『BANDWARS』優勝のab initio 苦労の9年と喜びの瞬間を語る

今年7月に、LINE RECORDSが協力パートナーとして参加するアマチュアバンドオーディション『BANDWARS』でグランプリを受賞したバンド、ab initio(アブイニシオ)が、そのグランプリの証としてLINE RECORDSからデビュー。第1弾シングルとなる『歓喜』が、11月28日に配信リリースされた。

この曲は『BANDWARS』の実行委員のひとりであり、これまでにSMAPなど数多くの作品を手掛けてきたコモリタミノルがサウンドプロデュースを務めた。アマチュアといえども、高校時代に結成して以来9年という、決して短くない期間をバンド活動に費やしてきたab initioにとって、このデビューは非常に大きなターニングポイントとなるだろう。

新曲“歓喜”は、決して大仰な派手さはないが、繊細なアンサンブルと柔らかなメロディーの美しさが際立つ、とても細やかな名曲。このような曲でデビューを飾るところが、このab initioというバンドの誠実さを表している。メンバー4人に、新たな出発点に立った今の心境を聞いた。

音楽性を変えたことで、これまでついてきてくれていたお客さんが離れていっちゃったりもしたんです。(宮崎)

—まずは、オーディションイベント『BANDWARS』でのグランプリ、おめでとうございます!

全員:ありがとうございます!

—ab initioは、今年で結成9年目、インディーズから全国流通の作品もすでにリリースしていて、キャリアは積んでいたと思うんです。その上で、『BANDWARS』というバンドオーディションに参加しようと思ったのは、何故だったのでしょう?

ナガハタ(Ba):そもそも、ab initioは高校の同級生4人で結成されたんですけど、去年の6月に、ずっと一緒に続けてきたドラマーが脱退したんです。これまでも紆余曲折はあったし、挫折もあったけど、9年目にしてドラムも脱退して……なんというか、バンドとして前に進めていないもどかしさがあったんですよね。そこから、新しく勇介さんがサポートドラムとして叩き始めてくれたタイミングで、「ここから、なんとか巻き返したい!」っていう思いがあったんです。

左から:中村勇介、ナガハタショウタ、宮崎優人、乃村Nolan

宮崎(Gt,Vo):そうだね。去年の後半、ドラムが脱退してから、音楽性も見直したんですよ。その新しい一歩として、音源(会場限定シングル『あなたへ』)もリリースしたんですけど、そこでも躓いてしまった感覚があって。音楽性を変えたことで、これまでついてきてくれていたお客さんが離れていっちゃったりもしたんです。「今までの方がいいよ」とか、「前の方がab initioっぽいよ」とかも結構、言われたりしたし……。

そういう状況のなかで、「もうダメかもしれない」っていう危機感があったんですよね。そのとき、『BANDWARS』の存在を知ったんです。一発逆転をかけて、参加してみようと思いました。

『BANDWARS』グランプリに輝いたときの様子

—去年起こった音楽性の変化というのは、具体的にどういった変化だったのでしょうか?

宮崎:これまでは、「行こうぜー!」「手、挙げていこうぜー!」みたいな感じの、縦ノリのライブをしていたんです。今の自分たちと芯は変わらなかったと思うんですけど、とにかく「ロックにやらなきゃいけない」っていう意識が、自分たちのなかにあったんですよね。「引っ張ってやる!」みたいな前のめり感が、常に自分たちのライブにはあったんですけど、でも、それはやっぱり、自分たちには合わないような気がして。

「引っ張る」というよりは「寄り添う」音楽の方が、自分たちには合うんじゃないかっていう気がしたんです。だから、曲もライブも、もっとポップなものに変えていこうっていう変化が、去年バンドのなかにあって。

宮崎優人

ナガハタ:曲は宮崎が作っているんですけど、そもそも、彼の好きな音楽はJ-POPなんですよ。だから、変化でありつつも、バンドとしては「原点に戻った」っていう感じだと思うんですよね。だけど、それまでのab initioが好きだった人たちには、満足してもらえなかったのかもしれない……っていう。

宮崎:「引っ張ってほしい」っていう思いでab initioを見てくれていた人たちは、あのタイミングで離れていったのかなっていう気はしています。

—でも、その変化は、自分たちにとっては「正直になっていく」変化だったわけですよね?

