アーティストや表現スタイル、違ったジャンルがぶつかり合うことで、新しい表現をも生み出す可能性を秘めた「コラボレーション」という作り方。パフォーミングアーツの世界でも「ままごと」の柴幸男と□□□の三浦康嗣による『わが星』や、地点と空間現代による『ミステリヤ・ブッフ』、岡田利規と現代美術家・高嶺格による『God Bless Baseball』といった数々の名作が生み出されてきた。
6月に上演される『ありか』も、ダンサーの島地保武と、ラッパーの環ROYとのコラボレーションによる作品。多忙を極める二人が3か月という時間を共にし、共同生活をしながらのリハーサルも重ねられている。
共通の知人を介しての付き合いはあったものの、ほとんどお互いのことを知らないままリハーサルに入り、創作の取り組み方も真逆だったという二人。そんな彼らは、いまどのようにして作品に取り組み、その才能はどのようにして混じり合っているのだろうか? まずは動いてみるというダンサー島地と、何事も言語化せずにはいられないラッパー環ROY。二人の水と油のようなコラボレーション論が展開された。
ぼくは、はじめからイヤだと思ってたよ(笑)。(環ROY)
―今日は、お二人のコラボレーション作品『ありか』の稽古場にお邪魔させていただきましたが、4月からは名古屋で共同生活をしながらリハーサルをされるそうですね。
島地:イヤだなあ……。名古屋では一軒家を借りて、一緒に寝泊まりしまがらリハーサルをすることになっています。はじめは「そんな共同生活もいいよね!」って盛り上がってたんですけど、よく考えたらずーっと一緒だし、だんだん不安になってきました(苦笑)。
環:ぼくは、はじめからイヤだと思ってたよ(笑)。
―二人とも、あまり共同生活には乗り気ではない(笑)。公演ウェブサイトにも「決してやり易い相手でないけれど、だから共にやってみる」という島地さんのコメントがありましたね。
島地:表現のベースにしている共有言語が違うので、そのギャップはどうしてもありますよね。たとえば、ROYくんに「こういう動きをやってほしい」とお願いすると、その度に「どうして?」と問い返される。ダンサー同士だと「ああ、はいはい」「そうだよね」で進むことでも、ROYくんは「これはなに?」「どういうゴールになるの?」と、説明を求めてくるんです。
環:ぼくは言葉の人だから、できるだけ観念を言語化していきたい。けれども、島地さんは身体の人だから、振付の説明もこちらから聞かないと教えてくれないんですよ(笑)。
―感覚だけじゃなく、言語化しないと伝わらないこともある。
環:コミュニケーションについても、島地さんは身体的な時間を共有したほうが近くなれるタイプで、ぼくは会話とか精神的なコンタクトをしたほうが近くなれるタイプ。真逆なんです。稽古がはじまったころは、ぼくのほうからすごく話しかけていましたよね。
島地:でもそのおかげで、自分に対しても「どうしてなんだろう?」って、振り返るきっかけになっています。説明していく過程で、こちらとしても刺激になるし、勉強をすることができるんです。
―まったくやりかたの違う二人のコラボレーションなんですね。
島地:ダンサー同士でスタジオに入るときは、すぐに身体を動かしていくのが普通なんですが、今回の稽古では、スタジオの端で延々しゃべっているだけのことも多いんです。最初は抵抗があったんですけど、いまでは「スタジオを借りたら身体を動かなきゃならない」っていう固定観念が壊されて、1日しゃべって終わるのも素敵な時間だと思えるようになりました。だんだんROYくんの考えに侵食されています(笑)。
―もともと、どのような経緯からコラボレーションがはじまったのでしょうか?
島地:ROYくんとやってみたいと愛知県芸術劇場のプロデューサーに相談したのがきっかけです。普段からヒップホップやROYくんの曲が好きで、知り合う以前から公演のウォーミングアップのときなどに彼の曲をよく聴いていたんですが、ある日、ROYくんが共通の知り合いを介して、ぼくのパフォーマンスを観に来てくれたんです。それで終わった後にご飯を食べに行ったら、ワイングラスの持ち方がおかしかった。
環:グーの手で持ってたんだよね。
島地:ラッパーがマイクを握るときみたいな持ち方をしていたんです(笑)。その仕草が印象的だったのが、一緒に創作してみたいと思ったきっかけの一つ。そんな経緯があり、後日ROYくんのライブを観に行った後、「なにかやりましょう!」と誘ったんです。
同じことを繰り返していると、窮屈に感じてきてしまう。(環ROY)
―環さんは、ホナガヨウコさんとのコラボレーション作品『かみあわない』(2013年)や、金沢21世紀美術館でのソロパフォーマンス『いくつもの一緒』(2015年)など、ここ数年パフォーミングアーツの世界に踏み出されている印象があります。実際に稽古に入ってみて、島地さんとの創作はいかがでしょうか?
