イタリアで生まれ育ったフロントマンの名前をそのままバンド名に冠したピアノスリーピース、Ryu Matsuyamaがニューアルバム『Leave, slowly』を完成させた。
初の全国流通盤となった前作『Grow from the ground』から約1年半、インディーR&Bやポストロックなど多様なジャンルを昇華した壮大なサウンドスケープをよりダイナミックに解放し、人生を旅になぞらえ自問自答を繰り返した果ての答えを提示する全編英語のリリックを豊潤かつヒューマニスティックな感触に富んだメロディーに乗せている。
その音楽性のみならずメンバーのキャラクター性を見ても、このバンドは相違なるもの同士のアイデンティティーを折衷することで、比類なきポップミュージックを提示しようという気概を感じさせる。メンバー三人と語り合いながら、Ryu Matsuyamaの本質に迫った。
CM音楽を作って「本当の意味でのポピュラーミュージックとはなんぞや?」って深く考えるようになった。(Ryu)
―前作『Grow from the ground』のときに、自分たちの音楽性を「アンビエントポップ」と言っていましたね。
Tsuru(Ba):ああ、言ってましたね!
―新作『Leave, slowly』を聴いて、もはやそれもしっくりこない気がしました。自分たちではどう思いますか?
Jackson(Dr):もはやそういうことじゃないね。
Ryu(Pf,Vo):うん、あらためて考えたらアンビエントポップは違うなと思いました(笑)。
Jackson:結局、どのジャンルにも置きにいってないんだよね。今回、明るい曲も多いし、よりはみ出してると思います。その幅が僕らのポップスの秘訣というか。
Ryu:あと、音源だけを聴くと「ヒーリング要素が多いよね」みたいな感想をよく言われるんですけど、僕らはそれがイヤなんですよ。リミッターなしで音楽を作ると、ミニマリズムを極めたBGMを作ったり、アート側にいくバンドではあると思うんですけど、アンビエントな感じを薄くして、そういうところを打破したかった。歌詞はポップス的ではないと思うんですけど、曲はすごくポップだと思ってます。ポップスであることは忘れたくないんです。
―なぜポップスでありたいと思うんですか?
Ryu:悪い言い方ですけど、音楽でオナニーをしたくないんですよね。より多くの人に伝わってしてほしいというさみしがり屋の願望が強いから(笑)。僕はここ2年くらいで職業作家としてCM音楽を作っているので、その影響も大きいと思います。
CM音楽ってクライアントが喜ぶ曲を作るという発想が大事なので、「本当の意味でのポピュラーミュージックとはなんぞや?」って深く考えるようになった。このバンドで作る音楽の最初の目的はマーケットではないんだけど、自己満足では終わらない、自分たちが求めるポピュラーミュージックを追求したいとより強く思うようになりました。
幼少期からずっと自分のアイデンティティーに悩みながら育ってきました。(Ryu)
―Ryu Matsuyamaはバックグラウンドも音楽的なルーツもバラバラな三人のプレイスタイルや感性が、それこそ折衷されていることが大きなポイントだと思っていて。
Ryu:うん、そうですね。
―それが成立しているのは、Ryuくんのコミュニケーション能力があってこそだと思うんです。Ryuくんは普段からすごく社交的じゃないですか。このコミュニケーション能力の高さはイタリアで生まれ育ったというバックグラウンドも影響しているのかなと。
Ryu:自分でも社交性はあると思います。空気を読む癖がついているというか。イタリア人って空気を読まないイメージがあると思うけど、実は人を楽しませたり、場を和ませるための空気の読み方がすごく上手い人種なんです。僕はそれに加えて日本人としての礼儀作法を大切していて、そういうダブルの国民性が自分の中にあるのかなと。
―いわゆるアイデンティティークライシスみたいなことは起きなかったんですか?
