「くまモン」をはじめ、アパレルブランド、劇場、大学、鉄道……と、枠にとらわれないジャンルのデザインやブランディングを手がけてきた水野学。彼が代表を務める「good design company」は今年で設立20周年を迎え、これまでの活動の軌跡を辿る展覧会『good design company 1998-2018』がクリエイションギャラリー G8(銀座)にて開催中だ。
日々、目にする商品やサービスはどのようにデザインされているのか、課題をどのようにデザインで解決するのか、その制作の現場を垣間見ることができる貴重な機会である。デザインで世の中をよくするとは? デザインとは何か? 水野に話を聞いた。
「どうしてデザインが必要なのか」というところから考えたいという思いがすごく強かったんです。
—水野さんの手がけたデザインはくまモンをはじめ、普段から目にする機会も多いですが、水野さん自身のことはあまり知られていないように思います。まずは、デザイナーになった経緯をお聞かせいただけますか。
水野:小さい頃は本当にわんぱくだったんですよ。外で木登りして転げ回って。でも、小5の時に交通事故に遭って大怪我をしてしまい、何年も激しい運動ができなくなってしまったんです。好きな野球もできなくなってしまって。
—子供ながらに、だいぶショッキングな出来事ですね。
水野:思い返せばそれが一番大きなきっかけなんですよね。僕は一人っ子ということもあって、時代的にも家で遊べるものが普及しているわけではなかったし、1人で時間を過ごすとなると自然と絵を描くことに向かっていました。その後、中学校で面白い美術の先生と出会って、美大へ行きたいと思うようになったんです。
—彫刻や絵画など美大の専攻にもいろいろありますが、最終的にデザインを選んだのはなぜですか?
水野:美術やデザインの大学を選ぶということは、高校生の時点で就職を決めるようなものなんです。他の選択肢がなくなりますから。その美大の中でも一番潰しが利くのがデザインかな、と(笑)。デザインでは立体系とグラフィック系の2つを受験したんですが、受かったのはグラフィックでした。
—大学卒業後に就職して3年目に「good design company」を立ち上げています。一般的に考えると、起業のタイミングがとても早いですよね。
水野:理由の1つは、事故のこともあって、腰の調子があまりよくなかった。すごくハードワークだったので、ずっとイスに座っていなければいけないサラリーマンとしてのデザイナーは辛かったんです。
もう1つの理由は、「どうしてデザインが必要なのか」というところから考えたいという思いがすごく強かったんですね。僕は、問題を発見することや問題を解決することの1つの手段としてデザインを用いるという考えを持っていて、「デザイナー」という職業自体に執着していたわけではありません。そういった考えを言語化できるようになったのは、もう少し後になってからですが。
チケットとか袋とか、ゴミみたいなものを拾って集めまくって「どんな書体が使われているんだろう?」って研究していました。
—デザイナーとしての実績はあまりない段階での独立だったと思いますが、起業した当初からお仕事の依頼はあったのでしょうか。
水野:いや、まったく(笑)。実は、起業しようという強い思いがあったのではなく、アテもなく辞めたというのが本音で……。2年間という短い社会人生活でしたが、少なからずストレスも溜まっていたこともあって、会社を辞めた後に2ヶ月間ヨーロッパを放浪しました。
帰国後に友だちから結婚式のDMを作ってほしいと頼まれたり、雑貨店の方からグリーティングカードのデザインをしてほしいと依頼があったり、本当に少しずつ仕事が入ってきて、20年が経ったという感じです。人に恵まれたとしか言いようがないですね。
—海外を旅した経験がデザインに活かされていることはありますか?
