21人の科学者たちが「今のライフスタイルを続ければ、人類は滅亡する」という論文を雑誌『ネイチャー』に発表した。これを発端に、食、エネルギー、経済、教育を巡る「幸せになるための新しい暮らし」を実践している人々を訪ね、未来の社会を見つめていく映画『TOMORROW パーマネントライフを探して』が12月23日より公開される。
今年、『セザール賞 ベストドキュメンタリー賞』を受賞した本作の中では先進的なエネルギー施策に取り組む欧米の国や大企業だけでなく、都市部での農業や、住宅や店舗の並ぶ街の通りや花壇に野菜やハーブを植えて、住民みんなでシェアする形の菜園、独自にあみ出した地域通貨など、ごく普通の地域の人々が当たり前のように実践している「新しい生活」が紹介されている。
今回、幼少期から暮らしていた京都府亀岡市の住宅街から里山へと移り住んだ音楽家・高木正勝にこの映画を見てもらい話を訊いた。都市の暮らしと田舎の暮らし、どちらの視点も持っている彼は、劇中で描かれる「新しい生活」について何を考えているのだろう。「都市部での悩みは田舎に来たら解決する」という高木の里山での暮らしや、その中での人とのつながりから見えた「新しい暮らし」の手がかりを紐解く。
「都会の人やからわからへんか」と言われたことがとてもショックだった。
―まず、高木さんご自身の暮らしについてお伺いしたいのですが、京都府亀岡市の住宅地に幼少期から住んでいたそうですね。
高木:僕が小学生の頃からずっと住んでいた場所は「○○が丘」という名前がつくような新興住宅地で。でも、そばには田園風景が広がっていて、市街地までも時間がかかるから、自分としては田舎に住んでいるつもりでいたんです。
―田舎に住んでいるつもりでいたにもかかわらず、なぜ里山に引っ越そうと思ったのですか?
高木:きっかけのひとつは、亀岡の幼稚園で言われた一言なんです。その幼稚園は丘のふもとの田園地帯にあるのですが、広い畑にビニールハウスを立てて、それを園舎にしていて。そこの園児は本当にみんなどろんこで、東南アジアの田舎とかで見かける子供たちのような勢いがあった。日本でこういう景色を見られるんだと思ってすごく感動したんです。
―その幼稚園と高木さんの暮らしに何か違いがあった?
高木:幼稚園に畑を貸している方と、人との関わりについてだとか、毎日どういう風景を見て暮らしているのかという話になったんです。そしたらその人に「都会の人やからわからへんか」と言われて。僕はその人と同じ亀岡で育ったし、同じように田舎に住んでいると思っていたから、その一言がとてもショックだったんですよ。でも確かに「わからへん」と思って。
というのも、僕が住んでいた新興住宅地がある丘の上には、神社もなければ、祭りの文化もない。人との関わりも希薄で、丘の下の世界と全く違っていたから、確かに自分は都会の人間だと初めて気づいて。それで「『田舎の人』ってどういうことなんだろう?」って考え始めたんです。
―自分自身に対する印象がひとつ揺らいだ出来事だったんですね。
高木:そうですね。あと、石牟礼道子さん(熊本県出身の作家。水俣と水俣病患者を描いた著書多数)の『あやとりの記』(1983年)という実体験をもとにした物語に描かれている、田舎の風景に衝撃を受けたんです。『あやとりの記』に描かれている豊かさは、僕のイメージをはるかに超えた圧倒的なものだった。僕も豊かな作品を作りたいと強く思っているのですが、今の生活をしていてもこういうものが作れるわけがないと思ったんです。
―では、豊かさみたいなものを想像して、田舎に引っ越したということですか?
