CICADAがメジャーデビュー盤となる『formula』を完成させた。これまで築き上げてきたミニマルなグルーヴのダイナミズムを漂白させることなく、ポップスとしての歌の求心力を高めると同時に、ラップのバースが増えているのも印象的だ。城戸あき子のボーカルに帯びる色気もさらに高まり、それが本作の魅力に大きく作用している。
これまで、若林ともと及川創介という二人のソングライターが侃々諤々のやり取りを交わしながら切磋琢磨することで、CICADAはその音楽を洗練させてきた。しかし、本作の制作時にそのパワーバランスは崩壊したという。バンド内でなにが起こったのか? 若林と及川、城戸に語ってもらった。
「こういうスタイルの音楽でもちゃんと多くの人を惹きつけることができるんだ」という反骨精神です。(及川)
―メジャーデビューが決まったときはどんな気持ちだったんですか?
若林(Gt,Key):「ああ、やっとか」って感じでした。そこは僕たちにとって最低ラインだと思ってやってきていたので。
及川(Key):僕は心のなかでポッと炎が燃える感じだったけど、若林が一番喜んでいたんじゃないかと思います。
若林:そうですね。周りの人たちを少しは安心させられるし、お母さんにもいい報告ができるなって。お母さんには「やっとかーい!」って言われました(笑)。
―相変わらず若林くんと及川くんはバトってるんですか?(過去の取材でライバル関係を見せている。取材中も言い争うCICADA。チーム内のライバル関係が生む魅力)
及川:バトルしまくってますね。
若林:今日もここに来るときに車のなかで怒られました(笑)。
―どんなことで?
及川:もともと作曲に重きを置きすぎて、ライブではあまりテンションを上げない人なので、「そろそろライブも気合い入れてやろうぜ」みたいな話をしましたね。メンバー全員の人間分析が完了したんですけど、若林は説明書が薄いんですよ。たった6ページくらい(笑)。
―薄いトリセツ(笑)。若林くん、異論はないんですか?
若林:まあ、そうですね(笑)。
一同:(笑)。
―城戸さんの分析は?
及川:城戸ちゃんはがんばり屋さんなので、自分の限界を超えてでもがんばろうとするんですけど、キャパが狭いからすぐピークに達してしまうんですよね。ピークに達したことを見せまいともするんですけど、それがとても下手で(笑)。だから、「キャパオーバーしてるでしょ」とは言わずに、負担を減らすようにしてますね。
城戸(Vo):(及川)創介くんは人をノせるのが上手くて。特に(若林)ともさんをノせるための言葉を持ってるなって思いますね。私も上手くノせらてるなと思いますけど、それでいいなって。
―今作においても顕著ですけど、城戸さんのボーカリストとしての色気があきらかに増していて。そこは腹を括った部分があるんじゃないかと。
城戸:そこはすごく意識しましたね。そういう女性でありたいなって。自分で言うのも変な話ですけど、今まではどちらかというとかわいい成分のほうが多かったと思うんですね。最近はそれが自分的にちょっと嫌で。もっとセクシーでクールな大人の女性になりたいと思ったんです。
―そこも及川くんがノせてくれてるところがあるんですか?
及川:エロ要素に関してはノせてないですけど、MCとかに関しても「かわいくなりすぎちゃうのはよくないね」ってみんなで話していて。
若林:ちょっと言い方は悪いですけど、城戸に高飛車感があったほうがCICADAには合ってると思うんですよね。
―それはリスナーに対する目線を上げるという話にもつながってくるのかなと思うんですよね。「メジャーデビュー=目線を下げる、リスナーの需要に迎合する」という認識を持っている人も少なくないと思うし、実際にそういうことはあるんですけど、今作を聴いてもCICADAはそうじゃないという強い意思を感じました。
及川:正直、メジャーデビューのタイミングで目線の位置を変えようという気持ちもあったんです。めっちゃポップに寄せようとも思ったんですけど……やめました。
―その心は?
及川:埋もれたくない、という一言に尽きますね。メジャーデビューして、人気が出てきてからホントに自分たちのやりたいことを突き詰めようとも思ったんですけど、「最初から万人受けせずとも自分たちが表現したいことを貫いてるほうがかっこいいよね」という話をメンバーみんなでしたんです。
―そういう意思はレーベルサイドにも伝えたんですか?
及川:レーベルのディレクターは僕らを信頼してくれているので、特に説明してないです。意見はもらいましたけど、抑圧してくる感じではなくて。どちらかといえばメジャーシーンを変えたいと思ってる人が担当になってくれているので。年齢も僕らと近いんですよね。だから、今はすごくいい環境です。
―だからこそ目線を下げたくなかったし。
及川:その通りですね。
―今作のプロモーションでバンドが自ら望んでくれたインタビューはこのCINRA.NETの取材だけという話を先ほど聞いたんですけど、たくさん露出をするようなメジャーのプロモーションの定型には乗っからないというのも意識的なんですか?