水野:外国で目にする様々なものがとにかくカッコいいな、と思いました。トラック一台にしてもそう。もちろん若い頃は欧米に対する憧れはあるもので、今より先入観もあると思います。
でも、なぜカッコいいと感じるのかを考えていました。チケットとか袋とか、ゴミみたいなものを拾って集めまくって、それをスキャンして遊びながら研究していましたね。「どんな書体が使われているんだろう?」とか。
水野:昔はデザインって今以上に手仕事の要素が強く、書体に関してはその道のプロがいるのが普通のことでした。テクノロジーの進歩で、今は若い子でも書体にこだわるのが当たり前になりましたけど、僕は書体にこだわるデザイナーが登場してくる黎明期にいたんだと思います。
—ご自身の関心と、来るべき時代のニーズが一致していた、ということですね。
水野:そう思いますね。それに、世の中にデザインがもっと必要とされるようになる、ということは20代前半の頃から周りにも言っていました。食品にしても車にしても、家電にしても、各メーカーの商品が性能の面では均質化していると感じていたので。機能はよくて当たり前、この先はデザインで差別化されるようになるんだろう、と。30歳になる頃には強く確信していました。
デザインとは何をする仕事なのかと考えて、よくなっていないとデザインとは言えないと思いました。
—水野さんは「課題を見つける」ところからクライアントと向き合い、デザインも含め、より大きい視点に立ったブランディングを数多く手がけられています。水野さんにとって、ブランディングとはどういうことなのでしょうか。
水野:本来のブランディングとは、企業の大義であり、志であり、技術、そして人です。お城に喩えれば、石垣や城壁など基礎的な部分から、天守閣に至るまでの造り方すべてを言うと思います。
ただ、僕の仕事の観点からは「見え方のコントロール」という言い方を敢えてしています。どんなに素晴らしい志や技術も見え方が悪ければ伝わらない。それが僕のデザイン、ブランディングという仕事において、大切なポイントですね。
—それは、独立された当初から意識されていたことなのでしょうか?
水野:デザインとは何をする仕事なんだろうと考えた時に、よくなっていないとデザインとは言えないと思いました。なので、「good design company」という名称には、超意訳的に「デザインでよくする」という思いを込めています。そういう意味では、当初から意識していたことですが、ここまで具体的に話せるようになったのは十数年前ですね。
以前慶應義塾大学で教鞭を執ったことがあって、その際に人にどうすれば伝わるかと試行錯誤しました。また、仕事を通じて経営者と対話するにはロジカルに伝えなければいけない機会も増えて。そういう経験を積み重ねて、人への伝え方を学んできたと思います。
—水野さんの手がけられたお仕事の中から、具体的な「よい」デザインの例を挙げていただけますか?
水野:横浜と海老名を繋ぐ相鉄本線を擁する、相鉄ホールディングス株式会社のブランディングが挙げられます。様々な取り組みをしていますが、一番大きいものだと車両のデザインですね。まずはじめに、相鉄が抱えていた問題は、沿線住民の少子高齢化。それは乗降人数にも関わるし、沿線沿いにある商店にも影響が出ること。つまり沿線の価値の低下を招きかねないという事態です。
すでに問題解決の大きなポイントとして、都心直通になるというのは決まっていたので、そのタイミングを逃すことなくしっかりと相鉄の沿線の魅力を引き出していかなければならない。まずは都心に乗り入れる車両のデザインをカッコよくしようと。そして駅のデザインも。そうやって、沿線の価値を上げていくということを徹頭徹尾やっています。
—ネイビーの車体には品のよさを感じます。どんなイメージでデザインしたのでしょうか。
水野:まずはじめに、少子化を止めるためどんな人に沿線に住んでもらいたいかを考えると、簡単に導き出せるのはある程度若い家族層ですよね。そして家族の中で住む場所を決める決定権を持っているのは誰か? 僕は、お母さんが決めることが多いのではないかと思うんです。そこで、20~30代の女性をメインのターゲットに。
2018年も、横浜は住みたい街ランキングNo.1に選ばれています。東京からほど近いなど様々な理由がありますが、品のよさがこの町の魅力だと感じます。品のよさ、つまりエレガントさ。そこで、安全・安心・エレガント、この3つをコンセプトに打ち出しました。車両も、駅も、駅員の制服も、その大命題のもとデザインしています。
人はコップに合わせて飲む量を決めるのではなく、飲みたいと思った量を先に想定してからコップを選んでいる。
—公共性の高い電車の車両をデザインする際に20~30代の女性をターゲットにするのは珍しいと思いますし、相鉄の課題から考えなければ生まれ得なかった発想ですね。電車である以上、機能性を持たせ、かつ見た目もよくすることが重要になったと思いますが、そのバランスはどのように図るのでしょうか?
