自分の関心のある範囲しか、興味を示さない。そんな傾向に危機感を抱いた映画解説者・中井圭が主催する『偶然の学校』は、参加者が予期していない文化・学問・技術を体感していくプロジェクトだ。
20~30名程度の固定メンバーで毎月1回授業が実施される仮想の学校では、講師や授業テーマに関する情報は一切告知されない。つまり、参加者はなんの予備知識もないまま当日を迎えることになる。そして、講師の座学を受け、そこで得た気づきを糧にワークショップで順位を競い合う。
「なにも準備ができないからこそ、参加者の人生すべてが現れる」とは中井の言葉だが、この『偶然の学校』の空気を感じ取れるトークイベントが11月10日、11日に多摩センターで開催されるイベント『NEWTOWN 2018』で行われる。一体どのような催しになるのだろうか。主催者の中井圭に尋ねた。
そもそも人って関心のあること以外には興味を示さないんですよね。
—『偶然の学校』が2016年に開校してから約3年が経ちました。映画解説者の中井さんがこうした企画を立ち上げたのには、どういうきっかけがあったのでしょうか。
中井:もともと中目黒で映画を毎月1回無料で上映する『ナカメキノ』というプロジェクトを運営していました。架空の映画館で映画が観られて、しかもゲストのトークショーも楽しめるというものです。なぜそのような活動をしていたかというと、いまって映画館に足を運ぶ人の総数が3000万人とか4000万人くらいしかいないんです。だから、映画館で映画を観る楽しみを知る人をもっと増やしたいという思いで続けていました。
—本業である「映画解説者」の活動に直結したプロジェクトですね。
中井:それが非常に好評で、いつも満席になるくらい。しかし、その中で、毎回来る人が決まってくるとか、トークショーのゲスト目当ての人ばかりになってしまうとか、少しずつ課題も見えてきて。それで、自分たちが発信しているメッセージがきちんと伝わっているのか疑問に思うようになったんです。
中井:そもそも人って関心のあること以外には興味を示さないんですよね。たとえば、テレビのワイドショーで芸能人の不倫スキャンダルが取りざたされることって多いじゃないですか。でも、それって本当は当事者や家族以外には関係ないことですよね。それなのに、みんなでああだこうだとSNSに書き込んだりしている。その一方で、難民問題をはじめとした世界で起こっている重要な出来事に対しては見向きもしません。
—確かにそうかもしれないですね。
中井:これは僕の推測になりますが、日本は海に守られてきた島国だから、地続きの国々のようにあまり隣国のことに関心を持つ必要がなかったんじゃないかなと。だから、他国のことに関心が薄い。でも、これからの時代はそれではダメで。それに、まだ知らないものの中に面白いものがたくさんあることに気づかないのはもったいないなって。
「知る」と「体験する」は別だと思うんです。
中井:もうひとつは、僕自身が20代前半の頃に鼻をへし折られた経験が大きかったと思います。大学卒業後にNECへ入社し、BIGLOBEの『シネマスクランブル』という映画サイトの編集長を任されたのですが、チームを組むことになったWeb制作会社の代表が同い年なのに圧倒的に優秀で。僕自身、仕事はそつなくこなせると思っていたのですが、提案するアイデアはことごとくダメ出しが入る。まったく通用しませんでした。
でも、その結果として自分が知らないところにすごく優秀な人たちがいることを知り、もっと努力しようと思えたんです。もし彼との出会いがなければ、僕はいまでも平凡なサラリーマンだったはず。『偶然の学校』に参加する人にも、同じような体験をしてほしいなと考えています。
—挫折を与えようということでしょうか?
