歴史的建造物と現代的な街並みが共存する京都では、近年『PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭』『KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭』などの多彩なアートイベントが開かれ、その度に土地とアートの新たな化学反応を発見できる場となっている。
そんな京都で今年9月2日、3日、4日の3日間にわたり、『京都岡崎音楽祭 OKAZAKI LOOPS』が初開催される。首藤康之(ダンス)、高木正勝(音楽)、名和晃平(美術)、広上淳一(クラシック音楽)、細尾真孝(伝統工芸)という5名のクリエイターの監修のもと、彼らのプログラムに加え、YEN TOWN BAND、真鍋大度、蓮沼執太などのライブやアート展示、ダンス、ワークショップといった多彩なプログラムが展開される予定だ。
伝統ある京都においてイベントを行う意味。そして、京都のクリエイティブシーンの現状とは? 西陣織の老舗である細尾家に生まれ、伝統工芸を担う若手後継者のプロジェクト「GO ON」のメンバーとしても活動する細尾真孝。そしてクラシックバレエを主軸に、コンテンポラリーダンスや演劇の世界などでも活躍しているバレエダンサーの首藤康之。「西陣織」と「バレエ」が融合した異色のオープニングプログラムの準備を進めている二人に話を聞いた。
外国人感覚でどんどん(京都に)踏み込んでほしいという思いもあります。刺激を与えて代謝を繰り返していかないと、嫌味な街になっちゃう(笑)。(細尾)
―『KYOTO OKAZAKI LOOPS』でお二人が監修する特別プログラムは、オープニングの見どころのひとつだと思います。ダンサーと西陣織の共演ということで、どのような作品が上演されるのでしょうか?
首藤:イメージとしては、舞台全体に広がる西陣織とダンサーがつながり、関係しあうようなもの。バレエと西陣織、お互いの伝統とクオリティーを最大限に生かすかたちで、1+1が5や6になる可能性を見ていただきたいです。
細尾:天井高15メートルほどの舞台を、どう使うかというのがポイント。あまり言うとネタばれになっちゃうので言えないのですが(笑)。
会場となるロームシアター京都メインホール。ここに西陣織を用いた舞台美術が施される(撮影:小川重雄)
首藤:今回、制作にあたって西陣織の工房を訪れたことが大きなインスピレーションになりましたね。大まかな工程は知っていたのですが、織が作られていく様子をいざ目の当たりにすると本当に感動しました。同時に、細尾さんは大変な歴史を背負ってるんだなと、あらためて実感したというか……。西陣織の歴史、そしてその積み重ねが見せる美しさを、ダンスで見せることができたらと思っています。
―工房で行われる工程の一部は職人以外、誰も見ることができないと聞いたことがあります。
細尾:そうですね。染め、箔を貼る、箔を切る職人など高度に細分化されていて、一子相伝で行われてきたんです。僕はもちろん、関わってる者さえ見せてもらえない鶴の恩返し的な部分もある(笑)。
―京都市内に工房はどのくらいあるんですか?
細尾:1000軒は下らないと思いますね。工房のうちの1軒が実家なんですけど、昔は夜中じゅう機(はた)を織る音が聞こえていて、子供のころはその音を聞きながら寝ていました。
首藤:すごく素敵で、心地いい光景ですね。
―首藤さんは今回、京都を訪れてみて街の印象はいかがでしたか? 京都は歴史と趣がある一方、閉鎖的な傾向を指摘されることもあります。
首藤:京都は近代的な街のいたることろにお寺や神社があって、街自体がある種の異空間のように感じられ、独特の緊張感を感じます。「一見さんお断り」の飲食店があったりと、京都ならではのスタンダードがありますよね。
細尾:実は同じ京都の人間同士でも微妙な間合い感ってあるんですね。人々のコミュニケーションが全部同じ距離ではないんです。そこがややこしいところで、実際京都に住んでいる僕自身でも計りかねるところです(苦笑)。
―そもそも飲食店の「一見さんお断り」は、どういった意図があるものなんですか? 何らかの紹介がないと入れないわけですよね。
細尾:お店のクオリティーを維持するため、あとは他のお客さんに対しての配慮や、お店が作ってきた世界観を維持してくれる人を厳選する、といった理由があると聞いたことがあります。
首藤:排他的に見えるけれど、クオリティーや文化を保つ上ではすごく大事なことだと思いますね。
