パリを拠点に活躍するニューメディアアーティストの後藤英が、12月7日、渋谷WWWで『2020年までに地球上で無重力状態を作り出すプロジェクト』というユニークなタイトルのパフォーマンスを開催する。全世界初公開となる同作は、プロジェクションマッピングの技術を利用した3Dダンスシアター。ARやVRの技術が飛躍的に向上している昨今、ダンサーの「肉体」を仮想空間とシンクロさせる後藤の試みは、メディアアートシーンに新たな一石を投じるものとなるだろう。
そんな後藤がフランスからの一時帰国中に会った相手は、ライゾマティクス取締役 / ライゾマティクスリサーチ主宰の真鍋大度。Perfumeのライブでは演出の技術面のサポートを、そして最近ではリオオリンピック・パラリンピックのフラッグハンドオーバーセレモニーの映像演出を手がけ、その革新的なビジュアルによってメディアアートの可能性を押し広げた人物である。二人はかつて、IAMAS(岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー)で出会った仲だそう。
日本が世界に誇るメディアアートとはなにか。来るべき2020年に向けて、二人はどのようなビジョンを描いているのだろうか。パラリンピックのフラッグハンドオーバーセレモニーを無事に終え、なんと対談前日にリオから帰国したという真鍋に、まずは現地でのエピソードを聞きつつ、話題は多岐に及んだ。
フラッグハンドオーバーセレモニーでは、日本のクリエイターに、現地のエンジニアもビックリしていました。(真鍋)
―真鍋さんは、リオオリンピックのフラッグハンドオーバーセレモニーでは具体的にどの部分を手がけたのですか?
真鍋:「安倍マリオ」が土管から出てきてARが始まるところから、床面の映像や、フレームなどのシステムを繋げる仕組みの開発と、フレームのライトのパターン作りを行いました。
後藤:どこまで自分の意思でできたのか、興味があります。なかなか好きなように作らせてもらえず、作家のエゴが出てきたりしたのでは?(笑)
真鍋:僕、結構職人っぽく作るのが好きなんですよ(笑)。細部についてはこだわりがありますが、ステージの全体は演出家が手がける感じですね。
―準備期間はどのくらいだったのですか?
真鍋:昨年の12月に打診があり、正式にオファーを頂いたのは1月です。最終的な演出がフィックスしたのはエンブレムのデザインが決まってからですが、輸送の関係で6月半ばには完成させる必要がありました。ソフトウェアは規模が変わっても納品物の形態はそこまで大きく変わりませんが、ハードウェアチームや振付家、パフォーマーは特に大変だったと思います。
制作に向けては予め制約がありました。会場リハーサルができない、転換時間が非常に短い、プロジェクションの位置精度が低い、機材設置場所が限られている、天候リスクなどなど、その中でどういったことができるかということをチームで検討して、何度もプレゼンをして、今の演出となりました。シミュレーションも、かなり緻密に行いましたよ。たとえば「この観客席に座って観たときには、どう観えるか」などはVRゴーグルを使って確認したり、カメラワークのシミュレーションも独自のソフトウェアを開発して行っています。そのためにダンサーとフレームの動きなどすべて3Dデータ化しているんです。
―オリンピックのフラッグハンドオーバーセレモニーは、土砂降りだったそうですね。
真鍋:ダンサーも大変だったと思いますが、放送チームは相当大変だったようです。雨風がひどいとヘリも飛ばない、スパイダーカム(空中特殊撮影機材)も使えないということで、予定していたカットが撮れないということも多く、悔しい思いをした部分もあります。
―結構、当日には臨機応変で動かなければならないことが?
真鍋:もちろん、各部署にバックアップのプランがあるのでショーが成立しなくなるということはありません。そういう細かいシミュレートは、日本のクリエイターは特によくやっていると思います。現地のエンジニアもみんなビックリしていたので。
―後藤さんも、海外での生活が長いし公演もたくさんされていますが、やはりそういう海外ならではのトラブルは多いですか?
