日本でも大ヒットを記録した『サニー 永遠の仲間たち』や『怪しい彼女』など、数々の韓国映画のなかで印象的な役柄を演じてきた女優シム・ウンギョンが、本格的に日本のエンターテイメント界に進出する。すでにこの4月末から5月上旬にかけて、自身にとっても初の舞台公演となった『良い子はみんなご褒美がもらえる』(堤真一、橋本良亮らが出演)に出演するなど、日本語での芝居にもチャレンジしている彼女。
その彼女が、松坂桃李とW主演を果たす映画『新聞記者』が、いよいよ公開される。現役の新聞記者である望月衣塑子のベストセラーを原案に、官邸とメディアの攻防を描く、社会派サスペンスとなった本作。韓国はもちろん、今後は日本での活躍も大いに期待されるシム・ウンギョンに、日本語でインタビューを試みた。
日本の文化全般に興味を持っていたんです。なかでも、日本映画から受けた影響はとても大きくて。
―先日、シムさんにとって初舞台となった『良い子はみんなご褒美がもらえる』を拝見したのですが、日本でのお仕事も増えてきているんですね。
シム:はい。韓国と日本を行ったりきたりはしているんですけど、ここ最近は日本でのお仕事が増えてきて。念願だった舞台をやらせてもらったり、昨年の冬にはこの『新聞記者』を撮ったりしていたので、日本での生活にもだいぶ慣れてきました。
―こうして普通に日本語でインタビューをさせてもらっているのも驚きですが、韓国で堂々たるキャリアを築き上げてきたシムさんが、日本で活動をするに至った経緯から、まずは教えていただけますか?
シム:そうですよね。自分でも、2年前だったら想像できなかったぐらい……日本でいろんなことに挑戦させていただいているので、本当に驚いています。
俳優という仕事は、つねに勉強し続けなければならないですし、いろんな作品に挑戦することはもちろん、自分の人生でも、いろんな経験をすることが大事だと思っています。芝居というのは「ひとりの人間を見せる仕事」ですから。
―シムさんは9歳の頃から芸能活動をしているそうですが、高校生の頃に、芸能活動を一度ストップしてアメリカに留学したりしていたんですよね。
シム:はい。その経験も関係しているかもしれないですね。いちばん大事なのは、いろんな経験をしながら、そこで実際に過ごした時間や、自分自身が感じたことが、何かの役を演じる上でもすごく大事なことであることに気がついて。
それで、韓国だけではなく、いろんな国でいろんな経験をしたいなって思うようになったんです。そのひとつの国が日本でした。
―なるほど。なぜ、日本だったのでしょう?
シム:以前から、日本の文化全般に興味を持っていたんです。なかでも、日本映画から受けた影響はとても大きくて。中学校の頃に初めて日本の映画を見たんですけど、それが岩井俊二監督の『リリィ・シュシュのすべて』(2001年)と是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004年)だったんです。そこから日本の映画に興味を持つようになって、「いつか日本で仕事ができたらいいな」という夢が大きくなっていきました。
ちょうど2年ぐらい前に、いまの事務所の方とお話する機会があり、私の仕事についての考え方をいろいろお話しして、一緒にやっていくことを決めて。そこから、日本語の勉強を始めたり準備をしたりして、今回の作品に出演できることになったんです。
―いまシムさんが所属している事務所「ユマニテ」には、是枝監督の『万引き家族』で素晴らしい演技を披露していた安藤サクラさんも所属していますよね。
シム:そうですね。安藤さんは、本当に大好きな俳優さんで……生の感じというか動物的というか、頭のなかで考えたものではなく、感じたものをそのままお芝居に出しているように見えるのが、本当に素晴らしいところだなと思いますし、いつか共演できたら本当に嬉しいです。
―日本の文化に興味を持たれているということですが、日本の街に遊びに行ったりもされましたか?
シム:はい。もともと、街中を歩いて回ったりすることが好きなので、日本でも、谷中あたりを散歩したり。何か買って食べながら散歩したり、そのままカフェに入ってぼーっとしたり。ぼーっと外の景色を眺めたりするのが好きなんですよね(笑)。
―谷中ですか! いいですね。
シム:あと、本が好きなので本屋さんに行ったり、音楽も大好きなので、CD屋さんに行って「最近、どんなアルバムが人気なのかな?」って探して、いろいろ聴いてみたりしています。
―シムさんはどんな音楽がお好きなんですか?
