「完璧」だけじゃ足りない。9mm菅原×日下貴世志のバンド論

9mm Parabellum Bulletはいつだって孤高のバンドだった。しかしそれと同時に、常に「他者」の存在を求めてきたバンドでもある。9mmが孤高であり絶対的であり続ける理由とは、その「誰も阻害しない」スタンスがあればこそなのかもしれない。

6枚目のフルアルバム『Waltz on Life Line』は、そんな彼らの物語が新章に突入したことを告げる作品だ。今作の中で、菅原は自らの弱さを受け入れている。「僕の弱さを受け入れてくれ。その代り、僕は君の弱さを受け入れる」――まるでそんな言葉が聞こえてきそうなくらい、菅原は音楽の中にその身を投げ出し、聴き手を受け入れようとする。

今回は、菅原と、長らく彼らとレコーディングを共にしてきたエンジニア・日下貴世志の対談を敢行。9mmにとって最も近しい「他者」の視点から、物語を終わらせない、その意味を紐解く。

いつも「うまくまとまるだけじゃ足りない」っていう感覚があって。面白がれるポイントって、ちょっとよろめいたところにあると思うんですよ。(菅原)

―そもそも、9mmと日下さんの蜜月が始まったのはいつからなんですか?

日下:メジャーのセカンドアルバム(2008年『VAMPIRE』)で2曲、一緒にやったところからだよね?

菅原:そうですね。その次のサードアルバム『Revolutionary』(2010年)のときにはもう、僕らと日下さんの相性は完璧だなって思っていました。そこからはずっと、日下さんと一緒にやらせてもらっています。何かを録音してCDなりレコードなりで発表しようとしたら、エンジニアはバンドの一部と言っていいくらい重要な存在なんですけど、僕らにとっての日下さんは「スタジオにこの人がいないと嫌だ」と思える存在なんです。「第五のメンバー」というか、もはや愛用のギターと一緒ですね(笑)。

日下:ははは(笑)。

菅原卓郎
菅原卓郎

―「愛用のギターと一緒」なんて、ギタリストからの最上級の賛辞じゃないですか。具体的にどういった部分で、9mmと日下さんの相性の良さを感じますか?

菅原:自分たちが「この曲はここが面白いよね」って思っているところと、日下さんが面白いと思ってくれるところにズレがないんです。「バンドがやっていることをそのまま録るんだ」って日下さんはよく言うんですけど、そこがまさに自分たちと同じ価値観だなって。

日下:9mmは全員が「せーの」でバン! と録るんだけど、その瞬間に四人が鳴らした音や空気感をどう聴かせるのか? ということを考えるのが僕の仕事だから。今は技術も発達しているし、後からどうとでも音を付け足すことはできるんだけど、バンドが人様に喜んでもらえるのって、やっぱり「やったぞ!」っていう、その瞬間の素晴らしさだと思うんですよね。レコーディングにしてもライブにしても、9mmは昔から、うまくまとまることを最終目標にはしてこなかったと思うし……だから、レコーディング、楽しいよね?(笑)

菅原:そうですね。いつも「うまくまとまるだけじゃ足りない」っていう感覚があって。ある一定水準のものを録音するのは当たり前なんだけど、それを超えるテイクを録音したいんですよね。完璧な演奏でも出せない「勢い」ってあると思うんですけど、もしそれが出せるのなら、演奏のタイミングがちょっとズレていてもいいとすら思います。面白がれるポイントって、ちょっとよろめいたところにあると思うんですよ。「完成させたら終わり」ではなくて、むしろ自分たちでも思ってもみなかった形にしたいんです。

メンバー個人の気持ちなんてクソみたいなもんだと思っている部分もあって。曲さえ良ければいいんだから。(日下)

―それって完璧な作品を作るより難しい作業かもしれないですよね。9mmと日下さんが作るものに完成形を指し示す設計図はないわけで。その状態で作品作りを続ける秘訣って、どこにあるんですか?

日下:実のところ、我々はスタジオ内ではわりとカジュアルな会話ばかりなんですよ。「周波数がどうの」みたいな専門的な話はしないよね?

