『サッドティー』『こっぴどい猫』『たまの映画』などで知られる恋愛映画の旗手・今泉力哉監督の新作『知らない、ふたり』が1月9日から公開される。韓国の男性歌手グループ、NU'ESTのメンバー3人を主要キャストに抜擢し、過去作品でも見られた人間交差点的な恋愛群像劇を描いた作品だ。前半で伏線を多数ちりばめておいて、後半それを巧みに回収するという手法はますます洗練されており、今泉監督の代表作となりそうな予感もある。
そして、この映画の音楽を担当したのが、蓮沼執太フィルなどで活躍する石塚周太と、HEADZからソロ作もリリースしている木下美紗都による音楽プロジェクト、アルプだ。この映画のサントラが初めての音源となるが、劇中で未使用だった音楽も含み、淡く茫洋としたサウンドスケープが実に魅力的な作品となっている。そこで、アルプの二人と今泉監督に、映画の成り立ちからライブと音源の違いまで、おおいに語ってもらった。
アルプの音楽は登場人物の感情をわざとらしく盛り上げるのではなく、引き算の音楽なんですよね。(今泉)
―アルプのお二人は『知らない、ふたり』の音楽を担当することになってから今泉監督の作品をご覧になったんですよね。最初の印象は?
木下:まず思ったのは、音楽の入っている部分がすごく少ないな、ということですね。音楽をあまり使わない人で、音楽の入る余地が少ない映画を撮る人なんだろうなと。だから、そういう人の作品にどう音楽をつけるべきなのかかなり考えたし、悩みました。ただ、今泉監督の映画って、音楽がなくても独特のテンポがあるんですよね。
石塚:その「テンポ」の話と通じるかもしれないんですけど、僕は過去の作品を見て、人がたくさん出てくる群像劇でありながらすごく整然としている感じがしたんです。だから音楽を無理やりつける必要もないんじゃないか? と最初は思ってしまって、やっぱり難しかったですね。
―具体的に音楽はどのようにつけていったんですか?
木下:とりあえず映像を見たり話を聞いた感じで、感覚的に自分たちの中から湧いてきたイメージをどんどん曲にしました。このシーンに合うかな? とか考えながら作った曲もあるんですけど、基本的にはどのパートで使われるかは今泉さんにお任せで。「こんな曲ができました」って投げて、好きに使ってもらおうと。だから、今泉さんがどこにつけるのか、楽しみに待っていました。
今泉:今回、主要キャストが韓国人だったこともあって、前半はせりふを少なくしたんですよね。これまで、言葉に頼りすぎて映像で表現できないというのが課題でもあったので、結果的にそこに挑戦する形になりました。これまでのように会話劇がメインだと音楽の使いどころが少ないのですが、そういうわけでいつもよりも入り込む余地を確保できたと思います。アルプが作ってくれたのは、登場人物の感情をわざとらしく盛り上げるんじゃなくて、どちらかというとシンプルな、引き算の音楽。それは自分の映画の作り方とも共通していると感じましたね。
カップルがお互いに同じくらいの想いの量で好き合ってることってないじゃないですか? 対等じゃないのが面白い。(今泉)
―『知らない、ふたり』は恋愛がモチーフですけど、今泉さんは一貫して恋愛についての作品を作ってきましたよね。これはなぜでしょう?
今泉:自然とそうなるんです。オリジナルで好きなものを書いてくれと言われたら、恋愛に関する脚本しか書けない。自分の生活の中で一番興味があることが恋愛なんでしょうね。恋愛以外のテーマで何か作るとすれば、家族かなと思いますけど。
『知らない、ふたり』 ©2015 NIKKATSU, So-net Entertainment, Ariola Japan
『知らない、ふたり』 ©2015 NIKKATSU, So-net Entertainment, Ariola Japan
―人間関係の機微が一番分かりやすく出るものとして、恋愛を描いている、ということですか?
今泉:そういうことですね。結局、付き合っていたり、結婚しているカップルがお互いに同じくらいの想いの量で好き合ってることってないじゃないですか? 対等な関係があり得ないというか。それが面白いし、興味があるから恋愛を描いています。あと、今ある恋愛映画があまりにも偏っている気がして、それに対するアンチもあるんですよ。お互いのことが大好きで、付き合って幸せになるみたいな映画が多いけど、そんなことあるのかな? って。僕は結婚していますけど、みんなそんなに「好き」という気持ちが長続きするものなのかな? って思います。
―今泉監督の映画って、一貫して人と人との「繋がり方」じゃなくて「すれちがい方」を描いている気がして、それが面白いと思います。
今泉:一人でいると精神が安定する人間なので、それが元にあるのかもしれないです。今の嫁とは長いですけど、それ以前は付き合っても長くて1年とかで。人を信用できないし、一人でいるのが好きなんですよね。
明確な理由もなく誰かを不幸にするための悪人って、作りものの世界では大量にいるけど、本当の世界にはいないと思う。(今泉)
―『知らない、ふたり』もそうですけど、今泉監督の映画の登場人物は惚れっぽいですよね。すぐひと目惚れしちゃう。これも監督の性格と関係している?