ナガハタ:そうですね。自分たちとしては、どんどんよくなっているっていう認識はしています。

宮崎:うん、それは確信してる。……まぁ正直なところ、僕は流されやすい性格で(苦笑)。「このバンドかっこいいな」と思ったら、そういう方向の曲を書いてみたりしてしまうタイプなんですよね。元々は、コブクロさんのようなJ-POPが好きだったけど、ライブハウスで活動するなかで、どんどんと他のバンドに影響されることも増えていって。

だから、ずっと一緒にやってきたふたり(ナガハタ、乃村)も、この9年間のなかで困惑する瞬間もあったんじゃないかと思うんです。でも、「ab initioは、これでいけば間違いない」っていうものがやっと見つかった感覚が、今の自分にはあるんですよね。

ナガハタ:音楽については妥協しないように意見をぶつけ合ってきたし、時間はかかっても、お互いが納得いくような曲作りを続けていたし。だから、困惑はしてない。まぁでも、今は、自分たちがやりたいことに対してバンド全員が同じ方向を向けているような気はするかな。

ナガハタショウタ

乃村(Gt&Key):そうだね。今は、ブレはないよね。

ライブハウスとはまた違った意味で、「直」でお客さんと対峙している感じがすごく新鮮で。(ナガハタ)

—僕は『BANDWARS』のファイナルステージのレポートも書かせていただいていて(参考記事:『BANDWARS』実行委員の山田孝之らが若者に語りかける)。そのときに、実行委員の1人だった山田孝之さんにもお話を伺ったんです。そのときに山田さんが仰っていたのが、「自分の好きなバンドが変化することを嫌がる人もいるけど、バンドは変わっていくことに魅力があるんだ」ということで。

そう考えると、ab initioに去年から今年にかけて起こった変化も、バンドとしての醍醐味というか、必然的な成長だったんじゃないかと思うんですよね。実際、『BANDWARS』にはSNS審査やLINE LIVE審査もあって、これまでライブハウスでab initioを応援していたわけではない、全国の人たちに審査されることになったわけじゃないですか。そこで評価を得て勝ち上がったことは、ab initioの変化を肯定する出来事だったのではないかと思います。

宮崎:そうですね。LINE LIVE審査ではバラード系の曲を演奏することが多かったんですけど、落ち着いて聴いてもらえるような曲に対して、「いい曲だ」と言ってもらえることが多くて。それは、自分たちの自信にもつながりましたね。

ナガハタ:僕らは、それまでライブ配信はやったことはなくて、直接、ライブハウスのような現場で音を届けることしかやってこなかったんですよ。でも、いざLINE LIVEをやってみると、演奏している間にも、たくさんのハートマークやコメントが飛んでくるんですよね。ライブハウスとはまた違った意味で、「直」でお客さんと対峙している感じがすごく新鮮で。演奏が終わった直後に、コメントで会話したり、その場にいない人たちと感情の交換ができたっていうのは、やっていて楽しかったです。

—やっぱり、ライブハウスにはライブハウスのよさがあるけど、配信には配信ならではのリアルな対話があるということですよね。「世界のどこかにいる誰か」にまで音楽を飛ばすことができる可能性も、配信にはあると思うし。

宮崎:LINE LIVE審査は、かなり時間をかけて取り組んだんです。配信されたときに再現される音量とかも考えて、曲をアレンジしていく必要があって。そこの音作りは、すごくこだわりました。特にドラムの音は、スマホでの配信でも心地よく聴いてもらえるように、すごく小さく叩いてもらったりして。

中村(Dr):ドラムは、実際の現場では「コンッ」っていうくらいの、あまり聴こえていないぐらいの音でも、スマホで聴くと、コンプがかかっていいバランスで「ドゥンッ」って響いたりするんですよね。その辺の音の感覚は、試行錯誤しましたね。

中村勇介

—結果として、ファイナルステージでm.c.A・Tさん、コモリタミノルさん、naoさん、そして山田孝之さんという4人のプロフェッショナルな審査員を目の前にパフォーマンスを披露して、見事グランプリを勝ち取りました。あの日、グランプリとして自分たちのバンドの名前が呼ばれたときは、どんな気分でしたか?

