ミュージシャンは街をどのように歩き、どんな刺激を受けているのか。遡ること1960年代、新宿には10軒以上のジャズバーがあり、夜な夜な文化人が集い音楽を鑑賞していたという。そのなかで56年前に創業し、新宿文化の要として機能したのが、80歳のマスター・中平穂積が今も店に立つ「DUG」だ。彼は伝説の店の創業者でありながら、ジャズの巨匠であるアート・ブレイキー初来日の撮影に成功し、以降マイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンスといったジャズミュージシャンを撮り続けたカメラマンでもある。
今回「ISETAN PARK net」との連動企画で、新宿における「音楽」の発信地をめぐったドレスコーズの志磨遼平と前野健太がDUGを訪れ、数十年にわたり一流の表現者を目の当たりにしてきた中平と語り合う。
似ているからこそ、お互い近づき過ぎてはいけないという気持ちが強かった。(志磨)
まず前提として、志磨遼平と前野健太の不思議な関係から話しておこう。志磨が1982年、前野が1979年生まれと歳も近く、お互いに交流のあるミュージシャンも共通していることから、比較的近いところにいるはずの二人だが、対面で話すのはこれが初めてだという。
志磨:前野さんときちんとお話させてもらうのは今回が初めて。毛皮のマリーズ時代にスリーマンのイベントをやったけど、ほとんど喋らなかったですよね(笑)。
前野:お互い20代で相当にヒリヒリとしていましたからね。イベントを企画してくれたおとぎ話を仲介にして話をしてた。スリーマンなのに会話しないなんて、相当ですよ(笑)。寺山修司が好きで、おとぎ話や大森靖子さんが近くにいて……と共通項は意外と多いんですけど、川を隔てて右岸と左岸で別れていた感じですかね。
左から前野健太、志磨遼平(ISETAN PARK netで新宿街めぐりの様子を見る)
志磨:似ている部分があるからこそ、お互いあまり近づき過ぎてはいけないという気持ちが強かったのではないかと思います。影響を受けすぎてはいけないというか。前野さんがつけた楽曲タイトルを、ひょっとしたら自分が思いつく可能性があったのではないかと悔しい気持ちになったこともありますよ。
敗者にも美学があるのっていいですよね。(前野)
―こうして年齢を重ねたから、素直に話せるという部分もあるということでしょうか?
志磨:自分の表現に折り合いがついてきたのはあるのかもしれません。20代の頃は自分が10代の頃に影響を受けた作品を素直に表現するのが嫌で、あえて本当に好きな音楽が自分の曲から見えないようにしたり、「すぐにわかられてたまるか」という気持ちがあって。
前野:たしかに新作『平凡』を聴いてそう思いました。志磨さんの音楽は遊園地のようだなと思ったんですよね。ある種、トリックスター的な部分があるのかもって。
前野:僕はわりと自分のなかに「かっこいいな」と憧れている男性がいて、その人の影響をダイレクトに受けてます。それが荒木一郎さんみたいなミュージシャンであることもあるし、競馬の予想屋さんだったりすることもある。
志磨:男のかっこよさって、構造が複雑ですよね。「うわ、最低」というかっこよさもあれば、苦渋を舐める様子に色気があることもある。顔だって勝新太郎もジャニーズもかっこいいじゃないですか。
前野:敗者にも美学があるのはいいですよね。それで言うと、新宿はいろんな人のかっこよさ、かっこ悪さを許容できる街じゃないですか? 今、新宿に住んでるんですが、20代前半の頃、新宿アングラ文化に傾倒していたこともあって、東京といえば新宿というイメージが頭の片隅にいつもあって。いつかはこの街に住まないといけないなって思っていたんですよ。
新宿LOFTで行なわれた『大森靖子アルバム発売記念ツーマンライブ~新宿で会いましょう~』の様子志磨:実際に住んでみてどうでしたか?
