村上春樹でもなく、ジョージ・オーウェルでもなく、ただ単にメンバーの生まれた年に由来している『1984』という1枚のアルバムを聴いて、僕はtioという4ピースバンドのことが大好きになってしまった。たまに顔を見ただけで、「こいつ絶対にいいヤツ!」と思う人がいるけれど、tioのサウンドにはそのような魅力ある人間性が溢れているのだ。彼らの音楽に歌や言葉はない。しかしそのサウンドは言葉以上に、饒舌に感情の機微や心象風景を豊かに表現する。詩情に溢れたメロディーがあり、瑞々しい感性の揺らぎがあり、躍動感のあるリズムがある。そしてとても人懐っこい。ギター、スティールパン、ベース、ドラムという編成から、驚くほど多彩で表情豊かな楽曲が生まれてくる。
彼らは地元である三重県の四日市市を拠点にしており、普段は仕事をしながら、バンド活動を続けている。現在はNabowaなどが所属する京都のレーベル「bud music」に所属し、『1984』は通算4枚目のアルバムとなる。収録されている楽曲は、どれもリード曲になり得る強度のあるものばかりだ。女性誌『マリソル』のテレビCMに起用された“RUN RUN RUN”は、明るくて元気が湧いてくるキャッチーな楽曲だが、先行で公開された“ungraspable”は、ダークでエモーショナルな楽曲に仕上がっている。tioの四人は、自分たちの暮らしに根ざした音楽活動を続けているからこそ、その明暗を音で描く必要があった。この素晴らしき『1984』について、メンバーが語ってくれた。
きっと何かを変えたかったんだろうね。1回バンドをやめたけれども、楽しかった感覚は残っていて、またやってみたいという時に、何か新しいことをやりたいなって。(水谷)
―みなさんは四日市市を拠点に活動されているんですよね?
下田(Ba):はい。四日市というと、海沿いの大きな工業地帯をイメージすると思うんですけれど、少し離れると、田んぼや山もあって、人工的なものと自然が同居している町なんです。僕たちが住んでいるのは、田園のほうですが。
―みなさんご近所同士なんですか?
水谷(Gt,Pan):そうですね。僕とドラムのユースケマン(伊藤)は幼馴染で、もう20年くらいの付き合いになるんです。そして新美と下田は、隣町の幼馴染。
―tioとしてバンドを結成したのは、7年前ですよね? 幼馴染の四人が、どういうきっかけで結成に至ったのでしょう?
新美(Ag):僕と下田は、高校の時に同じ寿司屋でバイトをしていて、その時から一緒にハードコアのバンドをやっていました。
―お寿司屋さんで働きながらハードコアですか!(笑) しかも、いまの音楽性とはずいぶんかけ離れたバンドをやられてたんですね。
下田:僕はニューヨークのハードコアが好きだったんですけれど、新美はもっとメタリックなテイストのものが好きで。Converge(アメリカ・マサチューセッツ州で結成されたハードコアバンド)とかに代表されるカオティックハードコア系のサウンドを目指していたんですけれど……。
新美:だんだんバンドの音楽性が迷走してしまって、他のメンバーから「もうついていけない」って言われてしまう始末で。そのバンドを諦めてからはしばらくバンドから離れていたんです。でも、2、3年経ったらまた音楽がやりたくなって、やるならこれまでとは違うジャンルの音楽をやりたいなと思って。
―水谷さんと伊藤さんも、tioを組む前にそれぞれバンドをやっていたんですか?
水谷:僕は、バンドは10代の頃にユースケマンとやっただけで、そのあとはDJに夢中でした。最初はハウスから入ったんですけど、クボタタケシさんに影響を受けて、だんだん色々なジャンルを取り入れていくようになりましたね。
伊藤(Dr):僕は大学の軽音部でバンドをやっていたんですけど、卒業と同時にそのバンドが解散することになって。ちょうどそのタイミングで4、5年ぶりにまーくん(水谷)と連絡をとったら、「スタジオで遊ぼうよ」って話になって。
―昔からの知り合いだったけど、バラバラに活動していたみんなが音楽を通して集まったんですね。なぜインストをやろうと思ったんですか?
