大倉明日香。1996年生まれの20歳。中学3年生にして、約1万人が応募したボーカリストコンテスト『全日本アニソングランプリ』のファイナリストとなり、高校生でCDデビューを経験した彼女が、約3年間の充電期間を経て、ミニアルバム『デイズ』で再始動を果たす。
彼女のリブートを音楽面でサポートしたのは、『デイズ』の全収録曲の作詞・作曲・編曲からミキシング、マスタリング、プロデュースまでを1人で手がけた23歳のRyotaだ。空白の3年間、大倉明日香は何を思い、何をして、『デイズ』へと自分を繋げていったのか? 若い二人がネット音楽や現在の音楽業界に思うことを交えつつ、「デジタルネイティブ世代にとっての音楽」をテーマに語ってもらった。
(路上で歌ってると)私の歌には目もくれずに、通り過ぎていく人もたくさんいるんです。でも、誰もが好きな歌声なんて、ないのが当たり前じゃないですか。(大倉)
―まずは、シンガー・大倉明日香をみなさんに知ってもらうための基礎知識を、いくつか伺いますね。
大倉:わ、何だろう(笑)。
―人前で歌を歌おうと思ったきっかけは何でした?
大倉:歌は小学3年生くらいから大好きで、中学2年生のとき、姉が楽器を習いに行ってた音楽教室に歌のコースがあるのを教えてもらったんですね。そこに通いだしたのが、歌を歌い始めたきっかけです。
―子どものころは、どんな音楽が好きでしたか?
大倉:最初はドラマの主題歌ですね。絢香さんの“I believe”(2006年)とか。あとはBoAさんやDREAMS COME TRUEさんとか、よく歌ってました。歌のレッスンを続けながら、バンドを組んでボーカルをやっていて、中学3年生のときにはZepp Nagoyaのイベントライブに出たこともあります。高校に入ってすぐのころは、学校の友達とガールズバンドを組んで、SCANDALさんのコピーとかをやってましたね。
―2011年、大倉さんが中学3年生のとき、『第5回全日本アニソングランプリ』に出場し、約1万人の応募の中からファイナリストに選ばれたんですよね。
大倉:そうなんです。『アニソングランプリ』に出たのは、音楽教室の先生から勧められたのがきっかけでした。よくカラオケでアニソンを歌っていたし、より多くの人の前で歌を歌えるチャンスだと思って挑戦したんです。
―その2年後には、地元・愛知県の高校に通いながらアニメ『さくら荘のペットな彼女』(2012年~2013年放送)の2期エンディング主題歌“Prime number ~君と出会える日~”をリリースして、CDデビューを果たしました。高校生でデビューというのはすごいことだと思うのですが、当時大倉さんを取り巻く環境は、どういう感じでしたか?
大倉:『アニソングランプリ』のファイナルを終えて、一応1年契約でプロ活動のようなものを始めさせていただいていたんですけど、CDを出す話は、その契約が切れる直前に決まったんです。だから、すごく嬉しかったですね。スタジオライブの撮影スタジオで、初めて芸能人の方とすれ違って、「うわ~、東京で活動するってこういうことか!」って圧倒されました(笑)。
―自分が芸能界や音楽業界に入った感覚はなかった?
大倉:はい……なかったですね。気づいたらここに来てた、みたいな。ただ楽しかったなという感覚です。当時の事務所との契約は、“Prime number ~君と出会える日~”を出して終わってしまったんですけど、その後、今の事務所に声をかけていただいて。オリジナル曲のデモを作るために東京に通いながら、名古屋で引き続き音楽活動を続けていました。
―その間は、どんな活動を?
大倉:名古屋では路上ライブもやりました。もっと肝を据えたい、度胸をつけたいと思って。
―路上で得たものって何でした?
大倉:温かいお客さんとの出会いがありましたね。最初の路上を観てくれた方が私のTwitterをフォローしてくれて、CDをわざわざ買ってきてサインがほしいと言ってくださったり。でも路上なので当然、私の歌には目もくれずに、さっさと通り過ぎていく人もたくさんいるんです。
―くじけませんでした?