水野:僕は、デザインとは2つのデザインから成り立っていると思っていて、1つは「機能デザイン」。もう1つは「装飾デザイン」です。例えば、ポスターのデザインの「機能」とは、第一に見てもらえるかどうか。次に覚えてもらえるか。そして商品や事柄を自分のものにしてくれるかというところまでが課題。その機能を実践するために「装飾」があるんです。
世の中には、機能が満たされずに装飾だけのデザインも存在していて、これが爆発的に売れることもある。ただ、持続はしないんですよね。長く売れるものにするためには、機能がしっかり満たされていなければなりません。
—デザイナーの仕事に対する世間一般のイメージは、装飾デザインの方が強いかもしれません。
水野:そうですね(笑)。僕は、機能デザインを優先しつつ装飾デザインもする、というやり方でデザインしていて、事例を挙げると、僕が仲間たちと一緒にやっている「THE」のグラスはまさに機能と装飾で成り立っている。
水野:家にあるコップを使う時、人はそのコップに合わせて飲む量を決めるのではなく、飲みたいと思った量を先に想定してからコップを選んでいるものですよね。
—たしかに!
水野:実は、グラスの機能はグラスを使う前に存在しているということ。これは面白い発見でした。では、どのくらいのサイズのものがあればいいのだろうと考えます。そこで、某コーヒーチェーンのショート、トール、グランデというサイズに倣って形状を設定しました。「THE」のグラスは、サイズにバリエーションがあることが機能デザインであり、その機能を形状ごと取り入れるということ自体が装飾デザインになっています。機能デザイン=装飾デザインという珍しい例かもしれません。
—2007年に展開されていたNTT DoCoMo「iD」の広告デザインも、機能と装飾のバランスのよさが印象的でした。
水野:広告って、何を言いたいかが先行しすぎてしまって、人が見てくれるかどうかを意外とみんな考えないんですよ。だけど、見てもらえなかったらそもそも存在しないことと同じになってしまう。見てもらうためには、カッコいい、かわいい、きれい、面白い、などの要素が不可欠。iDでいうとカッコいいときれいに属することを目指しました。さらに、見る人に覚えてもらわなければならない。そのためには、要素を極限まで減らすというのが1つの方法です。
職場のみんなで投票してみたのですが、数百案あるものの中から同じものを選んだりするんですよ、不思議ですよね。
—水野さんの手がけたデザインの中で、一般に広く親しまれているのは「くまモン」だと思います。デザインする時に、顔のパーツの配置を数千パターン用意したという話を聞いたのですが、圧倒的な作業量に驚きました。
水野:人相学って「学」とついているのでまるで学問みたいに聞こえますが、僕たちは普段の生活の中で、この人は優しそうとか、怖そうとか、顔という表現材料をもとに判断していますよね。もちろん当たらないこともありますが、遺伝子レベルで人の顔を見ていると思うんです。
—どういう顔が優しい人の顔なのか、人は経験的に学ぶのではなく、遺伝子レベルで知っているということですね。
水野:そう思います。つまり「優しい」という顔は既に存在していて、優しい人は、そういう顔つきになっていくんですね。ただそれは、0.1mm単位のレベルでは説明できない。
僕は「デザインとは作るものではなく選ぶもの」だと言っているんですが、これは、形作られる前の段階で存在しているデザインがあるからです。その「作る前」をきちんと考察し、その先は「作る」という自分の技術はあまり信用せず、いかに選ぶかというところが大事。それで普段から沢山作るようにしているんです。
—最終的に現在のくまモンの顔になったのは、可能な限り考えられるパターンを用意し、その中から遺伝子レベルの直感で選んだ結果ということでしょうか。
水野:そうですね。パターンを作るのは極めて単純作業の繰り返しです。いい顔を作ろうとかではなく、0.1mmずつパーツを動かしていった絵を並べ続けるだけで、1個1秒くらいの短時間でできる。効率もいいでしょ(笑)。最後に職場のみんなで投票してみたのですが、数百案あるものの中から同じものを選んだりするんですよ、不思議ですよね。人間の目と脳は、自分で思っているよりも高精度にできているんだと思います。
そう言えば、そもそもくまモンは、「くまもとサプライズ!」というキャンペーンのマークを作ってほしいという依頼だったんです。でもマークでは機能しないのでは……と、キャラクターに。だから、先ほどの機能か装飾かで言えば、このキャラクターデザイン自体は機能デザインなんです。
—今では、くまモンは「ゆるキャラ」「ご当地キャラ」の代表ですもんね!