Ryu:ありましたよ。幼少期からずっと自分のアイデンティティーに悩みながら育ってきました。日本人でありながらイタリアで生まれてしまって、最初はイタリア語しか話せなくて。イタリアの友だちからは「おまえは日本人だ」と言われ、日本人の友だちからは「イタリア人だ」と言われる環境で育ってきましたし。
イタリアはレイシストもけっこう多いので、早い段階で「自分は何者なんだろう?」という疑問も生まれるんですよね。小学生くらいからそういう疑問がどんどん強くなっていきました。
「大丈夫、心配ないさ」って自分に言い聞かせてる。(Ryu)
―前作から一貫してますけど、Ryuくんが書く歌詞は人の成長についてのストーリーが核になっているじゃないですか。それはRyuくんの自己対峙でもあるのかなと。
Ryu:まさに自己対峙ですね。おっしゃる通り歌詞の内容は変わってなくて、メッセージを自分に対して言い聞かせてるんです。今回はより自問自答の歌詞が多くて、その結果、自分の中で答えが出ました。
どんなに「You」に歌っていても、結局それは僕に向けて書いている。「大丈夫、心配ないさ」って自分に言い聞かせてるんです。“The Way to Home”や“To a Sunny Place”は「なんくるないさー」的な内容なんですよね。
―ケ・セラ・セラ的な?
Ryu:そう、ケ・セラ・セラ的な感じで。ある程度まで深く悩んだ先に「まあ、いいや」って思えるイタリア人の性質が歌詞に出てきたのかなって。
―そういう意味でも、メッセージとしては今作のラスト“In the beginning”に至るまでにそれまでの7曲があると思えました。
Ryu:そうなんですよね。今作のテーマが「旅」なんです。人生を旅に置き換えたときに、結局ひとつの山の頂上に登ったあとに何が見えるかって考えたら、たぶんもっと高い山なんですよね。
それで、また最初に戻ってくるという視点で“In the beginning”の歌詞を書きました。それは聖書に書かれている最初のフレーズでもあって。次のアルバムを作っても、ずっと対峙するべきテーマだから、歌詞の核はそんなに変わらないと思います。
三人とも異なるルーツがあって、それが融合したときにいろんなジャンルを感じさせる曲ができていく。(Ryu)
―今作『Leave, slowly』を聴いて、ますますいろんなジャンルが折衷された音楽性になってるなと思いました。
Ryu:そうですね。いつも思うんですけど、この感じって狙ってやろうと思ってもたぶん出せなくて。さっきも話に挙がりましたけど、僕らはメンバー三人とも異なるルーツがあって、それが融合したときにいろんなジャンルを感じさせる曲ができていく。僕がまず一人で曲を書くときは、だいたいエレクトロニックな感じになるんですけど、そこにJacksonが加わるとブラックミュージックの要素が入ってきたりして。
Jackson:ブラックミュージックだったり、ジャズだったりね。
―Jacksonくんがバークリー音楽大学に留学経験があるのも大きいだろうし。
Ryu:そうですね。一方、TsuruちゃんはJ-POPが好きで。
―Ryu Matsuyamaの楽曲を聴いて、このバンドのベーシストのルーツがJ-POPと思う人は少ないでしょうね。
Tsuru:昔はプレイヤーとしてジャズやR&Bやファンク系をずっとプレイしていたんですけど、RADWIMPSとかも大好きだし、基本的に家で聴くのはJ-POPやJ-ROCKが多いですね。
ただ、最近はジャコ・パストリアス(ジャズ、フュージョンのベースプレイヤー)を聴いたりもしているので、もしかしたら次に会ったときは「J-POPはもう全然聴いてない!」とか言ってるかもしれないです(笑)。
Ryu:最近は急にスタジオでSuchmosのベースフレーズを弾き始めたりしてるんですけど(笑)。Tsuruちゃんはたぶんこの三人の中で、同世代のプレイヤーから一番刺激を受けてるんですよ。隼太(小杉隼太=HSU / Suchmos、SANABAGUN.)だったり、仁也(市川仁也 / D.A.N.)だったり。
Tsuru:ちょっと前まではD.A.N.のコピーばかりやってました!(笑) 彼らは本当にかっこいいですからね。僕は曲全体を聴いてかっこいいと思ったフレーズをベースでコピーするんです。たとえばギターとか他の楽器の印象的なフレーズをベースで拾ってみたり。
Jackson:Tsuruちゃんは普通のベーシストではないよね。ギターっぽくプレイすることも多くて。Ryuくんが鍵盤でベースを弾かなきゃいけない曲もあるから、ベースがベースっぽくない役割を担っていることも多いし、ドラムもパーカッション的なプレイをしていることがあって。だから、「本当にこのサウンドを三人だけで鳴らしてるの!?」っていう雰囲気が音源でもライブでも出ていると思うんですよ。
―自然とそういうあり方になっていったんですか?