後藤:多いですね。頼んでおいたものがないのは当たり前、でも技術者がやたら威張っている、みたいな(笑)。逆にドイツ人は優しかったりして。そういう意味では、日本って素晴らしいですよね。ものはあるし、絶対になにもかもきちんと動くし、遅れたりすることもないですし。 日本人は、みんなと連携して動くことをちゃんと考えますが、海外はそういうのないですからね(笑)。信じられないことがたくさんありますよ。たとえばプロジェクションマッピングをやるときには、白の床が当たり前なんですけど、それがなくて、前日に行ってペンキ塗りしたことがありました(笑)。そういうことを挙げていったらキリがない。
真鍋:想像力を働かせて欲しいですね(笑)。そういうところが常にしっかりしているのは、日本だけかもしれないですよね。
ダンスとテクノロジーってすでに確立された分野ですが、実際にやってみるとすごく難しくないですか?(後藤)
―後藤さんが、12月7日に渋谷WWWで行うパフォーマンス『Body in zero G「2020年までに地球上で無重力状態を作り出す」』も、ダンサーとテクノロジーの作品ですよね。
後藤:はい。随分前から3Dのものを考えていて、それをプロジェクションマッピングとかと関連させて、「無重力空間」を作り出してみようというコンセプトが決まりました。でも将来は、ダンサーが見えないロープのようなもので吊るされる形で表現する予定です。やはり3D映像で成立させるのではなく、ステージ上で表現するのが、一番面白くて困難なことなので、それに挑戦したいんです。
真鍋:どのように演出をしているのですか?
後藤:ダンサーに踊ってもらって、ビデオで撮って、映像制作の人がそれに対して足してくれて、というのを繰り返しながら完成させていきます。今はまだテスト段階ですね。
ダンスとテクノロジーってすでに確立された分野ですが、実際にやってみるとすごく難しくないですか? なんか、簡単に安っぽいものになりがちだったり、あるいは難解なものに走ってしまったり。極端な傾向に陥りやすい気がするのです。
真鍋:後藤さんがダンサーと作品を作るときには、振付師はいるのですか?
後藤:振付師には頼めないんです。いると成立しない。要はテクノロジーに適応できないんですよ。まず映像がどう展開するかが決まって、そこに動きを合わせていくんですね。「ここで映像が右から左にこれくらいのスピードで動くので、それに合わせて振付をしてくれ」っていうのは、なかなか振付師に頼めない(笑)。振付師を介さず、僕がダンサーと直接やりとりしながら、振付を決めていく方法しかないんですよね。
真鍋:僕らは逆に演出家や振付家にすべてお任せしてしまいます。どのテクノロジーでもそうですが、研究室の技術デモ映像レベルまではすぐに到達しますが、そこから表現の域にいくまでが大変ですし、うまくいかない場合はボツにしてしまいますね。
演出家のイメージを形にしていくための試行錯誤を効率よく行うための環境構築部分に、僕らの特徴があると思います。最近だとUIがシンプルな制御ソフトを作って、演出家に渡しています。ダンスと絡めるのであれば、ドローンにしてもロボにしても、振付を作ってる人が動きを作るのが一番かなと。
ビジネスとして成立させるのか、それとも純粋なアート作品にとどめておくのか……というところもあるじゃないですか。(後藤)
後藤:そうやって振付師の方とかと一緒に作り上げていると、「100%自分だけの表現をやりたい」なんて気持ちは湧いてきませんか?
真鍋:僕は全然ないですね。前からやってる生体ネタとか、別のベクトルでやってみたいものはありますけど。
―たとえばどういったものですか?
真鍋:ひとつはTMS(経頭蓋磁気刺激法)というものですね。言語野を止めると、しゃべれなくなるけど歌は歌える、みたいな現象があるんです。“カエルの歌”も、<かえるのうたが きこえてくるよ>って読もうとすると読めないけど、歌にすると歌えるっていう。TMS自体を使うことは難しいかもしれないですが、同じ信号を送っても異なるアウトプットが出てくる現象が面白い。なにかパフォーマンス作品が作れないかなと長年練っています。
後藤:開発した技術は、オープンソースにはしないんですか?
真鍋:ライゾマリサーチのエンジニアのGitHub(ソフトウェア開発のための共有ウェブサービス)を見てもらうとわかりますが、僕らの会社はオープンソースにしている方だと思います。ソースコードだけではなく、会社のロゴなんかもオープンソースにしていますよ。
その他にも、ワークショップでアイデアをシェアすることも多いです。1月には、「機械学習×アート」をテーマにしたワークショップを実施しました。Perfumeのオープンソースプロジェクトも、かなり思い切ったことをやってると思いますよ。弁護士の方と一緒に利用規約を作って、モーキャプだけではなく音源も公開しました。オフィシャルで二次創作を歓迎するなんて、素敵だと思いませんか?
