購入した商品のパッケージや紙袋が魅力的で、使い道もないのに、ついつい手元に残しておいてしまう。そんな経験は、誰にでもあるのではないだろうか。後ろ姿の女性が印象的な、人気の洋菓子ブランド「AUDREY」のパッケージデザイン。このたび、その一連のパッケージが、グラフィックデザイン界の発展に寄与した作品に贈られる『第19回亀倉雄策賞』を受賞した。手がけたのは、渡邉良重。植原亮輔とデザイン事務所「KIGI」を主宰する、アートディレクター / デザイナーだ。
平面からプロダクト、自身のおじいさんの名前を冠したブランド「CACUMA」における洋服のデザイン、絵本作品まで。幅広い分野で活躍する渡邉だが、その主軸にあるのは、ほのかな物語性を感じさせつつも、空白を巧みに使ったイラストレーションの仕事だろう。この彼女の世界観が、多くの製品に生かされ、さまざまの人の「大切にしたい」気持ちを刺激するのはなぜなのか。
今回、渡邉には「AUDREY」の誕生秘話はもちろん、家族との思い出の品を持参してもらい、創作において大事にしていることを語ってもらった。そこから見えたのは、自然体で制作を続けてきた渡邉の美意識の源泉である、デザインと家族に対する深い思い入れだった。
大人になってからも、お店の包装紙やお菓子の缶などが好きです。
―受賞作の「AUDREY」のデザインは、どのように構想されたのでしょうか?
渡邉:最初に話をいただいたときは、まだ「AUDREY」はひとつのお菓子の名前で、ブランド名自体は植物を思わせるものでした。パッケージも植物から発想して、いろんな案を出したのですが、発売元の社長さんはどこかしっくりこられていない様子で。「今回はやめようか」とも言われました。でも私としてはここでやめたらお互いにもったいない気がして、再び7~8案を出したのです。
―それで、決めてもらえた?
渡邉:最初はまだ決めかねていらっしゃいました。新ブランドの大切なパッケージだから、当然ですよね。そこで他の方の意見も参考にして、「これにしましょう」と言ってもらえたのが、今のデザインの基本になるものだったんです。社長さんにもだんだん「これでいける」と感じていただけて、今では大好きみたいです(笑)。提案した中で、女性が出てくるのはその案だけでしたが、これにするなら名前も「AUDREY」に変えようということになりました。
―デザインから、ブランド名が決まったんですね。今回、『亀倉雄策賞』受賞のコメントで、「飴玉やチョコレートの包み紙、デパートの包装紙や箱は、子どもの頃に触れた大切なデザインで、それを宝物にしました」と書かれていたのが、とても印象的でした。今回のデザインも、まさに商品を彩るそんな領域のものですね。
『第19回亀倉雄策賞』を受賞した「AUDREY」のパッケージデザイン
渡邉:グラフィックデザインは基本的に、主役をサポートするものですね。展覧会のポスターも展覧会の情報を伝えるためのものですが、「AUDREY」のデザインも、お菓子を手にとってもらうためのもの。
多分、多くの女性もそうであるように、私は大人になってからも、お店の包装紙やお菓子の缶などが好きです。箱がほしいために、少し高めのチョコを買ったりしたこともあります。あとイタリアで、ケーキ屋さんにあった手作りの箱がかわいくて、売り物ではなかったんですけどいただいたこともありました(笑)。
渡邉が大事にしている箱。右の緑の箱がイタリアのケーキ屋さんで譲ってもらったもの。左の卵形のものもめずらしい。
―すごいですね(笑)。僕もめずらしい紙袋とか、使い道もないのに取っておいてしまいます。
渡邉:捨てられないですよね。チョコのスライド式の箱を使い、動く仕掛けのおもちゃをよく作ったりもしました。「AUDREY」も、何年も取っておきたくなるものになっていたらと思います。
―そうした包装紙などへの関心や工作好きが、デザインの原体験なんでしょうか?
渡邉:生まれた場所がとても田舎で、いまと比べたらものもなかったので、綺麗な何かをもらうとすごく嬉しかったのが大きいかもしれないですね。
―コメントの中では、かわいいだけのものではなく、デザインとして成り立っているものがいつも作りたかった、ともおっしゃっています。「かわいいだけのもの」と「デザインとして成り立っているもの」の違いとは、どのあたりにあるのでしょう?
