デビュー10周年の感謝を込めて、各会場2日間4公演で150曲以上を披露するライブツアー『奥華子 10周年ありがとう!弾き語り全曲ライブ!』を成功させた奥華子。このライブで初披露された新曲“思い出になれ”は、彼女の真骨頂とも言うべき、男性目線の切ない失恋ソング。
奥華子と言えば、映画『時をかける少女』の主題歌“ガーネット”や、数々のCMソングが有名だが、“思い出になれ”は彼女のベーシックにある繊細な心理描写と真っ直ぐなメロディーの魅力を、改めて伝えてくれる作品だと言えよう。今回は改めてデビューからの10年を振り返り、決して順風満帆ではなかったこれまでのキャリアを、いかなる発想の転換で乗り越えてきたのかを語ってもらった。やるべきことに追われ「もう頑張れない状態だった」という奥が語る「モノの見方」は、ミュージシャンのみならず、誰しもにとっての生きるヒントになるはずだ。
デビュー5年目くらいまでは、ホントに辛くていっぱいいっぱいだったけど、今は自由になった。
―ニューシングルの表題曲“思い出になれ”は、タイアップがついているわけでもなく、奥さんが今作りたい曲を素直に作ったとお伺いしました。
奥:今までも自分が作りたいものを作ってはいたんですけど、今回は「全曲ライブツアーで新曲を披露したい」という理由で作り始めたので、何の気負いもなく、すごく自然体で作りました。
―全曲ライブは各会場共に2日間で150曲以上を披露されたそうですね。
奥:「馬鹿じゃないの?」とか「やらされたの?」とか言う人もいたんですけど、全然そうじゃなくて(笑)。その前の全国ツアーを回る中で、ファンの方がアンケートに書いてくれた好きな曲とか聴きたい曲が、ことごとく最近のライブではやっていない曲ばかりだったんです。
なので、「みんなのリクエストに応えるには、全曲ライブをやるしかない」って冗談っぽく言っていたんですけど、全国ツアーが終わった後に、「ホントにやっちゃおうか?」って、私から言い出したんです。
―ファンからすればあまり演奏されないレアな曲が聴けるのはすごく嬉しいことだと思いますが、それにしても全曲はすごいなと。
奥:1公演3時間半で、それを1日2公演、2日間やったので、一曲一曲噛みしめて、振り返りながら歌いました。初めて自分を褒めてあげるじゃないですけど、「ちゃんと作ってきたんだな」と思える、すごく意味のあるライブになりました。
―区切りのライブに向けて自然体で作った“思い出になれ”が、奥さんの代名詞である「失恋ソング」だったことには意味があるように思います。キャリアを重ねる中ではイメージとの戦いもあって、「失恋ソングじゃない曲もあるのに」と思った時期もあったんじゃないかと思うんですね。そういう時期を経ての、自然体で生まれた失恋ソングなのかなって。
奥:うーん……でも、ほっとくと失恋ソングばっかり書いちゃうんですよね。自分で聴くのも歌うのも、マイナー調の暗い失恋ソングみたいなのが好きだから、そういう曲を作るのは全く苦ではないんですけど、逆に、そうじゃない曲を作るときは、すごく意識しないとできないんです。
まあ、デビュー5年目くらいまではホントに辛くて、「どうしよう、どうしよう」っていっぱいいっぱいだったんですけど、その頃の自分に比べたら、今は自由になったというか、解放されましたね。
―当時いっぱいいっぱいだったのは、主に何が理由だったのでしょうか?
