障害や性、国籍など様々なちがいを互いに認め合い、みなで支え合う社会を目指すための芸術祭『True Colors Festival』(日本財団主催)。昨年9月からスタートし、およそ1年にわたって様々なプログラムを開催する本フェスティバルにて、劇団ファマリーによるミュージカル『ホンク!~みにくいアヒルの子~』が2月に上演される。
劇団ファマリーは、障害のあるパフォーマーやアーティストたちの就労・自立を促しながら、『アニー』や『シカゴ』など芸術的に高いクオリティを持ったミュージカル作品を多数手掛けてきたカンパニーである。このたび上演される、アンデルセンの童話『みにくいアヒルの子』をモチーフとした『ホンク!』は、英国演劇界の最高峰ローレンス・オリヴィエ賞の最優秀ミュージカル賞に輝いたミュージカルコメディ。他とは違っている自分の特徴を「個性」だと発見していく主人公アグリーの物語は、ルッキズムの問題や多様性の捉え方など今まさに価値観の過渡期にある日本において、ひとつのヒントを与えてくれることだろう。なお、本公演には日本人アーティスト、鹿子澤拳と東野寛子の2人が参加しており、障害の有無のみならず国籍や言語の違いを越えた演出にも期待が集まっている。
現在、劇団ファマリーの芸術監督を務めているのはリーガン・リントン。交通事故により車いす使用者となった彼女は、障害のある役者のみをキャスティングしたミュージカルを数多く手掛け、演劇界に一石を投じてきた人物である。これまで何度か日本を訪れたことのある彼女の目には、この国のダイバーシティとインクルージョンはどのように映っているのだろうか。
作品をより高めてくれる資源として(障害を)使っているところにファマリーの特徴がある。
―リーガンさんが芸術監督を務める「劇団ファマリー(Phamaly Theatre Company)」とは、どのような団体なのでしょうか。
リーガン:劇団ファマリーは今から30年前、1989年にコロラド州デンバーで、5人の障害のあるパフォーマーにより設立されました。当時デンバーでは、障害のあるパフォーマーが舞台に出演する機会が全くなく、既存の劇団からも除外されているという認識があり、「それなら自分たちで劇団を立ち上げてしまおう」という経緯がありました。ちなみに劇団名は、「Physically Handicapped Amateur Musical Actors League(身体的障害のあるアマチュアのミュージカル俳優チーム)」の末尾に「Y」を足したものです。
ファマリーは発足以来、毎年1本ミュージカルを発表し続けてきましたが、15年ほど前からはミュージカル以外の作品や、自ら書き下ろしたオリジナル作品も発表するようになりました。年々ファマリーの知名度は上がっていき、現在のアメリカではこのような試み、つまり様々な障害者がキャストとして参加し、プロとして作品を発表している唯一のカンパニーとして知られています。
―リーガンさんが、劇団ファマリーの芸術監督に就任された経緯はどのようなものだったのですか?
リーガン:ご覧の通り私は車いすを使って生活しています。2002年、南カリフォルニア大学在籍時に交通事故により脊髄を損傷しました。治療のため一旦は休学しましたが、復学し2004年に卒業してからはデンバーに戻り、そこでファマリーに出会います。2005年から2010年の間はファマリーのパフォーマーとして活動し、その後に大学院に入ったため一旦ファマリーを離れたのですが、2016年に芸術監督に就任して今に至ります。
―これまでファマリーでは、どのような実績や社会貢献を成し遂げてきたのでしょうか。
リーガン:アメリカでは障害者を対象にした演劇の取り組みはたくさんあるのですが、それらはどちらかといえば、障害のある人が芸術に参加するための「機会作りの場」です。要するにチャリティの一環であり、社会の公正性を担保することや、コミュニティを作ることに重きが置かれているわけです。一方、ファマリーの最もユニークかつ実践的なのは、そのような活動をしつつも「芸術的なクオリティ」を一切落としていないところにあるのです。
―作品としても、プロフェッショナルかつ高レベルであることを目指している、と。
リーガン:むしろ障害を芸術表現のためのリソースというか、作品をより高めてくれる資源として使っているところにファマリーの特徴があります。そうすることにより、障害のある人々に対する社会の認識を変えたことが、我々の行ってきた社会貢献のひとつだと思っています。
そしてそれは、単に芸術のことだけではありません。お客さんが私たちの作品を観に来ると、それまでの認識を様変わりさせるような、価値観をグラグラと揺さぶられるような体験をすることになるでしょう。舞台の上で、小児麻痺の人や車いすの人が演技している姿にきっと、「新たな可能性」を見出すはずです。
突き詰めれば、障害者も健常者もみんな同じ「素材」でできているんですよ。
―リーガンさんは劇団ファマリーの、どのような姿勢に共感していますか?
