TOKIOの五人が大自然を舞台にマルチな活躍をみせる異色のバラエティー番組として、子どもから大人まで幅広い層に愛されている『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)。その人気企画「DASH村」で経験を積み、今や自然体験のエキスパートと言えるほどの存在となったTOKIOは、自然とふれあい、農業を学ぶことで、どのように変化し、成長したのだろうか。
自然の魅力とそこでの体験価値を発見する東京都の新事業『Nature Tokyo Experience』の始動にあたり、『ザ!鉄腕!DASH!!』のプロデューサー・島田総一郎に話を訊いた。都会暮らしのアイドルやテレビマンが、「DASH村」にハマった理由はどこにあるのか。都市で生活する現代人がいきなり自然に飛び込む面白さや感動、「DASH村」の経験から島田が実感した地域住民と交流することの面白さなど、大いに語ってもらった。
「DASH村」には、何もないがゆえの美しさがあったと思う。
―まず、『ザ!鉄腕!DASH!!』という番組について、その成り立ちや変遷について、お話しいただけますか?
島田:『ザ!鉄腕!DASH!!』は、今年の11月に22周年になるんですけど、そもそもはTOKIOが身体を使っていろいろなことに挑戦する、体当たりバラエティーみたいな番組だったんです。それが、2000年に「DASH村」という企画を始めることになって……まったく使われていない土地を借りて、その近隣に住む農家さんや職人さんの知恵をお借りしながら、TOKIOがそこに村を作っていくことになった。そのあたりから番組のスタイルが固まっていったと思います。
今は「DASH島」という企画で無人島を開拓したり、「DASH海岸」という企画で東京湾に昔ながらの渚を作ろうとしたり、「新宿DASH」という企画でビルの屋上で農業を始めたり……それらはみな、「DASH村」で学んだことの延長線上に派生している企画なんです。
―島田さんは、いつ頃から番組に関わるようになったのですか?
島田:僕は2008年ぐらいからですね。それまでは普通のバラエティー番組でディレクターをやっていて、『ザ!鉄腕!DASH!!』の担当になったときに、いきなりソーラーカーで伊豆諸島を回りました。
そのあと「DASH村」に入ったんですけど、村はもうほとんどできあがっていてスタッフも村に住んでいましたし、TOKIOの五人は農業のプロみたいな感じになっていましたね(笑)。僕自身、一視聴者からいきなり農業やモノ作りに挑戦していって……今や、完全にそれに染まってしまったという感じです(笑)。
―番組に関わるようになった当初は、戸惑うことも多かったのでは?
島田:そうですね。それまでは、自然をまったく感じない都会で暮らしている、普通の社会人でしたから。だけど、テレビ局から車で数時間かけて「DASH村」に行くと、いつもの日常とは違う、異質な文化と食べものと暮らしが広がっているんですよ。
初めて「DASH村」に行ったときは、スイッチの切り替えが、ものすごくできるなって思いました。すごく晴れやかな気分になったというか。それも、変化が劇的であればあるほどいいんです。たぶん、TOKIOの五人が「DASH村」にハマったのも、そうやって完全にスイッチの切り替えができるからなんじゃないかな。
―島田さんが「DASH村」に初めて行ったときに経験したような、都会で暮らす人がいきなり自然に飛び込む面白さや感動って、どんなところにあるんですかね?
島田:「DASH村」には、何もないがゆえの美しさがあったと思うんです。何もないからこそ、必要なものは自分たちで作らなくてはいけない。そうやって、「不便を楽しむ」ところがあったと思う。
東京では、前後左右が見渡せない、壁と壁に囲まれたような場所でみんな生きているけど、「DASH村」に来たら、はるか遠くの山や海まで見渡せる。そういう経験が月に4~5回あることで、僕自身も感化されていったような気がします。
―「DASH村」を始めたことが、番組の方向性を固めたとのことですが、その後、番組の転機となるようなことはありましたか?
