「風営法」と「義務教育」にはさまれた、ストリートダンスの今

パンクロックや、ヒップホップなど、かつてはアンダーグラウンドと言われたカルチャーが、いつの間にかお茶の間レベルの認知度を獲得していたという事例は少なくない。その意味で「ストリートダンス」も、すでにメジャーの地位を手に入れた存在だと言えるだろう。中学校では「現代的なリズムのダンス」として教育課程にも組み込まれ、子どもたちの習い事としても大人気、なんと秋篠宮佳子さま(!)もストリートダンスを楽しんでいる時代なのだ。都市の片隅で、若者たちの手によって発展を続けてきたストリートダンスは、もはや「ならず者の文化」ではなくなりつつある。

東京国際フォーラムで今年3回目を迎える『*ASTERISK~女神の光~』という公演は、そんなストリートダンスシーンの変化を如実に示すものだろう。同公演には、トップクラスのストリートダンサーたち50余名が一堂に会し、1つの大長編作品を上演する。観客席には、クラブに集うような若者だけではなく、親子連れや他ジャンルの愛好家の姿も少なくないのだ。

今回、総合演出振付と脚本を務めるダンスユニット「東京ゲゲゲイ」の主宰・MIKEYこと牧宗孝と、ダンサーとして出演する「s**t kingz(シットキングス)」のshojiは、ともに2000年代初頭からダンスを始め、10年以上にわたってシーンの中核で活動を続けてきた人物。いったい、彼らの眼には、ストリートダンスを取り巻く近年の変化はどのように映っているのだろうか? そして、そんな変化を踏まえ、『*ASTERISK~女神の光~』ではどのような作品が提示されるのだろうか? 大きな転機を迎えているストリートダンスの「今」を語ってもらった。

最近は外で練習していても、ようやく「ダンス=不良」という認識が薄くなったのか、通報されることも少なくなりましたね。(shoji)

―義務教育のカリキュラムにも導入されるなど、パフォーミングアーツ界において「ストリートダンス」は唯一、バブルともいえる状況が生まれています。シーンの中心にいるお二人には、盛り上がっている実感はあるのでしょうか?

shoji:昔は外で練習していると「たむろしている奴らがいる」と警察に通報されることもありました。だから公園の片隅や高架下などの邪魔にならない場所で練習していたんですが、それでもダンスの練習が認められない場所ばかりだったんです(苦笑)。最近では、ようやく「不良のもの」という認識が薄くなりましたね。

左から:牧宗孝、shoji
左から:牧宗孝、shoji

―子どもが学校で習うというのもあって、一般的にはかなり受け入れられるようになったんですね。

shoji:ただ、シーン全体が盛り上がっているという実感はありません。ダンサーが増えたのか、どれだけの数のダンサーがいるのか、ちゃんとした統計があるわけでもない。他のダンサーの活躍を肌で感じる機会も少なくなりました。以前はクラブイベントで知らないダンサーと出会うことも多かったんですが、近年は風営法の影響もあって、そういうイベントがほとんどなくなってしまったんです。

―ストリートダンスのシーンを形成する場として、クラブは重要な役割を果たしていた?

:私はストリートダンスとの出会いもクラブだったし、shojiくんを始め、いろんなダンサーたちとの出会いもクラブでした。shojiくんは、イベントで踊っているのを観て、声をかけたんです。

shoji:10年くらい前までは、六本木や西麻布など、毎晩どこかのクラブでイベントがあって、毎晩のように出演したり、観に行ってました。その後、風営法の取り締まりが厳しくなって、深夜イベントは淘汰されてしまった。渋谷でも、フロアでダンスするのが禁止になったクラブもあって、ちょっとでも動くと「警察が来るのでやめてください!」と店員に注意されるから、ただ立っているしかない(苦笑)。だから、今は昼間の時間帯を中心としたダンス発表会や、大きめのライブハウスで行なわれるダンスバトルやコンテストなどが中心になっています。

左から:牧宗孝、shoji

―ダンスカルチャーが健全化している、ということでしょうか?

shoji:クラブが中心だった時代からは大きく変わっていますね。環境だけでなく、ダンスのスタイルや、ダンスに対する価値観、ダンサー自身も変わってきています。若いダンサーは肉食系じゃなくなりましたよね。

―肉食系……ですか?

