誰にとって大切な作品を作れるか。誰にとって大切な人になるか。主演を務めた映画『勝手にふるえてろ』や、広瀬すず演じる主人公・綾瀬千早のライバル、若宮詩暢を演じたシリーズ第3作『ちはやふる -結び-』の大ヒットを経て、是枝裕和の映画『万引き家族』に出演した松岡茉優はそうした意識を強く持つ女優だ。
昨年の『東京国際映画祭』で、『勝手にふるえてろ』がコンペ部門に選出され、見事「観客賞」を受賞。さらには、昨年新設された「宝石の原石のような輝きを放つ若手俳優」に贈られる「東京ジェムストーン賞」を受賞するなど、大きな存在感を示した彼女が、10月25日から開催される『第31回東京国際映画祭』のアンバサダーに就任した。初の主演作や『カンヌ国際映画祭』への参加など、この1年のあいだに、さらなる躍進を遂げた彼女は、それぞれの現場でなにを見て、どんなことを感じたのだろうか。松岡茉優に、この1年を振り返ってもらった。
物事の方向をひとつに定めても、たくさんの方がついてきてくれるんだなってわかりました。
—まずは、初主演作となった映画『勝手にふるえてろ』の話から聞かせてください。この映画の話がきたとき、松岡さんは、どんな心境でしたか?
松岡:大九明子監督とは3作目ということもあり、初主演映画でしたがそこまで気負った気持ちはありませんでした。原作である綿矢りさ先生の本は学生時代から大好きでしたので、その本の実写化に関わるということで、身の引き締まる思いでしたね。
そして、この映画が公開される前に、『東京国際映画祭』に見つけていただき、公開してからさらにたくさんの方に観ていただけて。初めて主演した作品がこんなにも多くの人に愛されるものになって、とても幸せな体験だったと思います。
—この映画で松岡さんが演じた「ヨシカ」のように、これほど熱狂的に人々に共感される役というのは、これまでのキャリアの中でも珍しかったのではないですか?
松岡:撮影に入る前に、大九監督と2人きりでお話する時間をもらいました。監督から、「2人きりで話そうよ」って言っていただいて。
以前にも作品でご一緒させていただいていましたので、2人きりでも緊張せずにお話ができました。その中で、「この映画を誰に届けたい?」という話になったときに、私は明確に届けたい相手が浮かんだので、「その人に届けと思ってやります」とお伝えしたんです。そうしたら監督も、「私も実は、明確にひとりいる。その人に見て欲しいんだ」とおっしゃったんです。
—お互いに、届けたいと思える相手がいた。
松岡:2人とも、たくさんの人にではなく、明確に「この人に」という思いで映画を撮っていました。それがこんなに、たくさんの方から「共感した」と言っていただける作品になって……。
作品を作るというのは、とても難しいことですし、答えのないこと。もちろん、たくさんの人に観て欲しいけど、少なくとも私たちはたったひとりに向けて映画を作っていたはずなので、そうやって物事の方向をひとつに絞ったとしても、たくさんの方がそれについてきてくれることがあるんだなとわかりました。そこに映画の可能性を感じましたし、見てくださる方と自分との距離が、より近くなったと感じた経験でした。
—ちなみに、松岡さんが届けたい人というのはどなただったんでしょう?
松岡:実はお会いしたこともなく、お顔も見たことはないのですが、ずっとインターネットで拝見していた人で。この映画の企画の話を聞いたときに、「『勝手にふるえてろ』だったら、あの人だな」と、なんとなく頭の中に浮かびました。
そうやって、ある特定の人だけに向けるやり方というのは、あまりよろしくないと受け取る方もいらっしゃるだろうし、それは人それぞれの判断だと思います。なので監督にも恐る恐る聞いてみたら、大賛成ということで。監督と私の感じ方が似ていたのもラッキーだったと思います。
世の中にはたくさんの人がいますから、誰かにとってはきっと、とても好きな映画になるだろうという自信は、常にあります。
—『勝手にふるえてろ』は、昨年の『東京国際映画祭』の「コンペ部門」に選出され、松岡さんは初めてレッドカーペットを歩くことにもなりましたね。
松岡:当時は、賞レースに参加しているという意識はほとんどなくて、『勝手にふるえてろ』を海外の方にも見てもらえるチャンスだということ、そして公開よりも先にたくさんの方に見ていただけるということで、お祭りに参加させてもらったような気持ちでいました。
ただ、実際に賞が発表されて、「観客賞」に決まりましたと言われたときに、ようやく「ああ、私は賞レースに参加していたんだな」と実感が湧いたほどで。それはそのあと、『万引き家族』で『カンヌ国際映画祭』に参加したときも同じ気持ちでした。やはり映画祭に呼んでいただいたということだけで、とても嬉しいんですよね。
—いまお話されたように、『勝手にふるえてろ』は、審査員ではなく一般の観客の投票によって決まる「観客賞」に見事輝きました。映画賞にもいろいろありますが、「観客賞」というのは、やはり特別なものなのではないですか?
