開いた絵本のページから、水彩で描かれた色とりどりの世界がこぼれ落ちる。そんな、まばゆくてチャーミングな光景を電子音と「声」によって作り上げているのが、おのしのぶ(Vo / 絵描き)とDJ Obake(トラックメイカー)によるポップユニットHer Ghost Friend(以下HGF)だ。
このたびリリースされた、彼らの3rdアルバム『君のいる世界が好きだよ』は、一組の男女が何度も生まれ変わりながら、様々な時空を旅するというコンセプトに基づき制作されたもの。おのの描く柔らかくぬくもりのあるタッチのイラストと相まって、ノスタルジックかつフィーチャリスティックな感覚を聴き手に喚起させる不思議な作品に仕上がっている。おそらく、二人が幼少の頃に親しんだ1980年代カルチャーが、HGFの世界観に大きな影響を与えているに違いない。
新作のリリースにあたり、彼らを『シブカル祭。』に招聘し飛躍のキッカケを作ったビームス創造研究所のクリエイティブディレクター・青野賢一を交えた鼎談が実現。80年代にYellow Magic Orchestraの「洗礼」を受けた青野とともに、HGFの音楽性や新作の意図、さらには電子音の持つ可能性などについて語ってもらった。
僕らって、あまり自分たちのことを「ミュージシャン」というふうには思っていないところがあって。「音楽を作っている」という意識は希薄なのかもしれないです。(DJ Obake)
―Her Ghost Friend(以下HGF)のお二人と青野さんは、『シブカル祭。』がキッカケで知り合ったそうですね。
青野:そうなんです。PARCOさんで毎年開催している『シブカル祭。』の企画運営に、僕は初年度から関わっていて。様々な分野のクリエイターを探していて資料に目を通しているときに、HGFを見つけたんですよ。最初は彼らのアートワークに興味を持って、PARCOギャラリーに作品を展示させてもらおうと思ってコンタクトを取ったんです。翌年にはHGFとしてライブ出演してもらい、以降はゆるゆると交流が続いている感じです。
―HGFの音楽性については、どのような印象をお持ちでしょうか。
青野:いわゆる、「歌声をちゃんと聴かせる」というタイプの音楽じゃないところが面白いですよね。感情を込めて歌い上げるわけでもないし、そもそもメロディーの音域もそんなに広くない。
おの:(笑)。
青野:曲の中での「歌」の役割というのが、あまり中心にないというか。あくまでも音色の一つ、フレーズの一つとして扱われている。メロディーを歌うだけじゃなくて、ポエトリーリーディングっぽいところもあるじゃないですか。そういうところがオリジナリティーなのかなと思います。
―Obakeさんは映像作家を目指していた時期があり、おのさんは絵本作家になりたかったそうですが、お二人の中にある「物語性」といったようなものが、HGFの音楽の中にも活かされている気がします。
おのが手がけた『恋する惑星、果てしない物語』(2013年)ジャケット
Obake:そうですね。僕らって、あまり自分たちのことを「ミュージシャン」というふうには思っていないところがあって。楽器も弾けないし、楽譜も書けないし、「音楽を作っている」という意識は希薄なのかもしれないです。それに、ミュージシャンの人たちってみんな音楽が大好きじゃないですか(笑)。そういう方たちに対して、僕らがミュージシャンを名乗るなんておこがましいんじゃないかと思うくらいで……。
「音楽しかない!」っていう切羽詰まったものではなく、何かしら表現するための手段が、たまたま音楽だったというか。特定のジャンルやカテゴリーに属しているという感覚も薄いですし。
―現代美術アーティストの谷口真人さんと交流があったり、東京都現代美術館でサーダン・アフィフ(コンセプチュアルアートを手がけるフランス人アーティスト)とコラボしたりするのも、HGFというものを音楽ユニットというより、もっと「アートフォーム」として広く捉えているからでしょうか。
おの:ああ、そうかもしれませんね。
青野:まあ、音楽家だからといって音楽だけやらなきゃいけないわけじゃないし、いろんな活動のカタチがあっていいんだと思いますね。HGFのいいところは、絵もおのさんが描くし、音楽も「一人称」で作っていくじゃない? そこがアドバンテージになるんじゃないかなと。
―青野さんご自身も、執筆、PRディレクション、選曲、DJなど、様々なお仕事をなさっていますから、そのあたりで共感する部分もあるのかなと。
青野:僕の場合は「隙間産業」みたいなものだから(笑)。
おそらく自分の絵の原体験みたいなものって、幼少期を過ごした昭和時代の「かわいいもの」とかにある。(おの)
おの:青野さんに聞きたかったんですけど、そもそも私の絵のどんなところを気に入ってくださったんですか? HGFは、『シブカル祭。』で青野さんにピックアップしていただいて、そこから色んなところへ広がっていったんですよね。
青野:確かに『シブカル祭。』は、アーティスト同士の交流とか結びつきを生み出した側面があるよね。おのさんの絵は、サンリオ的なタッチをさらにスタイリッシュにした感じだなと思う。そこが、イマドキのイラストレーターにはあまりない感覚ですよね。あとは、モチーフが原田治さん辺りのちょっと昭和っぽいイラストに通じる印象があって。
Her Ghost Friend『君のいる世界が好きだよ』ジャケット(Amazonで見る)
―サンリオや原田治もそうですが、個人的には『ななこSOS』(吾妻ひでお)や、『魔法の天使クリィミーマミ』(高田明美)といった漫画のタッチを彷彿させます。今挙げたようなイラストにある昭和っぽいテイストは意識していますか?
