「人工的でわざとらしい演技をする児童劇はいらない」——そう力を込めて語るのは、世界各地で子供たち向けて上演を続けているカナダ・モントリオールの劇団ル・カルーセルの演出家、ジェルヴェ・ゴドロ。巷に溢れる子供向けの演劇に対し異を唱え、戯曲家のスザンヌ・ルボーと共に、観客の対象を問わない演劇を43年にわたって送り出してきた。
そんなル・カルーセルの代表作のひとつ、『グレーテルとヘンゼル』が、この夏KAAT神奈川芸術劇場で上演される。この戯曲は、誰もが知っているグリム童話『ヘンゼルとグレーテル』の兄と妹の関係を、姉と弟に置き換え、普遍的なきょうだい関係の物語に昇華したものだ。
グレーテルとヘンゼルの役に選ばれたのは、映画『リバーズ・エッジ』(2018年、監督:行定勲)で重要な役割を演じた土居志央梨と、俳優・小日向文世の長男で、俳優活動を始めたばかりながら個性を発揮している小日向星一。注目の俳優2人が、誰もが経験したことのある家族の間の愛と憎しみ、そしてお互いを大切に想う心を、濃密かつ軽やかな二人芝居で表現していく。初めての日本での演出に熱が入るゴドロと、土居、小日向の3人に、今回の舞台について話してもらった。
子供の声に耳を傾けず、人工的な演技に満足していると、彼らを他の世界に連れて行くことができません。(ジェルヴェ)
—ル・カルーセルは子供だけでなく大人をも魅了する演目で、長年にわたり世界中で高い評価を得てきました。子供と大人が共有できる質の高い劇を制作するのは難しいようにも思えますが、ジェルヴェさんたちはどのようにバランスをとってきたのでしょうか?
ジェルヴェ:ル・カルーセルの作品については、昔からしばしば「これは本物の演劇だ。子供向けではないのでは?」と言われてきました。これは、児童劇に関して偏見が横行している最たる例です。世の中には、子供は馬鹿な存在であり、ものを認識する能力が欠如していると決めつけ、人工的でわざとらしい演技をする児童劇が溢れています。でも、子供にも喜怒哀楽の振り幅はあるし、芸術表現を敏感に感じ取る力はあるんです。
左から:小日向星一、ジェルヴェ・ゴドロ、土居志央梨(撮影:宮川舞子)
—子供にも伝わる演劇というのは、具体的にどういうものだと考えますか?
ジェルヴェ:演劇において、一番大事なのは作品と観客の間の領域。その領域は俳優と観客が共有するものです。しかし児童劇では、声を張り上げて、舞台上の俳優から子供たちに対して一方的にものを押し付けるばかり、ということがよくある。そうなってしまうのは、子供という観客に敬意を払っていないからだと思います。声を張り上げるよりも囁いた方が、観客の注意が舞台に向かう、ということもある。私たちはそういうものを目指しています。
—今回、観客に子供たちがいる舞台に出ることになって、俳優のお2人はどんな思いだったのでしょうか?