高木:いえ、引っ越す前は田舎暮らしについて具体的に想像していなかったです。というか、田舎がこんなに面白いということを知りようがなかった。おばあちゃんと付き合うことがこんなに面白いことなんだとか、村の集会に出たらみんな歌うんだとか、季節の移ろいがこんなにも細やかなんだとか、祭りってこういう気分になるんだとか。祭りも観光気分で見ていても意味がなくて、参加してみて初めて感じられること、分かることがたくさんありました。
―実際に体験するまでは知りえない「こんなものがあったのか!」という感覚があったと。人との関わりの面白さも新鮮だったのでしょうか。
高木:そうですね。僕もそうでしたけど、住宅地に住んでいると隣の家の人のことを苗字くらいしか知らないし、家にも上がったことがない場合が多いと思うんです。でも、この村では道で出会ったら話をするし、お互いの家に遊びに行ったり、一緒に晩ご飯を食べたり。さらに村の集会や行事に参加したら、関わる人が一気に増えました。たとえば、手入れする人がいなくなって草が伸び放題になっている土地も、みんなで草刈りをするとちょっとしたお祭り騒ぎになります。打ち上げの宴会をしたり、楽しいものなんですよ。村も綺麗になりますしね。
自分たちで村を整えていくから、暮らす地域ごと自分の家のように思えるんです。
―生活に密接したところで、人とのつながりが増えそうですね。
高木:そうですね。それに村の行事や仕事に参加すると、自分の家の範囲が広がるような感覚があるんですよ。都市部だと、家とスーパーくらいまでが自分の生活圏で、目の前にある道路や街路樹を管理してくれている人のことも知らないですよね。でも今住んでいるところは基本的に自分たちで村を整えていくから、暮らす地域ごと自分の家のように思えるんです。
―確かに生活する範囲がその人にとっての世界そのものかもしれません。でも、田舎・都市部問わず、自分がちょっとオープンになるだけで生活の幅が広がったり、思ってもみなかった発見があるのですね。
高木:都市部だと、極力、人と関わらず一人で完結してしまう生活が選べるのかもしれませんが、村ではなかなかそうはいきませんから。たとえば、景色や環境が気に入って田舎に引っ越したとしても、山や川は誰かが手をかけているから美しく成り立っているものだったりします。それに、村の雰囲気が好きだったとしても、それは一人ひとりの村人が育んできたものですから、ちょっとしたことで村全体の雰囲気が変わってしまうこともあると思うんです。
田舎に引っ越す人というのは、その地域の現状を気に入っているのでしょうし、自分が選んだその地域をどうやったら現状のまま、素朴なまま、よりよく保てるのかという視点が入ってくるんじゃないでしょうか。そうやって地域に関わっている人なら、映画『TOMORROW パーマネントライフを探して』で描かれている地域通貨の意味とか、畑の必要性とか、エネルギーや教育についても自分のこととして感じられるし、自分でも実践してみたいと思われるんじゃないかと感じました。
イギリスのブリクストンの地域通貨。デヴィッド・ボウイの顔が印刷されている / ©MOVEMOVIE - FRANCE 2 CINÉMA - MELY PRODUCTIONS
―確かにコンパクトな範囲で生活が完結してしまっていると、エネルギーとか教育というテーマって、自分の普段の生活と直結して考えづらいですね。
高木:畑なら個人単位でできるし少し身近ですよね。ちょっとでも畑っていいなと思っている人は、ひとまずベランダでやってみようとか、都市部でやるのは大変だから週末だけ田舎でやろうとか、映画に出てきた「インクレディブル・エディブル」(街の花壇や公共の土地に作物を植えて地域の人々と共有する取り組み)のように、街の中でもできる方法がないかって具体的に考えて、実際に始めるきっかけになるんじゃないかなと思います。
細やかな命の蠢きの交わりの上で、勝手に溢れてくるものが豊かさだと思います。
―高木さんは以前のインタビューで自然農(不耕起、不除草、不施肥、無農薬など、人の手をいれずに農作物を育てる方法)に興味があるとおっしゃっていましたよね。
高木:はい。自然農で自給自足している人に獲れたての野菜を食べさせてもらったんですが、「野菜ってこんな美味しかったんや!」ってびっくりして、自分でもやってみたいなと。僕の畑は3年目でようやく形になってきたんです。
土地を整える高木。次は田んぼに挑戦するという(提供:高木正勝)
―周りも自然農の方が多いんでしょうか?
