ペンギンラッシュが表現する、ジャズも文学も苛立ちも歌に変えて

名古屋出身の男女4人組バンド、ペンギンラッシュの初の全国流通盤『No size』が、8月1日にリリースされた。ジャズやファンクのグルーヴと、J-POPの親しみやすさが融合したサウンドスケープ。ハスキーで存在感のある女性ボーカルは、聴けば聴くほどクセになる。まるで映画のワンシーンを切り取ったような映像的な歌詞もあれば、実在の人物やSNSへの苛立ちをストレートに歌った歌詞もあり、そうしたアンバランスさがもたらす違和感も、本作を忘れ難いものにしている要素のひとつといえよう。

メンバーである望世と真結は、高校時代に軽音楽部で知り合い、不思議な縁でバンドを組むことになる。それまでジャズもソウルも通ってこなかった2人は、一体どのようなきっかけで深遠なるブラックミュージックの世界へとのめり込み、バンドとしての絆を深めていったのだろうか。

私たちの音楽性、ルーツになっている部分のほとんどは、部活の顧問の先生に決定づけられたと言っていいかもしれないです。(望世)

—ペンギンラッシュは、高校のときに望世さんと真結さんを中心に結成されたそうですね。

望世(Vo,Gt):はい。真結とは高校の軽音楽部で出会いました。小さい頃から私は歌が好きで、ピアノを習っていたこともあったんですけど、実をいうと高校に入った頃は、それほど音楽に夢中じゃなかったんです。すでにピアノ教室はやめてしまっていたし、中学の頃は運動ばかりやっていたので。ただ、うちの高校は運動部がものすごく強いところで、入部したら他のこと一切出来なくなっちゃうと思ったんです。それで、楽に活動できそうなところを選んだ結果が軽音楽部でした(笑)。

真結(Key):私も軽音学部に入ったときは、鍵盤を弾くつもりはなかったんです。ピアノは習っていたのですが、中学の頃はSHISHAMOのコピーバンドとかをやっていて、その延長で高校でもギターボーカルをやりたかったので。ところがギターを担いで部室へ行ったら、その年に入部した人のなかにはキーボーディストが1人もいなかったから、顧問の先生にギターをやめさせられ……(笑)。言われるがままキーボードを買ってしまったんです。

左から:望世、真結
左から:望世、真結

—え、ひどい(笑)。

望世:その先生はもともとジャズピアニストで、今はファンクやソウルのバンドのメンバーだったりするんですけど、私が「バンドメンバーを探している」「鍵盤のあるバンドがやりたい」と相談したら、「真結とやったらいいじゃん」って勧められて(笑)。「あ、確かに」と思って組んだのが、ペンギンラッシュの始まりです。

—じゃあ、その顧問の先生の影響ってかなり大きいんですね。

望世:めちゃめちゃ大きいですね。私たちの音楽性、ルーツになっている部分のほとんどは、その先生に決定づけられたと言っていいかもしれないです。強引なんですが、とにかく熱い人で(笑)。ジャズやソウル、ファンクなどのオススメのCDも、どんどん貸してくださって。それを片っ端から聴いていくうちにハマっていきました。

—高校時代に組んだときから「ペンギンラッシュ」と名乗っていたんですか?

真結:はい、最初は同い歳の女の子4人で組んだんですけど、そのときからこの名前でした。ラッシュは「ボビー・ラッシュ」(1933年アメリカ出身。ファンク、ブルースミュージシャン)から拝借して、「ガールズバンドだし動物の名前も入れて可愛くしよう」ということで、ペンギンとかキャットとかラビットとか色々候補があったなか、ペンギンが選ばれました。

授業で、村上春樹と村上龍の作品を時代系列で比べたり、映画のSMシーンを扱ったり(笑)。……おかしいですよね?(望世)

—現在、望世さんの通っている大学は、かなりユニークなところみたいですね?

望世:大学では文章を書くことに重きをおいて、シナリオや児童文学、詩、純文学などを学ぶ学科を専攻しています。村上春樹と村上龍の作品を時代系列で比べたり、映画『トパーズ』(村上龍監督作品、1992年)のSMシーンを授業で扱ったり(笑)。春樹の作品のなかで、性描写が何回出てくるかみんなでカウントしたこともありました……おかしいですよね?

—(笑)。その授業は、最終的には自分たちのオリジナル作品を作るのが目標なんですか?

望世:そうですね、ほとんどの人がなにかしらの作品をゼミで発表しています。私は、ノンフィクション作品を書きたくて。そのためには幅広く色々なことを学ばなければならないし、まさにこんな感じでインタビューなどもしてみたいなと思っていて。

望世

—真結さんは、高校卒業後はどのような進路を?