小日向:最初は、今ジェルヴェさんがおっしゃったような、わかりやすい演技をした方がいいのかなと思って、いかにも子供らしく動いたり、喋ったりしていました。でも、稽古初日に「そんなにわかりやすく演技しなくても、観ている子供たちはわかってくれる。いつものように、心からの芝居をしてくれ」と言われたんです。それは僕にとって、とても新鮮な言葉でした。
土居:私はむしろ、最初からいつもと何も変わらないようにしていました。子供の方が鋭く見抜いてくるだろうから、いつも以上に丁寧に、敏感に、繊細に演技しなくてはいけない、と思って。
ジェルヴェ:そう、子供の観客の前ではナルシストではいられないんです。子供の声に耳を傾けず、人工的な演技に満足していると、彼らを他の世界に連れて行くことができません。俳優がよい演技をすると、観客の「聞く力」が引き出されます。
『グレーテルとヘンゼル』宣伝ビジュアル(撮影:宮川舞子)(サイトを見る)
—子供の観客を子供扱いしない、ということですね。
ジェルヴェ:ええ。それはテーマに関しても同じです。私たちは少年兵の話や、子供の死をテーマにした話も取り上げてきました。常識に囚われた大人は「子供の劇なのに、なぜ戦争や死を扱うのか?」と動転しますが、子供は真実を語りかけられれば敬意を払われていると感じ、一緒に舞台を観ている親とも物語をわかち合うことができるようになるのです。
ただ、私たちはたとえ戦争や死を扱っても、子供たちの思考が絶望の方に向かないように注意しています。「何があっても人生を前に進めていくのだ」という欲求を刺激するように、常に意識しているんです。
私たちが大切だと考えているのは「子供の想像力を喚起する」こと。(ジェルヴェ)
—『グレーテルとヘンゼル』は有名なグリム童話を下敷きにしていますが、この戯曲についても教えてください。
ジェルヴェ:『ヘンゼルとグレーテル』は童話ですが、この戯曲で語られているのは普遍的な姉と弟、人と人の関係です。それは愛の関係であり、憎しみの関係でもあります。私たちは人生において、出会う人全てを好きになることはあり得ない。愛している人に対しても、それぞれを同じ方法で愛しているわけではありません。ライバル関係にあったり、深い絆で結ばれていたり。時には、愛している相手と離れて一人になりたいと思うこともあります。
土居:私には実生活でも3歳違いの弟がいるので、この脚本を「まさに私の物語だ」と、自分のことのように感じながら読んでいました。
小日向:僕は子供向けの話というより、素敵な戯曲として読みました。童話として知っている『ヘンゼルとグレーテル』を意識することはなかったですね。
ジェルヴェ:スザンヌの脚本は、2人の俳優がありとあらゆる演技の幅を出すことを可能にするものになっています。俳優にとっても1時間の間にさまざまな軌跡を経るような内容になっているので、演じている方にとっても、観ている方にとっても、非常に面白い内容になっていると思います。
—今回の舞台は、舞台装置が15脚のベビーチェアだけ、という点でもユニークです。子供が観る劇にはたいてい、カラフルな舞台装置が用意されていますよね。
ジェルヴェ:私たちが大切だと考えているのは、「子供の想像力を喚起する」こと。解釈をするスペースを与えてあげないといけないんです。子供が観るからといって舞台装置の全てを説明的にする必要はないということを、私たちは子供たちから教わりました。
今回の劇では、ヘンゼルが生まれる場面も、暗い森の場面も、火の燃え盛るかまどの場面も15脚の椅子を使って表現していますが、子供たちはその様子を自分なりに想像しながら楽しむことができます。
—椅子だけによって構成される舞台、演じる側にとってはどんなものなのでしょう? 舞台装置に頼らないぶん、俳優に求められるものは大きいですよね。
土居:使う装置がすごくシンプルなので、なおさら芝居が過剰だと浮いてしまうんです。私たちもきちんと本質、核心に迫った芝居をしないと、ちぐはぐな印象になってしまう。それは常に意識して稽古に臨んでいます。
小日向:ジェルヴェさんからは「上辺の台詞ではなくて、心からの台詞を言ってくれ」と常に言われています。舞台がシンプルなぶん、それを意識していないと目立ってしまうんです。
土居:俳優がイメージしてそこに見たものは、ちゃんとお客さんに伝わる、ということもジェルヴェさんから教えられたことです。私たちが見えていないものは、お客さんにも見えない。
