ポジティブを強要されがちな風潮はイヤ 泉まくら×大島智子対談

メディアでもてはやされるような、いそうに見えてじつはいない女の子ではなく、いたって普通の、いたって平熱の日常を送る女子の等身大の気持ちを歌い、語る泉まくら。ブームを呼ぶガールズラップシーンの中でも、圧倒的な個性を放つ泉まくらのビジュアルワークをデビュー以来ずっと手がけ、アートシーンでその独自の感性が注目を集めるイラストレーター・大島智子。そんな二人の最新コラボレーションが到着した。

泉まくら、約1年半ぶりの3rdアルバム『アイデンティティー』は、泉と大島の作品に底通していた、危うげで満たされない孤独感から一歩先へと踏み出し、新しい世界を見せてくれている。では、なぜこのタイミングで新しい扉を開いたのか? 二人に漂う、まろやかな空気のおしゃべりに耳を傾けてみると……内容は、決してまろやかなものではなかった。

元気にはなったんですよね。「現実」を受け入れないといけないのは絶望的……なんだけど、それが事実だし、じゃあ、「開き直る」しかないんだなって。(泉)

―泉さんと大島さんに対談していただくのは、約1年半ぶり。前回の対談(泉まくら×大島智子 共作を通じて、生きる自信を膨らませた二人)では、約3年間のお付き合いがありながらも、会って話すのは初めてという話でしたが、その後、いかがでしたか? まさか今回の対談が2回目ってことは……。

:2回目なんですよ!(笑)

大島:はい、お会いするのはあれ以来ですよね?

:でも、1年半ぶりっていう気は全然しなくて。いつもの大島さんがここにいてくれて、私、幸せです。

大島:私は……まくらさん、この間より元気な感じがする。

:そうですか!?

大島:新しいアルバム(『アイデンティティー』)も、前より元気だし、落ち着いてるなって印象があります。前の対談は『愛ならば知っている』(2015年)が出るときで、私たちの年代の「女子の幸せ」について話したんですけど……。

左から泉まくら、大島智子
左から泉まくら、大島智子

―たしかお二人とも「幸せな気持ちは別に表現しなくてもいい、それは他の人がやってくれるから」とおっしゃていて。だからお二人は、あえて詳しく言葉を交わさなくても同じ温度でコラボレーションできていて、それが心地いい。泉さんも大島さんも、一見ネガティブに見える、等身大の女の子の「平熱」が作品から立ち上ってくるんだ、というお話だったと思います。

:そうでしたね。

大島:そこから『アイデンティティー』を聴いて……今回は、幸せも不幸も区別なく受け入れてるアルバムだなって勝手に思いました。聴いていて、ポジティブになれます。

:よかった~!

大島:ふふふふ(笑)。

―今までの泉さんの楽曲にはなかった元気さを大島さんが感じたということは……泉さんに、この1年半で何か変化があった?

:元気にはなったんですよね、全体的に。『アイデンティティー』は、現在形の私の結論めいたものが表れたアルバムになりました。ブックレットの中にも直筆で文章を書いたんですけど……「現実」っていつも目の前にあるんですよね。

それが自分にとって最悪で、こんな現実なくていいと思っても、否応なしにある。しかも、それを受け入れないといけないのは絶望的……なんだけど、それが事実だし、その事実だけが最後まで残る。じゃあ、「開き直る」しかないんだなって思ったんです。「それならそれで、やったるわ!」って。それがたぶん、大島さんにちゃんと伝わったんですね。

大島:うふふふふ(笑)。

―何か現実的なキッカケがあったんですか?

:うーん……現実的な事柄としては、アルバム制作中に熊本の震災があって、制作の手が一回止まっちゃったのは大きかったですね。

―4月14日のことですね。泉さんは福岡を拠点としてらっしゃいますし、ショックな出来事でしたね。

:熊本や大分の方々は本当に大変だったと思います。でも……「音楽やってる場合じゃない!」と思ったわけではなくて、ただびっくりしたというか、フッとだめになった感じでした。

―5年前の東日本大震災のときは、「今、自分がすべきことは何か?」と表現の手を止めたミュージシャンやアーティストもたくさんいらっしゃいましたが。

泉まくら

:そういう、「自分が今このタイミングで歌を作るのってなんなんだろう?」と思えたら、答えが出たかもしれないですね。でも、なんなのかわからない、モヤっとした感覚があって……収録曲的にいうと、“さよなら、青春”だけが震災後なんです。

―1曲だけ、作ることができた?

