ロボット工学者の石黒浩と劇作家の平田オリザが手がけたアンドロイド演劇『さようなら』。この作品は単に「人間とアンドロイドが共演している」といった見せ物的な内容ではない。死へと向かう女性と死なないアンドロイドの複雑な関係性を通じて、人間存在の意義を観客に問う、哲学的な思考の場だった。
大きな話題を呼んだこの舞台がこの度映画化され、間もなく公開される。監督は、平田オリザ率いる青年団の演出部に所属する深田晃司。主演は、演劇版にも登場したアンドロイド、ジェミノイドF。『ナント三大陸映画祭』グランプリを受賞した『ほとりの朔子』で話題を呼んだ異色の映像作家は、なぜアンドロイド演劇を映画にしようと思ったのか? 師匠と弟子の関係でもある、平田と深田を招き、アンドロイド演劇 / 映画の可能性を訊いた。
「人間とアンドロイドの違いって何だろう?」という疑問や問いかけを作品の軸にしたかったんです。(深田)
―深田監督は、アンドロイド演劇『さようなら』を、なぜ映画化されようと思ったのでしょうか?
深田:2010年に『フェスティバル/トーキョー』という演劇祭で舞台を見て、すぐさま「映画化したい!」と思ったんです。それで翌年、オリザさんに「映画にしてもいいですか?」とお願いしたら、その場で「いいよ」と許可をもらいまして。
―あっさりと(笑)。深田監督は平田さん率いる青年団の演出部に所属してらっしゃいますもんね。
平田:僕は劇作家ですから、「戯曲を使わせてほしい」というオファーは日常茶飯事的で来ます。それには基本的に、全部OKすることにしていて、深田くんに「映画にしたい」と言われたときも同じ対応でした。
深田:なぜ『さようなら』を映画化したかったのかというと、演劇における「死のにおい」に惹きつけられたからなんです。
―『さようなら』では、一人の女性が死にゆく過程を描いていますね。
深田:人間は、概念としての「死」を認識できる数少ない存在ですが、死ぬまで自分の死を体験することができませんよね。つまり人間にとって、死は未知なるものへの恐怖なんです。古今東西の芸術家が「メメント・モリ(死を思え)」を題材にして、さまざまな作品を作ってきたのもそれが理由だと思います。映画は「いかにうまく嘘をつくか?」という表現を磨くわけですが、制作過程において実際に役者が死んでいないことは周知の事実。一方で、オリザさんの演劇では、「ひょっとしたら本当に死んでしまっているかも?」という想像力を喚起させられた。それって実はすごいことだなと。
―なるほど。
深田:その最先端にアンドロイド演劇『さようなら』があると思ったんです。死を知らないアンドロイドと、死にゆく人間の対話を通して、「死」について深く考えさせられる。その感覚を、映画のスクリーンに持ってくることはできないだろうか? というのがそもそもの出発点です。
―ロボットやドローン、人工知能には、科学・政治・芸術といったさまざまな分野から強い関心が寄せられていますが、深田監督はあくまでもご自身のテーマから出発して、アンドロイドにたどり着いたということですね。
深田:演劇版の『さようなら』は、アンドロイドと人間が生の舞台で共演するという強烈なトピックがあったと思います。でも映画の場合は、既にアニマトロニクス(SFXの一種で、コンピュータによって制御されたロボットを人工の皮膚で覆い、動物や恐竜などの生物を表現する技術)などが導入されていたりする。だから、「映画に本物のアンドロイドを使ってみたかった」わけではなく、石黒浩先生が作られた精巧な「ジェミノイドF」と人間が1つの画面に収まることで喚起される「人間とは何か?」「人間とアンドロイドの違いって何だろう?」という疑問や問いかけを作品の軸にしたかったんです。
―映画版『さようなら』をご覧になって、平田さんはどんな感想を持たれましたか?
平田:僕の戯曲を他の演出家が演出するときも、ネガティブな感想は言わないようにしているほうなんです(笑)。といった前提がありつつ、そもそも演劇と映画はまったく違うものだと捉えているので、「非常によく映像化してくれた」と思っています。特に、映画にしかできないことーー例えば、野外の情景をとにかく美しく捉えてくれたのが良かった。あえて苦言を呈するならば、深田くんの映画には青年団の俳優が5割以上出ているので、「深田、もうちょっと丁寧に演出してやれよ!」みたいなことは気になりましたが(笑)。
―深田監督が惹かれたという「死」の描き方については、演劇版ではどのような意図があったのでしょうか?