―オープンソースにすることで、自分たちでは思いもつかなかったようなアイデアが出てくるということがあるのでしょうか?
真鍋:ロボットが踊ったり、レーザーで描画されたり、それ以外にも色々な開発環境に移植されていきました。関連するソースコードもたくさん公開されて、今では教材で使われることも多いです。
後藤:もう、ソースコード自体がひとつのアート表現と言ってしまってもいいかもしれないですね。ただ、ビジネスとして成立させるのか、それとも純粋なアート作品にとどめておくのか……というところもあるじゃないですか。
真鍋:そうなんですよね。Moment FactoryやUnited Visual Artistsのように、ソフトをパッケージ化して販売するビジネスモデルもありますが、僕らの場合は最低限のモジュール化は行いつつも、基本的にはプロジェクトごとに一点ものを作っていますね。後藤さんはどうされているんですか?
技術的な面白さや、仕組みの面白さではなく、コンテンツの面白さや分かりやすさだけを追求して、コンセプトを適当に後付けしているものも多い。(真鍋)
後藤:助成金を受けようとすると、企画とかプロジェクトに費やすほとんどの時間が、文書です。つまり、いかに説得力のある企画書を書くか。その枚数も1、2枚ではなく数十ページのものを作る。その繰り返しですね。企画に対する信憑性っていうのは、なかなか得られないから、ページ数が信頼の度合い、みたいな(笑)。
真鍋:日本よりはフランスの方が、助成のシステムはしっかりしているということですか?
後藤:もちろんとてつもなく変なものは申請の段階で通らないですが、最後まで「目的」とか「結果」を要求されないのはいいなと思います。ただ、ビジネスの世界では知名度とか収益を求められるけど、アカデミックな世界では、見えない形の権威を要求されますね。特に、メディアアートというのは紙一重なところがあります。アカデミックかそうじゃないか、コマーシャルかそうじゃないっていう。
真鍋:フランスは特に厳しそうですね。まだコマーシャルに展開できないような作品制作や研究にはどんどん助成が集まって欲しいなと思いますが、一方でエンタメやコマーシャルに展開できるようになったことを素直に受け止めてもいいかもしれないなとも思います。
―メディアアートという分野と、ポップカルチャーが合致したというのも大きいですか?
真鍋:2010年にPerfumeの東京ドームライブにライゾマティクスとopenFrameworksの開発者であるザッカリー・リーバーマンが参加して、ライブを成功させたことで、ライゾマティクスの状況は一転しましたね。今まで門前払いされていたところも受け入れてくれるようになったというか。こういうのは最初に切り開くのが本当に大変なのですが、一度切り開くとものすごいスピードで拡大していくんですよね。そうなるとメディアアートという言葉もどんどん変化していく。
―メディアアートとはとてもいえないようなものまで、メディアアートと捉えられている、ということですね。
真鍋:技術的な面白さや、仕組みの面白さではなく、コンテンツの面白さや分かりやすさだけを追求して、コンセプトを適当に後付けしているものも多い。こうやって大衆化していくものだと思うので、状況を受け入れなくてはならないですけどね。
後藤:でも、Perfumeというのは、メディアアートを定着させるという意味では一番いいところを狙ったんじゃないですか?
真鍋:ありがとうございます(笑)。Perfumeと一緒にやることは、ひとつの目標としていました。日本のエンタメでメディアアートと相性がいいというのは、当時だとPerfumeと、あとはBjork以外思い浮かばなかったんですよね。
後藤:海外から見ていると、Perfumeみたいな表現の形は他にないんですよ。ああいう形でメディアアートを発表できる機会が海外にはないし、あのスタイルが成立する土壌もない。なのでPerfumeは、欧米の人にとって、日本人が受け取るのとはまた違った意味での新鮮さがあると思うんですよね。純粋なアートフォームとしても注目されているのかもしれません。
真鍋:それは嬉しいことですね。
リオオリンピックのフラッグハンドオーバーセレモニーを見て、時間配分が非常に日本的だと思いました。(後藤)
―東京オリンピック・パラリンピックは、またチームPerfumeの活躍に期待が高まります。フランスに住んでいる後藤さんから見て、2020年に打ち出すべき日本らしさ、東京らしさとは?
