昨年、多摩川河川敷で開催された『タマリバ~TAMAGAWA RIVERSIDE FESTIVAL~』。完全DIYだったにもかかわらず、のべ3000人を動員したこのイベントの企画・実行プロジェクト「comaecolor(コマエカラー)」が、また新たな「場所作り」に挑戦している。それは「SOTO KAWADA」と名付けられた、「海の家」ならぬ「川の家」。多摩川河川敷にある小さな旅館の一角をリノベーションした週末限定のカフェスペースで、狛江の新しい遊び方を提案し、話題を集めている。
そして現在「SOTO KAWADA」は、さらなる充実を目的としたクラウドファンディングプロジェクトを実施中。「単に設備補充の資金を集めるだけでなく、クラウドファンディングを通してより多くの人たちとつながりたい」と話すのは、「comaecolor」のメンバー山本雅美だ。
レコード会社、アーティストマネジメント会社を経て、現在は定額制音楽配信サービス会社「KKBOX」に勤務する山本に、「SOTO KAWADA」プロジェクトはもちろん、後半では定額制音楽サービスの現状なども訊いた。
ちょっと見方を変えるだけで、今まで思いつかなかったような発想が浮かんできたりする。
―山本さんは現在、定額制音楽配信サービス会社「KKBOX」で「コンテンツディヴェロプメントマネージャー」を担当されているそうですが、それまでのキャリアはどのようなものだったのですか?
山本:大学卒業後、現在の「ビクターエンタテインメント」(当時は「ビクター音楽産業」)に入社し、20年近く勤務していました。そのあと「A-Sketch」(「アミューズグループ」のレコード会社およびアーティストマネジメント事業会社)の設立に携わることになり、2年ほど前から「KKBOX」に移って今に至ります。
―ビクターとA-Sketchでは、それぞれどのような仕事をされてきたのでしょうか。
山本:ビクターでは、主にセールスプロモーションをやっていました。最も長く担当していたのは「SPEEDSTAR RECORDS」というレーベルで、UAやCocco、くるりなど、ちょうどデビューする頃から一緒に仕事をさせてもらいました。それからサザンオールスターズもずっとやらせてもらい、最後の数年間はSMAPも担当させていただきました。
A-Sketchでは、パッケージとデジタルのプロモーションや、契約、事業策定など、全体プランニングに携わりました。最も深く関わったのはflumpoolで、彼らとは「同期入社」みたいな関係だったと思っています(笑)。
flumpoolは、A-Sketchレーベルの第1号アーティスト。2008年10月発表曲―レコード会社とマネジメント会社、両方を経験したことで気づいたことはありますか?
山本:ものすごくありますね。同じ「音楽」に関わる仕事でも、レコード会社にいたときと、プロダクションにいたときでは、視点が大きく変わりました。同じことをやっていても、「見る景色」が随分変わるのだなということを実感したのは大きな経験でした。
もちろん、アーティストを大事にするという意味ではレコード会社もプロダクションも同じなんですけど、やはり立場も違いますし、アーティストとの関係性も違う。もしずっと前職にいたら、きっとそこは深く分からなかったでしょうね。
―「KKBOX」でもまた視点は変わりました?
山本:変わりました。それこそ国内外問わず様々なジャンル、アイドルからバンドまで膨大な作品に関わる非常にエキサイティングな現場ですし、しかも権利者であるレコード会社から作品を提供いただき、リスナーに伝えていくという、また新たな視点が加わって。「音楽の可能性って無限大だな」と、改めて感じる日々です。今までよりもユーザーに近い立場で関わっている感じでしょうか。
そういう経験をしていくなかで、「ちょっと見方を変えるだけで、今まで思いつかなかったような発想が浮かんできたり、一見関係ないと思っていたことがつながったりするんだな」ということを実感して。それからいろんなところに顔を突っ込むようになったんです。今回ご紹介する「SOTO KAWADA」だけでなく、たとえばソーシャルグッドなウェブマガジンの「greenz(グリーンズ)」で取材やライターをしていたり、フォトグラファーとして個展を開いたりしているのも、結果的にはそんな感じです(笑)。知らない世界を見つけていくことで、自分のなかになかった考え方が、どんどん増えていくことが楽しいんです。
「『朝霧JAM』みたいなイベントが、多摩川でできたらいいよね」という思いが出発点でした。
―「SOTO KAWADA」の企画運営プロジェクトである「comaecolor」を始めたきっかけは?
