ミュージシャン・坂本美雨が、ルミネが主催するライフスタイルを考えるカルチャースクール『CLASS ROOM』で猫との暮らしをテーマに講座を行なう。彼女が2010年に出会った猫のサバ美との日々は、Instagramや本、雑誌、CMなどで公開され、その愛らしさ、微笑ましさに多くの人が魅了されている。また、彼女自身もサバ美を迎えて以降、さまざまな変化を感じているのだとか。
今回のインタビューでは、今や「ネコ吸い」の異名を持つ坂本の、猫との初めての出会いや交流の歴史を紐解く。猫を飼うことに迷いがあったという独身時代から、結婚、出産を経て、それぞれのライフステージにおける猫との暮らし、自身が参加している「一般社団法人 Free Pets~ペットと呼ばれる動物たちの生命を考える会」のことまで、猫にまつわるエピソードを語ってもらった。
サバ美が生きていく20年、その責任を取れるのかということはすごく迷いました。
―坂本さんと猫との触れ合いはいつ頃から始まったんですか?
坂本:小さい頃に住んでいた高円寺の家の庭に、野良猫たちが結構いたんです。近所に猫屋敷が3軒くらいあったので、誰も把握できないような数の猫が出入りしていました。
―野良猫との交流が最初なのですね。
坂本:そうですね。野良猫だからきれいなわけではないし、病気を持っていそうな猫もいたんですけど、自然と面倒を見ていました。そんな風に物心ついた頃から猫との交流はあったんですけど、室内で飼うようになったのは私が7歳の時に公園で拾った子が最初です。タビという名前をつけて、ニューヨークにも連れて行き、20年生きました。ニューヨークに行ってからも、みんなが飼えなくなった猫を引き取ったりして、最大4匹と一緒に暮らしていたことがあります。
―坂本さんにとっては猫がいる生活が当たり前なんですね。人生の中で猫と離れていた時期ってあるんですか?
坂本:二十歳を過ぎて東京に戻って生活し始めてからは、しばらく一人でした。サバ美に出会ったのが30歳の時なので、10年くらい。
―10年も猫がいなかったとは意外です。実際、猫がいない10年の暮らしはどうでしたか?
坂本:猫がいないとやっぱり寂しくて、生活が荒れたんですよね。一人だと、猫の面倒を見なくていいから家に帰らなくてもいいし、猫という安らぎがないので精神的に落ち込んだらずっと籠りっぱなしになってしまって。猫は私を必要としてくれるから側にいたいと思うんですけど、当時は「自分一人なんかいつ死んでも変わりない」と思っていたくらいで。でも、やっぱり、また猫と生活し始めると死ぬわけにはいかないと思います。
―とはいえ、サバ美と出会った時、飼うかどうか迷ったそうですね。
坂本:そうですね。サバ美に出会う前も「この子、飼わない?」って話はたくさん来ていたんですけど、なぜか踏み切れなくて。やっぱりニューヨークにいる子たちが自分の家族だと思っていたから、東京で猫を飼うことはその子たちを裏切るような気がして……。なんか、単身赴任のお父さんが赴任先で家族作っちゃったみたいな、そういう感覚(笑)。
それはしちゃいけないと思っていたから、サバ美に出会った時もまず最初に母に相談したんです。これから先の自分の人生がどうなっていくかもわからないし、ライブで地方に行くことも多い中で一人で飼えるのかも不安だったので。猫が生きていく20年、その責任を取れるのかということはすごく迷いました。
―それでも飼うことにしたのはどうしてですか?
坂本:ピンと来たっていう直感が強かったです。それに、母もサラッと「いいんじゃない」って。相談した友人たちも、私が家を長期間留守にする時は面倒を見ると言ってくれたのが大きかったです。周りの人たちの「飼いなよ」という後押しがなかったら踏み切れなかったかもしれない。
きっと友人たちも、一人でいる私をずっと見てきて、これは猫がいないとヤバいかもと思っていたんじゃないかと(笑)。実際、サバ美を飼い始めてから精神的に落ち着いたと言われるようになりました。
―そんなに荒んでいたんですか(笑)。坂本さんご自身もサバ美と一緒に暮らし始めて助けられたと思うことがありますか?
