今思えば、2000年代に発生した「ポストロック」のブームというのは、音楽性だけではなく、「生き方」という意味でも時代の転換点だったように思う。「仕事か音楽の二者択一」から「仕事をしながら音楽を続けることが普通」という価値観の転換は、あの時期に起きたのではないだろうか。
「ポストロック」と呼ばれたバンドの多くはインディペンデントな活動スタイルで、音楽的にはオルタナティブがゆえに、音楽だけで生活をするのは容易ではない。しかし、たとえばtoeのように、仕事をしながらの活動でもファンベースを築き、定期的に大型フェスへ出演し、海外ツアーまでできることを示したのは、とても大きかった。
2008年に大学の音楽サークルの先輩後輩で結成され、2011年から現在の編成で活動する京都発のインストゥルメンタルバンドsowも、まさにそんな磁場から生まれたバンドであるように思う。映像制作チームyuccaの創設メンバーで、コンポーザーも務める吉村和晃を中心とした四人は、大学卒業後の決して一筋縄ではいかない時期を彼らなりの方法論でサバイブし、5年目にして初のフルアルバム『Route of migratory』を完成させた。「ここがひとつの区切り」というアルバムの発売を機に、メンバー全員インタビューでその歩みを振り返る。
(2010年の『KAIKOO』フェスで)「こういう音楽でもこれだけの人が集まるんや」って、可能性を思い知らされて、あのフェスはバンドを続けるうえでのエネルギーになりましたね。(山下)
―吉村さんは映像制作のチームでコンポーザーをやられていて、山下さんはグラフィックデザインをされているそうですね。toeに代表されるように、ポストロックのブームって、「仕事か音楽の二者択一」から、「仕事をしながら音楽を続ける」っていうことが普通になる、時代の転換点だったように思うんですね。
吉村(Gt):「やりたいことをやる」ということは、普通に社会に出て働いている人からしたら「悪」とまでは言わなくともよく思われることではないと感じていて。「生活を安定させたうえでやらなあかん」って言う人も多いかもしれないけど、やりたいことをやってないと、生きていくうえで張りがないんですよね。
―安定した生活よりも、生きがいを求めたと。どうしてそういうふうに考えるようになったんでしょう?
吉村:やりたいことを「やっていいんだ」っていうメンタルになれたのは、京都精華大学の自由な校風も大きかったかもしれないです。最初は就職しないとあかんと思ってたけど、別にしなくてもいいやんって考えになりました。もちろんしんどいし、最初はお金も安定しないから、おかげで卒業してから3~4年はホント貧乏で、スタジオ代借りまくってたんですけど(笑)。
二反田(Pf,Syn):玄米とサバ缶食べて生きてたよね(笑)。
吉村:コンビニの100円のパンを50円引きで買ってました(笑)。でもそんなんでも、続けてくことで今は人並みに生活できるレベルの収入になっているし、バンドもこうやってフルアルバムを出せるところまできたわけですからね。
―山下さんは「仕事をしながら音楽を続ける」という選択をするうえで、どんな思いがありましたか?
山下(Ba):僕はメンバーの中では一番堅実な道を選ぼうとするタイプやと思うんですね。仕事も2、3変わりましたけど、わりと堅い方を選んでて、「働く分にはちゃんと働かなあかん」っていう考えで。だから、卒業のタイミングでバンドを続けるかどうかは悩みましたけど、実際にやっている人たちが周りにいたので、「自分もできるんちゃうかな?」って思えたのが大きかったですね。
あと、いわゆるアンダーグラウンド寄りの音楽が好きになって、「でも、こういう音楽を続けていていいんだろうか?」と考えたこともあったんです。でも、そのときに大きかったのが2010年の『KAIKOO』(『KAIKOO POPWAVE FESTIVAL』)で。
―ああ、晴海ふ頭で2デイズで行われた年ですね。
山下:あれこそインディペンデントに活動している人たちが一堂に集まったイベントだったわけじゃないですか? でもお客さんはパンパンで、それが結構な衝撃だったんですよ。「こういう音楽でもこれだけの人が集まるんや」って、可能性を思い知らされて、あのフェスはバンドを続けるうえでのエネルギーになりましたね。
―「自分もこういう人たちのように続けていけるんじゃないか」って思えたと。
山下:ちょうどそういう生き方が特集され始めた時期でもあったと思うんです。でもだからといって、最初から仕事とバンドのバランスを上手く取れるなんてことは絶対なくて。仕事のスケジュールが安定しなくて、練習が全部深夜になったり、バンドに迷惑かけたこともいろいろありました。そのうえで、今でもやれているっていうのは幸運でもあるし、しんどいときもあったけど、それでも「やめる」っていう選択肢を取らなかったのが大きかったと思います。
もともと「これがかっこいい」って自分が思う音楽を頑張ってやろうとしてたんですけど、憧れと身の丈が合ってなかった。(吉村)
―そもそもsowって、どのように結成されたんですか?