下田: 四人ともボーカル経験がなかったから(笑)。
―ボーカル経験のある人を入れるという選択肢もあったと思うのですが。
新美:前にやっていたハードコアのバンドは、だんだん楽しめなくなってしまっていたから、今度は楽しくやりたいって気持ちがすごくあって。四人にできないことは無理してやらなくていいかなって。
下田:歳を重ねて、自分の好きな音楽も変化してきて。20代前半くらいまでは激しいラウドな音楽が好きだったけれど、だんだんインストが面白くなってきたんですよね。
新美:そうやね。ハードコアのバンドをやっている頃は他のジャンルなんて興味がなかったけど、バンドが解散したあとは吹っ切れたというか。toeとかSPECIAL OTHERSのようなインストのバンドに刺激を受けていた時期でした。それまで頑なになっていた反動で、いろんな音楽を楽しめるようになっていたので、そういう気持ちを大事にしたかったんです。
水谷:きっと何かを変えたかったんだろうね。1回バンドをやめたけれども、楽しかった感覚は残っていて、またやってみたいなっていう時に、何か新しいことをやりたいなって。
いまFacebookやTwitterで発信することは重要だけど、そこから何を得て、何を失っているのか、その結果を検証するためにはまだしばらく時間がかかると思うんですよね。(伊藤)
―tioの音楽を聴いていて感じたのは、自分たちのライフスタイルや日常に対する愛情がそのまま音になっているというか。そういう意識はありますか?
下田:ありますね。まさに日常をノートする感覚から曲が生まれてくるので、そうやって感じてもらえると嬉しいです。
水谷:日常であったり、生活の中から生まれる音楽というのをずっと大事にしてきました。変な言い方かもしれないけれど、音楽の前にそれぞれの生活がある。みんなそこを大事にしているからこそ、地元の三重県から離れずに、それぞれ仕事をしながらバンドを続けているというか。
―『1984』は軽快で明るい曲もありますが、“ungraspable”のようにダークというか、激しく感情を揺さぶるような曲もありますよね。
水谷:はい。毎日の生活の中には、どうにもならないことや悲しいこともあるわけで、そうした感情も無視せずに音に込めたいと思って。新美くんは結成以来ずっとアコギを弾いてきたんですけど、この曲で初めてエレキを使いました。エレキを歪ませた音色って、tioには向かないかなって思っていたけれど、この曲で自分たちの殻を壊せたような気がします。
―いまお話にでてきた、どうにもならないことというのは、社会的なことでしょうか、それとももっとパーソナルなことでしょうか?
水谷:どちらかと言うと、日々の生活の中でのことが多いと思います。でもそれも結局、世の中のさまざまな事象に結び付いていることなので、社会と無関係ではないんですけどね。アルバムのタイトル『1984』は、僕たちの生まれた年なんですけれど、この歳になってバンドを長く続けていこうとすると、色々簡単ではないこともあって。
―1984年生まれのみなさんが感じているいまの時代に対しての雑感って、どういうものでしょう?
下田:次の10年なんてまったく想像ができない時代ですよね。テクノロジーや情報の進化や更新のスピードがあまりに早すぎる。スマホだったり、タブレットだったり、20歳の頃には考えられなかったものが次々と生まれて、2、3年でまったく別の次元になっていたりしますよね。僕はパソコンとかに疎いので、余計にそう感じるのかもしれないですけれど(笑)。
水谷:僕も全然ついていけてない。
伊藤:俺も(笑)。
新美:全員(笑)。完全にアナログ思考のバンドですね。
―その感じはサウンドにも出ているような気がします(笑)。みなさんにとって、いまは生きにくい時代だと感じるところもあったからこそ、“ungraspable”のような曲も生まれたと。
水谷:明るい時代ではないような気がします。情報があり過ぎて、しかもそのソースがとても不明瞭だったりするので、自分たちが情報を読み解くための力を身につけないといけない。中にはそうしたことに危機感を持たずに、情報を鵜呑みにしている人たちもいるわけで。つまり情報やテクノロジーを、人間がコントロールできていないというか。そうしたことに怖さを感じます。でも、下を向いたり、部屋に閉じこもるよりは、明るく生きたいですよね。
―そうした前向きな気持ちもたっぷり楽曲に出ていますよね。
水谷:そうですね。重くて暗いだけにはしたくないですから。
伊藤:例えばバンドの活動にしても、いまFacebookやTwitterで発信することは重要だけど、そこから何を得て、何を失っているのか、その結果を検証するためにはまだしばらく時間がかかると思うんですよね。便利になっている一方で、人と会う時間や手間が減っている。昔なら電話をかけたり、会いに行ったりしていたのが、いまはメールやLINEで済んでしまうのは、やはり失っているものもあると思う。
―具体的にはどんなものが失われていると思いますか?