俳優が場面をしっかり視覚化して台詞を言っているかどうかは、音を聞いていればわかるんです。(ジェルヴェ)
—今回のオーディションは、かなり時間をかけてじっくり俳優を選んだそうですね。
ジェルヴェ:興味があったのは外見よりも、アーティストとしての内面性です。こちらのリクエストをきちんと理解する能力があるかどうかを、じっくり確認しました。
土居:オーディション当日、私は朝から晩まで、ずーっとKAATにいたんですよ(笑)。今まで経験したことのないような、すごく濃密なオーディションでした。参加者のいろんな組み合わせで、1組1時間使って演技するんです。これにはびっくりしました。
—上演時間中は舞台の上に2人きり。エネルギーも使うでしょうし、先ほどジェルヴェさんが言われたような演技の幅の面でも難しさがありそうです。
土居:空間を作っていくのが出演者2人だけなので、全てが私たちの呼吸ひとつにかかっている、ということを意識しています。それがうまくいった時はとても感動的なものになると思うし。
小日向:稽古中によくジェルヴェさんに「土居さんと呼応してください」と言われるんです。彼は日本語がわからないぶん、台詞が本当に呼応しているのかどうかをすごく意識して聞いている。いつもの舞台以上に声量などにも気を使っています。
土居:ジェルヴェさんは言葉ではなく、音で聞いているから、余計にちゃんと呼応していないとバレてしまうんです。自分たちでも気づいていなかった部分を指摘されるのでびっくりします。
ジェルヴェ:俳優が場面をしっかり視覚化して台詞を言っているかどうかは、音を聞いていればわかるんです。俳優が身体のどこを使って発声しているか、お互いにちゃんと呼応しているか。声に存在感がなかったり、エネルギーを入れないで演技していたりすれば、すぐにわかりますよ。
英語とフランス語では、言葉がもつ音楽性が違うんです。(ジェルヴェ)
—脚本は元のフランス語版を翻訳したものですが、オリジナルと外国語版とでは、変更点はあるのでしょうか?
ジェルヴェ:演出面では特にありません。ただ、言語が違うと印象は大きく変わりますね。英語版はコンパクトでパンチが効いているし、スペイン語版だと1つのことを言うのに言葉の数が多いので、台詞が長くなります。Rの発音も独特なので、ちょっとオーバーアクトになる危険性を孕んでいます。
英語で「I love you」と言うのと、フランス語で「Je vous aime」と言うのとでは、同じ「愛している」という意味でも全然印象が違うでしょう? 言葉がもつ音楽性が違うんです。それが面白いところでもありますね。
—稽古中は、ジェルヴェさんからどんなことを学んでいますか?
土居:ジェルヴェさんはこの通り話し好きなので(笑)、常にいろいろなことを教えてもらっています。私は大学で演技を学びましたが、音と声に関しては、多分4年間で学んだことよりも、この1か月で学んだことの方が多いはず。ちょっと、授業を受けているような感じですね。
小日向:相手の台詞を聞くことがどれだけ大事かということを再認識させられました。あと、テクニカルな部分ですが、ジェルヴェさんに「ゴムバンドを胸に巻いて発声練習をするといいよ」と教えてもらって、やってみたら、すごくよかったんです。学ぶことは本当に多いですね。
子供向けの演劇だからこうでなければいけないという考えは捨てた方がいい。(ジェルヴェ)
—子供たちを取り巻く環境はこの40数年間で大きく変わってきたと思います。そのことは、演劇の作り方にも影響があるのでしょうか?
ジェルヴェ:環境の変化は私も実感しています。子供の集中の仕方が違ってきました。今の子供たちはIT機器を巧みに操るし、テレビやインターネットでは、映像がめまぐるしく切り替わる刺激の強いものが溢れています。子供たちはそんな映像をものすごい集中力で見ているかと思うと、それが途切れた途端に注意力散漫になってしまう。
演劇がそんな時代に生きる子供たちの注意を惹くためには、俳優の存在感が重要です。1秒ごとに子供の観客との関係性をどう構築していくか。本当に強いイメージを打ち出すことができれば、刺激に慣れた現代の子供たちにも観てもらえる。私たちも時代と共に手法を学んできているのです。
—ジェルヴェさんはこの時代だからこそ、演劇がやるべきことについてどう考えていますか?