宮崎:ここ3人(宮崎、ナガハタ、中村)は、「え? 本当に?」みたいな感じだったんですけど……乃村だけ、両手を挙げて全力で喜んでました(笑)。

—ははははは(笑)。

乃村:名前を呼ばれた瞬間、0.2秒後には拳を挙げていましたね……。もう、ワールドカップでゴールが決まった瞬間みたいな気分でした。

乃村Nolan

ナガハタ:僕らはすぐに実感が沸かなかったけど、後ろから聞こえてくる乃村の「やったー!」で実感が沸くっていう(笑)。……でも、本当に嬉しかったです。バンドをここまで続けてきて1番嬉しかった。

音楽的におざなりだった部分が多かったんだなって、コモリタさんに気づかされることが多くて。(宮崎)

—グランプリを獲得したことで、この度、LINE RECORDSからのデビューが決まり、11月28日に配信シングル『歓喜』がリリースされます。この曲は、『BANDWARS』実行委員のひとりだったコモリタさんがサウンドプロデュースを務めていて。

コモリタさんはSMAPの“らいおんハート”や“SHAKE”を手がけた方で、他にも数多くのアーティストに楽曲提供してきた「プロ中のプロ」といった方ですけど、彼との共同作業はいかがでしたか?

宮崎:本当に勉強になりました。僕たちも素人ではないし、今まで積んできた経験がありますけど、音楽的におざなりだった部分が多かったんだなって、コモリタさんと曲を作っていくなかで気づかされることが多くて。コモリタさんからは、「この音とこの音が当たると、気持ち悪いよね?」みたいな、すごく細かい音楽的な部分での指摘をいただくことが多かったんですけど、その一つひとつが、自分たちにとっては「なるほどなぁ」って思わされる発見だったんですよね。

今までは、自分の頭のなかにあるイメージだけで曲を作り上げることで、「ab initioらしさ」を形にしてきたつもりだったんですけど、コモリタさんの意見を聞くことで、「こんな感じの曲が作りたかったんだ」っていう、イメージがより上手く形にできた感じがして。

—自分自身のイメージを作り上げるためには、他者の声を聞くことも、ときに重要なんだということですよね。『BAND WARS』でコモリタさんにお話を伺ったとき、「バンドが次のステージに行くには、他の価値観を受け入れながら、変わっていかなければいけない」と仰っていて。それがまさに、この“歓喜”という曲では形になっているのかなと思います。

宮崎:うん、まさにそうだと思います。

乃村:それで言うと、僕はずっと、コモリタさんに怒られてました(笑)。

—ははは(笑)。

乃村:僕のパートはギターとキーボードなので、上モノを担っているんですけど、細かな音色選びから、すごくいろんな指摘をいただいて。これまで、自分のアレンジに対して意見を言ってくれる人っていなかったから、すごく嬉しかったですね。厳しいことも言われましたけど(笑)、コモリタさんとのやり取りは楽しかったです。またご一緒できたら、本当に嬉しいです。

宮崎:コモリタさんは、曲の奥行きの広げ方がすごいんですよね。ピアノやストリングスの使い方も、本当に勉強になった。

ナガハタ:歌の発音とかも、細かくアドバイスもらったしね。そういうディレクションを受けること自体初めてだったけど、アドバイスのとおりに歌ってみると、ちゃんとよくなっていくし。

宮崎:大変なことも多かったけど、やっぱり大変なことって、勉強になるし、成長させてくれますよね。

宮崎には売れてほしいなって思う。そうすれば、周りも納得するから。(乃村)

—逆に、こうしてバンド外の人と一緒に曲を作ることで、自分たちの譲れない部分が見えてきたりもしましたか?

宮崎:それもありましたね。特に歌詞の面なんですけど。歌詞は、100回近く書き直しを繰り返したんです。だけど、やっぱり自分のなかで譲りたくない部分も多くて。そこは結構、一緒に作ってくれる人たちと話し合いをしましたね。

—具体的に、そこにはどんなやり取りがあったんですか?

