェクションマッピングもそうですが、今後ますます「直感」がキーワードになるような印象を受けました。
浅井:インタラクティブなプロジェクトで話題になるものって、一瞬で「面白い!」と感じさせる体感性があるんです。高度なテクノロジーを使うほど、反対に表現はわかりやすく直感的かつ体感的であったほうがいいですし、『OMOTE』が目指したものもベースは同じだと思います。『CREATE NOW “Best of MAX”』のオープニング映像も制作させていただきましたが、あれも体感性に訴えかける実験的なVRプロジェクトです。青赤メガネを使った簡易的なバーチャルリアリティーシステムで、どこまで没入性を高めることができるかというのを試みていて、ベストポジションで観ると実際に空間に入り込んだ没入感覚を体感できます。バーチャルリアリティーも実在感というキーワードの延長線上にある技術で、「オキュラスリフト(3D空間を体感できるヘッドマウントディスプレイ)」や「モーフィアス」などが普及し始めていますよね。この流れはどんどん強くなっていくと思います。
ハイテクなんだけど、人間的なものがある。想いの積み重ねがクリエイションの原動力になっていくんだなって思います。
―そもそも浅井さんが、プロジェクションマッピングやバーチャルリアリティーに興味を持たれたきっかけは何だったんでしょうか。大学は理学部を卒業されていますよね。
浅井:子どものときから機械いじりやプラモデルが好きで、小学生のときには電子工作をやって、中学ではマシン語でプログラムを書いていました。それで理系の大学に進んだんですが、一方で音楽や映画も大好きで、ミュージシャンを目指していたから就職はそっち方面がいいなあと思っていました。
―理系だと、計測実験とかひたすら地味ですよね。
浅井:研究や実験はワクワクするし好きだったんですけど、やっぱり音楽やアートにあこがれる気持ちが強くて、それで映像の仕事をやろうと思いました。ここ3、4年でコンピューターやデバイスが急激に進化して、プログラミングがエンターテイメント表現に使えるようになってきて、自分が原点で触れてきたことが今ごろになって生かされてきているなって感じます。
―エンターテイメントが研究の領域に接近してきた。
浅井:僕らがこれまでやってきた作品は、どこにもマニュアルがないものばかりです。だから研究実験をやるのと同じプロセスで作ります。仮説を立てて「きっとこうだろう」と予測して、テストをして方法を見つけていく。それを何回か繰り返して詰めていくことでゴールに辿りついていきます。この考え方は理系脳ならではなのかもしれません。
『CREATE NOW “Best of MAX”』基調講演の様子
―基調講演でも「表現における精度の高さを重視している」というお話がありましたが、それも理系的な発想でしょうか。
浅井:精度は表現上とても重要なポイントです。メディアアート的な作品は初期実験的なものが多いんです。それは概念の飛躍をもたらしてくれるし、アイデアの宝庫でもあり、とても価値があるものだと感じています。ただ一方、より広い人に伝わる表現にまでブラッシュアップされる前に、次の実験に移ってしまうためエンターテイメントとして成立しない場合があるなと感じています。でも、僕やP.I.C.S.の他のメンバーもエンターテイメントのフィールドで頑張っている人たちで、やっぱり「見て楽しい、体験して面白い」「おしゃれ、カッコイイ」と言わせてなんぼというフィールドで戦っている。そのレベルまでは持っていきたいです。
―アイデアの種を、きちんとしたクオリティーにまで持っていくことにこだわりを持つ、というのは『OMOTE』にも共通することだと思います。講演の最後で何よりも必要なのは「根性」とおっしゃっていましたね。やっぱり最後は根性が重要。
浅井:結局、最後はそこに行き着きます。納期まで1日しかなくて、でもクオリティーをあと1ステップ上げたいって思ったら、苦しくてもやりきるしかない。よし、やるぞ! っていう。今日の『CREATE NOW “Best of MAX”』オープニング映像を作ってくれたのは東弘明さんというディレクターさんなんですけど、最後の数日はほとんど寝る間も惜しんでブラッシュアップしてくれました。観てくれた人を喜ばせたいから、ギリギリまで頑張る。熱いです。そういう想いが作品に込められていって、観た人に伝わるのだと思います。
―そこにクリエイションの原動力があるんですね。
浅井:『OMOTE』のプロジェクトを一緒に立ち上げたエンジニアのポールも完璧主義者です。そして人に喜んでもらうことで自分の喜びも湧いてくるタイプ。以前、横浜のドッグヤードガーデンでプロジェクションマッピングをやったときも、すごく難しいカラーコレクションのシステム開発にチャレンジして、2か月間かけてギリギリ成功しました。最後はもう何日も寝ないで頑張ってやって、うまくいったときに、彼が両手ガッツポーズで天を仰いで泣いているんですよ。
―熱い……!
