「デザイナーの仕事は舞台の演出家」「ラーメンを出してから餃子を出そう」など、ユニークな比喩をちりばめたデザイン書『たのしごとデザイン論』。著者のカイシトモヤによる、デザイン=関係性作りという思考法は、デザイナーを志す者以外にも豊かなヒントをくれる。
東京造形大学の准教授でもあるカイシはアートディレクターとして活躍しつつ、東京造形大学の担当ゼミではオリジナリティあふれる授業も展開する。その実践は大学を飛び出し、2月にはJR山手線を使った作品展を実施するという。
自身は美大出身ではなく、広告心理学を専攻後にこの道へ進んだ経歴を持つ。そんな彼が考える、いま美術大学で学ぶ意義とは? 話題はデザイン的思考が「今日より明日をよくする」可能性にまで広がった。
デザインを学ぶことは、さまざまな分野の関係性を創っていく「舞台の演出家」を目指すようなこと。
—『たのしごとデザイン論』は、デザイナーではない人間が読んでも気づきやヒントが得られる一冊でした。冒頭で、デザイナーを演出家にたとえていましたね。
カイシ:はい。もともと、デザインの仕事を人に説明するのが難しいなと思っていたのが、本書を執筆したきっかけです。僕の場合は、社会人になってまず、デザイン会社で働き始めたのですが、新聞広告などの仕事を親や知人に説明するとき、「お前が作ったのはこの写真? イラスト? それとも文章?」「いや、それはぜんぶ別の人」「じゃあ結局、そういうのを並べただけ?」みたいな、こんな会話になったんですね。それが割とキツい指摘で(苦笑)。
—素人意見と言えばそれまでですが、デザインの本質にもつながりそうな、厳しい意見ですね。
カイシ:それで、一体デザイナーは何を作っているのだろう、とけっこう悩んだんです。その結論が、「デザイナーは関係性を創っている」ということでした。
写真やイラスト、テキストはデザインの要素で、もちろん各分野のプロフェッショナルが担当します。デザイナーはその裏で、要素同士をどのように接合していくかを決める仕事だろう、と。これをどう説明すると一番よいかなと思ったとき、「舞台の演出家」というたとえが浮かびました。だから、デザインを学ぶことは、さまざまな分野の関係性を創っていく、裏方である演出家を目指すようなことなのかもしれません。
—写真やイラスト、テキストなどは「役者」で、クライアントは「興行主」。デザイナーは自ら舞台に立つわけではなく(立つタイプもたまにいるけれど)、関係性を創り出し、調整している「演出家」だというお話でしたね。
カイシ:そうです。主役より脇役が目立ちすぎず、でも各々がしっかりと舞台での役割を果たせるようにする、といった仕事ですね。何かを伝えるとき、比喩はとても大事だと思っていて、専門的なことも相手側の業界の話や、みんなが知っていることにたとえてあげると、スッと伝わったりする。
まずはクライアントの需要に応えたうえで、新しい可能性も提示しようという話の際に、「ラーメンを出してから餃子を出そう」と書いたこともあります。当たり前と思うかもしれませんが、デザインの世界では、逆の順序で出してしまうケースも結構多いので(苦笑)。実は以前の会社案内のビジュアルにも、ラーメンと餃子を使っていました。
『ルームコンポジット会社案内』パンフレット / AD+D:カイシトモヤ(room-composite) / 撮影:星川洋嗣
大事なのは、なぜその色を、そのグラデを施すのかという理由や目的です。
—コンピュータやソフトウェアなど、ツールの発達によって「誰でもデザインできる時代」と言われることもあります。このあたりはどう考えていますか?
カイシ:僕もコンピュータの発達にすごく恩恵を受けていると思います。手先は不器用だし、絵もそんなにうまいわけではありませんから。ただ、ツールの便利さはありがたいですが、色をひく、グラデーションをつける、といったテクニック以前に大事なのは、なぜその色を、そのグラデを施すのかという理由や目的です。
山登りでいえば、ゴールにたどり着くまでの道がいろいろとあるなかで、なぜ自分がこのコースを選んだのかが重要です。いい登山靴が出たからといって、みんなが同じ靴で同じ道を歩く登山家にはならないですよね。
—根っこになる考え方自体が、いちばん大事ということですね。
カイシ:もちろん、そのうえで絵やコンピュータが得意な人は、それを武器にしてもいい。でも共通して大事なのは、その裏の組み立てをきちんとできるかどうかです。つまり、関係性をちゃんと定義できるかということ。
—カイシさんはいま、東京造形大学のデザイン学科(グラフィックデザイン専攻領域)でゼミを持ち、学生たちへ「大学で学んだことが現場でそのまま通用することは稀有だ」とも発言されている。だとすると美大で教える / 教わる意義とは何でしょうか?