細尾:また料理屋さんによっては、基本的にメニューを設けず、お客さんにあわせて料理を作るんです。お客さんとしては「どういう料理がどんな盛り付けでくるのか?」と構える。それに対して料理人は「これでどうだ!」と差し出す。美意識の対決なんですよね。
首藤:ちょっと緊張してしまいますけど、かっこいいですね。
細尾:あと最近は、京都で町家を購入する際に、たとえば「1億円の町家を2億で買います」と言った場合でも、町家の用途によっては売らないケースがあるそうです。町家の文化を理解せずに、改装をガーっとされるのは嫌だと。
―売りに出しているのに売らない、と。
細尾:やはり「先代からの預かりもの」の感覚があって、ちゃんと使ってくれる人には安くても売りたいのだそうです。そういう意味ではちょっと「変態的」ともいえるかもしれないですね。
首藤:一見さんも町家の例も、伝統の重みを知っているからこその判断。京都の方々は、歴史を守るための「所作」ともいうべき考えが自然と身についているような気がします。
細尾:そうですね。ただその「伝統」を壊しにいくことも重要で、知らないことを武器に外国人感覚でどんどん踏み込んでほしいという思いもあります。そうやって刺激を与えて代謝を繰り返していかないと、どんどん嫌味な街になっちゃう(笑)。京都には大学と他府県の学生が多いので、若者や外から来る人たちがかき回してくれる。それはありがたいことでもあるんですよね。
情報過多でわからなくなってしまう「本当に必要なもの」は、実は一番近いところにあるっていうことではないでしょうか?(首藤)
―伝統を壊すことの重要性と同時に、壊す側としてはその壁の厚さを感じることもあると思います。首藤さんは10代で単身ニューヨークやロンドンに渡り、クラシックバレエに触れてきました。その時に対峙した異文化をどう乗り越えてきたのでしょうか?
首藤:僕は日本にいるときから西洋文化が身近にあったので、日本にいる時よりも居心地がよかったくらいなんです。ただ、みんな自分の街のことを愛している。それがとても衝撃でしたね。
細尾:僕も家業に戻る前に1年間くらいフィレンツェに住んでたんですけど、その時まさに郷土愛を感じましたね。
―郷土愛、ですか?
首藤:イタリアなどに行くとどんな小さな街にも、小さくてもきちんとしたオペラハウスや劇場があるし、酒場で話していると、みなさん口々に「この街のオペラハウスが世界一だ」と言うんですよね。隣の街に最高峰の「ミラノ・スカラ座」があっても変わらない。自分の街が一番なんです。
細尾:あとレストランもそうですよね。「このお店が世界一」って。
首藤:そう。それってシンプルで幸せなことですよね。毎日世界一のものを食べる感覚でいられるわけですから。
―たしかに日本ではあまり見ることのできない発想ですね。でもどこからその「郷土愛」は生まれてくるのでしょうか?
首藤:自分の街からでたことがない人も多いと思いますし、余計な情報を入れないし、必要ないのだと思います。だからこそいい意味で、その場所の良さしかわからない。情報過多でわからなくなってしまう「本当に必要なもの」は、実は一番近いところにあるっていうことではないでしょうか?
細尾:情報を入れなくても充実して暮らせる。それって、すごく幸福度が高いことですよね。
首藤:そういう意味で京都は、イタリアをはじめとしたヨーロッパの都市との共通項を感じますね。みんな自分の土地の食や文化をちゃんと認識して愛している。ヨーロッパの「愛」には驚きますが、京都にも似た雰囲気があると思いました。
―実際に京都で生まれて過ごされてきた細尾さんとしては、いかがですか?
細尾:僕の場合、若いころはその「土地への愛」に抵抗感があって、逆に東京に対する憧れがありました。「なんでこんなに木造の古い建物ばっかりなんだ。鉄筋コンクリートの50階くらいの建てればいいのに!」とか(笑)。ただその反面、京都を離れて東京や海外に滞在すると、京都の良さに引き戻されるときがある。ないものねだりかもしれないですね。
京都でも伝統と伝統、そして伝統と新しい文化の交流がはじまっている。「エンジニアリングもクリエイションだよね」となっていくと、さらに次の段階に行けるかなと思います。(細尾)
―京都には、その土地柄に惹かれて移住してきた、あるいは生まれてからずっと京都を拠点にしている音楽家やアーティストも多いですよね。それらを踏まえて、今の京都のクリエイティブなシーンはどういった状況になっているのでしょうか?