山本:3年前から僕は、狛江のシェアハウスに住んでいるんです。近所によく行くクラフトビールのお店があって、そこの飲み仲間やスタッフと一緒に、「なにか狛江で面白いことやりたいよね」みたいなことをよく話していて。というのも、狛江の多摩川河川敷って、以前はBBQや花火などが自由にできたのですが、マナーが悪化して現在は一切禁止になってしまったんです。
せっかく広々として素晴らしい場所だから、「またBBQやりたいよね」「『朝霧JAM』みたいなイベントが、多摩川でできたらいいよね」みたいな。自分たちが思う「いいね!」を形にしたい、他の町にはない狛江の魅力を作っちゃおうかという思いが、そもそもの出発点でした。そのメンバーと発足したのがcomaecolorなんです。
SOTO KAWADAの様子(クラウドファンディングページを見る)
―「他にない狛江の魅力」って、どんなものなのでしょう?
山本:まるでシェアハウスのよう、と言ったらいいでしょうか。狭い町ですし、人との距離も近い。道を歩いていても、顔見知りとよく出くわします(笑)。今話したように、飲食店なんかは人と人とがつながる場所でもあるんですよね。きっと都心だと、こうはいかないと思います。
駅前には保存林が残っているので、仕事を終えて駅に戻ってくるとホッとするんですよね。歩いて3分くらいのところには、とても雰囲気のいいお寺があって、そこでぼーっとしても気持ちいい。それと、堀口珈琲という有名なコーヒーショップの焙煎工場があって、土日はコーヒーの匂いが町中に漂っているんです。そういうのも他の町にはない魅力だなって思うところですね。個人的には、大好きな映画『ソラニン』の舞台になったことも付け加えたい(笑)。
川は日常生活の延長線上にあるじゃないですか。学校の放課後的な魅力がある。
―昨年は、comaecolorのメンバーたちと『タマリバ~TAMAGAWA RIVERSIDE FESTIVAL~』を開催して、そこから週末限定カフェ「SOTO KAWADA」につながっていったそうですね。
山本:『タマリバ』はゼロから立ち上げた、本当に手作りフェスだったんです。出演アーティストやコンテンツ出店者の方も、自分たちが直接声をかけさせてもらったり、知り合いに紹介してもらったりしながら決めていきました。それでも2日間で、およそ3000人の方に来て頂いて。こういう場所をみんな求めていたんだと感じました。
山本:そのときに僕ら、私道だと知らずに車を横付けしてしまったんです。そうしたら、今「SOTO KAWADA」を開いている「川田旅館」のオーナー楠瀬さんに、「なにやってんだ」って怒られたところから我々の出会いが始まった(笑)。「え、ここ旅館なんですか!」って僕らもびっくりして。実はとても由緒ある旅館で、調布の撮影所で映画の撮影などがあった際には、スタッフが宿泊することもあったそうなんです。
山本:もともと僕らは「海の家」ならぬ、「川の家」を作りたかったんです。河川敷でのんびりできるようなスペースがあったらいいなとずっと思っていて。でも、実際にやってみようと思うと、行政をはじめ、いろんなところからの制約があったり、食品管理の問題もあったりして、なかなかハードルが高いんですね。
それで「どうしたものか……」と思っていたところに、こんな出会いがあって。僕らの思いを楠瀬さんにお伝えしたところ、賛同していただき、それで「川田旅館」の一部を使わせてもらう形で「SOTO KAWADA」を開くことができたんです。
―山本さんの「川の家」に対するこだわりは、どこからきているのですか?
山本:海と違って、川は日常生活の延長線上にあるじゃないですか。都心に住んでいる人が海へ行くとなると、車を用意するなど準備も手間もかかる。海は日常から切り離された、非日常的な空間へ行くような感覚があると思うんですけど、川はすぐに行けますよね。しかも小田急線が見えたり、人や自転車が行き交う音なども聞こえてきたりして、ちょっと学校の放課後的な魅力がある気がするんです。
―確かに「川の家」だと完全な非日常ではなく、日常と非日常の中間に存在する、ホッとするスペースというイメージがありますよね。しかも「SOTO KAWADA」の場合、週末限定の営業という「儚さ」も、日常とは少し違う特別感があります。
山本:そうなんです。河川敷にみんなが集まれるスペースを作って、コーヒーを飲みながら夕暮れの川をぼーっと眺めていると、向こう岸のラブホテルの灯りまでエモく見えてくる、みたいな(笑)。そんな時間を過ごすことで、また平日の活力になったらいいなと。
―それもまた、「視点を変える」という発想と結びつくのですね。
関心を持ってくれる人が顕在化したのも、クラウドファンディングを始めてよかったことのひとつです。
―今回、「SOTO KAWADA」プロジェクトのためのクラウドファンディングをやろうと思ったのは?