奥:今は自分を認めることができるんですけど、当時は「自分は全然ダメだ」って完全否定してたんです。メジャーではもっといろんな変化があると勝手にイメージしていたんですけど、そうでもなかったから「自分はダメなのかな?」って思ったし、それが売り上げ枚数とかチャートで、数字として出たときに「どうしたらいいんだろう?」っていう迷いが大きくて、自分を肯定できなかったんですよね。
でも、この間の全曲ライブにしてもそうですけど、奥華子にしかできないことがあるんじゃないかって、徐々にそう思えるようになってきて。今は自分に対して「そう焦らなさんな」みたいな(笑)。ちゃんと自分がいいと思えるものを作っていれば、きっと結果もついてくるって思えるようになりましたね。
―奥さんの考え方が変わる転機になったのは、2012年ではないかと思います。ベストアルバムを出されて、その後1年間、コンサートをお休みをされていたわけですが、改めてあの時期のことを振り返っていただけますか?
奥:あの頃は「もういいや」みたいな投げやりな感じだったんです。気持ちが荒んでいたというか。でもその後に『君と僕の道』(2014年)というアルバムを作ったあたりから気持ちが落ち着いてきました。
モノの捉え方は自分次第だと思えるようになったのは、通販番組のおかげなんです(笑)。
―「もういいや」と思うまでに至ったのは、何が原因だったのでしょうか?
奥:「これをやりたい」と前向きに思える気持ちの余裕がなくて、「これをやらなくちゃ」みたいな感覚になっていたんです。インディーズからの流れで、「自分のことは自分でやる」っていう体制だったから、曲を作ることだけに集中していたわけではなく、自分でチラシを作ったり、ホームページを更新したり……、それについていけなくなってしまったんですよね。
もっとたくさんの人に自分の曲を知ってもらいたいから、デビューさせてもらったはずなのに、「何で誰もこれをしてくれないんだろう?」とか、周りのせいにし始めちゃって、そう思う自分も好きになれなかった。全部がマイナスの方にいっちゃったんです。
―だからこそ、休養期間を必要としたと。
奥:はい。ちょっと休んだことによって、考え方が逆転したというか、単純に言うと、すべてに感謝できるようになりました。シングルを1枚出すことも大変なことなので、「すべてが当たり前じゃないんだ」って思えるようになってから変わりましたね。
―でも、「もういいや」という決断を下して休養するのも、覚悟の要ることだったと思うんです。
奥:そうですね。そのときZeppツアーをやったんですけど、「これで最後です」とか言って、引退かってくらい深刻なライブをしちゃったんです。その後すぐに復活するんですけど(笑)、そのときはファンの人も泣いてくれたりして、今思うと振り回してしまったなと思います。
でも、当時はホントに「この曲を歌うのはこれが最後かもしれない」と思いながら、一曲一曲歌っていて。それは覚悟というより、単純に「もう頑張れない」という状態だったんです。自分がいいと思った曲を出しても、なかなか結果が出なくて、「もっと必要とされたいのに」ってずっと思ってたんですよね。
―最初にもおっしゃっていたように、余裕がなくなっていたと。
奥:うん、まだ出会えていない人ばかりを追い求めていたんです。ライブでは目の前に感動してくれる人がいるのに、今いるファンよりも、もっとグレーゾーンの人に届けるにはどうすればいいかってことばかり考えていて。目の前にいる人をちゃんと大切にしなければという気持ちが薄かったですね。
―その後に『君と僕の道』を作って、ツアーをしたことによって、目の前にいる人の大切さを再認識したわけですか?
奥:そうですね。私のミュージシャン人生は路上ライブからすべてが始まっていて、その頃はとにかく目の前の1人の足を止めるために頑張っていたんです。結果的にCDを2万枚手売りすることができて、その数字でデビューできたので、そのときに足を止めてくれた人たちのことを信頼するという原点を忘れちゃいけないと改めて思いました。最初は誰からも見向きもされなかった奥華子という存在を、その人たちが認めてくれた。そこへの恩返しというか、責任がありますよね。
―奥さんがメジャーデビューした2000年代半ばは、まだCDの売り上げが大きなプライオリティーを持っていたけど、徐々にCD全体の売り上げが低下して、「枚数だけではそのアーティストの価値は測れない」という認識に変わっていった。今話していただいた奥さんの考え方の変化は、そういった時代性ともリンクしているように思いました。
奥:そうかもしれないですね。やっぱり、実感することが大事なので、もしライブをしないで、曲だけ作りつづけろと言われたら、絶対無理ですね。毎年たくさん学園祭に呼んでもらうんですけど、『時をかける少女』のおかげで毎年若い子が私のことを知ってくれるんです。
それがすごくありがたいし、それこそ数字だけじゃないところで曲が広がって、奥華子の音楽を大事に聴いてくれる人がたくさんいる。もちろんライブだけじゃなく、ファンレターだったり、今だったらTwitterとかでも感じられることで、それがすべて力になっていますね。
―じゃあ、今では「これをやらなくちゃ」から「これをやりたい」に戻って来ることができましたか?