:ダンスに対してっていう意味ですよ(笑)。

shoji:オラオラ系で貪欲にダンスに取り組む人は少なくなり、入りやすいシーンになってきたことは確かです。ダンスの種類も、以前は、ポッピング(ロボットのように身体を動かすダンス)やロックダンス(急停止する動きを取り入れるダンス)など、いかにもストリートダンスというものが多かったんですが、最近は「ストリート」に収まらないさまざまな種類の動きが生まれてきて、もともとバレエやジャズダンスをやってきた人も多くいる。世界的に見ても「ストリートダンス」という狭いカテゴリから、「ダンス」という大きな括りに変わってきているように感じますね。

ダンスを間近で観られる場所はクラブしかなかったし、自分もダンスをやろうと思い始めたきっかけではありました。(牧)

―そういったストリートダンスシーンの変化に対して、フラストレーションもあったりするんですか?

Shoji:うーん……どうだろう?

:私は全然ない(笑)。というのも、自分をストリートダンサーだとも認識してないんですよ。shojiくんと同じように、クラブシーンには出入りしてたけど、最初は怖くてクラブに入れなかったし、いわゆる男と女の盛り場っていうのも興味がない。ただ、ダンスを間近で観られる場所はクラブしかなかったし、自分もダンスをやろうと思い始めたきっかけではありました。

左から:shoji、牧宗孝

―なるほど。今ならそれはクラブじゃなくて、ニコニコ動画の「踊ってみた」だったかもしれないですよね。最近のダンサーはYouTubeから人気が出る人も多いですし。もともとダンスに興味はあったんですか?

:ヒップホップは好きだったし、家でマイケル・ジャクソン、ジャネット・ジャクソンを真似して踊っていたので、それを発散、表現する場としてのクラブには魅力がありました。でも、私が最初に踊ったのは日本舞踊。3歳から高校生までだから長いですよ。近所に教えているおばさんがいて、自分からやりたいと習い始めて。太鼓と笛と鐘と大太鼓、踊りもおかめ、ひょっとこ、獅子舞、全部覚えなきゃいけない。コンクールにも出ていたし、お正月はいろんなお家をまわって、玄関で踊っておひねりをもらって。そういう意味では元祖ストリートダンサーですけどね(笑)。

ステージママが怒鳴って子どもを指導しているのを見ていると、この子どもたちは本当にダンサーになるのかな……と疑問になります。(牧)

―ストリートダンスは、バレエやコンテンポラリーダンスと違って、激しい動きやテクニックを競い合うなど、「ショー」や「エンタメ」のイメージもあります。しかし、牧さんが総合演出・振付を手掛けた新作『*ASTERISK~女神の光~』は、非常に物語性の強い舞台作品になるとうかがいました。

:もともと、ミュージカルのように、全然関係ないストーリーでパフォーマーが突如踊りだすことに違和感があったので、踊る必然がある作品にしようと考えたんです。その結果、今の時代に特徴的なキッズダンサーとステージママという物語をやってみようかと。

『*ASTERISK~女神の光~』チラシビジュアル
『*ASTERISK~女神の光~』チラシビジュアル

―かつて伝説のダンサーであった母と、そのスパルタ教育を受けるキッズダンサー・光との確執や愛情が描かれています。ここには、牧さん自身の体験も含まれているのでしょうか?

:私の母親はとてものびのび育ててくれたので、そういった葛藤はないのですが、ダンススタジオのキッズクラスで教えていた体験が生きています。そういったクラスでは、子どもたちよりもお母さんのほうが必死な光景をよく見かけるんです。お母さんが怒鳴って子どもを指導しているのを見ていると、こうやって教育された子どもたちは本当にダンサーになるのかな……と疑問になります。そんな現状に対しての問題提起も含んだつもりです。

shoji:子どもたちの目が死んじゃうんですよね。レッスンをしていても、チラチラとお母さんの顔色を伺っている子どもも少なくない。子どもたちを抑圧することで「楽しい」という気持ちを殺してしまう。自分の子どもに対して頑張ってほしいという気持ちが強いからこそだと思いますが、中には「うちの娘は芸能人になれますか?」と聞いてくる人もいる。今回の作品を観て、子どもたちの才能をどうやって伸ばしていったらいいのか、考えるきっかけの1つにしてもらえたらいいなと思います。

人間が目の前で踊っているということのエネルギーを感じたいからダンスをやっているのかもしれません。「ぶわーっ!」ってその人のエネルギーが発散していく。そういうものを感じたい。(牧)

―かなり深いテーマの作品になりそうですが、あえてストリートダンスによって「語る」部分に踏み込むことで、その可能性を広げたいという意図もあるのでしょうか? ダンスだからこそ表現できるものもある?