中井:そうです。日常生活を送る中で、圧倒的な挫折を経験することってなかなかないと思うんです。
—確かにそうかもしれません。
中井:この学校では、「無知の知」を身をもって理解していくことがテーマになっています。いまはインターネットで検索したらなんとなく調べることができるし、SNSを眺めているだけでいろんな情報が得られますよね。それでわかった気にもなれる。
でも、「知る」と「体験する」は別だと思うんです。実際に行動に移してみたら全然うまくいかないこともあるし、想像したよりも面白いことだってたくさんある。その中でたくさん挫折してほしいし、それと同時に自分の現在地を知り、反骨心を持って挑戦してほしいなと思っています。
川の向こう側を羨望の目で眺めているのと、超えてくる人の差ってすごく大きいなと思うんです。
—そうすると、1回1回の授業がカルチャーショックみたいなものですよね。
中井:まさに。僕は、人が興味や関心を抱くためには「セレンディピティ」(思いがけないものを偶然に発見すること)が必要だと思っていて。だから、講師や授業に関する情報を一切与えないようにしているんです。
—確かに事前情報があると、どうしても調べたくなってしまう気がします。
中井:僕が映画業界の人間だから映画関連の講師が多いと思われがちなのですが、むしろ映画はほとんどやっていません。本当にさまざまなジャンルから人を呼んでいます。そして、毎回の授業は座学とワークショップがセットになっているんですけれど、必ず1~3位まで順位をつけるようにしているんです。そうすると競うことになるので、思わぬ気づきがあったりするんです。
中井:参加者は年齢も職業もバラバラな人たちですけれど、それぞれに得意だと思うジャンルがあるんですね。たとえば役者であれば演技、デザイナーであればデザインって。でも、公務員の人がクリエイティブな力を発揮することも起こっています。それがまた面白いわけです。
あるとき『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年)の中野量太監督に講師をお願いして、ワークショップで演技指導をしていただいたのですが、そのときに参加していたある役者は1位を取ることができず、演技経験のない人が首位を獲得したのです。そこに物事の本質に繋がる気づきがあるなと。しかも講師側も未経験者と直にやりとりすることってほとんどないので、新しい発見がある。参加者双方に得難い経験がある場だと僕は思っています。
—『偶然の学校』は大々的な告知をしていないですよね?
中井:大きく露出するのはこのインタビューが初めてなのではないでしょうか。現状では、僕のTwitterとFacebookを中心に募集しています。しかも講師も授業内容も非公開だから、たまたま情報を見つけて面白そうだなと感じてくれた方しか来ません。だから、生徒を選定するための面接に来るだけで「すごい」と感じています。僕はそこに「大きな川」があると感じていて。
—「川」ですか?
中井:川の向こう側を羨望の目で眺めている人と、越えてくる人の差ってすごく大きいと思うんです。たとえば、すごく行きたいライブがあったとして、本当に行きたい人はどうにかして予定を調整してチケットを手に入れようとする。でも、本気じゃない人は申し込みもせずにSNSに「ライブ行きたかった」とだけ書き込む。でも、それってある意味でポーズじゃないですか。興味がある自分を演出しているだけだと思うんですよ。
—本当にやりたかったらやろうとするし、やらない人は永久にやらないと?