:アルバムを仕上げなきゃというときに震災が起きて、作れなくなって、「どうしよう、締切がヤバイ……」というときに、プロデュースのnagacoさんが「だめだ、曲を書かないと。まくらが書くんだったら、自分も新しいのを作る」って作ってくれたのが、“さよなら、青春”のトラックなんです。そこで自分も、「あ、書く必要があるんだ」と思えて、スッと平常心に戻れました。モヤモヤを現実がサッと吹き飛ばしてくれた。だから、いいテンションで元に戻れた感じはあります。

―nagacoさんが背中を押してくれたんですね。

:はい。結果、“さよなら、青春”は自分でもすごく好きな曲になりました。だからといって、さっき言った「やったるわ!」がそこで生まれたとか、意識の変革があったというわけでもなくて。「やったるわ!」のほうは、もっと別で、自然に湧いてきた感情ですね。震災の影響は、スゴロクでいうと2マス抜けて元に戻った、みたいな感じです(笑)。

今回は、ジャケットと中のブックレットの表紙、それぞれ表裏が対になっていて、一人の女の子の物語になっている。(泉)

―そういった背景があっての『アイデンティティー』。いつもどおり、ジャケットは大島さんが描く女の子とのコラボレーションですが、今回は実写風景との合成ですね。都会の女の子を描く大島さんが、田舎風景にいる女の子を描いているのも新鮮です。

泉まくら『アイデンティティー』ジャケット
泉まくら『アイデンティティー』ジャケット(Amazonで見る

泉まくらの前作『愛ならば知っている』ジャケット
泉まくらの前作『愛ならば知っている』ジャケット(Amazonで見る

:実写との合成は、去年リリースした“P.S.”(『アイデンティティー』に収録)のMV以来ですよね。

大島:田舎の景色というのは、私、初めてかもしれないです。

―これはどんなやりとりから生まれたんですか?

大島:今回は、まくらさんがA4の紙4ページくらいのラフをくださいました。ポーズの絵に、ちょっとした文字の説明入りで。

:楽曲が揃いきる前に、ジャケットのストーリーが先に出てきたんです。今回は、ジャケットと中のブックレットの表紙、それぞれ表裏が対になっていて、一人の女の子の物語になっている。

裏ジャケの女の子が今の彼女。東京の下町に住んでいて、今風のオシャレも楽しんでいる子が、夜、家の近所を歩いてる絵です。そしてその子が、同じ服装で田舎に戻ってきたのが表ジャケ。あと、田舎で暮らしていた子供時代の彼女がCDブックレットの裏表紙にいて、大人の彼女の気持ちが、当時に戻るんです。これって……伝わってました?

大島:うん。でも、そこまで細かいストーリーの説明はなかったかな(笑)。

:でも、大島さんがイラストをあげてくださったら、最終的には、奇跡的に『アイデンティティー』というタイトルも、今お話したストーリーも、歌詞の内容や曲も、ばっちり組み合った感じになりました。とはいえジャケットは、大島さんの女の子が「こういう感じでいたらかわいいな」のほうが私にとっては大事で(笑)。今回も裏ジャケットの女の子が、私のいちばん好きな「大島さんの女の子」です。

泉まくら『アイデンティティー』裏ジャケットビジュアル
泉まくら『アイデンティティー』裏ジャケットビジュアル

大島:この裏ジャケットの東京の風景って……代々木ですよね?

:ご存じなんですか!?

大島:うん。通勤のとき、私いつもこの道通ってたんです。

―そんなシンクロも奇跡的ですよ(笑)。女の子のディテールで、泉さんからの具体的なオーダーは?

大島:田舎の少女時代のほうは、「白のワンピース」「麦わら帽子」と書いてあったんですけど。

泉まくら『アイデンティティー』ブックレットより
泉まくら『アイデンティティー』ブックレットより

:都会の子のほうは……ざっくり「都会っぽい」としか(笑)。それがなぜ、今のイラストになったのか、逆に知りたい!

大島:「都会っぽい」は、けっこう難しかったです。最近は、田舎にもおしゃれな子はたくさんいるから、何パターン描いてみても、「これなら田舎にもいそう」ってしっくりきちゃう(笑)。服の色も黒っぽくして、なるべく田舎の風景に違和感が出る服装を選びました。アニマル柄のクラッチバッグは、さすがに田んぼで持たないだろう、とか。

:それがかわいいですよね。

大島:顔は、田舎のほうがちょっとホッとした表情を意識してます。

―都会の絵のほうが、振り向き姿になっているのも、意味深じゃないですか? 田舎にいた若い頃を振り返ってるような感じにも見える。過去を良いものとして懐かしんでいるのか、過去の自分を振り切って、新しいところに行こうとしている感じにも捉えられる。

:あぁ~、そうか、なるほど。振り向き姿にしてほしいと言ったのは私なんですけど……そのほうがかわいいなと思っただけで。

大島:私も、あんまり気にしていませんでした。

:その意味でも、『アイデンティティー』には意図しない声が、詰まっている感じがする。そもそも、このタイトル自体、言葉の響きがカッコいいという理由だけでつけただけだし。