奥:いや、やらなくちゃいけないことっていうのは今もたくさんあるんです。ただ、それをどう捉えるかは自分次第なんですよ。何でそう思えるようになったかっていうのは、通販番組のおかげなんです(笑)。
―通販番組ですか?(笑)
奥:休んでいる期間に、ショップチャンネルとかで24時間放送している番組を結構見ていたんです。あれってナビゲーターがたったひとつの商品を1時間かけて説明して売るんですけど、いいことしか言わないから、すごく欲しくなっちゃって、実際相当買ったんです(笑)。
要は、モノの見方ってすごく大事で、「これをやらなくちゃ」ということでも、そのいいところだけを見るようにすれば、案外気が楽になるんです。それを通販番組で教わりました(笑)。
―確かに、モノの見方って大事ですよね。
奥:結局やらなくちゃいけないことはたくさんあるし、いろんなことに追われてるっちゃ追われてるんですけど、今はそれがすごくありがたいと思えるし、何をやるにしても、しかめっ面にならないようにしています(笑)。それですごく変わりましたね。
失恋は人を成長させてくれるものだと思うので、いっぱいしてもいいんじゃないかと思いますよ(笑)。
―「これをやらなくちゃ」は見方を変えることで解決できるようになって、その分「これをやりたい」の方がより明確になりましたか?
奥:ずっとやりたいと思っているのは、教科書に載るような、時代に残るスタンダードを作りたいということです。まだ作れてないけど、でもいつか絶対に作れるはずだって思ってます。
―メロディーや心理描写に普遍性がありつつ、何か引っかかりがあるというのがスタンダードの条件なのかなと思っているのですが、奥さんはどう思われますか?
奥:いい曲って、歌詞が短かったり、シンプルで覚えやすかったりしますよね。“上を向いて歩こう”なんて、まさにそうだし。でも、私はどうしても説明したくなっちゃって、歌詞が長くなりがちだから、もっとシンプルイズベストな曲が作れたらなって思います。
―全曲ライブをやったことによって、「こういう部分がスタンダードの条件かも」という気づきはありましたか?
奥:全曲ライブでは、一番近いスタッフに「楽曲提供した曲のセルフカバーがすごくよく聴こえる」と言われたんです。自分の曲を書くときはすごく悩むけど、人に提供するときはシンプルに考えて作るから、そのぶん伝わりやすいものになっていて、それがすごく大事だなって。自分のこだわりばかりを出してもしょうがないということを再発見しました。
―ただ、「引っかかりがある」という意味では“思い出になれ”というタイトルもそうだし、<思い出になれ 何度も好きだと言わされた日も>っていうラインも、すごく印象的でした。
奥:失恋ソングって、幸せなことを歌えば歌うほど、切なくなるんです。「あんなに幸せだったのに、でも今はいない」っていう。ハッピーソングはハッピーなことしか歌えないけど、失恋ソングは振れ幅が広くて、幸せであればあるほど、真剣であればあるほど、失ったとき辛いじゃないですか?