水野:小山薫堂さんと水野学の仕事だと知っている方からは、「全然ゆるくないじゃん」と言われているみたい(笑)。「ガチキャラ」だと(笑)。
学生の頃からの友人でもある小林賢太郎さんとの出会いがなければ今の僕はいません。
—デザインやブランディングには「クリエイティブ」と言う言葉がよく使われますが、水野さんにとってクリエイティブとはどういうことだと思いますか?
水野:ひとことではとても言えないんですけど、人の行動とデザインは必ずセットになって動くと思います。近年はよく「経営に効くデザイン」と言ったりしますが、「効く」のではなく、経営とデザインって表裏一体なんですよ。何においても言えることで、ありとあらゆるものがデザインと接着されている。なので、クリエイティブというのは、すべての事象と表裏一体で存在するものですね。
—今回、「good design company」設立20周年の展示ですが、ご自身の仕事を振り返って特に印象的だったものはありますか?
水野:もちろん全部なんですけど、学生の頃からの友人でもある小林賢太郎さんとの出会いがなければ今の僕はいないと思います。
独立してまだ2年、仕事があったりなかったりしていた頃に、コンビニで雑誌を立ち読みしていたらラーメンズ(小林の脚本、演出によるコント公演)のライブ情報が載っていたんです。「うわっ、頑張ってんだ! そう言えば学生の時にも観に来いって言われてたのに行かなかったな」と思って、渋谷の小さな劇場に観に行ったんですよ。自分を鼓舞するためにもね。それがきっかけになって、小林さんの作品のデザインに関わるようになって。
水野:2人で膝を付き合わせて、どうやったら舞台にお客さんが来てくれるのか、と夜な夜な真剣に考えましたね。媒体に頼ることなく、どうすれば舞台に足を運んでくれるのか、チケットが売れるのか、と。その経験が現在のブランディングという仕事の基盤になっているんです。
—最後に、ご自身の考える「good design company」設立20周年の展覧会の見どころを教えてください。
水野:制作秘話や僕の考え方、スタッフの意見などを書いた小さな紙片を、会場に何箇所も貼る予定です。ポスターなんかは見てくれればそれでいいんですが、その裏話を知ることができるのが楽しいかな、と。会期中にもその紙を増やしていく予定なので、何度か足を運んでくれたら嬉しいです。
- イベント情報
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- 『good design company 1998-2018』
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2018年9月12日(水)~10月18日(木)
会場:東京都 銀座 クリエイションギャラリーG8
時間:11:00~19:00
休館日:日曜・祝日
料金:無料
- プロフィール
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- 水野学 (みずの まなぶ)
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クリエイティブディレクター/クリエイティブコンサルタント/good design company代表。1972年東京生まれ。1996年多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。1998年good design company設立。ゼロからのブランドづくりをはじめ、ロゴ制作、商品企画、パッケージデザイン、インテリアデザイン、コンサルティングまでをトータルに手がける。主な仕事に、相鉄グループ「デザインブランドアッププロジェクト」、熊本県「くまモン」、イオンリテール「HOME COORDY」、中川政七商店、久原本家「茅乃舎」、「Oisix」、東京ミッドタウン、興和「TENERITA」、黒木本店、VERY×ブリヂストンコラボ自転車「HYDEE.Ⅱ」、NTTドコモ「iD」ほか。自ら企画運営するブランド『THE』ではクリエイティブディレクションを担当。
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