大倉:いえ、全然。誰もが好きな歌声なんて、ないのが当たり前じゃないですか。路上ライブは、1人でも私の歌声に何かを感じて立ち止まってくれる人がいればそれでいいと思って始めたものだし、友達も応援してくれていたから、いちいちヘコんだりしなかったです。すごくいい経験になったと思います。
ちょっと業界を離れたからこそ、普通の高校生活も120%楽しめて、自分の力を路上で試すこともできて……もっと頑張ろうというモチベーションも膨らんだ。(大倉)
―愛知での修行期間を経て、20歳になった今年、再び『デイズ』というミニアルバムを引っさげて表舞台に帰って来ました。高校1年生のCDデビューからのこの数年間の空白は、どんな気持ちで音楽に向き合っていましたか?
大倉:たしかに一度CDを出してから何年か経ちましたけど……それがよかったと思うんです。ちょっと業界を離れたからこそ、普通の高校生活も120%楽しめて、自分の力を路上で試すこともできて……もっと頑張ろうというモチベーションも膨らんだ。今回『デイズ』をリリースできることになり、「来た! 今しかない!」と思って、上京する決心もできたんです。すごく意味のある数年間を過ごせたと思っています。
―そういった経緯でリリースされる『デイズ』は、同世代のアーティスト・Ryotaさんがプロデュースを務め、全曲の作詞・作曲・アレンジを手がけているんですよね。
Ryota:はい。僕はもともと、専門学校でエンジニアの勉強をしながら楽曲制作を続けていて、ここ3年ほどは、人に勧められてボーカロイドで作った曲を動画サイトで発表していたんです。でもずっと生声で曲を歌ってくれる人を探していて……大倉さんに出会ったのは2016年の春ごろですね。レーベルの知人を通じて紹介していただいたんですが、デモを聴いて、ぜひ歌ってもらいたいと思い、『デイズ』につながりました。
―大倉さんは20歳でRyotaさんは23歳、このフレッシュな出会いが今作のポイントのように思います。Ryotaさんは、もともとギタリストだったそうですね。
Ryota:はい、バンドをやっていた兄の影響で、ギターを始めたのは中学1年のときでした。弾き始めてみたらめっちゃハマっちゃって、1日8時間くらい独学でずっと練習する日々を過ごしていました。それから高校に入ってバンド組んだら、みんな楽器が下手でがっかりした思い出が(笑)。
大倉:中学時代って、どんな曲を弾いてたんですか?
Ryota:中学のときは、BUMP OF CHICKEN、RADWIMPS、Hi-STANDARD、コブクロとか。高校になってもKen Yokoyamaさんとかを弾いていたので、ずっと邦楽ですね。洋楽はRed Hot Chili Peppersをちょっとコピーしたくらいです。そもそも洋楽を聴くようになったのは、専門学校にいた周りの友達が全員洋楽好きだったからなんですよね。
大倉:洋楽好きな人って、洋楽しか聴きませんよね? 私の周りもそう。あれ、どうしてだろう?
Ryota:専門学校生とか大学生とか、18~19歳のころってやたら尖ってるじゃないですか。「日本の音楽はださい」みたいに言うんですよね。でも、「それって違うよな」って思うんです。洋楽好きが邦楽を見下す文化というか。
―今はYouTubeのおかげもあって、世界中の音楽に気軽に触れることができるようになったことで、時代もジャンルも分け隔てなくフラットな感覚で音楽が聴かれるようになっているとも感じるのですが。デジタルネイティブ世代にも、お二人がおっしゃるような感覚ってあるんですね。
Ryota:個人的な意見としては、メロディー単体で見ると、邦楽のほうが洋楽より優れていると思うんですよね。だから邦楽が好きなんです。最近だと、AimerとかWANIMAとかも大好きです。
大倉:ああ、Ryotaさんの感覚、わかります。
―じゃあ、もう少し20代前半の音楽ファンの聴き方リサーチをさせてもらっていいですか? 最近は音楽ジャンルが細分化して、以前のように誰もが知っている定番曲というのが生まれにくくなっていますよね。お二人の世代にとってのみんなが一緒に歌える曲って、何ですかね?
大倉:バンドものだと、MONGOL800さんの“小さな恋のうた”(2001年)とかじゃないですかね?
Ryota:ああ、モンパチとHYは、僕らの周りもみんな聴いてますね。あとは……“千本桜”(作詞・作曲・編曲:黒うさP)とかじゃない?
大倉:ああ! あれは誰でも知ってますよね。
―“千本桜”は2011年に初音ミクの人気をさらに押し上げた、ニコニコ動画(以下、ニコ動)から生まれた楽曲ですよね。それくらい当時の10代はみんな、ニコ動でボーカロイド曲をチェックしていたということなんですかね?