宮崎:“歓喜”の歌詞って、シンプルでストレートな歌詞だと思うんです。ただ、周りからは「もっと強い言葉を入れたら面白いんじゃないか?」っていう意見をいただいたりもして。

でも、僕はシンプルな歌詞で行きたかったんですよね。一応、歌詞のなかには自分なりの仕掛けがあるんですけど。自分からなにかを強く提示するというよりは、聴いてくれた人のなかにある喜びの瞬間に重なってほしいなと思うんですよね。

—強い言葉を入れたくなかったというのは、最初に仰っていた「引っ張る」よりも「寄り添う」方が性に合っているという宮崎さんの本質が、そこにも表れていますよね。

宮崎:そうですね。僕、普段からヒーリング音楽を聴いたりもするんですよね。「自律神経を整える音楽」みたいなタイトルのアルバムを聴いたり、あとはクラシックもたまに聴きますし、なんだったら「オルゴール音楽集」みたいなのも聴いたりするし。

自分が音楽を求めているときって、癒されたい状態のときが多いんです。もちろん、ドライブするときに聴くような音楽も好きなんですけど、基本的に音楽に求めているものが「癒し」なんです。「音楽の力で世界を変えよう!」みたいな大げさなものではなくて、その音楽が聴こえてきたときにちょっと心が安らぐようなものを求めているんだと思います。

—そんな宮崎さんがバンドのフロントに立って歌っているのは、かなり不思議と言えば不思議ですね。

宮崎:そうですね……。もっと力強いロックスターに憧れた時期も、もちろんありましたけどね。でも、自分は根本的に、かなりネガティブ体質な人間だと思うんですよ。MCとかで喋っているときも、基本的にはいつも不安なんです。人を傷つけるのが、すごく怖いと思ってしまう部分があって。自分が何気なく言った一言でも、人を傷つけたりしている場合ってあるじゃないですか。

—なるほど。3人から見て、宮崎さんはどんな人ですか?

ナガハタ:よくも悪くも、感情の起伏は激しいんですよね。でも、それって要は「素直」っていうことなのかなって思うんです。だからこそ書ける歌詞を書いていると思うし、そのままでいてほしいなって、メンバーとしては思います。音楽に対しては素直であり続けてほしい。

中村:そうだね。感情の起伏は激しんだけど、それをバンっと外に出すタイプでもないんですよね。だから、さっき自分で自分のことを「ネガティブ」と言っていましたけど、ことさらネガティブであることを主張するわけではなくて。ネガティブだからこそ書ける温かさや優しさが、ちゃんと言葉になっているというか。

—乃村さんから見て、宮崎さんはどうですか?

乃村:ナガハタが言ったように感情の起伏は激しいし、1時間前と言っていることが違うっていうこともよくあるし……損するタイプだなって思いますよ。

ナガハタ中村:(爆笑)。

宮崎:……(苦笑)。

乃村:もう10年近い付き合いで、ずっと一緒にいるからわかるよ。初対面の人に対して不利な性格してるなって思うし。でも、だからこそ宮崎には売れてほしいなって思う。そうすれば、周りも納得するから。

—本当に素敵な信頼関係で結ばれていますね。でも、“歓喜”という曲がまさにそうなんですけど、宮崎さんの素直さ、ネガティビティーから生まれる繊細さや優しさって、今の時代に対してすごく大切なものだと思うんです。これだけ情報も多くて、「強さ」や「鈍感さ」すら求められてしまうような時代のなかで、“歓喜”は曲も詞も、すごく細やかな曲なんですよね。大きな音で、大きなメッセージを掲げるのではなく、人の人生のなかに「静けさ」をもたらすことができる……そんな音楽の力があることを、この曲は証明していると思います。

宮崎:ありがとうございます。この曲は、今の流行からはかなり逸れている路線の曲ではあると思うんです。でも、僕らはこの曲でやっていきたいって思うんですよね。

ナガハタ:そうだね。やっぱり今、疲れている人って多いと思うんですよ。“歓喜”は、そういう人たちのなかに沁み込んでいくような曲になったんじゃないかと思います。

リリース情報
ab initio
『歓喜』

2018年11月28日(水)配信

プロフィール
ab initio (あぶいにしお)

高校の同級生でもある、宮崎優人(Vo&Gt)、ナガハタショウタ(Ba)を中心に、乃村Nolan(Gt&Key)、中村勇介(Dr)の4人からなるバンド。2009年3月結成。2015年1st mini album「もしもし、奇跡ですか」でインディーズデビュー。2018年1月から始まったオーディション「BANDWARS」にて、見事グランプリを獲得した。2018年11月28日、LINEの音楽レーベル「LINE RECORDS」よりデビューが決定。



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