リーガン:私が最も感銘を受けたのは、今お話ししたように障害者コミュニティへの一般的な印象を変えてきたことです。それによって、障害者のいないカンパニーも含まれる地元のアワードで何度も受賞しました。これは誇らしいことだと思っています。
―つまり障害者「でも」できることではなく、障害者「にしか」できないことを、芸術レベルで提示しているのが、ファマリーの素晴らしい点であると。
リーガン:その通りです。ファマリーが毎年上演している演目のほとんどは、例えば『ガイズ&ドールズ』や『シカゴ』『わが町』のような、みなさんもよく知っている作品ですが、そこに障害者の方だからこそできることを持ち込むことで、これまでにない新たな可能性を引き出しています。つまり、全く違う形で作品を鑑賞することができるわけです。
このところ世界では、ジェンダーや人種、民族など様々な局面でプライド(pride「自尊心」=shame「羞恥」とは対比する概念)が高まっています。そのようななか、私たちファマリーも障害者のプライドを高めるために、芸術活動と並行して様々な取り組みを行なってきました。
―アメリカ及び、日本以外の他の国々と比較して、日本はダイバーシティの考え方、障害のある人たちの自立支援や社会参加はどのくらい進んでいる、あるいは遅れているとリーガンさんは感じていますか?
リーガン:私は日本を3度回訪れたことがあり、今回が4度目になります。日本に来るたびに、礼儀正しさやものを大事に扱う姿勢など、日本文化に対する日本人のプライドをとても強く感じます。地下鉄の改札をはじめ、様々なことが自動化されアクセスしやすいとも感じました。
が、障害のある個人や障害者を持つ家族とマンツーマンで話してみると、自分たちがどうやったらプライドを持つことができるのか、模索している状況にあるところはアメリカと同じような状況だなと思いました。障害につきまとう「羞恥」や「恐れ」「誤解」はまだまだ残っていますし、改善の余地がある。どうやって「shame(羞恥)」の感情を乗り越え、「プライド(自尊心)」に行き着くことが出来るのかが今後の課題だと思います。
―具体的には、どうするべきだと思いますか?
リーガン:障害のある人に、ただ対応するだけでなく、いかにかっこよくて魅力的で、人とは違った「個性」であるかを認識してもらうかが大切だと思っています。
以前日本に来たときのことで覚えているのは、障害のある子の母親が「ファマリーの舞台を観てすごく感動した」と言ってくださったことです。彼女は今まで障害のある息子のことを、プライドを持って社会に送り出すことができずにいたとおっしゃっていました。デンバーでも同じようなケースはあります。逆に言えば、日本でもアメリカでも障害者の自己認識や、障害者に対する社会の認識がまだまだポジティブな方向にまでいっていないともいえるでしょう。
それともうひとつ大切なのが、障害者の自立支援です。つまり家族と離れて支援を受けながら、自立した形で生活できる環境を作ることが大事なのです。
―障害のある人、ない人、両方の意識変革が必要であると。
リーガン:突き詰めれば、私たち人間はみんな同じ「素材」でできているんですよ。骨があって肉があり、血が流れている。にも関わらず、ある種の人々は障害があるだけで、その人を「人間以下」と見なしている。実はこうした見解は、歴史を辿れば古代ギリシャやエジプトの時代から続いてきてしまったものです。
それでも私たちファマリーは、「芸術」という手段を用いることで、障害のある人たちと、ないと「される」人たちが日常的にインタラクションすることにより、お互い「同じ人間同士だよね?」という認識を高めていけると信じています。結局、どんな人間であっても何らかの貢献を社会にしているのであって、米国では特に独立主義が強い国民性ですが、人間はみなお互い頼り合い、依存し合って生きている。だからこそ「私たちは同じ人間同士だよね?」との認識にたどり着ける取り組みが必要なのです。
みにくいアヒルが美しい容姿になった話なのか、みにくいアヒルの認識が変わり、世界を全く違うものとしてみられるようになった話なのか。
―今回、ファマリーが『True Colors Festival』に参加することになったのはどんな経緯だったのでしょうか。
リーガン:『True Colors Festival』の企画・コーディネートを務める鈴木京子さん(CUE-Arts)とは長年の付き合いですし、彼女がディレクションをしている大阪の「ビッグ・アイ(国際障害者交流センター)」ともずっとよい関係を築いてきました。そして何より日本の芸術に触れることは、私たちファマリーの見識を広げていく意味でも重要だという思いから、是非とも参加させてもらうことにしました。
芸術祭は「学び」と「共有」の絶好の場です。自分とは違った作品へのアプローチに触れ、自分の作品を多くの人に知ってもらう機会にもなります。いろんなものに触れ、いろんなものに学び、さらに自分たちのクオリティを高めていくいい機会になると期待しています。
―上映する『ホンク!』は、アンデルセンの童話『みにくいアヒルの子』をもとにしたミュージカルだそうですが、なぜ今回この作品を取り上げることにしたのですか?
