音楽という巨大な海に、三人の女性が飛び込んでいく。その先になにが待ち受けているかはわからないけれど、表情に恐れはない。だって彼女たちは、その先で出会える新しい世界と新しい自分に、恋焦がれているから。
The Wisely Brothersが、1stフルアルバムにしてメジャーデビュー作『YAK』を完成させた。常に揺れ動き、常に変わっていくThe Wisely Brothersの三人そのもののように、リズムはコロコロと変わり、メロディーはもっと外へ、もっと遠くへと伸びていく――そんな、流動する11の楽曲の連なり。去年の『HEMMING EP』に引き続き、11曲中9曲でプロデュースを担当したGREAT3の片寄明人は、ときとして溢れすぎて零れ出してしまいそうな彼女たちの音に宿る可能性を、見事に受け止めている。
この素晴らしいアルバムのリリースを祝し、今回はThe Wisely Brothersと縁の深い街・下北沢を、メンバーと共に探訪し、バンドの源泉に迫る話を聞いた。さらに、記事の中盤には『YAK』のアートワークにちなんで、三人による切り絵タイムも。盛りだくさんのThe Wisely Brothers徹底解剖記事、楽しんでください。
下北沢って、温かいけど、それだけじゃない、というか。(渡辺)
—今日は、The Wisely Brothers(以下、ワイズリー)のみなさんと一緒に下北沢にやってきました! ワイズリーにとって、下北沢は縁の深い街だということで。
真舘(Vo,Gt):そうですね。高校1年生の頃にバンド活動を始めてから、練習はずっと下北沢でやってきたし、私はアルバイトも下北沢でやっていたんです。
和久利(Ba):地方でライブをやったあとに、下北沢のいつも練習しているスタジオに行くと、「あ、また日常が始まるな」っていう気持ちになります。
—他の街と下北沢は、どんな部分が違うと思いますか?
渡辺(Dr):下北沢って、温かいけど、それだけじゃない、というか。温度感が独特なんですよね。他の街で感じることを、下北沢では感じなかったりしない?
和久利:わかる。みんなが自分の目的や自分の「楽しい」をもって、この街に来ている気がするから、渋谷や池袋を歩いているときより、周りの人のことが気にならないんだよね。
—今日は、そんな下北沢でワイズリーゆかりの場所を回りながら、お話を聞けたらと思います! まずは、レコードショップ&カフェバー「CITY COUNTRY CITY(以下、CCC)」。曽我部恵一さんがオーナーを務めるお店としても有名ですね。
真舘:CCCは、私が高校を卒業するちょっと前からバイトをしていたお店なんです。レコードも売っているし、ミュージシャンの人たちも来るし、ここでいろんな音楽を教えてもらいました。バンドを始めて間もない頃、「こういう国の音楽があるんだよ」ってお店でレコードを聴かせてもらって、あとで二人に教えたりして。あと、なによりご飯が美味しい!(笑) トマトソースのパスタが好きです!
渡辺:私はナポリタンが好きです!
和久利:私はペペロンチーノが好き!
—渡辺さんと和久利さんも、CCCはよく来られるんですか?
和久利:そうですね。(真舘)晴子が働いている時間に遊びに来たりもしたし、その時働いていた店員さんたちとも仲良くさせてもらって。一人で行って、話したいだけ話して帰ったりするんですよ。晴子のバイト先だけど、勝手に自分たちの居場所にもしちゃっていた気がします(笑)。
渡辺:カウンター席に座って、キッチンからご飯を作る音が聞こえてきて、自分がコーヒーの氷をかき混ぜる音も聞こえて、すごくいい音楽が聴こえてきて……そういう落ち着いた時間を過ごせる場所があるのは、大きいことだなって思います。
—ちなみに、ワイズリーにとって曽我部恵一さんは、どういう存在なのでしょうか?
真舘:曽我部さんとの出会いは、自分のなかで大きいです。今でも、他のミュージシャンの人たちとは違う気持ちで見てしまうんですよね。なんて言ったらいいのかわからないけど……言葉にできない気持ちが、曽我部さんに対してはあるんです。これが、いつ言葉にできるかはわからないんですけど……とにかく、本当に出会うことができてよかったと思う方です。
—曽我部さんはワイズリーのことをどう見ているんでしょう?
