Licaxxxが語る自らの強い信念。リスクを背負っても音楽を求める

ソビエト政権下の冷戦時代。要らなくなったレントゲン写真に自作のカッティングマシーンで音楽を記録し、当時聴くことを強く禁止されていたエルヴィス・プレスリーやThe Beatlesなどの音楽を隠れて楽しんでいた時代があった。肋骨や頭蓋骨、手の骨などが映ったピクチャー盤のようなレコードは、「ボーンレコード」と呼ばれ、国家の弾圧に抵抗するソビエトのアンダーグラウンドカルチャーを象徴するものとして知られている。

そんなボーンレコードを紹介する企画展『BONE MUSIC展』の開催にあわせて、DJとして活動し、同展にコメントを寄せているLicaxxxにインタビューを行った。奇しくも先日のDOMMUNEで大反響を呼んだ『DJ Plays “電気グルーヴ” ONLY!!』にも出演した彼女が、時代を隔ててもなお共通する「音楽を聴く自由」についての思いを語る。

音楽との出会いは、「アナログ」の方が思い入れ深くなる。

—Licaxxxさんがアナログレコードに興味を持つようになったのは、どんなキッカケからだったんでしょうか?

Licaxxx:アナログしか出ていない音源があったんです。Sauce81(プロデューサー / DJ)の12インチで、後からデータでもリリースされるんですが最初はアナログ限定だった。その時はまだプレーヤーを持っていなかったんですけど、とりあえずほしいと思って買ったのが最初のレコードです(笑)。

今、DJをする時はレコードが8割くらいの時もあります。単純にレコードを買っている割合が多いのと、繋いだ時の感じもデジタルとアナログとでは、感覚的に違うんです。やっぱりロングセットを任された時は、レコードを使うことが多いですね。

Licaxxx(りかっくす)
東京を拠点に活動するDJ、ビートメイカー、編集者、ラジオパーソナリティ。2010年にDJをスタート。マシーンテクノハウスを基調にしながら、ユースカルチャーの影響を感じさせるテンションを操り、大胆にフロアをまとめ上げる。『FUJIROCK』など多数の日本国内の大型音楽フェスや、『CIRCOLOCO』などヨーロッパを代表するクラブイベントに出演。

—アナログレコードにはどんな魅力がありますか?

Licaxxx:まずは実際に手にすることの気持ちよさがありますよね。ジャケットが大きいところもCDとはまた違った魅力があって「コレクター欲」をくすぐります(笑)。

サウンドに関しては、デジタルと比較して単純によしあしを判断できないし、相性のよい音楽とそうでない音楽があると思います。ただ、ちゃんとしたモニター環境でレコードを聴くと、特に生楽器の音には温かみを感じることが多いかな。あとは音の豊かさやレンジの広さを感じる事もあります。それと、レコードに「針を落とす」という行為は、レコードを「愛でる」気持ちに繋がる。普段とは違う特別な体験を味わえる気がします。

—サブスクリプション(以下、サブスク)の普及やYouTube上で音楽が溢れ返る中、自分で発掘しに行く楽しさもレコードにはありますよね。

Licaxxx:そうですね。わざわざレコード屋さんまで足を運んで、好きなジャンルを片っ端から掘ったり、偶然そこで出会った音楽のおかげで新しい扉が開いたり。レコード屋さんって、すごく特別な場所ですね。

音楽との出会いは、「アナログ」の方が思い入れ深くなるように思います。「中1の頃、TSUTAYAでジャケだけみて借りたあのコンピにいい曲が入ってたんだよね」みたいな(笑)。そういうのって、サブスクから勝手に流れてくるプレイリストでは曲数が多い分、ちょっと印象が薄いかもなと思います。

音楽は、生命活動として「ないと生きていけない」わけではないけど、やっぱり必要なもの。

—『BONE MUSIC展』についてもお聞きしていきたいのですが、レントゲン写真に溝を掘ってレコードを作るということが、冷戦時代のソビエトで行われていたのをLicaxxxさんはご存知でしたか?

Licaxxx:いや、知らなかったんです。今回の展覧会で、初めてその存在を知りました。

—どのように感じましたか?