リーガン:ひとつは、文化を超えても伝わるストーリーであること。そしてもうひとつは、私たちカンパニーの俳優が様々な創造的試みを行える「余白」のあるストーリーであること。この2つを基準に選んだのが『ホンク!』でした。
原作である『みにくいアヒルの子』はご存知の通り、家族のなかで一羽だけみにくいアヒルの子として生まれ、のけ者になっていた主人公が最終的には美しく「生まれ変わる」ストーリーです。ここで私が投げ掛けたかった問いは、「生まれ変わり」とはどういう意味なのか? ということ。つまりこれは、みにくいアヒルが単に容姿の美しい白鳥になった話なのか、それともみにくいアヒルの認識がガラッと変わり、世界を全く違うものとしてとらえられるようになった話なのか。私たちのミュージカル『ホンク!』は、アンデルセン童話に「障害」の要素を盛り込むことによって、こうした新しいテーマについて考えるきっかけになるはずです。
―まさに、そこがこの物語を今の時代に上演する最も重要なポイントだと僕も思っていました。世間の価値観で「みにくい」とされているものが、世間の価値観で「美しい」とされているものに「変身」するだけの単純な話では、あまり意味がないというか。
リーガン:まさに。私たちは「生まれ変わり」「大変身」というと、どうしても外側の部分が変わると思いがちです。だからこそ多くの人々が、多額のお金を払って「もっと美しく」「もっとカッコよく」を求めるわけですよね。でも、実は「生まれ変わり」とは外側の変化ではなく内側の変化なのではないか? と。いろんなものを手放し、壁を壊し、ヘイトや差別、無関心が、愛情や共感、思いやりに変わったときこそ、人は生まれ変われるんじゃないかというのが『ホンク!』のメッセージなのです。
もちろん、基になったアンデルセンの『みにくいあひるの子』は、単に「見た目」が変わる話です。が、私たちが今回上演する『ホンク!』では、そもそもなぜ私たちは、ある人の外見を見て「みにくい」と思うのか、その外見を超え相手を深く見ることや知ることはできないのか? といった問題にまで切り込んでいきます。そして、「みにくい」とされた人のみならず、周りの人々もその問題について一緒に考えることで、世の中が変わっていく。そんなストーリーになっているのです。
「美しさ」の定義は誰が決めたのか、何を基準にしているのか。
―日本では最近、身体的魅力で人の優劣を判断する「ルッキズム問題」が顕在化しています。人を容姿で判断することへの違和感が広まっている最中、日本で『ホンク!』が上演されるのはとても意義のあることだと思います。
リーガン:ルッキズムに関してはアメリカでも同じような状況です。どれだけ人は外見の美しさに重きを置いているのか、「美しさ」の定義は誰が決めたのか、何を基準にしているのか。あるいは「美しさ」の定義をもっと拡大することはできないのかといったことについて、議論が交わされています。
例えば重度の障害のある人であっても、身体的、外見的に「美しい」と感じる人はいるはずで、そうしたことについて話し合う余地が『ホンク!』にはあります。私たちのカンパニーには盲目のメンバーが何人かいますが、彼らこそ誰かの容姿について「美しい」「みにくい」などとは決して思わない(笑)。人間をもっとトータルに観察し、この人はどういう人かを判断する能力が彼らにはあるのです。
―また今回、鹿子澤拳さん、東野寛子さんという2人の日本人俳優が参加するそうですが、こうした国際的なキャスティングをすることの意味や意義については、どのようにお考えでしょうか。
リーガン:これもさっき話したことと同じですが、異なる国、例えば地球の反対側にいる人たちとも作品を作り表現することが可能であること、つまり「私たちは同じなのだ」との認識を持ってもらうことが、何よりも大きな意義だと思います。
我々とは異なる言語はもちろん、独自の解釈を2人は持ってきてくれました。2人ともプロフェッショナルで素晴らしいアーティストなので、ファマリーも彼らから学ぶこともあり、とてもいい体験になっています。
- イベント情報
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- 『True Colors MUSICAL ファマリー「ホンク!~みにくいアヒルの子~」』
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2020年2月15日(土)~2月16日(日)
会場:東京都 東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)
- プロフィール
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- リーガン・リントン
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過去の作品を様々な障害のある役者のみをキャスティングして再表現する非営利の劇団ファマリーの芸術監督。車いす使用者としては唯一のアメリカのメジャー劇団を率いて、演劇の分野でインクルージョンを呼びかける主要な人物である。
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