ぼくのりりっくのぼうよみの言語感覚を、『文學界』編集者と探る

昨年12月にメジャーデビューを果たした、ぼくのりりっくのぼうよみ。弱冠17歳の彼は、類まれなる才能とセンスで音楽ファンに衝撃を与え、多くの大人たちを本気にさせた。デビュータイミングに様々な媒体で掲載された彼のインタビューを読んでいて、疑問を持ったことがある。「ぼくのりりっくのぼうよみ」という名前で活動し、リリックの書き方においても高い評価を得ているものの、音楽体験については具体的に語っているが、こと言語における体験についてはあまり語っていないのだ。

そんな折、2月5日に発売された文芸誌『文學界』に、彼の初となるエッセイが掲載された。彼は一体どのような活字に触れ、このような詩的世界を構築し、エッセイを記すことになったのだろうか。又吉直樹の『火花』を担当したことでも知られる『文學界』の編集者・浅井茉莉子と一緒に探ってみたい。

「こんなのロックじゃねえ」「このヒップホップはリアルじゃねえ」みたいな物言いに、前から違和感を持っていました。(ぼくのりりっくのぼうよみ)

―まず浅井さんにお伺いしたいのですが、そもそも彼の存在を知ったのはいつ頃なんですか?

浅井:2015年の10月あたりです。Twitterのタイムラインで偶然流れてきたYouTube動画を見たのがきっかけでした。『文學界』では毎月いろんな方にエッセイを寄稿いただいている枠があり、11月末くらいに「エッセイを書いていただけませんか?」と、Twitterのプロフィール欄に書いてあったメールアドレスにご連絡を差し上げました。

―どういう部分に惹かれて依頼されたのでしょう?

浅井:まずは声と歌い方に惹かれて、それから言葉をよく選んで歌詞を書かれているなと思いました。たとえば“sub/objective”では、1番は平易な言葉で感情を込めて書かれているのが、2番からは客観的な視点が登場してくる。その書き方が面白いなと思い、歌詞を書く感覚とエッセイを書く感覚は全然違うと思うので、まとまった量の文章を読んでみたいという好奇心が湧いたんです。

―浅井さんからメールが届いて、まずどう思いました?

ぼくのりりっくのぼうよみ(以下、ぼくりり):とりあえず「ヤバっ」と思いましたよね(笑)。音楽系の人から連絡が来るならまだわかるんですけど、そうじゃない。メールを頂いて、浅井さんの名前でググりました。

浅井:え、ググったんですか(笑)。

ぼくりり:まあ、まずググりますよね(笑)。そうしたら、又吉さんの名前が出てきて。そこでまた「ヤバっ」となりました(笑)。でも、実は『文學界』のことはよく知らなかったんです。インテリで文化系なおじさんが読んでいるのかな、というぼんやりとしたイメージがあったくらいで、誰が書いているのかとか内容は全然知らなくて。なんで僕に依頼してくれたのか不思議でした。ちょっとびっくりしたのが、特にテーマとかの指示が何もなかったこと。完全に自由だったんです。「なんか書いてくれ!」みたいな(笑)。

ぼくのりりっくのぼうよみ
ぼくのりりっくのぼうよみ

浅井:エッセイをお願いする時は、いつも何も決めずにお願いしています。具体的に何か読みたいというよりも、「エッセイでどんなものを書くのだろう」というところに興味があるからです。

ぼくりり:ただ、そもそもエッセイの定義がよくわからなかったんです。それでまず『文學界』を読んでみたんですけど、それでもよくわからなかった。なので、とにかく思っていることを書いてみました。

―エッセイを読ませていただいたんですが、すごくロジカルに考えて書く方だという印象を受けました。カテゴライズについてのお話でしたね。

ぼくりり:もともと論理構成を考えるタイプだと思います。音楽をやってる中で、いわゆる「こんなのロックじゃねえ」「このヒップホップはリアルじゃねえ」みたいな言い回し、ありますよね? そういう物言いについて前から違和感を持っていたので、このタイミングで考えてみたかったんです。

分析的な視点と創造性って、相反するものだと思いがちですが、それを兼ね備えている。(浅井)

―アルバムのリリースタイミングで受けられていたインタビューの中で、「自分はラップ『みたいなこと』をする人」という自覚を話されてましたけど、デビューすると「変にカテゴライズされた」といった気分もあったのでしょうか?