環:時間がかかることは予想していましたが、思っていたよりもさらにたくさん時間を使うんだなって思いました(笑)。ふだん制作しているポピュラーミュージックの世界は高度にルール化されているので、すべてがもっと速いです。パフォーミングアーツに比べるとスピード感覚がまったく違います。
島地:今回みたいに、結果がまったくわからない作品を作ることにも慣れてないでしょ?
環:そうそう。「うわー、ゴールが見えないよ……」って戸惑いますね(笑)。ぼく、いまは『ありか』に集中していて、これだけを考えたいから他の仕事はほとんど断っているくらいです。ほんとに慣れていないので(笑)。
―音楽の作曲やラップだけでなく、島地さんと共に即興的な動きを展開していたり、パフォーマーとしての比重もかなり大きくなりそうですね。
島地:「動きに音楽をつけてください」っていうオーダーではなく、ゼロから作品を一緒に作っています。だから、ROYくんにとってもかなりハードな作業だと思いますね。
環:大変は大変です……。でも、音楽ライブだとある程度フレームが決まっていて、ライブハウスで、ステージがあり、PAシステムがあり、という環境でやることがほとんどですよね。もちろん、それにやりがいを感じているのですが、そのフレームの外でも考えたり、創作したいという感情は常に持っているので誘われたことをすごく嬉しく思ってます。
―効率的で役割分担がはっきりしたコラボレーションよりも、大変だけど刺激的で可能性の広がるコラボレーションを選んだということですね。
環:同じことを繰り返していると、窮屈に感じてきてしまうんです。『ありか』は、とても大変な仕事ではあるけど、だからこそ得難い経験になるだろうなーと思っています。
島地:ある意味、すごく豊かなことをしているよね。
環:すごく贅沢な創作をやらせてもらっていると思います。
―二人の間に、共有する前提も共通点もほとんどないなか、リハーサルはどのようなところからスタートしたのでしょうか?
島地:パフォーミングアーツ的な作り方ではありますが、とりあえず動いてみようと、お互いの身体に触れるところからはじめました。でも、ROYくんからは「距離が近すぎない?」という意見が……(笑)。
環:ダンサーの人たちって、なんでこんなに近づきあってパフォーマンスするんだろう? って疑問に思ったことありません?
島地:たしかに言われてみれば、ぼくらはいろんな動きをするけれど、普通に暮らしている人は、他人に触れられるだけでなく、床にゴロンと寝たりすることだって、服が汚れるからイヤだと感じますよね。特にROYくんは潔癖なところがあるから、あまりそういうことが好きじゃない。いつの間にかぼくもそれが当たり前だと慣れていたのですが、もちろんぼくでも知らない人との接触には抵抗はあります。だから、まずお互いの身体に慣れていくところからスタートしたんです。
―身体への接触や、言葉でのやりとりを通じて、考え方の違う二人が打ち解けていったんですね。
島地:いまだにぎこちない部分もありますけどね(笑)。
相手のクセを盗みたいなと思っています。『ありか』では、ぼくとROYくんがお互いに回路を交換しているのかもしれません。(島地)
―島地さんは『ありか』について、「創造の原点に立ち返る」ともコメントされていましたね。島地さんにとっての「創造の原点」とはどのようなものでしょうか?
島地:先日のリハーサルでも、人の活動として、言葉よりもダンスのほうが先に生まれたんじゃないかと話していました。また、いまではダンスと言葉ってはっきり分かれていますが、最初はもっと近い関係だったんじゃないかなとも思っているんです。
―ジャンルにこだわらず、「表現の本質を追求する」ということでしょうか?