シム:最近は日本の、少し昔の音楽をよく聴いています。山下達郎さんや竹内まりやさんが好きなんですよね。最近Youtubeとかで流行っている「ヴェイパーウェイヴ」の流れから入ったんですけど、どうも私は、日本の1980年代の「シティーポップ」と呼ばれるものが好きみたいで、そこから自分でいろいろ探しています。吉田美奈子さんや八神純子さんも、最近よく聴いています。
それぞれの立場で追い求める真実というのは、いまこの世界で生きている私たち自身の姿なんじゃないかと思って。
―すごい。かなりいろいろ掘っているようですね(笑)。シムさんは日本語がとてもお上手ですけど、そうやって日本で活動するための準備をした上で、出演することになったのが今回の映画『新聞記者』ですね。本作を選んだ理由はどんなところでしょうか?
シム:新聞記者の役は、いままでやったことがなかったので、まずそこで興味を持ちました。あと、この映画はジャーナリズムについての話ではあるんですけど、そのなかで人間群像がちゃんと見えて、私にとっては何よりもヒューマンストーリーであるように感じられたんです。
そこに惹かれたというのと、この映画の2人の主人公――松坂(桃李)さん演じる内閣情報調査室の「杉原」と、私が演じる新聞記者「吉岡」が、それぞれの立場で追い求める真実というのは、いまこの世界で生きている私たち自身の姿なんじゃないかと思って。
あと、吉岡というキャラクターが、自分の意見をはっきり言うような、非常に主体性を持った人物であることもすごくいいなと思って、この役を是非やってみたいと思ったんです。
―新聞記者として「ジャーナリズムとは何か?」ということを、つねに自分に問い掛けているような人物ですよね。
シム:映画のなかにも出てきますけど、彼女の父親もジャーナリストだったので、いろんな影響を受けながら育ってきたのだと思います。父親が残した「誰よりも自分を信じ疑え」というメッセージを何度も見返しながら、これまで生きてきたような人物なんですよね。そうやって、実際の行動と、その背景にある人間的な部分がちゃんと溶け込んでいるキャラクターだと思いました。
―吉岡という人物を演じるにあたって、シムさんはどんなところを意識したのでしょう?
シム:作品では、彼女のヒストリーのようなものは、細かく描かれていないんです。彼女の生い立ちや考え方などはわからないまま登場する。だから、ちゃんと最初から彼女のキャラクターや気持ちを作っていかないといけないと思ったんです。
この映画のストーリーはシリアスなもので、とても重みがあるものなんですけど、その流れのなかに自然と入っていけるように、映画を見る人にとって違和感のないような演技を目指したいと思ったし、そこがとても難しいところでした。
―そのために、何か具体的なリサーチをされたりしたのでしょうか?
シム:クランクイン前に、日本の新聞社を見学させてもらいました。そこで実際に働いている記者の方々と、いろいろお話をさせていただいて。みなさん本当に一生懸命頑張って仕事されている姿もみましたし、たとえ短い記事であっても、そこに至るまでのあいだには、本当に長い時間、取材を重ねていたりするのを聞いて驚きました。
新聞は、毎日毎日出し続けるわけで、徹夜することもしょっちゅうあったりして。あと、ひとつの記事を作るためには、「いつ、どこで、誰が、何を、どんなふうに」っていう、その全部が入ってないとだめだったりとか。そこで見たり聞いたりしたことは、私の芝居にも反映されていると思います。
こうして外国語で芝居をして、外国で撮影して感じたのですが、大事なのはやっぱり「まごころ」だということ。
―『サニー 永遠の仲間たち』(2011年、カン・ヒョンチョル監督)や『怪しい彼女』(2014年、ファン・ドンヒョク監督)でシムさんが見せたコミカルな人物とは異なり、すごくシリアスで孤独感のある人物であることに驚きました。
シム:そうですよね。孤独感というか、自分の仕事に集中すると、他のことにはまったく目が向かなくなるような人です。ただ、新聞記者である彼女がそうやって仕事に打ち込むのは、自分自身のためであると同時に、国民みんなのためでもあって。そうやって、彼女が真実を追い続ける姿をちゃんと見せたかったので、かなり悩みながらも、一生懸命やりました。
―どのあたりが、いちばん難しかったですか?