吉村:僕らは京都精華大学の音楽系サークルの先輩後輩で、僕が入学した当時の部長が山田で、あとの二人は僕の一個下。もともとは別のメンバーと、PCも使ったデジタルハードコアみたいな音楽をやっていたんですけど、そこに山田と山下が加入して、バンドサウンドになって。そこから以前いたギタリストが抜けるタイミングで二反田を誘って、今の編成でライブを始めたのが2011年ですね。
二反田:今回のアルバムの最後に入ってる“mirror”はそのころに作った曲で、一番古い曲を改めて録り直したんです。
―もともとデジタルハードコアをやっていたというのは意外でした。
吉村:最初は「ハルマゲドン」っていう名前で世紀末感のある音楽をしていたんです(笑)。当時は「とにかく音がでかい」とか、「派手なアクションをする」ってことがかっこいいと思っていましたね。でも今の編成になってからは、全員で息を合わせて、点と点をつないでフレーズにしていくみたいなことが、気持ちいいと感じたんです。
山田(Dr):もともと結構無理してたよね。
吉村:「これがかっこいい」って自分が思う音楽を頑張ってやろうとしてたんですけど、憧れと身の丈が合ってなかったというか。でもセッションで、身体から自然と出る音で曲が作れるようになってからは、すごく自然体でやれるようになりました。
―ジャンルで言えば、「ポストロック」ということになるのかと思いますが、この四人になってからのバンドの方向性のようなものはありましたか?
二反田:「ピアノがメインのバンド」みたいなイメージにはしたくなくて、メインでフレーズを弾くのは部分的にして、ギターとピアノが出たり引っ込んだりするっていう曲の構成は心がけています。
吉村:典型的なピアノフレーズは苦手やもんな。
山下:バンドとしてコテコテなことができないのかも。ベタなリフとかリズムは基本使わない。
吉村:王道ピアノインストと言えるようなバンドさんはたくさんいるんですけど、僕らはメロディーでドラマチックに聴かせるってことができないんですよね。「ドラマチックにしようぜ」って言っても、この四人で鳴らすとなかなかそうならなくて。
二反田:「ハッピーな曲にしよう」って言ってやっても、ひねくれてたり。
―自分たちでもどこにたどり着くかわからない?
吉村:そうなんですよね。だから、ライブでやっていると曲がどんどん変わっていって、最終的な落としどころが見えにくいんです。
―さっき名前が挙がった“mirror”に関しては、そんな中でも「自分たちらしい曲ができた」という手応えを感じた曲だったわけですか?
山下:そうなんですけど、“mirror”もどんどん変わってて、CD-Rで作ったデモにはいろんなバージョンがあるんです。
二反田:お客さんに「“mirror”って5曲くらいあるよな」って言われたことあります(笑)。
吉村:でも、今回でファイナルやな。“mirror”シーズン5で完結です(笑)。
エモーショナルな瞬間の感情ってすごく複雑で、下手に言葉にはできなくて、だからインストバンドをやってるのかなって思うんですよね。(吉村)
―そうした変遷がありつつ、今のメンバーになってからは5年目にして初のフルアルバムが完成しました。
吉村:2014年に初めての音源(『to growth, for growth』)を出して、週末に単発でちょっとずつ、1年くらいかけて全国をツアーで回って、その経験をフィードバックした結果が今回のアルバムなんじゃないかと思っています。最初はまとまり切らないんじゃないかとも思ったんですけど、できあがってみると、意外と雑多な感じはあんまりしなくて、それはよかったなと。
―インタールードっぽい曲があったり、流れがしっかり構成されているので、アルバムとしてのまとまりを感じました。「Route of migratory」というタイトルは、今おっしゃったツアーの話が関係してそうですね。
山下:ツアー先で、イベンターさんとかライブハウスの人とか対バンの人と関係を作って、それを京都に持って帰ってくる。そういうことを繰り返していたので、それと渡り鳥が旅先で生態系を作って、また戻ってくるっていうのをつなげて考えたんです。アルバムの最後が僕らの一番古い曲だっていうのも、テーマ的につながるなって。
―岡村優太さん(ceroのイラストなど手がける京都精華大学出身のイラストレーター)が手がけたアルバムジャケットはまさにそのイメージですよね。吉村さんとしては、楽曲に関してどんなことにこだわりましたか?