後藤:日本人の思う「日本らしさ」と、海外の人たちが思うそれとは、全然違っていて。おそらく政府レベルでは、「日本の伝統」というものを打ち出していきたいんでしょうけど、海外の人にとっては、サブカルチャーへの興味が今後も高まっていくんじゃないかなと思います。
―先日、Perfumeの振付をしているMIKIKO先生がNHKの番組でおっしゃっていたのですが、「日本の伝統を意識しなくても、たとえば一糸乱れぬダンスをしたり、緻密な演出をしたりすることで、その中から滲み出てくるものこそが日本らしさ、伝統なのでは」と。
後藤:それはまったく同感ですね。リオオリンピックのフラッグハンドオーバーセレモニーを見て、時間配分が非常に日本的だと思いました。海外のショーでもなんでも、あんな時間の配分はしない。もっと一つひとつの要素が長かったりして、数分間にあれほどのものを詰め込んだりはしないと思います。
真鍋:「ギリギリまで要素を詰め込んでる」って思いますよね。空間的にも。お弁当で言ったらキュウキュウの幕の内弁当です(笑)。
後藤:(笑)。音楽とか最たる例ですよね。情報量がぎゅっと詰まっている。あるいは、ものすごくたっぷりと間を取る。これはヨーロッパにはない感覚です。
時間というのは、目に見えないものだからこそ、感覚の世界だし、その国の国柄が出ますね。そういうのを2020年は取り上げていったらいいのではないですか? 絶対に共感が得られると思いますよ。メディアアートなんかも多分、感覚よりも知覚とか、コンセプトとかがもっと重要視されて来ると思います。
―将来のメディアアートについては、どう思っていますか?
真鍋:ネタが尽きることはないから、そういう意味では楽というか、アウトプットはしやすいです。音楽は大変だと思います。僕も音楽で食べていきたいと思った時期があったのですが、断念しました。今音楽が厳しい状況なのは悲しいですが、SpotifyやApple Musicのような新しいサービスがミュージシャンを救うものとなって欲しい。
後藤:色々な再生メディアが出てきたことが、発展につながるといいんですけどね。音楽が衰退するなんて考えてもみなかった。でも、新しい音楽はこれからも出てくると思いますよ。
真鍋:そうですね。メディアアートはどうかわからないけど、音楽は形が変わったとしても、100年後にもあると思います。
- イベント情報
-
- 『Body in zero G「2020年までに地球上で無重力状態を作り出すプロジェクト」』
-
2016年12月7日(水)
会場:東京都 渋谷 WWW
出演:
後藤英
海野崇彬
ルシオ・アリーズ
パトリック・デファースン
駿河暁子
鈴木綾香
主催:Athor Harmonics※パフォーマンス後に専門家によるパネルディスカッションを開催
出演:
草原真知子(早稲田大学文学学術院、文化構想学部表象・メディア論系教授)
小沼純一(早稲田大学文学学術院教授)
佐々木敦(HEADZ代表)
- リリース情報
-
- 後藤英
『CsO』(2CD) -
2016年3月23日(水)発売
価格:3,500円(税込)
Athor Inspiration / ATHO-3009[DISC1]
1. Continuum
2. BodyJack
3. CsO
[DISC2]
4. o.m.2 – g.i. – p.p
5. Duali
- 後藤英
- 書籍情報
-
- 『Emprise』
-
2016年3月15日(火)発売
著者:後藤英
価格:6,480円(税込)
発行:スタイルノート
- プロフィール
-
- 後藤英 (ごとう すぐる)
-
ニューメディアアーティスト、作曲家。斬新なエレクトリカルミュージックとボディスーツを用いたパフォーマンスなど、アートとテクノロジーを融合するスペクタクルを作り上げる。後藤の作品は、ヨーロッパを中心に世界中のアートコンテスト、フェスで多くの賞を受賞し、国際的に高い評価を受けている。音楽、芸術、科学、哲学すべてにおいての深い造詣を、前衛的なテーマで表現する日本屈指のニューメディアアーティスト。
- 真鍋大度 (まなべ だいと)
-
メディアアーティスト、DJ、プログラマー。2006年Rhizomatiks設立、2015年よりRhizomatiksの中でもR&D的要素の強いプロジェクトを行うRhizomatiks Researchを石橋素氏と共同主宰。プログラミングとインタラクションデザインを駆使して様々なジャンルのアーティストとコラボレーションプロジェクトを行う。米Apple社のMac誕生30周年スペシャルサイトにてジョン前田、ハンズ・ジマーを含む11人のキーパーソンの内の一人に選出されるなど国際的な評価も高い。
- フィードバック 2
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-