今やグラミー賞の常連アーティストとなったロバート・グラスパーの楽曲“I Stand Alone”の中で、大学教授であり作家でもあるマイケル・エリック・ダイソンは「黒人の圧倒的な個性と、いかにそれが消え去ってしまったか」を語っている。グラスパーはこの曲で個の重要性を問い、「フォロワーではなく先駆者になれ」と訴えかけているのだ。ソールドアウトを記録したリキッドルームでの初ライブから1年3か月を経て届いた、Serph新章の幕開けを告げる新作『Hyperion Suites』もまた、これと同様のメッセージを放つ作品である。「所在が誰にも知らされていない謎めいたところにある、ハイペリオンという世界で一番大きな木」とは、孤独を抱えながらも、それでも強烈な個を発揮し続ける真の表現者を意味し、Serphは音楽によってその気高さを讃えている。
これまでのSerphが鳴らしていたのはファンタジックなユートピア、つまりは「エスケーピズム」であった。曲を作ることだけが生きがいだった彼にとって、音楽が現実からの「逃げ場」であったのは、ごく自然なことだったと言っていいだろう。しかし、アルバムを発表するごとに聴き手の存在を認識するようになり、初めてのライブでその存在を実際に目の当たりにしたことによって、Serphは遂に天空から地上へと降り立ったのだ。そして、『Hyperion Suites』では「1960~70年代のジャズ」をイメージし、テクノロジーに支配されつつある人間の本質を見つめ直して、本来の力を解放しようとしている。音楽はカオスを作り出すためのものではなく、人間を前進させるためにある。なんて力強い作品なのだろう。
今の時代は、自分を表現することが難しくなってきていて、濃いものが生まれにくくなっている。でも自分は、「俺はこれだけいろんなものを見てきて、聴いてきたんだ」っていうのを、濃密に描きたいんですよね。
―『Hyperion Suites』は昨年1月のライブ以降、Serphとしての初のオリジナルアルバムであり、新たな始まりの1枚と言ってもいいかと思います。Serphさんとしては、どんな想いがありましたか?
Serph:今までフルアルバムを4枚出してきて、キラキラした、ファンタジックな作風はやり尽くした感があったので、何かこれまでとは違ったものを作りたいというのがありました。なので、今までは出せなかった、ロウビートっぽい部分を出してみようっていうのがスタートでしたね。あと環境の変化も大きくて、以前までは郊外に住んでたんですけど、去年から都心に住んでるんです。それまでは緑が多かったり、空が広かったりするところが作品の舞台だったんですけど、もっと都市部が舞台になって、「都会のジャズ」みたいなものを作ってみようと思ったんです。
―「1960~70年代のジャズをテーマに作られた“a whim”(1stアルバム『accidental tourist』に収録)の続編」というのがイメージとしてあったそうですね。
Serph:もともと好きなDimlite(2005年にデビューしたスイス出身のビートメーカー)のロウビートっぽいのとジャズが混ざってる感じとか、あとMadlib(アメリカのヒップホップ界で著名なプロデューサー。ジャズやソウルをサンプリングしたトラック作りに定評がある)をすごい聴いてて、音色の感じとかはそのあたりにインスパイアされてると思います。
―一方、昨年はロバート・グラスパーやFLYNNG LOTUSなど、クロスオーバー感のある新しいジャズが日本でも盛り上がりを見せましたが、今のシーンをどう見ていますか?
Serph:ロバート・グラスパーは結構聴きました。コモンをフィーチャーした曲(“I Stand Alone”)がすごい好きですね。ただ、正直面白い音楽はどんどん減ってる感がすごくしてて、内容の濃い音楽は限られてると思います。最近のエレクトロニックミュージックはコンセプトやスタイルが重視されて、音数も少ないのが基本になってたりするんで、そうじゃなくて、1960~70年代のスピリチュアルジャズのような濃密な感じを出したかったんです。
―ジャズ的な濃密さという点では、FLYING LOTUSには共通する部分もあるとは思いますが、新作はいかがでした?
