海外経験は、もの作りにどう役立つか? Rie fuインタビュー

2004年のデビュー以来、画家と音楽家を両立しながら個性的なアーティスト活動を繰り広げているRie fuが、デビュー10周年を迎えた記念すべきニューアルバム『I』をリリースする。ヨーロッパへの曲作りの旅を経てスウェーデンではMeja、プロデューサーのダグラス・カーと“Butterfly”を共作。イギリス人の男性と国際結婚し、シンガポールで暮らす体験から生まれた“Singapore”や、プログレッシブで風変わりなポップス“STATIC”など、さまざまな時代と風土から生まれた音楽を詰め込んだ『I』には、Rie fuが育んできたグローバリズムが生き生きと息づいている。世界の国々を飛び移る彼女を形作っているグローバルな感覚について聞いた。

楽曲そのものも普通で終わらせたくない……私にしかできないポップスを目指していったら、自然に外に開かれた自由な音楽になりましたね。

―ニューアルバムの『I』のコンセプトは「inside」。これまでの作品以上にRie fuさんの内面が自由に綴られた、心に響く1枚になっていると感じました。

Rie fu:自分でも、今までの作品の中で一番いいものができたと思います。ジャケットの自画像も自分で描いたのですが、そのカラフルな感じが曲にも反映できたかなと。

Rie fu『I』ジャケット
Rie fu『I』ジャケット

―確かに、1枚のアルバムの中にさまざまな曲がおさめられていて、とてもグローバルな空気を感じました。今までもRieさんの楽曲には、カーペンターズのカバーアルバム『Rie Fu Sings The Carpenters』を筆頭に、ルーツミュージックとしての洋楽感が色濃く漂っていましたが、『I』はさらにそれが広がった感じがしました。特に、ちょっとねじれたポップ感がブリティッシュテイストで入っているところなど、カンタベリーロック(1970年代に最盛期を迎えたプログレッシブロックのサブジャンル)を思わせますよね。

Rie fu:はい、まさに(笑)。2009年作品『URBAN ROMANTIC』に続いて石崎光さんにプロデュースをお願いしているので、THE BEATLESを筆頭にUK色も強いですし、アメリカでいうとエイミー・マンやフィオナ・アップルのような個性的なサウンドを表現してくださいました。アレンジも非常にこだわってくださったおかげで、小さな音の一つひとつが風変わりになっています(笑)。

Rie Fu
Rie Fu

―女性アーティストでいうと、これもイギリスですが、コンテンポラリーなアーティストであるケイト・ブッシュの音楽世界にも近い感じが……。

Rie fu:いえいえ、恐れ多いです(苦笑)。でもタイムリーなことに、9月に彼女がイギリスで35年ぶりのライブを行ったのですが、その貴重なライブを見ることができまして。演劇的要素の強いパフォーマンスと歌に衝撃を受けました。憧れの存在ですね。

―スウェディッシュポップのMeja(96年にアルバム『Meja』でソロデビューし、収録曲“How Crazy Are You?”が日本で大ヒットした)、プロデューサーのダグラス・カーとの共作も国境を越えた音楽空間の構築に華を添えていますし、英米のネイティブなフォーキー感とも融合しています。


Rie fu:確かに各国の音楽らしい要素は色濃くありますが、それも日本人としてのアイデンティティーがあることが前提だと思うんです。外国人だからこそ発見できるUK音楽の面白さを、自分なりに咀嚼して出すことで他の誰にも作れない音楽にできるのかなと。楽曲そのものも普通で終わらせたくない……私にしかできないポップスを目指していったら、自然に外に開かれた自由な音楽になりましたね。

(ロンドン芸術大学在籍時は)特に強いシーンがなかったぶん、時代に捉われずにアートも音楽も吸収できた。当時はそういう時代だったのかもしれません。

―その感覚がまさに、Rieさんに根づくナチュラルなグローバリズムなのだと思います。Rieさんは大学時代に絵画の勉強のためにロンドンの美術大学に留学され、現在はご結婚されてイギリス人のご主人とシンガポールで生活されています。そういったご自身の国際感覚も、音楽やクリエイティブに影響を与えているのではないでしょうか?

Rie fu:そうですね。ロンドンに留学したのは2004年でしたから、CDデビューと同時でした。周りからも、デビューの大事な時期に日本を離れるのはどうなのか? という心配の声もありましたし、留学先も音大ではなく美大(ロンドン芸術大学)でしたから不思議がられましたね(笑)。でも「経験に勝るものなし」というのは本当で、ロンドンにいたおかげでいろんなライブや展覧会を見ることができましたし、街の空気に溶け込んだカルチャーを感じることができたのもいい経験でした。

Rie Fu

―ロンドン芸術大学に留学していた04~07年にかけては、どんなものをインプットされてきたのでしょうか?