中井:はい。たまに昔のことを振り返ることもあるのですが、「なぜ若い頃にいろんなことをしてこなかったんだろう」って後悔するんですよね。本当にさまざまな機会を逃している。でも、人生なにが起きるかわからないですから。そもそも「NECと映画」って結びつかないじゃないですか。そういう偶然の出来事があるのに、僕が気づいた範囲では若い世代は勝手に蓋をしている子が多いので、そこを開けていこうと考えてます。
ある程度のポジションにまでたどり着いた人は「持てる者の義務」があると思うんです。
—実際、『偶然の学校』に参加された生徒さんにはどのような変化が起きてるのでしょうか。
中井:2期生の中にすごく大人しい女の子がいたんですね。とても内気な性格だけど、勇気を出して面接を受けに来てくれた。僕はもうそのこと自体が素晴らしいと思っていたんですけれど、それ以上に驚いたのが、卒業を迎える頃にはすごく明るく積極的な生徒へと成長していたことなんです。その背景には、彼女の性格を理解し、気持ちを盛り上げてくれた生徒同士の絆があります。
—すごく仲がいいんですね。
中井:そうですね。ファミリー感はすごくあります。運営スタッフも最初は僕と昔から手助けしてくれているスタッフのふたりだけだったのですが、現在は学校のOBやOGたちも手伝ってくれていて。すごくありがたいですし、彼らにとっても大事な場所だからやってくれているのかなと思います。あと卒業生が期をまたいで授業に参加したり飲んだりすることもあって、すごくいい連帯感が生まれていますね。
でも、ただの仲良しというわけでもなくて。「トムとジェリーのように仲良く喧嘩しなよ」とよく言うんですけれど、生徒には友だちであるけれど、ライバルでもあってほしいんです。
『偶然の学校』は授業と講師が前もってわからないので、準備もできない。だから、それぞれの立場が完全にフラットなんですよ。でもそれは、各々がそれまでに培ってきたものすべてを投じないといけないという意味でもあって。だから、みんな恥もプライドも捨てて全身全霊を捧げられるんです。その場では、ヌーディストビーチと同じで、自分をさらけ出さないほうが逆に恥ずかしいっていう(笑)。
—そういう状態で魂を込めてやりきろうとする人たちが集まるからこそ、一体感が生まれるわけですね。ちなみに、それは映画業界への還元も考えているのでしょうか?
中井:それはまったくないですね。僕は「あるジャンルだけが幸せになればいい」とは思ってなくて。どちらかと言うと、どうすれば人生がもっと豊かになるのかという視点で考えています。
もちろん、自分が映画に育てられた経験から「映画を通じて多くの人を幸せにしたい」という気持ちは常々あるのですが、その一方でみんながみんな映画を好きになるとは1ミリも思っていないんです。多様性はすごく大事だと感じています。
—では、なにを目的にしているのでしょうか?
中井:面白いことをする人が増えて、僕たちがもっと年を取ったときに「なんか若い子たちが楽しそうなことやってるな」っていう社会になっていたらいいなって。個人的に、経験を積んである程度のポジションにまでたどり着いた人は「持てる者の義務」があると思うんです。年を重ねれば、やれることも広がる。それをどう社会に還元していくのかが大事だなと。
僕はたまたま異能の人に出会える機会があり、たまたま仲よくしていただいていることもあるので、そうやって知り合えた人たちと、まだなにものでもない若い人たちを衝突させることで、なにかを生む手伝いができるんじゃないかなと考えています。
—中井さんにとってのそれが『偶然の学校』だと?
中井:はい。最近は面倒臭い大人が増えていて、若い世代ほど諦めを感じている気がするんです。でも、社会を面白くするためには彼らに奮起してもらわないといけない。よく「大人しい」とか「元気がない」とか世間で言われていますが、ポテンシャルは僕らの世代以上にあると思うんです。こんな時代だからこそ、彼らにチャンスを与えたいし、期待もしています。
それで点と点が繋がって線になり、それがさらに面になるという状況が生まれているので、いずれは一緒に面白いものを生み出していけたらいいなと思っています。
中井圭が主催する『偶然の学校』ロゴ(サイトを見る)
考え抜いた末に失敗するのであれば、それでいいと思うんです。
—11月開催のイベント『NEWTOWN 2018』では、『CINRA.JOBのワクワクWORK図書室』のコンテンツとして『偶然の学校』のワークショップを実施すると聞いています。どのような催しになるのでしょうか?