山本:最初は自分たちでできる範囲で、地元の人たちに寄付してもらいながらやろうと思っていたんです。クラウドファンディングとなると、リターンも考えなければならないじゃないですか。やることとリターン品が、ちゃんとマッチすればいいのですが、僕らからすれば「まだリターンを満足に返せないんじゃないか?」と。
難しいかなと思っていたんですけど、僕らの考えに賛同してパトロンになってくださった方々には、「リターン品を渡しておしまい」という形ではなく、一緒にここを作ってもらう形にしたらどうだろうと思うようになりました。今回、リターンを5000円からと高めに設定したのも、そういう思いがあったからなんです。
SOTO KAWADAの様子(クラウドファンディングページを見る)
―「SOTO KAWADA」はゴールデンウィークからオープンしたそうですが、今はどんな状況なのですか?
山本:清澄白河にできたブルーボトルコーヒー日本1号店の店長だった宮崎哲夫さんと、そこで働いていたMotocoさんに週末来ていただき、コーヒーの提供をしてもらっています。お二人はコーヒーユニット「Let It Be Coffee」として活動されていて、コーヒードリップワークショップを開催するなど、今注目を集めています。
それと、手ぶらで多摩川にきても思う存分楽しんでもらえるよう、「ピクニックセット」の貸出をしているんです。今は数が少ないのですが、これもクラウドファンディングの支援金を使わせていただいて、増やしていきたいですね。
レンタルピクニックセット(テーブル、チェア2脚、ピクニックシート、マグカップ2つ、ハンドドリップコーヒー、焼き菓子)。
―実際に始めてみると、「あ、これも必要かも」みたいな、細々とした設備補充の必要性も見えてきますよね。
山本:そうなんです。先日も、犬連れでいらっしゃったお客様がいて。リードをつなげておくフックを取り付けたほうがいいなとか。ロードバイクで来られた方のためのバイクラックも必要だなとか。いきなり大規模な改装は難しいのですが、ちょっとずつでも快適な空間にできればなと。そうすると、スタッフの持ち出しだけの運営ではなかなか難しいんですよね。
―クラウドファンディングに登録してみて、反応はいかがですか?
山本:お金の支援だけではなく、実際に「SOTO KAWADA」まで来てくださって、「僕はデザインの仕事をしているので、なんらかの形で関わることができたら」というふうに申し出てくださった方とか、オープンからだけでもたくさんいらっしゃいました。資金を集めるのも大切ですが、そういう人たちとの出会いも大切だなと。関心を持ってもらって、能動的にアクションしてくれる人が顕在化したのも、クラウドファンディングを始めてよかったことのひとつだと思います。
とにかく、人手が全然足りていないんです(笑)。今は狛江在住の有志が週末にでているのですが、僕も土日に仕事の現場がないわけでもないですし、週末ずっと出るのは難しい。無理してやっていても続かないので、一緒に関わってくれる人たちの募集もかけなければと思っています。10月には第2回『タマリバ』を開催予定で、そこでもたくさんの人が訪れてくださるでしょうし。
有志のスタッフが、DIYで「SOTO KAWADA」のデッキを作っている様子
―クラウドファンディングに登録して、賛同者が顕在化したことで、「SOTO KAWADA」が人と人をつなぐ交流の場にもなっていくかもしれないですね。
山本:そう思います。こうやって週末限定とはいえ、継続的なスペースがあると、そこで時間をかけて、会話を通してお互いの思いなどを知ることができます。そこからまた、別のプロジェクトが誕生する可能性だってありますよね。そういう、サロンとしての役割を果たすこともできたらいいなと思っています。
「SOTO KAWADA」とは違いますが、個人的には、ポテンシャルの高い狛江の飲食店で、アーティストたちが気軽に演奏できるようなネットワークも設けたいと思っています。食や酒、音楽でつながっていくような、「現代版の流し」みたいな企画を実現したいです。そういった場所が広がっていくことで、飲食店にもアーティストにもエコサイクルできればいいなと。興味を持ってくださった方は、ぜひ連絡ください(笑)。
実は今、いくつかのサブスク会社が集まって、月1でミーティングをやっているんです。
―ところで、山本さんが現在本業の「KKBOX」で手がけていらっしゃる、定額制音楽サービス / サブスクリプション(以下、サブスク)の現状についてもお聞かせいただけますか?