シム:やっぱり、日本語の台詞ですね。日本語の勉強は、以前からやっていたんですけど、今回は「リーク先」とか「内調(内閣情報調査室)」とか、普通に生活していれば絶対に使わないような言葉がすごく多くて(笑)。
私は言われた通り発音しているつもりなんですけど、そうじゃないって言われることも何度もありました。どこが違うのか聞いても、うまく説明できないんですよね。そういう細かなイントネーションにはすごく苦労したし、カルチャーショックを受けました。私には聞こえないような、細かいニュアンスや音の違いがあるんだなって。
―そこは難しいところですよね。今回は日本人ハーフの役ということで、どうしてもOKのハードルが高くなったでしょうし……。
シム:ただ、こうして外国語で芝居をして、しかも外国で撮影して感じたのですが、いちばん大事なのは、やっぱり「まごころ」だなっていうことで。その役を演じるときの「まごころ」がちゃんと伝われば、ちゃんと納得してもらえると思うんです。だからといって言葉を適当にするわけではなく、自分ができるようになるまで、足りないところは一生懸命努力して頑張る。でもその上にはもっと大事なことがあって、それはやっぱり「まごころ」を持って芝居をすることだし、それはどこの国で芝居をしても、変わらないことだと思いました。
―松坂桃李さんをはじめ、共演者の方々については、いかがでしたか?
シム:松坂さんのことは以前から知っていて、『ゆとりですがなにか』(2016年、日本テレビ系)とか、松坂さんが出ているドラマも大好きでした。松坂さんのお芝居を見ていて、すごく真面目な方なんだろうなって思っていて。実際今回共演して、芝居に対してすごく真面目な方だなって思いました。
―こうして話を聞いていると、シムさんもかなり真面目なタイプのように感じられましたが?
シム:ああ……私は結構のんびりしているタイプなんですよね(笑)。松坂さんは撮影現場でもずっと緊張感を持っていて、そこが素晴らしいところだなと思いました。
この映画の撮影のあと、私は舞台の稽古に入ったんですけど、舞台の場合は特に現場での緊張感が大事だなと思ったので、毎日毎日、緊張感をもって舞台に立つことを意識していました。
―ちなみに、『サニー 永遠の仲間たち』や『怪しい彼女』のようなコミカルな演技と、今回の『新聞記者』のようなシリアスな演技では、どちらが実際のシムさんに近いのでしょう?
シム:実際の私は……どうだろう。個人的にはまわりの人を笑わせたりするのが好きなので、よく冗談を言ったりしています。ぼーっとしていることもけっこうあって、少しのんびりしているんじゃないですかね(笑)。
仕事に対するときや、自分が演じる役について考えるときは、ちょっとシリアスになったり、いろいろ敏感になったりもするんですけど、普段はそんな感じだと思います……。
―今回の『新聞記者』の他、秋頃には夏帆さんと共演した映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』の公開も予定されています。今後、ますます日本で見る機会が多くなりそうですね。
シム:私の映画を見て、単純に「この映画、面白い!」って思ってもらえたら、それがいちばん嬉しいです。なので、私自身に関しては、それぞれの映画のなかで私が演じる、それぞれの役として、見た方の記憶に留めてもらえたなら、それでいいというか。やっぱり、自分が出演した作品そのものを、見てよかったとか面白かったとか思ってもらえることが、この仕事をやっていて、いちばん嬉しいことなんですよね。
- 作品情報
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- 『新聞記者』
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2019年6月28日(金)から新宿ピカデリー、イオンシネマほかで全国でロードショー
監督:藤井道人
原案:望月衣塑子『新聞記者』(角川新書刊)、河村光庸
出演:
シム・ウンギョン
松坂桃李
本田翼
岡山天音
西田尚美
高橋和也
北村有起哉
田中哲司
- プロフィール
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- シム・ウンギョン
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1994年5月31日生まれ。9歳でドラマデビュー。「ファン・ジニ」(06)、「太王四神記」(07)、「キム・マンドク~美しき伝説の商人」(10)、「赤と黒」(10)などが放送され、日本でもお馴染みの子役となった。主演として韓国で観客動員740万人を記録した大ヒット映画『サニー永遠の仲間たち』(11)、『怪しい彼女』(14/主演)では韓国で観客動員865万人を記録するなど話題の作品にも多数出演、その後も韓国ドラマ「のだめカンタービレ~ネイルカンタービレ」(17/主演)などで活躍。今年は日本の舞台「良い子はみんなご褒美がもらえる」(19)で人生初舞台を踏み、映画では、『新聞記者』に続き『ブルーアワーにぶっ飛ばす』が控えている。
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