Ryota:いや、たぶんですけど、ニコ動を見ていたというより、友達からの口コミで広がったんだと思います。
大倉:そう。私もあんまりニコ動の曲ってイメージはないです。“千本桜”はそれこそ、カラオケの上位にずっといるから、友達が歌ってると覚えちゃうし、歌えるようになっちゃうんですよ。
―Ryotaさんは実際、ボカロPを何年かやられていたとのことですが、ネット音楽にはどんな実感を持ちました?
Ryota:僕は今年の3月くらいまでしかニコ動には投稿してないんですけど、Ryotaという名前じゃないんですよね。僕が曲を担当して歌詞は相方が作る「Novel」という名前のユニットを、あえてユニットとは言わずに、1人のボカロPを装いながらやっていました(笑)。
大倉:ネットっぽい!(笑)
Ryota:匿名で活動できるのは、ネットの同人音楽ならではだと思いましたね。バンドメンバーを集めなくても、1人で自由に曲作りができますし。あと、動画にはリスナーのコメントがつくじゃないですか。それを参考に、曲や音楽性をチューンナップしていけるのは、面白かったです。
大倉:でも最近、あんまりボカロ曲って私自身も聴かないし、みんなもカラオケとかで歌わなくなりましたよね?
Ryota:ボカロPも歌い手の人も、有名な人たちがどんどんメジャーデビューしていったからか、「最近、流行ってるボカロPやボカロ曲は何?」と聞かれても、答えられないかも。その意味では、1つの時代が落ち着いたようなイメージは、やっぱりありますね。
好きなことを仕事にするのはすごく難しいからカッコいい。そのカッコいい自分に近づくために、続けていくのかな?……難しいなぁ(苦笑)。(Ryota)
―もう1つ、若い音楽世代を代表するお二人に聞きたいことがあるんですが、今、音楽不況と言われて久しいですよね。ライブは動員があるけど意外と儲からないし、CDをたくさん売って印税がドカンと入る時代でもなくなっている。メジャーデビューしても、生活するのが大変だという方は、以前より多い気がします。
大倉:たしかに……売れないって話はよく聞きますね。私も、CDは好きなアーティストのものしか買わないですし。
Ryota:人気な作品はあっても、売り上げ自体はたしかに減ってますよね。
―音楽が好きだから、ミュージシャンを目指すけど、もちろん好きな気持ちだけでは食べていけない。音楽業界に昔ほど夢が持てないのに、若い人がプロを目指し、音楽を趣味以上に続けていこうとするのはなぜなんでしょうね?
大倉:うーん……1つはライブですよね。音楽活動をしていて一番達成感を得られるのがライブだなって思うんです。ライブをやることが、頑張っていくモチベーションにつながっている。だからこそお客さんに感謝の気持ちを持つことは大切だと思うんですよね。
Ryota:僕は大倉さんほどライブに重きを置いてないんですけど……1つ言えるのは、好きなことを仕事にするのはすごく難しいからカッコいい。そのカッコいい自分に近づくために、続けていくのかな?……難しいなぁ(苦笑)。
大倉:あんまり、そんなふうに考えたことなかったですもんね。
Ryota:あとは心理的なものですかね。僕は19歳から、音楽業界の制作現場でアルバイトしながら、自分でも音楽を作ってきたから、今はそこを離れることが考えられないんですよ。ただ……バンドマンやミュージシャンがしんどい時代だというのは、すごくわかります。
大倉:アルバイトしてたからこそね。
Ryota:そうそう、売り上げの数字も見てるから(苦笑)。
聴いてくれる人が、元気になり、勇気が持てるような曲をこれから歌っていきたい。(大倉)
―だからこそ、20代前半のお二人に頑張ってもらいたいなと思うんですよね。お二人がコラボレーションした『デイズ』も、Ryotaさんのバラエティーに富んだ楽曲と、路上ライブで鍛えた大倉さんの強い歌声が融合した、新しいバンドサウンドが詰め込まれていると感じました。大倉さんの今までの音楽遍歴はJ-POP寄りなのに、『デイズ』の表題曲こそポップ寄りですが、他の4曲はどれもロックで、ちょっとびっくりしました。
大倉:そうなんですよね。充電期間中に作ってたデモもロック調が多かったので、Ryotaさんの曲は自分のやりたい音楽ともぴったりで。曲調もカッコいいですけど、Ryotaさんの歌詞もすごくいいんですよ。
Ryota:僕、初めて書いたんですよね、歌詞。ボカロ時代は、相方に歌詞を書いてもらっていたので。