ぼくりり:インタビューで誘導尋問みたいなことをしてくる人も中にはいると聞いていたのですが、僕にインタビューしてくれた方たちは、全然そんなことなかったですね。それよりも、ネットでの言論に思うことがあって。僕はTwitterでエゴサーチをめっちゃするんですけど、僕の音楽に対する意見を見ていると、カテゴリーにこだわってる人が結構いるんですよ。「こんなのヒップホップじゃないから聴かない」とか。

―でもそこに対して、憤りみたいな感情はなさそうですよね。現象として観察しているというか。

ぼくりり:いやいや、憤ってますよ、実は(笑)。もちろん現象として観察もしているんですけど、自分自身がカテゴリーやジャンルでわけて聴いたり考えたりするタイプじゃないので、こういう人たちを相手にした時に、何ができるのかすごく考えています。

ぼくのりりっくのぼうよみ

―クールな印象があったので、それは意外です。

ぼくりり:エッセイにも書きましたけど、カテゴライズの持つ利便性は確かにあるんです。気になったアーティストがいたら、同じカテゴリーのものを探すことで、自分の興味に近いものに出会うことができる。ただその弊害も実際にあると思うんです。特にネットではネガティブな言葉が強くて、それを書き込んでいる人の人柄は見えず、言葉ばかりが顕在化されるじゃないですか。そういう環境が身近にあるので、書いてみた感じです。

浅井:想像していたよりも、ずっとロジカルな文章が上がってきたので、結構びっくりしました。こういうことを思っている方は他にもいると思うんですけど、高校生でそれをわかりやすい文章に落としこんでいて、すごいなと。この感覚があってのリリックなんだなと腑に落ちたところもあります。分析的な視点と創造性って、相反するものだと思いがちですが、それを兼ね備えている。そこが魅力だと思います。

浅井茉莉子
浅井茉莉子

―まとまった量の文章を書くことは少ないと思いますが、執筆には苦労しました?

ぼくりり:大学受験生なので、文章を書く機会としては小論文のテストがあるのですが、小論文だと1問目は課題文の要約、2問目は課題文に対しての自分の考えを書く、というパターンがあるんです。今回のエッセイはちょっと2問目みたいな感じでした(笑)。論理的な構成についても、「最初に主張があり、情報があり、材料、具体例……」というのを思い出しながら使いました。

浅井:そうそう。あとから、小論文をやってると聞いてすごく納得しました(笑)。でも、ぼくりりさんが音楽活動を通して感じた違和感がしっかりと加味されていて、改めて依頼してよかったなと思っています。

図書館で1週間に一気に14冊くらい借りて、それを読んで次の週に返し、また借りるというループをしていました。(ぼくのりりっくのぼうよみ)

―今日は、ぼくりりさんがどんなものを読んで独自の言語感覚を会得してきたのか聞いてみたいと思っているんです。リリックやエッセイを書く上で影響を受けた本を持ってきてくれたんですよね。

ぼくりり:はい、3冊持ってきました。伊藤計劃の『虐殺器官』(早川書房)、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』(早川書房)、岸見一郎『アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために』(ベストセラーズ)です。

 

浅井:なるほどの読書傾向ですね。特に伊藤計劃さんは、好きなんじゃないかなって勝手に思っていました。

ぼくりり:『虐殺器官』は高校1年生の時に手にとりました。その頃はまだ中二病を引きずっていて、「タイトルがかっけえ! 買うしかねえ!」と思って(笑)。そうしたらものすごく面白かったんです。「虐殺の文法」というものが出てくるんですよ。作中では一定の法則に則って言葉を使うことで、人を殺すことができるんですが、現実にも近いことはありますよね。言葉自体に興味を持つきっかけになった気がします。それに、言葉の使い方もそうですが、なぜかわからないけど、ディストピアみたいなものに惹かれるんです。そういう世界観も、自分の作品と共通しているのかもしれない。

―ディストピアと言えば、核戦争後の世界が監視社会化していて、言論・思想統制がされているジョージ・オーウェルの『一九八四年』も共通していますね。

ぼくりり:なんていうんだろう……自分がそういう社会を待望しているわけではないんですけど、どうしても惹きつけられてしまう。

浅井:SFって思考実験的な部分もあるので、そこが合うのではないですか。

ぼくりり:ああ、そうですね。『一九八四年』は、中二病なら一度は通る道って感じじゃないですか。あれ、そうでもないのかな? 個人的には順当に辿り着いた感覚のある1冊です。