Ryu:最初はそういうふうにしてほしいって言ってました。そもそもさっきも言ったように僕の作る曲のコード感やメロディーはすごくポップだと思っていて。手癖を崩して面白いバンドサウンドを生み出したいというテーマが最初からあるんです。
そうやって三人でサウンドを補い合うと、周波数的にロー、ミドル、ハイの領域を全部出せるんですよ。僕の声質の特徴としても、ハイはすごく出るんですけど、ちょっとミドルが足りない。それであまりピアノも音階が上にいかないようにしたり、いろいろ試行錯誤はしました。
僕はいろんな意見や考え方の「あいだ」にあるものが答えだと思ってる。(Ryu)
―試行錯誤の結果、独創的なサウンドを生み出せるようになったと。
Ryu:独創的なものになりましたね。僕はトム・ヨーク(RADIOHEAD)に憧れて曲を書こうとしていたんですけど、どうしても日本っぽいカノンコードばかり弾いてしまうことに後々気づいて。そういう僕の手癖をこの二人が崩してくれるのがすごく刺激的だし、面白いんですよね。今でこそいろんなコード感を出せるようになってきました。
―サウンドプロダクションとしては、インディーR&Bと呼ばれるものから、ポストクラシカル、ポストロック、最近だとデジタルクワイアと呼ばれるジャンルにも通じる要素があるんだけど、結果的にそのどれでもないみたいな。
Jackson:うん、特定のジャンルでは当てはまるものはないですよね。
―そのうえで独立したポップスと言うべき音楽なのかなと。歌のポピュラリティーも高いし。
Ryu:僕もポップスをやってると思っています。
Tsuru:最高です! ポップスです!(笑)
Jackson:でも、PVにしてもそんなに歌詞の内容がわかりやすく伝わるような意味付けをしてないよね。
Ryu:そうだね。全編英詞でも歌詞カードを読んだら何を歌っているか伝わるとは思うんですけど、曲を聴いている段階ではリスナーが歌詞の意味に引っ張られないようにしたくて。
―英語の理解力は人それぞれだけど、曲を一聴しただけでメッセージ性の大きさは伝わってくると思うんですね。サウンドスケープもクワイア的なスケールの大きさがあるし。
Ryu:そうですね。曲のタイトルだけでもどういうことを歌っているのかは伝わる気がしていて。さっきのレイシズムの話にも繋がってきますけど、イタリアで育ちながら多かれ少なかれ人種差別を受けてきた反面教師もあって、僕は絶対に相手を見下すことはしない。逆にちょっと自分が下に出ることが多くて、どこかで「弱い自分」という美学を持ってしまっている気がします。
僕が幼少期から抱えているものって痛みなんです。それを無理に克服しようとしているわけではなくて、痛みの理由を探りながら、「弱い自分でいいじゃないか」という答えを歌詞で書いている気がします。
―レイシズムを浴びた経験を経て、そこでRyuくんの音楽表現がレベルミュージックではなくヒューマニズムに富んだ内容に帰結しているのが興味深いなと思って。このさまざまな要素を折衷した音楽性も違いを受け入れるという感覚が根本的にあると思うんですよね。
Ryu:ああ、僕の音楽表現がレベルミュージックにならなかったのは、根本的に自問自答が好きだし、自分が出した答えが絶対的ではないと思ってるからですね。このバンドで言うなら、僕の意見とJacksonの意見とTsuruちゃんの意見がぶつかり合って出たものが答えだと思ってるので。
―それも折衷ですよね。
Ryu:僕はいろんな意見や考え方の「あいだ」にあるものが答えだと思ってる。それが歌詞にも出ているんでしょうね。
僕はどうしても前作『Grow from the ground』を完全に終わらせたかった。(Ryu)
―さっき聖書という言葉が出ましたけど、Ryuくんはクリスチャンではないんですか?