島田:やっぱり、震災(東日本大震災)ですね。それまで、「DASH村」は永久に続いていくんだろうなって、漠然と思っていたんですけど……「DASH村」は、福島の浪江町にあったので、震災後、立ち入り禁止区域になってしまったんです。なので、それまで育てていたものも全部ダメになってしまって……。
そのときは、TOKIOの五人とも、「どうしようか」って散々話し合いました。他の場所に移ったら、福島でお世話になっている農家さんたちは、みんな複雑な気持ちになるだろうなって思ったり。ただ、その農家さんたちが、家や農地を失いながらも、福島市内で農業を再開し始めるのを見て……そういう、当事者の方々が前向きに動いている姿にすごく背中を押されたんです。それで、「DASH村」でやっていたことの上級編みたいに、自分たちで無人島を開拓して、小さな日本を作ろうっていうことになりました。
タレントではないひとりの人間としていられる場所が、TOKIOにも必要だったんだろうなって思います。
―そこで無人島に行きつくところがすごいというか、すでに「田舎暮らしを体験する」というレベルではないような気がしますが(笑)。
島田:福島で僕らが学んできたのって、昔ながらの日本の知恵や、先輩たちがゼロから築き上げてきたものなんですよね。だったら、今度はそれを僕らが、ゼロから実践してみようと思って。だから、「DASH島」という企画は、福島で学んだことの応用編としてやっている。
―やはり、スタッフはもちろん、TOKIOのみなさんのモチベーションも高かったのでしょうね。
島田:そうですね。TOKIOの五人も、「DASH村」のことを、本当に自分たちの村だと思っていたし……そう、あそこにいるときは、写真を撮ったり、「サインをください」とか言う人は誰もいないんですよ。
「DASH村」にいる農家のおじさんやおばさんたちも、TOKIOのことを家族のように思っていたし、普通の若い衆として扱っていたから、カメラに映ってないところでも、当たり前に力仕事とか雑用も全部やらされていて(笑)。ただ、そうやってタレントではないひとりの人間としていられる場所が、TOKIOにも必要だったんだろうなって思いますね。
島田:もう、(山口)達也くんなんて、ロケがなくても普通に農作業をしに来ていましたから(笑)。特に城島(茂)リーダーと達也くんは、農業にすごく没頭していったんです。国分(太一)さんも農業にハマって、東京で畑を借りて、自分で野菜を作ったりしていたし。
―そうなんですね。「DASH村」を通して自然とふれあうことで、アイドルの活動としてだけでなく、日常生活のレベルでも変化していったと。
島田:ただ、松岡(昌宏)くんと長瀬(智也)くんは、「DASH村」が始まった当時、ドラマをすごくやっていて。もう毎クール、主演のドラマがあるくらいの感じでなかなか「DASH村」に来られなかったので、そこはちょっと葛藤があったと思います。「自分たちは、リーダーや達也さん、国分さんほど、入れ込んで農業をやれていない」っていう。
まあ、それは「DASH村」をやっていた頃の話ですけどね。2012年に「DASH島」を始めた頃には、入れ込み具合の差が逆に面白くなっていきました。松岡くんも長瀬くんも、知らなかったことを改めてリーダーとかに教えてもらいながら、「リーダー、よく知ってるね!」って照れずに言えるようになったりして。まあ、みんな大人になってきたんですよね(笑)。
地方に行くことの面白さって、結局のところ人なんですよね。
―そもそもひとつの番組が20年以上続くこと自体非常に珍しいことだと思いますが、その手応えみたいなものは、いつ頃から感じ始めたのでしょう?
島田:番組としては、「DASH村」を始めてからは安定した視聴率を取るようになりました。「DASH村」は当初、「アイドルなのに野菜を育てる」みたいな、「アイドルなのに」っていうギャップが面白かったんだと思うんです。失敗することの不安さや、うまくいかないことも含めて。
それで最初は、おじいさんおばあさん世代、あと子どもたちにすごくウケたんですよ。上の世代は、「こいつら何も知らないな」と思いつつ、自分と同じ世代の人たちに教えを乞うて、都会暮らしをしている若者がちょっとずつ階段を上っていくのが頼もしく見えたのかもしれないですし、子どもたちにとっては、「なんでこの人たち、アイドルなのにこんなことやってるの?」っていうのが面白かったんだろうし(笑)。
―ただ、この10数年のあいだに、TOKIOの方々も経験を積み、今やすっかりエキスパートみたいな感じになっていて。
島田:そうですね(笑)。城島リーダーなんて、「『ザ!鉄腕!DASH!!』は生きることそのものであり、農業は自分のライフワークだ」って言っていますから(笑)。2014年に亡くなってしまった三瓶明雄さんっていう農業の大師匠が福島にいらっしゃって……城島リーダーと達也くんは「もう完全に立派な農家だ」って、一人前としての扱いを受けていました。
田植えも最初は、「これくらいでいいんですか?」とか、いちいち確認しながらやっていたのに、10年ぐらい経った頃には「今年は根張りがいい」とか、15年を超えたあたりからは、もう手元もほとんど見ないでポンポン植えていて(笑)。
―「DASH村」をやる上で最も留意した点、あるいは苦労した点と言ったら、何になるでしょう?