真舘:去年、雑誌『装苑』(文化出版局)で私たちについてコメントしてくださったんですけど、その文章を読んだとき、きっと曽我部さんは、私たちがいろんな経験を積みながら自分たちの音楽に向かっている、その道のりを感じとってくださっているんだろうなと思って、すごく嬉しかったんですよね。
私たちは落ち着く場所を探しているんだなぁって思いました。(和久利)
—続いてやってきたのは、古着屋「FILM」です。このお店は、みなさんにとってどういった場所なんですか?
真舘:FILMは、セレクトしてあるものが、自分にとってすごく丁度いいんですよ。服だけじゃなくて、お皿とかも、なんというか……その、具合が(笑)。
—具合、ですか(笑)。
真舘:やっぱり、古着だけが持つ温かみとか、古着にしか出せない色合いってあると思うんです。そういう温かみや色合いが、自分の生活にピッタリと合う古着って、私が音楽や映画や食べ物に求めているものと同じくらい大きなものを生活に与えてくれると思う。
和久利:下北の古着屋さんって、奇抜な服だったり、組み合わせが難しい服が置いてあるお店も多いじゃないですか。でも、FILMは私たちの好きなものが多いんです。
渡辺:音楽は流れているけど、無音なのかと思うくらい静けさがあって、心が落ち着きますよね。お店が広すぎたり、ものが多すぎたりすると、どうしても気が散っちゃうときもあるけど、FILMは心拍数がいいところに落ち着いてくれる、というか。
—確かに、僕は初めて入りましたけど、お店の内装や置いてある品物に統一した空気感があって、すごく居心地がいいですね。それに、CCCもそうでしたけど、その空間を作っている人たちのこだわりを感じるけど、それが一切、押し付けがましくないお店だなって思います。
和久利:今話していて、CCCにしろ、FILMにしろ、私たちは落ち着く場所を探しているんだなぁって思いました。「下北沢で遊ぶ場所は?」って訊かれるとあんまり浮かばないんですけど、静かな場所とか、お茶をする場所は出てくるから。
渡辺:そうだね。下北沢って、私たちにとっては「バンド活動をする街」だけど、だからこそ、同じくらい落ち着ける場所も、下北沢のなかに探しているっていう。
—では、3か所目はライブハウス「下北沢THREE」と「下北沢BAEMENT BAR」です。この隣接する2つのライブハウスは、ワイズリーにとってどんな場所ですか?
渡辺:自主企画をやらせてもらったり、初めてワンマンをやったのもBASEMENT BARだったんですよね。私たちは高2からずっと下北沢で練習をしてきたんですけど、練習場所に行く途中でBASEMENT BARとTHREEの前を通り過ぎるたびに、「いつか出てみたいな」と思っていました。ある程度時間がかかってから出ることのできたライブハウスだったので、思い入れの深い場所ですね。
真舘:私は、THREEやBASEMENT BARで、一緒にライブをやったアーティストさんとか、店長さんとかスタッフの人たちとか……いろんな人たちと出会えたなって思います。親とか、親の友達とかじゃない、自分より大人の人たちと、自分のやっていることで関われるようになれたのが、すごく嬉しくて。自分が音楽をやっているから出会えた人たちがいるし、「繋がりって自分で作れるんだ」って思えた場所でもありますね。
自分の意見を主張したり、誰かに自分の内面を見せることが、不安でしょうがなかったんです。(真舘)
—では、ここからはワイズリーの新作『YAK』の話も聞いていきたいのですが……まずは、『YAK』のジャケットが切り絵であることにちなんで、「2018年のThe Wisely Brothers」をテーマに、三人で切り絵を作ってもらいたいと思います!
和久利:「2018年の私たち」……!
渡辺:どうする? それぞれで1個ずつ作る?
真舘:それぞれバラバラに作って、組み合わせようか。
—そもそも『YAK』のジャケットが切り絵になったのは、どうしてだったのでしょうか?
渡辺:私たちは、自主企画などのグッズもずっと手作りしてきたから、ジャケットも手作り感のあるものがあった方がいいんじゃないかと思って前作『The Letter』(2017年リリース)の7インチシングルを出したとき、MIC*ITAYA(以下、MIC)さんとワークショップを行ってアートワークを作ろうという話になったんです。
真舘:以前からずっと父(デザイナーの真舘嘉浩)と、「いつか、果物をジャケットにしたいね」という話をしていて。それで、『YAK』のジャケットは、それぞれが1つずつ果物を作ってみようということになりました。
『YAK』ジャケット(Amazonで見る)
—じゃあ、発端は『The Letter』の7インチなんですね。確かに、今作のアートワークのなかには『The Letter』に描かれていたユニコーンも切り絵で登場しているし、連続性がありますね。
三人:(黙々と作業中)
—「ものを作る」ということは、みなさんの日々のなかで大事な要素ですか?
