墜落するロケット、そこに現れた1人の女性、浮かび上がる惑星、超能力テスト……世武裕子の新作『Raw Scaramanga』の1曲目を飾り、クリス・デイヴの参加も話題となっている“Vega”のミュージックビデオ(以下、MV)は、レトロだが古臭くない、SF映画の予告編のような仕上がりとなっている。監督を務めたのは、サカナクションやPerfumeなどのMVやアートワークを多数手がける映像作家の田中裕介。
世武はアーティスト / サポートとしても活動しつつ、2018年は『リバーズ・エッジ』、劇場アニメ『君の膵臓をたべたい』『日日是好日』といった話題作の劇伴を次々に手がけ、「映画音楽作曲家」としての地位を確固たるものとしている。しかし本人は、「MVはあまり見ない」そうで、今回も以前からファンだった田中の存在がなければ、映像を作っていなかったかもしれないという。その背景にあるのは、一音楽家としての真摯な想いだが、それは結果として、MVの存在意義を見つめ直すきっかけにもなるはずだ。世武と田中の2人に話を聞いた。
本気で作った音楽なのに「なんとなくいい感じに、この予算内で」って撮った映像を上げたくはない。(世武)
—世武さんと田中さんが知り合ったのは、サカナクションつながりですか?
田中:そうですね。世武さんのことはGoogleのCMで知ったんですけど、実際に会ったのは『NF』(サカナクションが主催するイベント)が初めてで、山口一郎くん(サカナクション)に紹介してもらって挨拶をしました。
—もともと世武さんがサカナクションの“ユリイカ”をカバーしていて、その縁もあって『NF』に出演されたんですよね。
田中:その後に、僕が「オロナミンC」のCMを担当することになって、はっぴいえんどの“風をあつめて”をカバーしたいと思ったときに、一郎くんに「何かやってくれない?」って相談したら、「世武さんにトラック作ってもらって、僕が歌うよ」って言われて、一緒に仕事をしたのはそれが初めてでした。
世武:そもそも私が単純に、(田中)裕介さんのファンだったんです。私あんまりMVって見ないんですけど、「これはいいな」とか「すごいな」って思うと、裕介さんの作品だってことが多くて、「私この人好きだわ」って前から思っていました。
—MVはあんまり見ないんですね。
世武:そもそもYouTubeをあんまり見ないし、MVは映像として惹かれないものが多くて。大体いい感じの光の中で歌ってるじゃないですか?(笑) 照れるんですよ。ミュージシャンがちょっとだけ演技してるのとか、しかもストーリー仕立てで……今回の私のMVもストーリー仕立てではあるんですけど、演技ものだと、ちょっと「うわっ」ってなっちゃうんです。
—YouTubeが音楽を発表する場になって、MVの需要が高まった一方で、テンプレが増えたというのも事実ですよね。
田中:そもそもの企画がないと、ただきれいな映像になりかねないですよね。面白いものができあがるに越したことはないけど、「何かやろうとしてる」というのが感じられれば、まだいいのかなって。
—サカナクションのMVは、アーティストと一緒に企画を考えてるんですか?
田中:サカナクションは結構「お任せで」って感じですね。一郎くんからアイデアが出たのは“新宝島”くらい。
—世武さんは、田中さんの作品のどんな部分に惹かれたのでしょうか?
世武:1枚の画をパッと見て、「これ絶対いいじゃん」っていうのが多かったから、この人のセンスなら、変なものには絶対ならないだろうなって思いました。
私、(ニコラス・ウィンディング・)レフン監督(『ドライヴ』や『ネオン・デーモン』を手がけた映画監督)がめちゃめちゃ好きなんです。「どうなの?」と思う物語の運びも多いんですけど、そういうことを飛び越えて、好き。で、以前『ネオン・デーモン』を観た感想を裕介さんがInstagramに載せてて、その感想を見たときも、「やっぱりこの人なら自分の感覚を分かってくれる!」と思ったんです。実際、今回結構丸投げだったんですけど、いちいち説明する必要がなくて、すごくスムーズでした。
—今回の作品で田中さんに依頼することにしたのは、何かきっかけがあったんですか?