真結:建築関係の専門学校へ行ってました。「ミュージシャンになりたい」と思うよりも前からずっと、建築士に憧れていたんです。

—望世さんはノンフィクション作家に、真結さんは建築家になるのが夢だったとは意外でした。

真結:小さい頃から工作とか物作りが好きで、設計図を作ったり音楽を作ったりすることも、その延長線上にあるのかもしれないです。昔から、決まったことをやるよりも、一から自分でなにかを作るほうが楽しいと思ってたんですよね。なので、ペンギンラッシュの音楽も、今までになかった新しいものを作りたいなという気持ちが強いです。

右:真結

2人ともジャズバーで働いていて、そこですごい数のレコードやライブを聴いたり観たりすることでどんどんジャズを知っていきました。(真結)

—お2人が、特に影響を受けた音楽というと?

望世:最初に顧問の先生に教えてもらったのが、風味堂とSUPER BUTTER DOG。彼らの曲をコピーするところから始まっているんです。風味堂は、3ピースであそこまで豊かな音を鳴らしているのがすごいなって思います。聴くたびに色々な発見がありますし。SUPER BUTTER DOGは、あそこまでハッキリとした日本語で歌っているのに、あんなすごいグルーヴを鳴らせるのって一体どうなっているんだ? と思いますね。

—ジャズで好きなのはどんな人たちですか?

真結:特に好きなのはBill Evans Trio。風味堂もそうですが、3ピースという編成に惹かれます。リズム楽器と低音楽器とコード楽器という、本当に最小限の編成で演奏しているのがかっこいいなと。ジャズは他にも好きなミュージシャンはたくさんいて、挙げだしたらキリがないですね(笑)。2人ともジャズバーで働いていて、そこですごい数のレコードやライブを聴いたり観たりすることでどんどんジャズを知っていきました。

Bill Evans Trio“My Foolish Heart”(Apple Musicはこちら

—ジャズのどんなところが好きなんですか?

望世:そのときその瞬間にしか出せない音楽だからですね。ポップスは基本的に、決まったことを演奏すると思うんですけど、ジャズは譜面とか見てもコードしか書いてない。あとは個々が自由に演奏するのに、ちゃんとまとまっているのがすごいなと。

真結:その場で瞬間的に出したフレーズを使って、お互いに会話しているというか。相手のプレイに対してこちらも応えるっていう。

望世:そういう、プレーヤー同士のやり取りを観ているだけで興奮するんですよね。

望世

ライブハウスにいないと、どんどんマニアックでアンダーグラウンドな方向へいっちゃう気がするんですよね。(望世)

—高校を卒業して、2人は別々の進路へ進むわけですよね。それでも音楽を一緒に続けようと思った理由は?

望世:一緒に組んでたリズム隊は県外の学校へ行くことが決まってしまったけど、そのあと真結と「やめるか否か?」みたいな話は特にしなかったですね。もうやる前提というか、「新しいドラムとベースどうやって見つけようか?」みたいな感じでした。高校生の頃は、合計3回くらいしかライブをやってなかったんですけど、それでも今もお世話になっているライブハウスの店長に、「絶対に続けたほうがいいよ!」って言っていただいて。そういうのもあって、自然と続ける流れになっていたのかもしれないです。

左から:望世、真結

—現メンバーであるNarikenさん(Dr)と浩太郎さん(Ba)は、どういう経緯で加入したのですか?

望世:それも、ライブハウスの店長さんからの紹介だったんです。Narikenさんと浩太郎さんのそれぞれやっていたバンドが、たまたま私たちの高校卒業と同じタイミングで解散したんですよ。で、店長さんが2人に即座に声をかけてくださったんです。「正規とは言わないから、サポートで手伝ってあげてくれない?」って。そしたら「いいよ、いいよ」みたいな。

真結:2人とも大先輩なんですよ。望世は浩太郎さんがやってたバンドのファンで、一緒にライブを観に行ったりもしてましたし。だから最初にスタジオ入りしたときなんて、もうガッチガチで(笑)。

望世:一緒にバンドやれるなんて、本当に夢みたいです。今はもうすっかり甘えてますけどね、歳の離れたお兄さんたちという感じ(笑)。

左から:望世、真結、浩太郎、Nariken
左から:望世、真結、浩太郎、Nariken

—高校を卒業して、本格的に4人で活動を始めたときの手応えはどうでした?