高木:隣のおばあちゃんの畑は肥料を入れていますよ。人によってバラバラです。でも、最近はそれぞれの畑の違いに互いに興味を持ち始めて。おばあちゃんは畑に生える雑草を抜いているけど、僕は草も抜かないで土の中で自然に起こっていることに頼っている。でもどちらも収穫はできるわけで、一体何が野菜を育てているのかというのを知りたくなって。
自然農のやり方も、調べてみると、何も入れないほうがいいとか、落ち葉を入れたほうがいいとか、草を抜いちゃいけないとか、いろんなやり方がありすぎて、最初はよく分からなかったんです。でも、最近は実感としてなんとなく分かってきました。畑に落ち葉を混ぜると、それを微生物が食べて糞をして、そうして細かく細かくなって、ようやく野菜が吸収できるようになる。それって野菜だけじゃなくて、人間がものを食べるというのも、胃や腸の中で同じことが起こっていますし、暮らし全体にも同じことが言えると思ったんです。
ペリーヌ・エルヴェ=グリュイエールとシャルル・エルヴェ=グリュイエールのふたりはフランスで有機野菜を栽培している / ©MOVEMOVIE - FRANCE 2 CINÉMA - MELY PRODUCTIONS
フランスのル・ベック・エルアンにはフランスで最も成功したパーマカルチャーの農場がある。除草剤も機械も動力も使用しないが、量も質も充実した野菜が収穫される / ©MOVEMOVIE - FRANCE 2 CINÉMA - MELY PRODUCTIONS
―暮らし全体に、ですか?
高木:たとえば畑だと、僕らが手をかけられるのは、野菜の世話というより、土の中に棲んでいる微生物たちの世話なんです。土の中の生き物たちが元気に暮らせていたら、野菜たちも勝手に元気に育っていく。それと一緒で、やっぱり自分の暮らす環境を整えたら、自ずとそこから育っていくものがあると思います。
単純に何かと何かを合体させるだけだと上手くいかないというか、味気ない表層的なものしか生まれない。細やかな命の蠢きの交わりの上で、勝手に溢れてくるものが豊かさだと思います。
―音楽を作るうえでも、今の生活がかなり直接的に影響している?
高木:もちろんです。何をやっても作曲につながっています。それぞれの人生によって様々だと思いますが、僕の場合、これまで土に触れたり、命に触れたりする機会が少なかったんだと思います。それで村に引っ越して、人生のバランスを取っているのかもしれません。
自分で育てた採れたての野菜が身体に入っていくみずみずしい感覚、おじいちゃんおばあちゃんたちと交わる中で広がっていく自分の好みや考え方、山の中で自然と共に生きていく厳しさや嬉しさ。やっぱり新しい歌が出てきますよ。
イギリスの生化学博士でアグロエコロジー(伝統農業、有機農業)の専門家でもあるニック・グリーンは、アヒルを農地に放って雑草や害虫を食べてもらう有機農業を行なっている / ©MOVEMOVIE - FRANCE 2 CINÉMA - MELY PRODUCTIONS
―生活自体が生き物のようですね。
高木:そうですね。村と言っても、ここは本当に山なので、毎日の変化が面白いんです。最近、「美しい」っていうのはこういうことかと思って。ちゃんと生まれて、ちゃんと消えていくことが美しい。たとえば、鉄の柵は丈夫で長く保つけれど、日々変化していく木々の中に鉄の柵があると違和感があるんですね。美しくないと思ってしまう。でも、それを竹の柵に変えた途端に美しいなと。
竹だと数年で朽ちてしまうので、何度も作り直さないといけないんですけれど、その時々の朽ちていく様を見ると、この瞬間のこの形はもう手に入らないんだなと。儚くて美しいと感じるのは、それがいつかは消えて無くなると知っているからだと、最近よく思います。それは人や、その人がやること、村や自然にも通じます。
頭で考えるだけじゃなくて、僕自身もなるべく実践して生きていきたい。
―高木さんは、映画『TOMORROW パーマネントライフを探して』をご覧になって印象的だった取り組みはありましたか?
