ゆずにとっての始まりの街、横浜・伊勢佐木町を2018名の「新メンバー」と練り歩き、新曲“うたエール”を高らかに歌い上げるテレビCMを見たことがあるだろうか。日本生命のテレビCMとして、平昌オリンピック・パラリンピック中継の前後に大量オンエアされ、そのフルバージョンであるミュージックビデオも公開されたこの企画には、作り手たちの、どんな思いが込められているのか。
2018名の「ゆず新メンバー」を募集するという前代未聞の企画を仕掛けた電通のクリエイティブディレクター / CMプランナー、東畑幸多。そして、ダイナミックでありながらも緻密な設計が施された今回の映像を監督した気鋭の映像作家、山田智和。彼ら二人に、今回のプロジェクトに託した思いはもちろん、それらを可能にした「ゆず」という稀有なアーティストの魅力と存在感について語ってもらった。
いちばん大事なのは、そこに参加してくれた人々が、その場所にやってくるまでの「ストーリー」なんですよね。(山田)
—東畑さんが山田監督と組むのは今回が初めてとのことですが、まずはその起用の理由から教えていただけますか?
東畑:山田さんのことはもちろん昔から知っていて、いつか一緒に仕事をしたいと思っていたんです。去年公開された、山田さんが撮られた水曜日のカンパネラのミュージックビデオがあるじゃないですか。
—モンゴルの100人の子どもたちと100頭の馬を一緒に撮った、“メロス”のミュージックビデオですね。
東畑:それまでは割とクールな印象があったんですけど、あれを見たときに、「こういうのも撮れるんだ」って思ったんですよね。ああいうコントロールの効かないものをエモーショナルに捉えることもできる方なんだなって。
今回の『ゆず2018プロジェクト with 日本生命』のような群衆ものって、実は凡庸な映像になりやすいんです。「大勢がただ歌う」みたいなものって、CMとしても結構既視感があるじゃないですか。なので、それをエモーショナルなものにしたり、サプライズのある映像にしていくには、監督の力量がいるし、アイデアやセンスも必要だなと思って。
そのときに、「これ、まさに山田さんじゃん」と思ったというか(笑)。それで、かなり早い段階から、お声を掛けさせていただいたんです。
山田:東畑さんとは、2年くらい前に一度お会いしたことがあって。そのときから、いつかご一緒したいと思っていました。ただ、今回お話をいただいたら、ゆずさんだし、日本生命さんだし、オリンピックだしっていう……。
—プロジェクトとしては、かなり大きいものですよね。
山田:そうなんです。自分にとっても大きな挑戦になる仕事だし、すごくありがたいなと思いながらやらせてもらいました。
—実際、どういうふうにCM制作は進んでいったのでしょうか?
東畑:ゆずの新メンバーを2018名募集するとか、その2018名を観客ではなく、ゆずの北川(悠仁)さん岩沢(厚治)さんと並列のメンバーであるっていう捉え方をしようとか、そういう企画全体の細かい積み上げは、僕らのほうでいろいろ設計しました。
山田:「ゆずの新メンバーを2018名募集する」という企画自体が、まずはすごく面白いですよね。その規模の人々が能動的に参加するテレビCMなんて滅多にないじゃないですか。いわゆるエキストラではなく、その2018人全員が「出演者」であり「アーティスト」であるっていう。しかも、自ら応募して審査を通過したあと、実際に「練習会」で歌の練習までやっているんですよ。
東畑:ただ、そのいちばんの大玉である、「テレビCMとしてどう世の中にアウトプットしていこう」っていうところまでは、あまり考えてなくて(笑)。なので、映像の中身については、撮影場所含め、なにからなにまで、全部山田さんに決めていただいたんです。
山田:そういったCMとしてのコミュニケーションデザインは事前にしてもらっていたので、あとはそれを当日、どう具現化するかを僕が考えればいいと思って。それで決めたのが、ゆずさんゆかりの地である伊勢佐木町でゲリラ撮影をするということだったんですよね。
ゆずさんは、もともとこの街でストリートライブをされていたから、その凱旋ライブとして、新しいメンバーと一緒に歌ってもらおうっていう。何事もそうだと思うんですけど、まず最初に「ストーリーがある」というのが、いまはいちばん大切だと僕は思っているんです。
—「ストーリー」が大切だからこそ、ゆずにとっての始まりの街で、多くのファンを巻き込んで大きくなったゆずを見せる、という描写をされたと。さらには、撮影当日までに、参加者それぞれが積み上げてきた「ストーリー」があるわけですもんね。