環:そういうテーマを共有できる人同士で作品を作れたらいいね、とは最初から話していました。たとえば、音楽は「朝 / 夜、朝 / 夜」という2拍からリズムが生まれたんじゃないか? 心臓の拍動と太陽のリズム、それが音楽の原点じゃないか? だから、リズムを認知することは、人間の生存にとって必要なことなんじゃないか? 最近はそんなことを考えています。そういった本質的な会話を共有できる楽しさも、島地さんと一緒にやってみたいと思った要因でした。
―なるほど。先ほど見せていただいた稽古では、急にラップがはじまったり、即興的なアクションもたくさん取り入られているようでした。世界有数のダンスカンパニーである、ザ・フォーサイス・カンパニーで活躍してきた島地さんのダンスは、理論に基づいた即興的な動きが魅力の一つですよね。『ありか』も、インプロビゼーションの要素が強いものになるのでしょうか?
島地:そうですね。そんなにカッチリ作られたものにはしたくないと考えていますが、作品の構成は決まっています。決められた振付を踊りながらも、また歌詞を歌いながらも、インプロの良さであるお互いを感じ合いながら、その瞬間に作詞するような、振付するような要素は大切にしたいと考えています。
―舞台美術も特徴的で、2つの島と両者をつなぐブリッジがあり、それを観客が取り囲むように鑑賞するスタイルになっています。まるで、MCバトル会場を想起するような、対立構造の舞台ですね。
島地:イメージとしては、向こうの田んぼとこちらの田んぼ、あるいは向こうの文化とこちらの文化、といったものが浮かんで、このような舞台になっています。
―もちろんそれは、ラッパーとダンサーというジャンルの対立でもあるわけですね。
島地:あと、お客さんが見る方向を選べる空間にしたかったんです。みんなROYくんのラップを見ずに、ぼくの動きを見ているかもしれないし、逆もあるかもしれない。どちらかを集中して見ていると「こっちもあるよ!」って突然パフォーマンスがはじまったり。
環:それすごくいいよね。「この世界のすべてを見渡すことなんてできない」って感じがします。当たり前のことだけどね。
―対立するだけでなく、島地さんがサンプラーを演奏しながらラップしたり、環さんが身体を激しく使った動きを行うこともありそうですね。相手のフィールドに入り込み、交じり合っていく二人の姿も楽しめるのでしょうか。
島地:そうですね。相手のクセを盗みたいなと思っています。長年やっていると、どうしても自分のクセみたいな動きが出てしまうのですが、それと付き合いつつも、新しいクセを身に着けたいという欲望があるんです。毎回、自分のなかの回路が同じでは飽きてしまいます。『ありか』では、ぼくとROYくんがお互いに回路を交換する作業をしているのかもしれません。
環:いまのところ、ぼくたちは「俺が、俺が!」とあまり個を押し出さないコミュニケーションで創作をしています。自発的に動くのではなく、外からの情報に触れ、感じて、動かされていくような関係に自然となったので、個を押し出してそれを融合させるというよりも、お互いの個を溶解させるようなコラボレーションにできればと思っています。
- イベント情報
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- 島地保武×環ROY
『ありか』 -
2016年4月22日(金)~4月24日(日)全3公演
会場:愛知県 名古屋 愛知県芸術劇場 小ホール
演出・振付:島地保武
音楽:環ROY
出演:
島地保武
環ROY
料金:一般3,000円 学生席1,000円
- 島地保武×環ROY
- プロフィール
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- 島地保武 (しまじ やすたけ)
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ダンサー / 振付家。1978年長野県生まれ。テレビ番組『ダンス甲子園』の影響で踊りはじめる。2004年より金森穣が率いるNoismに所属し、2006年にはウィリアム・フォーサイス率いるザ・フォーサイス・カンパニー(ドイツ)に入団。2013年、酒井はなとのユニットAltneuを結成。2015年からは日本を拠点に活動を開始し、Shimaji Projectとして『glimpse ミエカクレ』(原美術館)、『身奏/休息』(神奈川近代美術館葉山)を発表。資生堂第七次椿会(2015年~)のメンバーでもある。
- 環ROY (たまき ろい)
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ラッパー / 音楽家。1981年宮城県生まれ。東京都在住。主に音楽作品の制作を行う。これまでに最新作『ラッキー』を含む4枚のCDアルバムを発表。『フジロックフェスティバル』など国内外のさまざまな音楽祭に出演する。その他、パフォーマンス作品やインスタレーション作品、広告音楽などを多数制作。ミュージックビデオ『ワンダフル』が『第17回文化庁メディア芸術祭』にて審査委員会推薦作品に入選。インスタレーション『sine.sign』が『第1回高松メディアアート祭』にて『審査委員特別賞』を受賞。
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