sow『Route of migratory』ジャケット(Amazonで見る)
吉村:エモーショナルな要素は絶対入れたくて、ギターフレーズを考えたりするときも、「ここで感情の波が来る」みたいなポイントは狙って作りました。ただ、そこで喜びを感じるのか、悲しみを感じるのかっていうのは、人それぞれでいいと思っているんです。
エモーショナルな瞬間の感情ってすごく複雑で、下手に言葉にはできないんです。だからインストバンドをやっているのかなとも思うんですよね。演奏して気持ちがハイになってるときも、「楽しい!」って感情だけじゃないというか。
山下:どれかだけではないね。
吉村:「悲しそうな曲だから悲しい」みたいな表面的な表現にしたくないんです。だから、タイトルを決めるのがすごく苦手で、任せちゃうんです(笑)。
山下:ある意味勝手なイメージでつけているんですけど、できるだけイメージを固定しないタイトルにしているつもりです。
二反田:仮のタイトルは私がつけることが多いんです。たとえば、“circle ratio”だったら、構成の譜割りを数字で書いているのが円周率に見えちゃって、ずっと「円周率」って呼んでいたんですよ。それで、結果的にその英訳になったという(笑)。
―具体的に、“circle ratio”はどうやってできた曲なんですか?
吉村:スタジオの最初の1時間くらいは、誰も何もしゃべらずに音を出してて、そのときに山田がネタとなるドラムパターンを放り込んでくるんです。最初は誰も理解できないんですけど、ちょっとずつフレーズの頭や拍子がわかって、きっかけはそういう感じやったと思います。
山下:滅多にないんですけど、この曲はそのリズムに上手いことベースもギターも鍵盤も乗ったんです。だいたいはネタが放り込まれても理解できずに終わるんですけど(笑)。
二反田:何拍なのかも教えてくれへんくて、「どう? わかるか?」って(笑)。
山田:セッションしている中で、「このパターンやったら使えるな」っていうのが見えたら、そのドラムパターンを回すんです。でもそのときは、自分の中で「こういうベースが入って、こういうギターが乗っていたら面白い」って考えながら回しているんで、あんまり周りの音を聴いてないんですよ(笑)。
―それを口に出しては言わないんですか?(笑)
山田:自分からは言わないです。「今のフレーズいい感じやん」って思ったら、アイコンタクトで合図する感じですね。
二反田:だから、ハマってないときはホントみんなバラバラなんですけど、一度ハマったらちゃんと波に乗れるんですよね。
山下:前作は足し算の曲が多かったけど、今回は引き算ができるようになってきたのかな。以前は詰め込んで作っていたけど、今回はきっかけになる1フレーズみたいなのができたら、そこからスムーズに組み立てられるようになったんじゃないかと思いますね。
そもそも「音楽を続ける」ってことが憧れだった気がします。(吉村)
―アルバムには初めてボーカリストをフィーチャーした“I see what the city saw feat. Ryu(from Ryu Matsuyama)”も収録されていますね。
吉村:彼が関西ツアーで京都・大阪の2デイズ公演があったときに、偶然僕らも2日間同じイベントに出たんです。僕は普段、共演者に惹かれることはあんまりないんですけど、Ryuくんに関してはライブを観て、才能に嫉妬したんですね。そうしたら、彼らも僕らに対してリスペクトを持って接してくれて、ライブ後にRyuくんから「何か一緒にやりたい」って言ってくれたんです。
―偶然の出会いがきっかけだったんですね。
吉村:「歌を入れよう」とか「トラック的に提供してみよう」みたいな話って、これまでもあったんですけど、そこは慎重になるところで。途中でも言ったように、自分たちが表現しているものを言葉にすると嘘っぽくなることを心配していたんですけど、彼だったらリスペクトし合えているので「ぜひ」っていう。
―sowがベーシックを作って、そこに歌を乗せてもらう形だったわけですか?