山田:そこがこの企画のいちばんのポイントで、他の広告やミュージックビデオと違うところだと思うんです。もちろん、アングルや演出やカット割りとかも考えるんですけど、いちばん大事なのは、ゆずさんはもちろん、そこに参加してくれた人々が、その場所にやってくるまでの「ストーリー」なんですよね。
だから、映像に関してはそこまで奇をてらう必要がないというか。すでにいろんな人たちのストーリーがそこにあって、その思いを伝えるためにはどういう映像を作るべきなのかを考えるだけでした。
この撮影をしているとき、僕はすごく幸せだったんです。(山田)
—参加者は決して「エキストラ」ではないわけですし、これまでにはない「観客とアーティスト」の関係性だったのではないかと思います。
山田:これは時代性だと思うんですけど、その境界みたいなものが、どんどんなくなってきているんですよね。アーティストからの一方的なコミュニケーションの時代は、もう終わってきていると思っていて。今回の企画は、それの最大化みたいなことだったのかなって思っています。
東畑:その通りだと思いますよ。ひとりで一方的に広告しないっていうのは、いまの時代、すごく大事になってきているんです。発信者が多ければ多いほど、そのメッセージが多面的になって、いろんなソースで広がっていく。そういうことにトライするという意味でも、今回の企画は、いい機会だと思いました。
通常CMを考えるときって、ブランドのことや、メッセージを伝えることが主軸にあったりするんですけど、今回の企画は、そういうことよりも先に、みんなで同じ方向を見て応援するものにしたかったというか。それは、クライアントさんからの要望でもあったんです。だから、広告の有り様としても、少し変わったところがあると思うんですよね。
—そもそも、生命保険自体、ものではなく、安心とか信頼を商品にしているわけで。
東畑:そうですね。なので、一応「小さな力は、大きな力だ。」っていうサブフレーズがついていたりするんです。生命保険も、みんなの力を集めて、困っている人を助けるというところが本質じゃないですか。そういう部分がリンクできるといいなとは思っていて。
—とはいえ、ゆずの二人を含めた総勢2020名もの人々を撮影する当日の現場は、かなり大変だったのでは?
東畑:やっぱり、怪我なく安全にというのを計算しながらやるのは本当に大変でしたね。それはもう、山田さんをはじめ映像制作会社の方々の緻密でていねいな積み上げがあってのことだと思います。
山田:2000人以上の人々をゲリラ的に撮影するというのは、普通は絶対実現しないんです。それはすごく難しいことなので、基本的にタブーというか。だけど、企画のチームがクライアントさんを説得してくれて、さらにゆずさんとロケ地である伊勢佐木町もすごく協力してくれて。僕がいろいろ言った無茶を、全部受け入れてくれたんです。
—ここまでの人数をゲリラ的に動かすものは、たしかに見たことがないかもしれません。
山田:今回はスタッフが頑張ってくれたの一言に尽きますよね。警備員の数だけでも100人近くいて、さらに現場を仕切る助監督もたくさんいて。
ただ、この撮影をしているとき、僕はすごく幸せだったんです。いま振り返って、そのときのことを思い出すだけでも、ちょっと感極まってしまうというか……。
—大勢のスタッフの協力がなければ実現できないものですよね。
山田:当日はカメラマンが13人、ドローンが2台、あとはプロジェクトのメンバー20人ぐらいがスマホで撮影しているんですけど、当日のカメラマンも、名だたる人たちが入ってくれて……本当に、なにもかもがすごかったんです。いろいろな人たちの、それぞれで培ってきた力と思いが、そこに集結していたというか。僕の仕事は、当日その場所にいられなかった人たちに向けて、その熱量や雰囲気を、どう記録して伝えるかっていう。もうそれに尽きると思うんですよね。
撮影当日の様子 『ゆず2018プロジェクト with 日本生命』をサイトで見る
カッコいい映像とかきれいなものはもう蔓延しているなかで、普遍的な「グッとくる」ってなんだろうっていう。(山田)
—いま話を聞いているだけでも、相当エモーショナルな空間だったと想像します。
山田:その熱量が半端なかったです。今回の企画は、広告のコミュニケーションとしても、結構先駆けなんじゃないかと思っていて。これって、イベントだし、CMだし、ミュージックビデオだし、ライブでもあるんですよね。
つまり、誰かひとりが一方向に発信するのではなく、大勢が集まるコミュニティーができていたと思うんです。そういう意味でも、いまの時代を象徴するものになっているような気がして。そこが面白いところなんじゃないかって思います。
—当日の撮影に臨む上で、山田監督は、どんなことを意識したのでしょう?