Rie fu:当時は、M.I.A.やリリー・アレンが出てきた頃でしたが、世界的にエポックメイキングなバンド……Coldplayなどは少し前に出揃っていて、シーンとしてはちょっと落ち着いた感じがあったんです。でも、大学の講堂で見たパティ・スミスのライブには本当に衝撃を受けました。チケット代も1,000円くらいだったのですが、フラッとやってきて歌っていたのがとても印象的で。あとは『ALL TOMORROW’S PARTIES(ATP)』というフェスも良かったですね。私が見た年はSlintがキュレーションをしていて、ポストロックのレジェンド的なバンドが多数出演していたのですが、日本からもバンドが招かれていました。

―ATPはオルタナティブロックの祭典と言われていますが、Rieさんがご覧になっていたとは意外です(笑)。アートシーンのほうはいかがでした?

Rie fu:イギリスの国民的な芸術賞、『ターナー賞』の受賞者で、女装の陶芸家として有名なグレイソン・ペリーが当時話題になっていました。でも、ヤングブリティッシュアーティスト(YBAs)(イギリスを中心に活動する1990年代当時若手のコンセプチュアルアーティスト、画家、彫刻家などの総称)であるダミアン・ハーストやトレイシー・エミンを輩出した流れもすでに収束していて、大きなシーンとしては音楽もアートも落ち着いていた時期だったかもしれません。

―だからこそ、1つの方向性にとらわれず、いろいろなものを見聞きできたのかもしれませんね。

Rie fu:そうですね。大学から歩いて5分くらいのところにナショナルギャラリーがありましたから、(ジョゼフ・マロード・ウィリアム・)ターナー、レンブラント(・ファン・レイン)など、コンテンポラリーだけじゃなくクラシックなアーティストの作品を身近に見る機会にも恵まれて。創作に行き詰まったときには、気分転換によく通っていました。特に強いシーンがなかったぶん、時代に捉われずにアートも音楽も吸収できた。そういう時代だったのかもしれません。

Rie Fuが描いた作品
Rie Fuが描いた作品

海外の美大に通ったことで、自分1人の世界にこもるのではなく、他の人の作品を見聞きする習慣ができましたし、影響を受けたアーティストを深く掘り下げるようになりました。

―アートやカルチャーの捉え方も、イギリスと日本とはまた違いますよね。

Rie fu:そうですね。大学も日本の美大や芸大とは全く違っていましたし。受験の際も、日本ではデッサンや基礎の技術がないと入学が許されないところが多いですが、私の通ったロンドン芸術大学の中のセントラル・セント・マーチンズ・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインは、技術は一切関係なく、持っていった作品のセンスや個性のみで評価されるんです。入学してからも、最初の1、2年に座学があるくらいで、その後は週に何度か先生と面談したり、学生同士で作品を見せ合う機会がたまにあるぐらい。与えられたスタジオスペースを使って何をしてもいいんです。

―課題を与えられたりはしないんですか?

Rie fu:ありますが、内容はとても自由でした。私が受けた最初の課題は、「有名人を1人選んで、その人に手紙を書いてください」というもの。私はボブ・マーリーを選んで、日本から持っていった乾燥もずくを紙一面に貼ってラスタモチーフ(1930年代にジャマイカの労働者階級と農民を中心にして発生したラスタファリ運動のシンボルであるライオン)を描いたら……意外とうけました(笑)。海外の美大に通って良かったことは、友人や先生から、私の作品自体の感想というよりも「こういう作品を作るなら、こういうアーティストを参考にすればいいよ」と、さまざまなレファレンスを受けられたことですね。それによって、自分1人の世界にこもるのではなく、他の人の作品を見聞きする習慣ができましたし、影響を受けたアーティストがさらに影響を受けていたアーティストを掘り下げるようになりました。

Rie Fu

―Rieさんの『I』で、サイケデリックサウンドを現代的にフィーチャーしていたり、古さと新しさが表現されていたのも、時間軸を縦に辿る経験があってこそなのかもしれませんね。

Rie fu:そうですね、音楽でいえば60年代への憧れ、敬意があってこそ今の私の音楽があるという感謝の気持ちがあります。留学当時は、直接音楽に結びつけようと思っていたわけではないのですが、今思うとよく繋がっていますね。

その場、そのときにしかできない曲作りというのを、これからもやっていきたい。

―そこから日本に戻られて7年ほどが過ぎ、イギリス人のご主人ともご結婚されましたが、外国の方との触れ合いがRieさんに与えた影響もありますか?

Rie fu:主人は私と歳も少し離れていて、私がオマージュしている時代の音楽をよく知っていますし、生で体験してきた経験もある。主人がイギリスの家から、昔のロックのレコードをたくさん持ってきてくれたので、知らなかった音楽にも触れられますし、今回のアルバムも彼の音楽体験から大きな影響を受けています。

―今年の7月からは、ご主人とともにシンガポールにお住まいとのことですが、『I』にもズバリ“Singapore”という楽曲がありますね。

Rie fu:はい、タイトルもそのままなのですが(笑)。これは、移住して2か月くらいでできた曲です。そのとき、一番印象的だったのが、夜の海岸。歌詞にも書いていますが、水平線に摩天楼が見えて、ビルかと思ったら実は全部が大きな貿易船の灯りだったんです。港から人や文化がやってきて交錯している土地なのだと改めて思いましたね。歌詞の中に「この時代にこんな生き方を選ぶことに意味がある」といったフレーズがありますが、シンガポールで暮らすことを選んだ自分、そしてこの街で出会った友人たちをもとに書いた曲でもあります。