―一方で、ちょっと異質なのが『アドラー心理学入門―よりよい人間関係のために』ですね。

ぼくりり:これは同じ作家が書いた『嫌われる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社)をまず読んで、すごく面白いと思って。それでアドラーについてもっと知りたくて、模試の帰りに池袋のジュンク堂で買いました。アドラーにすごく共感したんですよ。「主張の違う他者を同じ人間として認める」とか、「トラウマは存在しない」とか。トラウマについては、「ただ、そこにある現象に対して自分がどう思うかが逃げる理由になっている」みたいなことが書いてあって、「確かに」と思いました。

左から:ぼくのりりっくのぼうよみ、浅井茉莉子

―お話を聞いてると、自分で読みたいものをちゃんと見つけられてるんだなって思います。自発的に本を読み始めたきっかけって、覚えてますか?

ぼくりり:きっかけ……何だろう……ずっと本が好きで、ただ読んできましたね。小学校低学年の時は、子ども向けのファンタジーが好きでした。図書館で1週間に一気に14冊くらい借りて、それを読んで次の週に返し、また借りるというループをしていました。

―他に好きな作家はいますか?

ぼくりり:神林長平(SF作家)とか、土橋真二郎(小説家、ライトノベル作家。生死をかけた架空のゲームなどを題材にする)とか超好きですね! やっぱり何か好きな傾向はあるのかもしれません。でも、マンガもめちゃ読みますよ。最近は『キングダム』がすごく好きで、泣きながら読んでます。それぞれの時代の人が一生懸命生きている流れを引いて見てみると、大きなスパンでつながって1つの流れになっている。「これが人間だ!」と思って、泣けます……。とにかく活字が好きなんです。何も読むものがないと、ペットボトルに書いてある成分表示とかを読むくらい、活字は自分にとって大事なもの。

―周りの友達は本を読みますか?

ぼくりり:あまり読んでないんじゃないかな。そもそもあまり交流がないのでわからないっていうのもあるんですけど……(笑)。みんな勉強はするけど、本を読んだり音楽聴いたりということはあんまりしてないっぽいんですよね。同世代が何に興味を持っているのかわからない。僕がみんなと一緒にやっていることといえば、ツムツム(アプリゲーム)くらいなんじゃないかな(笑)。

(SFとぼくのりりっくのぼうよみは)言葉を使って世界を作り上げていく感覚が、どこか近いような気がします。(浅井)

浅井:今日はぼくりりさんにおすすめの本を持ってきました。

ぼくりり:うおー、超うれしいです!

浅井:ミシェル・ウエルベック『ある島の可能性』(河出書房新社)と、宮内悠介の最新作『アメリカ最後の実験』(新潮社)。通じるものがあるのでは、と思って選んだらなぜだかどちらもSFになってしまいました。

―このSF4冊の響き合いはちょっとすごいですね。

 

ぼくりり:なんかSF好きな感じ、出てるんですかね?

浅井:言葉を使って世界を作り上げていく感覚が、どこか近いような気がします。ウエルベックは、それこそディストピア小説も書いてますし、思考実験的な要素も強いです。『ある島の可能性』は、2000年後の未来に生きる「ネオヒューマン」という生物が、私たちの生きた時代の記録みたいなものを読み解くというお話です。

ぼくりり:面白そうだ……。

浅井:『アメリカ最後の実験』の宮内悠介さんも、非常に面白い作品を次々と書かれています。過去には『直木賞』候補にもなっていますが、今作は音楽の話でもあるんです。主人公はアメリカでジャズピアノの学校の試験を受けるという、音楽を読む作品でもあるので、おすすめです。

ぼくりり:いいなあ。ありがとうございます。

ぼくのりりっくのぼうよみ

歌詞は、骨格となる「伝えたい意味リスト」みたいなものをガガガッと書いて、それを希釈して散りばめていく感じです。(ぼくのりりっくのぼうよみ)

―お話を聞いていると、想像以上に本や小説がぼくりりさんにとって重要なんだなと感じます。今後、書いてみたいものはありますか?

ぼくりり:実は今回エッセイを書かせてもらってから、いろいろ考えていて、小説を書くのも楽しそうだなと思っています。エッセイとは違って、小説なら登場人物を使って、自分自身の主義主張とは違ったことも表現できるわけですよね?