:私は音楽もやっていて、ダンスだけにこだわるつもりはないのですが、人間が目の前で踊っているということのエネルギーを感じたいからダンスをやっているのかもしれません。「ぶわーっ!」ってその人のエネルギー、粒子が発散していく。そういうものを感じたい。そのエネルギーによって、作品の内容も観客席まで伝わるんです。だから、ストーリーの解釈は観る人それぞれのものでいいと思っています。


Shoji:MIKEY(牧)が言ったように、ダンスの面白さって、肉体が動いて、エネルギーが発散しているからこそのものだと思います。歌や演技でも話は伝わりますが、それをあえてダンスという曖昧なものにすることによって、お客さんが自分の経験や価値観とリンクさせることができる。ダンスには「面白い曖昧さ」があるんですよ。

抱え込んでいたフラストレーションをステージにぶつけたら、「すごく良かった」って褒められたんです。ステージでは怒っても悲しんでも誰も傷つかない。(shoji)

―『ASTERISK』は、「踊る理由」が大きなテーマとなっていますが、お二人が踊る理由とは何でしょうか?

:作品にも込めていますが、承認欲求や、自己顕示欲といったものですね。それはおそらく永遠に満たされるものではないんですが、どうしても突き動かされてしまいます。表現しなくても生きていける人はたくさんいると思いますが、誰に求められるでもなく、私は歌でもダンスでも表現しないと生きていけないんです(笑)。これはもう自意識の病ですね。

―shojiさんはいかがでしょうか?

shoji:踊っているときに「生きている」と感じるからですね。もともと、人の影に隠れているタイプの子どもで、反抗期もなかったし、誰も傷付けないように、嫌われないようにして生きてきた。だけど、どこかでそんな自分を嫌だなとも思っていたんです。ダンスを始めてからあるとき、ステージでは怒っても悲しんでも誰も傷つかないということに気づきました。抱え込んでいたフラストレーションをステージにぶつけたら、「すごく良かった」って褒められたんです。ダンスにのめり込んだのはそこからです。だから、ダンスは自分自身をさらけ出す場であり、精神安定剤みたいなものかもしれません。

―「自意識の病」と「精神安定剤」ですか……。

:ここだけ読むと、読者から「ダンサーってこんなに病んでるのか?」って思われそうですね(笑)。

僕は美術館に並ぶ絵画よりも漫画でありたいと思っているんです。いろんな角度から誰でも楽しめて、かつクオリティーの高い漫画になりたい。(shoji)

―『ASTERISK』には、海外でも活躍するKoharu Sugawaraさんや、三谷幸喜作品の舞台振付などを手掛ける原田薫さんなど、ストリートダンスだけにとどまらない、さまざまなジャンルから指折りのダンサーたちが50名以上も集結しています。1つの作品に50人以上のダンサーって、あまり聞かないですよね。

shoji:世界的に見ても、日本には素晴らしいダンサーが多いんです。昔から日本とアメリカ、フランスはダンサーのレベルが高い国と言われており、日本人のダンサーがヨーロッパで注目されることも少なくありません。ただ、日本にはダンスを間近で観てもらえる機会が少ない。クラブシーンはなくなっちゃたし、ライブのバックダンサーはまた意味合いが違ってくる。せっかく日本には素晴らしいダンサーが多いのに、それを知っているのがダンサーだけという現状はもったいない。その意味でも『ASTERISK』のような場は重要です。

『*ASTERISK~女神の光~』出演者
『*ASTERISK~女神の光~』出演者

―やはり、これほど大規模な公演となると、他のダンスイベントとは気持ちが異なるものなのでしょうか?

shoji:規模の面だけではありません。基本的にダンスイベントには舞台美術がなく、ダンサーはスポットライトの中で自分の動きだけを見せなければならない。けれど、『ASTERISK』は物語があって演出があってセットもある。その空間の中でダンサーたちは自分のスタイルを発揮しながらも、全体としての役割を考えなければならないんです。こういった経験はなかなかダンスイベントでは経験できないので、ダンサーとしても刺激的な体験になります。

―牧さんは、総合演出振付という立場ですが、ここまで大きな舞台作品を手がけるのは初めてですよね?