<思い出になれ>って、普段は使わない言葉だけど、自分に言い聞かせるような切ない言葉だと思うんです。女性より男性の方が純粋なイメージがあるんですけど、“思い出になれ”は、純粋だからこそ、「そんなつもりなかったのに」ってすれ違ってしまった、男性目線の引きずりを描いた歌詞なんですよ。
―「僕」っていう人称がよく使われているように、奥さんの曲に男性目線の歌詞が多いのは、何か理由があるのでしょうか?
奥:やっぱりピュアで真実味があるぶん、男性の人称である「僕」の方が切ないと思うんです。自分が女だからか「女は信用できないな」ってところもちょっとあったりして(笑)。あとは女の引きずり系って少しドロドロしているというか、爽やかじゃない感じがしますよね。だから、純粋できれいな思い出のときは「僕」が多いです。
―なるほど、納得です。さらに話を大きくしてみると、「失うこと」を歌うことの意味については、どのようにお考えでしょうか?
奥:あるものには目がいかないというか、やっぱり、失ったときに気づくものって大きいと思うんですよね。例えば、普段蛇口から水が出ることを何とも思わないけど、急に水が出なくなると、「何で出ないんだ?」となる。失恋も同じで、一緒にいるときは煩わしいと思っても、実際に別れたら、「こんなことやってくれてたんだ」とか、気づくことが多いと思うんです。だから、「失うこと」を歌うのかもしれないですね。
―それって前半に話していただいた音楽活動の話、一旦お休みしたことで、当たり前だと思っていたことに感謝するようになったという話にも通じますね。
奥:ホントはその前に気づきたいんですけど、なかなか気づかないものなんですよね。だから、失恋は人を成長させてくれるものだと思うので、いっぱいしてもいいんじゃないかと思いますよ(笑)。「あの失恋があったから、この人に出会えたんだ」って、いつか感謝できるときが来ると思いますしね。
―奥さんはこれまでもアニメやCMで印象的な曲がたくさんありますし、今後も誰かと出会って一緒に作ったり、何かを想定して作るということがより重要になってくるのかもしれないですね。
奥:やっぱり『時をかける少女』はいい例で、奥華子を最大限に生かしてもらえるような、すごい出会いだったと思うんです。ただ、まずはそんなに焦らずに、自分自身が真っ直ぐ歩いていればいい。
変な話、まだ何も始まっていない感じがするというか、今は今の自分のまんまでできることをやっている感じなんです。だから、これからはもっといろんなことを吸収したい。奥華子の声や歌が一番響くのは、どんな表現方法なんだろうっていうことを、もっともっと突き詰めていきたいですね。
- リリース情報
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- 奥華子
『思い出になれ / 愛という宝物』(CD) -
2016年9月21日(水)発売
価格:1,200円(税込)
PCCA-044271. 思い出になれ
2. 愛という宝物
3. 小さなアリ(Live ver.)
4. 思い出になれ(instrumental)
5. 愛という宝物(instrumental)
- 奥華子
- プロフィール
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- 奥華子 (おく はなこ)
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シンガーソングライター。キーボードでの弾き語りによる駅前路上ライブを2004年に渋谷でスタート、柏・津田沼など関東を中心に、1年間で2万枚の自主制作CDを手売りするなど、驚異的な集客力の路上ライブが話題となり、2005年にメジャーデビュー。劇場版アニメーション『時をかける少女』の主題歌となった“ガーネット”で注目を集める。これまでにシングル15枚、オリジナルアルバム8枚をリリース。2012年は初のベストアルバム『奥華子BEST-My Letters-』がオリコン9位を記録。10周年となる2015年は全国弾き語りツアー全37公演、そして12月23日には弦カル&バンドのスペシャル編成による公演を行なった。2016年夏には、デビュー10周年を記念して奥華子がこれまで発表してきた150曲を超える全楽曲を弾き語りで披露するライブツアー『奥華子 10周年ありがとう!弾き語り全曲ライブ!』を全国4都市で開催した。また、多くのCMソングも手がけており、積和不動産「MAST」「ガスト」「くもん」等の歌声は、一度聞いたら忘れられない、CMとしてお茶の間でも高く評価されている。
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