日下貴世志
日下貴世志

菅原:ほとんどしないですね。「この高い音、もうちょっとだけ鋭く!」とか、抽象的なことばっかり(笑)。日下さんと一緒に作業し始めてからは、「これはかっこいい!」って思えるものが同じなら、道のりはそれぞれのやり方でいいと思っていて。その頃から「よりこの現場を楽しくするにはどうしたらいいんだろう?」って考えるようになりましたね。メンバーそれぞれのアイデアをきちんとキャッチするには、とにかくリラックスすることが大事なので。そのためにカジュアルな会話を大切にしている部分はありますね。

日下:体が硬くなると、演奏が小さくなっちゃうからね。1曲につき何回もテイクを重ねることもあるけど、結局使われるのは、その中の1テイクなんですよ。その都度、それぞれ個人的に上手くいかなかった部分があったとしても、その負のマインドを作品に残すわけにはいかないからね。だから、いい空気を作って、そこで爆発してもらうのは重要なことなんです。

菅原:日下さんの9mmに対する視線って、おじいちゃんの孫に対するそれに近いんですよ。「障子もバリバリ破いちゃっていいぞ~」みたいな(笑)。愛はあるんだけど、楽曲に対してもバンドに対しても中立だから判断を間違わない。

日下:そうだね。いい空気を作るのは大事だけど、それと同じくらいメンバー個人の気持ちなんてクソみたいなもんだと思っている部分もあって。曲さえ良ければいいんだから。

菅原:うん、そうだと思う。形に残すものを作るときは特に、途中経過も大事だけど、ゴールがかっこよかったらそれでいいと思います。

日下:その点に関しては、僕はおじいちゃんの愛情は持ち合わせていないんだよね。でも、楽曲に対しての愛情はある。その愛情をみんな求めているし、そのために雇われている身だからね。いい曲を作るためなら、極端な話、個人が傷ついてもいいとすら思う。

菅原:いくらへこたれようが、やらなきゃいけないですからね。

日下:そう。上手くいかないときだって、どうしたってある。でも、そんなことはどうでもいい。やるしかないんだよ。

「大体この方向性で、最高のものを作ろう」っていう感じで進めていくと、どんどん自分たちの予想を裏切ることもできる。(菅原)

―日下さんから見て、新作『Waltz on Life Line』はどんなアルバムになったと思いますか?

日下:これが難しくて……結果として、すごくいいアルバムだと思うんだけど、最初は「とっ散らかっちゃうかもなぁ」って心配していたんですよ。今回は四人全員が作曲していて、バラバラになってもおかしくなかったし、プリプロの段階では完成形が全然見えなかったけど、完成してみたらすごく腑に落ちる形になったよね。

菅原:そうですね。今回は、作曲の期間をガッツリ取って、全員がノルマを課されたかのように曲を書いてくるっていう、今まで全然やってこなかったことをやりたかったんです。じっくり曲を書いてみたかったんですよね。でも、このやり方だと当然、メンバーそれぞれの個性は立つんだけど、9mmとしての統一感が消えてしまう危険性がある。だから日下さんを含めた全員が「これは気を引き締めて取り掛からないとな」って感じていて。

9mm Parabellum Bullet
9mm Parabellum Bullet

―こうした作り方をすることには目的があったんですよね?

菅原:いや、むしろ後先考えずに始めた結果なのかもしれない(笑)。

日下:ははは(笑)。いつも作品が勝手に成長させてくれるんだよね。

菅原:そうですね。さっきのレコーディングの話にも通じるんですけど、バンド自体も完成形を決めすぎると、そこに当たっているか、外れていているかっていうジャッジになっちゃう。だけど、「大体この方向性で、最高のものを作ろう」っていう感じで進めていくと、どんどん自分たちの予想を裏切ることもできるんです。

菅原卓郎

日下:そういう意味では、9mmは流動的な活動をしてきたバンドだとも言えるよね。

―たしかに、先ほどの「完成したから終わりじゃない」というレコーディングの話も、曲自体を流動的なものとして受け止めているということですもんね。

菅原:できるだけ留まらないように、上手く流れながら進めるようにやってきた部分はあるかもしれない。「過去」になってこそ腑に落ちるものだってありますからね。「ここまでしかできなかった」「もっとできたはずだ」なんて思うことは山ほどあるし、すべてが完璧に上手くいくことなんてないけど、いざ作品としてパッケージされてみんなの耳に届くころになると、「ああ、作品にとっては関係ないことだったんだ、やっぱり」っていうことがわかることもあるし。

日下:チーズが発酵して美味しくなるのと一緒で、時間が経ってからこそ生まれる良さだってある。たとえば“生命のワルツ”の歌詞って、最初に読んだときはすごくパーソナルな歌詞に見えたんだけど、時間が経ってみると、すごく普遍的な歌詞にも思えて。