前野:僕らミュージシャンがステージの上で衣装を来て着飾るように、歌舞伎町で生きる人たちは、スーツを着込んで夜の街に繰り出し、働く。そこが彼らにとってきっとステージなんです。どんなにクサクサしていても新宿の夜の街に出ると、自然と衿を正したくなるんですよ。
ビジネスエリアもファッションビルもあるけど、この街の息づかいを形成しているのは、歌舞伎町や新宿二丁目などで働いている夜の世界で生きている人たちだと思ってる。さっき志磨さんの音楽を「遊園地みたい」「トリックスター的」と言いましたが、歌舞伎町で働く人たちはドレスコーズの曲が好きなんじゃないかな、とCDを聴きながら思いました。
悪い奴も遊びに来ていたかもしれないけど、ジャズ喫茶にいるときは、皆衿を正して真面目なジャズファンになっている。(中平)
志磨はロック、前野はフォークが表現のルーツとなっているが、30歳を過ぎてから共にジャズを聴くようになったという。大人になるとわかることがあるとすれば、もしかしたら「ジャズを知ること」はその一つかもしれない。
1961年創業の「DIG」は、現在は「DUG」として営業している。ジャズミュージシャンの渡辺貞夫や山下洋輔、日野晧正のほか、寺山修司や三島由紀夫、植草甚一、村上春樹など多彩な文化人が集まった伝説の店だ。
志磨:そもそも当時、なぜジャズ喫茶をやろうと思ったんですか?
中平:25歳で二幸(現・新宿アルタ)の裏の路地にあるアカシア(老舗洋食店)の3階にDIGをオープンさせた当時は、新宿のジャズ喫茶だけでも木馬、キーヨ、ヨット、汀(なぎさ)など10軒以上あったんですよ。でも他のお店は、ジャズを聴くときは会話をするのもダメと言われるほどの緊張感があって。
志磨・前野:へえ……。
中平:それなのに、かけるべき名盤、例えばマイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクの必聴版が置かれていないお店や、コーヒーが美味しくないお店も沢山あった。つまり、ジャズのレコードをかければ客が増えるからって何でもいいから集めて、かけてるだけなんですよ。
僕らはアメリカの『ダウン・ビート』っていう雑誌を取り寄せたり、銀座にあったイエナという洋書屋さんに頼んで面白いアメリカのレコードを仕入れてもらったりしてた。自分が置きたいレコードをいい音質で聴けるお店があれば、確実に他とは違う場所になるし、流行るだろうという見込みがありました。
志磨:はじめから繁盛したんですか?
中平:そうですね。上京前は親父や親戚が一様に反対して、「大学を出て、水商売をやるのか」と怒る人もいれば、「新宿には、チンピラや暴力団、学生運動をしている人が多いからすぐに潰されてしまうぞ」と言う人もいたけど、不思議とそういう問題は起こらなかった。ビルの3階だったから、雑誌の広告や口コミを見て、本当にジャズを聴きに来たい人がわざわざ階段を上がって遊びに来てくれたんですね。
前野:当時、ジャズを聴くというのは最先端の文化圏に触れることでもあったんですよね。
中平:そうです。だから、音楽だけじゃなくていろんな才能を持った人が集まったとも言えるし、その一方でジャズは大衆に受け入れられたものでもありました。「蕎麦屋の出前持ちも(アート・ブレイキーの)“Moanin'”を口ずさんだ」という言い伝えがあるくらい。
当時一枚のレコードが今のお給料の1/3くらいはして、そう滅多に買えるものじゃなかったから、とっておきの一枚を買ったら鞄にしまわず、見せびらかしながら新宿を闊歩している人たちが沢山いましたよ。
志磨:そんなにいろんな人が集まっていたら、学生運動全盛の頃なんか、お店で喧嘩など起きなかったのでしょうか?