おの:おそらく自分の絵の原体験みたいなものって、幼少期を過ごした昭和時代の「かわいいもの」とかにあるから、無意識に頭に刷り込まれているんですよね。小さい頃はそれこそサンリオが大好きで、『キキララ』(『リトルツインスターズ』)とか見ていました。
青野:ずっと今みたいなタッチで描いてきたの?
おの:水彩画を使うようになったのはHGFの活動を始めてからで、それまでは、色んな作家さんにそのときどきで影響を受けて。とりわけ近藤聡乃さん(アニメーション、漫画、ドローイング、油彩など多岐に渡る作品を国内外で発表しているイラストレーター)が大好きで、彼女みたいな絵ばっかり描いていた時期もありました。
―近藤さんは竹久夢二(数多くの美人画を手がけた大正ロマンを代表する画家)をモードっぽくスタイリッシュにした感じがありますね。
おの:そうですね。近藤さんの作品はちょっと毒がありますけど、私が今のようなふわふわしたタッチの絵を描くようになったのはHGFからですね。絵のタッチが変わったのはおそらく、自分のルーツに正直になったからなのかなと。自分の中にあるものをストレートに出した最初の絵は、HGFの1stアルバム(『Her Ghost Friend』)のジャケットかもしれない。
Her Ghost Friend『Her Ghost Friend』(2011年)ジャケット
80年代はアカデミックなものがある一方で、アイドルやアニメ文化もあった。それらを等価値で並べたり、同じ切り口で話ができたりするのは、今の時代にも通底している気がします。(青野)
―ここまでお話を伺って、HGFの世界観やおのさんが描くイラストを読み解くには「昭和」が一つの鍵となりそうだと感じるのですが、青野さんにとっての「昭和」というと?
青野:1980年に僕は12歳だったので、やっぱり80年代になりますかね。その辺の影響はものすごく強かった。とりわけYMO(Yellow Magic Orchestra)の影響は大きくて。YMOが映画やアート、文学などの入り口になったっていうところは結構ありましたね。彼らの1stアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』の曲名が、ゴダールの映画のタイトル(“東風”“中国女”“マッドピエロ”)から取ったもので、そこからヌーヴェルヴァーグ(1950年代末に始まったフランスにおける映画運動)を知ったり。
―「YMOが『いい』って言ってるんだからいいんだろう」みたいな空気感が当時ありましたよね。
青野:はい。そこから広がったというのはありますよね。あと、いろんなものがワサワサ出てきた時期でもあったんですよね。
―80年代はアイドル全盛の時代で、アニメもヒット作が次々と放映され、ニューアカデミズム(1980年代の初頭に日本で起こった、人文科学 / 社会科学の領域における潮流)が流行ったり、『ビックリハウス』(サブカルチャー雑誌)的な文化があったり。ダブル村上(村上春樹と村上龍)の作品が空前のベストセラーになったのも80年代です。
青野:80年代は何でも興味を持てる傾向が強かったんです。アカデミックなものがある一方でアイドルやアニメ文化もあって、それらを等価値で並べたり、同じ切り口で話ができた。それって、実は今の時代にも通底している気がしますし、HGFの表現もそういう語り方をすることができると思う。
―確かにインターネットのおかげで、古いものから新しいものまでアーカイブされ、それを等価値で並べ直すところなどは似ている感じることはあります。
おの:へええ! そうなんですね。
―青野さんは音楽的にはYMOの他にどんなものを聴いていました?