細尾:だんだんと横のつがなりができて、クロスカルチャーになっていると思いますね。たとえば最近の動きとしては、Lady Gagaのシューズなどを担当したことのあるファッションデザイナーの串野真也さんも京都にスタジオを置いて、伝統工芸を取り込みながら作品を作っています。
あと、友人にお坊さんが何人かいるんですけど、ロサンゼルスの映画関係の大学を出てから京都に戻ってきて、アメリカ人とともに座禅と脳科学の関係を考察しているんです。宗教から離れ、「マインドフルネス(近年注目を集め、医療・教育・ビジネスなどの場で実践されている「心のエクササイズ」)」の側面からどうアプローチするかを探っているみたいです。
首藤:クロスカルチャーの方法に伝統が関わってくるあたりが、京都ならではですね。
細尾:実はいま、伝統工芸の中だけでもクロスカルチャーが生じています。これまでは西陣織は西陣織、友禅は友禅、木工芸は木工芸っていうように分断されていたんです。でも伝統工芸のマーケットがだんだん小さくなっていく昨今、このままではダメだと気づき始めた。それからお互いに海外へと展開したり、横のつながりができてきました。
―今後の展開がとても楽しみですね。
細尾:伝統と伝統、そして伝統と新しい文化の交流がはじまっているので、これからは新たなテクノロジーとの関係性が密接になっていけばいいと思いますね。京都って、京セラやオムロンなど、ハイテクの会社がとても多いのですが、今はそうしたテクノロジーの部分がクリエイションから離れてるのが気になっていて。「エンジニアリングもクリエイションだよね」となっていくと、さらに次の段階に行けるかなと思います。
ダーウィンの進化論のように、伝統は状況に応じて変わり続けることができるから生き残ると言える。(細尾)
―さきほど「伝統を壊す」というお話がありましたが、逆にお二人は「伝統を受け継ぐ」ことについて、どのようにとらえていらっしゃいますか?
細尾:伝統の強みって、壊すつもりでいっても壊れない強さというか、妙な引力があるんですよね。ビルの10階から飛び降りてもバンジージャンプで引き戻されるような。だとしたら伝統を壊すようなつもりで挑んだほうがいい。そこで初めておもしろいコントラストや次のステージが現れるような気がします。
首藤:その話で思い出したことがあります。あるバレリーナが、伝統あるバレエ団の有名な教師に習っていて、教師が「このポーズは伝統あるものだからこの通りにやってください」と伝えたところ、そのバレリーナは「意味や美しさではなく、『伝統があるからやる』というのはすごくナンセンスなことだ!」と怒ってしまい、言い合いになったという話はクラシックバレエ界では有名なエピソードです。
―「伝統だから」というのが気に障ったと。結末はどうなったんですか?
首藤:結局、そのバレリーナは伝統の形を踊ったんです。つまり、伝統は崩そうと思っても太刀打ちできないくらいの強さがある。だからこそ美しいということを示す逸話だと思います。
―クラシックバレエにおけるその「伝統」は、コンテンポラリーダンス、演劇などといった、首藤さんの幅広い活動にもつながっているのでしょうか?
首藤:僕はクラシックバレエを基本に活動していますが、すべての根幹にあるものは「なにかを表現したい」ということ。その手段がちょっとずつ違っているだけですね。その中でも自分が一貫して興味があるのは、舞踊の伝統とそのテクニックを使っての表現の追求ですね。
―テクニックとは?
首藤:バレエには基本的なポーズやポジションの形があって、その連続が表現になっています。伝統の形からひじを少し変形させるとコンテンポラリーダンスになり、また戻すと伝統になる。そうした組み合わせによる表現は、伝統と現代の間を旅するようなものでもあると思います。
細尾:伝統と現代の往復は、すごく重要ですよね。ダーウィンの進化論のように、伝統は状況に応じて変わり続けることができるから生き残ると言える。同じことをしていても伝統は守れないんですよね。そういう意味で僕も無茶なことをやりたいです。
―細尾さんが今、西陣織を用いて作りたいものはありますか?
細尾:今考えているのは、織物の家ですね。中東の家やモンゴルのゲル(パオ)とかでも、テキスタイルが家になるじゃないですか。今はテクノロジーが進んでいて、組み立て式でモバイル可能で雨もしのげて温度調整もできる。そうすると「家はコンクリートで作らないとだめ」という概念も変わってくるはずなんです。そういう妄想は常にしていますね。来週、ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)に行って、妄想をかなえてくれる研究者を探しに行くんです。
首藤:それはぜひ、実現してほしいですね!