Serph:相手を狂気に追い込むような側面がFLYING LOTUSにはあると思うんですけど、Serphの音楽はカオスに飲まれるんじゃなくて、新しい大きな秩序を発見するような境地に聴き手を持って行きたいと思ってるんです。
―あくまで物事を前進させる力になってほしいと。
Serph:ルネサンスじゃないですけど、人間回帰というか、人間の心に戻るような音楽であってほしいと思っています。現代の機材や技術によって、カオスの中に解き放たれるのではなくて、ハートに戻ってくる、人間としてまた目覚め直すみたいな、そういうのが好きなんですよね。
―ファンタジーの世界から、より現実と密接に結びついた音楽に変わってきたという言い方もできそうですね。
Serph:Serphがユースカルチャーじゃなくなってきたというか、人生を中長期的に見るようになって、最終的に帰るところを大事にしつつ、その上で遊びを見せるみたいな感じになってきた気がします。ただ、ロバート・グラスパーの“I Stand Alone”でも言ってますけど、自分を表現したり、メッセージを発信することが今の時代は難しくなってきていて、ラップにしてもただのスタイルというか、その場しのぎの単なる遊びになってきてしまっていると思うんです。
―その傾向は日本にも確実にありますよね。
Serph:日本だと「同調圧力」っていう言葉をよく聞きますけど、今の若い人は強烈な自分ってものを感じたり、表現したりすることが難しくなってきてて、だから濃いものが生まれにくくなってるんだと思います。でも、アーティストとしては、強烈なエゴじゃないですけど、「俺はこれだけいろんなものを見てきて、聴いてきたんだ」っていうのを、濃密に描きたいんですよね。
―最近20代の若いミュージシャンとはよく「エスケーピズム」について話すんですけど、それはまさに同調圧力が強まっていることの裏返しだと思うんですね。ただ、30代以上のミュージシャンはより現実に即した音楽を作るようになっていて、例えば、労働歌を現代的な方法で鳴らしたり、そういう方向に向かっているように感じます。
Serph:ちゃんと実用性のある音楽が欲しいんですよ。逸脱とか夢を見るっていうことが、どんどん具体的なものに収れんしていくというか、日常の苦楽を音楽に刻み込むような感覚っていうのはすごくありますね。
今って「機材」が音楽の主役になってる時代だけど、やっぱり音楽は作り手の「アイデア」が踊ったり跳ねたりするのが一番面白いんだよっていうのを示したかった。
―『Hyperion Suites』というタイトルは、「所在が誰にも知らされていない謎めいたところにある、ハイペリオンという世界で一番大きな木」をイメージしてつけられたそうですが、このネーミングの理由もここまでの話と関連していますか?
Serph:存在感はすごくあるんだけど、謎に包まれているっていうのが、今のSerphとリンクするんじゃないかっていうのがありつつ、今はある意味、巨木になれない、なりづらい世の中だと思うんです。でもそうじゃなくて、強烈な存在感を出していこう、出していきたいっていうメッセージですね。
―同調圧力に屈せずに、自分を表現して巨木になろうと。
Serph:音楽家としてはそういうものに縛られないでいたいし、縛られない存在であるべきだっていう風に思います。シーンとかコミュニティーの中で完結するものではなくて、もっと個人としての、一人の人間としての記憶や感情の爆発を、前人たちが積み上げてきた音楽を使いながら、それをさらに高めていくことが大事なんじゃないかと思うんです。単に混沌の中に解き放って、カオスにするんじゃなくて。
―そのためのインスピレーション源が1960~70年代のジャズであり、具体的には、スタンリー・カウエル(1941年アメリカ生まれのジャズピアニスト)のようなピアニストだったと。
Serph:スタンリー・カウエルは最初ラジオで知ったんです。廃盤になっていた『Musa: Ancestral Streams』ってアルバムが再発されたタイミングで、ゴンチチのチチ松村さんがラジオで紹介してて、「これはすごい!」ってびっくりした記憶があります。そのアルバムはもう20年ぐらい聴き続けてますね。あと今回は1960年代のモータウンのバラードからも、コード感とかで影響を受けてます。
―どんどんルーツに回帰してるとも言えそうですね。
Serph:それはありますね。今って個人のアイデアが生きるというよりは、機材の方が主役になってる部分があると思うので、それに対して、やっぱり音楽は作り手のアイデアが踊ったり跳ねたりするのが一番面白いんだよっていうのを示したかったんです。
―今ってその機材を使ってどんな音色を作り出すかによって、いい悪いが決められてしまう部分がありますもんね。
Serph:そうなんですよ。それによってキャラクターとかスタイルが確立されて、「あの人はすごい」みたいな評価になるのって、ちょっと違うなって思うんです。だから、ある意味で僕は古臭いんですよ(笑)。ジャズとかソウルとか、やっぱり昔の音楽が好きなんです。クラシックももちろんそうだし。