及川:露出をしまくったほうがいいバンドもいるじゃないですか。でも、俺らはインタビューにしても、ミュージックビデオにしても、濃いものが1つあればそれで事足りるし、むしろそのほうがいいのかなって。
―今の言葉で思い出すのは、今作のラストナンバー“dream on”におけるフックの<tofubeats PARKGOLF Licaxxx ikkubaru 上質な音楽をドロップするニューフェイス セルアウトから離れた本物を辿る>というリリックなんですよ。
及川:そもそも、俺自身がメジャーに対してあまりいいイメージを持っていなかったんですよね。今まで会ってきた大人の人たちに、「4つ打ちの曲を作ろうよ」とか死ぬほど言われてきたし(苦笑)。
―ああ(苦笑)。
及川:「いやいや、やらないし」みたいな(笑)。「ダンスミュージック、クラブミュージック=4つ打ち」みたいなイメージを持ってる大人の人たちって未だに多いので。あと、「有名なプロデューサーを付けてやろう」って言われたりとか。“dream on”のあのリリックに込めたのは、「こういうスタイルの音楽でもちゃんと多くの人を惹きつけることができるんだ」という反骨精神です。
城戸ちゃんのラップには城戸ちゃんなりのよさがあるから。対ヒップホップみたいな気持ちはない。(及川)
―今作では城戸さんのラップのバースの割合がグッと増したじゃないですか。それは城戸さんにとってなかなかの試練だったんじゃないかと思うんですけど。
城戸:これまでもラップをやるからにはバカにされたくないという気持ちでやってきたんですけど、もっともっと上手くなりたいと思ってますね。やっぱり本物のラッパーと対バンしたとき、私のラップよりもすごく耳障りがいいと思ってしまうから。
―及川くんはヒップホップの造詣も深いから、シンガーがラップすることで生じるリスキーな側面を十分理解してると思うんです。でも、そこを超えていこうという気概があるからこそ、これだけラップの割合が増したんじゃないかと思っていて。
及川:そうですね。個人的に単純にラップを増やしたかったというのもあるんですけど(笑)。スキルの高さとフロウの独自性がラッパーの肝みたいなところがあるじゃないですか。でも、そこを突き詰めすぎると、まんまヒップホップになってしまう。だから、あんまり城戸ちゃんのスキルがどうとか、韻の踏み方がどうというよりは、気持ちがノっているほうが重要だなと思っていて。それもあって、ラップのバースはリリックも含めてエモーショナルになるように意識しました。
ホントにヒップホップをバンドで突き詰めたいのであれば、本職のラッパーと一緒に組めばいいだけの話なので。城戸ちゃんのラップには城戸ちゃんなりのよさがあるから。対ヒップホップみたいな気持ちはないですね。
―それって、音楽のイチ要素としてラップを捉えているということじゃないですか?
及川:うん、そうですね。そういえば、1つ嬉しかったことがあって。SANABAGUN.の岩間(俊樹)さんのソロライブを観たときに、彼がMCで「俺はフリースタイルができないんじゃないかって言われるけど、べつにできないわけじゃない。やらないだけ」と言っていて。スタイルがしっかり確立していれば、ヒップホップらしいと言われるものに寄せなくてもいいと思う。本職のラッパーにもそういう人がいるということに、すごく勇気づけられたんですよね。
曲を書きながら気持ち悪くなって、「もうやりたくない」ってなっちゃったんです。(若林)
―これだけ今作でヒップホップ的な要素が増した=及川くんの作曲クレジットが若林くんのそれより断トツで多い理由を聞きたいと思っていて。
及川:これは、もう笑い話になるんですけど(笑)。
若林:単純に前のリリース(EP『Loud Colors』、2016年4月発売)で“YES”という曲を書いてから、10か月くらい1曲も曲が作れなかったんです。
―それはスランプで?
