ソフトバンクやJRA、dマガジンなど世間の話題になる数多くのCMを手がけてきた映像作家、森ガキ侑大が初めて長編映画のメガホンを取った『おじいちゃん、死んじゃったって。』が公開される。熊本の田舎町を舞台に主人公の春野吉子を中心に描かれているのは、「おじいちゃん」との決定的な別れによって対峙せざるを得ない家族との関係性や死生観。
吉子を演じるのは、大河ドラマ『真田丸』で一躍大きな注目を集め、幅広いフィールドで確かな表現力に裏打ちされた演技を見せている、岸井ゆきの。彼女もまた本作が初の映画主演となる。
主題歌はYogee New Wavesの“SAYONARAMATA”。2017年5月にリリースされたアルバム『WAVES』に収録されているこの曲は、親密な関係性を築いた人との別れをカラッとした温度で切り取り、『おじいちゃん、死んじゃったって。』の世界とナチュラルに調和している。森ガキ監督は、映画の撮影中から主題歌はヨギーにオファーしようと決めていたという。
映画の公開を記念して、岸井ゆきのとYogee New Wavesのフロントマン、角舘健悟の対談が実現。「別れ」と「死生観」、「家族」をテーマに語り合ってもらった。
ヨギーの音楽がロケ地の熊本の風景や空気とすごくマッチしていたんですよね。(岸井)
—まずお二人の、今回の作品が完成した率直な思いを聞かせてください。
岸井:この作品を試写会で観たとき、自分が出演している映画云々ではなく、すごく面白い作品になったと思えたんです。脚本は何度も読んだし、もう内容を知り尽くしているんだけど、思わず笑ったり、グッときたり。こういう風に、自分の作品を観て自分の感情が乗ることって、実はあまりなくて。
角舘:率直に、すげぇいい映画だなと思いました。普段から映画が好きでよく観るんですけど、ナンセンスな作品や刺激が強めのカルト映画とかが多いんです。映画で毒素を吸収したくなるというか。森ガキ監督って、いい意味で変な人じゃないですか。
岸井:うん、変な人(笑)。
角舘:いい映画なんだけど、ちょこちょこ森ガキ監督の毒素が見え隠れするのがいいなって。
—岸井さんは以前からヨギーの作品を愛聴しライブも観に行っていたから、映画の主題歌をヨギーが担当することが決まってすごく喜んだとか。
岸井:そうなんです。映画のメインビジュアルを撮影しているときに監督が「俺、主題歌はこのイメージなんだよね」って“Climax Night”をかけたんです。そのあともそのまま『PARAISO』(2014年9月発売、1stアルバム)をかけながら撮影して。ヨギーの音楽がロケ地の熊本の風景や空気とすごくマッチしていたんですよね。
—結果的に“Climax Night”は劇中の、まさにクライマックスとなるシーンで使用されてますね。
角舘:夜の曲なので、夕方のシーンで使われるとどうなるかな? とちょっと心配だったんですけど、バッチリハマっていてよかった。
岸井:感動しましたね。私も「ぜひヨギーに主題歌をお願いしてほしいです!」と監督に言っていたので。そしたら、トントン拍子に決まって。
角舘:オファーをいただいたときにちょうど新しいアルバム(『WAVES』)を作っていたから、「ピッタリの曲がありますよ!」って“SAYONARAMATA”のデモを監督に聴いてもらって。別れの悲しさや憂いをハッピーなムードで包括しているからこの映画にピッタリなんじゃないかと思ったんですよね。
—親密な関係性を築いている人との別れを描いた曲で、<泣くな友よ 明日になれば 嬉しいこと起こるはず 戻る道はもうないと思えよ>というフレーズなんて、実に健悟くんらしいなと思います。
角舘:自己犠牲って言ったら美しすぎるけど、去っていく者の背中を押して、「がんばっておいで!」って言うのは本当に難しくて。でも、それができる親密な関係性ってあるし、そういう人との別れは誰しもに起こり得ることで。だから、この曲に感動してくれる人たちは「もう仲間だぜ」って感じです。
—別れの歌なんだけど、晴れやかな気持ちにもなれる。今年1月に脱退した前ベースの(矢澤)直紀くんに向けて書いた曲でもありますか?