渡邉:そこが難しくて。子ども用のアイテムでも、幼稚なものもあれば、大人が見てもいいデザインもある。絵は幼くても、文字との組み合わせで良くなるものもあるし……難しいですね。ちょっと植原を呼んで来ます(笑)。
(植原さんがやって来る)
植原:「かわいいだけのもの」と「デザインとして成り立っているもの」の違い?
渡邉:そう。かわいいものって、ちょっとデザインになりにくいじゃない?
植原:ああ、わかりますよ。単純にかわいいものは、お客に媚びがちになる。でも良重さんは、そこに媚びたくないんですよ。絵に、暗さがあるじゃないですか。キャピキャピしたものはテンションで描けるけど、デザインはそれがどういう風に機能するか客観視しないといけないので、テンションが低い。そこがデザインなんじゃないかな。
―デザインは冷静であると。
渡邉:たしかに感情に任せて作ってはいないですね。
植原:あとデザインには、必ず新しい部分がないといけないですよね。でも、20年くらい前に「AUDREY」が出ていたら、斬新すぎたかもしれない。良重さんが、これまでの活動を通してその下地や文化を積み重ねて作ってきたから、今、うけているのかなと。
渡邉:少しずつでも新鮮な何かを付け加えることは、いつも心掛けたいことですね。
植原:20年前の良重さんの絵は、いま見るとけっこう素朴だもんね。
渡邉:仕事の内容が変わってきたのもあると思う。以前所属していた、「ドラフト」というデザイン会社に勤め始めた頃は、デザインとイラストの仕事がまったく別で。でも、途中から「D-BROS」というプロダクトのブランドをやりはじめて、両者がくっついたんです。そんな中で、絵を描くという行為も、どんどん冷静なものになったのかもしれませんね。
家族にまつわるものには特別な思いがありますし、優しい思いが伝わってきます。
―渡邉さんのデザインや美意識の源泉はどこにあるのか? それを垣間見られたらと思い、今日はお気に入りの品を持ってきていただきました。雛人形の写真がありますね。
渡邉:はい。KIGIとして「OUR FAVOURITE SHOP」というお店をやっているのですが、開店した当初から春になったら必ずこれを飾っています。雛人形は持ってこられませんでしたが、羽子板や着物の帯、小物を持ってきました。
―どんな思い入れがあるものなのでしょうか?
渡邉:すべて、祖父母が買ってくれたものです。
―ご自身の服のブランド名「CACUMA」にもされた、覚馬おじいちゃんですね。
渡邉:そうです。これは姉と私が子どもの頃の着物を合わせて、大きな着物にしたときの端切れです。ぜんぜんお金持ちじゃなかったですが、よくこんなものを買ってくれたなと。
―すごくいいものに見えますね。
渡邉:そうですよね。子どもの頃は、とくに「デザインがいい」なんて思って見ていたわけではないのですが、あらためて見るとすごくいいものが多いなと思って。子どもの頃に何となく「いいな」と思った感覚と、今の感覚があまり変わっていない気がします。お雛様で言うと、色んな種類のお雛様を気にしてよく見ているのですが、中でもこれは、サイズ感や人形の顔がすごくいいです。
―立派だけど、派手すぎないというか。
渡邉:そうです。特別に意識はしていないけど、こういうものも自分に影響したのかなと思います。手紙もよくくれるおじいちゃんで、それらも大事に取っています。
私は、3歳まで母方の祖父母に育ててもらいました。実家が相当な田舎で、母が体を壊したこともあって、姉と年子の私を一緒に育てるのが大変だったので預けられて。おじいちゃんたちはずっと育てたかったと思います。
おじいさんからの年賀状。「はやくきなさい」などとメッセージが添えられていた
―芸術についての趣味や関心があった方なのですか?
