1994年、Epic/Sony Records(現エピックレコードジャパン)の内部レーベルとして、「何でもいいからメジャーと違うことをやってみろ」という指令のもと設立されたdohb discs。スタジオが併設された事務所を下北沢に構え、当初スタッフは全員20代。アーティストと同じ目線に立ち、「自分たちのやりたいことを、自分たちの手で」というスタンスで活動を続けたこのレーベルは、ROVOやスーパーカーを輩出するなど、オーバーグラウンドとアンダーグラウンドの境界を超え、既成概念には捉われない自由な発想を次々と具現化させていった。
2000年に渋谷のON AIR EAST(現TSUTAYA O-EAST)で開催され、ROVOとスーパーカーが共演を果たしたイベント『soundohb 2000』をもって、レーベルとしての活動を終了したが、それから15年のときを経て、『soundohb 2015』の開催が決定。なんと、ROVOとナカコーが合体プロジェクトとして出演し、当時のROVOとスーパーカーの曲を演奏するという。ROVOにとっては、20年の歴史の中で初めてバンドに歌が入るということで、これはちょっとした事件でもある。それでは、ROVOから勝井祐二、そしてナカコーを迎え、元dohb discsスタッフの小川雅比古(現ワンダーグラウンド・ミュージック代表、ROVOマネージャー)の証言も交えながら、「dohb discsとは何だったのか?」を検証し、『soundohb 2015』が今年開催される意義について紐解いてみよう。
2000年にdohbはなくなりましたけど、今も地続きというか、その延長線上なんです。(勝井)
―まずはお二人とdohb discsの関係性を話していただけますか?
勝井:僕は当時メンバーだったDEMI SEMI QUAVERがEPICソニーからデビューすることになって、dohb所属になったんです。dohbは事務所が下北沢にあって、そこに行って実際にスタッフに会ってみると、メジャーの会社っていう構えた感じがまったくなくて、すぐ気に入りましたね。ROVOに関しても、プレゼンしたというよりは、「新しいバンド始めたから見に来ない?」って誘ったら、dohbのスタッフがほぼ毎回全員来てくれるようになって、ホントに一緒に遊んでる感じでした。
―ナカコーさんは当初は青森と東京を往復しながらの活動だったわけですよね?
ナカコー:そうですね。音楽業界のことなんて何も知らずに東京に来て、初めて見たのがdohbの現場だったから、「業界ってこういう世界なんだ」っていう……完全に間違ったインプットが入っちゃいました(笑)。その後に他のレーベルに行っても、dohbのような体験をすることはないんで、かなり変な体験を最初にしたんだなって思います。
―今思うと、どこが一番特殊でしたか?
ナカコー:もちろん仕事もしてるんだけど、あんなにミュージシャンとスタッフが遊びながらものを作ったり、アイデアを考えたりっていうのは他にないですね。
勝井:下北の事務所にはロビースペースがあって、そこがみんなの居場所になってたのも大きかったんです。僕は自分の家も近かったから、用もないのにdohbに寄って、外にご飯食べに行って、また戻ってきたり(笑)。ミキちゃんがブログに書いてたけど、ホントに基地みたいな感じでした(イベントのオフィシャルブログでは関係者がdohb discsについて綴っているので本稿のサブテキストにしてもらいたい)。
ナカコー:スーパーカーも最初の頃はホテルを借りてたんですけど、僕だけ東京に残るようなときは、冨樫さん(元dohb discs / 現DUM-DUM LLP)の家に泊まって、やることないからdohbに行って、音楽聴いて、買い物して、またdohbに行って、冨樫さんの家で寝るみたいな、そういう生活(笑)。毎日行くと何か面白いことが起きてたんです。ウォーターサーバーが外れて水浸しになってたり、「何が起きてるんだここは!?」っていう(笑)。
勝井:結局2000年にdohbはなくなりましたけど、今も地続きというか、その延長線上なんです。そのいい例が「dohb花見」で、dohbがなくなっても何の疑問もなく毎年やってるっていう(笑)。スーパーカーはki/oon(ソニーミュージック内のレーベル)に移籍したけど、ROVOはdohbがなくなってホントに拠り所がなかった。でも、ライブになるとdohbのスタッフが必ず手伝ってくれて、今もそれが続いてる感じなんですよ。よく覚えてるのは、僕ら2000年に初めて『フジロック』に出たんですけど、『フジロック』にdohbスタッフ全員連れていこうと思って、スタッフリストに25人ぐらい書いて申請したら、すごく怒られました(笑)。
最初にROVOが地ならしをしてくれて、「これに歌が乗って3分間のポップスになったら面白いな」って。(ナカコー)
―下北沢の事務所にスタジオが併設されていたことも、ROVOの音楽性に大きな影響を与えたわけですよね?