大倉:好きなフレーズ、たくさんありますよ。たとえば“椅子取りゲーム”の<幸せを求め 人は今日も生きていく 誰かを助け 誰かに助けられては明日へ>とか。充電期間中もそうでしたけど、家族や友達に助けられながら今を迎えられた自分の心境ともリンクしていて、気持ちを込めやすかったです。
Ryota:もともとネガティブな人間なんで、全体的にめちゃめちゃ明るい歌詞にはなっていないんですけど……人に助けられたら人を助けたいし、ネガティブに考えちゃうからこそ、幸せになりたいし、幸せにしたい。人って、みんなそうだと思うんですよね。
大倉:Ryotaさんの曲って、曲調がロックなのに歌詞はロックっぽくないんですよ。そのギャップがすごく魅力的だと思いながら歌ってました。自分が書いたわけではないんですけど、自分が主人公になれるストーリーの歌詞なんです。だから私も自然と感情込めて歌うことができたんだと思います。“葉落ち月”という曲は花火大会のことが描かれてるんですけど、すごくストーリーが印象的です。
Ryota:花火大会に行ったときのことを、日記に書いておいたからね。
大倉:日記つけてるんですか!?
Ryota:うん。週に1回くらい、iPhoneのメモに日記をつけてる。専門学校に入ったばっかのころの日記は、超尖ってて不満ばっかり。今見たら驚くよ(笑)。そういう昔の自分の気持ちもいくつか、今回の歌詞に反映されてますね。
大倉:そういう生の感情が書かれていたから、歌にも気持ちを乗せやすかったんですね。日記、いいなぁ、私も書こうかな。
―それをもとに大倉さんが歌詞を書いて、Ryotaさんの曲とコラボしてほしいですね。そしてこの『デイズ』から、お二人のアーティストとしての新しい一歩がスタートします。これから、どういう自分でありたいですか?
Ryota:ジャンルとして、アーティストなのか作家なのかクリエイターなのか、自分でも悩むんですけど……音楽の作り手として、『デイズ』もそうですが、作詞・作曲・編曲・ミックス・マスタリングまで1人でできるのは僕の強みだと思う。その引き出しをさらに増やして、将来的には新人発掘などもやってみたいです。
―そして『デイズ』のプロデューサーとしては、今後の大倉さんにどうあってほしいです?
Ryota:もともと持っている素材がとても魅力的なので、ありのままに進んでいってほしいですね。まだ20歳なので、僕が言うのもなんですけど、将来が楽しみです。
―と、応援された大倉さんは? これからどういうシンガーを目指しますか?
大倉:私、自分が今までソロシンガーのメッセージに救われてきたので、いつか自分で歌詞を書いて、表現できたらなと思います。聴いてくれる人が、元気になり、勇気が持てるような曲をこれから歌っていきたいですね。
- リリース情報
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- 大倉明日香
『デイズ』 -
2016年12月21日(水)からiTunes Storeで配信
1. 哀しみの雨
2. ヘイト・ドール
3. 椅子取りゲーム
4. 葉落ち月
5. デイズ
- 大倉明日香
- プロフィール
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- 大倉明日香 (おおくら あすか)
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中学時代より音楽教室に通い始め、ロックバンドのボーカリストとしてバンド活動を開始。中学3年生のときに、nca(現在はnsm)主催MUSIC&dance festival 2011でオーディションに通過し、Zepp Nagoyaにバンドで出演を果たす。同年、『第5回アニソングランプリ』に出場。1万組以上の中から決勝まで勝ち抜き、ファイナリストとなる。2013年2月27日にはデビューシングル『Prime number ~君と出会える日~』をリリース。アニメ『さくら荘のペットな彼女』の2期EDテーマとして起用される。現在は、名古屋を中心に活動中。
- Ryota (りょうた)
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1992年12月19日生まれ、島根県出身。13歳からギターに触れ、音楽と向き合う。20歳から音楽制作活動を開始。作詞、作曲、ミックス、マスタリングを手がける音楽クリエイター。
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