ジェルヴェ:現在の演劇が、映像音響技術の隆盛によって弱体化しているという側面は否めません。私たちの地元ケベックでも、フランスでも、新規の演劇ファンの獲得は難しく、観客の平均年齢は年々上がっています。だからこそ、子供たちに舞台との出会いを提供することはますます重要になってきているし、生身の人間が演じていること、ダイレクトなコンタクトの魅力を伝えていくことが必要だと感じています。そのためにも、子供向けの演劇だからこうでなければいけないという考えは捨てた方がいい。作品ごとに解釈やアプローチは変わっていくものだと認識しながら、舞台を作っていくことが大切だと思いますね。
- イベント情報
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- 『KAATキッズ・プログラム2018「グレーテルとヘンゼル」』
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2018年8月18日(土)~8月26日(日)
会場:神奈川県 横浜 KAAT 神奈川芸術劇場 大スタジオ
脚本:スザンヌ・ルボー
演出:ジェルヴェ・ゴドロ
出演:
土居志央梨
小日向星一
- プロフィール
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- ジェルヴェ・ゴドロ
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スザンヌ・ルボーと共にル・カルーセルを設立、芸術監督を務める。それ以降、ル・カルーセルのほとんどの作品はジェルヴェ・ゴドロが演出しており、『L’Ogrelet』や『Petit Pierre』(カナダ舞台技術協会テクニカル・メリット賞受賞)、『Le bruit des os qui craquent』(ケべック演劇評論家協会クリティクス・アワード児童演劇部門受賞)もその一つである。2011年には名門メキシコ国立劇団の俳優を使って、スペイン語で『Le bruit des os qui craquent』を演出。現在までに、約30の作品を演出しており、ル・カルーセル以外の劇団の演出も手がける。現在は、児童・青少年向け演劇の国際的研究・制作センター、ザ・キューブの発展に力を注いでいる。
- 土居志央梨 (どい しおり)
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1992年生まれ。福岡県出身。2015年、京都造形芸術大学を卒業。在学中から数々の映画、舞台に出演。2013年「彌勒」(林海象監督)で映画デビュー。近年の出演作では舞台に2014年VOGA「Vector」(脚本・演出:近藤和見)、帝国四年「泥の箱舟」(演出:水上竜士)、2017年「木ノ下歌舞伎−東海道四谷怪談−」(演出:杉原邦生)などがある。また、映画では2016年「土竜の唄香港狂騒曲」(三池崇史監督)、2017年「すもも」(井上泰治監督)、2018年「リバーズ・エッジ」(行定勲監督)、「祈りの幕が下りる時」(福澤克雄監督)、テレビでは2016年NHKBS「プリンセスメゾン」4話、ANB「相棒season15」6話、2017年ABC「#セルおつ」3話、2018年ANB日曜ワイド「欠点だらけの刑事」に出演するなど、様々なジャンルで活躍中。
- 小日向星一 (こひなた せいいち)
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1995年生まれ。東京都出身。明治大学政治経済学部を卒業。2015年より本格的に俳優として活動。舞台出演作には、2015年に『平成舞姫』(第27班キャビネット公演Vol2)、『薔薇戦争』で主役のヘンリー六世を演じる(第十二回明治大学シェイクスピアプロジェクト)、『耳の奥で王様が笑う』(第27班キャビネット公演Vol3)、2017年「MorningSun晩夏」(テアトルBONBON)、「JASMINE-神様からのおくりもの-」(劇場HOPE)など。また、映画に2017年「リンキング・ラブ」(金子修介監督)、2018年「向こうの家」(西川達郎監督)、CMに2017年「博多の華(むぎ焼酎)」Webムービー、「NewみんなのGOLF」、2018年いすず自動車「エルフ」TV-CMなどがある。さらに、第一回ピクシブ文芸大賞「Q&A」でドラマデビュー。キーパーソンのQを演じる。
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