勝井:ものすごく大きかったです。最初はスタジオを管理するエンジニアさんがいたんですけど、僕らは益子くん(益子樹。ROVOのメンバーであり、スーパーカーなどのエンジニアも務めた)がいたので、「鍵さえ開けといてもらえば、あとは自分たちでやります」って言って、それをまず認めてもらったんです。特に大きかったのが『imago』(1999年、ROVOの1stフルアルバム)の制作で、あれはほぼポストプロダクションのみで作ったアルバムなんですけど、素材をひたすら録って、曲の方向性に合わせて編集したりダビングしたりっていう作業を、時間を気にせずにやれた。dohbのスタジオがなかったら『imago』はできてないし、『imago』が話題になったのが僕らの最初の土台なので、そういう意味では僕らの存在自体がdohbとは不可分でしたね。
―当時はコントロールルームでROVOが作業していて、録音ブースでスーパーカーがプリプロしてるなんてこともよくあったそうですね。
勝井:ありましたね。あれは『Futurama』(2000年発売の3rdアルバム)の頃だっけ?
ナカコー:『OOKeah!!』『OOYeah!!』(1999年リリースの企画盤)の頃かな。
―スーパーカーにとっては、すぐ近くにROVOがいたっていうのは大きな影響源だったのではないかと思います。
ナカコー:そうですね。当時のROVOのライブって、お客さんの中にレイバーもいれば、ハードコアパンクみたいな人もいたり……。
勝井:グチャグチャだったね。
ナカコー:うん、ホントにグチャグチャなことが起きてて、ROVOもダンスミュージックなんだけどパンクスに見えたっていうか、攻撃的なものを感じて、「これはすごいことが起きてる」って思ってました。
―まだ「バンドで踊る」っていう概念がほとんどなかった頃ですよね。
勝井:まだそういう概念が全く無かった時代でしたね。当時、RHYTHM FREAKSっていうドラムンベースのDJチームと一緒にパーティーを始めたんですけど、最初はDJで踊りまくってるお客さんたちに、いかに気づかれないようにバンドに切り替わるかっていうことを考えなきゃいけないような(笑)。でも実際やってみたら予想以上にすごいことになって、フロアはホントにグチャグチャの狂熱の渦みたいな状態になりましたね。
ナカコー:そうやってROVOが地ならしをしてくれて、その後レイヴのバンドがちょっとずつ出てきたんだけど、自分がそれをやるかっていうとそういうわけではなくて、「これに歌が乗って3分間のポップスになったら面白いな」って。そういう方向にトライしようと思ったんです。
―その後、ROVOとスーパーカーも出演した『soundohb 2000』の開催をもってdohb discsは解散しました。
勝井:それまでROVOとスーパーカーが共演したことってなかったんですよ。僕らは地下世界の住人で、普通のライブ会場でのライブは意図的に避けてきたんです。なので、スーパーカーと一緒にやるっていう発想がなかったんですけど、「最後だし1回やりましょう」って、みんなが場所を作ってくれたんですよね。
dohbに関しては主義・主張とか精神性よりも、やっぱり「場所」であって、そこに集まった仲間だっていうのが大きいと思います。(勝井)
―では、今回15年ぶりに『soundohb 2015』が開催されることになった経緯を教えていただきたいのですが、これは小川さんからがいいですかね?
小川:直接的なきっかけは、去年ナカコーのライブでスーパーカー時代の曲をやってるのを見たことだったんですけど、その前から徐々に「dohbで何かできるんじゃないか?」って空気があったんです。お花見もそうだし、10年ぶりくらいにdohbの忘年会をやったら20人くらい集まって、しかも「ひさしぶり!」っていうより、なんか親戚みたいな距離感で、この感覚ってなかなかないよなって。そういうグルーヴを感じているときにナカコーのライブがあって、「これは完全に来た!」と思いました。
勝井:そこから小川くんといろいろ話して、『soundohb』をやるなら同窓会イベントになってもつまらないから、2015年にやる必然性は何なのかって訊いたら、「突き詰めたら必然性なんてないですよ。僕が思いついただけなんですから」って言うわけ(笑)。
―(笑)。
勝井:だったら、ROVOとナカコーで合体して、それぞれのdohb時代の曲を演奏するぐらいのことをやれば、今回はこのために開催するんだっていう幹になるから、それをやろうと考えたんです。それでナカコーに相談したっていう流れですね。
―でも、外から見ると今回の開催には必然性が感じられるというか、この15年間で業界自体大きく変わって、冒険心のある音楽が減っているような気がします。そういう中で、かつてのdohbの自由なスピリッツを今に甦らせるっていうのは、意味のあることだなって。
勝井:まあ、何か物事をやろうっていうときに、グルーヴで判断しちゃう集団っていうのがそもそもいないと思うんですよね(笑)。ただ、dohbに関しては主義・主張とか精神性よりも、やっぱり「場所」であって、そこに集まった仲間だっていうのが大きいと思います。なので、今の音楽業界に対する意識はほぼなくて、場所があって、実際に顔を突き合わせてやるっていう、その皮膚感覚を大事にしたいなっていうぐらいですね。
―ナカコーさんは『soundohb 2015』を開催する意義についてどうお考えですか?