坂本:たくさんありますね。自分のことを必要としてくれるし、いつでもそこにて、かわいくないことが一瞬もない。
―サバ美は猫界でもとくに美猫だと思います。
坂本:でもね、どんな猫もかわいい。猫は正義ですよ(笑)。なので、そういう存在がいるとやっぱり死んじゃいけないなって思うし、疲れて帰ってきても、あの柔らかな、モフモフとした存在とスキンシップを取り合うことで心が休まる。医学の分野でもアニマルセラピーとか、そういう療法があるくらいだから、猫じゃなくても、犬や人間でも、触れ合うことで癒される部分は絶対にあると思います。
サバ美の自分から世界に対して心を開くところを本当に尊敬しているんです。
―先ほど、猫を飼ってから精神的に落ち着いたとおっしゃっていましたが、坂本さんとサバ美の触れ合いは最初から良好だったんでしょうか?
坂本:サバ美は、初めてうちに来た時に、いきなりお腹を出して寝転んだのがすごく印象的で(笑)。
―初めての場所で猫がそんな無防備な行動に出るのは珍しいですね。
坂本:私も3日間は隠れて出て来ないだろうと思っていたんですけど……。サバ美は「ここね。わかったわ」みたいな感じで、ゴロ~ンと寝転がって。大胆というか、心が広い子だなあと思いましたね。
そういう、サバ美の自分から世界に対して心を開くところを本当に尊敬しているんです。何かあると、それを思い出します。だから、例えば子供が生まれるという理由で猫を手放す方もいらっしゃいますけど、私は、サバ美は絶対大丈夫だっていう変な確信があったんです。
―お子さんとの関係性も気になっていました。
坂本:最初はやっぱり、サバ美は娘に対して「何だ、この生き物は!?」みたいな感じでしたね。私もちょっと後ろめたかったりもして。ずっと娘を抱っこしているからサバ美との時間も短くなるし、授乳している時にタイミング悪くサバ美と目が合っちゃったりすると、「あ、これはそういうことじゃなくて……」みたいな(笑)。
―なんとなく言い訳したくなる感じというか(笑)。
坂本:そうなんです(笑)。でも、慣れるのに時間がかかったとしても、基本的にサバ美は優しい子だし、自分より年下の子が来た時に傷つけることは絶対にしないだろうなって。なので、出産後に退院した時も躊躇せず、すぐに一緒の部屋で過ごすようにしていました。
―お子さんともサバ美はもう仲良しですか?
坂本:最初は、部屋の中に入らず、遠くから娘を見ていることもありました。でも、数週間経った頃にサバ美のほうから娘の近くに来てくれたんですよ。娘を包んでいた毛布で、フミフミっていう猫の赤ちゃん返りみたいな行動をしてくれて。その姿を見た時に「また自分から心を開いてくれた」と思って。本当にサバ美には頭が上がらないと思った出来事でした。
―そこから距離が縮まったんですね。
坂本:はい。最近は娘からハグしに行ったり、覆い被さったりしてサバ美に嫌がられてる(笑)。でも、サバ美は本当に辛抱強くて、娘が叩いたり引っ張ったりしても怒らないでいてくれます。もちろん、すべての猫がサバ美のようになるわけではないと思うけど、あまり心配する必要はないと思います。
―坂本さんがサバ美と暮らし始めて、それから旦那さんと出会い、娘さんもやってきて、大切な人がどんどん増えている感じですね。
坂本:そうですね。娘とサバ美が一緒にお昼寝したりしているところを見ると、こんな幸せな光景が私の人生に訪れるとは……と、たまに信じられない気持ちになります。
―一人で暮らしていた頃の「自分が死んでも変わらない」という心境から比べると大きな変化ですね。
坂本:そう思います。サバ美との出会いもそうですけど、同時期くらいに「一般社団法人 FreePets~ペットと呼ばれる動物たちの生命を考える会」(以下「ふりぺ」)という活動を始めたのもよかったのかな。サバ美とは里親募集で出会ったのですが、サバ美と同じような境遇にいる犬や猫たちを幸せにしたいと思ったんです。
―そう思うきっかけがあったのでしょうか?
坂本:Twitterでいろんな人の動物に関するやりとりを見ていて。ペットショップの話題になっていたんですけど、その中でも繁華街で深夜営業しているお店とかがあって、そういう状況にいる動物たちのために何かできないかと話していたんです。私もそう思っていたので、そこから本気でやろうということになって「ふりぺ」の立ち上げに関わりました。
―具体的にはどういう活動をされているのですか?