Ryu:クリスチャンではないです。ただ、最近よく聴いている音楽は、どこか神に近づいているような歌詞が多くて。特にBon Iverの『22, A Million』は神を崇めているとしか思えないキーワードがいっぱいある。
僕自身は特定の宗教を信仰しているわけではないんですけど、大きな力を信じる精神性は大好きです。そういう気持ちもあって、“In the beginning”の歌詞を書いたところがあります。
Ryu Matsuyama『Leave, slowly』(Amazonで見る)
―個人的には今後、歌詞にエロティシズムやユーモアが織り込まれればサウンドとの共鳴により奥行きが生まれるのかなと思っていて。
Ryu:ああ、それは今作に入らなかっただけかもしれないですね。
Jackson:テーマとして漏れたやつでもあるよね。
Ryu:そう、漏れたテーマがいっぱいあって。今回、まず30~40曲くらい作って、そこから20曲、さらに8曲まで絞ったんですよ。
―そこまで絞ったんだ。
Ryu:曲と同時にテーマも「旅」に絞ったんです。僕はどうしても前作『Grow from the ground』を完全に終わらせたかった。実は今作のタイトルは『Return to Dust』(=塵に還る)という案もあったんです。僕自身でもある主人公を塵に還してもいいんじゃないかと思って。要はお清めですよね。
―自分に対するレクイエムのような。
Ryu:そう、レクイエムだったんです。結果的に『Return to Dust』はネガティブな要素が強いかなと思ってやめました。あと、実はまだ隠してる部分ではあるんですけど、僕はラブソングもけっこう書いてるんですよ。
Tsuru:隠すなよ!(笑)
Ryu:(笑)。今後は音楽で愛を語りたいなと思っていて。ここまで僕の人生観やアイデンティティーを語ってきたので。その核となるテーマは不変でありつつ、次はそれこそエロティシズムやセックス、愛について語ってみたいです。
- リリース情報
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- Ryu Matsuyama
『Leave, slowly』(CD) -
2017年5月17日(水)発売
価格:2,300円(税込)
PCCI-000011. And seek for water
2. To a Sunny Place
3. Do it Again
4. The Way to Home
5. In this Woods
6. Domus
7. Crazy
8. In the beginning
- Ryu Matsuyama
- イベント情報
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- Ryu Matsuyama Oneman Live
『Landscapes』 -
2017年5月27日(土)
会場:東京都 渋谷 WWW
料金:前売3,000円 当日3,500円(共にドリンク別)
- Ryu Matsuyama Oneman Live
- プロフィール
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- Ryu Matsuyama (りゅう まつやま)
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ピアノスリーピースバンド。イタリア生まれイタリア育ちの Ryu(Pf,Vo)が2012年に「Ryu Matsuyama」としてバンド活動をスタート。2014年、結成当初からのメンバーであるTsuru(Ba)にJackson(Dr)を加え現メンバーとなる。2014年に1stミニアルバム『Thinking Better』を自主制作し、ライブ会場、iTunesで販売。2015年にはタワーレコードレーベルより2ndミニアルバム『Grow from the ground』をリリース。2016年2月六本木Super Deluxeにてワンマンライブを行う。2017年5月17日、ミニアルバム『Leave, slowly』をリリース、5月27日にはWWWでワンマンライブを開催する。
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