―シンガポールで今後暮らしていく中で、Rie fuさんの音楽に街が与える影響も増えそうですね。

Rie fu:あると思います。いろんな文化がミックスされた街ですから、例えばインドやマレーシアの音楽とコラボするなど、いろいろな興味が湧いています。『I』でも、スウェーデンで“Butterfly”という曲が生まれましたし、その場、そのときにしかできない曲作りというのも、これからやっていきたいです。


身近な題材から発想したにも関わらず、ここまで自由な音楽が作れているのは、私を取り巻く環境の変化がもたらした恩恵かもしれません。

―『I』ではヨーロッパやアメリカ音楽との親和性を濃く感じましたが、次はアジアがモチーフになるかもしれないですね。

Rie fu:そうかもしれないですね(笑)。今回の『I』は「I=inside(内面を物語ったもの)」がコンセプトで、次回作は「O=outside(外に向かったもの)」にしようと決めています。『O』は、来年のどこかでリリースできるようにゆっくり作ろうと思っていますが、今作よりももっと私の外側にある音楽へと幅を広げていきたいです。

Rie Fu

―ちなみに、『I』で特にお気に入りの楽曲はありますか?

Rie fu:いろんなサウンドを工夫した1枚なのに、こんなことを言ってしまうのもなんなのですが……イギリスの田舎町の草原を歩く音と、ガットギターのみで演奏している、一番シンプルな“So-re-da-ke”が実は気に入っていて(笑)。“Singapore”にも港の波の音を入れたんですけど、環境音にとても興味があって、最近はスナップ写真を撮るように、さまざまな場所の環境音を録音して溜めています。

―女性視点では、理想の男性の具体的な条件を並べた“理想の男性の条件”がとても楽しかったです。

Rie fu:これはもう、個人的な好みを歌った曲ですね(笑)。

―歌詞は聞いてのお楽しみなのでここには書きませんが、最後のワンフレーズには100%共感しました! 女性はもちろん、ぜひ男性にお聴きいただきたいです。


Rie fu:今回の歌詞も音も、アルバムのコンセプト通り、私の内面にあるものをありのままにさらけ出した曲ばかり。身近な題材から発想したにも関わらず、ここまで自由な音楽が作れているのは、私を取り巻く環境の変化がもたらした恩恵かもしれませんね。

音楽も絵も、過去と今と未来が密接に繋がり合うところに、新しさと面白さが生まれるんでしょうね。

―身近な題材でクリエイティビティーを発揮されているのは、音楽とともにライフワークとして描き続けていらっしゃる絵にも言えますね。今日もお持ちいただいた工事現場の絵画100点が、『工事現場百景』展として東京と大阪で開催されます。こちらも非常に個性的な展覧会になりますね。

Rie fu:そうですね、なかなか共感を得るのが難しい題材なんですが(苦笑)、絵の中にもシンガポールの工事現場を描いたものがあります。まさに発展途上の街ですから、至るところで工事をしていて、モチーフにはこと欠かないんですよ。他にも、日本やスウェーデン、ブダペストなどさまざまな国の工事風景を描いています。

『工事現場百景』展 『Men at work and helmets in Singapore』
『工事現場百景』展 『Men at work and helmets in Singapore』

『工事現場百景』展 『Clock tower in Stockholm』
『工事現場百景』展 『Clock tower in Stockholm』

―ヨーロッパの石造りの建物と近代的な工事現場のコントラストは、日本では見られない景色だけに、とても面白いですね。

Rie fu:工事現場という題材も、ロンドン留学時代に風景画を勉強していたところに遡るんです。普遍的な風景と、何かが作られ、常に変化していく過程にある工事現場。その対比と、工事現場の「生きている感覚」が面白い。工事現場にはお国柄も反映されていて、フランスなら国旗の3色でクレーン車がデザインされていたり、中国の工事の足場は竹製だったり、とても興味深いモチーフですね。

『工事現場百景』展 『Scared of heights?』
『工事現場百景』展 『Scared of heights?』

『工事現場百景』展 Men at Work, Japan
『工事現場百景』展 Men at Work, Japan

―新しく建物を建てるだけではなく、古いものを壊して再生する工事もありますよね。工事現場がRieさんを惹きつける理由は、工事そのものが先ほどの留学時代の美術や音楽のお話にも通じる「古いものから新しいものを構築していく」行為だからかもしれないですね。

Rie fu:そうですね! そう考えると、私の絵と音楽は、そこで繋がるのかも知れない。工事現場の絵の話で言うと、歴史という過去と、工事中である今と、工事が終わるであろう未来が、1枚の絵の中にある。音楽も絵も、過去と今と未来が密接に繋がり合うところに、新しさと面白さが生まれるんでしょうね。

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