山田:いまって、いかようにもきれいに撮れて、映像でウソがつける時代じゃないですか。もちろん、きれいに撮ることが悪ではないと思うんですけど。だから今回の撮影は、演出として一つの大きいリアルを作るということを考えました。
そこにある現実を、どうきれいに見せていくか。それは最初に東畑さんに提案させてもらったコンセプトでした。そのバランスの計算が、今回の撮影のいちばん肝だったような気がします。
—根幹の部分がリアルであるがゆえに、映像の方法論的には自由であると。
山田:ただ、これが普通のゲリラライブみたいになっちゃうと、それはそれで一方通行になってしまうと思って。
東畑:ミュージックビデオ版を見ると、そのあたりの設計がすごくよくわかると思います。今回のテレビCMは、その最後の部分を切り出したものになっていて、それはそれですごく計算されたものになっているんですけど、全体の設計も、是非見ていただきたいですよね。
—完成した映像を見て、東畑さんは、どんな感想を持ちましたか?
東畑:想像以上でしたね。当日の現場自体、普通ではなかなか体験できない熱量だったり、ある種異空間的な興奮があって。現場で感じたものを、映像では超えられないことが多かったりもするんですけど、今回はミュージックビデオを見たときに、もう鳥肌が立ったというか、思わず拍手してしまったんです。
というのも、自分が現場で見ていたものは、あくまで一部であって、全体は見えてなかったことに気づかされたから。その場で平面的には見てたんですけど、そこに参加してくれた人の表情が立体的に積み重なっていくカタルシスみたいなものがありました。
ミュージックビデオ版を見ていただくとわかるんですけど、最初はものすごく小さな世界から始まるんですよね。それがどんどん広がっていく驚きがあるというか、だんだん群衆が一人ひとりの個になって積み重なっていく感じが、すごくグッとくるというか。
山田:結局「グッとくる」って、なんだろうってことだと思うんですよね。カッコいい映像とかきれいなものは、もう蔓延しているし、誰でも作れる時代になっているなかで、普遍的な「グッとくる」ってなんだろうって。
それはやっぱり、オリンピック選手もそうだけど、圧倒的な挑戦と熱量だと僕は思うんです。そういう意味で、今回の企画は、僕らにとってもいろんな意味で挑戦だった。あと、流行に左右されないものにしたいっていうのは、最初から東畑さんと話していたんですよね。
東畑:流行に左右されないものを作るうえで、やっぱり、ゆずさんの力が大きいんでしょうね。
山田:うん、そうなんですよね。
東畑:結局、すべてを辿っていくと、そこに至るというか。
たとえば、おじいさんと小さい子どもが同じものを共有できるっていうのは、すごい価値があると思っていて。(東畑)
—中心にゆずの二人がいるというのは、今回の企画で非常に大事であるように僕も思いました。お二方は、改めてゆずの魅力は、どんなところにあると思いますか?
東畑:僕はまさに同世代なので、大学時代から聴いていて。20年経ったいまも第一線でやり続けていることが、まずすごいですよね。それに、シーンのど真ん中で、奇をてらうとかエッジを立てることにも価値があるし、素晴らしいとは思うんですけど、ゆずさんみたいに「みんなが好きなことをやる」とか「みんなが知ってるものがある」っていうのは、本当にすごいし、難しいことだと思うんですよ。
山田:でも実は、いちばんてらっているというか、いちばん工夫しているのかもしれないですよね。北川さんと話していると、「そういうのがカッコいいじゃん」っていう考え方だったので。
—北川さんとは、現場でどんな話をされたのですか?
