中谷美紀・神野三鈴という二人の女優によって、パルコ劇場を始め、全国で上演される舞台『メアリー・ステュアート』のクレジットをよく見ると、サウンドデザインとして「内田学」という名前がある。思わず見過ごしてしまいそうな何の変哲もない名前だが、彼のソロプロジェクト名が「Why Sheep?」であるということを知れば、驚く人は少なくないだろう。エクスペリメンタルなサウンドで国際的に評価を受けるWhy Sheep?や、サウンドアートプロジェクト「枯山水サラウンディング」など多岐にわたる活動をする内田が、今回実名で挑戦する舞台が『メアリー・ステュアート』なのだ。
ルネサンス期のイギリスを舞台にした同作品にリュート奏者らとともに挑む内田は、いったいこの世界観をどのようなサウンドで彩るのだろうか? 昨年、Chim↑Pomにインスパイアされた作品を突然リリースするなど、いまだ謎も多いミュージシャンとの対話は、総合芸術である演劇における音楽のあり方へ、そして音楽と人との関係の話へと発展していった……。
僕はジョン・ケージからの流れでミニマルミュージックに辿り着き、そこから「サウンドスケープ」という概念に影響を受け、ハウス、エレクトロニカに辿り着いた人間なんです。
―内田さんは、Why Sheep?としてデビューから20年近いキャリアがあるにも関わらず、3枚のアルバムしかリリースしていない謎めいたアーティストでもあります。普段はどのような活動をされているのでしょうか?
内田:Why Sheep?の他には、枯山水サラウンディングという、サウンドアート / インスタレーションを制作するプロジェクトでクリエイティブディレクターを務めたり、あとは映画のサントラなど、いずれも音に関わる仕事をしています。
―細野晴臣さんのアシスタントをされていたこともあったとか?
内田:大昔ですけどね。駆け出しの頃にスタジオ作業だけ手伝わせてもらいました。「この線をあっちにつないで」とか教えてもらいながら。ああ、こうやってスタジオ作業が進んでいくのかって、勉強させてもらいました。
―枯山水サラウンディングのウェブサイトで過去のプロジェクトを拝見しましたが、公共施設からアートプロジェクトまで、Why Sheep?のイメージに留まらない、かなり幅広い分野で音楽制作をされている印象でした。
内田:僕はもともと現代音楽を勉強していて、ジョン・ケージからの流れでミニマルミュージックに辿り着き、そこからレーモンド・マリー・シェーファー(カナダを代表する現代音楽の作曲家)が提唱した「サウンドスケープ」という概念に影響を受け、ハウス、エレクトロニカに辿り着いた人間なんです。だから、一応は全部つながっているんですけどね(笑)。
―サウンドスケープは、日常の環境にある「音の風景」に注目し、デザインすることを目指したものですね。
内田:同じ現代音楽でも、スティーブ・ライヒはあくまで「音楽」ですが、ジョン・ケージからサウンドスケープまでの流れは、旧来の音楽というより禅の思想に近い気がします。そこに興味があって枯山水サラウンディングを始めたというのもあります。
枯山水サラウンディング『蟲聴きの会 2013(奉納編)』
―東洋的な要素を取り入れた音楽、ということでしょうか?