―フィクションだから表現できることもある、と。

ぼくりり:そうそう。僕の意志とは違うことを表現する時に、歌詞やエッセイだとどうしても難しいんですよ。どうしたって、そこで書いたことが自分のパーソナリティーだというふうに結び付けられてしまから。でも、小説なら、もっと過激なこともできそう。

ぼくのりりっくのぼうよみ

―次のアルバムでは、完全に自分が他者を演じる感覚で歌詞を書きたいと言っていましたが、それは小説でもできることかもしれませんね。

ぼくりり:ああ、そうですね。むしろ小説のほうがいいかも。でも、小説のほうが全体の設定をきっちり構築しなくちゃいけないですよね。歌詞の場合は逆なんですよ。音があるから、ある程度世界観をボカすことで生まれるものがある。

―歌詞を書く感覚と、エッセイや小説を書く感覚を比較した時、一番大きな違いは何でしょう?

ぼくりり:歌詞は、言葉の意味も大事ですが、音としての面白さとかリズムも大事なんですよね。1曲の中でも意味優先な部分と、音優先な部分があります。なので、骨格となる「伝えたい意味リスト」みたいなものをガガガッと書いて、それを希釈して散りばめていく感じで書いているんです。

―面白いですね。浅井さんとしては、もっと何か書いてもらいたい気持ちもあるんじゃないですか?

浅井:そうですね、他の文章もぜひ読んでみたいです。今回のような論理的な文章も面白いんですけど、それこそフィクションとか、感性を使って書かれた時、どんな文章が生まれるのだろうかと気になります。

―ぼくりりさんは、受験、メジャーデビュー、そして文芸誌デビューとなんだかすごいことになってますが、落ち着いたら挑戦したいことってありますか?

ぼくりり:いっぱいありますよ。実は勉強の合間にスマホで「やりたいことリスト」をつけてみたんです。まず株を勉強して、会社や社会の仕組みを知りたい。その後には、実際に会社を作りたいと思っていて。

ぼくのりりっくのぼうよみ

―どんな会社を作りたいんですか?

ぼくりり:どんな、と言うよりも、人を集めてみんなで目標に向かって進んでいくのが面白いなと思って。それが大人の世界では、会社を作ることにつながるんじゃないかと思うんですよ。僕、どちらかと言うと、人を応援するのが好きなんですよね。そのための仕組として会社を作ってみたい。

―やりたいことが多様ですね。いい意味で、ぼくりりさんの頭の中がまたわからなくなってきました。

ぼくりり:ただ頭の中がとっ散らかってるだけかもしれません(笑)。

書籍情報
『文學界』2016年3月号

2016年2月5日(金)発売
価格:970円(税込)
発行:文藝春秋

リリース情報
ぼくのりりっくのぼうよみ
『hollow world』(CD)

2015年12月16日(水)発売
価格:2,160円(税込)
VICL-64487

1. Black Bird
2. パッチワーク
3. A prisoner in the glasses
4. Collapse
5. CITI
6. sub/objective
7. Venus
8. Pierrot
9. Sunrise(re-build)

イベント情報
『CONNECTONE NIGHT Vol.1』

2016年5月6日(金)OPEN 17:00 / START 17:45
会場:東京都 渋谷 CLUB QUATTRO
出演:
Awesome City Club
SANABAGUN.
ぼくのりりっくのぼうよみ
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料金:3,000円(ドリンク別)

プロフィール
ぼくのりりっくのぼうよみ
ぼくのりりっくのぼうよみ

横浜在住の高校3年生、17歳。早くより「ぼくのりりっくのぼうよみ」「紫外線」の名前で動画サイト等に投稿を開始。高校2年生だった昨年、10代向けでは日本最大級のオーディションである『閃光ライオット』に応募、ファイナリストに選ばれる。TOKYO FM『SCHOOL OF LOCK!』で、その類まれなる才能を高く評価されたことで一躍脚光を浴びた。他のトラックメーカーが作った音源にリリックとメロディーを乗せていくラップのスタイルをベースとしつつ、その卓越した言語力に裏打ちされたリリック、唯一無二の素晴らしい歌声、高校生というのが信じられない程のラッパー/ヴォーカリストとしての表現力が武器。2015年12月16日に、メジャーデビューアルバム『hollow world』をリリース。

浅井茉莉子 (あさい まりこ)

文藝春秋入社後、『週刊文春』『別冊 文藝春秋』編集部を経て、現在『文學界』編集部に在籍。



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