菅原:パーソナルな関係を通過しないと普遍的なものは生まれないということは、“生命のワルツ”の歌詞を書いているときに考えていました。この歌詞は、一番近い存在のメンバーに対して書こうって思ったんです。まずはメンバーに歌って、それが通じたら、その向こう側にいるファンたちや、仲間のバンドたちへの「共闘しようぜ」っていうメッセージにもなるのかなって思って。そうしたら本当に、この曲をライブで演奏すると、すごく激しい曲なのに会場では「聴かせる曲」の空気になったんですよ。メンバーに向けて書いた歌詞だけど、ファンの人たちにも沁みていく実感があったんです。

―“生命のワルツ”が1曲目にあるのは大きいですよね。<行き着く場所は同じさ 生き方が違うとしても>という力強くて包容力のある言葉を歌うこの曲が冒頭にあるからこそ、その後のメンバーそれぞれの個性が立った曲がバラバラにならずに、アルバム全体に一本の芯を通している。

菅原:うん、まさにそれは意図していました。懐の広い曲なんですよ、“生命のワルツ”は。

「わからない」って歌うことで、聴く人に寄り添えるんじゃないかと思ったんです。(菅原)

―今回の作品で、菅原さんは「わからない」ということを強く歌っていると思ったんです。絶対的なものが存在しない、確信がない、未来が見えない……そういうことを否定するのではなく、肯定的に歌っているなと思って。

菅原:そこも意図していましたね。“Black Market Blues”(2009年『Black Market Blues e.p.』収録)とか“新しい光”(2011年『新しい光』収録)みたいに、みんなを強く引っ張っていくような、何かはっきり答えがあるものを書けるモードじゃなかったんですよ。確信がない以上、無理やりそういう言葉をひねり出して歌っても嘘になってしまう。それなら、「今はこれしか書けない」っていう言葉をどんどん書いちゃおうと思って。「わからない」って歌うことで、聴く人に寄り添えるんじゃないかと思ったんです。でも、こういう書き方は、昔はOKしなかったかもしれない。

日下:そうだろうね。

左から:菅原卓郎、日下貴世志

―「自分はわからない」と人に伝えることって、その人に何かを委ねる行為だと思うんですよ。そういう意味で、このアルバムは聴き手に多くを委ねているし、逆にその余白のなかに多くを受け入れることのできる、すごく優しいアルバムになっていると思いました。

菅原:うん、優しさはあると思います。“Black Market Blues”みたいにひとつの世界観でグイグイ引っ張っていくのって、ある意味では「閉じている」状態でもあるんですよ。その物語の中に聴き手を閉じ込めている。そういう世界を作り上げていくような、物語を見つけていく歌詞の書き方をあまり面白いと思えなくなったんですよね。それより、自分が経験したことのある感情を、みんなが共感できる「こういうこと、感じたことあるよね?」っていう状態にして歌詞として表す……これが今の自分にとって一番しっくりくる書き方だったんです。

日下:歌詞の絶対的なクッキリ感はなくなったよね。ただ、逆に演奏面での絶対的クッキリ感は増したから、そのギャップから生まれる違和感は面白いよね。全部がガチガチに固まっているよりも、聴き手の想像が働く部分も多いし。

菅原:サウンドがクッキリしたからこそ、こういう歌詞を書けたのかもしれないです。力強さはバンドに託すことができたから、歌と歌詞の世界では自分の弱さを見せられたというか。ただそれも、「超ハッピー!」とか「ものすごく悲しい!」とかではなくて、「あのとき、こんないい景色があったよね?」とか、その程度の曖昧なことで、どこかに辿りついているわけではないんだけど……でも、そんな気持ちの途中経過を表現することで生まれるものもあるのかなって。

日下:今回はたしかに、「途中」感のある歌詞は多いよね。

―歌詞もまた、流動的になったということですよね。5曲目“反逆のマーチ”に<誰に聞いても答えは「そんなこととっくに知っている」>というラインがありますよね。これはまさに今の時代感を表しているラインだと思うんです。誰もが自分の持っている「正解」の中に閉じ籠ってしまう。音楽を取り巻く状況も、それぞれのシーンが閉ざされた空間のようになっていて。このアルバムは「わからない」と歌い鳴らすことで、そういった時代感に突き刺そうという意識もあったのかなと思ったんですけど、どうですか?