世武:前作『L/GB』(2016年)からシンセに寄っているんですけど、そうなったきっかけは、ピアノの音がきれいに録れないことに絶望したからなんです。でも、だんだんシンセ自体が楽しくなってきて。
レフン作品のようなサントラをやりたいんですけど、日本の映画にはなかなかないんですよね。今年はサントラのお仕事もいろいろやらせてもらえたので、すごくよかったんだけど、アーティストと映画音楽作曲家の顔が、結構分かれてきちゃって。そこをもう少し近づけたいと思ったんですよね。だから、「こういうサントラがやりたいです」っていう音源を、自分で作っちゃおうと。
世武:ただそうなると、余計に中途半端なMVは作りたくないから、何ならそのお金を録音に回したいっていう話も結構してたんです。映像を作るんだったら、めちゃめちゃかっこいいのしか作りたくない。「じゃあ、裕介さんしかいないな」と思って聞いてみたんです。
—今は「曲を発表する=映像を作る」みたいな雰囲気もあるけど、本当にいいものが作れないなら、そもそも意味がないと。
世武:本気で作った「これだ!」っていう音楽なのに、「映像ないよりあった方がいいから、なんとなくいい感じのものをこの予算内で」って撮ったものをYouTubeに上げたくはないじゃないですか? だったら、歌詞だけとか、ライブ映像の方が有意義だと思うんです。自分がリスナーとしてもそんなの見たくないし。めちゃめちゃ好きな曲なのに、「とくにアイデアはなかったんだろうな」みたいなのはいやですからね。
私は曲を作ることはできるけど、それをブランディングしていく力がないんですよ。(世武)
—最初から、“Vega”のMVを作ろうっていうスタートだったんですか?
田中:最初はそうじゃなくて、あるときから「“Vega”が有力」ってなったのかな。
世武:それも裕介さんにヒントをもらったんです。私は曲を作ることはできるけど、それをブランディングしていく力がないんですよ。「こういうコンセプトだから、こういう曲が必要で」みたいに考えて作ってなくて。
—「アルバムとして、コンセプチュアルに」という発想ではないと。
世武:そうやって気負って音楽をやっていないんですよね。昔から「時間が空いたからピアノを弾く」とか「気が向いたから曲を作る」とか、そうやって作ってるから、「リード曲がどれで、どういう打ち出し方で」みたいなことを聞かれても、「どうなんですかね?」ってなっちゃって、結局後付けだったりするんです。
世武裕子『Raw Scaramanga』を聴く(Apple Musicはこちら)
—今回もそういう感じだったわけですね?
世武:そうです。そんなときに、裕介さんに「このアルバムの顔になる曲はどれなのか?」って聞かれたんです。「リード曲」って考えじゃなくて、「顔になる曲」と考えた方が「この曲でMVを撮ろう」って思えるのか、と。それで“Vega”だなって。
—普段は、曲を指定されるパターンが多いですよね?
田中:そうですけど、サカナクションなんかは意見を言える関係です。映像の企画に合わせて、歌詞を変えたりすることもあるんで。普通「はじめまして」の方だと、「このアルバムの顔になる曲はどれ?」なんて、いきなり言えないですけど、世武さんはサカナクションとの接点もあるし、言ってもいいかなって。
世武:で、「歌始まるまで何分あんねん?」って曲でMVを作ることになったんです(笑)。それに、例えば“スカート”は普通にラジオで流れてきても、「いい曲だな」って思う人がいると思うけど、“Vega”は「よくわかりません」って人も多いんじゃないかなと。
私の持つポップさは、いわゆるJ-POPのジャンル的なポップさとは違う。でも、裕介さんは視覚的にすごくポップな人。ポップさを隠してしまいがちな装飾を剥いで、シンプルに見せてくれる人だと思うから、やっぱり撮ってもらうなら“Vega”かなって。
—実際の制作に関しては、世武さんから「結構丸投げだった」という話もありましたが。
田中:企画を考えるにあたっては、歌詞を頼りにしたかもしれないです。「宇宙飛行士が宇宙で感じる孤独感は、この世界で女性が感じている孤独感と少し近いものがある」って言っていませんでしたっけ?
世武:女性がテーマっていう話はしました。歌詞は笹本(正喜)くんに書いてもらっているんですけど、笹本くんもSF映画が好きで、いろいろ話してたときに、「何で待つのはいつも女なんだろうね?」って話になったんです。宇宙に旅立つのは男の人で、女の人はいつもそれを待っている側として描かれる。でも、女性が宇宙に行ってもいいんじゃないかって。そしたら、「それって世武ちゃんの生きる姿勢に似てるよね」ってことで、そういう歌詞を書きたいって言われました。
実際この歌詞って、宇宙飛行士の女の人が宇宙に行くんですけど、最初は恋人の写真を持っていて故郷を思っているんです。でも、宇宙に行ったら、そこでの経験によって彼を精神的に超えていってしまう、みたいな話で。
田中:そこから僕が「孤独」っていうのを拾ったんです。
世武:何かを突き詰めていると、女性だけじゃなく、誰でも孤独じゃないですか? だから、アーティストが表現するにはとてもいいテーマだと思うんです。どんな近しい人とでも、絶対に分かち合えないことはある。そこに意識的であることが大事だと思うし、せっかく表現者なら、それを「どうにかしたい」わけじゃないものを作りたいんです。「だから、どう」じゃなくて、「孤独という事実があります」っていう、ただそれだけを形にしていくのってすごくいい。裕介さんのポップさの中には、そういう部分もあると思うんですよね。
実はただの精神病患者だったっていうオチなんですよね。(田中)
—映像のアイデアに関しては、何かモチーフがあったのでしょうか?