角舘:もちろん、あります。彼ほどの身近な人との別れはそうそうないですからね。この曲のデモを作ったときに、大学時代の友人に最初に聴かせたんです。そしたらそいつが急に泣き始めちゃって。俺から圧倒的な別れを告げられていると勘違いしたみたいだったんです(笑)。それで、これは万人がちゃんと別れの歌だって理解できるんだなと思って安心したんですよ。でも、泣くなよ! って思いましたけどね(笑)。
私にとって別れはすごく身近ですね。(岸井)
—岸井さんは“SAYONARAMATA”という曲をどう受け止めていますか?
岸井:映画のエンドロールでこの曲が流れて、観終わったあと清々しい気持ちになったんです。さよならを歌っているけど、本当にカラッとしていて。この曲が映画に与えている効果はすごく大きいと思います。さっきもメイクしているときに無意識に鼻歌を歌っていたら“SAYONARAMATA”でした(笑)。
角舘:うれしいなぁ。
岸井:私にとって吉子として聴ける特別な歌なんです。“SAYONARAMATA”を聴くことでずっとこの映画と繋がっている感覚を覚えるんだろうなと思います。
—健悟くんはこの曲をライブで歌っているときにどういう感覚になりますか?
角舘:どの曲でもそうだけど、曲を書いてるときはボロボロ泣いたりするんだけど、バンドで演奏するときはそこに私情が乗らないんですよね。それって男の子のマインドでもあると思うんです。メンバーとライブをしているとワイワイしながら絶妙に気を遣い合うから、私情が入ってこない。たまにどうしようもなく入ってきちゃうこともあるけど。
—ライブ中は俯瞰で曲を捉えているということですか?
角舘:俯瞰で歌ってますね。直紀くんが脱退する前の最後の東名阪ツアーでこの曲をやったんですけど、大阪と名古屋はバンドアレンジが間に合わなくて弾き語りで歌ったんです。そしたら直紀くんが泣いていて。あいつが一番私情を挟んでましたね(笑)。
—別れに対するスタンスはその人の本質を映し出すのかなと思っていて。そういう人それぞれの別れの価値観を引き出すような力を持っているのかなと。
角舘:うれしいな。ゆきのちゃんは、別れってどう?
岸井:別れについては……深刻に考えるほうですね。
角舘:食らっちゃう?
岸井:うん。「一緒にいる今が楽しいな」というより、「離れることになったらどうしよう」って考えちゃう。「信じてるけどいつか別れる日がくるだろうな」と思う人もいるし、「もう会えないかもしれないけどずっと信じている」という人もいますね。仕事上でも出会いと別れを繰り返しているので。
—演じる役との別れもあるし。
岸井:そうなんですよね。たとえば舞台だったら1か月以上稽古してから、公演がある。でも千秋楽の翌日には違う仕事をしなければいけない。それも別れですよね。千秋楽って「ああ、もうこのセリフが言えないんだ」って感じながら、別れを言っていくような時間なんですよね。そう考えると私にとって別れはすごく身近ですね。
—こうやって、一度離れた役について取材などで話す機会があると、撮影時の感覚が戻ってくるものですか?
岸井:話しながら思い出していきますね。森ガキ組は映画がクランクアップしたあともCM撮影の現場で会ってるから、ずっと距離感が近い感じがありますね。先日も“SAYONARAMATA”のMV撮影がありましたし。でもそうやってすぐに集まることってすごく珍しいことで。カメラマンさんやヘアメイクさんとご飯を食べに行ったり、チームとの関係性が私生活にも入ってきたりしています。
お葬式って死者のためにあるものではないんですよね。(角舘)
—この映画は家族との関係性や別れ、そして死生観が大きなテーマになっていると思うんですけど、岸井さんはこの映画を通して自身の死生観に影響を及ぼしたところはありますか?