若林:まずメジャーデビューが決まって、そのために半年くらい期間を設けて曲作りを始めたんですけど、自分の理想にたどり着ける曲が全然作れなかったんです。作ってる途中に、リスナーのための曲なのか、自分のための曲なのかという視点が中途半端になっちゃって、結局どちらにも振り切れず……書けた曲もあるんですけど、「これって俺じゃなくても書けるメロディーじゃん」と思ってしまって。曲を書きながら気持ち悪くなって、「もうやりたくない」ってなっちゃったんです。そういう曲をアルバムに入れたくないですし。
今回、13曲中2曲だけ僕の曲が入ってるんですけど、それは2年前くらいに作った曲なんですよ。だから、今作に関しては僕が書いた新しい曲は1曲もない。ライブのときにお客さんに「次のアルバムに若林さんの曲は何曲入るんですか?」って聞かれたんですけど、なんて答えたらいいんだろうって(苦笑)。
及川:なので、その時期が一番の修羅場でしたね。ヤバかった。レコーディングもしなきゃいけない、期日も迫ってる、でも1曲もないみたいな。
若林:俺はその時期に2回くらいみんなの連絡をシャットアウトして……。
―バックレたんだ。
城戸:バックレました。そのあと創介くんにめっちゃ怒られて(笑)。
若林:「もう人とコミュニケーションを取りたくない」ってなってしまったんですよね……。
―どうやってカムバックしたんですか?
及川:2日間くらい連絡がつかなくて、その翌日に連絡があって。「携帯の電源切ってたわ」って。そこで一通りバトって、「で、曲は?」って聞いたら「ない」って言うんですよ。そのあと1回みんなで集まってミーティングしました。
俺は当初から、今作はともさんの曲を多くしたいと思っていて。そもそも俺はアルバムで自分の曲が2、3曲だけあって、X JAPANのhideみたいな立ち位置がいいんですよ。でも、今回ともさんが曲を書けなくなって、俺が作らなきゃいけなくなって。そこで俺がテンパっても状況は変わらないし、発売日を遅らせたくないから「OK、ストックめっちゃあるから」って嘘をついて。
―ああ……。
及川:そこからガーッと曲を作り続けました。
城戸:断片的なものも含めたら、全部で30曲くらい作ってくれましたね。そこから選んでいって。
及川:そう、1か月くらいで30曲くらい作った。
若林:レコーディング中も曲作りしてたしね。
―もちろん、メジャーデビューが決まって後に引けないという思いもあっただろうけど、それ以上にCICADAの音楽的な美学を漂白させたくないという思いが強かったんじゃないかと思うですよね。
及川:ホントにそうで。今も不安ですけどね。あんまり言わないようにしてるけど、超不安(苦笑)。いい曲ができたという自信もあるけど、心配は心配ですね。
―「よりによってこのタイミングか」とも思っただろうし。
及川:一番そう思ってるのは若林自身ですけどね(笑)。
―若林くんのスランプの原因って、メジャーデビューという重圧に負けたからというのもあるんですか?
若林:うーん、自分がホントにやりたいことがわからなくなって……。
及川:いや、絶対プレッシャーです。だって、日曜の朝にやってるアニメの主題歌みたいな曲を持ってきて、「なにこれ!? ダセえ」みたいなこともあったし(笑)。自分で「いや、いい曲だと思う」と言った翌日に「やっぱり気持ち悪いからなしにする」みたいなことを繰り返して。
―ちなみに現状はどうなんですか?
若林:創介くんに「やっぱりやりたいことを完全に見失ってるわ」って正直に話して、それから1か月くらい完全に休んで、9月は一切曲作りをしなかったんですよ。で、10月に入ったらメロディーがあふれてきましたね。
及川:2曲くらい聴かせてもらったんですけど、いい感じになってました。
―よかった。今はそういう状態になれてるから今日も取材で普通に話せるし?
若林:まあ、スランプだったときも普通に話せてたんでしょうけど(笑)。
―嘘つけ!(笑)
及川:絶対に嘘(笑)。
説得力を音源に落とし込めれば、ちょっとリズムがズレていたりしてもかっこいい曲になると思ったんです。(及川)
―若林くんはコンポーザーとして主軸を担って今作を完成させた及川くんをリスペクトしてるわけでしょう?
若林:「俺の尻を拭ってくれてありがとう」って感じです。いいアルバムができましたし。だから「自信を持って」って言いたいです(笑)。
及川:うるせえ(笑)。
―前回のインタビューで若林くんは「これ以上、ラップのバースを増やしたくない」って言ってましたけど、そのあたりはどうなんですか?
若林:ラップが多いなとは思いますし、「これ以上ラップを増やすのはやめよう」という意見も言ってましたけど、結果的にはラップが増えてもいいアルバムができたと思えるので。今後はどうなるかわからないですけど、このアルバムに関してはよかったと思います。
たとえばミュージックビデオにもなっている“ゆれる指先”もそうですけど、メロウな歌とラップのバースがあって、そのラップもヒップホップ的ではなく歌っぽくフロウがスムースに流れていく感じがいいなと思いますね。
―及川くんは今回の制作でCICADAの音楽的な武器を精査したと思うんですね。
及川:はい、かなり精査しました。
―それを言葉にできますか?