:とにかく想像した以上にボリュームが多くて困っています(笑)。「Vanilla Grotesque」というカンパニーで、自主公演の舞台を行っていますが、お客さんとして観に来てくれるのは、ダンスを教えている生徒や、一緒に活動するダンサー仲間。全然違うジャンルのダンサーと一緒に作る『ASTERISK』は意味合いがまったく異なりますね。

Shoji:Vanilla Grotesqueの作品は、MIKEYの世界観が強烈に広がっていたもんね。

:そう、MIKEY教みたいな(笑)。

左から:牧宗孝、shoji

―牧さんが主宰するダンスチーム「東京ゲゲゲイ」の作品を見ていても、看護婦、セーラー服、ゾンビなど、独自の世界観は大きな魅力の1つですね。

Shoji:だから今回、声をかけられたときにまず心配したのは、ちゃんと衣裳を着せてもらえのるかどうかということ(笑)。「衣裳がある」ということを確認してから出演を決めたんです。

:大丈夫。乳首は隠れるから。

Shoji:(笑)。僕としてはMIKEYの色に染まるだけではなく、自分たちのカラーもしっかり出すことが、今回ダンサーとして目指す部分ですね。

―たしかにこれだけいろんなジャンルのトップダンサーをまとめて観られる機会ってなかなかありません。ダンスを初めて観る人にとってもいい入り口になりそうですね。

Shoji:さっき、ストリートダンスは「エンタメ」のイメージがあるという話がありましたけど、僕は美術館に並ぶ絵画よりも漫画でありたいと思っているんです。同じ「絵」でも1枚ですべて伝えようとする表現よりも、いろんな角度から誰でも楽しめて、かつクオリティーの高い漫画になりたい。そういう意味ではエンタメに近いかもしれませんが、どっちにこだわっているわけでもありません。でも、難しいことをしたいというよりも、みんなが笑顔になれるもの。誰が見てもスゴイと思えるクオリティーの作品ができたら一番いいと思っています。

イベント情報
『*ASTERISK~女神の光~』

2015年5月8日(金)~5月10日(日)全5公演
会場:東京都 有楽町 東京国際フォーラム ホールC
総合演出振付・脚本:牧宗孝(東京ゲゲゲイ)
テーマソング:加藤ミリヤ“女神の光(feat. 牧宗孝)”
音楽:
牧宗孝
安宅秀紀
出演:
Koharu Sugawara
原田薫
s**t kingz
YOSHIE
KITE
AyaBambi
東京ゲゲゲイ
BLUE TOKYO
LUCIFER
50
McGee
RANDY
TACCHI
$eishiro
Pole Dancer KUMI
HATABOY
LIL'GRAND-BITCH
Vanilla Grotesque
仲宗根梨乃(特別出演)
料金:プレミアムシート7,500円 S席5,800円 高校生以下チケット4,500円
※プレミアムシートは日替わりの非売品ブックレット付、5月9日18:00公演のみお子様割引あり

プロフィール
shoji (しょうじ)

1984年生まれ。小学生のときに約2年をニュージーランドで過ごす。大学入学を機にダンスを始め、千葉を拠点に深夜の公園やビルのガラス前で練習する日々を送る。2007年にs**t kingzを結成。アメリカで開催されたダンスコンテスト『BODY ROCK』において、2010年、2011年と2年連続優勝を果たす。国内外を問わず、数多くのアーティストの振付やバックダンス、競演するとともに、10か国を廻るヨーロッパツアーをはじめ、アメリカ、アジア、オセアニア等、世界各地でワークショップやパフォーマンスを行っている。ソロとしては、平井堅、AAAなどの振付、バックダンスを担当。

牧宗孝 (まき むねたか)

演出家。ダンスカンパニー「東京ゲゲゲイ」「Vanilla Grotesque」主宰、ダンスチーム「東京★キッズ」リーダーのMIKEYとして活動。加藤ミリヤのPV・ツアー振付、MISIAツアー振付・演出・バックダンサーとしても活躍。『ASTERISK』での共演をきっかけに仲宗根梨乃と共にBoAの振付を手がけるなど、アーティストからクリエイターとして厚い信頼を受ける。



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