今泉:確かにみんな惚れっぽいですね(笑)。『サッドティー』で古着屋の店員に主人公がひと目惚れするというのは、実体験を形を変えてやったので、確かに自分が惚れっぽいっていうのは間違いなくあるんです。だからそういう人がいっぱい出てくる(笑)。あと、僕自身は好きになったら絶対に相手に想いを伝えるタイプなんですけど、他の人と話していたら、伝えないっていう選択肢もあるよなと思えてきて。それが今回の脚本のベースにはなっていますね。主人公のレン(キム・レオン)しかり、彼を想う小風(青柳文子)しかり、みんな相手を見ているだけっていう。
『知らない、ふたり』 ©2015 NIKKATSU, So-net Entertainment, Ariola Japan
―確かにこの作品の登場人物って、好きな人を尾行するとかラブレターを書くとか、みんな恋愛においてスキルフルじゃないですよね。不器用な人が多くて、ずるい人が出てこない、というのもありますし。
今泉:悪人を出さないというのは意識的にずっとやっていることですね。よかれと思って迷惑をかけちゃってる人がよく出てくる。二股している人を出すことも多いですが、それを隠してずるくやっているというよりは、正直に言っちゃう人を描きたい。やっぱり、明確な理由もなく誰かを不幸にするための悪人は、嘘っぽいと思っちゃうんですよ。そういう人って作りものの世界では大量にいるけど、本当の世界にはいないと思うし。逆に、悪人を出すとしても、「幼少期に辛い目にあっていたからこの人はこういう悪人です」っていうこともやりたくない。悪人になった理由が1つだけというのは不自然だと思うから。
―今泉監督の作品はよくリアリティーがあると言われますけど、そのことと今お話しされた考え方は関係してきそうですね。
今泉:映画はもちろん虚構の世界なんですけど、僕の場合は、嘘をつくときの許容範囲が狭いのかもしれません。今の話もそうですし、たとえばお風呂の水に色をつけてそれっぽく見せるとか、携帯をいじってるボタン音を後からつけ足す演出とかもやらないようにしていますね。
『知らない、ふたり』 ©2015 NIKKATSU, So-net Entertainment, Ariola Japan
―今泉さんは去年、演劇『アジェについて』もやられましたけど、挑戦してみていかがでしたか?
今泉:大変でしたけど面白かったですね。まず、カット割りがないとこんなにストレスが少ないのかと思いました(笑)。あと、最初は全然脚本が書けなくて、劇団・サンプルの松井周さんにメールで相談させてもらったら、自分の戯曲を送ってくださって。演劇っていうのは小道具1個とか椅子1つあれば作れるから、なんでもありなんですよと言ってくれて、だいぶ楽になりました。映画でもそういう風に自由にやればいいんですけど、基本的には、物を用意しなきゃいけなくて、撮影する場所が増えるからお金もかかっていくんですよね。
―映画のほうが制限が多いですか?
今泉:多いですね。ただ、映画の良さというか、ずるいのは、1回いい芝居が撮れたらオッケーというところですね。あと、偶然奇跡的なことが起こるのはやっぱり映画のほうが多い気がしています。風が吹くとか、たまたま車が通るとか、演劇ではそうそうないから。劇場の中で風は吹かないですからね。
『知らない、ふたり』 ©2015 NIKKATSU, So-net Entertainment, Ariola Japan
決められた条件の中でやることで、そこからしか出てこなかった発想が出てくるんです。(木下)
―アルプのお二人は、サントラという枠組みでの制作は制限がありましたか?