島田:制作サイドの見方で言うと、やはりそこの地域に入り込めるかどうかでしょうね。当初は、「東京からきたテレビクルーが場所を借りて、農業の真似事をやっているらしいよ」という見方が少なからずあったと思うんですけど、そんな僕らのことを助けてくれる近所の農家さんがひとり現れ、ふたり現れ、その人たちが今度は知り合いを連れてきてくれて。
―徐々に地元の人たちから受け入れられるようになったんですね。そこには、具体的にどんなコミュニケーションがあったんですか?
島田:スタッフが住み込みで働いていることを聞きつけて、「家にご飯を食べにおいでよ」という話になったり、村の仲間がどんどん増えていったんです。最初は遠巻きに見ていた人たちも、「これ食べる?」「草刈り手伝うぞ」みたいな感じで「DASH村」を訪ねてくれるようになって。たぶん、3~4年かかったと思いますけどね。そうやって仲間が増えると、出てくるアイデアも増えるし、やれることも増えるんです。
島田:田舎暮らしや地方に行くことの面白さって、風景を楽しむとか、そういうこともあるんですけど、結局のところ人なんですよね。そこに住んでいる人が持っている知識や経験、文化を共有できるから面白い。「DASH村」は、浪江町で暮らす人々の知恵と文化を発信できたから、どんどん面白くなっていったんだと思います。
多摩地域や島しょ地域は「東京なのに!」という驚きが満ちている場所だと思います。
―その土地で暮らす人々と交流したからこそ、企画としても面白くなっていったんですね。
島田:農家の方たちの知識と経験が、エンターテイメントになったんです。彼らにとっては全部当たり前のことなんですけど、それだけで20分ぐらいの企画になる。だからもう、みなさんに頼りまくっていました。何かあったら、すぐに「教えてください!」ってお願いして。
彼らはウィキペディアに書いてないこと――家の直し方でも井戸の整備の仕方でも動物の飼育方法でも、本当に何でも知っているんですよ。それを僕らは教えてもらって実際に体験する。それは、テレビじゃなくても絶対エンターテイメントになると思うんですよね。
―「体験がエンターテイメントになる」ということでいうと、東京都が立ち上げた新事業『Nature Tokyo Experience』では、東京の自然の魅力と、そこでの新しい体験価値を発信することを目的としていて、島田さんの番組作りの経験とも重なる部分もあるのかなと。今回の事業のなかでフィーチャーされている、多摩地域や島しょ地域(伊豆諸島と小笠原諸島)について、島田さんはどのような印象を持っていますか?
島田:都心から近いのが何よりの魅力ですよね。「自然と親しみたい」と言っても、みんな、腰は重いじゃないですか(笑)。なので、まずは日帰りで行けるところがいいし、「こんな場所が東京にあったんだ!」っていう驚きは、すごく人に伝えたくなると思うんです。
『ザ!鉄腕!DASH!!』で言うと、「新宿DASH」は「新宿なのに!」という点が、視聴者にウケているみたいなんですよね。同じように、多摩地域や島しょ地域は「東京なのに!」という驚きが満ちている場所だと思います。もう短時間でガラッと景色が変わりますから。
―なるほど。最初にお話しいただいたように、短時間で景色が変わることでスイッチの切り替えもできるでしょうし。先ほどソーラーカーで伊豆諸島を回ったとおっしゃっていましたが、そのときのお話を伺えますか?
島田:ソーラーカーで日本一周するという企画で、伊豆諸島の島々をリーダーと達也くんと一緒に回ったんですが、島って、一つひとつ個性があるし、食文化も島によって全然違うんです。島っていうのは、本当に個性の塊だと思います。
実際に現地で話を聞いて、それをエンターテイメントに変えていく。僕らがやっているのは、そういうこと。
―その他、番組のロケで訪れることはどれくらいあります?