音楽っていうのは、資源を消費したり、搾取したりしないでも、新しいものを生み出す力を持っている。表現っていうのは、きっとそういうものだと思うんです。
―でも、今回改めてそこに向かったのは、現代の空気感を反映しようとしたからこそだと思うんですよね。
Serph:1960~70年代のアメリカみたいな状況が、今の日本にあるんじゃないかなっていうのは思います。格差もあるし、貧困もあるけど、チャンスもすごくある。競争社会ともまた違うけど……なんていうか、ギラギラしてる感じ。残念なのは、音楽をやる人が起業する人以上にギラギラしててほしいんだけど、そうでもなかったりするんですよ。やっぱり、音楽界隈に強烈な個人が少なくなってますよね。
―強烈な個性を発している表現者も少なからずいるとは思うんですけど、そうではない人との差がどんどん開いて行っているような気がします。
Serph:群れて我を出さない人と、孤独になってもいいから、自分の力をちゃんと発揮しようとする人に分かれてますよね。人は死ぬときは1人ですけど、あの世で神に対する申し開きをするときに、自分はこれだけのことを望んで、行動して、描いてきたんだって正々堂々申し開きするのと、調和を乱さないために自分を抑え込んできたんだって弁解するのとは違いますよね。一体どちらが誠実なのか。調和を乱す欲望って悪いイメージのある言葉かもしれないですけど、いろんなものを作り出す原動力でもあるんですよ。
―確かにそうですね。
Serph:資源や人口の問題を考えたときに、ものを作っていたずらに資源を消費することは悪になる。でも音楽っていうのは、資源を消費したり、搾取したりしないでも、新しいものを生み出す力を持っている。表現っていうのは、きっとそういうものだと思うんです。それなのに、そんな表現の世界ですら、今は横並びが多くなってきている。これは寂しいなって思いますよ。まったりして、ニコニコしてるけど、なんか元気ねえなって。
―そういう時代だからこそ巨木を、強烈な個を描いたのが、『Hyperion Suites』という作品だと。
Serph:そういうことですね。ちょっとギラつかせてみたんです(笑)。
―アルバムの長さが70分を超えてるのも、そのギラつきの表れ?
Serph:まだまだ出し足りないですよ。今まではアルバムとしてのまとまりを重視してたんですけど、もうそれじゃあ効かなくなってきたんです。そこはあくなき欲求というか、やっぱり「音楽はもっともっとすごいもののはずだ」っていう思いがあるんですよね。
今って、絶食系男子とかも言われてるじゃないですか? そうじゃなくて、生き物として、情と熱の両方をちゃんと働かせることが必要なんじゃないかと思います。
―今回の『Hyperion Suites』で、ここまで話していただいたような思いが特に強く投影された曲を挙げるとすれば、どれになりますか?
Serph:“alcyone”ですね。作曲としてすごく新しいことができたと思うし、ソウルっぽさも自分なりに出せたかなって。この曲を作ってた頃に、『Our Vinyl Weighs A Ton』っていう、Stones Throw Records(ロサンゼルスのインディーレーベルで、MadlibやJ Dillaなどの音源をリリース)のドキュメンタリー映画を見てたんです。その中にJ Dilla(2006年に32歳という若さで亡くなったトラックメーカー)の死ぬ間際の姿が映ってて、すごく伝説的な仕事をした人だけど、若くして亡くなってしまう、その荘厳さみたいなものが映像から垣間見えて、それにすごくインスパイアされました。
―J Dillaは言ってみれば、1990年代後半から2000年代前半のアメリカの音楽シーンにおけるもっとも謎めいた巨木と言えますよね。Serphさんから見たJ Dillaの魅力とは?
Serph:ある意味、究極のダメ人間だと思うんですよね。でも、それだからすごい音楽が鳴らせたんだとも思うんです。僕は、どん底で、恥も外聞も捨てた状態で、「でも、これだけはやるんだ」っていう感覚を出したかった。だから、この曲はJ Dillaに捧げるような感覚で作ったんです。
―もちろん、J Dillaからは音楽的な影響も強く受けているわけですよね?
Serph:サンプリングミュージックのマスターですよね。よくわからないロックバンドをディグ(サンプリングネタを見つけ出すこと)して、そのキャッチーなところを使って、すごくソウルフルな曲に仕上げることができる。つまり、偶然見つけたものに対して形を与える、その瞬発力みたいな面で、すごく影響を受けています。あと、すごく物悲しい、せつないループフレーズがたまにあるので、それも影響を受けているかもしれないです。
―サンプリングに関しては、今まで以上にボイスサンプルが多用されていますが、これはどんな狙いがあったのでしょうか?