石塚:制限ということで言えば、極力物音を入れないようにしましたね。
木下:普通に音源を作るときって物音も入れるんですよ。フィールドレコーディングしたものを結構使う。でも、映像にはそもそも現実音が入っているから、それとかぶらないように物音は入れていませんね。ほとんど楽器の音だけで作りました。音響さんが撮った現場の音と殺し合っちゃいけないから。
今泉:ああ、普段のライブや音作りでは物音も入れるってことか。
石塚:そうなんです。ちょうど2014年ぐらいからマイクや楽器を自作したり、将棋盤に弦を張ったりっていうことをやっていて。フラスコに米粒を落として、その音をすごく大きく鳴らしたり。
木下:言葉で言うと伝わらないんですけど、実際にライブでやると感動的なんですよ。米がガラスに当たるとこんな音をするんだ! って。
石塚:マイクを作って、空気振動じゃなくて物自体の振動を増幅させたんです。あとは、夏にほうほう堂というダンスユニットの福留麻里さんと、詩人の大崎清夏さんとパフォーマンスをやったんですけど、そのときはシンセサイザーで風の音を作ったり、ホワイトノイズをパンニングして波の音にしたんです。でも映画で風が吹いていて、そこにシンセで風の音を入れたらかぶっちゃいますからね。そういうのは排除しました。
―じゃあ、やっぱり制限があった、ということですね。
石塚:でも制限はあったほうが面白くなる場合もあるんですよね。
木下:決められた条件の中でやることで、そこからしか出てこなかった発想が出てくるんです。条件なしに考えているときはわざわざやろうと思わなかったことに取り組めたりするので。
今泉:何も縛りがないほうが難しいですよね。今回の映画もキャスティングが先に決まっていたから言葉も自然と韓国語になったし、いろいろスムーズにことが進んだんですよ。個人的には俳優さんが先に決まっているほうがやりやすいかもしれない。伝えたい話があってオリジナルで脚本を書いても、探してきた俳優さんが合わないこともあるかもしれないから。もちろん、全然想像していなかった人が演じたから奇跡が立ち上がったということもあるんですけどね。
映画が羨ましいのは、作ったものを映画館で見せられるところですね。音楽って、CDとライブは別ものだから。(木下)
―ちなみに、アルプはサントラが初公式音源ですが、これまで録りためた音源はあるんですか?
石塚:うーん……。その時々でやりたいこととか興味のあることが変わるので、それに没頭していると、あまり形に残らないんですよね。
木下:ちょこちょこライブやパフォーマンスをやっていて、そのために音源を作ることはあるんですけど、本番が終わると次のことに興味がいってるんです。
石塚:ライブのために楽器を作ったりもするんだけど、それは何十人かのお客さんがライブで見て、あとはなかったことになっちゃう(笑)。
木下:ちょっと時間が空くとまた別のことやり始めちゃうんですよ(笑)。
今泉:二人ともそういうタイプなんですか?
木下:ライブの直前にのめりこんで作りながら、「これは形に残さないとダメだ」とか言い合ったりはするんですけど、ひと段落すると腰が上がらなくなって、また次のことやってる……。
石塚:次のことやりだしちゃったらもう無理だね。前には戻れないんですよ。
今泉:ちょっとその辺は演劇に似てるかも。僕がこの前やった演劇は、記憶や記録がテーマだったから、これを映像に残すというのはテーマに反してると思って、一切撮らなかったんですよ……。でも、あとで見たかったと言う人がたくさんいて。なんでそんなよく分からない意地を張ってたんだろうって。お二人は、CDよりライブが大事という感覚もないんですか?
木下:ないですね。どちらかというとCD作るほうが好きだから。ただ、ちょくちょく誘われてライブをやっていると、そのライブに向けて音を作るみたいになってきちゃって。演奏しようというよりは、演奏するために面白いものを作ろう、みたいな。でも、それをちゃんと残さないとその1日で終わっちゃう。
今泉:聴いた人の記憶に残ってるだけっていうことか……。
木下:ライブに向けて演奏力を磨こうという気持ちもないし。
石塚:例えばインプロヴィゼーションがうまい人だったら、それを毎晩繰り返して消化していけるんでしょうけど、僕たちの場合は元々ちゃんと作り込むタイプだから、また違うんですよね。それならそれで音源をちゃんと形にして残せばいいんですけど、この体たらくですよ(笑)。そういう意味で本当にサントラを作れて良かった。
木下:映画が羨ましいのは、作ったものを映画館で見せられるところですね。音楽ってCDとライブは別もので、アウトプットの仕方が全然違う。例えばレコ発ライブをするとしても、録音物として成り立っている音楽であれば、ライブ用に別のものを作ることにもなるんですよね。映画の場合も、もし劇場公開がなくて、DVDが発売されるだけだとしたら、作品をお客さんに届ける感覚って違いますよね?
『知らない、ふたり』 ©2015 NIKKATSU, So-net Entertainment, Ariola Japan
『知らない、ふたり』 ©2015 NIKKATSU, So-net Entertainment, Ariola Japan
今泉:そうですねえ。じゃあ、作ったCDを聴かせる試聴会をやってみるとか(笑)。でも、映画館で見てもらえるのはやっぱりいいですね。僕、配信とかまったく興味ないんですよ。感覚が古いかもしれないけど、お客さんが反応しているところを見たいんですよね。映画制作の過程で、脚本や撮影、編集よりも、作品ができてからお客さんの反応を見るほうが楽しいんですよ。反応を見てやっと終わったというか、救われるところがあって。作りたい欲ももちろんあるんだけど、見せたがりだから、できあがったらもう見せなくてもいいや、とはならない。監督は作品を作る人で、配給宣伝とかは違うというのも分かるけど、見てもらうところまで責任を持ちたい。だから、自分でも映画館に行って自分の作品を見たりしますね。映画も見たいけどお客さんの反応も見たいので、見られるなら全部の回を見たいぐらい。で、見てくれた人に「ありがとうございました」って言いたいです(笑)。
―最後に今泉さんにお聞きしたいんですが、今回も群像劇でしたけど、今後二人だけの恋愛を描いてみようというのはあるんですか?