Licaxxx:まず、マテリアルとして純粋に面白いと思いました。以前から社会主義のアートなどに興味を持っていたのですが、抑圧された社会の方が突飛なアイデアが出てくるものなのだなと改めて感じましたね。

西側諸国の音楽を聴いただけで逮捕されるという、とてもシリアスな状況下でも、人はこんなにポジティブなものを生み出せる。そのアイデアや知恵に感銘を受けました。

Licaxxx:私はいつもアートの展覧会に行く時、その作品が生まれた背景や、作者の経歴を事前に調べることが多いんですけど、その上で今の自分の環境や生活に落とし込んで考えてみると、色々と発見があって面白いんです。

—逮捕されるリスクも顧みず「音楽」を求める当時の人たちに思いを馳せると、音楽やアートは、生きていく上でなくてはならないものなのかと思いました。

Licaxxx:音楽やアートは生命活動として「ないと生きていけない」わけではないけれど、やっぱり必要なものだと思います。もし、自分が彼らと同じ立場に置かれたらどうするかを考えると、やっぱり同じようにリスクを背負ってでも「音楽」を求めようとするかも知れない。

—今のお話は、先日配信されたDOMMUNEでの『DJ Plays ”電気グルーヴ” ONLY!!』(2019年3月26日配信)での出来事にも通じると思います。LicaxxxさんもDJとして参加されたこのイベントは、賛否両論さまざまな反応があったとはいえ、一連の騒動の中でひとつの選択肢を提示していたと思います。

Licaxxx:そうですね、私も今まさに話しながら考えていました。例の騒動があって、電気グルーヴの楽曲を「聴くな」とまでは言われていないですが、耳にする機会がどんどん失われていくんじゃないか? という懸念が広がっている。そんな中、彼らの音楽を聴きたいと思っている人があんなに沢山いること、彼らの音楽がこんなにも愛されているということを、DOMMUNEの宇川さんに賛同するという形で示すことができたのは、関係値や文脈的にも、音楽に関わる者としても自分の取るべき態度として一番納得ができたし、純粋に愛が溢れていたのも幸せだったし、よかったなと思います。

自分の信念に従ってこれからも活動していきたいです。どんな場所に出入りしていようが、私は「自分は自分」ってちゃんと言えるから。

—当日のSNSでの盛り上がりから、その数や思いの強さを実感しました。

Licaxxx:世論が生み出す、時代ごとの「コンプライアンス」みたいなものに対して、表現する立場の人とそれを紹介する立場の人として、どう対峙して解決策を出していくのか。この問題は一元的に「こうあるべき」と断言できることじゃないと思うんですよね。

私は今回の配信で出演のオファーを頂いた時、自分がリスナーとして聴きたいという気持ちがまずあったので、みんなが聴きたい音楽、愛している音楽が聴ける「場所」を提供するという方針にすんなり賛同することができました。

—あのイベントで特に素晴らしいと思ったのは、誰か特定の人や団体を責めたり糾弾したりするのではなく、Licaxxxさんがおっしゃった通り「こんなふうに楽しむ場所が、あってもいいんじゃない?」というひとつの選択肢を示してみせたことだと思っています。それは本当の意味でのオルタナティブだと思うし、それも1つの選択肢として共存できる世の中であってほしいと強く思いました。

Licaxxx:うん、本当にそう思います。「私たちはこう思います」という意思表示はしっかりありつつも、それによって何かを責めたり否定したりはしない。そこが「賛同しやすい」部分だったんでしょうね。

—Licaxxxさんは、『BONE MUSIC展』にこうコメントを寄せていますね。

私達が暮らす現代にも、道徳の定義や自分の所属する集団のステレオタイプによって制限されている環境というのは誰しもが体験していることだと思います。そこをすり抜けていくアイディアを生み出す、好きなことに対する熱量と面白さの強度をみんなで体感したいです。

Licaxxx:自分が思っていることを発言しにくい環境にいたり、「こんなことをやっているからはみ出し者だ」みたいなことを言われたり、そういう風潮は今の日本にもあると思うんですよ。この展覧会も、そうやって他人事ではなく「自分ごと」として繋げて考えられると、見え方が変わってくるんじゃないかなと思います。

過去海外での展示風景 Photo:Ivan Erofeev ©Garage Museum of Contemporary Art

—それこそ音楽を含む芸術表現は、今ある「道徳の定義やステレオタイプの制限」を疑ってみたり、ひっくり返してみたりすることだと思うんですけど、最近はそういう表現すら「不謹慎」だとか「不快」だと言って圧力をかけたり、潰そうとする風潮がありますよね。

Licaxxx:そうですね。「出る杭は打たれる」的な話が、今また増えてきていると思います。謎な現象ですよね(笑)。

—これだけ「多様性」と言われ、一昔前よりも選択肢が増えた世の中になったはずなのに、自分で自分に「呪い」をかけたり、首を絞めたりするような、原因不明の息苦しさがあるように感じます。