田中:「孤独をテーマにしよう」と思ってから、デヴィッド・ボウイの『地球に落ちて来た男』(ニコラス・ローグ監督、1976年)を思い出しました。たぶん世武さん好きだろうなと思ったので、「地球に落ちて来ちゃった女の人」みたいな感じをテーマにするのがいいかなって。
—なるほど。たしかに通じている気がします。
田中:ただ、「こういう画にしたい」っていう断片的なイメージに筋道を通す役割として企画を考える節もあって。MVを見ただけだとすぐにはわからないと思うんですけど、実はただの精神病患者だったっていうオチなんですよね。超能力の実験をしているシーンとかは、感覚的に「こういうビジュアルがよさそう」と思って、それをつなぐためにコンセプトを考えるっていうやり方です。
—惑星が出てくるシーンが、アーティスト写真として使われていますね。
田中:この人は、自分が他の惑星から来たと思ってるから、故郷に思いをはせている、自分の頭の中のビジョンが表に出ちゃってる、みたいなシーンです。
技術的には、手前に透明のシートが張ってあって、そこに後ろからプロジェクターで映像を投影しています。なので、光の帯が出ているんです。ライブの演出で透過スクリーンを使う場合は前から映すことが多くて、真後ろにプロジェクターを置くのは初めてでした。でも、この「世武さんから出てる」みたいな感じが、コンセプトとも合っていて、上手くいったと思っています。
—世武さんは、できあがった映像を見てどんな印象でしたか?
世武:私は『007』シリーズがめちゃくちゃ好きなんですけど、撮影時に映像の断片を見たときに『007』の迷走期っていうか、とっ散らかってる時代の雰囲気が出ているなって思ったんです。美術的には面白いけど、ストーリーとしては「どういうこと?」みたいな時期ですね。
—ああ、わかります。
世武:レトロなものを追いかけてるわけじゃなくて、そういう匂いのする今の作品になってる。それは自分の音楽にもフィットすると思ったんですよね。特別新しいことをやってるわけじゃないけど、1980年代のリバイバルでもない。その感じもフィットしてたから、やっぱり頼んでよかったし、実際できたものを見ても、「自分の顔が気になる」っていう自意識過剰なところ以外は(笑)、何にも言うことはなかったです。
テンポに対して勘がいい人は、MVに向いてる人だと思う。裕介さんからはそれをすごく感じます。(世武)
世武:裕介さんって、単純に映像がいいっていうのもあるけど、音楽のリズムをすごく理解してる人だと思うんです。当たり前ですけど、映像の人は音楽家ではないから、音楽のリズムからすると、「ここの切り替えは、なぜこのタイミング?」ってこともあるんですよ。そういうのも全然なくて……なぜですか?
田中:僕、音楽的な才能はマイナス100点くらいだと思ってて(笑)、ギターやってもすぐ挫折したし、まったくダメだと思うんですけど……何でしょうね?
世武:リズム感があるんじゃないですか? 歌が上手とか、楽器のセンスがあるっていうのとはまた違う、テンポに対して勘がいい人っていうのは、MVに向いてる人だと思う。裕介さんからはそれをすごく感じます。
—サカナクションやPerfumeって、リズムやテンポがすごく大事ですよね。
田中:ああ、そうですね。Perfumeでシビアなダンスものをいっぱいやってるっていうのは大きいかもしれない。最近はないですけど、昔、ダンスの画と音が微妙にずれちゃってるカットがあったんですよ。3フレ、1/10秒なんですけど、「これずれてますけど、狙いですか?」とか言われて(笑)。それで鍛えられたのかな。ダンスものをやるようになって、8カウント自分で数えながら編集したりすることもあります。
世武:音楽の感覚というよりも、その作品の深層に入り込める人なのかもしれないですね。そういう人の作る作品は絶対にいい。音楽家もそうで、そのプロジェクトに入り込めるかどうか、そこをスッといけるかいけないかは大きいと思います。
田中:入り込んで、感情の起伏に合わせてカットのスピード感を変えてみたり、ダンス的なカウントの取り方で見直したり、1本のMVをいろんな感じでやっているかもしれないです。
—“Vega”の編集でこだわったのはどんな部分でしょうか?