平田:ロボットの特徴を活かした作品を作ろうと思ったときに、「死なない」ことを際立たせたというのがあります。あと僕は、舞台が終幕した後も、その後の世界を想像させるような、永遠に続いていく時間みたいなものを示したいと常々思っていて。演劇版の『さようなら』は、比較的それがうまくできた作品ではありますね。
20代の頃から「僕自身が演劇のオーソドックスを作る」と言ってきましたからね。僕までが近代演劇で、僕からが現代演劇なんです。(平田)
―映画版『さようなら』には大きな改変がありますよね。まず主人公のターニャ(ブライアリー・ロング)が日本に住む難民であるということ。そして原発事故が起きて、政府は国土を捨てて日本人を海外に移住させる政策を推進しているという点です。これらの設定を加えたのはなぜでしょうか?
深田:演劇版『さようなら』を見たときに、アンドロイドっていろんな国の言葉を話せそうなものなのに、主役の外国人女性となぜ日本語で話しているんだろう? という点を奇妙に感じたんです。設定に疑問があると、むしろそこから想像して膨らませていこうと思うところがあるので、「じゃあ彼女は、日本にやって来た難民なんじゃないか?」と考えたわけです。
―日本に住んでいるから、日常的に日本語で話せると。
深田:さらに、主人公の女性を取り巻く世界もある種の破滅に向かっていくような設定を考えたいと思いました。震災以降の日本において、隕石の衝突よりも説得力がある設定は、原発事故による破滅ですよね。冷戦時代に米ソの二大大国の核戦争による破滅がSFで繰り返し描かれたのとおそらく同じような意味合いだと思うんですけど。そこには、震災後に「絆」や「がんばろう日本」というスローガンで被災者や日本に住む人全員が大雑把にまとめられることへの僕自身の違和感も反映されていて、そこから「主人公の女性は、日本から逃げたくても逃げる場所のない女性にしよう」と設定を膨らませていきました。
―震災以降の演劇界でも、例えばチェルフィッチュの岡田利規さんが『地面と床』で先の見えない日本から出て行こうとする人々を描いています。一方で平田さんは震災のはるか以前から、日本を脱出する人々や、旅の過程で国籍が曖昧になったようなシチュエーションを多く描いていますね。
平田:一番近いのは1990年に発表した『南へ』でしょうね。これは治安の悪化した日本から出て行く日本人の富裕層たちを描いています。
―なぜ、当時からそういう作品を作ろうと思ったのでしょう?
平田:理由は特にありません。というか、単純に僕の目から日本がそう見えていたから。つまり90年代頃から、日本という島が国際社会の中で漂流していると思っていた。
―平田さんは、10代の頃に自転車で世界一周旅行をされていて、そういった体験から培った世界観が演劇作品に根付いていると思います。一方で興味深いのは、舞台になるのは1つの場所であることです。『さようなら』であればリビングルーム、『東京ノート』であれば美術館のエントランスホール。もっと旅や移動を感じさせる舞台設定があっても不思議ではないと思うのですが。
平田:演劇は制約が大きいですからね。画面が限られているし、登場人物も限られる。その中で物語を組み立て、演出しなければいけませんから、戯曲を書くのは職人芸です。映画監督の小津安二郎さんの有名な言葉で「豆腐屋にハンバーグだのとんかつ作れったって、うまいものができるはずがない」というのがありますが、まさにそれです。映画に興味がないのもそれが理由です。余計なことをしているほど僕の人生は長くないですから。
―たしかに。
平田:それと、基本的に近代演劇を支えているのは、対話(ダイアローグ)の概念だと僕は思っているんです。それは会話(カンバセーション)とは違っていて、知らない人同士が出会ったときや、知っている人同士でも価値観が異なったときにダイアローグが起こる。ところが日本人には、ダイアローグの習慣がないのでいきなり議論(ディスカッション)になってしまう。「じゃあダイアローグが起こる場所を作るには、どんな場所や時間を想定したらいいのだろう?」とずっと考えてきて、『東京ノート』のように、たくさんの人が行き来する場所を設定して、すれ違う瞬間にダイアローグが起こる作品を発表してきたんです。
―青年団の拠点は「駒場アゴラ劇場」ですが、もともと「アゴラ」というのは、意見を発したり、聞いたりする古代ギリシャの広場のことですよね。しかし、ギリシャ演劇にも通じるその意識は、必ずしも今、演劇を作っている人が持っているものではないと思います。その意味で、平田さんは古風な演出家とも言えるかもしれません。
平田:そこは、20代の頃から「僕自身が演劇のオーソドックスを作る」と言ってきましたからね。僕までが近代演劇で、僕からが現代演劇なんです。つまり、「近代」が成立していなかったにもかかわらず、「現代」を始めてしまったために、さまざまな混乱が起こったというのが僕の日本の演劇史観。まずは近代演劇を成立させてから、現代演劇について考えましょう、というのが基本的なスタンスです。だからキャリア前期の僕は、ものすごく古風な、もっともオーソドックスな作家と言える。
―平田さんの考える「近代」と「現代」の違いとは何でしょう?