どちらかというとあまり好きではないし、面倒くさいカテゴリーの言葉ですからね、「アイデンティティー」って(苦笑)。でも、出来上がってみると、自分の考えの変わらないであろう部分(=アイデンティティー)が、いっぱい歌詞に出てきてました。

―意味が、あとから増えていってるんですね。

:そうなんです。作品を受け取った方の話を聞いて、「そこまで考えてなかったな」というのはけっこうあるし、何年後かに曲を聴き返して「書いたときは思ってなかったけど、うわぁ、わかる! 過去の私、信用できるわ!」って思うこと、たくさんあります(笑)。

大島:私もそうですね、うん。昔の自分の絵を見ると。私も、いつも何も考えないで描いてるけど、周りが「切ない」とか、勝手に意味をつけてくれますよね。

:そう、そのときのありのままを、出してるだけなのにね。

大島:だから今回、歌詞とかコメントとかがすごい悟ってる感じがしたのは、今のまくらさん自身が詰まったアルバムだからかなって、私は思いました。

まくらさんが<青春はちゃんと終わる>と歌ってくれて、「よかった、ちゃんと終わるんだ。もう今のままでいいんだ」ってすごいホッとした(笑)。(大島)

:悟った感じ(苦笑)。でもだからって、大人になって、いろんなことを許して「私には怒りはございません」みたいな感じではないんですよ。「クソッ!」って思ってることもいっぱいあるし、「クソッ!」と思うことで、泣きたくなる自分を平熱へと律していたりもする。

―自分を律しているのですね。

:それは自分に危うさを感じているからだし、私が未熟だからなんです。自分を律して平熱を保つ作業が、私にとっての修行で、心地いい場所でもある。だから、「やったるわ!」に繋がったんでしょうね。

アルバムの曲調も、今までのようなダウナーな感じがないと思う。発声も変えましたしね、意図的に。大島さんが最初に「落ち着いてる」って感じたのは、そのせいもあるかなって。

大島:私は音楽に詳しくないから、音楽的なことはわからないけど、やっぱり明るく聴こえます。

:より世界と交わっている、生活の真ん中にいる音楽を、自然と意識したのかな。nagacoさんのおかげもあって。

―より外に向かって開かれた感じがありますよね。

:そうですね。開かれて、時間を行き来している感じにしたかったんです。曲ごとに昔の自分、今の自分がいて、最後は“さよなら、青春”で終わる。

―インパクトありますよね、“さよなら、青春”。これも深読みしますよ、どういう意味の「さよなら」なのかなって。

:よく、青春はかけがえのないものって言いますよね?

大島:すごくいいもの。

:そう。でも私は、青春時代をよく思えない人も、絶対いると思うんです。私がそうだから。だから、青春は素晴らしい、大人になっても一生青春! みたいなのは、ほんと好きじゃなくて。だから青春なんか終わらせて、今をなんとなく生きていいじゃん! っていうことを歌いたかった。

大島:わかる。

大島智子

:一生青春という人に限って、おセンチを許してくれないんですよね。なんとなくの弱音をめっちゃ励ましてきたり、「一緒に飲みに行こう!」と誘ってきたり。それが、「輝いていたときに戻れ!」って言われているようで、嫌なんですよ。

大島:うんうん。わかります。私も暗い人なので、昔からずっと「明るくいないといけない」と思っていたんです。でもまくらさんが“さよなら、青春”の頭で、<青春はちゃんと終わる>と歌ってくれて、「よかった、ちゃんと終わるんだ。もう今のままでいいんだ」ってすごいホッとした(笑)。

:よかったー。やっぱり大島さんは、私と同じ(笑)。青春がよかったこともわかるし、今青春を謳歌してる人の気持ちもわかるし、大人になってもまだまだ青春だと楽しい気持ちになれる人がいることももちろんわかる上で、「でも、そうじゃない人もいるよね」って言いたかった。自分もそっち側の人間なので、自分自身に対しても癒しの曲になっています。

大島:私も癒されました。歌詞を読んでても、お姉さんに「大丈夫だよ」って言ってもらってる感じがしました、全体的に。今までのまくらさんの曲は、“balloon”のように、もっとヒリヒリ、ハラハラするフレーズが多かったから。

『ゼクシィ』と同じ結婚情報誌に『メロン』というのが……あ! ヤバイ、もしかしてあれ、九州限定の雑誌でしたか!?(泉)

―大島さん、<青春はちゃんと終わる>のほかにも、お気に入りフレーズありました?