渡邉:私が知っているのは普通のおじいちゃんですけど、若い頃の写真を見るとすごくカッコいい。台湾からの引揚者で、日本に帰ってきてからは苦労したと思いますが「いいもの」を知っていたのだなと思います。絵もうまくて、筆で描いた自画像を飾っていました。
―飾り物や絵で、生活を彩るという意識のあった方だったのですね。小さい頃にもらったものをいまでも大事にされていて、ものと個人の関係の面白さを感じますが、渡邉さんもデザインするときに、そういった物語を生み出したいと思うものですか?
渡邉:物語まではいかないけど、これを持っていて嬉しいとか、買って嬉しいとか、そういうものを作れたらいいなと思います。あまりゴミになるものは作りたくないです。たとえばポストを覗くと、チラシがたくさん入っていて、印刷物ってすごく作られているのだなと思いますよね。
―ああいったものも、何かしらのデザインはされているわけですもんね。
渡邉:そうですね。でも、ほとんど見られもしないで、どんどん捨てられて、どれだけ無駄になっているのだろうと思います。逆に、どうしても取っておきたいものや、取っておいて良かったなと思うものもある。自分の作品も、そういうもののひとつになったらいいなと思います。
今日持ってきたようなものを見ると、祖父母はどれだけ自分のことをかわいがっていたのだろうと、いつも思い出す。名前を服のブランド名にしたのも、それで祖父や母親が喜んでくれるだろうと思ったから。やっぱり家族にまつわるものには特別な思いがありますし、優しい思いが伝わってきます。
―CACUMAの服を着る人たちとっては、その渡邉さんの個人的な家族への思いも含め、魅力になっているんじゃないかと。おじいさまに絵を見てもらうこともあったのですか?
渡邉:小さい頃は、祖父が裏面の白い広告を集めてくれて、それをもらって絵を描いていました。横顔のお姫様とか描いていて、今とあまり変わらないかも?(笑) そうやって家族に見守られながら描いていたときの楽しさが、今もずっと続いている感じですね。
―渡邉さんの好きなものの一貫性が、少し見えた気がします。
渡邉:でも前に作ったものを見てみると、「どうしてこういうふうに作ったのかな、今ならもっとスッキリさせるのに」と思うことはよくあります。
デザインは個人のものというより、みんなで育てるものだと思う。
―「今ならもっとスッキリさせるのに」と感じるというのは、過剰すぎたということですか?
渡邉:うん、ちょっと過剰(笑)。昔はなにが余分か、過剰かということに気づけていなかったのだと思いますが、活動を続けるなかで少しずつ見えてきました。
―CACUMAを始めたのも、渡邉さんの考える、過剰ではない「普通の服」がほしかったから?
渡邉:もちろん、今でもいろんなブランドの服も買うし、好きなブランドもあるのですが、私にとっての着やすいちょうどいい服は、あまり見つけられなくて。たとえば、夏に半袖ではなく、五分とか七分のものが着たいのにないとか、シャツの襟の開き方も、詰まっているものが多かったり。
あと、おしゃれ着には普通に洗濯できないものも多いですが、特に夏は毎日さっと手洗いしたい。そんな自分にとってのちょうどいい服を作りたいと思いました。
―CACUMAのほかに、活動の転換点となった作品はありますか?
渡邉:絵本作りは大きかったですね。もとから絵本には興味があったのですが、物語を考える力が本当になく(笑)、「絵本を作るぞ」と思うと肩に力が入り、日々の忙しさもあってずっとできなかった。だけど『BROOCH』という絵本は、D-BROS(株式会社ドラフトの代表・宮田識によって設立された自社ブランド)で作ったカレンダーの絵に、内田也哉子さんが物語をつけてくれたもので、こういう作り方もあるのだなと。お話を作るという方法ではないやり方でも、絵本を作っていけると思えた仕事でした。
―絵本の絵は、どういうところから発想されていくんですか?
渡邉:いろいろですが、たとえば『BROOCH』は仕組みから考えました。透ける紙を使っているので、次のページの絵が見えている。そういう仕組みの中で、どんなものを描いたら面白いかを考えていきます。『アンドゥ』という絵本は、左右両開きという枠組みを最初に考えて、左右でつながっていくと面白い絵を考えました。仕組みがあると作っていきやすい。
―さきほど、チョコのスライド式の箱を使って工作をしていたというお話がありましたけど、ものの仕組みを前にすると、アイデアが出てくるタイプなのですね。
渡邉:そうかもしれない。イラストレーター的というより、デザイナー的なんですね。
―お話を聞いていて、渡邉さんのニュートラルさが面白いなと。絵を描く人にインタビューをすると、すごく感情的に描くと言う人も多いですが、仕組みから考えてすぐ描けてしまうあたりが、とても変わっていますよね。たとえば、クライアントから「こんなものはダメ。絶対にこういう風に描け」と言われて腹が立ったりとか、仕事をしていて熱くなることはないですか?