内田:西洋音楽をベースに生まれた現代音楽は、基本的に鍵盤、ドレミの世界でした。そこに無調音楽という不協和音の音楽が流行ったり、ジョン・ケージが禅の思想を持ち込んだり、それ以降はなんでもあり。ジョン・ケージからミニマルを経て、サウンドスケープ、ハウス、エレクトロニカにつながったのも変な話じゃないんです。スティーヴ・ライヒの“Come Out”は、テープを同時再生することで音をずらしていくミニマルミュージックですが、それはコンセプトとオープンリールというテクノロジーが偶然出会ったことで実現した。ハウスもサンプラーによって音楽が楽器の音から開放されることで生まれましたが、それはサウンドスケープが日常の環境音に注目したのとつながります。ジョン・ケージだって同時代にサンプラーに出会っていれば、エレクトロニカをやっていたんじゃないかな。
―あくまでも、テクノロジーと文化は切り離せないわけですね。枯山水サラウンディングでもいろんなテクノロジーを駆使して、自然環境音をテーマにしたインスタレーションを制作されています。
内田:『多摩川アートラインプロジェクト』では、「多摩川」やその流域で古代から続いてきた人の営み、古墳群などをテーマにしたインスタレーションを制作しました。水源である山梨県の笠取山まで最初の1滴の音をフィールドレコーディングしに行って、逆に河口流域である羽田空港のあたりでは波の音をサンプリング。その間の渓流の音も録ってミックスした「音による多摩川」を、東急多摩川駅に設置したインタラクティブサラウンドシステムで表現したり。その続編にあたる作品を大田区役所のロビーに設置したり。残念ながら今はもう聴けないんですが、そんなことばかりやっていたので、Why Sheep?のアルバムが出なかったんです(笑)。
舞台音楽では、舞踏で培った即興の経験値を役立てようと考えています。そういう意味ではジャズに似ているかもしれませんね。
―そんな内田さんが、6月から上演される中谷美紀・神野三鈴主演の舞台『メアリー・ステュアート』のサウンドデザインに関わっているのは、とても意外で驚きました。クレジットも本名の「内田学」になっていて、Why Sheep?や、枯山水サラウンディングではありませんね。
内田:今回は、Why Sheep?でも、枯山水サラウンディングでもそぐわないのではと考えて、内田学として引き受けました。先日出演した「DOMMUNE」もそうでしたが、最近は本名で活動することもあるんですよ。
ダーチャ・マライーニ原作『メアリー・ステュアート』イメージビジュアル
―『メアリー・ステュアート』は、演劇のサウンドデザインですが、これまで舞台を手がけた経験は?
内田:舞踏の吉本大輔さんとインプロビゼーションの公演をするなど、ときどきやっています。吉本さんとは、たまたま近所に住んでいて、トレーニングで2メートルくらいある竹馬でよく歩き回っていらしたので(笑)、こちらは勝手に存じ上げていました。あるとき自動販売機の上に腰掛けて休憩されている下を通りかかったところ、「そこの若いの、降りれないからジュース買ってくれ」って声をかけられたんです。
―衝撃的な出会いですね(笑)。
内田:それをきっかけに話すようになって、稽古場にも遊びに行くようになりました。1回コラボレーションしてみようということで、小さな公演をしたところ大成功。韓国でもその作品を発表するようになり、以降、舞台の音楽制作も手がけるようになっていきました。『メアリー・ステュアート』でも、舞踏で培った即興の経験値を役立てようと考えているんです。具体的には、事前にサウンドを仕込んでおくだけではなく、本番中もライブで即興的にオペレーションを行います。そういう意味ではジャズに似ているかもしれませんね。曲目は決まっていますが、アドリブはその度ごとに違うという要素があるんです。
『メアリー・ステュアート』メアリー・ステュアート役・中谷美紀
―生の舞台ならではの臨場感を楽しめる、と。
内田:映画は、映像に対してミリセカンド単位で音楽を合わせていくことができますが、生で行われる演劇に対して、当然そのように緻密なことはできません。だからこそ、こちらも即興的にリアクションをしていかなければならない。舞台上にはいませんが、後ろで芝居を観ながら舞台の呼吸に合わせて音を紡いでいきます。
イギリス人だけで「本能寺の変」をやっても、NHK大河ドラマのような作品は生まれないように、日本人だからこそできる『メアリー・ステュアート』を作れたらと思っています。
―『メアリー・ステュアート』には、内田さんの他に音楽監督として辻康介さん、リュート奏者として久野幹史さん、笠原雅仁さんの名前もあります。彼らとはどのようにクリエイションを進めていくのでしょうか?
内田:音楽監督の辻康介さんはプロデューサー的な立ち位置で、以前から知り合いでしたが、ちゃんと仕事をするのは今回が初めてです。彼はもともと声楽家でずっとイタリアで暮らしていたので、『メアリー・ステュアート』と同時期のルネサンス音楽のこともよく知っています。さらに二人のリュート奏者が絡むので、クラシカルな部分は大丈夫。ただ、そのままだと古典劇になってしまうので、その可能性を広げるために僕がリュートの生演奏を拾いながらサウンドプロセッシングを施したり、用意した別素材とミックスしたり、アブストラクトな部分を期待されていると思っています。演出上、どこで音を鳴らすかについては決まっている部分がありますが、どのようにその音が響くかは現場での僕の判断に委ねられています。
―今作の演出家であるマックス・ウェブスターは、今イギリスで注目を集める若手演出家ですが、音楽について何か要望されていることはありますか。
内田:まだ稽古に入っていないので、具体的なやりとりは少ないですが、『メアリー・ステュアート』を日本人が上演するというのは、織田信長の物語をイギリス人が上演するようなもの。僕らがいくら歴史的背景を理解したつもりでも、イギリス人と同じ感覚でカトリックとプロテスタントの対立を捉えるのは難しいし、それが面白い部分でもあります。マックスも本国と同じものになるとは考えていないでしょうし、逆にそこで起こる「ハプニング」にも期待しているはずなんです。イギリス人だけで「本能寺の変」をやっても、NHK大河ドラマのような作品は生まれないように、日本人だからこそ生まれる舞台を作り上げていければと思っています。
―音楽的には、どのような「ハプニング」が起こりそうですか?