中井:わかりません(笑)。実は今回の企画は生徒たちに任せているんです。大きな意味での「実地訓練」というか。これまではクローズドな空間でいろんなことに取り組んできたのですが、それを実際に世の中に発信する絶好の機会だなと。これだけ情報が溢れている中で、本当に関心を持ってもらうのってすごく大変なことです。しかも、彼らは『偶然の学校』という看板を背負っている。だから、それなりのクオリティーのものを作らないといけない。貴重な場を与えてもらったなと思っています。
—これまでの授業で得たものを実際に試すわけですね。
中井:はい。だから、僕は企画の水準や方向性に関してダメ出しはするけれど、具体的なところはあまり口出しをしないようにしていて。でも、みんなすごく苦労していますね。僕のチェックは鬼なので(笑)。やっぱり自己満にしたくないし、内輪だけで盛り上がるのがいちばんカッコ悪いですから。
—そうしたら喧嘩に近いやり取りになるのでは?
中井:なりますよ。実はつい先日も企画に厳しくダメ出しをしたら、イラッとしたのか、生徒が噛みついてきました。だから、ロジックの不整合を明確に指摘しました。もちろん、大人なのでお茶を濁すこともできると思うんですよ。でも、やるからには120点のものを出したいし、そういう気持ちで取り組むことが大切。100点のものを作っても、本番では絶対に70点とか60点になってしまうので。
—そこは上下関係なく、対等にやりとりするんですね。
中井:学校での立場としては僕の方が上になりますが、違和感を感じたらそれをきちんと口に出して納得いくまで話し合える関係の方が良好だし、そこに遠慮は必要ないなと。「ハートは熱く、頭は冷静に」みたいな。
そして、もし自分の主張が間違っていたら、きちんと誤りを認めて正しい方向に向かっていくのが大切なんですよ。特に最近は、謝れる人が少なくなっていると感じています。SNSでもよく議論が巻き起こっていますが、永久に議論している人たちっているじゃないですか。そういう小さな枠組みではなく、自分が間違っていたら素直に認めるほうが人間としての器が大きいなと思って。僕も間違っていたら謝るし、素直になることで生まれるものもあるから。それは僕も勉強になっています。
—どんなものができあがるのか不安でもあり、楽しみでもありますね。
中井:僕もどうなるのかなと思いながら、ぼんやりと見ています。でも、考え抜いた末に失敗するのであれば、それでいいと思うんです。もちろん成功するに越したことはないですが、最後に責任を持つのは主催者である僕なので。
生徒には課題と真剣に向き合って、吐くまで考えてほしい。それで失敗しても、彼らのこれからの人生にとって大きな糧になるはず。それはお金で買えるものではないし、あとは頑張ったほうが打ち上げの酒がすごく美味しいんじゃないかなって(笑)。それをいまは楽しみにしています。
—中井さんの話を伺って、『偶然の学校』はまるで人生の縮図みたいだなと思いました。
中井:確かに。僕が意図していなかった、さまざまな人やものとの出会いが次々に生まれていますから。まるで生き物であり人生みたいですよ、予想しない方向に育っているので。それはきっと、『偶然の学校』に集まってきてくれた人たちが息吹を与えてくれるからだと思うんですけれど。
—それこそ、5年後、10年後が本当に楽しみです。
中井:そうですね。『偶然の学校』で得られることって、数学で100点が取れるとか、英語が流暢に話せるようになるとか、実用的な技術ではないんですけれど、人生を楽しく過ごすための「気づき」があると思います。生徒がこれから先、なにものになるのかはわからないですが、より豊かな人生を送れるようになったら嬉しいですね。
- イベント情報
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- 『偶然の学校』
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1年間をかけて、参加者が予期していない文化・学問・技術を体感してもらう学校プロジェクト。
- プロフィール
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- 中井圭 (なかい けい)
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映画解説者。WOWOW「映画工房」「ぷらすと by Paravi」、シネマトゥデイ×WOWOW「はみだし映画工房」、TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」、ニコ生公式「シネマのミカタ」等に出演中。「POPLETA」「Numero TOKYO」「CUT」「観ずに死ねるか!」シリーズ、映画広告ポスター等に寄稿。「映画の天才」「偶然の学校」運営。
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