及川:やっぱりかっこいいバンドって1音の説得力がハンパないんですよね。さっき話に出たSANABAGUN.とかもそうだし。今、僕はバンドをやりながら茅ヶ崎のパプリカミュージックストアという楽器屋で働いてるんですけど、そこに試奏にくるベテランミュージシャンの方とかもすごいんです。それは出音の説得力なんですよね。
そういう説得力を音源に落とし込めれば、ちょっとリズムがズレていたりしてもかっこいい曲になると思ったんです。クオンタイズ(録音したリズムをコンピューター上で補正すること)されてない音源にしたかったし、音量のバラつきみたいなものも活かしたかった。今までもそうしてきたけど、メジャーだからといって崩したくなかったんですよね。今までよりはきれいに録ってるけど、ちゃんと生々しさを出したかったんです。
―その言葉通りの音像になってると思います。同時代的だけど、独立した魅力のあるバンドサウンドになってますよね。換言すれば、このサウンドをバンドで鳴らしていることの重要性を再認識しました。
及川:そうなんですよね。今回、全曲のアレンジを10パターンずつくらい作ったんですよ。
―すごいな(笑)。もう、執念だね。
及川:そうですね。そのなかにはクラブサウンドに寄ったバージョンとかもあったりして。でも、それだとCICADAのバンド感がなくなっちゃうんですよね。
若林:けっこうバキバキな感じに寄った時期があったよね。
及川:そう。ボーカルをたくさん重ねたバージョンとかもあったんですけど、結果的に音もボーカルも減らしていって。それでよかったなと思います。それでこそCICADAだし。
私が音楽をやってきて、1、2を争うくらい嬉しかった出来事。(城戸)
―外の話になりますけど、メジャーデビューのタイミングで城戸さんが冨田ラボの新作『SUPERFINE』(2016年11月30日発売)のボーカリストにエントリーしていることって、バンドにとってもいい影響を及ぼすと思うんですよね。
城戸:そうですね。今回のことは私が音楽をやってきて、1、2を争うくらい嬉しかった出来事で。ボーカリストを志す前から冨田さんの音楽を聴いていたし、バンドのボーカリストとして自分が好きなアーティストとコラボレーションすることは1つの夢でもあったので。
及川:冨田さんが作った曲も、やっぱりすごくクオリティーが高いんですよね。
―若林くんは作詞で参加していますね。
若林:やっぱり上質な音楽を作るのはいいものだなって、冨田さんとご一緒させてもらって思いました。
―ここからCICADAが音楽的にさらに突き詰めたいことは?
及川:このアルバムを作って、音数をさらに減しても、もっとポップにできるという道筋が見えました。ともさんが作った曲のアレンジにも、その方法論を落とし込めればかなりいい感じの曲ができると思うんですよね。あと、ライブをいっぱいやりたいです。
城戸:ライブ、やりたいね。
及川:ともさんは嫌かもしれないけど(笑)。
若林:前よりは好きになってるよ(笑)。でも、まずはこのアルバムが広まってほしいですね。
及川:あなたはほとんどなにもやってないけどね(笑)。
一同:(笑)。
- リリース情報
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- CICADA
『formula』(CD) -
2016年11月9日(水)発売
価格:2,484円(税込)
POCS-15121. daylight
2. スタイン
3. INFLUX
4. DROP
5. stand alone(blue)
6. Reloop
7. ゆれる指先
8. 都内
9. stilllike
10. くだらないこと
11. one
12. ポートレート
13. dream on
- CICADA
- イベント情報
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- 『CICADA 2nd Full ALBUM“formula”release one man show』
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2016年11月25日(金)
会場:東京都 渋谷 WWW X
料金:前売3,000円 当日3,500円(共にドリンク別)
- プロフィール
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- CICADA (しけいだ)
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HIP HOPやR&B等のブラックミュージック、Trip HopやElectronicaのミニマルな要素で作られたサウンドに、艶やかでしなやかな歌声は正に新たなJ-POPを築き上げる。2015年2月にリリースされた初の全国流通版1st Full Album『BED ROOM』はHMV「エイチオシ」に選出、TOKYO-FMではマンスリープッシュとして取り上げられ一気にその名を音楽シーンに刻み込む。リリース後は数々のフェス、サーキット等の大型イベントにも積極的に出演し、勢いを止めることなく2015年11月には7inch vinyl『stand alone』を枚数限定生産リリース。2016年4月にCD形式としては1年ぶりとなる新譜『Loud Colors』をリリース、5月には自身初のワンマンライブを渋谷CLUB QUATTROにて開催。2016年11月9日、ユニバーサルミュージックより2nd Full Album『formula』でメジャーリリースが決定。リリースワンマンを11月25日に渋谷WWW Xで開催が決定。
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