三人:大事です!
真舘:音楽でも、グッズでも、絵でも、「作る」ということはどれも同じくらい、私たちにとって大切なことだと思います。
和久利:自分が考えていることを形にして出そうとすることって、すごく大切だと思うんです。出したいものがあるなら、それを自分のなかに溜めておくことは、すごく勿体ないこと。
曲作りのときも、自分が「これ、面白そう!」ってパッと思いついたフレーズを出せるか出さないかは、すごく大事なことで。せっかく好き勝手な音楽をやっているのなら、自分たちでそれをいいと思えないと、意味がないなって思う。
渡辺:私は、二人に比べて絵が上手に描けないんですよ。美術センスが圧倒的に低いなって、自分で思っていて。
真舘:そんなことないよ。それぞれよさがあるんだから。
渡辺:うん……MICさんのワークショップに行ったとき、私はずっと細かく細かく紙を切っていたんですけど(笑)、MICさんは、「そういうことを続けてできる人、あんまりいないよ」って、別の見方で私のことを褒めてくれて。そのとき、自分が「できていない」と思っていることも、他の人から見たら、もしかしたら「自分にはできないことができている」って見えるのかもしれないなと思ったんです。
—確かに、他の人の視点を知ることで見えてくる自分ってありますよね。
渡辺:小学校でも美術の時間はあったのに、「それぞれのやり方でOKなんだよ」っていうことを、この歳になるまでわかっていなかったなって思いました。みんな自由でいいし、その方が楽しいなって、今は思います。
真舘:私にも、(渡辺)朱音と近い気持ちがあって。昔から、自分の意見を主張したり、誰かに自分の内面を見せることが、不安でしょうがなかったんです。それをやろうとすると、自分の悪いところが、自分にのしかかってくる感じがして。でも、私の場合は、この二人に出会ったときから、緩やかに前向きになっていったというか。
—この三人であることが重要だった?
真舘:はい。私は、音楽も、それ以外のものも、この三人で作っているから、少しでもそれを続けようと思えているし、「この三人で作っている」ということ自体が、一番楽しむべきところなのかなって思っていて。
渡辺:わかるよ。私も、三人だったらなにも怖くない気がする。
—では、完成した切り絵を見せていただきましょう!
三人:はい!
—それぞれの要素を説明していただけますか?
和久利:私は、2018年は木のような存在になりたいなと思っていて。昔の自分たちのフライヤーを切って葉っぱの部分に貼っているんですけど、もっといろんなものが入って、大きな木に育てられるようにしたいです!
渡辺:私は、私たちは三人だから、三角形をたくさん切って張りつけました。いろんな私たちになれたらいいなと思って。
真舘:私は、「この先、自分はなにを好きになるんだろう?」って考えたとき、そこには不安もあるんです。不安というか……「わからない」っていう、すごく大きくて不思議な気持ちになるというか。でも、その時々で、自分が好きなものを好きでいたいと思って、グッと力強く、赤を入れました。で、飛んでいきそうな気持ちも欲しいなと思って、金色の紙も貼りつけて……。
三人:これが2018年のThe Wisely Brothersです!
音楽は常に先にあって、すぐに逃げて行っちゃうんですよ。(渡辺)
—『YAK』は、1stフルアルバムであり、メジャーデビュー作であり……そういうトピック自体は、とても濃いアルバムで。
真舘:濃いですよね……。
—でも、鳴っている音楽は、すごく自由で。ワイズリーの音楽のよさって、曲を作って演奏している三人にとっても、音楽が常に先にある、というか。音楽が、誰にとっても掌握しきれないものとして存在していることだと思うんです。
真舘:はい、わかります(笑)。
—三人とも、常に音楽に憧れているし、音楽に祈っている。『YAK』は、その状態であり続けることの奇跡が刻まれた、素晴らしいアルバムだと思いました。
渡辺:だって、音楽は常に先にあって、すぐに逃げて行っちゃうんですよ~(笑)。
和久利:追いつけないんだよねぇ(笑)。
真舘:本当に、ずっと完成できないんです。その感覚が、私たちをどんどんといろんなところへ向かわせてくれている気がします。
—アルバムを作り上げた今、どんな気持ちですか?