中平:うーん、不思議ともめごとはなかったんだよね。もしかしたら悪い奴も遊びに来ていたのかもしれないけど、ジャズ喫茶にいるときは、皆衿を正して真面目なジャズファンになっている。無頼派の作家であろうが、どんな仕事をしていようが、ジャズを聴くという前でそれは関係ないのかもしれないね。
ただ、ビートたけしさんは「ビレッジ・バンガード」というジャズ喫茶でバイトをしていたんだけど、しょっちゅう喧嘩があって、仲裁に入っていたみたいだよ。「喧嘩は強いんですか?」と聞いたら、「喧嘩は弱いけど、止めるのが上手いんだ」という話をされていたので、店によるのかもしれません(笑)。
僕らの時代も今も変わらないのは、30歳は自分で責任を持って行動を起こせる年齢だってこと。(中平)
中平のもう一つの顔は、カメラマンである。1961年のアート・ブレイキー初来日を皮切りに、数々の巨匠たちを持ち前の行動力で撮影してきた中平の写真には、興行側もアーカイブしていない貴重な写真も多い。彼のその熱量が、DUGの磁場を作ってきたと言えるだろう。
中平:主催者側はジャズミュージシャンの機嫌を損ねたくないから撮っちゃだめって言うんだけど、「最初とアンコールの1曲の間だけ」「邪魔しないように撮るから」とお願いして撮らせてもらっていましたね。
公演が終わったらすぐに現像しに行って、翌日の公演で本人に写真を渡すと彼らは本当に喜んでくれた。笑い話みたいな話ですが、公演が終わってから主催者に「撮影した写真を使わせてくれない?」と言われることもしばしばありましたからね。まあ、おおらかな時代でしたよね。
中平穂積『JAZZ GIANTS 1961-2002』よりマイルス・デイヴィス(Amazonで見る) / DUGでは中平が撮影した写真のポストカードが販売されている
中平穂積『JAZZ GIANTS 1961-2002』よりデューク・エリントン(Amazonで見る)
前野:ジャズに出会ったのが遅くて、身近にあったものがたまたまポップス、歌、だったからもろに影響を受けて歌の道を選びましたが、10代の頃にアート・ブレイキー全盛で身近にあって影響を受けてたらドラムを選んでいたかもしれない。
中平:僕はもうずっとジャズ一本だから、THE BEATLESやボブ・ディランが出てきてもどうしてもジャズのアルバムを聴いてしまって、こればっかりは自分の持って生まれた傾向だから仕方ないと思ってるんです。
昔ほど元気がないと言われるジャズだけど、時代とは関係なくずっとそれを聴いてるのは間違いないし、今だって新しいミュージシャンを探しに行くくらい好きだから。でも、今の人はロックやポップスが身近なわけで……年齢とともにジャズが好きになるということもあるのかな?
志磨:僕はずっとロックバンドをやっていて、音楽は純粋にリスナーとしてではなく、やっぱり演奏する側として聴くんです。そうすると、ポップスは比較的、歌の伴奏としての演奏という意味合いが強いので、ジャズのほうが技術的なところで気になるようになってきて。
―お二方とも、30歳を過ぎてからよりジャズを聴くようになったとおっしゃっていましたよね。
中平:僕らの時代も今も変わらないだろうなと思うのは、30歳っていうのはちょっと自分で責任を持って行動を起こせる年齢ってことだろうなと思うのね。僕も30歳頃のときに、工夫してお金を作りながらニューヨークとヨーロッパに視察に行って、それがその後の人生に大きく影響しました。それまではなんだかんだ親のすねをかじったり、主張できなかったり。そういうことが、少しずつ解放されていく年齢ですよね。
志磨:まさにそうで、年を重ねることで、だいぶ生きやすくなってきました。昔は若いというだけで生意気呼ばわりされて、意見が真理かどうか以前の段階で判断されていたのが嫌だったけど、そういうストレスがなくなってきましたね。
前野:ミュージシャンのステップアップって、なんとなくどんどん大きいハコでやっていくのが成功の道……みたいなところがあるじゃないですか。でもジャズを聴くようになってから、世界水準の本当にすごい演奏が、めちゃめちゃ小さいところで行なわれている、ってことがいくらもであることを知って。そういう濃い部分のざわめきってやっぱりいいなと思うし、植えつけられてしまった価値観をもうちょっと解き放ちたいなって今すごく思ってますね。
中平:「DUG」は今、ジャズバーだと思ってないんです。もちろん、ジャズの文化を継承するお店だけど、それはただジャズを流す店ってことではない。新宿も今は、個性のあるお店が減って、どこでも同じものが買えるので、買い物の楽しみが減ってしまってる。
そんななかでDUGが続けられているのは、この店にしかない文化や成り立ちを知っている方が、年配から若いお客さん、サラリーマンからミュージシャンまで、業種・職種問わず沢山いるからなんだと思います。お店も人も「そこにいるだけいい」っていう存在感や個性がなくちゃね。この店は、後は息子に守ってもらおうと思っていますが(笑)、いろんな縁があって今の今まで続いているという意味で、僕の人生はラッキーの連続だったと、振り返ってみてつくづく思います。