内田:今、リュート奏者たちと一緒にルネサンス期の音楽を研究しているんです。イギリス、イタリア、フランスなど、国別に譜面を探してきて実際に弾いてみる。ルネサンス期の音楽は、バロック以降のいわゆるクラシック音楽よりもシンプルな様式なんですが、そんな歴史的な検証も積み重ねながら、どのように音楽をデザインして現代に蘇らせていくのかを考えています。
―ルネサンスの音楽を研究しつつ、そこに「日本」や「現代性」というパプニングをぶつける。
内田:難しいけどやりがいはあります。過去を舞台にした作品をそのままやっても面白くないじゃないですか。『メアリー・ステュアート』は女優二人のダイアローグで進行していくシンプルな作品ですが、古典的な要素を踏まえつつ、現代につなげられる要素を引き出したいと考えています。そうでなければ、今の日本で上演する意味がありません。
―この作品から「現代性を導き出す」という場合、さまざまな解釈の可能性を含んでいると思います。たとえば、メアリーという為政者の悲劇とも読み取れるし、女性同士の愛憎の物語とも読み取れる。どのような部分に、現代性への可能性を感じますか?
内田:いわゆる王家の話であり、出産や結婚などの世継ぎ問題がテーマの1つとなっています。エリザベスもメアリーも、ものすごいプレッシャーに晒されているんですね。彼女たちのような女性が置かれた立場、状況という意味では現代に通じる可能性を感じますね。何百年も前の世界を舞台にした話ではありますが、今も女性が置かれる立場はそんなに変わっていないのではないでしょうか。
音楽は印象をサブリミナルに与えることができるメディアです。しっかりと聴かせるのではなく、印象として聴かせることによって、無意識に世界に飲み込むことができるんです。
―内田さんのデザインする音楽は、舞台に対してどのような効果を生み出しそうですか。
内田:たとえば、『メアリー・ステュアート』にはエモーショナルなニュアンスを含んだセリフがたくさんあります。「怒り」や「悲しみ」といった感情は、どれも一様ではなく複雑な色合いを持っている。そういった感情の機微をサウンドでも捉えることで、俳優の演技とも絡み合うような表現ができたらと考えています。
―繊細な感情の襞を表現するために、音楽が鳴らされる。
内田:そうですね。また、特にオーディエンスに対しては、幕が開いてから閉じるまで、完全に『メアリー・ステュアート』の世界観に飲み込みたいと思っています。中世なのか現代なのか、いったいどこにいるのかわからなくなるような感覚を与えたい。音楽はそういった印象をサブリミナルに与えることができるメディアです。しっかりと聴かせるのではなく「あんな感じの音が鳴っていたな……」と印象として聴かせることによって、無意識に世界に飲み込むことができるんです。今回は音自体を聴かせることが目的ではないので、舞台作品の一部としての音楽を目指しています。
―Why Sheep?の作品とはかなり違った音の響き方が楽しめそうですね。
内田:Why Sheep?は、劇場やクラブなど、みんなで聴くという楽しみ方ではなく、1人でじっくりと集中しながら楽しまれる音楽なのかな、と思っています。聴かれ方もまるで異なってくるでしょうね。
―音楽家として、どういった環境で自分の楽曲が聴かれるのかはとても重要だと思いますが、普段からこうやって聴いてほしいというこだわりはあるのでしょうか?