ナカコー:今も面白いことをやろうとしてる集団はたくさんいて、そういう現場に行くと、「これがdohbみたいになったら面白そうだな」って思いながら見てたりはしますね。イベントに関しては、15年ぶりっていうのもあるし、絵が見えないっていうのがいいですよね。今って何かをするときに絵が見えちゃうことが多いけど、dohbは絵が見えないこともやってたから、こういうのはひさびさだなって。
ROVOの中に入るのは、dohbの中にいた感覚と近い。何があるかわかんない。行ってみたら、水がぶちまけられてるかもしれない(笑)。(ナカコー)
―すでにROVOとナカコーさんでスタジオに入られているそうですが、実際のコラボはどんなものになりそうでしょうか?
勝井:まず今日何度も言ってる通り、ROVOって「場所」作りが大きなテーマなんです。普通のロックバンドが出るライブハウスには出ないっていうのが最初のコンセプトだったから、自分たちの場所を自分たちで作るしかなくて、それが僕たちが20年間やり続けてきたことなんですよね。その意味では、dohbっていう「場所」との関係性は今も続いていて、この場所で今できる一番新しいことっていうのが、今回のコラボレーションだったということですね。なにせ、僕ら20年間インストバンドやってきて、歌が入るの今回が初めてですから。リハのときに、スーパーカーの曲のイントロが始まって、歌い出したら山本精一さんだった、みたいなことも半ば本気で話してましたけど(笑)、まあ、あらゆる可能性があると思います。
―ナカコーさんはROVOの中に入ってみて、どんな感触がありますか?
ナカコー:あの中に入っていくっていうのは、まず単純に探究の面白さがあります。これまでライブは散々見てきたけど、やっぱり中に入って初めてわかることがたくさんあるので、「なるほど!」っていうことの連続で、すごく面白いです。
―「ROVOというバンド自体がひとつの場所である」という言い方もできるかもしれないですね。
ナカコー:僕は最初の現場がdohbだったことで、異常なことが起きてもそれを楽しんじゃうタイプになったというか、深く考えなくなって(笑)。だから、ROVOの中に入るのは、dohbの中にいた感覚と近い。何があるかわかんない。行ってみたら、水がぶちまけられてるかもしれない(笑)。
勝井:ROVOの曲作りって、全員がニュートラルに関わって、あらゆる可能性を考えながら曲を構築していくから、すごく時間がかかるんですよ。でも、そうやらないと特殊なものって生まれない。こういう場所は他にはないと思います。
ナカコー:そう思います。構造的にも「これがきっかけだったんだ」っていうのがいろいろあるし。
勝井:ROVOは一人ひとりがパーツなんです。そこにナカコーっていう新たなパーツが加わる新鮮さがあるし、さらには一個一個のパーツとの関係性も変わる。それによって新しいものが生まれるっていう、それはとても楽しみですね。
もう1回遊び場を作ることで、またいろんな人がそこに入ってきて、グチャッとミックスされるから、それをやるんだっていう意識ですね。(勝井)
―『soundohb 2015』の他の出演者についても話していただければと思います。まずはフルカワミキ÷ユザーンという、レアな組み合わせですね。
勝井:ユザーンはdohbにいたわけじゃないんだけど、一緒にやる機会が多いし、スーパーカーのリメイク(『RE:SUPERCAR ~redesigned by nakamura koji~』)で新たに加わったのが俺とユザーンだったから、このイベントにユザーンがいたら面白いと思って。
ナカコー:何の違和感もないですもんね。ユザーンがdohbって言われても、そうだって思っちゃう。
勝井:それで相談したら、ユザーンは頭がいいので、意図とかグルーヴを一発で理解して、「じゃあ、僕とミキちゃんで何かやるってどうですか?」っていう提案をしてくれて、周りの人たちが「おー!」って盛り上がったという(笑)。これも非常にdohbっぽいかもしれない。
―そして、POLYSICSに関しては、フミさんが当時dohbに所属していた54 NUDE HONEYSのメンバーだったんですよね。
勝井:そう、つなぎを着る前の時代があった(笑)。ハヤシくんもお花見によく来るし、何の違和感もないですね。
―POLYSICSはUK PROJECTで、下北繋がりでもありますもんね。そして、dohbとは直接的な接点のない若いバンドという意味で、D.A.N.の存在はとても重要かと思います。
小川:現在進行形って考えたときに、冨樫くんから推薦があったんです。だから、一つひとつピースがはまっていったんですよね。最初は思いつきで、必然性はなかったんですけど、ピースがはまっていって、だんだん必然性ができあがっていったというか。
勝井:必然性ってさ、後付けでできるんだよね。本当は最初からあるんだろうけど、最初はわかんなくて、それを勘とかグルーヴで捉えるしかない。