Licaxxx:やっぱりインターネットが社会を自由にする一方で、「ムラ文化」みたいなものが増えてきている気はしますね。拡散されやすくなった分、逆に窮屈になっているのかもしれないです。突拍子もない方向から無知を晒して知らないことにわざわざ突っ込んでいく勇気は私には到底ないな……と思いつつも、知らないことを知らないまま悪い方の想像で叩くという排他的な笑いは、鬱憤が溜まっている人たちのはけ口や仮想敵を無意識に生み出す行為なのかなとも思います。そんな中で、「こいつ、叩き甲斐がねえな」と思わせながら、裏をかいて自分の意思を貫くための工夫は、常に考えているかも(笑)。

—例えば「風営法」の問題も、Licaxxxさんの活動には大きな影響を与えたと思います。

Licaxxx:もちろん直接的な問題もありますが、クラブの存在が世に広く知れ渡ったことで、誤解や偏見も広まったことも体感しました。そして、「結局騒いでいるのは現場を知らない人たちなのだな」という印象も持ちました。

実際にクラブに来たことがない人による書き込みや、情報がないままワイドショーでコメントしている方々の印象が、そのまま拡散されてしまった。まあ、クラブってどの時代も「目の敵」にされているので、仕方ないと思う気持ちもあるし、とにかく全ての人に分かってもらおうとも思っていないです。

—世間の「分からないもの」「理解の範疇を超えたもの」に対する恐れや不安が誤解や偏見を生み出しているような気もします。

Licaxxx:もちろん、クラブが全く安全な場所とは断言できないですよね。それは公共の空間という意味でどこでも同じです。私は自分から選択してずっとそこで本当に色々な音楽を体験して成長してきたし、自分にとって大切な「遊び場」をなくしたくないという思いが強くあります。

色んなメディアに露出する身として、風当たりを強く感じることもありますけど、そこは自分の信念に従ってこれからも活動していきたいです。どんな場所に出入りしていようが、私は好きな事の芯をブラさずに「自分は自分」ってちゃんと言えるから。

Twitterでも本当は言いたいことがいっぱいあるんですけど、そこはセーブしています(笑)。

—LicaxxxさんがDJだけにとどまらず、ラジオ番組に出たりメディアを立ち上げたりしているのも、拠点である「クラブ」への誤解や偏見をなくしたいという気持ちからでしょうか?

Licaxxx:音楽を紹介するのが私の活動の中心なので、それを様々な形でできたらいいなと思っています。私のことを「クラブDJ」だとは知らず、「ラジオで色んな音楽を紹介してくれている人」みたいに思ってくれている人も多くいて。それはそれで、音楽を色んな人に知ってもらう上で大事なことだとも思いますね。

—確かにそうですね。

Licaxxx:その代わり、一つひとつの発言には気をつけています。クラブに迷惑をかけてもよくないし、かと言ってメディアに迎合しているだけなのもおかしな話なので。なるべく発言は丁寧にしつつ、ここぞというタイミングでは言うべきことを言うようにしています。

発言の一部が切り取られて一人歩きしないよう、ナイーブな発言は極力避けています。そもそも自分が不言実行を美徳としている人間だ、というのもあります。なのでTwitterでも本当は言いたいことがいっぱいあるんですけど、そこはセーブしています(笑)。まずは行動で示していかないと。

—そう思い至るまでには、葛藤や試行錯誤があったと思います。

Licaxxx:今27歳ですが、世間的にはもう若くはないのに業界的にはいまだに「若手」に分類されることが、プラスになることも足枷になることもあります。でも、どんな表現でも「作品」だけを純粋に判断してもらうことは難しいと思うんです。表現に付随する色んな情報を合わせて見られるからこそ、ライブに行ったり、アーティスト本人のインタビューを読んだりするのが楽しかったりするわけですし。なので人間みある部分を全て隠すのも私のやり方ではないなと思います。

—だからこそみんな、アートワークやヴィジュアルイメージなどブランディングを大切にしているわけですよね。

Licaxxx:そうですね。私は大学の時に、公共に設置するメディアアートや建築について学びながら、「周りの環境に合わせてどう表現するか?」ということを考えてきました。DJの現場も似ている部分があって、クラブの環境や来ているお客さん、ラジオ番組なら放送される時間やリスナー層を考えながら、どうやって「自分の」選曲ができるかを考えています。「こういう環境で聴くなら、こんな曲はどうかな?」ということを提案しているつもりなんですよね。Licaxxxが私であるという要素も、ある種環境という制限の一部です。

聞き馴染みのない音楽に、「こんな聴き方があるんだよ」という提案をしていくのが、私のテーマなのかも知れない。

—Licaxxxさんは、DJという職業を通してどんなことを訴えたいと思っていますか?