島田:結構行ってますよ(笑)。奥多摩町なんて、もう見渡す限り山みたいな景色だし、最高です。自分たちでもワサビを作ってみたくて、奥多摩町のワサビ田に、勉強しに行ったことがありますね。ワサビって、よっぽどきれない水じゃないと育たないんですけど、清流のきれいなところに、立派なワサビがなっていて。
―きちんとした自然が残っている証拠ですよね。それこそ、東京なのに。
島田:あと、「DASH海岸」という企画の関連で、城島リーダーと達也くんが、多摩川上流のアユの調査を定期的に行っているのですが、去年の秋、そこで偶然「スナヤツメ」っていう絶滅危惧種を捕まえたことがあって。かなり珍しいものだったから、それがYahoo!ニュースのトップになったりしました(笑)。もちろん、そういうのは、僕らだけでやっているわけではなく、その土地の人や専門家の方々にいろいろ教えてもらいながらのことなんです。
島田:これは多摩川の漁協の人たちに教えてもらったことなんですけど、多摩川のアユって、今ものすごいレベル高いんですよ。去年、アユの全国大会で準グランプリを獲ったらしくて。それはつまり、今の多摩川が、いかに清流かっていうことなんです。そういう話を実際に現地で聞いて、それをエンターテイメントに変えていく。僕らがやっているのは、そういうことなんですよね。
「住」「食」「遊び」というのは、エンターテイメントという意味では、すごく重要だと思います。
―今回、東京都の創出するプロジェクトについて、島田さんはどんな感想を持ちましたか? 奥多摩の「グランピングプロジェクト」、調布と島を結ぶ「ガストロノミーツーリズム」、八丈島での「グランピング&島コンシェルジュ」と3つありますが。
島田:どれも非常に魅力的だと思います。「DASH島」をやりながら思ったのは、「自然」を一般の人たちにわかりやすくエンターテイメント化するには、やっぱり「住」と「食」と「遊び」なんですよね。「DASH島」で、僕らが最初にやったのは、まずは基地(=舟屋)を作ることでした。基地を建てて、そこで暮らしてみる。その不便さ、面白さがまずひとつありました。
次に食べ物ですよね。森のなかに入って、これは食べられるとか、これは食べられないとか、タコを捕まえて食べてみよう、でっかいカキを獲ってみようとか。それをやるだけで、エンターテイメントになるんです。
―なるほど。
島田:遊びに関しては、TOKIOの五人で何もない砂浜に行って、その場で思いついたことをやってみるっていう。それが、ものすごく視聴者にウケるんですよ。いい歳した男が五人、ただ遊んでいるだけなのに(笑)。
だから、「住」「食」「遊び」というのは、エンターテイメントという意味では、すごく重要だと思います。今回の3つのプロジェクトは、それをちゃんと網羅していますよね。「それは正しい」と言うのはおこがましいですけど、僕らが「DASH島」ってやっていたことも、間違ってなかったんだなって思いました。
『Nature Tokyo Experience』ロゴ(オフィシャルサイトを見る)
知らないことだらけだからこその感動がある。
―今回の東京都の事業も「エンターテイメント」を謳っていますし、やはりその部分は大事ということですね。
島田:そうですね。エンターテイメント化して、行ってみたいと思ってもらえることが、まずは大事だと思います。そういう意味で、この「グランピング」って、キャンプが苦手な女性とかでも、気軽に参加できるからすごくいいと思う。入口のハードルを下げるのって、すごく大事ですよね。それとコアなファンを作るよりも、リピーターを増やすこと。それはテレビも同じだと思うんです。
―コアなファン作りよりも、リピーター作りのほうが大事?
島田:もちろん、できれば大ファンになってほしいけど、大ファンの人たちしかいない番組って、視聴率が取れなかったりするんです。それよりも、「とりあえず見てみよう」って感じで見てくれる人たちを増やしたほうが、視聴率は上がる。なので、いろんな人に知ってもらうこと、お客さんが来やすいような工夫をするっていうのは、すごく大事だと思います。
―確かに、すべての人が本格派を目指しているわけではないですからね。
島田:というか、継続してやっていけば、きっとそのなかから本格派の人が生まれていくはずなんです。TOKIOだって、最初から本格派を目指して農業を始めたわけではないですから(笑)。全然できない経験が楽しいからのめり込んでいったんだろうし、知らないことだらけが楽しいからどんどん自発的にも行動するようになっていったと思うんです。
―TOKIOのみなさんも、そこにエンターテイメントを感じたんでしょうね。
島田:ゼロはプラスにしかならないと思うんですよね。知らないことだらけだからこそ得られるもの、足りないものだらけだからこそ何か作れたり、獲れたりしたときの感動がある。最初がゼロだから、全部足し算なんですよね。旅行とかも、そういう意味では足し算だと思いますけど、今回の取り組みで言うと、東京のなかという近しい距離だからこそ、その足し算の幅も大きいんじゃないかな。
遠くまで行っていつもと違う経験をするのは、ある意味当たり前じゃないですか? 「こんなに近いのにこれだけ違う」みたいなほうが、驚きや感動は大きいです。そういう意味では、小さいお子さんとかともぜひ行ってもらいたいと思います。別に、連れて行く親が何も知らなくなったっていいんですよ。子どもと一緒に、「あ、そうなんだ」って学ぶことは、すごく素晴らしいことだから。もちろん、アウトドアに詳しい人が、詳しくない人を連れていくのも楽しいだろうし。