- サイト情報
-
- 『ISETAN PARK net』
-
日本最大級のファッション発信基地である伊勢丹新宿店の「今」と「これから」がわかるウェブメディア。ファッション、アート、音楽、カルチャーなどを切り口に、週ごとに新宿店で繰り広げられるイベント情報を紹介しています。
- リリース情報
-
- ドレスコーズ
『平凡』初回限定盤Type A(CD+DVD) -
2017年3月1日(水)発売
価格:7,344円(税込)
KICS-93476[CD]
1. common式
2. 平凡アンチ
3. マイノリティーの神様
4. 人民ダンス
5. towaie
6. ストレンジャー
7. エゴサーチ・アンド・デストロイ
8. 規律/訓練
9. 静物
10. 20世紀(さよならフリーダム)
11. アートvsデザイン
12. 人間ビデオ
[初回限定盤Type A DVD]
1. Opening(Silent Night)~序曲(冬の朝)
2. 恋するロデオ
3. Lily
4. 新 Trash
5. ダンデライオン
6. あん・はっぴいえんど
7. 贅沢とユーモア
8. みなさん、さようなら
9. 弦楽四重奏曲第9番ホ長調「東京」
10. common式
11. エゴサーチ&デストロイ
12. Sleigh Ride
13. Jingle Bells
14. 愛のテーマ
15. クリスマス・グリーティング
- ドレスコーズ
『平凡』通常盤(CD+DVD) -
2017年3月1日(水)発売
価格:3,780円(税込)
KIZC-374[CD]
1. common式
2. 平凡アンチ
3. マイノリティーの神様
4. 人民ダンス
5. towaie
6. ストレンジャー
7. エゴサーチ・アンド・デストロイ
8. 規律/訓練
9. 静物
10. 20世紀(さよならフリーダム)
11. アートvsデザイン
12. 人間ビデオ
[通常盤DVD]
・“人間ビデオ”PV
・“エゴサーチ・アンド・デストロイ”PV
- 『百年後』
-
2017年3月3日(金)発売
著者:前野健太
価格:1,944円(税込)
発行:スタンド・ブックス
- 前野健太
『ハッピーランチ』(CD) -
2013年12月11日(水)発売
価格:2,625円(税込)
felicity cap-185 / PECF-10821. ねえ、タクシー
2. 花と遊ぶ
3. カフェ・オレ
4. 冬の海
5. 雨も一緒に
6. 悩み、不安、最高!!
7. こどもの日
8. ひとみとひとみ
9. 愛はボっき
10. ばかみたい
11. ジャングルのともだち
12. TOKYO STATION HOTEL
- ドレスコーズ
- プロフィール
-
- ドレスコーズ
-
1982年生まれ。和歌山県出身。毛皮のマリーズのボーカルとして2011年まで活動、翌2012年1月1日にドレスコーズ結成。シングル『Trash』でデビュー。12月に1stアルバム『the dresscodes』、2013年、2ndシングル『トートロジー』、2ndアルバム『バンド・デシネ』を発表。2014年、キングレコード(EVIL LINE RECORDS)へ移籍。1st E.P.『Hippies E.P.』をもって志磨遼平のソロプロジェクトとなる。現体制になって初のアルバム『1』を発表。その後、ライブ・作品毎にメンバーが変わるという稀有な存在となり、4thアルバム『オーディション』を発表。2016年に俳優業開始。WOWOW連続ドラマW『グーグーだって猫である2 -good good the fortune cat-』、映画『溺れるナイフ』に出演。2017年3月1日、5thアルバム『平凡』を発表した。
- 前野健太 (まえの けんた)
-
1979年生まれ、埼玉県出身。シンガーソングライター。2007年に自主レーベルよりアルバム『ロマンスカー』をリリースし、デビュー。2009年、ライブドキュメンタリー映画『ライブテープ』(監督:松江哲明)で主演を務める。近年はフジロックフェスティバルをはじめ大型フェスへの出演や、演劇作品への楽曲提供、文芸誌でのエッセイ連載、小説執筆など、活動の幅を広げている。2015年にはCDブック『今の時代がいちばんいいよ』を発表。2016年12月、新宿ピカデリーほかで劇映画初主演作『変態だ』(監督:安斎肇、原作:みうらじゅん)公開。2017年、『コドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」』で初の舞台出演。3月に初の著書となる『百年後』をリリースした。
- フィードバック 1
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-