浅井:ハイテクだけど人間的なものがある。「良かったねー!」って声をかけるとまた感涙して。そういう想いの積み重ねがクリエイションの原動力になっていくんだなって思います。
20年前は、個人がコンテンツを発信するという概念自体が存在していなかった。資本力のあるマスメディアにクリエイションや媒体が独占されていました。
―人間臭いクリエイションに対する熱量と同時に、テクノロジーの進化も作品にとって重要ですよね。浅井さんは20年近く映像業界にいらっしゃるということで、制作環境の爆発的な技術進化を体験されてきたのではないかと思います。
浅井:本当に技術は進化しましたね。僕が業界に入ったばかりのときはまだベーカム(BETACAM、ソニーが開発したカセット式VTRで業務用の記録媒体のスタンダードだった)の編集機しかありませんでした。たとえば映像に入っている「必要ない1秒」をカットするためには、全部を1からダビングしないといけなかった。
―パソコンで行う、ノンリニア編集という言葉がない時代ですね。
浅井:だからAdobe Premiere(デジタル映像編集ソフトウェア)やAfter Effectsは革命だと思いました。当時は編集スタジオを使うにしてもカメラを回すにしても、大きな資本が必要だったし、作ったものを見せる経路もテレビかセルビデオしかなかった。その流れも一方通行で、個人がコンテンツを発信するという発想自体が存在しなかった。マスメディアにクリエイションと媒体が独占されていた時代でした。それがコンピューター、インターネット、ソフトウェアの進歩によって、本当に誰でも自由に作れるようになり、発信ができるようになった。クリエイターは、お金がない、チャンスがない、理解してくれない、という言い訳ができなくなりました。
―CMやPVに特殊効果を加えようと思ったら、かつては特殊な機器を持っているスタジオを借りるしかなかったんですよね。
浅井:1時間の使用料が15万円くらいのインフェルノ(プロ用の定番映像編集機)を使っていましたが、今やパソコンとAdobe After Effectsがあれば、スタジオに負けないクオリティー、スピードで作ることができるようになりました。作った作品はテレビではなくVimeoやYouTubeで自由に公開することができて、世界中の人が反応してくれますし、本当に面白ければソーシャルネットワークで盛り上がりが生まれて、たくさんの人々に伝わっていきます。テクノロジーがクリエイティブ環境を民主化してきたとも言えるんです。『OMOTE』が一気に世界に広がっていったのも、この力のおかげです。しかも双方向的なコミュニケーションだから情報操作することもできない。クリエイションが民主化されただけでなく、コミュニケーションも民主化されたと言えます。
―僕らライターは、Wi-Fiなどのインターネット通信環境の充実と共に、いわゆるノマドワーキングと呼ばれるような仕事のやり方を獲得しましたが、今日のアドビのプレゼンテーションを見ていると、映像制作もスタジオに拘束されずにあらゆる場所でできるようになるんだなと感じました。それは新しいクリエイションにもつながっている。
浅井:映像の編集作業やアニメーション作業もカフェでできるようになっています。場所に縛られない仕事のやり方ができるようになったのは画期的ですね。CGデザイナーが納品前に海外旅行行くとかって、昔だったら「それは困ります!」って感じだったけど(笑)、今なら海外旅行先のホテルで修正にも応じられる。飛行機のなかでも、メールチェックをして、その場でフィードバックできる。今や当たり前に感じてしまっているけれど、長い時間を俯瞰して見てみると、ものすごい革新が起きていると思います。そして、それは利便性の向上というだけではない、文化的、社会的なパラダイムシフトをも引き起こしていると感じます。
- プロフィール
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- 浅井宣通 (あさい のぶみち)
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1968年生まれ。東北大学理学部卒業。P.I.C.S.所属。MV、CM、プロジェクションマッピング、バーチャルリアリティーなどの企画、プロデュース、テクニカルディレクションを担当。2014年8月、リアルタイムトラッキングフェイスプロジェクションマッピング『OMOTE』において、1か月で550万ビューの世界的な話題となる。日本初の大規模プロジェクションマッピング『SEIKEI 3D PROJECTION MAPPING』以降、『SUBARU FORESTER』『DOCKYARD PROJECTION MAPPING』などプロジェクションマッピングシーンに貢献してきた。広告、デザイン、アートからの発想と、プログラミング的な発想の融合によりイノベーティブな表現に挑戦している。『文化庁メディア芸術祭』審査員推薦作品選定1回。
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