ササノマリイが語る、ぼくりりなどがカバーした名曲ができるまで

ねこぼーろ名義でのネットをメインとした活動を経て、2014年から自らが歌うスタイルの活動を開始したササノマリイ。ねこぼーろ時代に発表した“戯言スピーカー”は、DAOKOやぼくのりりっくのぼうよみといったネット発の若手がカバーをし、また“共感覚おばけ”のミュージックビデオは国内外で多くの賞を受賞するなど、多方面から注目を集める次世代のクリエイターである。

トラックを提供したぼくのりりっくのぼうよみ“CITI”を再構築した限定シングル『Re:verb』に続いて発表される新作は、ササノが愛するテレビゲーム『MOTHER』へのオマージュを詰め込んだ『M(OTHER)』。CINRA.NET初登場となる今回のインタビューでは、緻密なサウンドメイキングに対するこだわりと、その裏側にあった「人に認めてもらいたい」という想いの変遷についてを、これまでのキャリアを振り返りつつ話してもらった。

何かを作って「いいね」って言ってもらうには、どうすればいいかをずっと考えていました。

―ササノさんは中学生のときにパソコンで曲作りを始めたそうですね。

ササノ:曲を作るようになったのは、小学生のときにアニメのエンディングで流れていた新居昭乃さんの“覚醒都市”を聴いて、すごくグッときて、親にリサイクルショップで安いキーボードを買ってもらったのがきっかけでした。

あとは、ゲームボーイの『ポケットカメラ』というソフトに音楽を作れる機能があって、それでずっと遊んでたんです。で、中学2年生のときに初めて家にパソコンがきて、ネットを見てたらパソコンで曲が作れることがわかって、最初はドラマの主題歌を打ち込みで真似たりして。

ササノマリイ
ササノマリイ

―音楽に限らず、もの作りが好きな子どもだった?

ササノ:一人遊びが好きで、ティッシュの箱とかブロックで何かを作ることを楽しんでいましたね。それが音楽制作につながっていったところはあると思います。

―部活動はずっと吹奏学部だったそうですね。

ササノ:小学校のときから音楽部で、6年生のときは自分で自転車部を作ったんですけど(笑)、中学校で吹奏楽部に入って、そのまま高校、専門学校でもずっと吹奏楽でした。

―あいだに自転車部が挟まってるのはなぜ?(笑)

ササノ:親が家で車の仕事をしていたので、『頭文字D』(しげの秀一による、車をテーマにした漫画)がすごく好きになって、チャリドリ(自転車ドリフト)を始めたんです。それを部活にしたくて、人を集めて、僕が部長になってみんなにチャリドリを教えてました(笑)。

―一人でもの作りをする一方で、そういう行動的な側面もあったと。

ササノ:あれは……何だったんでしょうね(笑)。

―「これがやりたい」と思ったら、突っ走るタイプなのかもしれないですね。吹奏楽をずっと続けてたのも、そういうことかもしれないし。

ササノ:あ、でも高校生のときはグラフィックデザイナーになりたくて、体験入学もデザイン系の学校ばっかり行ってたんです。でも、一番最後に行った学校の音楽科がライブイベントをやってて、それを見て「やっぱりこっちだな」と思って。

―それはなぜ?

ササノ:グラフィックデザイナーの仕事について調べる中で、当たり前の話なんですけど、まずはクライアントがいて、お仕事としてやるわけじゃないですか? でも、その時点ではデザインに関する知識も経験も全然なかったから、人に認めてもらえるクオリティーのものは作れないと思ったんです。だったら、そのときの自分が一番できる音楽をやろうって。

―「認めてもらいたい」という気持ちが強かった?

ササノ:自分が何かを作って、「いいね」って言ってもらえるのが一番嬉しかったんです。なので、「いいね」って言ってもらうにはどうすればいいかをずっと考えていて。当時グラフィックデザインに関しては憧れだけあって、何がいいかもわからない、右も左もわからないような状態だったから、「今飛び込むのは難しいな」って思ったんですよね。

何も考えずに作った曲が、結果的に一番多くの人に聴かれることになった。

―ネットに曲を上げ始めたのはいつ頃ですか?