カイシ:僕自身は気づきが遅くて、大学で広告心理学を学んでいるうちに、広告を作るデザインそのものの方が面白そうだ、と思ってしまったんですね(笑)。だから進路変更は難しくて、卒業後に改めて専門学校に行く必要がありました。でも行ってよかったことはたくさんあって、これは美大に行く意義にも共通すると思います。
これから価値交換型の学びはますます重要になってくる。
—美大に通うことは、前提となる基礎技術の習得ということ以外で、どんな利点があるのでしょうか?
カイシ:まず、同じ道を目指す仲間がいること。僕は一般大学だったせいか、デザインに関心や理解のある人たちが周囲に少なくて、「デザイナーなんてセンスがないと無理」「お前はアーティストじゃないでしょ」みたいなことも言われました。でも専門学校に行くと、皆が普通にそこを目指している。それは僕にとって一番の救いでした。これは美大でも同様のことがあるかと思います。
—刺激し合い、支え合う環境があるということですね。
カイシ:もうひとつ、美大で学ぶ意義は、大学では先生も学生も互いに「価値交換」をしているということです。つまり、先生が学生へ一方向に与える学びではなく、実は教える側も、学生たちから学んでいる。
たとえば僕はアートディレクターをしているので、ゼミではお土産のように「先日こんな仕事をしました」という生きた社会の話ができる。あ、守秘義務に反しない程度にです(笑)。一方で学生のデザインを見て、「この色使いもあり得るな」と新鮮さを覚えたり、勉強になることがあります。
—そしてきっと、学生同士の価値交換もあるのでしょうね。
カイシ:そうですね。得意分野、関心の高い領域もいろいろですから。そう考えると、皆でデザインをめぐって共同研究しているとも言えそうです。これから価値交換型の学びはますます重要になってくると思っていて、だからこそ大学をもっとオープンな場にしたいと考えています。
社会の中でうまくいかなかったケースというのは、9割がたコミュニケーション不足が原因なんです。
—大学をよりオープンな場にするために、具体的にはどんなことをされているのでしょうか?
カイシ:僕のゼミは「デザインプロセスのコミュニケーション」がテーマです。これはもともと大学で教え始めたときに感じた、ある矛盾が出発点にありました。
美大ではふつう、課題とその講評を軸に授業が進みます。たとえばグラフィックデザインなら架空の広告案件の課題が出題されて、学生たちはアイデアから写真やイラストの制作、レイアウト、出力まで全部ひとりで進めることが多い。
でも社会に入ると、誰かとコミュニケーションせずにモノが生み出されるケースなんて、100%ありえません。そして、その社会の中でうまくいかなかったケースというのは、9割がたコミュニケーション不足が原因なんです。
学内では、ゼミ生と頻繁にコミュニケーションをとっている(東京造形大学のサイトを見る)
—そこは確かに、ひとりで課題制作していても学べない領域ですね。そう考えるとデザイナーは、他者との有形無形のやりとりがとても多い職業だと感じます。
カイシ:なのでゼミでも社会人のゲストを招くのですが、デザイナーよりも、隣接した「他のしごと」の専門家を招くことが多いんですね。写真家、イラストレーター、アプリケーション開発会社の方や、フォントの制作者……、印刷会社の現場を見学に行くこともあります。
広告では、そういった隣接した専門家の方々の力量が、完成物に確実に反映されますからね。それをきちんと知ることは、デザイナーの力になると考えています。ちなみに『たのしごとデザイン論』には、「楽しいしごと」と同時に「他のしごと」という意味も込めていて、それは他者の仕事を尊敬することでもあります。
『たのしごとデザイン論〈クリエイターが幸福に仕事をするための50の方法論。〉』(Amazonで見る)
—そんな「他のしごと」に携わるゲストとの授業では、どんなことをされているのでしょうか?