望世:名古屋ではこういう音楽をやっているバンドが少ないので、どこのライブハウスへ行っても浮いてますね。それがかえってよいというか。すごく珍しがられているし、おかげでイベントとかにもよく声がかかるようになったんです。

ただ、ライブハウスの方たちや、同じバンドマンにはよくしてもらっているんですけど、お客さんがなかなか付かなくて苦労してます。その場では「かっこいい!」「すげえ!」って言ってもらえても、ギターロック目当てで観に来た人がまた次に私たちの演奏を観に来てくれることは、もしかしたら少ないのかな。

2016年8月ライブ会場限定リリース、1stシングル『une』

—それはどう打破できると考えてますか?

望世:とにかく、やり続けるしかないかなと。フィールドを変えて、たとえばクラブやカフェでやることなんかも考えたんですけど、やっぱり私たちは「ライブハウスでやっていきたい」という気持ちが大きくて。そこにいないと、どんどんマニアックでアンダーグラウンドな方向へいっちゃう気がするんですよね。

私たちの世代は中学生くらいからTwitterもInstagramもあったし、定期的に「SNS疲れ」をしてしまうんですよね。(望世)

—では、1stアルバム『No size』は、どんな意識で作りましたか?

望世:初めて全国流通する、しかもフルアルバムということで、最初はテーマを決めて作ろうという案もあったんですが、まずはペンギンラッシュの持ち札を見せていくことにしました。「こんな曲も書けるんだよ」っていうのを、少しでも多く見せられたらいいなと思いながら作りましたね。

ペンギンラッシュ『No size』(Apple Musicはこちら

—歌詞を読むと、すごく文学っぽい描写もありますよね。小さい頃から読書は好きだったんですか?

望世:大好きでしたね。幼稚園の頃から、名古屋の千種にあった「メルヘンハウス」という絵本専門店によく連れて行ってもらっていて。そこの2階が小さいギャラリーになっていたのでアートにも触れていました。絵本の読み聞かせだけでなく、詩吟など色々な分野で活躍している人を呼ぶイベントもあったんですよ。残念ながら、今年3月末に閉店しちゃったんですが、店主の方は新しい展開を考えているみたいです。

望世

—歌詞はいつも、どんなところから浮かんでくるのでしょう。たとえば“ルサンチマン”は裏切られたときの恨みを、“Nib”は言い訳ばかりするあの子のことを歌った曲だそうですし、“ユイメク”は大切な人を亡くしたときに書いたと資料にありました。実在の人物、実際にあったことをモチーフにしていることが多いですか?

望世:曲にもよりますね。「この言葉、いいな」と思ったものをメモっておいて、そこから広げていくこともあるし、「こんな感じの曲を作ろうかな」と思ってバーっと書いていくこともあって。ただ、おっしゃるように、実際にあったことや見たことをもとにすることは多いかもしれないです。

—その一方で、“街子”などは映画のワンシーンのような世界観です。

望世:“街子”は完全に想像のなかで作り上げました。真結が作ったデモを初めて聴いたときに「あ、これは舞踏会のイメージだな」と思って。で、たまたまSNSを見ていたらモデルの街子さんが目に留まり、曲の雰囲気にぴったりだなと思ってお名前を拝借しました。こういう、物語のような歌詞を書くうえでは、大学の専攻がかなり役立っていますね。

—“Nib”の歌詞や、“installation”という曲名からは、SNSに対する複雑な思いが感じられます。

望世:SNSに対して、思うところはありますね。私たちの世代は中学生くらいからTwitterもInstagramもあったし、実際にやっていたし、ずっとSNSが身近にあるからこそ定期的に「SNS疲れ」をしてしまうんですよね。アルバムのジャケットは、私の働いているジャズバーで知り合った方に描いてもらったんですが、いくつか出してもらった案のなかでこれが一番イメージに合っているなと思ったんです。たくさんの目が描かれていて、「他人の目を気にする日本人」を象徴しているなと。

ペンギンラッシュ『No size』ジャケット
ペンギンラッシュ『No size』ジャケット(Amazonで見る

—「情報源は本と新聞、みたいな時代に産まれたかった」と望世さんはTwitterでも呟いていましたよね。

望世:SNSには、自分から探さなくても嫌でも見えてしまう情報がありますけど、本や新聞には、自分で探さないと見えてこない大切な情報がたくさんあると思うんですよ。私は、そういうものを探したり調べたりするのが好きだし、大学ではそういう時代のことを学ぶ機会がたくさんあるので、憧れを感じるんです。