Serph:今までメロディーを鳴らすのに、フルート、ピアノ、チャイムとか、いろんな音色を使ってきましたけど、やっぱり声が一番強烈に響くなっていうのがありつつ、機械が歌ってる感じを出したかったのもあります。昔、竹村延和さんが、重病で口を動かせない方がキーを打って会話するためのマシン(スピーチシンセ)を使って歌ものを作っていて、その感じをやってみたいと思ったんです。生声しか使ってないんですけど、それでも機械的なプログラミングに基づいてメロディーを歌う風にしてます。歌ものはN-qia(SerphとボーカリストのNozomiによるユニット)でもやってますけど、歌ものとしてのSerphっていうのも出しておきたかったんですよね。
―アルバムタイトルの「Hyperion」というワードは、何がモチーフになっているのでしょうか?
Serph:巨木の名前(アメリカのレッドウッド国立公園にある世界一高い木だが、正確な位置は明らかにされていない)であり、SF小説のタイトル(アメリカのSF作家、ダン・シモンズが1989年に発表)でもあります。「Hyper」っていう単語が入ってることが気に入ってて、いつか使いたいと思ってたんですよね。
―ジャケットに描かれた河野愛さんによるキャラクターも、木がモチーフになっていますね。
Serph:エル・キュリオットっていうメキシコ出身のグラフィティのアーティストがいるんですけど、その人の作品がすごく今を表していると思って、それを参考に河野さんに仕上げてもらった感じです。その人の描くものは、いつも一体のキャラクターの中に地球で起こっていることのすべてが凝縮されているようなデザインになっていて、それを見たときは「やってくれたな」って思いました(笑)。
Serph『Hyperion Suites』インナースリーブより
―個の強さも表れてるし、なおかつ、それが世界ともつながっていることを示していると。
Serph:ミクロコスモス(小宇宙)ってことですよね。東京って、テクノロジーもすごいし、情報量も半端なくて、でも少子化で老人ばっかりみたいなところも含め、ホント今の地球が凝縮されてるなって思うんです。キュリオットのグラフィティを見て、それをすごく感じたんですよね。
―では最後に、そんな東京で日々の生活を送るSerphさんから見て、音楽がかつてのような力を取り戻し、いい意味で人々がギラギラした生き方をできるようになるには、今何が一番必要だと思いますか?
Serph:うーん……情熱じゃないですかね。今って、絶食系男子とかも言われてるじゃないですか? そうじゃなくて、生き物として、情と熱の両方をちゃんと働かせることが必要なんじゃないかと思います。
- リリース情報
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- Serph
『Hyperion Suites』(CD) -
2015年4月15日(水)発売
価格:2,376円(税込)
noble / NBL-2141. hymn
2. walkin
3. monsoon
4. happy turner
5. wireless
6. analogica
7. alcyone
8. sad roboto
9. soul for toys
10. hyperion
11. blood music
12. skyrim
13. nous
- Serph
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- Serph×河野愛
『MYTHOPOEIA』(BOOK+CD) -
2015年4月5日(日)からnobleオフィシャルサイトで先行販売、4月15日(水)から一般発売
価格:3,240円(税込)
NBLB-001[CD]
1. sanpo
2. twiste (CMI mix)
3. yeh
4. prism
5. asterium
6. scenery
7. kaze
8. step
9. chamber (CMI mix)
10. flowers
11. coconuts cake
※1000部限定生産、シリアルナンバー入り
※アートブックはハードカバー仕様カラー40ページ
- Serph×河野愛
- プロフィール
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- Serph (さーふ)
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東京在住の男性によるソロ・プロジェクト。2009年7月にピアノと作曲を始めてわずか3年で完成させた1stアルバムを発表。以降、コンスタントに作品をリリースしている。2014年1月には、自身初となるライブ・パフォーマンスを単独公演にて開催し、満員御礼のリキッドルームで見事に成功させた。2015年4月15日には5thアルバム『Hyperion Suites』と河野愛とのコラボレーション・アートブック『MYTHOPOEIA』を同時発売する。より先鋭的でダンスミュージックに特化した別プロジェクトReliqや、ボーカリストNozomiとのユニットN-qiaのトラックメーカーとしても活動している。
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