松岡:そうですね。『東京国際映画祭』にお越しくださる方というのは、映画が大好きで、映画に温かい思いを持っている方々。そんな方々が、いろいろ見てくださった映画の中で、「この映画がいちばん好きだ」と思ってくださったなんて、これ以上幸せなことはありません。
私としては監督に個人賞を獲っていただきたかった気持ちが、まったくなかったわけではありませんが、この作品のことを思えば、「観客賞」というのがいちばん嬉しい賞だったのではないかなと思っています。
—本作は、その後12月にロードショー公開され、メインの劇場では10週以上公開されるなど、異例のロングランを記録する大ヒットとなりました。撮影の段階から、これほど多くの人々に愛される映画になると思っていましたか?
松岡:世の中にはたくさんの人がいますから、きっと誰かにとっては、とても大切な作品になるだろうという自信は、どの作品に対しても常にあります。ただ、この映画が『東京国際映画祭』で「観客賞」をいただいたり、実際に公開したあと、ロングラン上映が決まったりする作品になるとは、撮影中、まったく想像していませんでした。
映画って相手に届いた瞬間を見ることができないんですけど、「パルムドール」のトロフィーを見て、それが形になって飛び出てきた感じがしました。
—『勝手にふるえてろ』のロングランが続く中、今年の3月には、映画『ちはやふる -結び-』が公開されました。そこで松岡さんが演じられた「若宮詩暢(わかみやしのぶ)」という役も大変印象的でした。
松岡:詩暢ちゃんはもう、末次由紀先生の原作で鮮明に描かれているし、小説版では中学時代の詩暢ちゃんまで描かれていますから、私がイチから作る必要というのは、まったくありませんでした。もうすでに、そのキャラクターを愛してくださっている方がたくさんいる状態だった。
その中で私になにができるだろうと考えたら、「こういうときは、こういうふうに感じるのかな?」とか、原作や小説では描かれていない部分を埋めることでした。あと、もうすでに愛されている子だったので、その愛を増やすことはしても、減らすことはしたくないと思っていました。なので、私にできることは、かなり明確であったと思います。
—そういう役は、やりやすいものですか? それともやりにくいですか?
松岡:やりにくいことはまったくないですし、とてもありがたいことだと思います。やはりゼロから作るとなると、たくさん決めなくてはいけないことがあります。もちろん、考えることは大好きで、それが本職なんですけど、役をゼロから作るときには「これでいいんだろうか?」という迷いが、やっぱり常にあります。
そういうときは、監督に聞くこともありますし、脚本家さんに聞くこともあります。でも、詩暢ちゃんぐらい、原作、小説、アニメと、たくさん決まっていることがあると、自分で決めなくていいので、迷いなくできました。
—そして5月には、是枝裕和監督の映画『万引き家族』で、『カンヌ国際映画祭』(以下、『カンヌ』)に参加しました。改めて『カンヌ』は、いかがでしたか?
松岡:『カンヌ』に関しては、やはり映画の中の「家族」と行けたことが、とても嬉しかったです。子どもたちや樹木希林さんとみんな一緒に行けたこと。もし、今後また『カンヌ』に行けることがあったとしても、レッドカーペットをあの「家族」で歩けたという経験はかけがえのない時間だったなと思います。
—結果的に『万引き家族』は、「パルムドール」という『カンヌ』の最高賞に輝いたわけですが、その受賞を松岡さんはどのように受け止めていますか?
松岡:監督の喜ぶ顔が、とても嬉しかったです。結果が出る頃には、私はもう日本に帰ってきていて、テレビで見ていたのですが、びっくりしたような顔のあと、ホッとしたように私には見えて。監督もきっと、たくさんの人に恩が返せたと思っていらっしゃったと思います。
後日、「パルムドール」のトロフィーを日本に持って帰ってきて、みんなに見せてくれました。映画って相手に届いたまさにその瞬間を見ることはできませんが、安藤サクラさんなど共演者の方々とそのトロフィーを囲んで写真を撮っているときは、それが形になって飛び出てきたような気がしたというか、みんなの努力が報われた瞬間だったなと思いました。
是枝監督にまた呼んでもらうために、一緒に息をしやすい、柔軟な女優になっていかなきゃいけないと思っています。
—改めて、松岡さんにとって「是枝組」とは、どんな現場でしたか?