高木:エネルギーのことが興味深かったです。再生可能エネルギーでその地域の電気を賄えているところがうらやましいなって。日本はまだそういった暮らしへ向けた道の途中だと思いますけれど、新興住宅地にしても欧米のものが入ってきて日本に定着していったわけですから、海外のこういう活動も今後どんどん取り入れられていくと思う。だから、日本の新興住宅地の未来を見せてもらっている感じでした。
―高木さんは、映画の公式サイトに「他人に変化を求め続ける生き方より、自分こそ変化して一歩ずつ憧れへ踏み出せる生き方を」というコメントを寄せられています。高木さんにとっての未来への「一歩」とは何でしたか?
高木:やっぱり東日本大震災があったときに、自分が興味を持って勉強していたことや、それまで進めてきていたこと、思い込んでいたことすらも、一度立ち止まって見直さざるをえなくて。そのときは、色んな人の意見をたくさん聞ける時期で、誰と会ってもちゃんと話をしたし、これからの暮らしや今までの暮らしについてみんなが考えていましたよね。そういう意味ではいい時期だったと思うんです。
映画『TOMORRW パーマネントライフを探して』の女優・監督メラニー・ロランとシリル・ディオンら / ©MOVEMOVIE - FRANCE 2 CINÉMA - MELY PRODUCTIONS
―みんなが特段話題に挙げることのなかった、暮らしのあり方について普通に話されるようになりましたよね。
高木:そうですよね。そのときに、「余っているから野菜をどうぞ」って言うのと同じように、自分の暮らしから溢れてきた技術や作品をお裾分けできた人もいたし、そうじゃなくて、「みんなが生きるべき社会のかたちはこうだ」「人間はこうであるべきだ」と頭で考えて発信していた人の、大雑把ですが、2種類の人たちがいるなと思えたんです。
人を動かしたりつなげたりできる人は確かに社会を動かします。でも、その人自身が理想とする社会や生き方があるのなら、その理想に向けた暮らしをちゃんとしている人がいいなと思ったんです。頭で考えるだけじゃなくて、僕自身もなるべく実践して生きていきたいなと。
住宅地での暮らしと比べ、地域の人とよく話すようになったという高木(提供:高木正勝)
―村ではそういう暮らしを実践している人が多いんじゃないですか?
高木:村の人は、毎日、ここはいいところだな、さあ、今日やれることをやろうと思って暮らされていると思います。3年住ませてもらって思うことですが、「何にもないところやけれど、いいところやで」と田舎の人が言ってしまう感覚が少しわかってきました。
映画の中で描かれている「取り組み」のほとんどは、田舎の村だったら普通なことばかりじゃないでしょうかね。みんな畑をして食べるものを作っていますし、道を歩いていたら「大根、持って行かへんか?」と会話しますし、井戸端会議もたくさんあって、仕事もできるだけ地域で回します。電気は作っていませんが、山の木で炭を作ったり、薪や柴を集めて暖をとったりお風呂を沸かしますし、井戸を掘って湧き水をいただいたりもします。それに、おじいさんおばあさんとその子供夫婦、孫の3世代が一緒に暮らしているので教育も豊かで、いい子ばっかりです。
―普段の生活の術として身に付いているんですね。たとえば、なるべく地産地消しましょうとか、自給自足しましょうとか、村の指針が強く打ち出されているのでしょうか?