青野:テクノポップ以外だとRCサクセションかな。初期はフォークっぽい音楽をやっていましたが、70年代後半から80年代にかけて、テクノロジーを積極的に取り入れ自分たちのサウンドにしていましたよね。そういう新しいことを取り入れることに対して貪欲な姿勢に魅力を感じていたのかもしれないですね。
―「テクノロジー」は、青野さんのどういう部分を刺激していたんでしょう。電子音楽もテクノロジーと言えるかと思いますが。
青野:男の子はみんな、ラジオとか分解するのが好きじゃないですか(笑)。仕組みを知りたくなるというか……ひょっとすると、そういうことなのかなと。YMOが好きになったのも、やっぱり根本的には機械やテクノロジーを面白がれる資質があったのでしょうね。特に男子は。
Obake:僕の場合はテクノから音楽に入ったので、テクノロジーを使っている音楽以外はほとんど聴いてこなかったんです。 1990年代になると、ほとんどの曲に何らかのカタチでシンセサイザーが入っていたと思うんですよ。たとえば、ポップスでも変なシンセ音をイントロに持ってきて「引き」にするとか。そういうのを聴くと、「このイントロだけ延々と繰り返してくれたらいいのにな」なんて思っていました。
―なるほど。
Obake:だから、中学に入ってテクノを聴いたときには「ああ、これこそ自分が聴きたかった音楽!」って思ったんですよね。その変な音を集めたいっていうのは、珍しい昆虫を集めたいっていう感覚に近いのかも。
「いい歌」を聴かせたいのではなく、「いい表現」がしたい。「いい曲」は作れないかもしれないけど、「いい表現」ならできる気がするんです。(DJ Obake)
―Obakeさんも青野さんもテクノロジーを感じる音楽に魅せられた、というところは共通しているとのことですが、そもそも我々が電子音に惹かれる理由って、どんなところにあるんでしょうね。
青野:いわゆる普通の楽器とは違う景色を見せてくれるからなのかなと。「スペーシー」なんてまさにそういうことですよね。思いもしない情景が目の前に浮かぶということなのかな。
―たとえばピアノやバイオリンの音が鳴れば、その楽器が鳴らされる具体的な光景が浮かんできがちですけど、今まで聴いたことのない電子音を耳にしたときには、もっと抽象的な光景が目の前に広がりますよね。
青野:確かにそうですね。「どうやって鳴らしているのだろう?」って考えたりして。だって、モジュラーシンセなんて、鍵盤がないですもんね(笑)。
Obake:何が起きているのか、どうやって鳴らしているのかわからないからこそ、自由にイマジネーションが膨らんでいくのかもしれないですね。
おの:私は、自分の声に寄り添ってくれるところが電子音の好きなところです。自分から楽器に声色を合わせていくのではなく、私は私の声のままで、それに合わせて音色の方を変化させられるところに自由を感じます。
―なるほど。HGFの3rdアルバム『君のいる世界が好きだよ』についてもお訊きしたいのですが、本作はどのようなテーマで作られたのですか?
おの:一組の男の子と女の子の魂が、繰り返し色々な時代や場所に生まれ変わって、その一つひとつの生まれ変わりが1曲になっているのが、今作のコンセプトなんですよね。
生活している中で、目に見えないこととか、人間が認識できていない世界にすごく興味があって。いつもは、アルバムが出来上がってから「ああ、これはこういうことだったんだね」というふうに、後付けでテーマが見えてくることが多いです。でも今回は、制作前にテーマを設定したので、普段から興味のあったことがパッと浮かんできたのでしょうね。
―例えば“トワイライト・トーキョー”は、現代の東京の風景に太古の光景がオーバーラップするような、ノスタルジックかつフューチャリスティックな歌詞だなと思いました。
青野:「オーパーツ」感がありますよね。
おの:オーパーツって何ですか?
青野:その時代の文明では、存在するはずのないものが存在するみたいなもののことですね。
―ナスカの地上絵とか、壁画に描かれたUFOとか。映画『2001年宇宙の旅』のモノリスもそうですね。
おの:ああ! じゃあ、私たちが考えたコンセプトを感じ取っていただけたんですね。すごい、やった!