伊藤:例えばいまの宅急便ってめちゃめちゃ早いじゃないですか。昔なら2、3日待たなくてはいけなくて、その間にワクワクしたり、色々なことを想像したりしていた。便利になったり、時間が短縮されたりすることで、想像力や、感情の機微のようなものが失われているんじゃないかって思いますね。怖いのは、どこかでさらなる速さを求めてしまうことですね。僕自身がすでに「もっと早く荷物が届かないかな」って思うことがあるくらいで。
水谷:いいこと言ってる(笑)。僕もそう思いますね。便利さを求める一方で、そこで失ってはいけないものもあるような気がして。自分たちもそうした時代の中で流されそうになったり、便利さを求めたりしがちだけど、失ってはいけないものにこだわっているような気がする。人の温もりとか、人間性がちゃんと伝わる音楽を作りたいですね。
インストでなくてはいけないというこだわりはまったくない。(水谷)
―アルバムのお話に戻しますが、“4日のマーケット feat.ロボ宙”という曲にロボ宙さんが参加していますね。唯一、今作で歌詞が入っている曲になります。
下田:地元で毎月4日に『四日の市』という、飲食店だったり、フリマだったり、色々なお店が出ているイベントがあるんですけれど。そこでライブをさせてもらったことがあって、その時にロボ宙さんとご一緒させていただいたんです。そのご縁でこの曲を一緒に作らせてもらいました。
―『四日の市』の風景が見えてくる曲だと思いました。今後もラッパーやボーカリストを迎えて、曲を作ったりライブをやったりする可能性はありそうですか?
水谷:機会があればぜひやりたいですね。インストでなくてはいけないというこだわりはまったくないので。
―スティールパンの演奏も印象的でした。tioのアコースティックなサウンドにすごくハマりますよね。
水谷:はい。電気を使わない強さってありますよね。エレキギターは電気がなかったらどうにもならないけれど、スティールパンはそれ自体から音が出る。楽器さえ持っていけば、どこでも誰でも演奏ができるのがいいですよね。
―ロボ宙さんの参加だったり、スティールパンやギターのディストーションだったり、『1984』ではtioとしての新たな試みがたくさんありますね。
新美:そうですね。長く続けていると、だんだん自分たちでも「tioってこういう感じだよね」ってイメージができてきて、知らないうちにそれにとらわれていたりする。今回はそうした「自分たちらしさ」の殻を壊したかったんです。逆説的ですけれど、それでも自分たちらしさは失われないんじゃないかなと思って。
(四日市市から)離れる理由がないですね。音楽を作る環境としても、自分たちに合っていると思います。(下田)
―改めて地元を拠点に活動している理由についても教えていただきたいです。
下田:離れる理由がないですね。やっぱり生活や日常から生まれたものを音にしたいので、音楽を作る環境としても、自分たちに合っていると思います。
水谷:みんな仕事をしていて、それぞれの暮らしがあるというのが大前提なので、まずはそれを大事にしたいんですよね。そこを崩したくないし、崩れるのであれば、バンドは諦めるしかないのかなって。それぞれの暮らしを維持しつつ、ちゃんと音楽活動をやっていきたいと思っています。そういう意味では、暮らしを大事にできるのであれば、三重にこだわる必要はないのかも。
下田:まあ、四日市って日本の真ん中らへんなので、他の都道府県にライブをしに行くにも、どこでも日帰りで行けて便利なんですよね(笑)。
―なるほど!
下田:あと都内の貸しスタジオに比べたらスタジオ代もかなり安いから、時間をかけて制作できるのも地方の利点だと思います。
―現在、四日市に音楽シーンはあるんでしょうか?