Licaxxx:音楽の聴き方をナビゲートしたいという気持ちがあります。例えばテレビの歌番組でしか音楽を聴いたことがない人は、いきなりクラブミュージックを聴いても「歌が入ってない音楽」としか思わないかも知れないし、ノイズミュージックを聴いても単なる雑音としか思えないかも知れない。

アンビエントミュージックもそうですよね。ただの自然音としか思わないかも知れないけど、聴き方によっては豊かな音楽になる。ただ、それって知識や体験がないと、ただの「音」が「音楽」になる瞬間って分からないと思うんですよね。

—確かにそうですね。

Licaxxx:私も中学生の頃に初めてAphexTwinを聴いた時は「まだちょっと早いかな」と思ったけど(笑)。今こうやって普通に楽しめているのは、人から「楽しみ方」を教えてもらったり、色んな音楽を聴いていく中で「文脈」を理解したりしたからだと思うんですよね。

ボサノバの素晴らしさを知ったのは、めちゃくちゃ暑い夏の日に聴いたら空気がふと涼しくなったから(笑)。そういう体験も大切だと思うし。聞き馴染みのない音楽に、「こんな聴き方があるんだよ」という提案をしていくのが、私のテーマなのかも知れない。

—先程Licaxxxさんがおっしゃった、「展覧会に行く前に作家のことを調べる」ということにも通じる気がしますね。ある種の表現には、感覚だけでなく理解するための知識が必要なことはありますからね。

Licaxxx:そう思います。色んな導入があっていいと思うし、「Licaxxxがかけているから聴いてみよう」でもいいと思う。わからないまま終わっちゃうのはもったいないと思うので、色んな音楽を楽しむキッカケに自分がなれたらいいなと思っています。

過去海外での展示風景 Photo:Ivan Erofeev ©Garage Museum of Contemporary Art

—Licaxxxさんと同世代の人に、『BONE MUSIC展』をどんな風に観てもらいたいですか?

Licaxxx:最初にもお話ししたように、単純にものとしても面白いしロマンがあるので、その部分は純粋に楽しんでもらいたいですね。ただ、ボーンミュージックが生まれた背景には、冷戦時代の社会主義国家の生み出した抑圧があって。それを遠い過去のできごととして片付けるのではなくて、今の自分の環境と照らし合わせながら想いを馳せれば、より深く本展を楽しむことができると思います。

サブスクやYouTubeで、気軽に音楽に親しんできた私たちには想像もつかないような制限や抑圧の中で、工夫を凝らしながら音楽を求めた人たちの情熱とユーモアを是非、堪能してほしいですね。

イベント情報
『BONE MUSIC 展 ~僕らはレコードを聴きたかった~』

2019年4月27日(土)~5月12日(日)
会場:東京都 表参道 BA-TSU ART GALLERY
時間:11:00~20:00(入館は閉館の30分前まで)
料金:前売1,200円 当日1,400円 プレミアムチケット2,400円

プロフィール
Licaxxx (りかっくす)

東京を拠点に活動するDJ、ビートメイカー、編集者、ラジオパーソナリティ。2010年にDJをスタート。マシーンテクノ・ハウスを基調にしながら、ユースカルチャーの影響を感じさせるテンションを操り、大胆にフロアをまとめ上げる。2016年にBoiler Room Tokyoに出演した際の動画は40万回近く再生されており、Fuji Rockなど多数の日本国内の大型音楽フェスや、CIRCOLOCO@DC10などヨーロッパを代表するクラブイベントに出演。日本国内ではPeggy Gou、Randomer、Mall Grab、DJ HAUS、Anthony Naples、Max Greaf、Lapaluxらの来日をサポートし、共演している。さらに、NTS RadioやRince Franceなどのローカルなラジオにミックスを提供するなど幅広い活動を行っている。さらにジャイルス・ピーターソンにインスパイアされたビデオストリームラジオ「Tokyo Community Radio」の主催。若い才能に焦点を当て、日本のローカルDJのレギュラー放送に加え、東京を訪れた世界中のローカルDJとの交流の場を目指している。また、アンビエントを基本としたファッションショーの音楽などを多数制作しており、Chika Kisadaのミラノコレクションや、dressedundressdの東京コレクションに使用された。



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