ササノ:高校2年生からです。

―「いいねって言ってもらえるのが一番嬉しい」という話でしたけど、ネットというのはまさにそれがダイレクトに反映される場所で、そこでの経験っていうのはササノさんにとって大きなものだったんでしょうね。

ササノ:大きかったですね。人の評価は自分の中の比重としてすごく大きかったので、「どうやったら自分の曲を人がいいと思ってくれるのか」をずっと考えてました。人と差別化するためにはオケが重要だと思ってやってきていて、今でも「音作り」は自分にとってすごく重要です。

kzさんとか、有名な方の曲を聴いて「いいな」と思ってネットに曲を上げ始めた部分もあるけど、同じことをやっても二番煎じになっちゃうじゃないですか? だから、自分の実力を最大限使って、何か違うものができないかを考えていたら、エレクトロニカ風というか、「こんなことになっちゃったなあ」って感じなんですけど(笑)。

―「エレクトロニカ風でいこう」って狙ってやったというよりは、試行錯誤の末に、結果として今のスタイルができあがっていったと。そんな中で、やっぱり“戯言スピーカー”の存在は大きくて、あの曲は、音の作り込みに加えて、日常的に感じる抑圧や人間関係の難しさが感じられる歌詞も魅力的だったからこそ、ぼくのりりっくのぼうよみ(以下、ぼくりり)やDAOKOをはじめ、多くのリスナーの心を掴んで、カバーされているんだと思うんですよね。

ササノ:歌詞に関しては最近やっと意識し始めたくらいで、それまではずっと曲の一部というイメージだったんです。自分は先にオケを作って、そこにメロディーと歌詞を乗せるんですけど、自分で作った曲を聴きながら、出てきた言葉を乗せていったらこうなったんですよね。

―逆に言えば、“戯言スピーカー”の歌詞は10代後半のササノさんから素直に出てきた言葉だったからこそ、同年代の人にリアルに響いたのかなって。

ササノ:そうですね……実は、“戯言スピーカー”のひとつ前に作った曲があって、その曲で聴いてくれる人が増えなかったら、もうやめようと思ってたんですよ。でも、その曲でちょっと聴く人が増えて、「じゃあ、続けよう」と思って次の曲を作っていたんですけど、完成までに時間が空いちゃいそうだったから、そのあいだにサッと作ったのが“戯言スピーカー”だったんです。ホントに何も考えずに作った曲だったんですけど、結果的にその曲が一番多くの人に聴かれることになったので、そこから「あんまり考えずに作った方がいいのかな」って思うようにもなりましたね。

ササノマリイ

完璧にスランプだった時期に、3時間で作って聴かせたら、「いいね」って言ってもらえた曲があって。それが、“共感覚おばけ”。

―名曲と呼ばれる曲が実は5分くらいでパッと作った曲だったという話は、意外とよくありますよね。でもそれって、そこまでの積み重ねがあってこそだと思うんです。ササノさんにとっても、「もうやめよう」と思うくらい考えて、その先で生まれたことに意味があるんだと思う。

ササノ:みんなにすごくいいって言ってもらえる曲って、大体そういう感じです(笑)。ササノマリイ名義になって、ねこぼーろのときより失敗が怖くなってしまって、完璧にスランプだった時期が3年ほどあったんです。でも、打ち合わせで何か聴かせなきゃと思って、アレンジから歌詞まで全部3時間で作って聴かせたら、「いいね」って言ってもらえた曲があって。それが、前作のリード曲になった“共感覚おばけ”なんですけど。

―そうだったんですね。でも、それって作り手としてはジレンマもあるでしょうね。

ササノ:そうなんですよ。最初は「3時間で作った曲がいいわけない」と思って、「せめて歌詞とメロディーだけでも直させてください」ってスタッフの人に言って、実際一度直したんですけど、「オリジナルの方がいいね」って言われて。なので、あの曲はいわゆるデモテイクのままなんです。