水谷:四日市にはもともと「ガソリン」という伝説的なガレージバンドがいて、彼らの流れでガレージのシーンが広がって、そのあとハードコアやロックンロールのバンドが生まれてきました。そうしたシーンはいまの若手にもしっかり受け継がれていると思いますね。ただ、僕たちはそうしたシーンと離れたところにいて……結構、孤立してると思います(笑)。
下田:僕たちは地元のライブハウスに出演したことがほとんどなくて。カフェとかでライブやらせてもらいながら続けてきたんです。
水谷:ライブハウスよりも、むしろDJの人たちと一緒にやることのほうが多かったかもしれない。四日市市にはクラブもいくつかあるんですよ。カフェ自体もたくさんありますし、アナログ盤を置いているようなレコード屋さんとか、昔からやっているジャズとか歌謡曲のお店とかもありますし、意外と工業地帯や田園だけじゃなくて色々なカルチャーがあります。
―四日市市は、県庁所在地の津市よりも人口的には多いですもんね。
新美:大きな工業地帯があるので、仕事があるんですよね。地方から働きにきている人も多いし、外国人も多い。だから極端に不景気になることがないみたいです。それで町が比較的に元気なのかもしれない。
工業地帯だから別に海がきれいでもないし、むしろよどんでますけれど、ツアーとかから帰ってきて、そのよどんだ海を見るとほっとする感じがある。(伊藤)
―最後にそんな四日市市のご当地自慢を教えてください(笑)。
伊藤:やっぱりコンビナートの夜景(笑)。
下田:車で国道23号線を走っていると、名古屋港くらいからずっと一面に工業地帯のランドスケープが見えるんですけれど、県外から来た人はみんな結構感動してくれます。
伊藤:僕らはまた別にええ場所を知ってるからな。
水谷:え、そうなの?
伊藤:暇な時とか黄昏に行く場所、あるでしょ? え、ないの?
水谷:ない(笑)。
伊藤:工業地帯だから別に海がきれいでもないし、むしろよどんでますけれど、ツアーとかから帰ってきて、そのよどんだ海を見るとほっとする感じがあるというか。俺はよく黄昏に行っとるよ(笑)。
下田:たしかにね。東京から帰ってくる時に伊勢湾岸高速から工業地帯が見えてくると、「帰ってきた」って感じるな。
伊藤:そやろ。あの独特の磯の香りを嗅ぐと、「帰ってきたなあ」って思う。
新美:まとめると、『1984』にはそんな三重から発信しているぞという気持ちも込めたかったということです(笑)。地元で暮らしながら生まれてくる音を多くの人に聴いてもらいですね。
水谷:“ungraspable”のPVも、バンド結成当時にいつも練習していた場所で撮っているんです。そこには工業地帯も映ってます。夜から朝にかけての時間で撮影をしたんですけれど、すごく綺麗な色で撮れているので、ぜひ見て欲しいですね。
- リリース情報
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- tio
『1984』(CD) -
2015年5月27日(水)発売
価格:2,400円(税込)
bud music, inc. / SPACE SHOWER MUSIC / DQC-14901. ROLL
2. umpire
3. ungraspable
4. W+D
5. meiro
6. RUN RUN RUN
7. 一週間
8. 冬の終わりに
9. 4日のマーケット feat.ロボ宙
10. cycle
11. 明日は晴れるから
12. Re:turn
- tio
- イベント情報
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- 『1984 Release Tour』
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2015年5月29日(金)
会場:石川県 金沢 puddle/social2015年5月30日(土)
会場:大阪府 タワーレコード難波店(インストアライブ)2015年5月31日(日)
会場:京都府 Live House nano2015年6月6日(土)
会場:愛知県 名古屋 JAMMIN'2015年6月14日(日)
会場:東京都 渋谷 LOOP annex2015年6月26日(金)
会場:香川県 KITOKURAS2015年6月27日(土)
会場:広島県 尾道 JOHN Burger & Cafe2015年7月5日(日)
会場:長野県 伊那 GRAMHOUSE『Free Shelter 2015』
2015年7月12日(日)
会場:岡山県 蔭凉寺2015年7月14日(火)
会場:長崎県 CAFE HOOMEE2015年7月18日(土)、7月19日(日)
会場:静岡県 ハートランド朝霧2015年8月8日(土)
会場:群馬県 Club JAMMERS2015年8月9日(日)
会場:愛知県 名古屋 TOKUZO
- プロフィール
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- tio (てぃお)
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三重発4ピース・インストゥルメンタル・バンド。2008年、水谷真大(Gt,Pan)、新美耕介(AGt)、下田貢(Ba)、 伊藤祐介(Dr)にて結成。2013年夏よりNabowa、jizueなどが所属する京都のレーベル、bud musicに所属し、2014年1月にフルアルバム『toitoitoi』、11月にシングル『ROLL』をリリース。初の全国ツアーを行い、『Natural High!』『GO OUT CAMP』などの野外フェスにも出演。2015年5月27日(水)にはニューアルバム『1984』をリリースする。
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