青野:(笑)。次のアルバムに向けてのイメージは何かあるの?
おの:最近話していた中で挙がったのは、Underworld!(笑)
Obake:「もっと何千人、何万人を踊らせたいね」って言っていたんです。
おの:歌をやり始めて年数が経つにつれて、「ボーカリストとして勝負していかなきゃいけないのか?」みたいな気持ちになっていたところがあって。でも、HGFは歌が中心にある音楽をするために始めたユニットじゃないっていうことを、最近改めて思いなおしたところだったんです。
―いわゆる「女性ボーカル&トラックメイカー」みたいなカテゴリーではないと。
おの:最初に青野さんがおっしゃってくださったように、HGFにとってボーカルは、トラックの中に入っているいろんな音色の一つで。「歌」として飛び出しているものじゃなくて、いろんな音の重なり合いの中に存在しているものなんですよね。
―なるほど。
おの:そう思ったら、すごく気持ちが楽になって。それで、Underworldを聴きながらObakeくんが、「ここでフィーチャーされているボーカルが歌っていることは、メンバーも意味がわからないらしいよ」って教えてくれて(笑)。いわゆる「歌」として聴かせるのではない、「声」の形が面白いなって思っていた矢先に、青野さんからも同じようなことを言っていただけて、すごく嬉しかったんです。
Obake:なんていうか、僕らは「いい歌」を聴かせたいのではなく、「いい表現」がしたい。いわゆる「いい曲」は作れないかもしれないけど、「いい表現」ならできる気がするんです。
青野:おそらくだけど、HGFの音楽はアルバムを聴いたりライブを観たりしたとき、音色やフレーズの幾つかが記憶に残れば、もうそれで十分な気がしますよね。音の隅から隅まで丸ごと全部を「どうですか?」って差し出すような音楽では、少なくともないと思うし(笑)。そのくらいのゆるさというか、バランス感覚やさりげなさみたいなものが、HGFの魅力だと思います。
- リリース情報
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- Her Ghost Friend
『君のいる世界が好きだよ』(CD) -
2016年7月27日(水)発売
価格:2,160円(税込)
UMA-10811. はじまり(恋に落ちたら)
2. エンゲージ・ソング
3. まんなかドーナツ
4. バニラ・スカイ
5. トワイライト・トーキョー
6. 女の子になる方法
7. すきすき狂詩曲
8. たぶんわたしがゆうれいだったら
9. マジックアワー・ミュージック
10. Everything, Everything
11. またたき
12. 傘をさして
13. おわり(めでたし、めでたし)
- Her Ghost Friend
- プロフィール
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- Her Ghost Friend (はー ごーすと ふれんど)
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Shinobu Onoと、DJ Obakeによる空想電子ポップユニット。2011年9月、1stアルバム『Her Ghost Friend』をリリース。収録曲の“放課後のシソーラス”が、日本テレビ「恋する地球ものがたり」のオープニング曲に、また同曲のMVがVimeoの「Staff Picks」に選ばれるなどして話題に。2015年初夏にレーベル『惑星』を結成、第一弾アーティストとして、歌う8bitガール、谷本早也歌をデビューさせた。2016年1月にはフランスのアーティスト、サーダン・アフィフとのコラボレーションにて東京都現代美術館をはじめ都内2か所でセッションライブを行い、アート界にもその名を響かせている。2016年7月、3rdアルバム「君のいる世界が好きだよ」をリリース。
- 青野賢一 (あおの けんいち)
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ビームス創造研究所クリエイティブディレクター、「ビームス レコーズ」ディレクター。1968年東京生まれ。大学卒業後、株式会社ビームス入社。1999年、音楽部門「ビームス レコーズ」の立ち上げに参画。2010年、個人のソフト力を主に社外のクライアントワークに活かす、社長直轄部門「ビームス創造研究所」発足に際してクリエイティブディレクターとして異動。執筆、編集、選曲、大学や専門学校の講師、他企業の販促企画やイベントの企画運営、他ブランドのクリエイティブディレクションなどを行いながら、「ビームス レコーズ」のディレクターも兼任する。また、執筆家としてファッション、音楽から文芸まで幅広い媒体にエッセイ、コラム、論考を寄稿。
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