平田:伝えたいことがあるかないかでしょう。近代っていうのは、基本的に作り手が伝えたいテーマを持っていて、それをうまく伝えられるのがいい作り手で、ちゃんと受け取れるのがいい観客。現代芸術は基本的に伝えたいテーマがあるわけではないんですよね。
―テーマが不在だとすると、何が残るのでしょうか?
平田:世界観です。「私には世界がこう見えていますよ」ということを提示するのがコンテンポラリーアートのスタンスだと思います。
ロボットに俳優と同じ方法で演出を行ったことで、格段に動きがリアルにーー人間らしくなったんです。(平田)
―近代と現代で、それぞれ提示するものが異なるのですね。平田さんがここ約10年間手がけているアンドロイド演劇に興味を持つようになったきっかけは何だったのでしょう?
平田:大阪大学で働くことになって、そこで最先端のロボット研究が行われていることを知ってからアイデアが明確化しました。石黒先生とお会いしたのは赴任して1年後で、すでに石黒先生もロボットを用いて演劇や映画を作るゼミをやっていたのですが、全然うまくいっていなかった。当時の自分の関心と、周囲の環境の条件がぴたっと一致して、アンドロイド演劇の試みが始まったんです。
―具体的には、それまでの平田さんのどのような関心がアンドロイド演劇と合致していったのでしょう?
平田:いくつかありますが、僕は俳優に対して「こういうイメージを持って演じなさい」といった内面的なことは一切言わないんですよ。その代わり、「0.3秒間をあけて」とか「0.3秒縮めて」という演出を行う。ロボットにも同じように演出したことで、格段に動きがリアルにーー人間らしくなった。そもそも研究室には「ロボットを演出する」という考え方自体がなかったわけですが、やってみれば面白い結果が生まれるであろうこともわかっていました。
―たしか、平田さんの演出を数値化・パラメーター化して特許も申請しているのですよね。それで、石黒先生が「芸術家は先に答えを知っていて、工学者はそれを解析すればいい」とおっしゃっていたという話が印象的でした。でもロボットには心がありませんから、人間の理解の方法とは大きな隔たりがあるのでは?
平田:ないですね。0.3秒や0.5秒というのは、その俳優にとってもっとも適切な間を指示しているんです。それはロボットに対しても同様で、ロボット固有の身体性と声質を見極めて、この台詞とこの台詞の間は0.3秒あける、と決定していく。その決定のプロセスは人もロボットも一緒です。とはいえ、これはある程度スキルのある演出家ならできますが、誰でもできるわけではありません。以前、認知心理の研究者が研究したんですけど、だいたい僕の場合は、昨日と今日の稽古で0.4〜0.5秒くらい台詞の間がズレているところまで指摘できます。
すべての表現欲求を商業映画で解消しなければいけない中で、そこに背を向けた映画を作り成立させること自体が1つの挑戦なんです。(深田)
深田:僕は2005年に青年団の演出部に入団したんですけど、オリザさんが今言ったような演出方法もそうですし、日本語独特の口語的文章を戯曲に持ち込んだ「現代口語演劇」の取り組みも面白かった。当時の映画がいつまでたっても説明的な台本を書いているのに、演劇はここまで進歩しているのか……と素直に驚きました。
平田:90年代以降の戯曲は、急速に進歩しましたからね。
―戯曲だけでなく、ロボットやアンドロイドを作品内で扱うことはもちろん、演劇のメソッドをオープンソース的に公開されていることも、現代的な進歩に思えます。平田さんの中で、テクノロジーやメソッドの民主化をめざしている部分があるのでしょうか?