菅原:もちろん、同じ時代に生きている人たちに対して言いたいことがないわけではないんだけど、僕らの場合は、もっとパーソナルなところが出発点でありゴールなんだと思います。音楽シーンに関しても、今言ってくださったような状況になってしまうのって、「聴き手にはこう聴いてほしい」とか「バンドにはこうあってほしい」っていうことが、みんなの中にきっとあるからだと思うんですけど……でも、人間ってそんなに簡単にコントロールできないですよ。整っていない状態とか、何が起こるかわからない状態って、別に珍しいことじゃないから。

日下:本当にそうだよね。言葉ひとつとったって、人それぞれ全然違う意味に受け取られるんだから。

菅原:そうそう。それだったら、歳を重ねていく中でも通じていく価値観を、ちゃんと形にすることで周りにいい影響を与えたいと思いますね。それって音楽を通じて自ずと出てくるものだし、そのほうが、よっぽど自分の周りを変えることができるんじゃないかと思う。何の先入観もない人たちが感動できるほうがいいなと今は思っているんですよね。

日下:清廉であることを目標にもしていないしね。単純に、自分たちなりにいい曲を書く、いい詞を紡ぐということをただ続けて、9mmはここまできたっていうことだよね。

菅原:うん、まさにそうだと思いますね。

左から:菅原卓郎、日下貴世志

日下:……でもさ、なんで僕らは音楽を作っているんだろうね?

菅原:わからないですよね。

日下:わからないね。

菅原:わかんないけど、これをやらなきゃいけない気がするんですよね。これをやらないと心が死んでしまう気がする。

―今の話のうえで敢えて訊かせてください。「バンド」が今の世の中に伝えられることがあるとすれば、それはなんだと思いますか?

菅原:「バンド」であるということ、それだけだと思います。何人かの人間が集まって何かを生み出すことで、こんなに泣いたり笑ったりできることがある……それこそがバンドが伝えられることだと思いますね。「バンド」がどんな状態かといったら、メンバーが「演奏している」状態だと思うんですよ。それは、このインタビューの文章の中にもいない、演奏している場所、歌っている場所……そこにしかいない、それがバンドなんです。それって実際に体験しなければ得られないものなんですよ。バンドが世の中に訴えることができるとしたら、それは演奏している姿そのものだと思う。それはずっと変わらないと思います。

リリース情報
9mm Parabellum Bullet
『Waltz on Life Line』初回限定盤(CD+DVD)

2016年4月27日(水)発売
価格:4,104円(税込)
COZP-1155/6

[CD]
1. 生命のワルツ
2. Lost!!
3. 湖
4. Mad Pierrot
5. 反逆のマーチ
6. ロンリーボーイ
7. Kaleidoscope
8. Lady Rainy
9. ダークホース
10. 誰も知らない
11. 火祭り
12. モーニングべル
13. 迷宮のリビングデッド
14. スタンドバイミー
15. 太陽が欲しいだけ
[DVD]
・『QUATTRO A-Side Single「反逆のマーチ/ダークホース/誰も知らない/Mad Pierrot」 Release Party at SHIBUYA CLUB QUATTRO 2015.09.09』
1. 荒地
2. Invitation
3. Mr.Suicide
4. Mad Pierrot
5. 黒い森の旅人
6. Trigger
7. Mr.Brainbuster
8. 悪いクスリ
9. 反逆のマーチ
10. Punishment
・『ゲリラライブat TOWER RECORDS SHIBUYA 2015.09.09』

プロフィール
9mm Parabellum Bullet
9mm Parabellum Bullet (きゅーみりぱらべらむばれっと)

2004年3月結成。菅原卓郎(Vo・G)、滝 善充(G)、中村和彦(B)、かみじょうちひろ(Dr)からなるバンド。2007年、いしわたり淳治をプロデューサーに迎えたデビューディスク『Discommunication e.p.』でメジャーデビュー。2014年、結成10周年記念ライブ「10th Aniversary Live ”O”/”E”」を開催し、ベストアルバム『Greatest Hits』を発表。2015年9月9日にQUATTRO A-Side Single 『反逆のマーチ/ダークホース/誰も知らない/Mad Pierrot』をリリースし、2016年4月、6thアルバム『Waltz on Life Line』を発表、6月にワンマンライブ「9mm Parabellum Bullet LIVE 2016 “Waltz on Life Line” at 日比谷野外大音楽堂」、ワンマンツアー「9mm Parabellum Bullet TOUR 2016 “太陽が欲しいだけ”」の開催が決定。

日下貴世志 (くさか きよし)

レコーディングエンジニア。デビュー当時からACIDMANのレコーディングに携わっているほか、UA、9mm Parabellum Bullet、SOIL&”PIMP”SESSIONS、Chara、bloodthirsty butchersなど多くのアーティストの作品を手がける。



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