真舘:私は、清々しい気持ちです。私、小学生くらいの頃からずっと「本をずっと図書館に返していなくて、嫌だなぁ」みたいな、気にしなくちゃいけない物事が常にあったんです。でも、このアルバムを作っている間は、他に気にすることがなにもなくて。なので、ストレートに、今の三人を表現できたのかなって思います。本当に、今の私たちの「おしゃべり」のような作品になったなって。
—「YAK」という単語は、「おしゃべり」という意味なんですよね。
渡辺:最初、タイトルを決めるときに晴子が「短い言葉がいいな」って、辞書を引いていて。そこで、たまたま「YAK」を見つけたんです。
真舘:ライブを観てくれた人に「会話するみたいにライブをするよね」って言われたり、ラジオのMCの方にも「ワイズリーの曲は会話そのものなんだよ」って言っていただいたりして……それならもう、「このアルバムは、今の私たちのYAKだね」っていう。
和久利:私たち三人だけの「間」とか、急に笑い出す感じとか、それ自体が、私たちの音楽になっているんだなって……それに気づいたときは、すごく嬉しかったんですよね。
—三人の普段の「間」や空気感から生まれた音楽の集まりに『YAK』と名付けられたのは、すごく素敵なことですね。
真舘:最近は、「全て、音楽になって出ているんだな」って感じます。日常のなかで見つけたこと、人からなにか言われて感じたこと……そういうものが、自分たちがなにも考えずに作った音楽から出ている。それに気づいたとき、「あ、見つけた!」って思うんです。
「この曲で言っていることって、あの映画から来ているな」とか、「あの子と話したことが、この曲になっているな」とか……音楽に出ているものは、全部、私たちの日常や感情なんだなって思う。
—ワイズリーの三人は、外の世界の人や、文化や、あらゆるものに出会い、知ることで、「自分」を形成していこうとする感覚がありますよね。たとえば2曲目“キキララ”の<自分でいることを楽しめば 風景がおどりだす すてきな人になりたいね>というラインが顕著ですけど、真舘さんの書く歌詞は、「自分」という存在に向き合おうとする力が、すごく強いんですよね。
真舘:そうですね。「どうやったら、素敵な人になれるんだろう?」っていうことを、よく考えていて(笑)。「この人って、こんなところが素敵だな」って思ったりすると、その人にはなれないけど、「じゃあ、自分たちの素敵なところってどこだろう?」って考える。人はみんな、いろんな経験や体験をしていくなかで、自分なりの捉え方を見つけていくものだと思うんです。
真舘:それなら、私は出会うことに恐れを感じないでいたいなって思います。「普段、食べたことのない食べ物を食べに行きたい!」と思うときでもいいし、「あそこに生えている木がかわいいね」って思うときでもいいし。一つひとつの出会いのなかで、なにが「自分らしさ」なのかを知っていくものだと思う。そうやって新しいなにかに出会うとき、一人よりも三人の方が心強いんですよね。
渡辺:そうだね(笑)。
和久利:うん。
真舘:大変なことや頑張りたいことも、私たち三人なりの楽しさで頑張れるんじゃないかって思うんです。「この先に、見たいものがある」っていう気持ちが、今の私たちを突き動かしているなと思います。
- リリース情報
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- The Wisely Brothers
『YAK』(CD) -
2018年2月21日(水)発売
価格:2,800円
COCP-402741.グレン
2.キキララ
3.庭をでて
4.おいで
5.give me a mileage
6.彼女のこと
7.Season
8.MOUNTAINS
9.The Letter
10.マーメイド
11.マリソン
- The Wisely Brothers
- イベント情報
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- 1st Full Album「YAK」Release Tour『YAK YAK TOUR』
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2018年3月31日(土)
会場:大阪府 Live House Pangea2018年4月1(日)
会場:愛知県 名古屋 K.Dハポン2018年4月7日(土)
会場:東京都 渋谷 WWW X
- プロフィール
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- The Wisely Brothers (わいずりーぶらざーず)
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真舘晴子(Gt./Vo.)、和久利泉(Ba./Cho)、渡辺朱音(Dr./Cho) 都内世田谷総合高校の軽音楽部にて結成。名付け親は真舘の父である真舘嘉浩(Manhattan Records、music.jpロゴ、夏の庭、装丁するデザイナー)。2014年 下北沢のライブハウスを中心に活動開始。2016年7月「シーサイド81」リリース。2017年11月7inchアナログ「The Letter」リリース。同月にShibuya WWWにてワンマンライブ開催。
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