山本:サブスクに関しては、日本はまだ本当にスタートラインに立ったばかりだと思っています。メジャーとインディペンデントでも考え方が違うし、メジャーでも、国内会社とグローバルな会社では視点が違う。インディペンデントでも、パッケージにこだわりを持っている人と、そうでない人とでは違いますね。それぞれの立場によって温度差があります。
ただ、理解しよう、積極的に活用しようとしてくださるアーティストも出てきてはいます。もっともっとその理解の輪をつなげていきたいですね。もちろんそれは、我々1社だけの話ではなくて。実は今、いくつかのサブスク会社が集まって、月1でミーティングをやっているんですが、そこでも同じようなトピックが話し合われています。
―ユーザーへの普及のほうが、送り手の理解よりも進んでいるような気がします。現に「サブスクでしか音楽を聴かない」という人も増えていますよね。
山本:ユーザーと送り手の温度差は僕も感じています。サブスクで配信せず、ネット上でのマネタイズを生み出していないのに、違法アプリでいくらでもダウンロードされてしまっているような状況ですし、動画サイトは配信しているのに、サブスクは配信していないというケースもあります。数年前とはだいぶ変わって来たとはいえ、日本の音楽産業において、クラウドサービスの適切な使い方がまだまだ理解されていないように思いますね。そこは欧米との開きがかなりある。
―なぜなのでしょう?
山本:日本ではパッケージに対する独自の愛着の強さを感じます。たとえばライブハウスなどで活動している多くのインディー系バンドは、「DIYでパッケージを作って手売りする」ということに対するこだわりがとても強い。
私はそういう気持ちを否定するつもりはないのですが、たとえば彼らの音楽がKKBOXをとおして台北や香港で気軽に聴けるようになったら、ファンベースがグローバルサイズでもっと広がるかもしれない。KKBOXは、アジアグローバルで最大の利用者を持っていますから、そこを一瞬でつなげられるのが自分たちの強みだと思うんです。実際そういうアーティストも出てきています。パッケージ文化を大切にしつつ、もっと僕らを上手く使ってくれたらなと思いますし、グローバル視点で一緒にドキドキしたいですね。―パッケージとサブスク、どちらも臨機応変で利用できたらバンド活動の可能性もぐっと広がるのかもしれないということですよね。
山本:やっぱり、台湾で遠征ライブを一度やって、それで終わりというのでは、現地でのファン作りは続かない。韓国アーティストのように、繰り返し足を運んで現地の人たちと深くコミットしないと、本当のファンにはなってもらえないんですね。その辺、韓国のプロモーション戦略は上手いです。
―今日は多岐にわたるお話をありがとうございました。最後に、今後のcomaecolorの活動の予定、抱負などをお聞かせください。
山本:先ほども言ったように、『タマリバ』を、今年は10月8、9日に開催します。昨年の『タマリバ』では素晴らしい音楽家やアーティストが集まってくれて、本当に感謝しています。それと、狛江駅前でのコーヒーイベントも開催したいと思っています。昨年よりも、快適な空間や新しい場所作りを行なっていきたいと思っているので、それに向けてまたクラウドファンディングを活用させてもらえると嬉しいですね。
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DIYスタイルで週末限定の多摩川ライフの拠点を作りたい -
2016年10月に多摩川河川敷フェスティバル『TAMARIBA』を開催したcomaecolorが取り組む新しいDIYプロジェクトは、多摩川河川敷にみんながほっこりできるカフェスペース「SOTO KAWADA」。地元の方はもちろん、多摩川を愛する人たちの素敵な空間を作ります!
クラウドファンディングプロジェクトの支援募集は、2017年5月20日23:59まで。
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- プロフィール
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- 山本雅美 (やまもと まさみ)
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1990年ビクターエンタテインメント入社。SPEEDSTAR RECORDS、マーケティング本部副本部長を経て、2008年にアミューズとKDDI合弁の音楽レーベル&マネジメント会社A-Sketchの設立に参画。同社取締役を経て2015年4月より現職。
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