でも、それを出してみたら、「かっこいい」って言ってくれる人がすごくたくさんいたので、自分でも納得できたし、今はあれを出してすごくよかったなと思っています。それまでは「万人受けするもの」とか「チャートで上に行きそうな曲」を作らなきゃと思っていたんですけど、そういう考えはそこでスッとなくなって、「自分がいいと思えるものをちゃんと作ろう」という風に変わりましたね。

―以前のインタビューで、「自分自身が有名になりたいわけじゃなくて、曲が有名になってくれた方が嬉しい」という発言を見かけたのですが、その考えは今も変わりませんか?

ササノ:ああ……まさにそのときがピークだったと思うんですけど、自分の声が魅力的に感じられなくて、つまり自分に自信がないがゆえにそう発言していたんですよね。

―さっきのスランプだった時期と被ってる?

ササノ:被ってますね。音に関しては客観的に見れるんですけど、自分の声に対してはまだ客観的に見れていなくて。今は少しずつ自分の声も曲の一部として考えられるようになってきたんですけど、とはいえ、もっともっと上手くなりたいし、そこはこれからもずっと付きまとうんだろうなって思います。

前は人に頼むのが嫌だったんですけど、人の力を借りることで、作品がよりよくなることを知りました。

―もちろん歌もすごく重要なパーツなんだけど、ササノさんはサウンドとか歌詞も含めて、トータルで聴かせたい思いがあるのかなって思うんです。それはミュージックビデオにもよく表れていて、ササノさん自身も出てはいるけど、それ以上に作品性を重視していますよね。

ササノ:そうですね。もともと最初に自分で映像を作ってたときは、自分が絵を描けないので、それでもどうにか自分のできる範囲で魅力的に見せられないかと思って、アナログな実写の映像にしていたんです。でも、牧野さん(惇 / 映像クリエイター・アニメーター)と出会って、「この人だったら間違いない」と思って。コンテやラフを見せていただく段階で、「その通り!」っていつも思うんです(笑)。

―曲を聴いてもらって、牧野さんから出てきたアイデアをそのまま採用してる感じなんですか?

ササノ:ほぼそうですね。いつも自分の想像を軽く超えた素晴らしい仕上がりで……すごいなって(笑)。前は人に頼むのって嫌だったんですけど、その道を極めている人の力を借りることで、作品がよりよくなるんだなってことを知りました。

―人と関わることで作品がよりよくなるという意味では、ぼくりりとの関係もそういう部分があると思うんですね。ササノさんが彼に“CITI”のトラックを提供していなければ、ササノさんの“Re:verb”は生まれなかっただろうし。ああいうビートの強い曲って、ササノマリイ名義ではほとんどないですよね。

ササノ:うん、あそこまでビートを全面に押し出すのはなかったかな。ラップであって、ヒップホップであって、でもクラシックな形じゃないヒップホップで、テンポ感がある。他の曲は、もうちょっと平面的というか、淡くしてると思います。

―まだぼくりりと直接会ったことはないそうですね?

ササノ:そうなんです。

―ヒップホップのラッパーとトラックメーカーのあり方が、ネットで更新されているというか、実際には会ったことのない二人が曲作りをしているというのも面白いですよね。

ササノ:僕の曲作り自体ヒップホップ的というか、サンプリングをすごく大事にしているんです。打ち込み自体は今も疎いから、弾いて、録音して、波形にして、加工して、それをサンプリングして作ってるんですね。ピアノでも何でも、パッドを離したら音がプツって途切れるのが好きで、余韻がないっていうのが、ヒップホップのトラックには顕著ですよね。

打ち込みを始めてもう10年以上経つんですけど、「やっとここか」みたいな気持ちがあるんです。

―新曲の“M(OTHER)”については、文字通りテレビゲームの『MOTHER』のオマージュになってるんですよね。

ササノ:さっきの話にも通じるんですけど、僕はやっぱりサンプリングとかオマージュがすごく好きで、『MOTHER』の音楽自体にもそういう要素が強くあるので、自分の作品でもオマージュの面白さを伝えたいと思ったんです。