角舘:それ、俺も気になる。
『おじいちゃん、死んじゃったって。』メインビジュアル(サイトを見る)
岸井:う~ん、吉子の死生観って漠然としているなと思っていて。吉子って、すごく「生活をしている人」だなと思うんですね。生きているというよりも、生活しているという感じで。私自身は、生活というよりも生きたいという感覚が強くて。だから、迷ったままでは歩き出せないところがあるんですけど、吉子は迷ったまま生活できている人だと思うんです。
そこはすごく違いがあるなって。でも、羨ましくもあるんです。彼女は迷っても前に進んでるから。生活に人との関係性も器用に取り込むことができてる。
—タフな人と言えるかもしれない。
岸井:そう思います。吉子と近いなと思う部分は、家族に言いたいことがなかなか言えないところかな。
角舘:僕がこの映画を観てあらためて思ったのは、お葬式って待ってくれないんだなということで。死体は腐ってしまうから、周りの人の気持ちの整理がついてなくてもお葬式は絶対にしなきゃいけないし、納骨もしなきゃいけない。周りの人が考えながら前に歩かざるを得ないのがお葬式なんだなって。だから、お葬式って死者のためにあるものではないんですよね。
—周りの人たちが喪失感を分かち合うためのものですよね。日本だとお寿司を食べたり、ビールを飲んだりしながら語り合って。
角舘:そうそう。子どもはバヤリースのオレンジジュースを飲んでね(笑)。俺、好きな死生観があって。メキシコでは死者の日という祝祭があるんです。死者と踊るという考え方がいいなって。日本のお葬式は「死んだよ、ちゃんと」ということを周りの人に植え付けてるなって思う。
—ヨギーの『PARAISO』に収録されている“Hello Ethiopia”という曲は、健悟くんのおじいさんが亡くなってすぐに書いた曲で、残されたおばあちゃんの目線でソングライティングしたと言ってましたよね。
角舘:そうそう。でも、“Hello Ethiopia”はけっこう視点がめちゃくちゃになっていて。60年以上連れ添った夫を亡くしたおばあちゃんの感情なんて若造にはわからないじゃない? でも、おじいちゃんが亡くなったときにおばあちゃんのそばにいてあげることしかできないなと思って、1か月くらい一緒に住んでいて。おばあちゃんの話を聞いてると、そこにはいろんな感情があって。
それで、歌詞はおばあちゃんの視点になったり、「俺がおじいちゃんだったら?」という視点が混在してるんです。“Hello Ethiopia”は転生を信じるような感覚で書きましたね。でも、俺は笑って死にたいなぁ。病院のベッドで「最高の人生でした!」って言って死にたい。
話を聞いて思ったのは、ちゃんとゆきのちゃんという人間の「作風」があるなということで。(角舘)
—岸井さんは死んでしまう役を演じるときもありますよね。先日放送されたドラマ『下北沢ダイハード』(テレビ東京系)では幽霊の役を演じてましたけど(笑)。
岸井:別の役では、撃たれて死んだこともあります(笑)。今出演している『髑髏城の七人』は生死を常に感じているところがあって。生きて戻れるかという役の緊張感もあるし、あと私たち演者が劇場で無事に千秋楽を迎えられるのかという緊張感もあるんです。本当に肉体的にもハードな舞台だから。いつ誰がケガをするかわからない危機感も舞台のリアリティーに反映されていると思いますね。
—ご自身の家族との関係性が、表現するうえで影響しているところはありますか?
角舘:そうだなぁ。自分ではわからないけど、俺は両親が離婚していて、中1くらいから片親だったんですね。基本的に男の子って最初に守る女性ってお母さんじゃないですか。片親というのもあって、圧倒的に母親を守りたいという思いがありますね。あと、俺はカトリック系の学校にも通ってたから、母親のことを聖母マリアだと思ってたんですよ。
でも、大学生になったくらいのときに、幸せになったほうがいいなと思って「彼氏を作りなよ」って言えるようになりましたね。そのあたりから母親とよくご飯を食べに行くようになって。やっと思春期を超えたような感覚がありました。兄貴のことも親父のことも大好きだったんだけど、今でも母親は特別ですね。
岸井:なんか、健悟くんってすごいですね。今、話を聞きながらそう思ってました。愛情深い人なんだなって。あと、私の家族観とは全然違うから面白いです。
—岸井さんは家族との付き合い方ってどうでしょう?
岸井:私は、家族にはあんまり言いたいことを伝えられない方だと思います。家族に理想を求めているようなところがあって。親の前ではいい子でいたいという意識があったり。
仕事の現場でも「ゆきのちゃんって強いよね」って言われたりするんですけど、そういう言葉が少しプレッシャーになったりもします。本当は気も小さいから「違う、違う」って。
でも元気じゃない自分もイヤなんです。仕事をしているときも精神的に落ちようと思えばいくらでも落ちれるから。そういうところでもがいている部分もあるかもしれないですね。
角舘:俺はミュージシャンという職業柄、自分の人間性や本意をちゃんと発信したほうがいいところがあって。アーティストとしての信頼性を上げるのが俺の今の課題で。でも、本当に思ってることを発信するのって難しいんだよね。今ゆきのちゃんの話を聞いて思ったのは、ちゃんとゆきのちゃんという人間の「作風」があるなということで。
岸井:健悟くんの表現力って本当にすごい!