渡邉:そんなに強いだめ出しはないです。「AUDREY」も直しはよくありますが、お金もリスクを負う、決定権のある社長さんの意見ですから。それに、売ることの勘をお持ちなので、単純に参考になる。だから、「また言われちゃった」とは思うけど気持ちを切り替えます。
ドラフトの社長である宮田識さんとはよく喧嘩しましたけど(笑)、「やり直しはより良くなるチャンスだ」といつも言っていました。それは本当だと思う。こうしたデザインは個人のものというより、みんなで育てるものだと思います。
私にとって絵を描くこととデザインすることはグラデーションで続いている。
―4月からクリエイションギャラリーG8で開催される個展『絵をつくること』はどんな内容になりますか?
渡邉:ひとつの部屋は「AUDREY」にまつわるもののパッケージを、もうひと部屋はイラストを中心とした仕事にしぼって展示する予定です。あと、私の絵をある方が刺繍してくれた大きな布が2枚あり、それと以前作ったリバティの布、映像などを展示する部屋もあります。
―その刺繍は、個人的なプレゼントなんですか?
渡邉:もともと編集者だったのですが、刺繍をやりたくて会社を辞めたという方がいて(笑)。その方に頼んで、『ジャーニー』という絵本の絵を大きな布に刺繍してもらいました。30日間で毎日10時間、かかったそうです。それがとても良くて、新たに花の刺繍も頼みました。
―見応えがありそうですね。「以前は過剰な部分もあった」ともおっしゃっていましたが、『絵をつくること』というタイトルからは初心に戻るような印象も受けます。
渡邉:私にとって絵を描くこととデザインすることはグラデーションで続いているので、『絵を描くこと』にするのは違うのかなと思って、『絵をつくること』というタイトルにしました。ぜひ、多くの人に展示を見ていただけたら嬉しいですね。
- イベント情報
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- 渡邉良重展
『絵をつくること』 -
2017年4月4日(火)~5月20日(土)
会場:東京都 クリエイションギャラリーG8
時間:11:00~19:00
休館日:日曜、祝日、4月29日~5月7日
料金:無料
- 渡邉良重展
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- 『渡邉良重 原画展』
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2017年4月12日(水)~5月14日(日)
会場:東京都 白金高輪 OFS gallery(OUR FAVOURITE SHOP内)
休館日:月、火曜(祝日を除く)
料金:無料
- プロフィール
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- 渡邉良重 (わたなべ よしえ)
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1961年山口県生まれ。山口大学卒業。1986年宮田識デザイン事務所(現・ドラフト)入社。植原亮輔と共に2012年にKIGIを設立。グラフィックデザインの他、現在もドラフトのプロダクトブランド「D-BROS」のディレクターを務めながらも、糸井重里氏が主宰する「ほぼ日」と洋服のブランドCACUMA(2013年~)を、さらに滋賀県の伝統工芸の職人たちと、陶器・家具・布製品などのブランドKIKOF(2014年~)を立ち上げ。また、デザインワークの流れの中で作品制作をし、展覧会を行っている。2015年に東京・白金にKIGIの生み出すデザイン製品等を販売するショップ&ギャラリー「OUR FAVOURITE SHOP」をオープン。絵本『BROOCH』(文・内田也哉子)、『ジャーニー』(詩・長田弘、ジュエリー・薗部悦子)、『UN DEUX』(文・高山なおみ)、『ぬりえの赤ずきん、くるみ割り人形、不思議の国のアリス』(文・安藤隆)、および作品集『キギ/KIGI』『KIGI_M』をリトルモアより刊行。東京ADCグランプリ、D&AD金賞、One Show Design金賞、NY ADC金賞などを受賞。
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