カイシ:商業写真のスタジオにおじゃましてディレクションを体験させてもらったり、変わったところでは、パッケージデザインの構造を考える「包装専士」の方のワークショップも盛り上がりました。たとえばチョコ菓子の2大ブランドを比較して、箱の作りにどんな違いがあるかを見つけ合う。
専門領域のマニアックな話がそんなに面白いの? と怪訝に思うかもしれませんが、楽しくならないはずはないんです。というのも、僕はゲスト講師をお願いする基準として「自分の仕事を楽しんでいる人」にもこだわっているから。学生たちが希望を持って社会で仕事をしたいと思えるように、楽しそうに働いている大人の姿を見せることも大切ですよね。
DNP 大日本印刷株式会社の協力により、商品パッケージを、紙の機構から分析するワークショップ
—制作工程でコミュニケーションすることを学ぶのは、デザインに関わろうとする学生にとって、かなり意義のあることなのですね。
カイシ:東京造形大は、専門分野の横断性が高い大学なんです。たとえば、卒研や卒制では自分の専攻領域の教員に指導してもらう必要がありますが、ゼミの選択は専攻領域を超えて自由なんですね。だから僕のゼミも、美術学科の彫刻専攻領域から参加している学生がいたりと、多様な専門性を持った学生たちで構成されています。
学生数としても比較的小規模な美大ということもあって、専攻領域や学年を超えてコミュニケーションを学ぶということはすごく貴重な体験になるはずです。彼らの間にも「他のしごと」の価値交換が広がればいいなと思っています。
デザインの仕事は、コンプレックスを持っていたほうが伸びる。
カイシ:美大でデザインを学ぶことの意義として、もうひとつ挙げたいのは、なにかコンプレックスのある学生にデザインを学ぶことで「救い」をもたらせるのではないかということです。学生のなかには、不得意分野があることを悩んでいる人たちがいます。でもそういう人たちには、社会は連携でできていることを教えてあげたい。
僕自身、苦手なことがあってもこの仕事ができているのは、他の心強い仲間とコラボレーションして救われているから。デザインの仕事は、コンプレックスを持っていたほうが伸びると思っています。それをバネに弱点を埋めるというより、むしろそれを自覚して、他の協働相手や隣接分野の仕事に敬意を払う。そこから、デザインプロセスのコミュニケーションが始まるんです。
—大学時代は「自分は何者なのか」と考えることが多そうな一方で、社会に出るとほとんどの仕事は誰かと一緒にやるものだ、という実感を持ちづらいのは確かですね。自分を振り返ってみてもそう思います。
カイシ:「個性」も自ら主張するのではなく、周りのピースを見て、自分がここにはまったらいいんじゃないか、と決まることがある。むしろコンプレックスを認めることで個性が見つかるのではないか、とすら思うんです。
デザインって、何もないホワイトスペース(余白)がすごく大事だったりします。そこからきちんと決めていくと、自然に全体のレイアウトも効果的になるように、まず周囲の空間を定義していったほうが、自分の居場所も決まるのではないでしょうか。
—カイシさんは、アートディレクターとしても、大学の先生としても、「関係性創り」をしているんですね。
カイシ:そうですね。ゼミの授業は担当教員に与えられた裁量が広いので、それぞれの専門性に則ってさえいれば多様な内容が認めてもらえる。うちの学生たちからは、色々あるゼミからひとつだけ選ぶのはかなり悩むともいわれますが(笑)。
—ゼミ生による企画展など、アウトプットもしているのでしょうか?
カイシ:僕らは毎年秋の『CS祭』という学園祭で、ゼミ展を行なっています(CS=Creative Spiralは同大学の教育理念)。カイシゼミの展示は「遊園地のアトラクションみたい」などと称されていて(笑)、ゼミ生全員で取り組む体験型の展覧会です。
今年度は『#THE CREATORS』と題したSF風の体験型展示で、デザインが崩壊してしまったディストピアで、参加者がパーツを集めながら建造物などを作り、デザインを取り戻すというものでした。こういうときに良いのが、やはり多専攻ということですね。映像や音楽も自前でやっていましたから。
【ついに予告解禁‼︎】
— カイシゼミナール2017 (@kaishi2017) 2017年10月1日
カイシゼミナールが送る「デザイン×宇宙 」の
新しい創造体験「THE CREATORS」
日時:2017年10月20日(金)〜22日(日)
場所:東京造形大学 8-206教室にて(JR横浜線相原駅よりシャトルバスが運行)#ザ・クリエイターズ pic.twitter.com/qRgwIbN7AX
—大学構内から飛び出すような企画もあるのですか?