高木:いえ、村で「何かしよう!」という強い決定がなくても、お互いが緩やかにちょっとずつ変化していくことで対応しているというか。たとえば過疎化が激しい村とか、経済とか交通とか色んな問題があっても、多分そこに住んでいらっしゃる人は、その土地にあわせて幸せに暮らす術を持っておられると感じています。
だから映画で描かれていることの多くは、規模は違えど田舎ではもう当たり前に行なわれているんじゃないかと思いました。自然が近い暮らしですと、一人で何とかしないと生きていけないこともあるので、一人でも出来るように学ぼうとしますし、一人でもできるからこそ、誰かを助けることもできる。誰がどういう技術を持っているという情報もしっかり得ようとするし、その技術をお互いに真剣に学ぼうとするから、みんな生きる力があると思います。
都市部や新興住宅地でこそ、これからもっと面白いことが生まれてくるんじゃないかと、映画を見て思いました。
―劇中で描かれている「新しい暮らし」というのは、すでに田舎では普通の暮らしとして定着しているのですね。
高木:そうですね。そういう部分で人とのコミュニケーションも生まれるし、そういう意味では、住宅地や都市部の生活のほうが行き詰まっている感じがするというか、大きな変化がほしいのかな。スーパーでも、季節に関係なく同じ野菜や果物が並んでいるし、変化や振れ幅が少ないことに違和感を感じている人もいると思うんです。そういう人がこの映画を見たら面白いかもしれません。あと、前から思っていたんですが、個人レベルでは絶対しないのに、国とか大きな単位になると、荒っぽいというか、一体何がしたいのか分からない行ないや風景っていうのがたくさんあって。
映画『TOMORROW パーマネントライフを探して』の共同監督で、実際に「新しい暮らしを始めている人々」を訪れるメラニー・ロラン / ©MOVEMOVIE - FRANCE 2 CINÉMA - MELY PRODUCTIONS
―手間をかけないということなんだと思いますが、個人でやることと行政でやることで乖離している部分はありますよね。
高木:そうですよね。映画のように、通りに食べられるものが植えてあったりとか、もっとみんなで使えるものがたくさんあれば面白いと思います。畑や教育、エネルギーを自分たちで作ってみるのは、日々の暮らしに直結することなので、一度やりだしたら楽しくて夢中になる人も多いんじゃないでしょうか。
―とはいえ、そういう暮らしになかなか踏み出せない人が多いんじゃないかなと。
高木:田舎にいた人が都市部にいって刺激を受けるように、都市部から田舎にいっても同じように刺激を受けると思います。田舎だと自然がいろんな表情を刻々と見せてくれるので、それだけでも忙しいです。一方、都市部は変化が少ないように作られていて、色々と対処しなくていいように便利にできている。逆に言うと、自分たちで変化を起こさないといけないから、そのぶん人が動いていると思うんです。
だから都市部や新興住宅地でこそ、これからもっと面白いことが生まれてくるんじゃないかと、映画を見て思いました。映画にもあったように、こんな所に、という場所に畑が生まれたり、様々な人が住んでいるのだから色んな価値観が入り混じって学び方が多様になったり、エネルギーを全部自給したりっていうことが、あちらこちらで起こったらいいなと楽しみになりました。僕は来年から米作りに挑戦してみます。
- 作品情報
-
- 『TOMORROW パーマネントライフを探して』
-
2016年12月23日(金・祝)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
監督:シリル・ディオン、メラニー・ロラン
出演:
シリル・ディオン
メラニー・ロラン
ロブ・ホプキンス
ヴァンダナ・シヴァ
ヤン・ゲール
ほか
配給:セテラ・インターナショナル
- プロフィール
-
- 高木正勝 (たかぎ まさかつ)
-
1979年生まれ、京都出身。2013年より兵庫県在住。山深い谷間にて。長く親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手掛ける作家。美術館での展覧会や世界各地でのコンサートなど、分野に限定されない多様な活動を展開している。『おおかみこどもの雨と雪』やスタジオジブリを描いた『夢と狂気の王国』の映画音楽をはじめ、コラボレーションも多数。
- フィードバック 1
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-