平田:まあ、単純に戦略を立てるのが好きなんでしょう(笑)。例えばこういう話があります。アフォーダンス研究をしている佐々木正人先生がおっしゃるには、名人芸や天才の技というのは、認知心理学でせいぜい1%程度しか分析できないそうなんです。漆塗りの職人が、なぜ機械よりムラなく塗れるのかは解明されていない。でもモーションキャプチャーといったテクノロジーを使えば、名人には5回に1回腕にタメがあるとか、かなりのところまで計測できる。今わかっていないことのほんの1%でも判明して、これからの教育に反映させれば、結果は格段に良くなります。
―名人にはなれなくても、上手くなる人が増える可能性がありますね。
平田:タレントの伊集院光くんが僕の『演劇入門』という本を気に入ってくれて、まわりの放送作家に配った。それである日僕のところに来て「こんなに手の内バラして大丈夫なんですか?」って言ったんですよ。僕は「将棋指しは、将棋の指し方の定跡の本を出しても負けないでしょ?」って話をしたんだけど、やろうとしていることはまさにそういうことなんです。基本的には全部をオープンにしていって、その中で残るものが本当の才能だと思います。
―つまり、負けない自身がある。
平田:あたりまえですよ(笑)。
―お二人とも芸術の制度設計や基本設計に興味があるんですね。深田さんも「独立映画鍋」という、インディペンデントフィルムメーカーのネットワーク運営に参加されています。
深田:映画は本来めちゃくちゃお金のかかる表現で、長らく大手の映画会社でなければ作れないし、配給もできない時代が続きました。でもデジタル技術が進んでiPhoneでも映画を作れるようになって、今まで特権的な位置にいた映画が「王様は裸だ」という状態になったわけです。そういう時代においては、作家自身が、なぜ映画を作るのか? ということに意識的でなければ生き残れない。でも、そこから確実に新しいムーブメントが生まれてきているんですよね。そういう意味で、今回の『さようなら』は一見静かな映画ではありますが、僕の中ではチャレンジです。
―たしかに、これまで「人間とアンドロイド」の関係を描いた映画というと、もっと激しいアクションが伴ったり、わかりやすくエモーショナルなものが多かった中で、『さようなら』はアンドロイド映画の新たなリアリティーを提示していると感じました。
深田:すべての表現欲求を商業映画の枠組みの中で解消しなければいけない環境において、そこに背を向けた映画を作成立させることが自体1つの挑戦なんです。
平田:演劇よりも映画のほうが資本の論理が強く働きますからね。映画にしても演劇にしても、芸術的なものと商業的なものが両方残るとは思います。ですが、ヨーロッパ型の公的な支援を受けて作られるような映画はもっと増えてほしいですね。ヨーロッパの劇場であれば、映画監督に作品制作を依頼するケースはよくあります。異なる領域の人材が交流するのは、これからますますあたりまえのことになっていくわけですからね。
- 作品情報
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- 『さようなら』
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2015年11月21日(土)から新宿武蔵野館ほか全国で公開
監督・脚本:深田晃司
原作:平田オリザ
出演:
ブライアリー・ロング
新井浩文
ジェミノイドF
村田牧子
村上虹郎
木引優子
配給:ファントム・フィルム
- プロフィール
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- 平田オリザ (ひらた おりざ)
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1962年東京生まれ。劇作家、演出家、劇団「青年団」主宰。こまばアゴラ劇場芸術総監督・城崎国際アートセンター芸術監督。1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。1998年『月の岬』で第5回読売演劇大賞優秀演出家賞、最優秀作品賞受賞。2002年『上野動物園再々々襲撃』(脚本・構成・演出)で第9回読売演劇大賞優秀作品賞受賞。2002年『芸術立国論』で、AICT評論家賞受賞。2003年『その河をこえて、五月』(2002年日韓国民交流記念事業)で、第2回朝日舞台芸術賞グランプリ受賞。2006年モンブラン国際文化賞受賞。
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- 深田晃司(ふかだ こうじ)
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1980年生まれ。大学在学中に映画美学校フィクション・コース第3期に入学。2001年初めての自主制作映画『椅子』を監督、2004年アップリンクファクトリーにて公開される。その後2本の自主制作を経て、2006年『ざくろ屋敷』、2008年長編『東京人間喜劇』を発表。同作はローマ国際映画祭、パリシネマ国際映画祭に選出、シネドライヴ2010大賞受賞。2010年『歓待』で東京国際映画祭「ある視点」部門作品賞受賞。2013年『ほとりの朔子』でナント三大陸映画祭グランプリを受賞。同年三重県いなべ市にて地域発信映画『いなべ』を監督した。2005年より現代口語演劇を掲げる劇団青年団の演出部に所属しながら、映画制作を継続している。
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