カイシ:ちょうど2月に、グラフィックデザイン専攻では初の試みとして『山手線グラフィック展』という展覧会を開催します。デザインは本来、美術館やギャラリーのような限られた空間で鑑賞される受動的なものではなくて、能動的に人々の日常に溶け込んでこそ真価を発揮するものです。
そこで街へ出て、実際に学生の作品に接してもらう機会を作りだすために、東京の中心を周回するJR山手線を使った作品展を実施します。JR山手線の1編成11車両をすべて使わせてもらい、中吊り広告やトレインチャンネルの映像、車体の表側も活用した『造形大トレイン』が走るという企画で「TOKYO」をテーマに全学年から作品を募って構成します。
—とても面白い実践ですね。どんな形で実現されたのでしょうか。
カイシ:まず大学側から、学生のポテンシャルをより広く届ける企画を考えようと提案があったんです。それに対して僕たち教員側は、彼らの作品を社会の一番目につく場面に登場させてはどうか、という発想から実現しました。学生たちはもちろん、乗客の皆さんも「TOKYO」を見つめなおす機会になればと考えています。
2月17日(土)より、JR東日本・山手線(E231系)で開催される『山手線グラフィック展』。「TOKYO」をデザインテーマに、個性あふれる学生の作品が山手線を彩る(サイトを見る)
最終的な評価は、かいた汗の量より、あくまで完成したものに対して行なわれます。これは社会に出れば当然のことでもありますからね。
—学生の集大成としての卒業制作にも、お話にあった領域横断的な側面は活かされていますか?
カイシ:そうですね。映画専攻や写真専攻の知人に必要な依頼をして、自分は絵コンテとディレクションに徹した人もいました。ほかにもグラフィック専攻なのに什器がすごく凝っていて、すごいねと聞いたら彫刻専攻の同級生に作ってもらったとか。
彼らはきっと、社会に出ても良い意味で「依頼上手」として活躍するのではないかと思ったりします(笑)。最終的な評価は、かいた汗の量より、あくまで完成したものに対して行なわれます。一生懸命取り組んだ学生にとっては残酷なようですが、これは社会に出れば当然のことでもありますからね。
—そうして社会へ出て行く学生たちには、どんな活躍を期待しますか? カイシさんの初期のお仕事歴で興味深かったのは、CDショップでインディーズのジャケットを見ていて、自分が関わることでより良いものが届けられるのでは、という「やるべき」感からデザインの仕事に就いたというお話でした。そういう発見もデザイナーの仕事なのかなと思います。
カイシ:たしかに、活動できる場所を探したり作ることも重要で、近年は特にそうなっていると思いますね。僕はよく「勝てる土俵で相撲を取る」と言います。ちょっと茶化した言葉ですが、すごく大事なことだと思っています。勝てない土俵でやみくもに戦っている若手が多いようにも感じていて。
『ミュージック セレクション』CD sleeve / CL:Birdland Music Entertainment / AD:カイシトモヤ(room-composite) / D:前川景介(room-composite)
—それは生き残り戦略とも言えそうですが、視点を変えると、何かをより良くしたいという思いが実績につながる点で、先ほどのピースの話とも関連しますね。
カイシ:その視点を広げると、卒業生たちがデザインの現場で活躍してくれたらもちろん嬉しいのですが、期待するのはそれだけではないんですね。僕はデザインに関する学びは、本来もっと一般化できる領域だと思っているからです。
僕自身はまず心理学を勉強しましたが、そういう人すべてが心理学者やカウンセラーになるわけではありません。文学部や経済学部などもそうですよね。でもなぜかデザイン専攻は、職業訓練的なとらえられ方が強いと感じます。たしかにそういう面もありますが、これからはデザインという学びに込められた利点を、より多様な場に広げられると考えています。
—最初の「関係性の構築」のお話に、改めて戻ってきたように思います。
カイシ:そうしたクリエイティビティはいま社会のいろんな領域で求められているし、創造性が不要な仕事なんて、実はどこにもありません。今日より明日の関係性をよくするための工夫や構造を考えるという意味でも重要でしょう。それくらい抽象化したレベルでも「デザイン」という力は活かされていく。関係性の構築や、構造の分析と解体、そして再構成すること。大事なのは表層だけを整えることではありません。
特に今後、あらゆる分野で機械化が進む時代がくるのなら、デザイナーは何をするべきかを考えていくべきだし、できることがあるはずです。そこをなるべくわかりやすく解き明かしていきたいですね。そのためにも学生たちとの価値交換を通じて、学び合いたいと思っています。
- イベント情報
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- 東京造形大学『山手線グラフィック展』
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2018年2月17日(土)~2月28日(水)
※車両整備等の理由で、期間中でも運休となる場合がございます。
- プロフィール
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- カイシトモヤ
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アートディレクター / グラフィックデザイナー。1975年・兵庫県生まれ。東京・下北沢のデザイン会社room-composite代表。香港国際ポスタートリエンナーレ金、銀、銅賞 / KAN Tai-Keung賞。APA金丸重嶺賞。東京造形大学グラフィックデザイン専攻領域准教授。
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