吉村:そうですね。歌が入ることは想定しつつ、でも一度インスト曲として完成させたものを投げたんです。何の指示もなく、「お前ならこれをどう料理する? 乗せてみろ」って感じで。
山下:歌もので9拍って、結構な無茶振りだけどね(笑)。
吉村:逆にこれくらいの方が、俺たちの攻めの姿勢が出ると思って。でも、Ryuくんも「こんなに歌うんか」ってくらいかなり攻めてくれましたね。だから、この曲はsowとRyu Matsuyamaのコラボレーションなんです。
さらにこの曲を僕が所属している映像チームのディレクターに投げて、ミュージックビデオでもコラボレーションをしてるんです。周りにいる違った表現をしている人たちとのコラボレーションっていうのはずっと意識していて。だから、今回の曲もその一環というか、お互い新たな可能性が見えたんじゃないかと思います。
―おそらくは、このアルバムを持ってまた全国を回ることで、新たな出会いから新たなコラボレーションが生まれていくんでしょうね。
吉村:何が楽しくて音楽やっているかって、やっぱりライブやと思うんです。曲を生み出すのも楽しいけど、なぜ生み出すのかっていう原動力はやっぱりライブで、人前に立って演奏して、そこで新しい人とのつながりができるっていうのが楽しいから、今まで続けられたんだと思います。なので、また新しい音源を持っていろんなところに行きたいですね。そして近い将来には海外でライブしたいなと思ってます。
山下:今回のアルバムって、今までやってきた音楽のスタイルとしてはひとつの区切りの作品だと思っているんです。ここからまた独自の要素を入れたり、新しい音楽性を見つけるのが楽しみであり、課題でもあるのかなって。ポストロックとかインストとか、そういうひとつのスタイルからもう一歩出ないといけないっていう、焦りも少しあるんです。
―Ryuくんとコラボした9曲目で新たな可能性を見出しつつ、10曲目の“mirror”でここまでのタームに区切りをつけた、そんなアルバムになっていると言えそうですね。
吉村:sowのシーズン3が完結くらいやな。
山下:さっきから何でいちいち海外ドラマやねん(笑)。
―(笑)。デジタルハードコアだったシーズン1からここまで続けてこれたのは、さっきおっしゃった「ライブの楽しさ」に加えて、憧れだけでやっていた初期から今の編成に変わって、自然体になれたことが大きかったと言えますか?
吉村:そもそも「音楽を続ける」ってことが憧れだった気がします。最初は型に捉われていたというか、音を楽しむって感覚があんまりなくて、でもやっぱり楽しく音を出せないと続けられないですよね。
あと僕は仕事でも音楽を作っているから、仕事でやっているのと同じ方法で曲を作っても、全然面白くないんです。でも、そうじゃないからsowを続ける意味がある。このメンバーで音を出して、みんなで「今のいいじゃん」っていう、そうやって作っていくやり方が、自分にとってはバンドを続けるために必要な方法だったんやろうなって思いますね。
- リリース情報
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- sow
『Route of migratory』(CD) -
2016年10月19日(水)発売
価格:2,000円(税込)
FBAC-0061. migration
2. circle ratio
3. fata morgana
4. clockwork
5. 10th sentiment
6. carved pixels
7. beach
8. Run for
9. I see what the city saw feat. Ryu (from Ryu Matsuyama)
10. mirror
- sow
- イベント情報
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『earth garden"秋" 2016』
2016年10月22日(土)、10月23日(日)
会場:東京都 渋谷 代々木公園 イベント広場・ケヤキ並木
※sowは23日に出演
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- プロフィール
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- sow (そう)
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2008年結成。メンバーチェンジを経て2011年現編成での活動を開始。国内外のポストロックバンドと数多く共演。アートイベントへの出演などジャンルレスに活動。叙情的なフレーズと緻密な構成の楽曲は、鋭角的、攻撃的なハードコアサウンドから繊細且つ雄大なサウンドスケープまで多彩な表情を見せる。
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