大島:“P.S.”の<上がった息のまま 君に手紙を書くよ>とか。

:さすが大島さん!(笑) そこは、大事な人に大事なことを伝えたい熱い気持ちで行動する主人公が私の頭にいて、そのシーンをどう言葉にしたらいいか、すごく迷ったところ。大島さんがその感じに気づいてくれて、すごく嬉しいです。

大島:あと、いちばん好きな歌詞は“日々にゆられて”の<ほっといてちょうだい! いいの この風に吹かれていたいの いいの この風に>ですね。今の自分がすごく共感できます。さっきの青春の話もそうですけど、人は常にポジティブでなきゃいけない風潮が嫌なので。

:そうですよね、本当に。

大島:あと、まくらさんに聞きたかった歌詞があって……。“ヒロイン”に出てくる「ゼクシィメロン」って何ですか?

:あれ? 『ゼクシィ』って知りません?

大島:雑誌ですよね。知ってます。

:じゃあ「メロン」は?

大島:果物?

:あれ……『ゼクシィ』と同じ結婚情報誌に『メロン』というのが……あ! ヤバイ、もしかしてあれ、九州限定の雑誌でしたか!? ここで説明できて良かったー(笑)。

大島:でも、そういう固有名詞の現実感、すごく面白くて好きです。

―泉さんがお気に入りの歌詞は、どれですか?

:“ひとりごと”ですね。これは、『アイデンティティー』という言葉とはある意味反しているんですけど、<尊さなんかいらない>って歌ってる。尊さが、例えば「私にしかできないこと」とか「私が私である意味」というアイデンティティーに繋がるのなら、私は別にそんなのいらないやって思うんですよ。「私にしかできないことってなんだろう?」って考えるのは、けっこう憂鬱。「あるの?」って思うし、それだったら、私としてできることはだいぶやりましたよって思う。

―“枕”の中にもありますね、<私にしかできないことなら もうとっくに終えたから 素直に憧れへ走りたい>と歌ってる。

:そう、同じことなんです、それも。例えば私は歌が下手なんですけど、「すごく声がいいじゃん」って人に言われることはあって、でも「声がいい」という、自分に元々あるものを+1と思えないんですよ。だから最近、それなら歌が上手くなるほうにちゃんと向かっていきたいと思い始めました。5年後、7年後の泉まくらは、もっと歌が上手くなりたい(笑)。

大島:私はすごく自信がないので、偉いと思います。私はできないことのほうばかり見てしまうから。

―さっきからポジティブを強要されがちな風潮にNOと言ってるけど、泉さん本人は、めっちゃポジティブ!

大島:1年半で、まくらさん、じつはすごく変わったのかも(笑)。でも、人に強要されたポジティブじゃないから……。

:そう、強要もしないし、されたくはないので、今、あるがままを大事にしたら、この『アイデンティティー』になりました。

―そんな泉さんの今の分身が、大島さんが描いた女の子なのかも知れないですね。

:この女の子、名前とかないんですか?

大島:ないです。私の絵は、ほぼ全員名前がないんです。

―もし、この子に名付けるとしたら?

:苗字がある感じがまず、しないですよね(苦笑)。

大島:Twitterのアカウント名ならわかるかな? 「かなぴー」とか。「かなぴー@ねむい」みたいな。

:眠いんだ。つぶやきの内容も、「田舎に 帰ったら 暑かった 。」みたいなね。「暑かった」と「。」の間を、ひとマス空けちゃう感じ(笑)。そんな……大学生?

大島:うん(笑)。

:そっかぁ。かなぴーのストーリーを、聴いたみなさんもいろいろ想像してくれたら、うれしいですね!

リリース情報
泉まくら
『アイデンティティー』

2016年9月7日(水)発売
価格:2,300円(税込)
術ノ穴 / sube-049 / DQC-1537

1. 時は交差して
2. 通学路
3. かげろう
4. ヒロイン
5. 宣誓
6. 枕
7. ひとりごと
8. P.S.
9. 日々にゆられて
10. 才能
11. さよなら、青春

プロフィール
泉まくら
泉まくら (いずみ まくら)

福岡県在住。2012年 術ノ穴へ所属し同年発表されたデビュー音源「卒業と、それまでのうとうと」が各メディアで話題となり、くるり主催「WHOLE LOVE KYOTO」出演やパスピエとのコラボ音源『最終電車』リリースなど大きな注目を集める。2013年10月には待望の1stアルバム「マイルーム・マイステージ」が各媒体でBEST DISCに選出。TVアニメ『スペース☆ダンディ』では菅野よう子、mabanuaとのコラボ楽曲を提供。映画『テラスハウス』挿入歌担当や、歌唱参加した資生堂CM『High School Girl』がカンヌ国際広告賞で2部門受賞するなど様々なシーンから注目されている。

大島智子 (おおしま ともこ)

イラストレーター、映像作家。2010年頃からイラストを元にしたGIFアニメをTumblrにアップし始める。GIFアニメを使ったミュージックビデオやイラストレーションの制作を行う。



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