内田:その人なりの楽しみ方でいいと思っています。以前、アニエス・ベーのアートディレクターであるローラン・グナシアさんが女優の寺島しのぶさんにプロポーズしたとき、BGMとしてWhy Sheep?の曲をかけていたそうです。その縁で、彼らの結婚式に流すためのウェディングリミックスを作ったこともありますよ。
―Why Sheep?の曲でプロポーズして、結婚式を挙げるなんて、たしかに思いもよらないシチュエーションですね(笑)。
内田:今回のサウンドデザインは、Why Sheep?の音楽を知っている人であれば、アプローチの差に驚くのではないかと思います。もちろん、音の選び方は僕の生理的なものだし、オペレートはライブアクトを経験値としているので通底する部分はありますが、気兼ねなく自分を主張しまくりのWhy Sheep?とは音の作り方の段階からまるっきり異なっているんです。
―では、逆に、舞台やアルバム制作、あるいはサウンドインスタレーションといった表現手法の違いを越えて共通する、内田さんのベーシックな姿勢というのは何でしょうか?
内田:舞台音楽も、自分のアルバムも、サウンドインスタレーションも、「印象を残したい」という部分は共通していると思います。アルバム1枚を通して聴くことが1つの世界観を体験することであるように、『メアリー・ステュアート』でも、幕が開いてから降りるまで、1つの完成された世界を体験できるものであってほしいんです。また、僕の音楽表現は、常に人と音とのインタラクティビティーがテーマとなっています。今回の舞台であればメアリーやエリザベスなどの俳優と音とのインタラクションであり、劇場にいるオーディエンスと音とのインタラクション。アルバムの制作ならリスナーとのインタラクションであり、枯山水サラウンディングならセンサーを使った来場者とのインタラクション。常に人間を気にして作っているということがあります。
―そういう意味では、内田さんが演劇の音楽を手がけることは、けっして意外ではなく感じますね。お話をしていても、『メアリー・ステュアート』に対する高いテンションが伝わってきます。ということは、やはりWhy Sheep?の新作はまだまだ先になるのでしょうか?
内田:じつは、1996、2003、2014年と枚数を重ねるにつれ、アルバムをリリースする周期がだんだん伸びているんです。これまでにリリースした作品は、映画『スター・ウォーズ』シリーズのように3部作だと考えていて、次回作からはセカンドシーズンが始まる予定なんですが、生きている間に聴けるかな……という感じかもしれません(笑)。
- イベント情報
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- PARCO Production
『メアリー・ステュアート』
フリードリッヒ・シラー作『メアリー・ステュアート』の自由な翻案 -
作:ダーチャ・マライーニ
訳:望月紀子
演出:マックス・ウェブスター
衣装デザイン:ワダエミ
出演:
中谷美紀
神野三鈴東京公演
2015年6月13日(土)~7月5日(日)全26公演
会場:東京都 渋谷 パルコ劇場大阪公演
2015年7月11日(土)、7月12日(日)
会場:大阪府 シアター・ドラマシティ広島公演
2015年7月15日(水)
会場:広島県 アステールプラザ・大ホール名古屋公演
2015年7月18日(土)、7月19日(日)
会場:愛知県 名古屋 ウインクあいち・大ホール新潟公演
2015年7月24日(金)
会場:新潟県 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館福岡公演
2015年7月30日(木)
会場:福岡県 キャナルシティ劇場
- PARCO Production
- リリース情報
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- Why Sheep?
『Real Times』(CD) -
2014年10月8日(水)発売
価格:2,500円(税込)1. Rue Pierre Leroux
2. Radiation #1
3. 11th (Away From The Borders, Close To The Borderless)
4. Radiation #2
5. Somewhere At Christmas
6. Grum Sai Grum
7. On My Answering Machine
8. relativisme extreme
9. Mandarake
10. Empathy
11. Senga(Empathy Reprise)
- Why Sheep?
- プロフィール
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- 内田学 (うちだ がく)
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1996年にWhy Sheep?の1stアルバム『sampling concerto no.1 “the vanishing sun” op.138』をリリースし、国内外のメディアで大きな反響を呼ぶ。その後、世界各国を放浪後2003年に2ndアルバム『The Myth And i』が日、欧、米と世界発売される。国内外での公演を精力的にこなす一方、数々のリミックスや映画のサントラ、プロデュース等を手がける。2007年には、音を禅の作庭術になぞらえたサウンドアートプロジェクト「枯山水サラウンディング」を立ち上げクリエイティブディレクターを務める。2014年、UAや海外のアーティストが参加した集大成ともいえる3rdアルバム『Real Times』をリリース。
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