角舘:(笑)。その作風にみんな惹かれてると思うんですよ。でも、それを壊すときがくれば壊せばいいと思うし、たぶん今のゆきのちゃんにとってこの状態がいいんだと思うよ。
岸井:ありがとうございます......。
森ガキ組の自由で和気あいあいとしている空気は羨ましくもありましたね。(角舘)
—先日、森ガキ組で岸井さんも出演する“SAYONARAMATA”のMV撮影を行ったんですよね。
岸井:撮影、すっごく楽しかったです。最後にライブハウスで撮影したんですけど、そこでヨギーのメンバーの(サウンドチェックを兼ねた)セッションを目の当たりにして。それに感動しました。メンバーのみなさんに「何の曲を演奏してるんですか?」って訊いたら「テキトー」って言われて。
角舘:俺からしたら、演技をしているゆきのちゃんがすごいなと思ったけどね。「なんでこんなにいい表情を作れるんだろう?」って。あと、森ガキ組は和気あいあいしすぎ! 本当に仲がいい。
基本的に俺たちのMV撮影は監督も仲間内が多いから、好き勝手なことを言い合うし意外に殺伐しているときもあって。時間も押したりするし。森ガキ組の自由で和気あいあいとしている空気は羨ましくもありましたね。
岸井:テストをしないで本番に入るのもこのチームだからで。
角舘:それもすごいなと思った。
—岸井さんは今回のMV撮影で吉子のことを思い出しましたか?
岸井:思い出しました。スタッフも同じ顔ぶれですし。MVでも田んぼのシーンがあるんですけど、熊本のことを思い出しましたね。吉子と感動の再会を果たしました(笑)。
—最後にお互いの今後に期待したいことを語ってもらい、エールの交換をしていただければ。
岸井:今日、あらためて健悟くんと話してなんて深い人なんだろうって思いました。
角舘:やめて! 言いすぎ!(笑)
岸井:このままでいてくださいという感じです。
角舘:このままいられたらいいね。でも、このままというのはないと思う。それが自分でも楽しみだし。ゆきのちゃんに対しては……俺は女優という仕事の性質がわからないから。でも、表現者として無理がないようにいてほしい。
岸井:うんうん。
角舘:どんな役でも最終的に自分が納得できるカタチにしてほしい。家に帰ってベッドで泣くのはなし、みたいな感じがいいですね。
岸井:健悟くんのインタビューに付いて回って、話をまだまだ聞きたいです(笑)。
- 作品情報
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- 『おじいちゃん、死んじゃったって。』
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2017年11月4日(土)からテアトル新宿ほか全国公開
監督:森ガキ侑大
脚本:山崎佐保子
主題歌:Yogee New Waves“SAYONARAMATA”
出演:
岸井ゆきの
岩松了
美保純
岡山天音
小野花梨
赤間麻里子
池本啓太
五歩一豊
大方斐紗子
松澤匠
水野美紀
光石研
上映時間:110分
配給:マグネタイズ
- プロフィール
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- 岸井ゆきの (きしい ゆきの)
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1992年生まれ、神奈川県出身。2009年・デビュー後、映画、ドラマ、舞台と幅広く活躍。主な映画出演作に、『MIRACLE デビクロくんの恋と魔法』(14/監督・犬童一心)、『友だちのパパが好き』(15/監督・山内ケンジ)、『ピンクとグレー』(16/監督・行定勲)、『森山中教習所』(16/監督・豊島圭介)など。主演舞台「気づかいルーシー」(17/再演)、「劇団☆新感線 髑髏城の七人 Season風」(17)など舞台での活躍も目覚ましい。今後は、NHK「風雲児たち~蘭学革命篇~」(18・元旦放送)、TBS「99,9-刑事専門弁護士-SEASONⅡ」(18・1月~放送)が控えている。
- Yogee New Waves (よぎー にゅう うぇいぶす)
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2013年6月に活動開始。2014年4月にデビューep『CLIMAX NIGHT e.p.』を全国流通でリリース。その後『FUJI ROCK FESTIVAL'14』《Rookie A GoGo》に出演。9月には1st album『PARAISO』をリリースし、年間ベストディスクとして各媒体で多く取り上げられる。2015年2月に初のアナログ7inchとして新曲『Fantasic Show』を発表し、12月には2nd e.p『SUNSET TOWN e.p.』をリリース。2016年は『RISING SUN FES』『GREENROOM FES』『森道市場』『STARS ON』『OUR FAVORITE THINGS』など野外フェスに出演する。2017年1月にBa.矢澤が脱退し、Gt.竹村、Ba.上野が正式メンバーとして加入し再び4人編成となり始動。
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