山田:いわゆるメインストリームというか、いちばん伝わるところで勝負するのがいちばん難しいけど、それがいちばんカッコいいよねっていう話はしました。それはやっぱり、伝えることを諦めてないっていうことだと思うんです。
—というと?
山田:たとえば、知り合いに誘われて、たまたまライブに連れてこられた人っているじゃないですか。そういう人に対しても、多分ゆずのお二人は、「伝えること」を諦めてないと思うんですよね。その人にも伝わるものをやろうとしているというか。そういう「伝えることを諦めない表現」って、実はいちばん最強だと思うんですよね。
—なるほど。「わかる人にしかわからない表現」ではなく、「わからない人にもなにかを感じさせようとする表現」というか。
山田:いまの時代、それがいちばんクールだと思うんです。
東畑:あと、いまの時代って、ジェネレーションとかコミュニティーとかで、みんながどんどんカテゴリーに分けられてしまうじゃないですか。そのなかで、みんなが共有できるもの――たとえば、おじいさんと小さい子どもが共有できるものには、すごい価値があると思っていて。
そういうものは、これからすごく大事になってくると思うんですよね。みんなが知っているとか、みんなが口ずさめるものって、これからどんどん減っていくと思うので。
100人と「向き合うんだ」っていうことを、ゆずさんに教えてもらった。(山田)
東畑:あと、ゆずさんは、やっぱりオープンであるからこそ、いろんなものをエネルギーにしている気がしました。それを飲み込んで、さらに力に変えていくところがあるんですよね。
—あれだけのトップスターなのにオープンなのはすごいです。
東畑:この撮影が終わった翌日の朝、伊勢佐木町の商店街を回って、「昨日はありがとうございました」って挨拶していたんです。そういう気遣いとかも含めて、常にオープンであるからこそ、いろんな異物も取り込みながら、どんどんアップデートされているんじゃないでしょうか。20年以上も第一線にいるのは、そういう努力のたまものなんだろうなって、今回改めて感じましたね。
—そんなゆずとの交流も含めて、今回の企画は山田監督の映像作家としての表現にも、今後なにか影響を与えていくのではないでしょうか?
山田:そうですね。個人的な話をすると、いままでは自分のことを知って欲しいし、映像の仕事が欲しいから、「僕を見て」っていう表現が多かったと思うんですよね。でもいまは、人の感情やストーリーとか、人と人のコミュニケーション自体を伝えたいと思うようになってきていて。
それに、今後はもっと、今回のようなあらゆるジャンルを横断させた表現を、いろいろとやっていきたいなと思っています。
—今回の企画を通じて、山田監督自身も「伝えることを諦めてない」表現者であることに気づいたんじゃないですか?
山田:そうですね(笑)。確かに、自分が思っていた以上に、そういうところがあったかもしれないです。もちろん、100人を敵に回してでも守らなきゃいけない自分の表現ってあるんですけど、だからといって、それはその100人を無碍にすることではないんですよね。
その100人と「向き合うんだ」っていうことを、ゆずさんに教えてもらったというか。まあ、そんなことを言わずに、サラッとやっているのが、ゆずさんのカッコいいところなんですよね。もう次元が違うなって思いますけど、そういう人たちに、これからもっともっと関わっていけたらいいなと思っています。
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- 『ゆず2018プロジェクト with 日本生命』
- リリース情報
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- ゆず
『うたエール』(配信シングル) -
2018年2月9日(金)配信開始
- ゆず
- プロフィール
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- 東畑幸多 (とうはた こうた)
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CMプランナーとして数多くのTVCMを制作。史上最年少でクリエイターオブザイヤーを受賞。現在はクリエイティブディレクターとして、商品開発から、広告制作まで、キャンペーン全体設計をデザインしている。
- 山田智和 (やまだ ともかず)
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映画監督、映像作家。東京都出身。クリエイティブチームTokyo Filmを主宰、2015年よりCAVIARに所属。2013年、WIRED Creative Huck Awardにてグランプリ受賞、2014年、ニューヨークフェスティバルにて銀賞受賞。水曜日のカンパネラやサカナクションらの人気アーティストの映像作品を監督し、映画やTVCM、ドラマと多岐にわたって演出を手がける。シネマティックな演出と現代都市論をモチーフとした映像表現が特色。
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