田中:間奏明けの最後の歌のところは、この曲で1番テンション上がるところだと思うんですけど、そこはあえて企画のネタばらしのシーンにあてて。ハンコを押すっていう、画的にはすごく地味なシーンなんですけど、ここはあえてこれにしました。
世武:わかりやすく音と動きを合わせるところと、斜めから入ってくるところのバランスがすごく好きです。これが完成して1番嬉しいの絶対私だと思う。もちろん、みんなに見てもらって、「すごい」「面白い」「ヤバい」って言ってもらいたいけど、「私が1番嬉しい」っていうMVがずっと作りたかったので、自分の音楽を自分の好きな人に撮ってもらえて本当によかったです。
—最後に、今回のコラボレーションの意義をそれぞれどのように感じているかを話していただけますか?
田中:僕の最近の個人的な悩みだったのが、知識が身につき過ぎて、「これはできる、できない」って、判断ができてしまうことだったんですよね。映像初心者の頃は、何ができて何ができないか、何をやると大変かもわからないから、面白そうなものにはすべてに突っ込んでいって、結果死にそうな苦労をするんだけど、でもいいものができたっていう、初期衝動があったんです。最近はそうじゃない状態に入っちゃってたけど、今回のアイデアは初期衝動というか、ちょっと実験的な感じなんですよね。
—たしかに。
田中:「地球に落ちてきた女」とか、理屈はこねてますけど、単純に、好きな感じでやっただけっていうのも強い。世間の評価を含めて、あんまり後先のことは考えず、面白いと思ったことをやらせてもらえたから、その結果も踏まえて、また次やるべきことが変化するんだろうなって。
—現段階では、どんな結果が出てますか?
田中:結局、初期衝動は戻ってこないんだなって最近分かって(笑)。じゃあ、次はどこに着地をするのが1番いいんだろうって、新たに考えるきっかけになりました。
—世武さんはいかがですか?
世武:私は普段だったら「とりあえずYouTube見て」なんてあまり言わなくて、むしろ「CD買って」って言ってたけど、今回のは本当に見てほしいし、またこういう面白いものができたらなって思います。
本当はライブの演出もやってもらいたいから、もっと体力をつけて、ゆくゆくそういうこともできれば。ライブが1番自分の力を発揮できる場所だと思っているし、この世界観をステージで表現できたら、すごく強いと思うんですよね。なので、来年はたくさんライブをやっていきたい。裕介さんのおかげで、とっ散らかっていた自分のイメージの筋道が立ってきた気がします。
- リリース情報
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- 世武裕子
『Raw Scaramanga』 -
2018年10月24日(水)発売
価格:3,240円(税込)
PCCA-047181. Vega
2. Do One Thing Everyday That Scares You 」
3. Gardien
4. Secrets
5. スカート
6. Bradford (映画『そらのレストラン』挿入歌)
7. John Doe(feat.Chris Dave)
8. Movie Palace
9. 1/5000 (映画『生きてるだけで、愛。』エンディング・テーマ)
10. The Death of Indifference
- 世武裕子
- イベント情報
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- 世武裕子
『Raw Scaramanga in Tokyo』 -
2019年1月14日(月・祝)
会場:東京都 青山 WALL & WALL
開場18:30 開演19:00
- 世武裕子
『Raw Scaramanga in Kyoto』 -
2019年2月22日(金)
会場:京都府 CLUB METRO
開場19:00 開演19:30
- 世武裕子
- プロフィール
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- 世武裕子 (せぶ ひろこ)
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葛飾生まれ、滋賀育ち。シンガーソングライター、映画音楽作曲家。Ecole Normale de Musique de Paris 映画音楽学科を首席で卒業。在仏中には、Acte1やCours Florentといった俳優学校で映画演技も学んだ。パリ、東京にて短編映画制作に携わったのち、『家族X』で長編デビュー。以降、映画やテレビドラマ、数多くのCM音楽を手掛ける。近年、映画では『ストロボ・エッジ』『オオカミ少女と黒王子』『お父さんと伊藤さん』、ドラマでは『好きな人がいること』『べっぴんさん』などの音楽を担当している。シンガーソングライターsébuhiroko名義では第一作「WONDERLAND」に続き、ダーク、踊れる、プログレッシヴ、ミニマルミュージックをテーマにより色濃い世界を描く第二作「L/GB」を発表。2018年公開映画『リバーズ・エッジ』『羊と鋼の森』『生きてるだけで、愛。』などの映画音楽を担当。ピアノ演奏・キーボーディストとしてMr.Children、西野カナ、森山直太朗のレコーディングやライブなどにも参加している。2018年11月19日に、デビュー10周年。
- 田中裕介 (たなか ゆうすけ)
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映像ディレクター。1978年生れ、CAVIAR所属。秀逸なデザインセンスと映像制作のスキルに遊び心を加味した独創性を武器に、多くの話題作を手掛け、CMやMusicVideoの映像演出を基軸に、グラフィックデザイン、アートディレクション、舞台演出など、その活動の幅は多岐にわたる。
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