松岡:また恩返しがしたい場所です。「オーディションで選んだ女の子」ではなくて、監督にとって「自分の作品にいて欲しい人」と思ってもらえるように変わっていきたいと思っていて。監督の大事な人になれるように、私生活も含めて、人生の年輪を感じる人間になっていきたいと思っています。
—『万引き家族』には、リリー・フランキーさんや樹木希林さんなど、是枝組の常連の俳優さんも出演されていましたが、そこに飛び込む際に少し緊張されたりはしましたか?
松岡:緊張はしなかったですね。というより、緊張しない空間を、監督が作ってくださっていました。噂には聞いていましたけれど、「これが是枝組か……」と。全員が息をしやすい場所を作ってくれているし、それこそ子どもたちも、のびのびと過ごしていて。
私も子役出身ですからわかるんですけど、普通子役というのは、なるべく人に迷惑を掛けないようにと、大人しくしているんです。でも、是枝監督は子どもたちが走り回っていたり、石を転がしていたり、差し入れでもらったお菓子の空き缶をカンカン叩いていたりしていても、それを微笑んで見ているような方でした。
そうすると、まわりの大人たちも、それを微笑んで見るような空気になるんですよね。そのために具体的にどうされているのかは、長い時間を掛けて見ていきたいと思っています。そのためにはあの空間にまた呼んでもらえるような、一緒に息をしやすい柔軟な女優になっていかなきゃいけないと思っています。
—そして、9月には、『万引き家族』で共演された樹木希林さんが亡くなられました。改めて松岡さんにとって、樹木希林さんとはどういう存在でしたか?
松岡:『万引き家族』の中で、その家族のお婆ちゃん役である樹木さんとお別れするシーンがあったので……まるで2度目のお別れのようで、私には悲しいというよりも、さみしさのほうが強かったです。
私はいろんな仕事をすることで、俳優業にもフィードバックできるものがあると思っているんです。
—その後、6月には『万引き家族』が日本でも公開され……そのタイミングで、テレビのバラエティー番組などにも数多く出演されていましたが、松岡さんにとってバラエティー番組とは、どういうお仕事なのでしょう?
松岡:私はもともと、『おはスタ』(テレビ東京系列)という子ども向けバラエティー番組の「おはガール」出身ですから、バラエティーという空間に、とても愛情を持っているし、もともとテレビが大好きなんです。だから、バラエティーに出ることも大好きだし、私にとってなくてはならないものだと思っていて。
もちろん、いろいろな考え方があると思います。ただ、私はいろいろな仕事をすることで、俳優業にもフィードバックできると思っているんです。それは、お仕事だけではなく、友人関係や、自分がいままで触れてこなかったカルチャー、そういったすべてのものをギュッと押し込めて、複雑な味のする女優になりたいと思っていて。なので、映画やドラマ、バラエティーなど、どれか一本に絞るということは、私の人生ではないだろうなと思っています。
—昨年の『東京国際映画祭』から1年を振り返ってきましたが、松岡さん自身は、この1年をどんなふうに捉えていますか?
松岡:昨年『東京国際映画祭』で、私は「東京ジェムストーン賞」という新設された賞をいただきました。私はこの賞をより箔がついたものにしたいと思って、この1年活動をしてきたところがあります。今年はどなたが選ばれるかまだわかりませんが、その賞の第1回をいただいたものとして、石橋静河さん(女優、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』『きみの鳥はうたえる』などに出演)とともに、この賞をより華やいだものにしていきたいと思っております。
松岡:そして今年は映画祭のアンバサダーとして、「映画離れ」と言われている若い世代に、もっともっと映画を見てもらうきっかけになるよう盛り上げていければ、映画の世界に生きる女優としても、これ以上嬉しいことはないと思っております。
- イベント情報
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- 『第31回東京国際映画祭』
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2018年10月25日(木)~11月3日(土・祝)
会場:東京都 六本木ヒルズ、EX THEATER ROPPONGI、東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場、他
- プロフィール
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- 松岡茉優 (まつおか まゆ)
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1995年、東京都生まれ。2008年テレビ東京『おはスタ』で「おはガール」として本格デビュー。2012年に映画『桐島、部活やめるってよ』、2013年NHK連続テレビ小説『あまちゃん』などで注目される。昨年はNHK大河ドラマ「真田丸」に出演し、映画『猫なんかよんでもこない。』、『ちはやふるー下の句―』で第8回TAMA映画賞・最優秀新進女優賞、第40回山路ふみ子映画賞・新人女優賞を受賞。2017年、映画『勝手にふるえてろ』で初主演を務める。2018年、映画『blank13』や『ちはやふる ―結びー』『万引き家族』に出演。
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