今泉:興味はありますね。今はできるのかな? と逃げていたりするんですけど。ただ、今後やれたらと思っている話はあって。40代か50代くらいの夫婦が主役で、結婚してずっと連れ添っているんだけど、片方が浮気してることが分かったときに、もう片方がそれを知ってショックをまったく受けないことにショックを受けるという話がやりたくて。じゃあ二人が今までずっと一緒にいたのってなんだったんだろう? って思うという。自分の嫁が浮気したときにショックを受けないかは分からないけど、「浮気したんだ」って言われて、「へーっ」て平気で言える状況になっちゃってる人っていると思うので、そういう人たちの話がやりたいですね。
- 作品情報
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- 『知らない、ふたり』
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2016年1月9日(土)から新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督・脚本:今泉力哉
出演:
レン
青柳文子
韓英恵
ミンヒョン
JR
芹澤興人
木南晴夏
配給:CAMDEN、日活
- リリース情報
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- アルプ
『知らない、ふたり』オリジナルサウンドトラック(CD) -
2015年12月23日(水)発売
価格:2,000円(税込)
DIAA / YZDI-101411.「善意のいす」 1
2. ヒールのある靴 1
3. 階段状の道
4. アパート 1
5. いすの男
6. 公園
7. ノート
8. ヒールのある靴 2
9. 知らない、公園
10. クロッキー
11. アパート 2
12. Y字路
13. その人
14. ヒールのある靴 3
15. 銀紙
16. レオン
17. 「善意のいす」 2
18. Cherry alp re-construction ver.
- アルプ
- プロフィール
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- 今泉力哉 (いまいずみ りきや)
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1981年2月1日生まれ。音楽ドキュメンタリー『たまの映画』(2010年)で商業映画デビュー。恋愛群像劇『こっぴどい猫』(2012年)がトランシルヴァニア国際映画祭最優秀監督賞受賞を含む数々の海外映画祭で上映。テレビドラマ『イロドリヒムラ』への脚本参加(監督・犬童一心)や、山下敦弘監督とともに共同監督したドラマ『午前3時の無法地帯』など映画以外にもその活動の場を広げ、その後『サッドティー』(2014年)では男女の一筋縄ではいかない恋愛模様を描き注目された。長編映画作品には『たまの映画』『終わってる』『こっぴどい猫』『サッドティー』『鬼灯さん家のアネキ』がある。
- アルプ
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木下美紗都と石塚周太による音楽プロジェクト
- 木下美紗都 (きのした みさと)
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木下美紗都(きのした みさと)1980年生まれ。作曲、音、鍵盤、歌。自身のソロ作として『海 東京 さよなら』『それからの子供』など3枚のアルバムをWEATHER/HEADZよりリリースする他、瀬田なつき監督『彼方からの手紙』『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』などの映画音楽や、ホナガヨウコとの公演『君の知らない転び方』の舞台音楽などを手掛けている。近年では、ピアノによる作曲と3人の演奏によって変幻するトリオバンド「木下美紗都と象さんズ」での活動の他、自作コンタクトマイクを取りつけた物体の演奏や、ラップトップ内で生成したトラックとの非同期演奏、サンプラーによって楽曲とオーディオを改造する試みなど、様々な方法と行為によって音と作曲を捉え直している。
- 石塚周太 (いしづか しゅうた)
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1982年生まれ。ギターやベースの演奏家、トラックメイカー、サウンドエンジニア。木下美紗都と象さんズ、蓮沼執太フィルへメンバーとして参加。近年ではサンプラーによるギターノイズの演奏や自作楽器に自作コンタクトマイクを取りつけての演奏等、音そのものへのアプローチを試みる。また、ポップデュオ、detune.のメンバーとして、WEATHER/HEADZより3枚のアルバムをリリース。DVD売り上げ累計60万部、日本テレビ2015年秋アニメ「Peeping Life」のテーマ曲を担当。NHKみんなのうた『ひげヒゲげひポンポン』のMIXを担当。静岡県浜松市立の小学校校歌の作詞作曲、映画音楽劇伴の作曲等、活動は多岐にわたる。
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