細尾:僕のこうした活動の根底には、新しいことを展開していくことによって、京都から世界に向けて新しい価値観を発信できるような世界都市になってほしいという思いがあります。
首藤:そうですよね。細尾さんの世代になったからこそ、西洋を含む様々な文化が京都に入りやすくなり、伝統を守りながら革新を起こすためのリンクが可能になった。京都は、パリやロンドンと同じ、もしくはそれ以上の伝統を備えている街だと思います。 僕はバレエというひとつの「西洋文化」とともに今回『KYOTO OKAZAKI LOOPS』のみなさんとご一緒させていただくことで、京都の新しい動きのリンクを少し広げていきたい。それができたら、とても素敵なことだと思いますね。
細尾:京都の中だけで固まっていても、本当の意味で広がっていかないと思うんです。クリエイティブの純度を上げていこうと思ったら、『ドラゴンボール』の天下一武道会みたいに、京都以外からも一流の才能が一堂に集まることが必要不可欠。今回の『KYOTO OKAZAKI LOOPS』では、そういった未来像の一端を体感することができるのではないかと思います。
- イベント情報
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- LOOPS オープニングセレモニー+特別プログラム
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LOOPSオープニング
2016年9月3日(土)
会場:京都府 ロームシアター京都 メインホール
料金:
一般3,000円(全席指定)
当日3,500円
学生券2,000円(当日座席指定 当日要学生証)
※セット券対象公演『BROCARE』
振付:中村恩恵
出演:首藤康之
舞台美術・音楽・映像:細尾真孝
衣裳デザイン:山田いずみ『Prelude for Didi & Gogo』
振付:中村恩恵
出演:
首藤康之
中村恩恵
ピアノ:福間洸太朗
舞台美術:細尾真孝
衣裳デザイン:山田いずみ『Scriabin's Etude』
振付:中村恩恵
出演:
宝満直也(新国立劇場バレエ団)
五月女遥(新国立劇場バレエ団)
ピアノ:福間洸太朗
舞台美術:細尾真孝
衣裳デザイン:山田いずみ『GLASS』
振付:中村恩恵
出演:
首藤康之
中村恩恵
ピアノ:福間洸太朗
舞台美術:細尾真孝
衣裳デザイン:山田いずみ
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- 『京都岡崎音楽祭 OKAZAKI LOOPS』
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2016年9月2日(金)、9月3日(土)、9月4日(日)
会場:ロームシアター京都、平安神宮、みやこめっせ、京都国立近代美術館、京都市美術館
※9月2日は前夜祭
- プロフィール
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- 首藤康之 (しゅとう やすゆき)
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15歳で東京バレエ団に入団し、19歳で「眠れる森の美女」王子役で主役デビュー。古典作品をはじめ、モーリス・ベジャール「M」「ボレロ」ほか、イリ・キリアン、ジョン・ノイマイヤー、マシュー・ボーンら世界的現代振付家の作品に数多く主演。2004年同バレエ団を退団後も、ウィル・タケット演出・振付「鶴」、中村恩恵振付「Shakespeare THE SONNETS」などのダンス作品の他、映画、ストレートプレイ、小野寺修二演出「空白に落ちた男」、長塚圭史演出「音のいない世界で」、串田和美演出「兵士の物語」、白井晃演出「出口なし」など多彩な作品に出演。また、KAAT神奈川芸術劇場では「DEDICATED」シリーズをプロデュース等。第62回芸術選奨文部科学大臣賞ほか、受賞多数。
- 細尾真孝 (ほそお まさたか)
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1978年、西陣織老舗 細尾家に生まれる。細尾家は元禄年間に織物業を創業。人間国宝作家作品や伝統的な技を駆使した和装品に取り組む。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後フィレンツェに留学し、2008年に細尾に入社。2009年より新規事業を担当。帯の技術、素材をベースにしたファブリックを海外に向けて展開し、建築家、ピーター・マリノ氏のディオール、シャネルの店舗に使用される。最近では「伝統工芸」を担う同世代の若手後継者によるプロジェクト「GO ON」のメンバーとして国内外で幅広く活動中。日経ビジネス誌2014年「日本の主役100人」に選出される。2016年、MITディレクターズフェローに就任。
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