―歌詞もゲームに対するオマージュがありつつ、“M(OTHER)”というタイトル通り、「他者性」みたいな部分も強く表れているように感じました。

ササノ:歌詞のモチーフとしては、まずクイーンマリー(『MOTHER』に登場するキャラクター)の心情を自分なりに書きつつ、『MOTHER』を知らない人にもちゃんと伝わるように、自分の気持ちを混ぜて書きました。

内輪で終わらないように、「伝える」という部分は今までで一番考えましたね。これまでは歌ったときの気持ちよさを一番に考えていたんですけど、気持ちを伝えるための言葉選びをすごく意識しました。

―「何も考えてなかった」という“戯言スピーカー”の頃と比べると、大きく変わりましたよね。途中でも話してくれたように、昔は「認められたい」という気持ちが先にあったけど、今は「まずは自分がいいと思うものを作る」っていう方向に変わって、だからこそ「そうやって作った作品を、ちゃんと伝えたい」って思いができたのかなって。

ササノ:音楽が好きでいたいっていうのが大きいのかなって思います。自分がつまんないと思って作ってたら、聴いてる人にもそれって伝わっちゃうと思うんですよね。「いいね」って思ってほしいからこそ、「人は何を求めてるんだろう」ということを最優先に考えるのではなくて、「自分がいいと思うものを、人にも気に入ってほしい」という想いで作るのが大事だと思う。そうすれば、ちゃんと僕らしいものにもなると思うんです。

―順番ってすごく大事で、最初から評価を求めて計算で作っちゃうと、届かなかったり、すぐに消費されたりしちゃうけど、まずは自分が作りたいものを作って、それを評価してもらえれば、そこにはいい関係性が生まれますよね。今後の活動に関しては、どんな展望を持っていますか?

ササノ:打ち込みを始めてもう10年以上経つんですけど、「やっとここか」みたいな気持ちがあるんです。やっと自分が思う音を作れるようにはなってきたけど、今って打ち込みを始めて1~2年ですごいクオリティーの高い曲を作る人もいるから、焦りも感じるし、すごく刺激にもなっていて。

もちろん、自分にもプライドがあるし、「俺だっていい音楽を作ってやる」って気持ちもあるので、これからもずっと勉強を続けて、もっといいものが作れるようになりたいと思います。きっと自分の好みは変わっていくと思うんですけど、根本にある部分は変わらないと思うので、それをそのときどきにベストな状態で出していきたいですね。

リリース情報
ササノマリイ
『M(OTHER)』(CD)

2016年9月7日(水)発売
価格:1,620円(税込)
WCCA-11

1. M(OTHER)
2. Re:verb
3. COFFEE
4. I MISS YOU
5. 戯言スピーカー(in synonym)

プロフィール
ササノマリイ
ササノマリイ

エレクトロニカを基調としてロック、ポップス、クラブサウンドなどを独自に昇華したサウンドと、温かいメロディーの中に辛辣な言葉を載せたリリックで数々の楽曲を発表。「ねこぼーろ」名義でネット上に発表した楽曲“戯言スピーカー”は、女性ラッパー・DAOKO や話題のぼくのりりっくのぼうよみなどにカバーされネットを中心に支持を集める。2014年、1st EP『シノニムとヒポクリト』をリリース。2015年には、2nd EP『おばけとおもちゃ箱』をリリース。紙人形やソーマトロープを駆使したアナログな中の抜群の表現力を持った“共感覚おばけ”のミュージックビデオは、動画サイトvimeoのstaff picks、アヌシー国際アニメーション映画祭 2016 委託作品部門(フランス)、Anifilm(チェコ)、Golden Kuker-Sofia(ブルガリア)など数々の映像、アニメーションfestivalにて入賞している。



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