坂本:愛護ではなく、啓蒙活動をしています。ちょうどその頃に動物の販売の規制を強化する法律など、動物愛護法の改正が控えていたので、それをもっと広く知ってもらうために署名を集めたりしていました。私も一からの勉強だったので、知り合いづてに「一般社団法人 動物愛護団体 ランコントレ・ミグノン」(以下「ミグノン」)という団体の代表・友森玲子さんと出会えたのが大きかったです。「ミグノン」でミーティングをやっていたら、保護犬たちがいっぱいいて、週1回、保護犬たちのお散歩ボランティアを始めるきっかけになりました。
―お散歩ボランティアというのがあるんですね。
坂本:そうなんですよ。それまでずっと猫だったけど、「ミグノン」にいる保護犬たちを見ているうちに犬のお散歩をやってみたくなって。それから1年ぐらい経った頃に、東日本大震災が起きたんですけど、その時、友森さんは、すぐに被災地に行ってたくさんの犬や猫たちを保護して来たんです。 私も被災した保護犬の散歩をしていたんですが、みんな現地で飼い主とはぐれたり、別れなきゃいけなかったから、すごく怖がりな子が多かったんです。でも、お散歩をしているうちに少しずつ優しい顔になっていって……。怖い目に遭っても、そうやって変わりながら、目の前の生活をちゃんと受け入れて前向きに生きている犬たちの姿を見て、私の身体の中にずっと潜んでいた生命力が湧き出てきた感じがします。
それまではわりとクヨクヨするタイプというか、すごく暗い性格だったんですよ。でも、何があってもとりあえず笑い飛ばしていくしかないんだっていうことに、その時に目覚めさせられたような気がして、考え方が変わりました。
―あの震災は人間にとっても深い傷を残すものでしたけど、そばにサバ美がいることや、震災に遭った犬や猫がいることで坂本さん自身も救われたような感じですか?
坂本:そうですね。本当にそう。あの時起きたことって、自分一人では何も変えられない規模だったじゃないですか。でも、友森さんみたいに一人で被災地に行って1匹でも多くの動物を救おうと頑張っている人がいたり、1日でも長く生きようとしている犬猫がいたり。
そういうのを目の前で見せられると、クヨクヨなんかしてられない。その時間が無駄だなって思えるようになって、そこから愛護活動だけじゃなくて音楽活動においても、普段の生活においても性格が変わりました。
猫と暮らす20年の準備が完璧にできているなんて人はいない。もし何かあったら、その都度乗り越えていけばいい。
―音楽活動の面ではどういった変化がありましたか? 以前CINRA.NETで取材させていただいた森本千絵さんとの対談(坂本美雨と森本千絵が対談 批判を恐れない独自の子育て観を訊く)では、森本さんが見てきた坂本さんの変化を「美雨ちゃんはサバ美と出会い、旦那さんと出会い、お子さんと出会っていくごとに、どんどん殻が破れていった」という風におっしゃっていたのが印象的でした。
坂本:そうでしたね。変化の経緯は千絵と一緒に作ってきたアルバムにすごく表れていて。真っ黒なジャケットにポツンと文学的な文字が並んでいるアルバム(『朧の彼方、灯りの気配』2007年)を皮切りに、どんどん明るくなっていく様子が、自分でもすごくわかりやすい(笑)。
途中、サバ美をジャケットにしたこともあるし(『music ~The best of 1997-2012~』2013年)、今では子供たちと一緒に歌えるようなものっていう、もはや公私混同になっていて(笑)。昔だったら到底考えられないことだけど、今はそれが自分のやりたいこと、一番伝えたいと思うことだから、やっちゃおうって思えるんです。
坂本美雨『music ~The best of 1997-2012~』ジャケット
―そういった坂本さんの変化の始まりにサバ美がいるんですね。
坂本:そうですね。私にとっては本当に大きな存在です。
―坂本さんにとってのサバ美を一言で表すと……?
坂本:パートナーです。子供っていうわけじゃなくて、何があっても一緒に乗り越えるパートナー。それは出会った頃からずっと変わらないです。関係性も、サバ美が私を必要としてくれるというより、もはや私のほうがサバ美を必要としていると言ったほうが正しいと思います。
―今でこそ絆の深いパートナーですが、坂本さんがサバ美と出会った時のように、実際に猫を飼おうと思っても一歩踏み出せない人もいると思います。そういう方々へアドバイスするとしたら?