―まさに、できあがったラインナップを見せられた身としては、すごく必然性を感じました。このイベントにD.A.N.が出て、12月にナカコーさんがthe fin.やYoung Juvenile Youthのような若手と共にイベントをやるっていうのも、地続きのように見えますし。
ナカコー:別に狙ったわけじゃなくて、12月のは単純に今面白いと思う人たちと何かやりたいっていうだけなんですけどね。でも、『soundohb 2015』にD.A.N.がいるのはいいなっていうか、もし仮に今dohb discsがあったら、D.A.N.はdohb discsにいただろうなって思います。
―同窓会では終わらない、新しい何かを提示するイベントになるであろうことは間違いなさそうですね。
勝井:次につながる何かになるんじゃないですかね? 勘だけど、そんな気がします。これが定期的になるのかは全く分からないけど、1回集まると次が見える気がするんです。もう1回遊び場を作ることで、またいろんな人がそこに入ってきて、グチャッとミックスされるから、それをやるんだっていう意識ですね。ただカタログ的に出演者が出るんじゃなくて、みんなでテーブルを囲んで、「はい、持ち上げるからそっち持って」みたいな、そういう場所を今作るっていうのは、すごく面白い気がします。
―ナカコーさんからも当日に向けて一言いただけますか?
ナカコー:……何もトラブルがなければいいなって(笑)。でも、「何か起きそうだな、dohbだから」っていう思いもありますね。内容自体はきっといいものになると思うんで、楽しみたいと思います。
- イベント情報
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- 『soundohb 2015』
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2015年11月22日(日)OPEN 16:00 / START 17:00
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-EAST
出演:
ROVO
Koji Nakamura
フルカワミキ÷ユザーン
POLYSICS
D.A.N.
dohb discs 2015 SPECIAL PROJECT“ROVO×ナカコー”
料金:前売4,500円 当日5,000円(共にドリンク別)2015年12月28日(月)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:大阪府 梅田 Shangri-La
出演:
Nyantora
ROVO
dohb discs 2015 SPECIAL PROJECT“ROVO×ナカコー”
料金:前売3,800円 当日4,300円(共にドリンク別)
- プロフィール
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- ROVO (ろぼ)
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「何か宇宙っぽい、でっかい音楽をやろう」と、勝井祐二と山本精一を中心に結成。バンドサウンドによるダンスミュージックシーンの先駆者として、シーンを牽引してきた。驚異のツインドラムから叩き出される強靱なグルーヴを核に、6人の鬼神が創り出す音宇宙。音と光、時間と空間が溶け合った異次元時空のなか、どこまでも昇りつめていく非日常LIVEは、ROVOでしか体験できない。国内外で幅広い音楽ファンから絶大な信頼と熱狂的な人気を集める、唯一無二のダンスミュージックバンド。
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- Koji Nakamura(こうじ なかむら)
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通称ナカコー。1995年地元青森にてバンド「スーパーカー」を結成し2005年解散。ソロプロジェクト「iLL」や「Nyantora」を立ち上げる。その活動はあらゆる音楽ジャンルに精通する可能性を見せメロディーメーカーとして確固たる地位を確立し、CMや映画、アートの世界までに届くボーダレスなコラボレーションを展開。現在はフルカワミキ(ex.スーパーカー)、田渕ひさ子(bloodthirsty butchers, toddle)、そして牛尾憲輔(agraph)と共にバンド「LAMA」として活動の他、現代美術作家の三嶋章義(ex. ENLIGHTENMENT)を中心にしたプロジェクト、MECABIOtH(メカビオス)でも活動した。また、2014年4月には自身の集大成プロジェクトKoji Nakamuraを始動させ「Masterpeace」をリリース。
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