―そうでしょうね。
島田:やっぱり、そういう経験をすると、生きていくことが豊かになると思うんです。オフの日ではない、普段のオンの日々が活きてくるというか。そういうことを経験すると、都心に戻ってきてからも結構楽しかったりするじゃないですか? 逆に、何でもあることのありがたさを感じたり、普段の日常のよさにも気づけるだろうし。
まあ、そういうことはたいてい半日ぐらいで忘れちゃうんだけど(笑)。でも、向こうから持ち帰ってくる感覚って、きっとあると思っていて。それが日常を、きっと豊かにしてくれると思うんですよね。
- 事業情報
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- 『Nature Tokyo Experience』
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豊かな山々に囲まれた多摩、青空と海が広がる島しょ。これらのエリアでは、日本の中心都市の顔とはちがった、「東京の自然」という今までにない魅力を感じることが出来ます。そんな東京ならではの自然エリアに注目し、新たな体験型エンターテイメントを創出するプロジェクトが今、始まります。これまでになかった新しい東京の楽しみ方を、ぜひ見つけに来てください。
- プロジェクト情報
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- 『東京の森に世界でいちばん美しいアウトドアフィールドを作る。 日本で唯一の移動式グランピング集団「CIRCUS OUTDOOR」が奥多摩に仕掛ける“常設型”グランピングプロジェクト』by株式会社NOX Intervillage
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「東京の森に世界で一番美しいアウトドアフィールドを作る」ことを目標に掲げ、奥多摩こそが世界で一番美しいアウトドアフィールドであるという想いをもって、グランピング事業を展開。今回は、これまで多くが即時満員となっていた期間限定でのイベントシリーズから、「CIRCUS OUTDOOR」初の“常設型”グランピングとして展開します。奥多摩湖を眺望できる傾斜地に、日帰りでも楽しめる物販施設や飲食施設、温泉施設も併設予定です。また、多摩産材での建物やウッドデッキの制作や、地場の食材を用いた料理や食材販売など、地域の資源も積極的に活用していく予定です。
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ガストロノミーとは、食べることで文化・歴史と料理の関係を学ぶ“美食学”。島の魅力を熟知した大手旅行会社グループ出身者がそれぞれ在籍するUSPジャパンと調布アイランドが連携し、“伊豆諸島の玄関口”調布地域で、伊豆諸島の食材をテーマにした体験型エンターテイメントを実施します。調布飛行場に空輸された朝採れ野菜や魚など、伊豆諸島の新鮮な食材を実際に調理して食べることで伊豆諸島の魅力に触れる環境を整備するほか、生産者をゲストに迎えたトークセッションなども予定。若年層、シニア層、在住・訪都外国人旅行者まで幅広い人々に“食体験”を通して文化を知ってもらう新しい取り組みです。さらに、参加者には、ここで学んだ知識、習得した技術を活かす機会として、実際に伊豆諸島の食材生産元である新島、神津島へ赴き、収穫体験や地元の人との交流を楽しむ「ガストロミーツーリズム」を体験してもらうプログラムも予定しています。
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八丈島は羽田から飛行機で小一時間という好立地で、都心から最も早くウミガメと出会える島。さらに2016年からは鯨が現れるようになり、ホエールウォッチングスポットにもなっています。そんな八丈島で“大人のアソビ”を提供するASOBIBAが提案するのは、1日1組限定の「島グランピング」。島で唯一となるこのグランピング施設は、地域を代表する宿泊事業者である「リードパークリゾート八丈島」と連携し、ホテル内に整備される予定です。また、登録すれば誰でも利用できるスマートフォンのチャット機能を活用した「島コンシェルジュ」は、島の達人であるスタッフが観光客のコンシェルジュとなり、島訪問時のさまざまな疑問や不明点に答えてくれるサービス。現地での飲食店やアクティビティについても“訪問客の友だち感覚”で教えてくれます。
- プロフィール
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- 島田総一郎 (しまだ そういちろう)
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日本テレビ放送網制作局主任兼プロデューサー。1999年に入社。バラエティ番組のAD・ディレクターを経て、2008年より『ザ!鉄腕!DASH!!』の制作に参加。現在はプロデューサーを担当している。そのほか『幸せ!ボンビーガール』などを手がける。
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