坂本:迷うっていうのはおそらく、猫が20年生きるとして、20年後の自分がどうなっているかわからないからっていうのが大きいと思うんです。実際、私もそこが気になっていました。でも、どうなっているかなんて今考えても結局わからないじゃないですか。
それに、子供ができるのと一緒で、猫と暮らす20年の準備が完璧にできているなんて人はいないと思うんです。もし何かあったら、その都度乗り越えていけばいい。覚悟さえあればできるものだから、あんまり「私にはできない」と思わないでほしいです。私個人としては独身の方にこそ猫との生活をおすすめしたいんですけど……、ただ、多くの愛護団体は単身者への譲渡はNGだったりして、ハードルが高いんですよ。
―単身者はNGとされているのはどうしてなんでしょう?
坂本:単身者だけじゃなく、例えば恋人と一緒に暮らしている場合なんかも、別れ際に猫を捨ててしまうことが多いので、入籍するまでは譲渡が難しかったりするんです。その場合、責任を持つという確約をきちんと文書で残すとか、単身者の場合は後見人が必要だったり、収入を見られたり、基本的なルールがわりと厳しい。でも、例えば、大人の猫だったらお留守番の時間が多少長くても大丈夫だから単身者OKとか、臨機応変に対応してくれることもあります。
―坂本さんもサバ美を引き取ったのは独身時代ですもんね。
坂本:そうなんです。しかも、サバ美には何組か申し込みがあったみたいなんですけど、その中でも私にっていうのは愛護団体の方が決めてくださって。その時はまだ私の職業とか知られていない段階だったので、なんていうか、熱意が伝わったのかなって(笑)。愛護団体の方とお話ししたり、熱意を届けたりすることで扉が開くこともあるので、単身者だからといって最初から諦めないでほしいですね。
―猫を飼いたい場合、まずはどうしたらいいのでしょう?
坂本:「satoya-boshu.net」というサイトは、いろんな団体や個人の方が里親を募集しているので一番規模が大きくて探しやすいと思います。最近だとInstagramで「#里親募集」と検索してもたくさん募集が出てきます。実際調べていただくとわかると思うんですが、本当に毎日毎日多くの子たちが里親を探しているんです。
―坂本さんが「ネコと私の暮らし方」というテーマで講座を持たれる『CLASS ROOM』でも、そういった里親募集のお話などされるんでしょうか?
坂本:まだ固まってはいないんですが、私が「神様のいたずら」と呼んでいるユニークな模様を持つ猫を紹介しようと思っています。もちろん、保護動物や殺処分についてのデータもみなさんにお見せしたいです。猫や犬を飼いたいと思った場合、ペットショップに行くことだけが方法じゃない。むしろ、愛護団体や個人、もしくは保健所といった場所の里親募集から引き取るという考えが、もっともっと世の中に広まるといいなと思っています。
- イベント情報
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- CLASS ROOM
『ネコとわたしの暮らし方』 -
2016年12月16日(金)19:00~21:00
会場:東京都 恵比寿 CAFE PARK
講師:坂本美雨
定員:60名
料金:無料
※応募者多数の場合は抽選
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『坂本美雨 with CANTUS Special Live ~ Sing with me』
2017年1月28日(土)
会場:東京都 半蔵門 TOKYO FMホール
料金:
前売4,500円 子供(4歳以上小学生以下)2,500円
当日5,000円 子供(4歳以上小学生以下)3,000円『坂本美雨 with CANTUS Special Live ~Sing with me~in KYOTO 』
2017年2月4日(土)
会場:京都府 日本写真印刷株式会社「本館」
- CLASS ROOM
- リリース情報
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- 坂本美雨 with CANTUS
『Sing with me II』(CD) -
2016年12月7日(水)発売
価格:3,000円(税込)
YCCW-10296・ダニー・ボーイ
・The Water is wide
・ブラームスの子守歌
・いにしえの子守歌
・メトロポリアンミュージアム
・遠い町で
・KISS
・Dream
・The Other Side of Love
※収録予定曲、曲順・曲数未定
- 坂本美雨 with CANTUS
- プロフィール
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- 坂本美雨 (さかもと みう)
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1980年生まれ。1990年に音楽家である両親と共に渡米。ニューヨークで育つ。1997年「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義でデビュー。以降、本名で音楽活動を開始。2013年初のベストアルバム『miusic - best of 1997~2012』を発表。音楽活動の傍ら、演劇出演、ナレーション、執筆も行う。2015年7月に第一子となる女児を出産。動物愛護活動をライフワークとし、大の愛猫家である。
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