—すごくストレートで熱い歌詞と、文学的な表現を駆使した歌詞、両方存在するのが面白いですよね。特に、怒りの感情はかなりストレートに出している気がします。

望世:確かにそうですね。曲を作るときも、悔しいときや怒っているときが多いかもしれない。

真結:幸せなときに曲を作ろうとはあんまり思わないかもね。

望世:作れない! このあいだ、友人から「ウェディングソングを作って歌ってほしい」とリクエストされて、頑張って作ってはいるんですけど、全然浮かばないんですよ(笑)。

左から:望世、真結

サカナクションのライブを観て、やりたいことをすべてやられてしまったと、勝手に敗北感のようなものも感じてしまって。(望世)

—“RET”は最近作った曲ですか?

真結:私が作ったなかでは一番新しい曲ですね。メロディーラインとか、一つひとつの音符の並びにこだわりました。一度聴いただけでは「ん?」と思うかもしれないのですが、イントロとアウトロをしっかり聴いたあとに歌詞を読み返してほしいんです。そして、目を閉じて聴いたときに浮かぶイメージと、私が作ったときに思い描いていたイメージがシンクロしてたらいいなと思いますね。実は変なことたくさんしている曲なので(笑)、色々発見してくれたら嬉しいです。

真結

—歌詞のテーマが「再出発」というのも感動的でした。真っさらな「出発」ではないところに深みを感じるし。

望世:ありがとうございます。以前、サカナクションのライブを東京で観て、そのまま名古屋まで夜行バスで帰ったことがあったんですけど、そのときに見た風景にも影響されていますね。とにかく、サカナクションのライブがよすぎて、感動しまくって、やりたいことをすべてやられてしまったと、勝手に敗北感のようなものも感じてしまって(笑)。その余韻に浸りながら、夜行に乗って色々考えていて……それで名古屋に到着したときに、「これだ」と思ったことをメモっておきました。

—サカナクションに一度打ちのめされたからこそ、出てきた歌詞なのですね。

望世:そうなんですよ。東京で打ちのめされたからこそ、名古屋に戻ったときに「そうだ、ここからまた始めなきゃ」と思えました。それは自分にとってとても大切なプロセスだったんですよね。

—では最後に、アルバムタイトル『No size』の意味を教えてもえますか?

望世:「形やジャンルに囚われたくない」という意思表明です。ポップスでもジャズでもファンクでもなく、そのあいだの架け橋にもなりたい。自分たちはジャンルをまたぐ存在になりたくて、このタイトルにしました。ペンギンラッシュを聴いてどんどんジャズやファンク、ソウルを好きになってほしいですし、J-POPが好きな人、ジャズが好きな人、ファンクやソウルが好きな人も耳に引っかかるような、そんな音楽を今後も作っていきたいと思っています。

左から:望世、真結

リリース情報
ペンギンラッシュ
『No size』(CD)

2018年8月1日(水)発売
価格:2,484円(税込)
NCS-10187 / \2,300+税
※ CD初回プレス特典:オリジナルステッカー付

1. Under(repetition)
2. ルサンチマン
3. 街子
4. Nib
5. 奈落
6. installation
7 マタドール
8. Dolk
9. Eien
10. 雨情
11. ユイメク
12. RET

イベント情報
『「No Size」リリース記念・インストアイライブ』

2018年8月6日(月)
会場:大阪府 タワーレコード梅田NU茶屋町

2018年8月17日(金)
会場:東京都 タワーレコード渋谷店

2018年8月31日(金)
会場:愛知県 タワーレコード名古屋パルコ店 ST 19:00

プロフィール
ペンギンラッシュ
ペンギンラッシュ

名古屋出身。2014年、高校の同級生であった望世(Vo,Gt)、真結(Key)を中心にFUNKやJAZZを作法としたJ-POPの開拓を目指そうと結成。2017年に2人をサポートしていた浩太郎(Ba)とNariken(Dr)が正式加入し現4人体制に。2016年8月Sg『une』(アン)、10月フリーサンプラー『Dolk』、2017年1月Sg『yoasobi』、11月Sg『Chorus』を制作。タワーレコードが未流通&デモ音源をウィークリーランキング形式で展開する「タワクル」企画、名古屋パルコ店にて2017年4月から現在まで、1年以上TOP5に毎週チャートインするという驚異的な支持を得続けている。昨今のバンドサウンドとは一線を画す、ジャンルレスなアンサンブル、独自のメロディライン、言い換えるならば現在のPOPsシーンに存在しない「違和感」で構成されるJ-POP。これはまさに中毒必至。



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